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コロナの時代の愛 その九 ~ STAY HOME そしてベビーメタルを観ろ! 俺たちにできることはそれだけだ。

Posted by 高見鈴虫 on 04.2020 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
メイトの諸君、ご存知のようにお告げが下った。

STAY HOME 家に居ろ。

いろいろと事情もあろうかとは思うが、
他ならぬ狐の神の思し召しである。
ここは素直に従わざるを得ないであろう。

友よ。STAY HOME 家に居てくれ。
まじで。お願いだから。
俺たちと同じ過ちを繰り返さないでくれ。

そう、俺たちは舐めていた。
武漢から横浜から大邱から、
そしてイタリアの被害が日々あれほどまでに大きく報じられながらも、
それはまったくもって遠い遠い海の向こうでの話。
こんなものはインフルの亜流で、
この大騒ぎもただのHOAX、或いはインサイダーの隠れ蓑・・・
その猜疑が、その不信が、その独善が、その高慢が、その油断が、
つまりは、ネット社会を生き抜く為の裏読み術のすべてが、仇、となった。
そしてこともあろうに、これまでの人生を支えていた信念、
そのすべての元気が、溌剌が、威勢が、度胸が、無頼が、外向性が、行動力が、
つまりはロック、あるいは若者文化の体現する健全のすべてが、
このコロナという敵を前にしては、そっくりそのまま、致命傷、となった。

改めてニューヨークを襲ったコロナ災禍、
それはまさに、晴天の霹靂だった。
こんなもの、風邪に毛の生えたようなもの、と嘲笑っていたあの頃が、
いまとなっては遠い昔に過ぎ去った甘い記憶を懐かしむかのように、
テレビの画面にふと映し出される、人々の集う光景、
そのたびに、一瞬ぎょっとしては、そしてつくづくと思い知る。
ついこの間までのあのさりげなくもなにげないありふれた日常というものが、
いったい、どれだけ、幸せなものであったのか・・

嘗てはニューヨークに暮らす日系人主催の「桜まつり」が行われていたその緑の草原に、
いまは野戦病院さながらの臨時病棟のテントが建ち並び、
犬の散歩で日参するリバーサイド・パークの外れ、
あのベビーメタルのライブ会場ともなったターミナル5にほど近い埠頭に、
米海軍の病院船コンフォートが接岸されたと聞く。
そしてUSOPENその会場であるUSTAテニスコート、
毎年この大会の為に有給休暇を貯め続けては日々熱戦に胸を奮わせたあのテニスの聖地が、
また新たな臨時病院設営地として指定された。
そしてなにより、日々あれほどまでに倦んでいた筈のミッドタウンのオフィスにさえ、
ちょっと机の上の忘れ物を取りに行くどころか、ビルの中に入ることさえも許されず。

いま目の前に広がるこの世界は、
しかし嘗て知ったあのありふれた世界と同じではない。
つまりはついひと月前、ついに半月前、つい十日、つい一週間前、
ともすれば三日前、あるいは昨日までの常識が、
いまという現実の中ではまったく通用しなくなっている。
これまでのこの細やかな暮らしを支えていたすべてのものが、
一瞬のうちに手の届かないベールの向こうへと移行してしまった、
それはまさにパラレルワールド。あるいは悪夢のデジャヴュの無間地獄・・・





追悼:志村けん その「最後の功績」に捧げる・・(涙 

Posted by 高見鈴虫 on 01.2020 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
このコロナの狂騒の中で、
あの志村けんが逝ってしまった。

あまりにも突然に、あまりにも呆気なく・・

この青天の霹靂の志村けんの訃報、
そのあまりの衝撃を前にして、
悲しみというには、あまりにも唖然呆然としたままに、
ただただ声を失っては打ちのめされるばかりである。

いやあただ、実は・・ 予感がしていたんだよね。
あの家政婦さんに残された「犬の面倒を~」の最後の言葉、
あのニュースを聞いた時に、まさか、とは思ってた。
だってそう、あの志村さんが・・
すべての愛犬家にとっては、
犬、そう、犬こそが心残りだからさ。
その犬のことを告げた、その最期の言葉にみた不吉な予感。

で、思わず、

「志村けん 、がんばれ!
事情は、敢えて言わない。
この試練を乗り越えて・・・
などと自己パロディをしているばやいじゃあらない。
とりあえず、志村さん、がんばってください!」

なんておちゃらけた駄文を綴りはじめていたのだがだが・・

ただ、それが、日いちにちにと経つにつれて、
え?まじなの?・・・
ついには、神様、どうぞ我らが志村けんを、の神頼み、
なんてのを綴りながらも、
くそったれ、縁起でもねえ、と破り捨てては、
まさかまさか、あの志村けんが、こんなことで逝くものか。
だってさ、だって、志村けんだぜ。
どうせこれも、ネタの一つなのだろう、そうに違いない・・

その願いも虚しく・・まさか、まさか、まさか、
あの巨星がまさかこうも呆気なくも逝ってしまうとは・・

いやあ、これまでコロナなんてと侮り続けたその報いなのか。
だってそうだろ、誰だってそう思ってるだろ?
特に昭和の馬鹿パワー、そのままに生きてきた無頼漢たちにとっては、
あの、志村けんが、こんなものでぽっくり逝ってしまうなんてありえない。
それこそ、ギャグじゃねえか・・・

ただ、そのすべての不謹慎の代償が、
まさかこんな形でやって来てしまうとは・・

そして今日も途方に暮れたまま、
嘘だろ、でっち上げだろ、ネタだろ、ギャグだろ。
だってさ、志村けんだぜ。
あのシムラが逝ってしまったら、
俺たちみんなただのくそオヤジ、
志村けんが居てくれたからこそ、
少なくともまがりなりにもあの「変なおじさん」のひとりとして、
まだなんなりとも格好をつけては、
この世知辛い世の中にも、
ささやかな居場所のひとつも見つけられたというのにさ・・・

これ、まじで、洒落にならない。あまりにも洒落にもなんにもならなすぎる・・




コロナの時代の愛 その八 ~ 心からの懺悔を込めて コロナを舐めてるととんでないことになるぞ!

Posted by 高見鈴虫 on 30.2020 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
あれは確か、かの寅吉御大が、
国家非常事態宣言を発令したその直後の頃、
友人のひとりから届いていた一通のメール。

非常事態宣言なんてHOAXだ!
ROCKERS NEVER DIE!
ロックでコロナをぶっとばせパーティ!
~BROOKLYNなんちゃら・バー: SHOWTIME 21:00

この期に及んでこんな不届きな予告を送りつけて来た
まったくもって絵に描いたような懲りないロック野郎たち。
相変わらずというかなんというか、と苦笑いをしながらも、
へえ、週末の夜にあのハコのメインステージかよ。
なかなか凄えじゃねえか。
つまりは当初予定していたバンドがコロナにビビってはドタキャンこいて、
突如として転がり込んできたこの大チャンス。
これもコロナ騒動の不幸中の幸いの棚からぼた餅、
そのコロナ特需のひとつの恩恵という奴なのか・・

なんてことを思っていたのも束の間、

そのライブの後にお決まり通りに並んだツイッターのメッセージ、
最高だったよ!ROCK’S NOT DEAD!
なんて書き込みがあってのその数日後、
なんか・・あたし・・ちょっと具合悪いみたい・・
そんなメッセージが、次から次へと並び初めたらしく・・

え?クラスター?まじで?・・・

そして遂に、メンバーの中からも発症者。
幸か不幸かそれは俺の友人のギタリストではなく、
こともあろうにドラマーの某氏。
その機材運びをヘルプした奥様もろともに見事に大当たり。

で、オレもやばいかもしれねえ、とその友人。
ただ、ロッカーである以上は無法者、
つまりは、健康保険になど入っているはずもなく。
でさ、頼みがあるんだが、と。
日本にアビガンってな薬があるらしくて、
それがコロナによく効くってな話を聞いたんだが、
で、お前、日本人だろ?
その、薬、日本からなんとかゲットできねえのかな、と。

つまりはその謎の特効ドラッグを密輸をしろと。

まったくもってこの野郎、病んでもなおロッカー、
つまりはとことん懲りねえ野郎、なのである。

馬鹿野郎、早く医者行け、と一言。

あとCDCに報告しておいた方が良いんじゃねえのか?
CNNにでも名前が出たら宣伝にもなるかもしれねえし。

とそんなメールから一週間。
さすがにちょっと気になって、おい、まだ生きているか?とメッセージ。

オレはどうやらセーフ、と友人。
ただ、あいつ、まじやばいみたい、

ギグの直後はなんか身体がダルくて、程度であったその病状が、
一週間を過ぎてから突如として発熱と咳が始まり、
ついにニューヨーク市のロックダウンが宣言されたその時には、
外出どころか薬を買いに行くのもままならず。
ただまあ、オレたち若いし、そのうち治るだろ、とタカを括っている間に、
咳はとまらず息はできず、熱も下がらずすっかりと意識朦朧状態。
遂に意を決しては這いずるようにタクシーで病院に転がり込んだところ、
体温を計れば二人して39度を越える大高熱。
すわ、このまま二人して隔離入院か、
しまった、猫に餌をやってくるのを忘れた、と思っていたところ、
え? 帰れ? 帰れってどういうこと?と。

つまりはもう病院に空いたベッドがない。
それにあんたらなんかよりももっともっと酷い状態の人がたくさん居て・・
もっともっと酷い状態?・・ 
39度の熱を出して意識朦朧のこんな俺たちよりも、
もっと酷い状態にある人々というのがどんなものなのか。
つまりはまじめのまじめにこの時点で生死の境を彷徨っている、
そんな患者がこの白い廊下の奥にわんさか居てらっしゃるという訳なんだね、と。

とりあえず今日は一旦家に帰って様子を見てくれ、と繰り返すその宇宙服の看護師。
ここに来られてもいまはなにもしれあげられない。
もしももっと悪くなった時には改めて・・
もっと悪く? これより悪くなったら病院にだって来れねえじゃねえか・・
つまりは
つまりは?
つまりは勝手に死ねと、そういうことか・・

ああ、これが噂に聞いた医療崩壊、
その赤裸々な実情という奴なのか。。



コロナの時代の愛 その七 ~ だってコロナのマーチ に踊る人々

Posted by 高見鈴虫 on 23.2020 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments

「沈黙のニューヨークだ? 笑わせる ~ 現とはいともをかしきもの」





という訳で、ロックダウンのニューヨーク、
この自宅勤務初日となる訳なのだが、
これ見よがしにニュースを飾るこんな見出し

沈黙のニューヨーク、人影の消え失せた街、

なんていうとってつけたようなキャッチーなコピーに思わずあのなあ、と。

言っちゃ何だがここアッパーウエストサイド
朝から家の前で道路工事をおっ初めやがって、
うるさくって仕事どころか昼寝もできねえぞ、と。

なにが悲しくてこのコロナのロックダウン下で道路工事が必要なのか。
水道管でもガス管でも破裂でもしたのか?
まあ、交通規制なくしておおっぴらに道路工事ができるという意味では、
またとないチャンスなのだろうがな。

という訳で、沈黙のニューヨークだ?笑わせる。

改めて言わせて貰えれば、
現実ってさ、そうそうとドラマチックにはならない、というか、
それほどまでに完璧に予定調和的な舞台設定なんて、
実はこの世には存在しない。

都会の喧騒を離れて自然に囲まれた山里へエスケープのその途端、
夜明け前からニワトリどものコケコッコーの大輪唱に叩き起こされては、
うるさくっておちおち寝ていられねえ!
キャンプをすれば虫の鳴き声がうるさくて、
ジャングルの中の誰も居ないビーチはヤブ蚊と小蝿の群れ。
形だけでもと写真を撮ってみたら、
その背後には必ず必ず、
ペットボトルからコカ・コーラからキューピーマヨネーズのキャップから、
そんな消費文明の残像が確信的な悪意を持って転がっているのである。

花の都パリは見渡す限り虫国人観光客ばかり。
アウシュビッツのチェルノブイリのノルマンディの、
あるいは太古の遺跡のコロッセウムのピラミッドの、
その前には必ず、インスタ映えのセルフィー写真、
ビキニからセミヌードのねえちゃんたちが、
これみよがしに尻だし胸だしのぼっちグラビア撮影会。
サウスブロンクスのゲトー街、
あのジョーカーの舞台となった階段は、
いつしかジョーカー階段と名付けられては、
そのインスタ撮影の観光客たちが行列作って押すな押すなの大混雑。
そんな観光客を見越しては、
ピーナッツ売りの屋台がホットドッグがプリッツェルが、
餃子屋が、チキンライス屋が、ベルージアン・ワッフル屋が、
軒を連ねては絵葉書まで売り出して、
そう、この21世紀、現実とはかくも一筋縄ではいかないもの、なのである。

改めて、テレビの映画の、広告のスティール写真の、
いかにもいかにもなピクチャパーフェクトな光景は、
現実にはありえない。
その絵に描いたような出来すぎた舞台設定、
そこには必ず、修正が、改竄が、作り込みが、
あるいは、HOAX的な「やらせ」が存在する訳でさ。

そのイメージと現実のミスマッチ的なギャップこそが面白さ、だと思うのではあるが、
夢を売る、と自称されるその広告代理店的なコントロール・フリークスたち、
その使役奴隷的下請けのCM出身のディレクターたちは、
この現実からそんなギャップを躍起になって取り去ろうとしては、
遂にはあの安っぽくも嘘くさい舞台セット的虚像世界が出来上がるという訳なんだけどね、と。

という訳で、ロックダウン下のニューヨーク、
凍結された時間の、沈黙の底に静まりかえった?・・

あのなあ、と。

五番街やら、タイムズスクエアやら、ハドソンヤードやら、
そんな観光客向けの広告的世界のことなど知ったことではあらないが、
少なくとも俺の暮らすこの日常、
つまりはセントラルパークからリバーサイドパークから、
そして駅前のスーパーマーケットからグローサリーからは、
どこもかしこも人ひとヒト。
犬の散歩のジョギングのサイクラーの家族連れのカップルが、
パレードよろしくぞろぞろぞろぞろと↑だ↓だ←だ→だの大行列。
暇を持て余したガキどもがひっきりなしにスケボーで走る抜け、
その物陰ではひねこびた高校生が中学生が小学生までもが、
物有りげに背後を気にしながらジョイントを回してはクスクス笑い・・

という訳で、
大統領閣下がなんと仰せ申されようがそんなこたあどこ吹く風、
その不埒な無責任さを指しては民衆のパワーっていうんだよ馬鹿野郎と。

なんだけどさ・・
コロナだか非常事態だか戒厳令だかロックダウンだか、
なんてことは知ったことでもねえが、思い切りどうでも良いのだが、
なんでも良いから、頼むから、
この家の前の道路工事、どうにかしてくれ。
うるさくておちおち、昼寝もできねえぞ、の自宅勤務なのでありなむ。







コロナの時代の愛 その六 ~ 遂に自宅待機命令のニューヨーク 仕事とベビーメタル、どちらを取るか?おいおい・・

Posted by 高見鈴虫 on 22.2020 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
やばいよ、やばいやばい、まじで、超やばい。
ついについに、ニューヨーク市民全員自宅勤務命令。

金曜日の午後、閑散としたオフィスで尚、
あいも変わらずメールのチャットの電話のほうれんそう。
まったくこのコロナのご時世の最中の株の乱高下、
この一瞬だけで数億の金が乱れ飛んでいるってその時に、
たかが数万数十万の金額での切った貼ったの勧進帳。
つまりはまあ俺の仕事、如いては俺の生命の価値そのものも、
たかだかそのぐらいの金額で査定されてしまうということも意味するのだろうが。
しかしながらそれこそが実価、つまりは現ナマである。
俺の給料の生活のつまりは暮らしの人生の、その実体を支えている確かなるもの。
このコロナ騒動に便乗しては、上がった下がったやれ売りだ買いだの大商いが、
しかしそのすべてがモニター上に浮かんだ仮想的現実の仮想的数値。
果たして、とこのところずっと感じていた妙な予感。
このコロナウイルスのパンデミックが、
もしもこのモニター上の仮想世界の中に広がった時、
果たしてそこで何が巻き起こるのだろうか。

いつの頃から財布に現金を持ち歩くことがなくなっていた。
日々のちょっとした買い物でさえクレジットカード。
IPHONEのスリーブに挟んだ数枚のカードだけで、
すべての暮らしが賄われてしまうこのクレジット社会。
自動振り込みの給料が放り込まれた銀行口座から、
家賃がローンが光熱費が自動引落し。
月々の明細さえもろくに目を通すこともなく、
日々の食費からネットショッピングの買い物からに、
その残高が減って増えて、なんてことさえも、
いちいち気にとめることもなくなっていた。
いつしか金銭は数字からポイントになり、
財布はカード入れに、それが携帯電話の中のアプリに変わり、
ストリートミュージシャンに投げる小銭でさえ、
ポケットの奥に見つかることはなくなっていた。
この仮想的ポイント社会を支える電気的数値が、
謎のウイルスによるパンデミックに冒された時。
あれ、うちの銀行口座、いつの間にか倍になってる、半分になってる・・
そのときこそが世界の最終章。
二十世紀的社会の崩落その奈落の始まり・・・
コロナはその序章に過ぎないのでは・・

で?
で、それを望む者は果たして誰なんだろう・・




コロナの夜長の音楽談義 ~ ベビーメタルがリップシンク? まだんなこと言ってんの?(笑

Posted by 高見鈴虫 on 21.2020 音楽ねた   0 comments
は?リップシンク?ベビーメタルが?
まだそんなこと言ってるの?
まあ確かに、オフィシャルな映像には修正ぐらいいれてるんんだろうけどさ、
基本的に生でしょ。俺はそう断言できるけどね。
ただ、改めて、これ、まじめにほんとうに歌ってるの?と、
そういう目でみればみるほど・・
確かに、奇跡だよな、これ。まじで。
神業、というか、なんというか、
感動というよりは、畏れ多いほどに、涙どころか、冷や汗まで出てくる始末・・笑

まあベビーメタルの場合、これまでのバンドと違って、
基本、マニュピレーター、つまりは作り込みがベースにあって、
それに、生バンドと、生歌が乗っかる形だから、
ぶっちゃけ、どの場所でのどの演奏も、頭の1234さえ合わせれば、
その構成はすべて一緒であって然るべきもの。

なんだけど、そう、レベルが違うというか、なんというか。

トチらないよね。一曲一曲が完璧。完璧するぎる。
いやあ、普通トチるでしょと。
トッチって当然でしょ、人間なんだからさあ、とか、
そういう次元の人々、つまりは俺も含めた上でのロック馬鹿、
未だに、ストーンズが、レッド・ゼッペリンが、ガンズが、
とか、その程度でウロウロしている次元の人々にとっては・笑
トチらない、とか、いつもまったく同じ演奏ができる、ってだけでも、
えええ、嘘でしょ、となる訳なんだろうが、
なんだけどさ、
だったら、と混ぜかえしてみる。
だったら、
例えば、ベルリン・フィルは?例えば、ウィーン・フィルは?
あのひと達が、とちったのみたことある?
そう、少なくともベルリン・フィルだウィーン・フィルに入れるレベルの方々にとっては、
トチるだ、トチらないだ、とか、まあそういう次元じゃないよね、当然のこと、と。
まあ確かに、ピアノのソロとかだと、
確かに、じっくりと聴き込めば、
あ、ここ、ちょっとタッチが違う、
ぐらいの誤差はあるんだろうけどさ。
なんだけど、まあ基本、楽譜通り、そして、指揮者の指示通り。
それぐらいはこなして当然というか、
そのぐらいのレベルじゃないと、クラッシク界では食ってはいけない。
そう、そんなクラッシク界の方々、技の修験者。
コンテンポラリーの演奏者とは、そのレベルが違い過ぎる。
まあそう、目指すものが違う、というのもあるし、
そして、人数も違うしね、と。

で、俺的には、これまで観てきた中で、
一番上手だったひとたちって、
キューバのロス・バンバンってバンドだったんだけどさ。
もう古いバンドだし、ろくな動画がなくて恐縮なんだけどさ・・





コロナの街に響け!WE ARE BABYMETAL! ~ WOWOWライブ 『BABYMETAL Live Selection - Odyssey to the METAL GALAXY 』に添えて

Posted by 高見鈴虫 on 19.2020 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments

という訳で、まいどまいどのこのコロコロコロナのご時世、
街中が非常事態宣言の戒厳令下、
レストランもバーも閉鎖の憂き世、
外出禁止の渡航禁止の隔離封鎖もいまや秒読み状態、
そんな鬱屈のドツボの底にあるニューヨーク・シティ。

本来であればこの春の訪れの三月の狂った野うさぎたち、
街中に頭の跳ねたガキがにいちゃんがねえちゃんがおさんがおばはんが爺さんが婆さんが溢れに溢れ、
所かわまず時間も気にせず歌を歌い肌を晒し飛び回り走り回り踊りまわり、
そんな季節であるはずのこのニューヨーク・シティの春の日が、’
しっ、静かに! 大きな声を出しただけで叱られそうな、
そんな不安な沈黙に沈み込んだまま息を殺し影を顰め・・

そう言えば今日はふと気がついて昼の休みに訪れた日系のスーパー、
いまさらジタバタとパニクるのもしゃら臭いと、
腐った余裕をぶっこきながらも
だがしかし、もしももしも、外出禁止の渡航制限のウイルス封じ込め、
なんてことになった時には、物流も滞り、商品が姿を消し、食料が枯渇し、
そして街中が、籠城戦の兵糧攻め状態・・
まさかそんなことになった時、
配給の列に並ぶ俺の姿を目に留めてはその思い切りの腹いせの八つ当たり。
この虫国やろう!
こうなったのも元はと言えばすべてお前らのせいだ、
とばかりに、ボタ糞の袋叩きに、なんてことにもなりかねあらない。
そう、生き残るための1-2-3,
なにはともあれ、確保するのは食料であろう、と。

という訳で、武漢の教訓に準じては、
あの長き封印を、支援されたカップラーメンだけで乗り切った、
つまりは、カップラーメンこそがこの世で最も安全且つ清潔な食べ物、
とその判断から、昼休みの散歩の途中でふらりと立ち寄った日系食料品店。
なのだが・・
おっと、カップラーメン、辛ラーメンを除いて、すべてが売り切れ・・・

あっちゃっちゃっちゃ、であった。

そう、誰もがやはり同じことを考えている以心伝心の群集心理。
至るところにスカスカの空白の目立つ商品棚に、
何よりもこのコロナの影響度の凄まじさを垣間見る訳で。

やばい、もしかして、これは本当の本当に、軟禁飢餓すだれ、
そんな状況も考えられるという訳か・・

という訳でやにわに飛び乗ったCITIBIKE、
そこからちょっと離れたビジネス街の狭間のコリアン街のスーパーマーケット、
そらみろ、あったあったぞ、カップヌードルが赤いきつねが緑のたぬきが一平ちゃんが!
思わず値段も見ずに買い込むだけ買い込んでは両手いっぱいにカップラーメンを抱え込んで、
いやあ、助かった、と思わず人心地。
そして巨大な食料品を背中に担いではきーこきーこと漕ぐ自転車、
なんかこれ、終戦直後の闇市の、買い出し列車の、そんな風景そのものじゃねえか・・

街角の平棚にフルーツを並べたストリート・ベンダーに、
人々が群がってはその傷物特価の腐りかけの果物を買い漁り、
人影もまばらな大通りには、やはり両手いっぱいに食料品を抱えた人々が、
ふらりふらりと足元を揺らめかせている。

先日の銀行前の人だかりから、
そしてこの食料買い出しの人々から、
その全てが、大恐慌の、
そしてそこから続く世界大戦の、
末期的な混乱の混沌のその荒廃の風景が重なってはありありと蘇ってくるような。

いまニューヨークは戦時下にある、
デブラシオ市長のその宣言通り、
確かに、この風景、まさにそれはニュース映像でみた戦時中の風景。
そんな嘗ての悪夢の記憶、その不吉なセピア色が、
みるみるうちにこの21世紀の現実世界を包み込んでは、
色彩のすべてを吸い取っていくかき消していく・・

そして長き一日を終えた後、
毎日自宅持ち帰りの瓦のようなLAPTOPと、
そしてその背中に二重三重に背負い込んだ非常用食料の山。
おーい、帰ったぞ、とドアを開けた途端に走り出てくる犬に、
ダメだ、来るな、向こうに行け。
靴も脱がずに浴室に直行してはドアを閉めて、
着ていた服をそのままビニール袋に叩き込み、
手を洗って顔を洗ってうがいをして、のその代わりに、
そのまま風呂場に飛び込んではそして頭から浴びる熱湯消毒シャワー。
ゴシゴシゴシ、擦って擦って、全身からウイルスを洗い流して・・

なにこれ、この荷物、と壁越しに響く妻の声。
ああ非常食。
日系店で売り切れていたんでコリアンタウンまで行って買ってきた。
でもこれ、なになにカップラーメンが5ドル? 
これだったらそのあたりのラーメン屋さんで食べたほうが・・
そのラーメン屋さんが閉まっちゃったからだろうが。
日系の店はカップラーメンがすべて売り切れ。
米もそばもうどんもパンもなくなりかけてた。
まさかあ、そんなもの角のデリにいくらでもあるよ。
その当たり前にある筈の日用雑貨が、
はっと気づいた時には一瞬で空になってるのがこの爆買いパニックの恐ろしさ。
そう、あのハンドジェルから防菌マスクからトイレットペーパーが、
一夜にしてあっというまに姿を消してしまったように、
ツイッターで世界の誰かが迂闊に漏らした一言が
一瞬のうちに拡散しては←だ→だのBBAB、
一体なにが起こるかなんて誰にもわかららい。

備えあれば憂いなし。
EXPECT THE UNEXPECTED 

それが果たしてどれだけ不条理な、理不尽な、
ともすればバカバカしいことであっても、
目の前の現実を前にしては臨機応変にそれに対処せざるを得ない、
今の状況で俺たちできることはそれだけなのだ、と。



という訳で、この降って湧いたようなコロナの春。
そんな非現実的な危機感の中に囚われては、
それは時間の止まった街での、
歌声の消えた春の宴のように、
なにもかもがまるでベールの向こうのあちら側、
そのセピア色の世界。
あるべきはずの現実と、そして目の前の現実のあまりのすれ違いの中で、
そのなにからなにまでが茶番的なまでに実体を失った、
そのあまりの唐突さ、そのあまりの脈絡の無さ、そのあまりの必然の無さ。
一夜明けたら世界のすべてが変わっていた、
そのあまりに素っ頓狂なまでの青天の霹靂・・

それはまさに嘗て観た出来の悪いB級映画そのものに、
あるいは、春の酔いに迷い込んだ不思議な国へのバッドトリップ、
その色彩を失ったモノクロームの世界・・

とそんな中に、
今更ですが、とぽんとお送りいただいたこの映像。

WOWOW METALGALAXY・・?

ああ、そうそう、WOWOWでまたベビーメタルをやってくれたんですよね、
はいはい、そうそう、そうでした、と。




コロナの時代の愛 その五 ~ 国家非常事態下のニューヨーク その徒然なる断面

Posted by 高見鈴虫 on 16.2020 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments

という訳で、コロナの春、そのアメリカ版である。

つい一月ほど前までは、中日韓における上や下への大騒ぎを尻目に、
コロナだ?んなものは、HOAX!:でっちあげだ!
とぶち撒いていては対岸の火事と決め込んでいた筈の我らが寅吉御大が、
その後の事態のあまりの急展開を前に気押しされては押しつぶされて、
そしてついについに発令された国家非常事態宣言。

世界を巻き込むこのコロナの渦が、
ついにここアメリカはニューヨークにも、
いまやしっかりと根付いては、
その目に見えぬ魔の手を着々と広げつつある。

なんだけどさ、
そう、なんかそうやって騒がれれば騒がれるほどに、
白々と興醒めこいては苦笑いばかり。

だってさ、見よろ、これ、この目の前の風景。
冬枯れのセントラルパーク、
その東の丘のど真中に、
いきなり突然、目の醒めるような八重桜のその鮮やかなことよ。

例年になく暖かかったこの冬の煽りか、
普段よりも半月も一月も早くに狂い咲いたこの八重桜。

そのあまりにもあっけらかんとした、
この長閑を絵に描いたような春の風景の中で、
いったいどこのだれが、非常事態宣言の戒厳令、
そんな現実を信じることができるものか。

ただ、こうしているいまも、
あの枯れた木立の向こう、
摩天楼の渓谷の狭間から、
絶えることなく遠く近く響き続ける、
救急車のサイレンのその輪唱。

いったいこの街で、この瞬間に、なにが起こっているのか・・

そのあまりのギャップの中で、
ますますと現実感が失せていく、
そのあまりの離人感、隔絶感。

コロナなんてみんな嘘なのよ。
だって見なさいよ、この風景、
この平和を絵に描いたような新春の風景・・

そうそうなんだよ、その筈なんだけど、
でありながら、
この耳鳴りのようにいつまでもいつまでも響き続ける、
この救急車のサイレン、その輪唱・・

あの木立の向こうでいったいなにが起こっているのか。

それはまさに、あの元旦の朝に迷い込んだ異次元世界、
チェルノブイリの悪夢の中に迷い込んだかのような、
あの不吉な幻影が、いまやまさに紛れもない現実のものとして、
この街そのものをすっぽりと覆い尽くしていくようで・・



コロナの時代の愛 その四 ~ 世界の終わりの最初の一日目 その記念日に添えて

Posted by 高見鈴虫 on 11.2020 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
その日、2020年3月8日 日曜日。
夏時間の始まったその日は朝から目の覚めるような青空が広がり、
昼を前にして気温は既に60度を越え、
小春日和と言うよりは初夏の日差しを思わせる陽気の中、
折からの新型コロナウイルス感染症の不気味なニュースも尻目に、
街中が春を迎えた歓喜に満ち溢れていた。

朝の犬の散歩から帰り一息ついたところで、
古い友人からメッセージが届いた。

はろー、ねえまだ生きてる?
ところでお寿司でも食べにいかない?

寿司?
なんだってこの期に及んでいきなり寿司なんだ?

なんとか鮨、と数あるニューヨークの名店の中でも、
筆頭にあげられる知る人ぞ知るの高級寿司屋。

このコロナパニックの影響でいきなりの閑古鳥で、
超豪華特盛ちらし寿司がビール付きで20ドル!
なんてスペシャルが初まったのよ。
こんなことでもなければ行く機会もないだろうし、
どう?このコロナ特需、
この世の終わりの冥途の土産に、
ちょっと美味しいものでも食べに行かない?

その神をも恐れぬ能天気さに思わず、あのなあ、と大絶句ながらも、
そう言えば、嘗てペストの大流行したヨーロッパでは、
死を覚悟した人々がすべてのタブーをぶっちぎっては、
夜な夜な人智の限界を挑むかのように、
破廉恥極まる極限的酒池肉林の享楽に耽った
と言うではないか。

死こそはデカダンスの究極なのだ。
そう、生きてるうちが花なのだ。
死んだらそれまでよ、なのだ。
そして果たして死を前提とした以上は、
恐れるものは何もない。
恥も外聞も善悪の彼岸のへったくれも
知った事ではなぁいのだ。

メメントモリ:死を思え。

生の極意もまさにここにある・・


CELESTE  ”STRANGE” ~ またまた凄いのが出てきたぞ! 

Posted by 高見鈴虫 on 09.2020 音楽ねた   0 comments
そうそう、そう言えば、と、
この春の宵の中にあって、
夜更けになってもつけっぱなしのテレビ、
THE LATE LATE SHOW の中で、
いきなり流れてきたこの音色・・

これ、なに?

思わずちょっと、それはあのLATESHOWの中で
ひょっこりひょうたん島のようにしてベビーメタルに出くわした
あの衝撃を思い出す、

ねえ、どうこれ、どう思う?この歌声。







この人、セレステ、って言う人?
もう日本でも紹介されているのかな?

アメリカ生まれのイギリス人で、
その見るからに多民族系な、
いったい何人だか分からないのだがだが。

先日のグローバルシチズンで出くわしたあの H.E.R. も衝撃だったけどさ、

これ、この CELESTE どう思う?

既に世界が死に絶えたかのような、
いやはやこの圧倒的なまでの終末感。
改めてこんな歌手が出てくるイギリス、
とんでもない事になっているんだなあと
思わず深く実感・・・








でさ、こんな凄まじい才能を前にしては
思わずなにくそ!と我らがすぅめたる。

あの、広島における、NRNRと、
そして、THE ONEと、
ともすれば、あのアカツキと、聴き比べてみたり、
なんてしちゃって・・








まあ、ジャンルの違いはある。
人種の違い、つまりは、その声質の、その美学の違いもある。
そして何よりその世界観の違いがある。
よって、単純に、どちらが良いの悪いの、などと軽口を並べるべきではない。
ってか、どっちも良い、凄まじく良い、悶絶する程に良いじゃねえか、と。

いやあ、正直なところ、
このセレステに煽られて、
久々に聴いたこのアカツキ、
思わず、悶絶どころか、涙にじんじゃって・・笑

いやあ、アカツキ、今更ながら名曲の中の名曲。
で、改めて、俺はやぱりすぅちゃんが好きだ。
この切なさが、この純潔が、この迷いの無さが。
なによりこの歌声に秘められたとてつもないパワーが!

セレステが現代英国のその魂の声であるならば、
すぅちゃんは我らが日本民族の美の体現に他ならず。

改めて、この東西の歌姫の競演。
この世の毒ガスの霧を晴らすことのできるのは、
歌、つまりは、音楽しかない、と。

このコロナ災禍の渦中にあって、
ふと思い出したあの911下、
深夜のユニオンスクエで巻き起こったあの奇跡。
明日をも知れぬ悲しみの中に叩き込まれた人々の中に、
自然と湧き上がったあのノー・ウーマン・ノー・クライの大合唱。

極限的な危機の中に陥った時にこそ人々は音楽を求める。

音楽の必要性とはまさにそれなのだ、と。

中元すず香が、H.E.Rが、そしてCELESTEが、
世界の歌姫たちの歌声が人類を救うその奇跡を信じて。

この暗い世相に、一筋の光明を見るような、そんな気がした春の夜更け。

と言う訳で、この降って湧いたロス期の底で、
すぅちゃん、スピンオフの単独ソロ・アルバム、
ベビーメタルの楽曲を全曲アカペラで、あるいはピアノのギターの、
そのアコースティックのアンプラグド盤、出してくれないかな、
なんてことを、望むばかり。

という訳で、ちょっとした息抜き的、お裾分けでごじゃる。

音楽ってすごいよな。
音楽がある限り、俺たち、なにがあっても、大丈夫だよ。

人類、まだまだ捨てたものじゃねえよ。

そう、止まない雨はない。
友よ、明日を信じよう。




  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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