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目的を失った少年達の冒険

Posted by 高見鈴虫 on 16.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
かくして少年達の冒険はその目的を失った。
そしていま新たに、
目的を失った少年達の冒険が始まる

表層教育

Posted by 高見鈴虫 on 18.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
よってたかって、
戦後民主主義の揚げ足取りばかりに終始した戦後の教育。

行き着いた先、とどのつまりは、表層教育。

ビルゲイツとチェ・ゲバラ、あなたはどちらに憧れますか?
と、その前に、
この会社にゲバラという名を知っている人が、
どれだけいるのだろう、と聞くだけ野暮か。

表層教育。最初に名刺ありき。
なりきってしまえばこっちのもの。

フェリーニを見たことのない映画評論家とか、
ストーンズを知らないロックミュージシャンとか、
デッサンをしたことのない彫刻家とか、
活字を読まないルポライターとか、
最近NYCで会う奴ってそんなのばっかりだよな(笑)

自分だけその気になったら世界が合わせて変わってくれる、
とでも思ってるのか?

なんかレベルが下がり過ぎてない?日本人。

どうしたんだ人類

Posted by 高見鈴虫 on 26.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
どうしたんだ人類

二十一世紀を六年も過ぎて、
空飛ぶ自動車はまだなのか?

クラスター爆弾、みたいなものばかり作りだしてさ。

俺は、絡まらないイヤホンが欲しかったのによ。

ストーンズを知らない人々との出会い

Posted by 高見鈴虫 on 28.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
ストーンズを知らない人々との出会いに、
え、まさか、冗談でしょ、と目をぱちくりさせたあの日から、
すでに18年。

俺はなんと、
そんな、「ストーンズを知らない人々」に囲まれて、
人生の半分以上を過ごしてきたんだね、
と思うと、
なんか、すごく、寒々とした気分に襲われる。

つまり、俺は、
俺という人間を何一つとして、これっぽっちも理解されることなく、
18年間もの間、社会生活、という奴を送って来た、
ということなんだよね。

こんな人生を、不毛と言わずして、なんと言おう。

はくさいを噛む音

Posted by 高見鈴虫 on 18.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
はくさいを噛む音


はくさいを噛む音を聞いた風景。

日曜の朝の陽だまりのなか。

飲み会から帰った深夜のキッチン。

それは、ちょっとした幸せ、の音

損な仕事の多い職種ほど

Posted by 高見鈴虫 on 22.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
損な仕事の多い職種ほど、
上下関係が厳しい、よね。

辛い仕事を率先してやる人を、
偉い、と誉めてやる土壌がなければ、
だれも嫌な仕事をやりたがらない、

つまり、社会はなりたたない、という訳でさ。

社会がなりたたないと困る、という場合は、
無理やりやらせる、つまり、奴隷が必要になる、と。

それを奴隷と言ってしまうともともこもないので、
21世紀は、棲み分け、と表現しているのだが、
それはちょっと調子が良すぎるぜ、と思っている。

所詮は奴隷。
どうせてめえの都合で奴隷をやらせてるなら、
せめて口先だけでもいいのだから、
尊敬ぐらいはしてやれよ、と思うのだが、
アメリカはそれさえも出し惜しみ、ということで、
こういうことになっちまった。

バカな奴らだ、とつくづく思うが、
そんなバカが日本にも増えているんだよね、これが。

日本の失速の理由はつまりはそれだよ。

あらためて壮絶な週末

Posted by 高見鈴虫 on 01.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
あらためて壮絶な週末を生き延びて
疲れきった天使達が町に帰り着く
あくびをかみ殺す月曜の朝、
この日だけは太陽が憎々しい

中年男のいる風景

Posted by 高見鈴虫 on 04.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
その中に中年男がいるだけで、
風景のなにか本質的な部分が色褪せてしまうような、
そんな気がしてしまうのは
俺が中年になったからなのだろうか

4ねんかんだけおおさまになれるとしたら

Posted by 高見鈴虫 on 11.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
4ねんかんだけおおさまになれるとしたら、
ぶきのかいしゃのかぶをかってから、
せんそうをおこしておかねをもうけます。

あと、
せきゅうをたくさんかったら、
せきゅうのあるところでせんそうをおこして、
せきゅうのねだんがあがっておかねがもうかります。

そうゆうことをすると
みんなおおさまがきらいになって、
で、みんないやになってうつびょうになります。

だからおおさまとしては、
くすりのかいしゃのかぶもかっておくことにします。

やってしまったことを後悔するよりも

Posted by 高見鈴虫 on 12.2006 今日の格言
ずっと昔観た映画の中で、

やってしまったことを後悔するよりも、
やらなかったことを後悔するほうが、後になって辛い、
というセリフ、がありました。

僕ら悪がきは、その言葉を合言葉に、
とりあえず、やってしまおう、悩むのはそれからだ、
で突っ走ってしまいましたが、

今から思うと、
果たして上の言葉は本当だろうか、と(爆
もしかしたら罠だったのかもな、と。


まあ、確かに、

幸せかどうかは別として、
何もやらなかった連中、
(俺達は、いまでもできなかった奴ら=ださぼう、と言っていますが)
ほど、無難に暮らしている(笑

で、

僕の友達の共通点、は見事に、
過去にやってしまったことから、
どうでもいい(とんでもない)災難を抱え込んで、
で、それを後悔しながらも、
その失敗を現実として受け止めて、
とりあえずは前向きに戦って行こう、
という人々。

まあつまり、
世間で言うどうしようもない人々であったりもするわけなのですが、
でも僕は、やっぱりやってしまった人々、が好きです。

あるいは、やってしまった人としか、付き合う気はない、というべきか。

少なくとも、
なにもしなかった人よりは一緒にいて面白い。
少なくともその失敗からなにかを学ぶことができるしね。
少なくとも、
一日中見たくも無いテレビをみながら、
行動の伴わない妄想を山ほど抱えこまされて、
で、それを現実と混同して偉そうなことを言ったり、
あるいは
自己充足の中だけで腐り果ててしまうよりは
なんぼか健康的、だと思う。

ただひとつ、

妄想より行動を選んだ人々の宿命として、

いつなんどきでも、
筋を通す=己の行動に対して腹を括る、ことを心がけること。
直面した現実に対し、
この決断に悔いなし、と、自分が納得できるか、
自問を繰り返すこと。

覚悟をしないままに流されてやってしまったことほど、
後で後悔することはないからね。

覚悟できないこと=筋の通らないことを強要されたときに、
それはできない!と言えることこそが、
人間の強さ、だと思います。

タフに生きろ、強く生きろ、

と、
昔、俺に語ってくれた先輩も、今は空の上。

僕はいまでも、あの人たちと対話をしながら生きているから、
どうしてもシャカイジンになりきれないのでした(笑

じゃね
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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