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まるでアルバムの中に生きているような

Posted by 高見鈴虫 on 01.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
カフェのテーブルでジョイントを巻きながら、
丘の上の木陰から遠い海を眺めているジャックの姿が、
まるで完璧な風景だ、とため息をついている時、

「ねえ、まるでアルバムの中に生きているような気がしない?
目の前のこの風景がすでに遠い昔の思い出になってしまっているようなきがして」

とつぶやいたアリスの言葉に、
なんかみんな、思わず、深く頷いてしまったポカラの昼下がり

突如のトレビア:テニスの聖地と呼ばれる

Posted by 高見鈴虫 on 01.2006 テニスねた
トレビア、

テニスの聖地と呼ばれる、

伝統あるウインブルドン全英テニス選手権では、

サーブの早い選手に一人勝ちさせないために、

わざと空気の抜けたべこべこのボールを使って争われる。

なみだあめ

Posted by 高見鈴虫 on 02.2006 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
雨が降るたびに、
誰がこの雨を降らしているのだろう、
と考えてしまうようになった。

なみだあめ、涙雨

あいつが泣いているのか?
なぜ?俺が何をした、
とふと自分の姿を思い返して、
ああ、と溜息をひとつ。

神様、俺は嘘をつきました。
悪魔の囁き。
魔女の微笑み。

涙雨、洗い流してくれるのか、


雨が降るたびに、
これは誰の涙か、と思うようになった。

最初に辿り着いたのは

Posted by 高見鈴虫 on 05.2006 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
最初に辿り着いたのは、
20世紀も終わりに近づいた冬の終わり。
知人に聞いて書き殴ったメモを手がかりに
ようやく探し当てたアッパーウエストサイド
71丁目のウィークリーマンション、
って言うよりはボロボロの月極めアパート。
荷物を降ろしたとたんに眠りに落ちてしまって
ふと目を覚ました夜中の2時過ぎ。
しまった今夜は飯抜きか、と舌打ちしながら
窓から見下ろす通りにはまだかすかに人の気配があって、
ふと誘われるように足を踏み出した深夜の街、
角のピザ屋の灯りの中に吸い込まれると
ドアの向こうはなんと人で一杯。
タバコの煙りの立ち込める中、
店の隅の安いスピーカーから、
ルーリードのサテライトラブだか、
ジョンレノンのマインドゲームだかが流れていて、
カウンターの隅の流しの脇では、
暇を持て余したデリバリの少年が、
ゴミバケツに腰掛けてチューニングの外れたギターを爪弾いていて。
窓際の奥にようやくイスをみつけて、
紙皿からはみ出したピザの先端を一口齧ったとき、
意味も無く、じわーっと、
ああ、ニューヨークにやって来たんだな、
と実感が湧いてきて。
そう思わず涙がにじんでしまったけ。

どうかした?
いや、レッドペッパーかけすぎちゃって。
ああそういうこと。
この店、何時まで開いてるの?
24時間、いつでもオープン。
24時間いつでもパーティか。まるで夢のようだね。
いつ着いたの?
ついさっき。着いたばっかり。
どこから?日本から?
アメリカ南部の、ずっとずっと奥。夜8時過ぎると街中が墓場みたいに静まり返っちゃう街から。
ああ、判るわ。私もそうだったから。ニューヨークはどう?気に入った?
ああ、物凄くね。なんか、帰って来た、って感じがする。
いつまでいる予定?
決めてないんだよ。つまりそういうこと。まずは仕事を探さなくちゃと。
そう、そうね。みんなそう。
あと住むところも探さなくちゃ。
そう、そうよね。みんなそう。
どういうこと?
つまりはニューヨーカーってこと。いつでも職探し。いつでも宿探し。
とりあえず、時間があったらここに寄ればいいわ。
ボイスもあるしニューヨークタイムスもあるし、ね。
ああ、そうしてみる。
そう、みんなそうしてるんだから。そして多分、これからもずっとそうなんだから。
ニューヨークへようこそ。この珈琲を飲み終わった時にはあなたも立派なニューヨーカーよ。

そんなこんなでその翌日、
そんな安アパートで知り合った奴、
ひょんなことから昔の友達と人間違えしたことから始まった縁から、
とりあえずと散歩に出たセントラルパークで、
オアハカ産の種無しガンジャの販売ルート開拓を画策している、
なんておかしなラスタファに知り合って、
下手なガットギターに合わせて一緒にボブマレーを歌っていたら、
いつの間にか連れて行かれたダウンタウンのパーティで、
まるで街中の無法者全員に面通し状態。
その後、
夜な夜なこの街で一番妖しいゲイクラブなんてのを探して彷徨ったり、
潰れかけたジャズクラブを乗っ取って朝までジャムセッションしたり、
ポットとクラックとエックスとコークと
ハウスとジャズとテクノとサルサの間に揉まれ揉まれて、
騙し騙されひっかけひっかかり登って降りて上がって下がって、
なんてことをやっているうちにあっと言う間に1年2年3年。
いつのまにかこの街で知らないものはない、
なんて気になっていたっけかね。

そんなこんなでいったいどれだれけの水が流れたことか。
不思議なことにあの9-11から、
まったく記憶がないのはいったいどうしたことなのかな。
という訳で未だに記憶喪失状態。
地下鉄の駅からの階段を上って、南の空にワートレの影を見ないと、
いきなり方角を見失った気になってしまう、
そんな記憶喪失状態がこの先どれだけ続くのだろう。

ニューヨークの夢と現実

Posted by 高見鈴虫 on 06.2006 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
所詮俺達は蛾みたいなものでさ。
きらきらとまばゆいネオンサインに引き寄せられて、
摩天楼のビルの壁面にへばりついた
つまりは蛾みたいなもんよ。
己のどぶ色の羽根の上に
きらきらと煌めく原色のネオンが反射する様を
まるで自分自身が輝いているいるような
錯覚に陥っているうちに、
そしていつしか風が吹き始め、
必死の思いで壁にへばりつきながら
雨に打たれそれはやがて雪にかわり、
足は萎え爪は折れ羽根は破れ、
いつしか既に飛び立つ力さえなくしていて、
そしていつの日にか
よく晴れた凍てついた冬の朝、とかに、
誰に気取られることさえもなく、
ぽとり、と舗道に落ちて、
そして風に飛ばされ車に飛ばされ
やがて排水溝に吹き溜まった紙くずの中にまみれて
そして名も無い貧しいただのどぶ色の蛾として、
そっと消えて行くのだよ。

ついてすぐに知り合ったニューヨークのセンパイ、
とやらから言われた言葉。

まあ三年ってところだな。
そう、三年は楽しめるよ。
最初の三年は天国だよね。
観るもの聞くもの触るものすべてが珍しく、
街はハプニングに溢れ、きらきらと輝いて、
振り返るとそこかしこで
幸運の女神がウインクしているような気がしてさ。
見上げる窓はまるで宝石箱。
あの窓の一つ一つに秘密の扉が隠されていて、
その中に宝物が埋まってるなんて気がしてさ。
ああ、俺は自由だ、とかね。
ああこの街でついに俺はやりたいことをやるんだ、とかさ。
本当になりたかった本当の自分って奴に
ようやくなれるんだ、なんてね。
そうだれもがやることなんだけどさ。
なんというか、
透明人間感覚というかね。
身体中が透き通って、きらきらと輝いて、
誰でもない自分になれる、なんてさ。
で、とっかえひっかえファッションショー。
外面も内面、つまり人格さえもね。
そう。望みさえすれば何にでもなれる。なんでも手に入る、なんて、
錯覚するわけなんだよ。

それでも三年の間は幸運が続く。
ビギナーズラック、というか、
まあお客様だからね。誰もが親切にしてくれる。
まあ自分自身、ころっと騙されているわけだ。

それが三年経つとそろそろ知恵もついてきて、
あちらさんとてそうそうともう甘い顔ばかりはしてくれない。
金を落とさないならさっさと帰れ、と来る訳だ。
凄いぜ。その豹変。
まるで手のひらを返したようにね。
パタパタパタ、とさ。
誰もが冷たくなりきつくなり意地悪になり、
はっと気づくと騙され毟られる踊らされ歌わされたばかりであった
と、はたと気づくわけだ。
くっそう、そう言うことだったのか、
と気づいてしまったが最後、という奴。
つまり、玉手箱、ぱかりと開いて。
まあそこからが本番だな。
つまりまあ、それが本音の付き合いというかね。
本気の付き合いというかさ。
ニューヨーカーの本領発揮。面目躍如ってところだよな。

まあ五年が限度だな。

その先は辛くなるばかり。
辛さも半端じゃないぜ。
つまりそれが判っているなら、
早いところで出ていった方が身のため。
ここはまあ、そういう街なんだからさ。
そう、いいの悪いの言う前に、
ここはそもそもそういう街なんだよ。
大丈夫。
この街は去る者は追わない。徹底的に追わない。
来るものも拒まない。金を落としているうちはね。
そういうこと。そういうことだったんだよな。
そう、知っては居たんだけれど。
気づいてはいたんだけど、ね。
まんまと騙されたよな。
ああ、判っていたのにね。
という訳でさ、ここの飲み代、授業料ってことで、
ま、せいぜいがんばってよ。
4年経って、まだその元気が残っていたら、
今度は俺がおごってやるからさ。
ってな訳で、それまでの貸り、ってことかな。

では友よ、また会おう。健闘を祈る、と。

と着いた年に言われたよね。
言われたときには、ああこいつは負けたんだな、と思った。
同時に、俺は負けねえ、とも思った。
でも今から思うと、
あのひとは実は、心の底から本当のことを、
思いっきりの本音で言ってくれたんだな、
と身に沁みて思う。

つまり、あの頃の俺に、昔の自分を見ていたんだろう。

という訳でこの教訓を胸に、
幸か不幸か俺はとりあえずまだ生き抜いている。
この先どうなるかぜんぜん判らないけれど、
とりあえず、生き抜いていることだけは確か。
この腐れ毒蛾、ちょっとやそっとじゃへたばらねえぞ、
とたまに思ったりもしている。

寝癖王

Posted by 高見鈴虫 on 18.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
どうでも良いがあの中国人、
奴の後ろ髪はここ2週間おっ立ったままだ。
尊敬を込めて、寝癖王、と呼ばせてもらう。

胸張って歩きなさい

Posted by 高見鈴虫 on 20.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
あんたねえ、
おかまだってジャンキーだって、
とりあえず胸張ってればいいのよ。
顎を上げて、
視線をこうやって、キッと前に向けて、
さあ来なさい、
逃げも隠れもしないわよ、ってさ。
そうやってればいいのよ、
実際なにやってたってさ。
だからあんたも、
なにやってる人か知らないけどさ、
とりあえず胸を張って歩きなさいよ。
ニューヨークなんだもの


うちゅうごくじん

Posted by 高見鈴虫 on 23.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
今は昔、お友達から聞きかじった話。

通っていたアリゾナの大学に、
短期的に中国からの留学生が一挙に送りこまれて来たことがあったのだが、
正直いってあの時期、
学校どころか、町中がちょっとした大混乱をきたしたものだ。

授業の最中、静まりかえった教室で、
いきなりブリッと音を立てておならをする女子学生、
を手始めに、
試合中のテニスコートを横切りながらフン、と手鼻をかむ青年
顔をつき合わせながらげぇぇぷ、と大きなゲップをする少女
カフェテリアで盛られたばかりの料理に
顔をつきつけて匂いを嗅ぐや、
いきなりぺっと唾を吐いて着き返してみせたり、
ドミのトイレはどれも糞だらけ、
夏だと言うのに風呂にも入らず、
コップの水を浴びた体をベットのシーツでごしごし擦ったり、
床は水浸し、部屋中がごみだらけ、
で、掃除婦がまだ来ない、と苦情の電話を入れ来て、
街で唯一の寿司食い放題が売りの日本食屋に
大挙として押し寄せては、
頼んだ寿司のネタだけ剥がしてシャリのピラミッドを作り上げ、
店の人が溜まらず文句を言うと、
何が悪い、どこに書いてある、貴様こそ失礼だ、
と食い残しの巻物を掴んで投げつけるう始末。
ついには深夜の喫茶室で、
缶詰を丸ごと電子レンジで温めて爆発騒ぎ。
と、
なにかにつけてあまりにぶっ飛びすぎた中国人留学生。

挙句の果てに、
どこで覚えたのかレンタカーを借りてきたが最後、
信号は無視する、パトカーの制止は無視する、
サイレンを鳴らされて追いつかれ、
免許証を求めた警察官に、
歯茎を剥きだしてこの世も終わりとばかりに罵倒を始める始末。

任意同行を求められた警察署無いから、
中国大使館を呼べの一点張りであわや大立ち周り。

短髪痩身に仮面のような顔をした子供たちの
そのあまりのご蛮行振りに、
普段は無法者でならしたバイカー・アウトローの連中も、
ビッチで鳴らした行け行けチアガールズも、
黒人も白人もラティノもネイティブ・インディアンも、
世界各国から津々浦々からの留学生一同も、
思わず一目置く、というよりは、辟易して頭を抱える始末。

と言う訳で、人々、思い切りうんざりした顔で、
似たような人種、つまり、日本人をたずねては、
同胞のよしみであいつらにちょっとだけでも、
エチケットをわきまえろ、と言ってもらえないだろうか、と。
挙句には、
ボーイフレンドから、君も僕の前では猫かぶってるうだけで、
本当の所はあんななのかい?と別れ話を切り出されて、
正直言って迷惑至極。
顔を赤くして激昂する韓国人も、
見ざる聴かざるで頭を抱える台湾人、
口をゆがめてこれ以上無い皮肉な顔でねめつける香港人、
うへえ、凄いね、と口笛を吹くフィリピン人、
まあまあ、彼らには彼らの事情があるんだから、と平静を装いながら、
その視線の先にあからさまな侮蔑を宿したタイ人、
と言う訳でさまざまな反応を見せていたアジア人連合、
ではあったが、
いつしかそんなアジア人でさえも一同に白い目で見られ始めた
そんな村八分状態にはめっぽう弱い集団志向村社会育ちの日本人、
ついについに堪忍袋の緒が切れて、
人の失せた教室に一人、そ知らぬ顔で鼻くそをほじる女子学生の眼前につかつかと歩み寄って、
ちょっとあんた、いい加減にしなさいよ、の一言。
なによ、日本人。
迷惑なのよ、あんたらと一緒にされて。こっちのやり方を尊重する気がないなら早く帰れば良いのに。
なにさ、アメリカの奴隷の分際で。貴様こそ恥を知れ、売女め、
と取り付く島もない。

まあしかし、人間、たいていのものには慣れる。
不快だとは言っても、
気に入らない、目障りだ、という以外には、
実害がある、という訳でもなし、
そんなわけで、まあ自由主義のお国柄、
割り切ったほうが勝ち、とばかりに、
鼻くそ食いたければ食えばいい。
糞にまみれた便器が好きならそうすればいい、
好きにさせればいいさ、と。
いつしか、中国人学生専用のトイレと専用の流しと、
専用のテーブルと机と、が出来上がり、
学生から教師から、彼らの存在は一切無視。
質問どころかオナラの音もゲップの音もそ知らぬ顔。
残りの在学中を、まったくの無視、と言うよりは、
ごみ扱い、汚物扱い。

そんな訳で中国人留学生の帰国前の別れの言葉。

資本主義の豚ども。地獄に落ちろ。腐った死肉を食らって暮らせ。

なんか、パンクなんてぜんぜん目じゃねな、こいつら、とちょっと関心。
人間、というよりはまるで、宇宙人。
つまり、うちゅうごくじん、と呼んでやろう、
なんて、下手なしゃれにひとりで笑っていたものだ。

毒入りの点滴、
毒入りキャットフード、
毒入りうなぎに毒入り漬物
火を吹く電池、
のこぎりの刃が宙を舞う芝刈り機、
ダンボール入り肉まん、
あ、それ、間違いでした、の誰の目にも明らかな隠蔽工作
農薬漬け野菜
破綻したダム工事に押し流される村々、
無規制の公害垂れ流し、
生き埋めにされる公害病患者、
サーズ、ではないが、
中国のこのうちゅうごくじんぶりのおかげで、
世界中が大混乱、
というよりは、
大病気になる可能性がぜんぜんしゃれにならなくなって来て、
ますます、
おお、こいつら、パンクなんか目じゃねえな、
とあの時の感動が再びよみがえる、と。

そこのけそこのけ、うちゅうごくじんが通るの21世紀。
いまのうちにどうにかしないと、
大変なことになる、と思ってるのは、俺だけではないはずです。

中古の棺桶、格安にて。

Posted by 高見鈴虫 on 27.2006 今日の格言   0 comments   0 trackback
中古の棺桶、格安にて。

「メキシコ人アパート」  テキサスダイアリーより

Posted by 高見鈴虫 on 29.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
「メキシコ人アパート」
 友人の一人に、メキシコ人アパートの住人がいる。
 メキシコ人アパートと言うのが具体的に何かと言うと、低所得者の中でも、もうほとんどギリギリと言う人達の為の、半ばシェルターに近いアパートの事である。
 ちなみに友人は、家族併せて12人でワンベッドルームに住んでいる。俺が泊まる日には13人になるのだが、縁起が悪いという事でか、その時には誰かが他に泊まりに行く。
 リビングと寝室、それぞれ一部屋6人づつ。ドアを開けるとリビングにまず3つの二段ベッドが並び、そこが子供部屋となる。奥の寝室は夜に便所に行く時に通っただけだが、そこに二夫婦と二人の赤ん坊が寝ている。
 キッチンのスツールに置かれたテレビと、食事用の傾いたテーブル以外、机も本棚もソファさえも無いのだが、そこは考えたもので、身体をずらせばどこのベッドからもとりあえずテレビだけは見れるようになっている。
 一応、今年12歳になった友人の妹のクラウディアと、親戚夫婦の連れ子の今年16歳になるパトリシアが、二段ベッドの上を使っていて、申し訳程度にカーテンで四方を囲っている。
 ちなみに親戚夫婦の連れ子であるパトリシアは俺のファンだ。夜、いい加減酔っぱらって寝ていると、上のベッドのカーテンの隙間からブラジャの紐などを垂らしては、釣りを仕掛けてきたりする。
 そんな時、部屋の全員が俺を見ている。
 陽気なメキシコの子供達は、枕に頬杖をつきながら、そんな俺ににやにやとウインクしたりする。

 このメキシコ人アパートで素晴らしい事はと言えば、草が半ば公然だと言う事だ。
 この友人の家庭に置いても、11歳と7歳の小僧どもを除いて、住人のほとんどは大抵の時間、酔っぱらっているか、さもなくばラリっている。
 日中はアパートのほとんどの階段が住人達で鈴なりになり、のべつまくなしビールを飲んではおしゃべりをして過ごしている。
 俺はよく、そのアパートの階段にガッドギターを持って出かけては、ポットを回しながら、友人とそのご近所さん達の歌に合わせてギターを弾く。
 このアパートの住人は実に陽気だ。
 まあ働かなくても、毎月毎月の生活保護でどうにかなってしまうからなのだろうが、とりあえずの所、俺のギターを見れば、入れ墨だらけのにいちゃんから、下着姿の叔母さんから、車椅子の爺さんまで、誰の彼のと集まっては、何のてらいもなく一斉に声を張り上げて歌う。
 住人達の歌の上手さはまったくピンキリで、オペラ歌手の様に胸を張って喉を震わすものから、最初から最後までまるっきり別の音階で歌い通す者から種々様々だが、取りあえず全員が思いきり歌う事だけは確かだ。
 一曲終わる毎にそこいら中で乾杯の嵐が繰り返され、火のついたジョイントがホイと差し出される。
 夏の夜など、月明かりの中、時には二時過ぎまでギターを弾いている時がある。何人かには簡単な曲を憶えさせてあるから、指が疲れた時には、気軽にギターを隣に譲って、俺はポットを吸いながら、隣に座ったねえちゃんと軽くキスをしたり、受けを狙ってランダバなどを踊って楽しむ。
 別に俺はそれ程ギターが上手いわけではない。
 明星の付録でローコードをいくつか憶えた程度だ。
 それでも俺は取りあえず、このアパートではギターの先生として重宝されている。
 と言うわけで、俺はこのメキシコ人アパートにちょくちょくお邪魔する。ギターの先生はいつも、おみやげに袋一杯のポットを貰えるからだ。

 俺がこのアパートで気に入っている事がもう一つある。
 安全なのだ。
 ほとんどの家々が一日中ドアも窓も開けっ放しで暮らしていることでもそれが判る。
 夜でさえ、そこかしこのドアが開いている。
 中にはドアのノブから電柱まで、洗濯用のロープを渡してきつく縛り付けてある所さえある。
 ここまで貧乏なのだから、誰もガンなど持っていないし、ビールばかり飲んでいたとしても、ビール以上にきつい酒は手に入らないから、アル中もそれほどひどくはならず、同じ理由でポット以上に凄いドラッグも手に入らない。
 ガンとPCPさえ無ければ、貧民街と言ってもそれほど恐れる理由などない。
 しかしながら災難なのは年頃の女の子達で、時として着替えも寝乱れ姿も何もかもが外から丸見えと言う状態なのだが、住人の全てが互いに知り合いである以上、下手に手を出すとそのまま結婚か、あるいは村八分のつまはじきになってしまう為、予想した程レイプ事件も少ないようだ。
 そんな訳で、ここでは何もかもがあからさまだ。
 ギターを弾きながら歌っている間にも、そこかしこの窓から、あからさまなよがり声がオーラーオーラーと洩れて来る。
 まるで近所の人々に、その心地よさを誇っている様な向きさえある。
 さっきまでそこで濁声を張り上げて歌っていたテンガロンハットのおっさんが、自宅の窓から奥さんに呼ばれて退場すると、途端に灯の消えた部屋の奥から、オーラーオーラーの声が響き出すと言った具合だ。
 正直言って、その声が凄ければ凄いほど、あのおっさんやるなあ、などと思ってしまう。
 しばらくして、おっさんは再び登場する。
 俺達は目配せしあって、それとなくおっさんの肩先を小突いたりする。
 そしてその後ろから、風呂上がりの奥さんがおごそかに下りて来る。
 シャワーに濡れた髪の先から、水滴などを垂らしながら、バスタオル一枚を胸に巻いて、サンダル一丁で階段の途中に腰を下ろす。
 休み無く子供を生み続けて、今や樽の様に太った奥さんは、しかし汗の滲んだ肌から噎せる様に石鹸の匂いを立ち昇らせ、その力の抜けきったトロンとした表情はまるで菩薩の様にも見える。
 そんな奥さんは実に幸せそうだ。
 幸せそうだと言うよりも、幸せの極致と言う風にも見える。
 シャワーを浴びずにそのまま出てきたおっさんは、やはりちょっと匂う。
 たまにそれと無く指先の匂いなどを嗅いでいて、そう言う動作をめざとく見つける俺と目があっては、照れて肩をつぼめて見せたりして、実に可愛い。
 そんな時、しかし必ず、ふと、顔を上げるとパトリシアがいる。
 パトリシアはいつも俺を見ている。俺のほんの些細な仕草さえ決して見逃したりはしない。
 俺と目が合う度に、それとなくTシャツの胸元をずらしたり、膝の間を少しづつ広げていったりして、なんとも艶かしい。
 16歳のパトリシアは、しかし実に美しい。
 長い黒髪を横に流し、顔はちょっとグロリア・エステファンに似てない事もない。
 ノーブラでもおっぱいの先がツンと上を向き、肩手で抱いても剰るぐらいに細い腰をしている。もちろん尻は凄い。尻だけはまるで風船の様だが、しかしその下に伸びる足はまるでカモ鹿。足首など今にも折れそうだ。
 シャワーの後など、下着姿のパトリシアをよく見かけるが、ちょっと大きめのお尻の下、深く食い込んだ赤いパンティの端から、柔らかそうな栗色の陰毛がちょっとはみ出てたりしていて、頭がクラクラする。
 彼女は呆然と見つめる俺の前に立ちはだかり、お臍を目一杯に見せつけながら、よっこらしょと二階のベッドによじ登ったりする。
 きつい体臭を含んだ空気が、あとからむっと追いかけてくる。
 香水と若い脂肪と石鹸と髪の油と汗とバニラアイスクリームと尻の穴の匂いが一色たになった、実に刺激的な匂いだ。
 パトリシアは体臭がきつい。
 しかし俺はこの匂いが嫌いではない。
 たまに何の前触れもなく、この匂いがふっと鼻をかすめたりする。
 俺はもうそれだけで、所構わず勃起してしまったりもする。
 オナニーの時には必ず一度は脳裏に登場する。たまに夢に見たりもする。
 俺ははっきり言ってパトリシアに夢中だ。
 やってしまったら、もう逃げられないだろう。
 それは友人からも言われている。
 ご両親は俺との結婚に賛成だそうだ。
 ここに住む限り、生活に問題は無いだろう。まだクローゼットが空いているからだ。
 子供でもできれば生活保護の金額も増える。
 俺は朝からビールを飲んで、日がな一日ポットを回しては、下手なギターをかき鳴らして毎日を過ごす。
 窓から手を振られる度に、いやはや参ったな、などと照れ笑いを浮かべながら階段を登り、奥の部屋であのはちきれそうな肉体を無茶苦茶に楽しんた後、再びギターを抱えた俺の前に、濡れた髪を束ねたパトリシアが、あの刺激的な体臭をむんむんとかぐわせながら登場する。
 俺達は並んだ男達の、今にも切れて弾け飛びそうな嫉妬と羨望の眼差しの中で、舌を絡めてはビールを煽る。
 こう考えるたびに、それはそれほど悪いもんでもないのじゃないかと、ちょっと真剣に考え込んでしまう。
なに、大丈夫。
 パトリシアが太り始めた時には、そのままふっと姿をくらまして、日本なりどこなりにとんづらしてしまえばいいのだ。
 友人一家がその事実を、面倒な書類にいちいち書き込んで、わざわざ遠く離れた役所に持って行かない限り、俺の分の生活費さえ、そのまま猫ババし続ける事ができる。
 そう言う今も、パトリシアのブラジャー紐が目の前にするすると降りてくる。強く引っ張ると、薄く開いたカーテンの間から、赤いペニキュアを光らせた足がダランぶら下がる。弓の様に反り返った指が、おいでおいでと蠢いている。
 この折れそうな足首をそっと掴むだけで、夢の暮らしがすぐにでも転がり込んでくるのだ。
 メキシコ人アパートの暮らしも、それほど悪い物でもないような気もする。

「メキシコ人アパート」終わり

テキサス 強気でやる男

Posted by 高見鈴虫 on 30.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
  「テキサス・強気でやる男」

 俺はわりと強気でやっているほうだ。
 強気でやっていると言うのが具体的にどういう事かと言うと、やられたらいつでもぶっ飛ばしてやるぜ、という気概をもって生きていると言う事だ。
 俺はこの街に来て三年になるが、恐るべき強運と言うべきか、まだやられた事がない。
 この街のことはもうほとんど知っているが、はっきり言ってここはヤバイ。
 10分おきに前の通りをパトカーが走り抜けて行く。
 近所が毎週ニュースに出る。
 知り合いがやられる。
 はっきり言って、外に出たくなくなる。
 友達のメキシコ人はここよりももっとヤバイ所に住んでいるが、そこはもうほとんどお巡りさえもいないそうだ。
 お巡りがいなければ、ニュースなどになるはずもない。
 「危ない事はねえな」と奴は言う。
 「ただどこかに消えちまうってだけの話でよ」
 ほんとうにヤバイ所というのは果たしてこういう所かとちょっと関心もするのだが、まあそう言った意味から言えば俺の住んでいる所はテレビに出る分まだましなのかも知れない。
が、しかし、
 そう言っていたメキシコ人の友達も、信号で止まっていた所をいきなり石で殴られた事があると言っていたから、やつの強運もそう長くないような気もする。
多分、俺の住んでいるのは、まともな人間の住める最後の境界線とも言えるかも知れない。

 しかしながら、
 だからと言って、俺が弱気になっているかと言うとそんな事はない。
 俺は空手も柔道もやっていないが、はっきり言ってこの街ではそんな物できたからと言って何の役にも立たない。
 振り向いたらいきなりズドンの世界だからだ。
 振り向いたらいきなりズドンの世界で、いくらブルースリーをやってみたからと言って、結果はほとんどたかが知れている。
 かと言って俺が銃刀器の扱いになれているかというと、もちろんそんな事はない。俺は日本を出るまではまったく普通の日本人だったのだ。まったく普通の日本人が銃刀器の使い方に慣れている訳がない。
 と言うわけで、俺がどうしてやってこれているかと言うと、それは強気でやっているからに他ならない。
 なめられてはいけない。
すこしでも弱気を見せたら、奴らはすぐにやってくる。
やってきて袋叩きぐらいならまだ可愛いが、いきなりズドンではあまりにも出番がなさ過ぎる。
 強気こそが最初で最後の武器なのである。

 しかしながら、いくら強気でやっていても、俺の強気を良く見ないうちからいきなりズドンと撃ってしまう奴もいるだろうから、やはり銃は持っておくに越した事はない。
 「大丈夫」
 と、下の部屋に住んでいる、ベトナム帰りのクラック・ジャンキーであるビリーは言う。
 「22口径じゃあ、よほど狙っても当たる物じゃねえ。38ならまあ20フィートが限界だ。どうせ向こうだってアマチュアだから、そうそう狙って撃てるもんじゃあねえからな。
 だから最初の一発目はよほどのラッキーショット以外は、まず当たらねえって事だ」
 「撃たれた、と思ったらこうやって」
 と言って、クラックでやたら元気のいいビリーは、アパートの前のパーキンロットで、実演して見せてくれる。
 白い閃光に包まれたアパートの前のパーキングロット。
 影という影のすべてが灼熱の中に閉じ込められたまま、
 渦をまいて立ち上がる蜃気楼の分厚いベールの中に、
 枯れた椰子の木と錆びたキャデラックと割れたビール瓶と、
 マクドの空き袋とタバコの吸殻と潰れた空き缶と、
 投げ捨てられた女物のサンダルと、死んだネズミのように黒く染まったテニスボールと、油まみれでせんべいのように固まったシャツの残骸が、
 とりあえず目に見えるものすべてが灼熱の中に焼かれながらピクリとも動けない。
 つまり、10時を過ぎた後の、この街の典型的な風景だ。

 靴の底を通してさえじりじりと熱に焼かれる溶けたアスファルトの上に、ビリーはいきなり「パーン!」と叫んで頭から飛び込んでみせる。
 時間の死んだアパート。立ち並ぶプレハブ作りの二階屋の、その窓に下がったブラインドはすべてがぴったりと閉められたまま。
 ドアの前に車が停められている以上、部屋の中にいるのはわかっているのだが、ねじが馬鹿になるぐらいに締め切ったブレイドのほんの少しの隙間から、息を潜めてこちらを伺っている気配がするだけだ。
 「パーン!いいか、撃たれたと思ったらこうやって」
 と、オイルの垂れた路面を転がりながら、
 「いいか、すぐに伏せろ。そしですぐに腰のハジキを抜いて、右肘をまっすぐに伸ばして、左手を銃身にしてこうして手首を重ねて、しっかり固定するんだ。いいか、しっかり固定しろよ。相手の足元に寝そべっておいて、カウンターアタックが外れましたじゃ、おまえはその場で、100%のお陀仏だからな。この一発で、相手の身体のど真ん中をぶち抜いてやるんだ。いいか忘れるなよ。肘を固める事だ。そんで固めた途端に、ぶっぱなす。それからは、相手が倒れるまで、こうやって、こうやって、ずっと引き金を引き続けろ」
 頼むとビリーは、これを何回でもやってくれる。5回目当たりになるとさすがに全身に汗をかき始めるが、最高18回も続けて実演してみせてくれた事もある。
 そう言うビリーは、しかし銃など持っていない。銃どころか、車も、ベッドも、机も鍋も靴も、最近では電気さえも止められた。
 暗い部屋の中、リビングにはベッド代わりの破れたソファが一つ。そしてテレビ。
 車を売った金も、その金で仕事もせずにクラックばかりやっていたのですぐに使いきり、家の中の物は全て20ドル札と交換してしまい、家賃用に最後まで残してあった金も、たちまち20ドル減り40ドル減りで、結局なくなってしまい、最後に残ったのは、誰も欲しがらなかった臭いソファと、ガンとテレビ。
 そしてある夜、ビリーはそのガンを持って、俺の所に遊びに来た。
 ドアを開けるなり、にゅっとガンを突き出して、
 「このガンやるから、一晩泊めてくれ」
 とビリーは言った。
家賃を延滞して、部屋のドアをロックアウトされたらしい。
 奴はその持ってきたコルトの45オートマチックで、宿泊費プラス、キャッシュ100ドル貸して欲しいと言った。
 「100ドルはないけど、キャッシュなら40ドルある」と言うと、奴はすんなりそれで承諾して、すぐにディーラーのビーパーに電話をかけ、俺の見ているまえで、その40ドル分の二かけをあっと言う間に吸ってしまった。
 結局それで、テレビと臭いソファを残してクラックジャンキーのビリーは全てを失ってしまった訳だが、しかしながら奴は、最後に残ったテレビだけは決して手放さない。
 どこかからかすめて来たのか延長コードを、階段下の電球のソケットから部屋の中に引き入れて、そして暗い部屋の中で一日中テレビをつけっぱなしにして暮らしている。
 ライトでは本しか読めないが、テレビなら、テレビも観れて本も読めるから、と言うのがその理由である。
 そんな訳でビリーは、日がな一日、昼はアパートの前の階段に腰掛け、夜はブラウン管に瞬く青白い閃光の中でソファに寝そべり、そして来る日もくる日も、クラックでぶっとんでいる。
 彼の所によく友達が訊ねてくる。彼らもやはりみんな裸足だ。靴さえも売ってしまったジャンキーが、このアパートにはいくらでもいる。

 それ以来、俺はビリーに貰ったコルトを、決して手放さなくなった。
 ポケットに入れておくと相当に重いが、ラップの黒ちゃんがよく履いているバギースタイルのジーンズなら、それほど目だたないで済む。
 今となっては、コルトはほとんど腹巻き化していて、ないとすぐに風邪を引くどころか、ドアの外に出る気にもならない。
 しかしながら不幸中の幸いか、今だにそれを使った事はない。
 もちろんいつやられてもいいように、弾はいつでもこめてある。

 俺はそのコルトを持って、部屋の中でよく予行練習をする。
 一度間違えて、壁を撃ってしまった事があった。
 幸運にも外に向けていだからよかったものの、このアパートの壁は紙のように薄いから、隣の部屋にでもぶちこんでいたら、お巡りを呼ばれて大変な事になっただろう。
 まずベッドに寝る。ドアで物音。枕元のコルトを掴み、そこで飛び起きる場合。
 すぐにドアに走ってはいけない。マグナムや12ゲージ・ショットガンならばドア越しに撃ってくるだろうからだ。だからそんな時はすぐに、キッチンのスツール陰に隠れる。
 肘を延ばし、左手を添えて、手首を固定し、そしてフリーズ。
 では、既にドアを破られていた場合。
 枕元のコルトを掴み、息を殺して、こうしてベッドの陰に隠れて、下から足首を覗き見て、ベッドごしにいきなり、一発、二発、三発。
 倒れるまで、撃つ。
 もちろん街なかを想定した訓練だって忘れはしない。
 いちばんヤバイのは、やはりパーキンロットだ。
 前から来た場合、後ろから、脇から。
 すぐにその場をはね飛んで、
 横に転がりながらガンを抜き、
 片肘を立てて、
 肩と手首で固定して、ズドン。
 一発。二発。三発。四発。五発。六発。
 息の根を止めるまで撃ち続ける。
 よし最初からもう一度。
 ポットを吸いすぎた夜など、真夜中に突然気配を感じると、俺はもうすっかり本番のつもりで、この動作を繰り返す事がある。
 俺は強気でやっているほうだ。
 やられたら、いつでもぶっ飛ばしてやるつもりだ。
 おそるべき強運というべきか、今だやられた事はない。

  テキサス「強気でやる男」終わり。

 



  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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