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断食に関して雑感となります

Posted by 高見鈴虫 on 01.2006 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記

断食の目的は、
体重を手っ取り早くがーん、と減らすことではなくて、

主には、腸内部に溜まった余分な脂肪を落とし、
食物の代わりに水をガバガバ飲むことで、
腸内部の不順沈殿物を洗い流し、
それによって、身体を綺麗にする、というものです。

痩せる、という目的だけを意識しすぎると失敗します。
が、
腸内部の不要脂肪を落としただけで、身体がすごくすっきりします。
つまり、痩せます。

断食スケジュールは予定として2週間ぐらいをめどにします。

最初の一週間で、だんだんと飯を抜いて行き、
その後、2~3日間、完全断食(水だけがばがば飲む)
その後、4~7日かけて、ゆっくりと戻して行きます。

最初の三日~四日、
まず量を半分に減らし、晩飯を抜き、昼飯を抜き、
穀物を抜き、固形物を抜き、とやって行きます。

私の場合、
腹が減ったら水だけ、ガバガバ飲んで、という感じでした。
どうしても我慢できなくなった時は、バナナを食べました。
バナナは誰も推薦していませんが、
普段、テニスの時に食べているので習慣から、
バナナだけは食べてないと身体に悪いような気がして(笑

断食中、最初の三日~四日が一番つらいですが、
(食べ物の夢ばかり見ます)
その後はぜんぜん余裕。

で、初めて一週間後には、
ほんと、水だけでも全然大丈夫、になります。

飯を抜いて気づくこと沢山あります。

人間が普段どれだけ無駄な栄養を取っているか。
急いで食べることがどれだけ身体に悪いか。
身体にどれだけ無駄な脂肪が蓄積されているか。
食材そのものの持つ風味の豊かさ。
=人口調味料がどれだけ舌を馬鹿にしてしまっているか
世の中にどれだけ、無駄な栄養を誘う広告に満ち溢れているか。

そして、体質がまじで変ります。

昔は肉ばかり食べてフルーツぜんぜん食べない人だったのが、
断食の後に、林檎が大好きになって、野菜が大好きになって、
で、肉が生臭くて嫌いになった。
で、MSGを食べるとすぐに喉が乾くようになって、
つまりチップスが食べれなくなった。

ですが、リスクとして、

1.本当に拒食症になってしまう奴がいる。
  これ、本当。まじで、怖いですよ。
  ああ飯なしでも大丈夫だ、と思った時点で止める、
  ということをお忘れなく。
  下手するとまじで死にます。

2.断食終了後、リバウンドで2倍に太ってしまう。
  食を抜くのは割りと簡単。根性で我慢すればいいだけだから。
  でも、戻し、は凄く大変です。
  これのメニューをあらかじめ立てておいたほうがいいですよ。

3.焦らずに必要栄養分を補給しながら進めないと、
  身体に相当のダメージを与えます。
  体力が落ちて眩暈がしたり、
  肌の艶が落ち、皺が増え、髪の毛が抜けたり、
  あと、骨が弱くなる、歯が抜けた、という人もいるみたい。
  まあ普通、そうなる前にやめますよね

4.断食中に摂取したものは、全て100%吸収されます。
  つまり、酒・タバコ・人口甘味料・ジャンクフード、
  それら毒分も全て完璧に吸収されます。これ割りと深刻。
  

と言う感じ。
ざっと書きましたが、
どう?やってみる気になった?

でもこれを機会に、酒はとりあえず、タバコはやめたほうがいいですよ。
せっかく綺麗に生まれてきたんだからさあ、
わざと汚してしまってはそれこそもったいないですよ。


            ~遠方の友に宛てたメールより


パナマでパパッと

Posted by 高見鈴虫 on 01.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
昔、パナマを訪れた時、
街を流すタクシーが、そこかしこで、
パパッ、と短くクラクションを鳴らすことに気づいた。
まあねえ、
交差点ごとに浮浪者たちがたむろしていて、
信号で停まるたびにわっと群がっては取り巻いて、
腐ったばななから歯ブラシから髭剃りからサンダルの片割れからを、
窓の隙間から、買え買え、とつこんできたり、
なんて街だからさ、
おい、てめえ、どけどけ、みたいなかんじで、
クラクション鳴らす機会も多いのだろうな、とは思っていたのだけれど。
でも、いや、待てよ、
ともすると街中きっての目抜き通り、
エスパーニャ通り沿いのオフィス街の、
ここだけは取ってつけたような精錬された一角でも、
あれ、用も無いのに、
パパッ、パパッ、っとそこら中でクラクション。
ともすると、パッパッパッパーと鳴らし始めたが途端に、
重なるクラクションが大コーラス、なんてこともあって、
すわ、事故か、喧嘩か、発砲騒ぎか、
なんて慌てて振り返っては、ケパサ、どうしたの?
と繰り返しても、まわりの男ども、
きまって顔を見合わせむふふふ、と笑っているばかり。

という訳で、
実際にタクシーの助手席に乗って始めて気づいたこの街の秘密。
パナマでパパッと、の理由は、
つまりはムチャチャ、つまり、ボニータ、つまり、むふふふ。

強烈な日差しの中を、
丸々と張り切ったオシリをピチピチのタイトスカートに包んで、
これでもかとばかりに長い足とくびれたウエストを強調しながら、
汗の滲んだ白いブラウスのはだけた胸元にむにゅっと寄せあげた褐色のおつぱい。
思わず、おおお、と振り返ってしまう美女、美女、美女。
そう、この街、美人が多い。
白いのも黒いのも黄色いのも混ざったのも、
とりあえずこの目抜き通りを歩く美女達は、
もう舞台の上、キャットウォーク、
汗に湿った髪をかきあげながら細い顎をキッと上げて、
ピンヒールによろけながら反り返るまでに背筋を伸ばして、
右へ左へとこれ見よがしに腰を振りながら、
ああ、たまらないパナマ美人。ほんと、釘付けって感じ。

という訳でタクシーの運転手、
そんな美女を見かけるたびに、パパッと。
そう、乗らない?でもあり、
おおお、いいオンナ、でもあり、
彼女!かのじょ!でもあり、
かわいー、こっちむいてー!でもあり、
つまり、そういう合図。
パパッ、パパッ、パパッ!

という訳で、
タクシーに乗ると必ず助手席に乗ることにした俺は、
お、と思うたびに、おい、鳴らせ、鳴らせ、なんて。
思わず手を伸ばして、
おい、ハンドルいじるな、なんて怒る奴もいるけど、
だめ、これだけはドライバーの特権、
なんて変な威張り方する奴もいるけど、
大抵は、
お、どれどれ、おいおい、あれがか?よしよし、パパッなんて。

たまには意見の相違というか、
どれ? おお、エジャス・エレファンタ=んだよ、デブ、象女じゃねえか、
とか、
ノーノーノー、チカチカ、ニーニャ=だめだめ、まだガキだ、
とか。
でも、思わず二人そろって、パパッ、なんてやっちゃたりすると、
むふふふふ、なんて顔を見合わせて。

そんなとき、ふと見上げる交差点。
横断歩道の真ん中でさりげなく振り返った彼女から、
まるでフラッシュがまたたいたようなスティングの一撃。
おおおおおお、なんて、一瞬で頭がスパーク。
追いかけろ!降りて追いかけろ、なんて、
思わず浮き足立っちゃったりして。

そんな訳で、パナマの町を歩きながら、
どこかでまたパパってなクラクションを聞きつけると、
思わずむふふふふ、なんて、
ちょっと幸せな気分になったりしたものなのでした。

この週末からプエルトリコに行ってきます

Posted by 高見鈴虫 on 02.2006 旅の言葉

そぅそう、
例によってまた突然のお休み。

いきなり一週間。

今年中に取らないと失効だって。

でも、年末やらクリスマスやら、
休みなんて取れるわけない。
つまりこのままいくと、
一週間タダ働き、ってことになる、らしい。

いくらなんでも、これはちょっと・・悲しすぎ・・

っという訳で、
意地でも取ったぞ、有給休暇。
この糞忙しい時に、来週からいきなりバケーション。
ほとんど基地外沙汰。

で、例によってどこも行きたい所、なし。
おいおい、とまたまた苦笑い。

一生旅して暮らすんだ、って言ってたのは、
どこのどいつだよ、って。

でもさ、どうしたのかな、なんか、ずっとね、
どこも行きたい所ないなあ、と思っていた。

そう、
本当の本当に行きたい所、ハバナ(笑
でも、行けない。
行っちゃいけない、って思ってる。
行ったらまた廃人だよって。
またあの不条理の迷宮の中に1年2年閉じ込められる。
特にこう言う時、
下手に左な方々が調子がいいとき、とか、
行くべきじゃないな、と思う。

という訳で、うーんと悩んで、
結局、プエルトリコ、に行くことにしたの。

どうして、と、聞かれるたびに、
うーんと悩んじゃう。理由?うーん、って。
あえて言えば、安かったから(笑

でね、そう、
最初からそんな感じだから、
うーん、まあ、とりあえず、
コロニアルな佇まいを色濃く残す、
ロマンチックな旧市街の町並み、
とかなんかで、
まあ、日がな一日ぶらぶら暇つぶしながら、
昼はビーチ、夜はサルサ、
カフェのテーブルでクリスマスカード書いて、
なんてのでもいいんじゃない、
とか思ってたんだけどさ。

でもほら、俺たちもう最近では、
全然夜遊びとかしないし、
それに、毎週テニスばかりで、
もう陽に焼けるのにはうんざりしてるしさ、
正直言って、
クラブもビーチももうどうでもいいよ、
なんて。
チケット取っちゃってから、
実はあんまり行きたくないなあ、
なんて思いはじめていた矢先、

こないだ飯食った友人から、
妹が行って来たんだだけど
街をちょっと離れたら割と水が綺麗で、
ダイブも素潜りもさんご礁ばりばりだよ、
なんて話を聞き込んで来てさ。

で、まさか、だってプエルトリコだろ?
とか思いながらちょっとググってみたら、
あらびっくり。

へええ、ビーチ、とか、水とか、
すごく綺麗なんだって!
なんて、
今更何言ってるんだよって。

そう、これまでにも連休のたびに、
ジャマイカやらバハマやらセントトーマスやら
カリブの島々、ぼちぼち回ったりしてたんだけど、
なんか、ふと、
そう、やっぱりキューバだろうな、
帰って来たときに、
もうやたらめったらと悲しくなっちゃって、
あああ、帰って来たくなかった、って、
つくづく本気でそう思ってしまって、
下手すると休暇開けに鬱に入っちゃったりして、

そう、多分、あれ以来だね、
もうバケーション、いいや、ってさ。
これで打ち止めかな、
とか、思ってしまった訳さ。

という訳でプエルトリコ、
不思議なことに行ったことなかった。

あんまり手軽過ぎて、あんまり安っぽすぎて、
逆に足が遠のいていた。
そう、プエルトリコ、
NYCからすると熱海に毛の生えた、
みたいにたかくくってった。
だってさ、NYCなんて、
右見ても左みてもプエルトリカンだらけ。
下手するとNYCがプエルトリコ人に占領された、
みたいだもんね。

で、そんなあまりに身近なプエルトリコ。
でもね、ふむふむ、

小島の裏側にはカヌーでしか辿りつけないビーチがあって、
とか、
体長5Mの巨大マンタが生息する島、
とか、
なんて、おいおい、
あいつらこれだけ毎日顔合わせながら、
そんなこと一言も言わなかったぜ、って(笑

とかなんとか、WEBの旅行掲示板とか
斜めめ読みしてるうちに、
おいおいおい、来たぞ来たぞ、って。
いきなり舞い上がっちゃてさ。

という訳で、
日がな一日またっりモードのはずが、
いつのまにかいきなりレンタカーで島一周だ、
一日2本潜っても、こことこことここと、なんて、
なんて超がっつきモードに変わっていて、
ビーチの情報、掲示板とかでバリバリプリントアウトして、
おいおい、こんな忙しい日程組んじゃってさ、
何しに行くのか判りゃしない、って。
もうねえ、つくづく貧乏性なんだよね。

という訳でなんか予定調べるだけで疲れ切ってしまってさ。

やっぱりため息。
げええこんなの行きたくねえって。

という訳で、
今回は、サンファンもポンセも
人の集まるところはすべてスキップ。

で、いきなり小型機を乗りついて、
ビエケスってな小島に直行。
そこで一週間、
もう、ただ、ぬぼーっとビーチ三昧して過ごす、
ということになりました。

さあどうなることやら、だけどさ。

いまだにまったく想像もつかないんだけど、
まあとりあえず、行ってきてみます、と。


            ~遠方の友に宛てたメールより

インドのハイテクカレー屋の鍋の中

Posted by 高見鈴虫 on 04.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
21世紀になっても、
インドのハイテク・カレー屋の鍋の中は、
やっぱり蝿だらけなのかな。
いやあ、これもスパイスのうちだから、と聞いていたのだが。
蝿が入ってないと本当に味が落ちるのか、知りたかったのだが。

アメリカにおける情熱と誠実はすべて日曜日の午後で燃え尽きているのである

Posted by 高見鈴虫 on 17.2006 アメリカ爺時事   0 comments   0 trackback
やっぱね、
異文化、って、理解するのなかなか難しい。
ガイドブックとかいくら読んだって、
判らないところは判らない。

けど、しばらくぶらぶらしてるうちに、
なにかのきっかけでそのコアみたいな部分が、
ぐわっとばかりに流れ込んできて、
で、あらあらあら、とまるで雪崩現象、と言った勢いで、
みるみると謎が解けて行く、みたいな、
そんな経験ってあるでしょ?

例えばほら、
インドの雑踏をもまれもまれて歩きながら、
なにからなにまで、不条理不条理不条理の連続、でしょ?
なんで道の真中に牛がいるんだよ。なんでこじきばかりなんだ。
なんでこんなところにうんこが落ちてるんだ。
なんでこのくそ猿は俺に石を投げてくるんだ。
なんでみんな嘘ばかりつくんだ。なんでカレーばっかりなんだ。
なんで目に付くもの全てがことごとく腐ってて臭くて汚くて、
なんだこれは、まるで地獄だって。
正気の人間なら必ずそう思う筈。

でもそれが、例えば、ある日の夕暮れ、
軽くジョイントをきめて、
で、そう言えば、あのあの甘い紅茶が飲みたいな、
ついでに川のあたりまで行って見ようか、
なんて、ふと通りに足を踏み出した途端、
あれあれあれあれ、っと。
いきなり全ての謎がみるみる溶け初めて、
ああ、この電信柱からこの緑の扉からこの赤い粉から、
このお香の匂いからこのシタールの音色からこの空から川の流れから、
ああそういう訳か、判った判った、と。
なんだよ、と。
この街はガンジャを喫わなければ何一つとして理解できなかったって
そういう訳なんだね、と。

或いは日本。

このなにもかもがゴミゴミと密集した脈絡の無い
なにからなにまで拾ってきては取ってつけたような、
統一性も美意識も主張も哲学も、
なにからなにまでなにひとつとして取り付くしまもない、
つまりはゲロのでそうなぐらいにやりきれない町並み、
これは一体全体なんなんだよ、と。
とほとんどの外人はみんな思ってると思うのだが、
満員電車で一時間、
死に物狂いで押しつぶされながら辿り付いた会社では
日がな一日、見猿聞か猿言わ猿で石に徹しきって過ごした
残業明けの10時過ぎ、
裏通りの居酒屋でいい加減、安い焼酎ばかりをがぶ飲みして、
あああああ、こんな人生、もうどうにでもなれ、と啖呵をひと吼え。
ふらつく足で街に踏み出した途端、
いきなり、ふっと風が吹いて、
ワイシャツの下にべったりとかいた汗がすっと冷えてゆく時、
なあんだ、そうか、と。
みんな、これ、これだこれだ、この気分だったんだね、と。
そのひと吹きの風のなかに、
たちどころにその文化のコアみたいなものを理解できる、という訳。
なんだ、この赤提灯も、テレビのダイバクショーも、青い顔したケロヨンも、ホームで寝るおっさんも、泣きじゃくるおねえさんも、ゲロだらけの学生も、
ああそうか、みんなみんなそういう訳だったのか、と。

つまりはそういうこと。

まあ確かに、
よっぱらってホームにゲロ吐いたからって日本は判らないし、
ガンジャがきまったとたんに
インドが全て理解できたつもりになっても困るけど、
でもなんとなく、
そんな理解できた、という気持ち、
あるいは、気づいたような気にさせてくれるきっかけ、
すなわち、好きになった、という感覚。

そんなものが訪れることがまあ旅の喜びでもある訳で。

ってな訳で、おっと前置きが長くなったね。

ここはアメリカ。そうアメリカだよ。

なんだよ、この見渡す限り、徹底的に間の抜けた風景は。
みんなデブばかりで、うすのろでぼんくらでのーたりんで、
誰一人として誰も仕事なんかしないで、
貧乏でほら吹きでいい加減で、どうしよもねえぐーたら野郎と。
そう、アメリカに3ヶ月も居れば骨身にしみてそう思うだろ。

どうしてそうなのかって?なんでアメリカ人ってどいつもこいつもって?
俺にはわかるよ。教えてやるよ。

実は、
ほとんど大抵のアメリカは、
毎週の日曜日の、その一日、厳密にはその午後だけで、
一週間分の情熱から誠実から希望から愛から夢から、
つまりは生きる上での活力のほとんど全てを、
日曜の午後、その半日の間に、
一瞬のうちに燃やし尽くしてしまうのである。

で、はいはい、
そのアメリカ人は、日曜日の午後、いったいどこへ行くか、
教会?
で、ゴスペルでも歌う、って?

馬鹿いっちゃいけない。

答えはフットボールである。
こっちではNFL、日本ではアメフト、と言う。

アメリカのほとんどのまともな成人男子は、
日曜は朝からトランク一杯にビールのケースを積み込み、
チップス、サルサ、に、山のようなファストフード、
ハンバーガーにフライにバッファローウィングに
フライドチキンにナッチョスとピザ、をテレビの前に山と積み上げて、
顔を青く塗る奴、ユニフォームを着る奴、ヘルメット、プロテクター
Dとフェンスのついたて、なんでもありである。
という訳で、
待ちに待った午後一時、第一試合のキックオフ。
この日ばかりはどんなに騒ごうがポリスがやってくることはない。
フットボールの試合で大騒ぎするのは、
この国では由緒正しき健全な社会的行為なのであって、
つまりはポリスも今ごろその体勢、ということだ。

という訳でほったらかされた女たちは、
いったいなにをしてるかと言うと、
やはり思った通りだ、
いきなりの買い物、で、そのあと、
ほったらかされたもの同士集まってレストラン、
女ばかりのテーブルで暴飲暴食。
昼間から酒飲んではあからさまな猥談にはしゃぎまわっては
買ったばかりの服を正札つけたままファッションショー。
ビールだらけケチャップだらけでも気にすること無い。
いいのよ、来週返せば、と。
で、午後の一日を顔中をしわだらけにしてげらげらと笑って過ごす、と。
なに心配はいらない。
男はみんなテレビの前、だれも女のことなんか気にしちゃいない。
化粧さえしない女もいる。
パジャマでメイシーズに来たってだれも気にしやしないって。

そうこうするうちに4時。第二試合の開始。
そのころにはほとんど腹一杯、ビール飲み過ぎ、タバコ吸いすぎ。
誰かが持ち出したハッパに嵌ってジミヘンがんがん。
挙句に昼間から蝋燭とか立てちゃって、
テレビのフットボールはまるで未来世界、
そうかと思うとでろでろに酔っ払ったまま
外の通りでキャッチボールとか始めちゃって、
大暴投の末にガラスは割る、車はぶつけるの大騒ぎ。

という訳で日曜の夜。
妙に静まり返った夕食の食卓。
メニューはもちろん昼間の残り。
冷えたピザと固まったバーガーとべちゃべちゃのチキン。
でもなぜかみんな満足げ。

テレビではサンデーナイトフットボール。
だれもが見るともなしにテレビを見てる。
あ、っちぇ、インターセプト。
なにいまの。反則じゃないの。
いや、いいんだよ、ファンブルだから。
でもボール取ったでしょ。
だから、ひざついてないから、ファンブルなんだよ。
ちっとも判らないわ。

判ってもらわなくても結構。否、判ってもらっては困る。

という訳でアメリカ。

あああああああああああ、明日からまた仕事だよ、と。
思い切り腐りまくって、ああ、もう死んでしまいたい、
と誰もが思う月曜の朝、

いや、まてよ、と思い返す。

そうだ、今日の夜、マンデーナイト・フットボールで、
ピッツバーグ・スティーラーズとインディアナポリス・コルツの一騎打ち。
おおおおお、ビッグベンとペイトンかあ、これはこれは、早く帰らねば、と。

アメリカ人に自殺を思いとどまらせる第一の理由は、
という問いに、まじめな顔して、
マンデーナイト・フットボール、と答えていたおっさん、
あんたの気持ちが痛いほど判る今日この頃。

ああ、ジェッツがまた負けたぜ・・・
死んでしまおうか・・あるいは、今週末まで待ってみようか・・


ビエケス島が21世紀最後の楽園たり得た本当の理由

Posted by 高見鈴虫 on 20.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
いきなりだけど、
プエルトリコに行ってきたぜ。
プエルトリコって言っても、
ワイキキもどきのホテル郡とか、
ごみだらけのビーチでビール一ケース
なんてのじゃなくて、
そのまま小型機を乗りついで、
その先にある、ビエケス、って島に行ってきた。

このビエケスって島、
ジャングルの中に道が一本走ってて、
島の上と下に村がひとつづつ。
で、あとは、徹底的に人のいないビーチ。
で、島を囲んだビーチ。
コパンガンもバリもぶっ飛ぶ、
徹底的に透明な水と目を疑うようなサンゴ礁と魚の山々。
で、どこまで行っても、足跡のひとつも残されていない真珠色のビーチ。
波の音、風の音、椰子の葉の揺れるさわさわと、
あとは無音。完全な静寂。まさに無人島感覚。
怖くなるぐらいに。
なんかこれってさ、
天国というにはあまりに清廉過ぎ、
ちょっと、なんか、
目を疑うというよりも、
相当に気味が悪いぐらいに完璧な楽園。

しかしながら、
俺も一応文明人の端くれ、
つまり、これ、常識的に考えてやはりちょっとおかしい、と。

で、聞いてみた。
どうして、て。
どうしてこんなに完璧に素晴らし過ぎるところに、
ぜんぜん、誰も人がいないの?

と言う訳で種明かし。

ここね、米軍の爆弾演習場だったところ。
ここだけの話、海のそこにはまだ不発弾がごろごろ転がっていて、
ジャングルの中のバンカーにも、何が隠されているか誰もしらない、と。
で、
そう、で、だ。
放射能、とか。
そう、劣化ウラン弾とか。
クラスター爆弾とか。
そう、山のような不発弾。
で、極めつけは?
細菌兵器とか。
ひええ
毒ガスとか。
あれあれ
つまり誰も知らないんだよ。もう米軍も引き上げた後だし。
記録もない。
記録もない。機密、というより、多分、紛失だろうな。

綺麗な花には毒がある、と。
つまり、21世紀、
完璧な楽園なんて存在しない、と。

ただひとつ言えること、
爆弾演習にしても劣化ウラン弾にしてもクラスター爆弾にしても、
とりあえずこの島の海は美しかった。
つまり、
どんな最新兵器よりも、
暴走する資本主義による、無茶なリゾート開発と生活排水のほうが、
より強烈に自然を破壊していくのだな、と。

資本主義、恐るべし!

今更ながら、
人間という生物のその有害性に思わず眉を潜めて帰って来ることとなりました。


コキ 

Posted by 高見鈴虫 on 22.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
プエルトリコにコキってカエルがいてさ、
なんか指の上に乗るぐらいの小さなカエルらしいんだけど、
これがさ、煩いんだよ、泣き声が。コキコキ コキコキって。

もう下手すると一晩中、枕元で、
ほんと、壊れた機械みたくさ、コキコキって。
俺最初、クーラーとかボイラーとかが壊れていて、
それでコキコキって音がしてるのかと思ったんだけどさ、
機械だったら、そのリズムにある程度の一貫性があるじゃない。
この、コキ、もうね、てんでばらばら。
すき放題に、勝手にコキコキって言ってるだけでさ。
ほんと、なんか、船酔いして、気持ち悪くなってくるぐらい。

でね、
聞くところによると、このコキってカエル、
プエルトリコのマスコットというか、いわゆるひとつの象徴みたいな感じで、
国鳥、ならぬ、国カエル、つまり由緒あるカエル様であるわけで。
随分と迷惑な国カエルもあったものだぜ、と。

ちなみにこのコキカエル、
どこかの馬鹿がハワイに持ち込んで、
天敵がいないもんだから瞬く間に大量繁殖、
島中いたるところでコキコキやりだしたらしくて、
ハワイの人たち、不眠症から下手すると幻覚を見るに居たって、
このコキカエル駆除の為に、ハワイのジャングル丸々焼いてしまおう、なんて。

そんなこと知ってか知らずかコキカエル、
まったく気にする風も見せずに、今日も今日とてコキコキコキコキ。
赤ん坊のバブバブを思わせるたどたどしいリズムで
飽きることなく朝から晩まで、コキコキコキコキ。

でね、不思議なことがひとつ。

プエルトリコから帰ってから、しばらく不眠症。
なんか落ち着かなくて、枕元でコキが鳴いてないから。
で、さっそくインターネットで探してみる。
あった、すぐに見つかったよ、コキカエルのMP3。
そう、つまり、似たようなひと、いるんだよね。
と言うより、プエルトリコの人々、きっとそうだったんだろうな。
あの、糞忌々しいコキカエル。

うれしい時も悲しいときも、
怒りに我を忘れたときにも、
喜びに天まで舞い上がったときにも、
このコキが、人の気もしらずに、コキコキコキコキ、
と、壊れた機械のように繰り返していたに違いない。

この糞忌々しい馬鹿ガエル、と怒鳴ってみてもどこ吹く風。
コキコキコキコキコキコキコキコキ。

今では無くては眠れない。まるでコキ中毒とはこのことで。

そんなコキカエルを、プエルトリコの象徴に添えるなんて、
そんなペーソスが、プエルトリコの魅力、と言ったら、言えないこともないかな。

まずは自分のコアを見つけるんだ

Posted by 高見鈴虫 on 22.2006 旅の言葉   0 comments   0 trackback
「まずは自分のコアを見つけるんだ。コアとはつまりは自分の本質、そして目的。
本当にやりたいことがなんなのか、自分がなにをやり遂げるために生まれてきたのか、
それを見つけだそう。
そのためには、まずは恐怖を取り去ることだよ」
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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