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最近聴いてるのは:2007年上半期

Posted by 高見鈴虫 on 01.2007 音楽ねた   0 comments   0 trackback
最近聴いてるのは、
取りあえずやはりMicheclCamilo。
あのHoracio El Negro Hernandez とのBlueNoteのLive。
もうかれこれ2年目のロングラン。
でもなんか色々聴いていても
いつのまにかこれに至っている、って感じ。
で、
ここ数日は
BelaFreckとChickCoreaの新譜・ENCHANTMENT。
これがなかなか。
なんか最近出た、というアルバムで、
おお、これはと思ったのは本当に久しぶり。
これは良いと思うのはほとんど、
過去の埋もれていた名品ばかりだったから。
最近観たライブで特筆すべきは
LIZZWRIGHT、INDIAARIEのカーネギーの前座で出てきた。
アコースティックのブルース、とか、
フォークとか、生音の質感をしみじみみたいな。
南部も離れて観れればそれほど悪くはないな、と。

そう言えば、自分のドラムにリミックス乗せるの、
すぐに飽きたね。
やっぱりサンプル音がちゃちすぎるからね。

あれのアコースティックの音源があるなら、
もうちょっと夢中になったかもしれないけど。

そんな感じ

身体系の話題が増えつつある

Posted by 高見鈴虫 on 03.2007 今日の格言   0 comments   0 trackback
ここ二週間、咳が止まらない。
夜、寝る頃になると
なんか喉ががらがらしているのが気になって、
で、こほん、とやると、もう止まらず。
寝ている時にも自分の咳で目が覚めてしまって。
で、短気を起こして咳止めを飲むと、
朝起きたときに頭がぐあんぐあん。
そう言えば、
麺類を食べるとなんか喉に引っかかる気がする。

ぎっくり腰といい、手首ねじりといい、
なんか、ここのところ、身体系ばかりだな、と思う



アナ・イワノビッチとマリア・シャラポバとアンナ・クルニコバだったら

Posted by 高見鈴虫 on 04.2007 テニスねた   0 comments   0 trackback
ふとした拍子に
アナ・イワノビッチとマリア・シャラポバとアンナ・クルニコバだったら、どれが好き?
と聞かれて、
そりゃ、クルニコバに決まってるじゃないか、と答えてしまった。
ふーん、そうなんだ、とその場は過ぎたが、
なんかまたしまったこと言ったかな、とちょっと気になっています。
この質問の本当の意味ってなんだったんでしょう。

トルコ人の女の子と付き合っていた奴

Posted by 高見鈴虫 on 04.2007 旅の言葉   0 comments   0 trackback
トルコ人の女の子と付き合っていた奴、、
イスラム教の戒律で結婚まで処女でいなくてはいけないから、
尻に入れてくれ、と言われたと驚いていた。
その話、思い出すといまでもちょっと興奮する。

世界の中心でお尻の穴をもじもじ

Posted by 高見鈴虫 on 05.2007 テニスねた   0 comments   0 trackback
ナダールはサーブのたびにお尻の穴をもじもじやっているが、
あれやっぱり自分でも気づいているんだろうな。
ってことは、
ナダールの試合を応援してる家族親戚一族郎党の方々も、
一族の誇りであるナダールが
サーブのたびにお尻の穴をもじもじしていることに
当然ながら気づいている筈。
で、素朴な疑問。気にならないのだろうか。
例えば世界中が見守るウィンブルドンの決勝戦で、
自分の家族がサーブのたびに尻の穴をもじもじしているんだぜ。
これ、凄いよ。
なんで誰も言ってあげないのかな、と言うのがもっともな意見だが、
それさえもぶっち切っているのが、
野獣の野獣たる所以、なのであろうか。
うーん、ナダール、ますます侮れない。

する休みの昼下がりはご貴族気分

Posted by 高見鈴虫 on 06.2007 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
夜な夜な続く咳についに嫌気が差してずる休み。
医者に行く、といっても、
ああ、風邪ですね、ゆっくり寝てください、
と追い返されて、
おいおい、保険がきくとはいいながら、
これだけで25ドルってのはドクターちょっとあまりに美味しすぎ、なんて、
でもまあ、
なんだ、肺癌でも結核でもアトピー性喘息でもなかったのか、
とちょっと拍子抜けした平日のお昼時。
このままのこのこ会社に出て行くのもいかにも間が悪くて、
そう言えば、
と連れに電話するがすでに同僚とランチの約束。
という訳で、
ゲスの仮面のように馬鹿でかいサングラスに
アルマーニの擦り切れた麻のパンツに、
背中に穴の開いたGAPの古いTシャツに
ドクターマーティンのサンダルつっかけて
というまったくどうでもいいいでたちのまま、
向かいのダゴスティノで
ベーコン3.99、
フレンチバケット0.99
イスラエルサラダ2.99
とアルフレッドソース4.99
を買い込んで、
交差点の信号待ちでビニール袋から飛び出たバケットの端を
千切って齧ってとやりながら。
玄関ですれ違ったドアマンのホセ、
おいおい、どうした、また失業か?
いやいや、風邪引いちまってさ、
なんて挨拶代わりに静まり返った午後の廊下、
むむむむ、どこかから響いてくる幸せそうな喘ぎ声?
なんて耳をそれとなく耳を凝らしながら、
辿り付いたわが城。
あいかわらずひっちゃかめっちゃか。
脱いだままのジャケットも仕事のかばんも書類もPCも蹴り散らしながら台所に直行。
こないだの食べ残しの冷凍パスタをチンする間に
刻んだベーコンをなべ底で炒めて、
アルフレッドソースをどばっと流し込んで
ぐちゅぐちゅやって出来上がり。
イスラエルサラダをバケットに挟んで、
地中海サンドイッチ、
冷蔵庫の底のブルーチーズを摘みながら、
誰に気兼ねするでもなく、
じゅるじゅると音を立てて壮大に啜りあげるカルボナーラ。
窓から差し込むうららかな陽射し。
クーラーを止めたとたんに吹き込む風の爽やかさに気がついて。
下の中庭からゆったりとしたルンバのリズム。
ああ、あいつらにとってはシエスタの時間なのか。
という訳で、
溜まったウインブルドンの録画を観ながら、
ラム酒代わりに咳止めシロップをちびちび。
うーん、極楽極楽、なんて、

思わずずる休みの午後を満喫してしまったのであった。

ブルックリン・ブリッジの雨の女王

Posted by 高見鈴虫 on 09.2007 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
ブルックリン・ブリッジの雨の女王、

いつものように会社帰り、
ちゃりんこに跨って、シティーホールから
ブルックリンブリッジの坂を上り始めたところで、
いきなり猛烈な夕立が降り始めた。

あっと思った時には全身ずぶ濡れ。
しまった、なんて、舌打ちする暇もなし。
もうこうなったら、えーい、どうにでもなれ、と
笑いさえこみ上げてきて、
霧中に沈んだ坂道を、
雨粒に全身を滅多打ちにされながら、
えっちらおっちらとペダルをこいでいるいと、
いきなり霧の中から、両手を天に掲げた、
そう、あのグリコマークの体勢で歩いてくる美女が一人。
当然のことながら、
長い髪から、薄手のブラウスから、下着からその奥からが、
びしょ濡れ。
つまり、全て丸見え。

思わず、ベルと歓声で大エール、
したところ、そう、あの、サンバのカーニバルのステップで、
ブルブルとお尻をゆすってみせて大笑い。

人間、心底ずぶ濡れになったら、もう踊るしかない。
そんな踊りって、実は本当に凄い、
と思わず見惚れながらすれ違って、
ふと振り返ったら、あれ、消えていた。
妄想だったのかな、なんて。

落ち込み勝ち

Posted by 高見鈴虫 on 10.2007 大人の語る怖い話   0 comments   0 trackback
ああ、この会社、いつ辞めてやろうか、
と腐りながらの残業の帰りの深夜過ぎ、
自棄糞気分でちゃりんこでかっ飛んでいたところ、
ふと見ると川沿いの廃ビル、
うち捨てられた工事現場の片隅、
錆びた廃材がつまれたその前に
背中を丸めてうつむいている
中国人のおばあさんが一人。
うーん、この落ち込み方、半端じゃないな、と。
落ち込み負け、という奴か、
やはり幽霊には勝てないな、と思った。

ブルックリン・ドラムサークル

Posted by 高見鈴虫 on 17.2007 音楽ねた   0 comments   0 trackback
休日の朝、いきなり6時起き。
と言うのも、
ここの所、出張続きでちっとも連絡が取れなかったテニス仲間、
元UCLAのトーナメント代表選手、
つまり、プロにほとんど両足突っ込んでいた人
からいきなり電話があって、
ようやく時間ができたらからちょっと打たないか、ってな話。
ただ、昼からまた仕事なんで、そうだな、7時でどうだろう、と。
おいおいおいおい。相変わらずこいついつ寝てるのかな、
と首をかしげながら、
うーん、しかし、と、休日の朝に6時起き、おいおいおい。
が、しかし、だ。
そう、こいつ上手い。死ぬほど。
フォームを観るだけで惚れ惚れするぐらい。
そう、俺もテニサーの端くれ。
強い奴とやりたい。思い切り打ちのめして欲しい。
やられればやられるほど嬉しくて嬉しくて、と。
そう、テニサー、強い奴が全て。
ビキニぴちぴちの半尻寄せ乳ねえちゃんのコーチさせられるよりも、
髭面のクマ男と汗みどろでバシバシ打ち合っていたほうがずっと快感、と。
と言うわけで、よく晴れた日曜の朝7時、
なんと全員集合。そう、みんなテニサー。
人種も言葉もそれぞれ違うけど、
強い奴が好き、これこそが唯一のルール。

HEAD-ON 愛より強し

Posted by 高見鈴虫 on 19.2007 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
会社の女の子から、
いきなりお勧めDVDってなメールを貰って観て見た映画。
HEAD-ON。
日本語の題名を調べたら、
愛より強し・・・(爆!!!!なんだそれ、と。
ああ確かに、この題名じゃあ、
薦められでもしなければ観なかったな、と。

で、観てみたら。
うーん、と。
身につまされるとはこのことか、なんて。
落ち込みまくってソファから立ち上って
リモコンのスイッチを消すことさえ出来なくなって一言。
あいつ、なんでこんな映画を薦めやがったのかな、と。
つまり、これ、俺ってこと?なんて、格好良すぎ?

で、とりあえず筋書き。

舞台はドイツ・ハンブルグ
完全に人生にどんづまった中年パンクス
虐げられたトルコ系の移民。
その夜も完全な自暴自棄状態。
なんの歯止めもないままに泥酔の果てに自殺を図る。
が、図らずも命を取り留めた入院先の病院で、
自殺未遂で担ぎ込まれた少女からいきなり、結婚して欲しい、と頼み込まれる。
あまりに保守的トルコ人家庭から逃げ出すためには、
他のトルコ人を探して偽装結婚をするしかない、との作戦。
最初は冗談まじりに聞き流していたのだが、
突然目の前で手首を切られ、
血しぶきのなかで少女の固い意志を知る。
つまり、気に入ったのだ。
そんな二人は偽装結婚をし、オトコは相変わらず無頼な暮らしを、
少女は念願の自由奔放な夜遊び生活を開始するのだが、
そこにひとつの間違いが発生する。
自由を得た少女が、自由を確保するために
唯一絶対に自由にすることのできなかい人間、
   との間にいつしか愛が芽生え始めてしまったのだ。
破滅を前提とした無頼派、つまりは似たもの同士の二人が
ここに究極のHEAD-ON=ガチンコを繰り広げることになる。



ブルックリンはプロスペクト・パークのドラム・サークル

Posted by 高見鈴虫 on 20.2007 音楽ねた



なあんか、先週の日曜の出来事なのに、
あれあれあれ、と、
指の間から砂がこぼれるように日々が過ぎて行ってしまって、
あっという間に次の日曜日に追い抜かれてしまいそう。
という訳で、遅ればせながらご報告、
この間の日曜日、
ブルックリンはプロスペクト・パークの、
ドラム・サークルにデビューしてしまったのでした。

このドラムサークル、
行ってみると既に始まってる。
つまり始まりも終わりもなくて挨拶も準備もなく、
基本的に誰でも勝手に参加できて誰でも勝手に帰れる、
というのが前提らしくてさ。
つまり、行けばそのままOK,
勝手に入り込んで、勝手に座り込んで、
勝手に音だし始めたらすぐに仲間入り、と。

で、人々、
思い切り気合の入った筋骨隆々のドラムマシーンみたいなおっさんから、
遠く離れた木立の陰で地道に練習してる素人さんから、
ステージ用のパーカッションのフルセット組んじゃってる奴から、
カリブ旅行のお土産にもらったおもちゃの太鼓から、
手拍子でも木切れでも石でも、
とりあえず、なんでもいいみたい。

そう、そう言ってしまえばドラムに限らず、
例えば、サックス、とか、
例えば、スチールドラムとか、
いやいや、フルートにバイオリンにクラリネット。
いやいや、子供用のおもちゃのピアノから、
生ギターからハーモニカから、
ふとすると、ピアニカ!
で、なんとジョンコルトレーンを吹いちゃってる、なんて人から(凄杉!
取り合えず、いろんな人がいろんなものでいろいろな音を出している、と。
で、その中心にある地響きを上げてうねりまくるドラムのリズム。
そして、その地響きのコアの中に包みこまれたような踊り子さんの広場。
砂埃もうもうでガンジャの煙もむんむん。
原色のアフリカンドレスの、
しこ踏みながら全身痙攣みたいな、アフリカンダンスから、
ヒップホップのお姉さんがおしりぐるんぐるんとか、
ただ飛んでる子供、とか、勝手にサルサ、とか、勝手にジルバ、とか。
帽子から靴まで純白の正装をしたお爺さんから
タトゥーだらけのバイカーから、
メイシーズの袋さげたおばはんから、
ジョギング途中のお姉さんから、犬の散歩のおじさんまで、
とりあえず、通りかかったらついつい連られて
思わず踊り出しちゃった、と、
そんな人、ばかり。
そう、これはね、やっぱり、参加しなくっちゃ駄目だよね。
で、参加した途端にいきなりサークルの真中。リズムのコア。
みんな友達。みんな家族、みんながサークル、って感じ。
ドラム、どかどかやってるうちに、
どれが自分の音かなんか全然判らなくなって、
思わず立ち上がって踊り出しちゃったりして、
で、上も下も前も後ろも完全にリズムに包み込まれてると、
みるみる身体が溶け初めて、みるみる自分が消え初めて。
ふと見るとこの笑顔、この熱狂、この親和感、この恍惚感。

という訳で、
午後の陽だまりから夕暮れが満ちて引いて闇が広がって包み込んで、
いつしか木立の枝が低く降りてきたな、
と仰ぎ見る空の間から雨が降り始めて、
ああ、残念、解散か、名残惜しいね、
と、時計を見たら、おいおい、もう10時近く。
ということは、俺、
5時間もこんなことやってたみたい。

という訳で、手のひらまるでグローブみたいに、
紫色に腫れ上がってしまって、
でもなんだか、その痛みが、
勲章気分、だったりした訳なのでした。


            ~遠方の友に宛てたメールより


せたがやのしおらーめんにニューヨークの進化論の一例を垣間見る

Posted by 高見鈴虫 on 21.2007 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
金曜日の夜、
きゃぴきゃぴの新人さんたちが嵐のように去って行った後、
がらんとした社内にはいつしかベテラン系ばかり。
このどろんとした篭った空気もどこかしらなつかしい。
出張帰りの土産話を聞きながら、
去る人来る人の噂話をぼそりぼそり。
またまた新しい人が入ったってね、
こんどは誰のタイプの子なのかな。
また新しいプロジェクトが始まるね
ああ昔やった奴のニューバージョンって話なんだけど、さっぱり訳が判らなくてさ、
なんて
改めて入れ替わりの激しい業界。
変わらないのはこの音楽ばかり。
1GBのプレーヤーに入った厳選MP3。
それにしたって、
淘汰に淘汰を繰り返した末に
今残っているのは、やはりどれも外せない珠玉の名品ばかり。
つまり、どこもかしこも、
淘汰され厳選され、しがみ付くだけで精一杯。
では、俺に消されたファイル、
あの一昔前の名曲の数々はいったいどこへ。
永遠に消えてしまったって?
まさか。
きっとどこかで今こうしている時だって、
誰かのもっとも新しいお気に入りとして、密かに愛されている筈・・・
そう、つまり、水は流れないといけない、という訳でさ。
場所を変えなくては生きていけない、という訳でさ。

という訳でいい加減疲れ果てた10時過ぎ。
ふらりと迷いでた無人のダウンタウン。
そう、そうだよね、金曜の夜だもの、
こんな時間まで仕事してるのは世界でも俺一人、
なんて思ながら、ふと見上げる摩天楼の双璧。
そこかしこに灯る白い明かり。
あああ、とため息を一つ。
上には上がいる、ということか、
なんて、ちょっと救われた気分。
そう、
俺の抱える問題なんて世界にとっては全然大したことないって。
ふと吹き抜ける風、やたらと気持ちよくて。
夏のニューヨークの晴れた金曜日。
明日は朝から休日出社、とは思いながら。
このまま寝てしまうにはあまりにも勿体無い。

とかなんとか思ううちに
ふと魔がさして降りてしまったアスタープレース。
夜の風に吹かれながらセントマークスをそぞろ歩き。
昔はこの辺りで知らないものはないって言うぐらい
身体に馴染んだ一角・イーストビレッジ
変わらないな、とふと思う。
コンチネンタルもアナーキー・カフェも、
CBGBさえもなくなってしまったとは言うけれど、
でもこうして街を流しているだけで、
どことなくほっとしてしまうのはどうしてなのかな。
コーナーの土産物屋の人垣を避けて、
一時期の日系居酒屋ブームを引き摺ったやきとり屋をつっきって、
また新しいジャパレスと相変わらずの古着屋と
新企画と旧規格とフュージョンとリバイバルと、
みんな一緒くたに入り乱れて。
ヒッピーが失せて、パンクが失せて、ドラッグクイーンが失せて、クラブキッズが失せて、ディーラーが失せて、ヒップホップが失せて、タトゥーが失せて、
で、今はなに?
そうつまり、そうやって繰り返しながら、
やはりその時代時代で
似たような次元で似たような発想をしてる人々が、
その時代時代の格好に化けて集っているだけ。
つまり、やはり、基本的にコンセプトは変わらないのかな、なんて。
それってなんだろう、とふと考えて、
どこかの評論家みたいな陳腐な答えにならないうちに
すれ違う女のこたちの覗いた肌に惑わされ、
すぐに忘れてしまった。
サードを過ぎてセカンドを過ぎて、
段々邪魔系な人々も減るうちに、
ああ、ここはいつもの待ち合わせの場所だった
ああ、この店であいつと会ったけ、
ああ、ここであいつが殴られて、
ああ、この店で演っていたこともあったっけな、
なんて。
ああ、ここ潰れてなかったのかな、
あれ、この店は見たことないぞ。
ニューヨーク、変わり続ける街。
どこもかしこも細胞分裂。
古い角質が去り、新たな細胞がそこを埋めるように、
自然の定理にしたがって、
全てがあっというまに入れ替わって行く。
去るものは追わず来る者は拒まず。
ただ、居座ろうとした時点で真の戦いが始まる、のかな。
と言いながら名物店。
俺が初めてこの街にやって来たときにふと誘い込まれた店。
似たようにふと誘い込まれてそのままいついてしまった人びとで外のテーブルは一杯。
夢中になってなにかを話続ける人々、
多分また同じようなものを見つけ、
同じようなことを話して
同じよなものに驚き、同じようなものを愛し、憎み、
そして、そして、
さああ、どうなるのでしょう、と苦笑いしながら、
でもなんだか、顔つきをみているだけで、
だんだか予想ができちゃったりして、
なんてまたまたちょっと意地悪爺さんモード。
なんてしたり顔を浮かべながら、
しかしながら、だ、
アスターからジュールスまでの間で、
ただ一人として、ものの見事に、
知った顔に会わなかったってのは、
それはそれで特筆に価する、と思わないか?
なんて、思わず感心。
そう、細胞が入れ代わるように、
いつしか俺も入れ代わったって訳でさ。

そう言えば、
知人から聞きかじったラーメン屋、
どうも日本ではグルメラーメンブームという奴が
あったらしくて、
その煽りが遅ればせながらニューヨークにも届いて、
つまり、
日本で話題になった凄く美味しいラーメンが
ニューヨークでも食べられるってな話、らしい。
おお、グローバリゼイションの21世紀。
国境を越えて侵略するジャパニーズ中華ソバ。
まあいいや、
あいつがあれだけ言い張っていた
史上最強のラーメン屋・せたがや、って言うの?
それが名前?
そう言えばこのあたりかな、なんて、
ファースト・アヴェニューを左に折れてすぐ、
で、いきなり行列。
外人系とアジア系と日本人、3分の一づつ、ぐらい。
取り合えず、
なんかぽかーんとしたまま並んでいるうちにカウンター。
えっと、とんこつ、とか、チャーハン、とか、
あれ、なんだ、メニューに塩ラーメン、
しかないのかな、
そういえば、店員のTシャツも、塩、と書いてあるしね。
ああそう言う意味なんだ、
つまり、塩ラーメンの専門店、ってこと?
あれあれ、
ここでも厳選モード。
なんか客に食い物を選ばせない、
なんて、ちょっと思い上がりすぎなんじゃない?
じゃあいいや、帰る、なんてなるところを、
まあまあまあ、そこは金曜の夜、
なせばなる、れっといっとびー、
じゃあ、塩ラーメン、なんて日本語で注文、
なんて、
おいおい、ここは一体どこなんだよ、
なんて、いまだになんか騙されてる感じで、
唖然としているうちに、
目の前に置かれたせたが屋の塩ラーメン、
どんぶりが小さい、まるでお鉢じゃないか、
と文句ぶりぶりで一口、
おお、むむむむむ、
なんて唸っているうち、ほらなくなっちゃった、
けど、あれ、替え玉?あるの?
じゃあそれください、と付けてもらって、
むむむむむ、と再び唸り唸り。
あのねえ、これ、凄く美味しい。
美味しすぎ。
そう、なんか、レベルが違う、というか、
今までありがたがっていたラーメン、
古くはどさんこ、
じきにさっぽろ、
そしてめんちゃんこ、
次にめんくい、
という進化の過程、
ここに来てちゃんちゃらおかしい、というか、
ああ、いままで騙されていたのか、
というような気分。
つまり、これまでラーメンが
ぜんぜん目じゃなくなっちゃっていて、
完全に駆逐されてしまった状態。

つまり、これも進化の過程、細胞分裂の一例?
弱肉強食、適者生存、ってやつなのかな?
うーん、でも、やっぱり、
この美味しいって事実だけは歴然としている、わけで。
それが証拠にみるみるとスープを飲み干して、
ああ、大満足。と満面の笑顔。
こう考えると、進化もまんざら捨てたものじゃないな、なんて。

で、せたが屋を出て右に出て3軒目、
ここにも新たな行列。
なになに日本のクレープ屋さん。
おいしいの?
うん、すごくおいしいらしい、
と行列の人々、人種を問わず満面の笑顔。
いかにももう待ちきれないって感じ。
店員さんに聞いたお勧め、
に素直に従って、チョコバナナとダブルマンゴー
でも改めて、
なんでわざわざ日本人が、
ニューヨークでフランスのパンケーキを売らねばならぬのか、
なんて首をかしげながら、
届いたクレープ、
むむむむむ、美味い!美味すぎ!
ああ、ここにもか、進化の一例。
だがしかし、
ここまで歴然としておいしいと、
本家も本元も老舗も糞もない。
と見ると、ほらほらいきなりフランス人の一団。
ここ、おいしいんだぜ、ほんと、凄くおしいし、
と大騒ぎ。
そう、つまり、
これも進化の一形態。弱肉強食。適者生存。

という訳で、
一種壮絶な進化の過程の姿を目の当たりにしながら、
うーん、なんとなく、大満足。
幸せすぎる金曜日の夜更け。

やっぱりあたらしいものって、すばらしい。
なんて、
思わず感激したニューヨークの夜。

JOHN RILEY DRUM CLINIC

Posted by 高見鈴虫 on 25.2007 音楽ねた

近年になって、デモドラムのサービスをやめて以来、
閑古鳥も甚だしいサム・アッシュ・タイムズスクエア店。

まあねえ、場所柄、万引きが多いのはわかるけどさ、
ずらりと並んだドラムセット、誰にも触らせない、
ってのもちょっとねえ、と。

そう、ひと昔前までは、
ランチタイム、昼飯後にちょっと顔を出して、
挨拶代わりに一発二発、
派手なソロでもちょっと鳴らしてやれば、
あっという間に店中で大パーティ、
踊る餓鬼が店の前にまであふれて、
ちょっとした観光名所。
あれよあれよ、と、ドラムセットのひとつやふたつ、
それこそ飛ぶように売れたもの。

あの頃の店長なんざ、
昼飯後に爪楊枝咥えて通りかかった俺の腕を引っ張って、
ちょっと金持ってそうな奴が来てるんだけど、
そう、いつもみたいに、だらららら、と、
格好いいところ、見せてやってくれねえかな、なんて。

で、俺もお調子者、そうアーティストと言うよりはバンドマン、
あいよ、お安い御用、朝飯前の昼飯後だぜ、
なんて、感じで、
はいはいみなさん、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、
まずはレッド・ゼッペリン、モビーディックでドカドカドカ、はい簡単です。
エルビン・ジョーンズ、ダラララララ、ほらこの通り。
トニーウイリアムス、チンチキチンチキ、ね、これが秘訣、
ったらばちょっくら調子に乗って、
ニルバナにガンズにマイケルに
テクノにハウスにジャングルにヒップホップ
なんて、やっている後ろで、
ほらほら、どうですう、格好いいでしょう。
なになに、お宅のおぼっちゃまも、このぐらいならすぐ、
ほら、Even a China-man can do it なんてね。
おいおい、そういうことかよ!(爆
なんて大苦笑いしながら、
まあ何は無くともそうやってドラム叩いて
人様に喜んで頂けるってのも悪い気はしないし。
ほらほら、そうこうするうちに、
いつものニグロの餓鬼どもが集まってきて、
お決まりのブレイクダンスで床の品物また蹴散らして、
バケツ叩きもヘッドバンカーもパンクもヘビメタも、
とりあえず音の出るものは何でも持ち寄って
いつのまにやら昼休み中のサラリーマン
ネクタイの先からスーツのすそから汗滴らせて大ハッスル。
そのドサクサの中、店長さん、いそいそとローン払いの申し込み書を持ち出して、
はいはい、ではこちらにご署名いただいて、なんて。
で、メンバー一同で、まいどありー、なんて。
そう、
一昔前まで、SAMASHと言えばそう言うところだったのに。

と言う訳で、
おやじの昔ふかしはこの辺にし、
とりあえずは昔懐かしのSAMASH、
元NYCの楽器屋の最大手、
つまり、
音楽がそんな貧乏でも逞しいアーティストたちの独断場だった頃の象徴的な存在。
そんなSAMASHが、
今や万引き避けに客も一緒に追っ払っちゃって、
いつしか誰からも鼻も引っ掛けられず、
並んだだけでいつまでも新品同様のドラムセット、
どれも埃が積もっていて、
これほど寂しい光景もないもんだ、というところ。

とかなんとか言っていたら、
そんなSAMASHからいきなりE-MAIL。
JOHN RILEYのドラムクリニックやるんだけど、
顔出さないか、との直々のお誘い。
JOHN RILEY?あのジョンスコのバンドの?
それがサムアッシュで?何をやるの?
ほら、おたくら、
金持ちのおぼっちゃまにデジドラ売りつけてるしか能の無い、ぼんくらぞろいのあんたらには、
ちょっとばかり渋すぎないか?JOHN RILEY、
とも思ったが、
確かに、その辺のジャリロッカーが
覚えたばかりのツーバスを悪戯にどかどか、
なんてのよりは、まあ確かに為になりそうな気はするし、
と言う訳で、会社帰り、
出かけてきました、SAMASH。
いつもながらちょっと遅れて顔を出すと、
あれまあ、狭い店内は既にお客、と言ううよりは生徒さんでいっぱい。
へえ、JOHN RILEYがこんなに人気があったなんて、ちょっと以外。
というか、もしかして2-3人しか居なくて、
ことによると全員でジャムセッション?なんて思って、
実はちょっと練習したりもしてたんだけど、
なあんだ、肩透かし。
と言う訳で、ドラム・クリニック、
どんなことやるのかな、と思っていたら、
いきなり、はい、質問、と手を上げるおっさん。
モーラー奏法って奴をやってみてください、だって(爆
おいおいおい、いきなり、かよ、と。
さすがニューヨーク、おいしい物は最初に食っちまおう、
という所か、なんて。
で、JOHN RILEY
うーんと、困惑した微笑みの後、
実は俺、
ドラムはじめた頃には割と気づかないうちにモーラー奏法を会得していたんで、
だから習ったことがない、
つまり、どうやって教えたらいいか判らないんだけどさ、
と前置きして、
うーん、だから、モーラーかどうか、という概念も無いんだけど、
例えば、といきなり片手でロール、
こういうことが出来たり、とか、
あと、と悪魔のようなルーディメント、
と思いきや、ほら、こういうのがシングル・ストロークで楽に出来たり、とか、
なんて、おいおい、それだけで十分だって、
と口をあんぐりさせているまえで、
まあ、これが、割と半永遠的にできたりする、という利点はあって、
と、ジョー・モレロが言った様な、
だって。
あのなあ、と。
イッツ・ソー・シンプル、それだけのこと、
とまで言われてしまったからには、
おいおい、こいつとジャムろうって言ってた俺って何、なんて。
で、観客参加して、ほら、こうやって、肘も腕も手首も指も、
すべて使って、身体をやわらかくしてリバウンドを巧くコントロールすれば、
そうそう、鞭を振るうように、そうそう、
脇を緩く開いて、脇の下でパクパクと、
そう、シャッフルで入れるみたく、なんて、
いきなりど核心に近いことをさらり、と言ってのけて。

そうだね、リズムキープは、クリックを聞きながら、
よりは、身体の中の歌を大切に歌うってところかな、
とか、
個人練習をするときにはなるべく自分を励ましながら、
で、
ステージでは、自分の音なんて聞かずに、
観客の一人になりきって全体の演奏を思い切り楽しむこと、
とか、
腰をやられない様に、運動を平衡して続けること、
とか、
難聴にならないように練習には必ず耳栓付けなさい、とか、
そう、
打点を良く見ること、
とか、
タムに移動したら、身体ごと移動した方が楽だよ、
とか、
あれまあ、
もうこれ、本音の本音、核心の核心、
それをなにげないおしゃべりみたく次から次へ。
なんかこれ、ちょっと怖いぐらいにありがた過ぎる。
これ、いつもウオーミングアップによくやってる奴、なんだけど、どう?よくない?なんて、へへえええ、なんて思わずひれ伏

しそう。
これ、そう、この楽譜、ちょっと書いて来たんだけど、
これだけベーシックなフレーズでも、
ほら、こうやってコンビネーションを考えていけば、
ほらね、こうやったり、こうやったり、で、
ぜんぜん違うだろ?試してみて、とか。
そうだ、これこれ、
実はさ、これだけやってれば、ジャズなんて割りとどうにかなっちゃう、て奴。ほら、今からやるからさ、ほら、こうやって、早く

して遅くして、強くして弱くして、
ね、これ、これ覚えとくと凄く便利、Bill Stewartとかもよく使ってるでしょ?とか。

なんか、おいおい、そんなこと言っちゃっていいのか、
奥の手だろ、手癖だろ、つまり、核心だろ、と。
でも、なんかね、その語り口といい表情といい、
なんか、ジャズに命賭けた、この人生に悔いなし、みたいな、その心意気、感じてるうちにじーんと涙にじんで来ちゃって

さ。

所詮ジャズなんてやってたって一生金持ちにはなれないんだから、割り切って好きなことだけやってるべきだ、と思わない

か、とか。
でもさ、俺たち、音楽と知り合えて本当に良かったよな、
ほんと、そう思わない?なんて。
そう、本当にその通り。
音楽があったから死なずに済んだ、と俺、いまでも本気でそう思ってる。
だからつまり、音楽を舐めるな、とも思ってて、
そう、JOHNのこのストイックな顔、
道を極めた者だけの、剃刀のような視線。
思わず惚れ惚れして、
なんかどこかで見たな、と思ったら、
あれまあ、マイケル・ヨーク。
もしかしてゲイ?なんて思ったけど、
うーん、JOHN RILEYに迫られたら、
考えてもいいなあ。ドラム教えて貰えるなら。
なんてね。
なんかね、
あれだけ学校を憎んだ俺が、
授業、なんてもので、これほど満ち足りた気分になれるなんて、ょっと意外な一夜でした。

うーん、SAMASH,
ギタセンに比べてサービスも値段も負けまくってるけど、
まあ、たまには廃価スティックの一本や二本、買ってやってもいいかな、なんて。


            ~遠方の友に宛てたメールより

NYの摩天楼の谷間に幽玄の美 「薪能」 in NYC

Posted by 高見鈴虫 on 25.2007 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
話題の平成中村座、
結局100ドルのチケットしかなくて断念でした。

で、土曜日の夕方、
買い物帰りにぶらぶら散歩してたら、
国連本部脇のジャパンソサエティの前になんかステージが組んであって人だかり。
巨乳のノーブラに黒いタイトなサマーセーターという
意味ものなくセクシー系の係員の方に
思わず吸い寄せらせるようにして事情を聞いて見ると、

これからここで、薪能(たきぎのう)をやるのですってな話。

チケット無いんですけど、ここで見えますか、
はいはい、思い切り見えますよわたしのおぱいってな話で、
ものは試しと夕涼みがてらそのまま居座って
ベンチでお菓子食べながら、
土曜の夜の薪能、堪能しました。

という訳で、薪能、初鑑賞。

のちの新聞には、

NYの摩天楼の谷間に幽玄の美、
とかなんとか、載ってたけど、
そうそう、そう言った意味では、
舞台設定は割とシュールで面白かった。

ただね、
やっぱりシティーノイズにかき消されて、
PA無しだと肝心の声が聞こえずらくてさ。

それでなくても夏のNY、国連本部前、
イエローキャブから観光バスからパトカーから消防車から、
犬の散歩からピザ屋のデリバリからビキニのジョギング姉ちゃんから
カーステのヒップホップから時計台のチャイムから餓鬼の嬌声から、
と、もう、気を散らすもののオンパレード。
そう、世界一騒々しい街のど真ん中で、
幽玄も糞もないもんだ、と。

それに加えて、
薪能ってぐらいだから、
炎に舐められて燃える能面と、
ゆらめく巨大な影がぼわーっと立ち上がって、
なんてかと思ったら、
薪代わりにステージ脇に2つの巨大モニター
(なんてことはないただのお金持ち用フラットテレビ)
そこに、炎の画像がゆらゆら、みたいな。
舐めとんかい、とちょっと思た。

で、肝心のだしもの、

俺、能とかぜんぜん知らなかったけど、
あれってお化けの話なのね(笑
英語の字幕で初めて理解できた、というか(笑

で、あの、
よぉー、とか、ひょー、とか、はー、とか言う、
あのおなじみのおかしな掛け声とか、
あと、横笛のピー、ひょろろろろ、とか、
それに重なる、やたらと間の悪い太鼓とか、
あれってみんな
幽霊さんいらっしゃい、
が出てくる時の効果音だったりしたんだね

なんだ、どうりで、というか、
日本伝統芸能のあの意味もない陰湿さって、
実はこういうのが深層にあったからなんだよね、と。

日本芸能に裏のリズムが存在しないのはなぜなのか、
なんて考えてた俺が馬鹿みたい。
でもさ、
改めて伝統芸能がお化けの話、なんて、へんなの、とは思った。

でさ、
なにわなくともあのスローさ、尋常じゃないよね。
舞台の真ん中で主人公が微動だにず10分15分、
人間の置物化、というよりも、ほぼ植物化。
それに加えて、
出番が終わってから幕内に引き上げるまで、
そろりそろりと5分、かかったり、とか。
なんだそれは、と。

ショーと言う意味で言えば、
エンターテイメントの常識をことごとく覆している、
あるいは、一切無視している、というか。

うーむ、凄い、凄すぎるぞ、日本文化。
これが、わびサビ、という奴か、と。

なんか、面白いことにほとほとあきあきとした人が、
ぜんぜん面白くないものを、逆に面白いと言って人煙に巻こう、
みたいな、屈折した洒落心さえ感じてしまったが、

そうだね、そういえばなんか変に魅せられた気もする。

John Riley Drum Clinic at Sam Ash Music store New York City

Posted by 高見鈴虫 on 27.2007 音楽ねた   0 comments   0 trackback
John Riley Drum Clinic 
at Sam Ash Music store New York City

途中からですが、行ってきました。
7時半ごろついたら、ほぼ満員。
で、途中からは人が集まりすぎて、酸欠気味。
人種年齢ジャンル懐具合社会的地位、
みんなそれぞれ違うけど、みな一様にドラム馬鹿。
超真剣で、すごくカルトな雰囲気。
メモ取ってる人とかいて。
ハンディカム回してる人とかもいて。
なんとなく、緊急記者会見、
或いは、
教祖様いらっしゃい、的な。
ちょっとかなり、引いた、じゃない、逆、
思わず一歩二歩、ずいずい踏み込んでしまった。

で、クリニックの内容、
実はぜんぜん期待してなかったんだけどさ、
それがそれが、実際には凄く面白かった。
とにかく、唖然。なにが、俺の間違い方が(笑
つまり、先生、正しすぎます、みたいな。
ああ、私のこれまではなんだったのか、とか。

ああ、もっと早く人に教わっていれば、
間違った道を爆進することもなかったのに、と、
つくづく、もう一度、つくづく、思ったものでした。

でもさ、
John Riley、すごく素敵な人でしたよ。
ほんと、アーティスト、というよりも、
技術屋、本気の職人、という感じ。
ひけらかし、というか、どうだ、できねえだろう、
的なところは全然なくて、
みなさんの悩みにお答えしますよ、とか、
ほら、こうやれば、もっともっと楽に良い音が出せる、
みたいな、種明かしが主。
基本的にはドラム叩いている時間よりも、
語り=解説する時間がほとんど。
そういった意味で、
ただ単に神業的なプレーが見てみたい、
という人は、口あんぐり開けたまま。
実際に問題に直面している連中、
つまり、真剣にJOHN RILEYを目指している連中には、
もう、涙が出そうなぐらいに貴重な時間、と。

それができない理由は、実は一生懸命やり過ぎて、
力を入れすぎることなんだよ、

から始まり、

いや、強く叩いてでかい音をだそう、なんて思ったことはないね。
でかい音を出す必要がある時は、別の方法を使うべきだよ。

モーラー奏法?
ああ、それはね、そんなにたいしたことじゃない。
ただ使うと楽ですよ、それだけ。
元はといえば、軍楽隊の鼓笛隊が、一日中ドラムを叩かせられて辟易している時に、
ああ、こうやってやれば凄く楽だ、ってところから始まった奏法。
やってみようか、ほら、こうやって。
こつはね、そうだな、タオルバング、かな。
ほら、シャワー室でタオルで人の尻をバチン、ってやる奴。
つまり、鞭の要領。
スティックじゃなくて、鞭を振るうように。
つまり肩からスティックの先までを一本の鞭と見立てて、
ほら、こんな感じ。
自然と、ほら、ここの脇、この脇の下がパクパクする。
と、こんな感じ。
どう、楽でしょ?
楽して叩ける、それが秘訣。

確かにね、筋トレ的な反復練習も大切だけど、
無理してでかい音をだそうとするより、
長い時間、3時間4時間5時間、
あるいは、永遠に音を出し続けなくてはいけない、
ということを前提に考えた方がいいよ。
つまりモーラー奏法を編み出した軍楽隊の心境。
つまり、先は長いんだ、焦ることはない、ってね。
つまり、気張らずに力を抜いて、
リラックスしてやることだよ。

リズムキープしようとしてもなかなかキープはできないよ。
気張ってやると必ず狂ってくるものでさ。
秘訣は歌を歌うこと。頭の中でずっと歌を歌い続けてる。
ドラムの音じゃなくて、歌。
適当に歌詞を考えて替え歌を作って歌ってたりするし、
俺は個人練習中によく作曲していたりするよ。

基本的に、自分の音を聴かないと上達はしないね。
つまり、ドラムだけ個人練習は必修科目。
その時にはとにかく自分の音だけに集中する。
集中するには自分の音に感動すること。
つまり、うわああ、おれって凄い、と思うように心がけること。
入り込むことだね。
そうやって入りこむコツは、
まずはスティックの打点をじっと観ること、かな。
自分に自分で催眠術をかけるんだ。

催眠術がかかるまで、
あるいは、身体が十分暖まるまで、
タムタムだけ、ダブルストロークを20分も30分もやっていたりするね。

まずは力を抜くこと。
上手にやろうなんてするから無駄な力が入る。
気長にやろう、と思ったら、
例えば、このリフ、超速で10分、とやるよりは、
3時間、ゆっくりと、飽きたら速めたり、強く打って弱く打って、
とやっていたら、力が入らないし、ずっと上達する、とか。

他のプレーヤーのスタイルを真似することはとても大切なことだよ。
確かに最初はなんか変な感じがする。それは当然。
なんかそれ、見ず知らずの食べ物を口にした時に似ている。
最初は、お、と驚いたり、下手するとうえ、となるけど、
食べているうちにこなれて来て、だんだん美味しくなってきて、
そのうち本当の味、裏の味までわかるようになる。
でもそれには時間が必要なんだ。
なんどもなんども味あわなくっちゃいけないし、
ましてやそれが血となり肉となるには相当時間が必要。
だから、コピーをしてて上手くできないことに焦らないことだよ。

確かにロックはバスドラが中心。
で、ジャズは?
へへへ、実はね、やっぱりバスドラが中心なんだよ。
ただ、音が出過ぎないようにと気を使ってるけど、
もともとはジャズだって4つ全てにバスドラを入れていたんだ、
ほら、こんな感じ。
なぜか、というと、
昔々はバンドマスターにベースの音がまったく聞こえなかったからなんだよ。
それが、ベースがだんだん良い音がでるようになって、
バスドラとベースのパートがぶつかるようになったとき、
4の音はベースに任せて、バスドラはもっと他のことに有効に使おう、
ということになったんだね。
でもね、やはり核となるのはバスドラ。
JAZZドラマーだって、実はバスドラの音が一番大切なんだよ。
どう驚いた?

確かに、ステージで自分の音がちゃんと聞こえる、なんてほとんど無いよ。
ましてやスタジオと同じ音がするなんてね、不可能だ。
で、聞こえないときどうするか。
いや、おれ、実はステージで自分の音はなるべく聴かないようにしてる。
むしろライブではなるべく観客になりきって、
全体の音の中で、うーん、ドラムちょっとうざいな、とか、
もうちょっと頑張ったほうがいいな、とか思ったりはしてる。

ましてや俺たちはドラムなんだよ。
どんなステージだって、ドラムがフロントにいるバンドなんて見たこと無いだろ?
つまり、一番後ろにいる存在。
核であり、基本であり、支えであり、つまり土台なんだ。
という事は、
基本的には誰もドラムの音をだけを聴きにライブに来ている訳ではない、
ということだよね。
俺が一番考えるのは、とにかくみんなと上手くやること。
他のメンバーに気持ちよくプレーしてもらうにはどうするべきだろうか、
と考える。
良い意味でも悪い意味でもそれが俺のスタイル。
世の中広いんだ。そんな俺のスタイルを好いてくれている人だっているだろう。

つまりはね、基本的なルーディメントはなにも変わらず、
あとは、順列と組み合わせ、なんだよ。
それに、アクセントの移動と、音の強弱、速さ、倍テンを組み合わせて、
なんとなく、フレッシュな音が出たような錯覚をさせる、と。
つまり、やっていることはあまり大差が無かったりするんだ。

例えばね、これ、いまやっているこれ、
これさえやってれば、まあ、JAZZなんてどうにかなってしまう。
それに、例えば、これ、或いは、これ、ほら、なんとなく音に聞こえるだろ、
でも、やっていることは同じ。
この、なんとなく音に聞こえる、ってのを、表現力、と言うみたいなんだけどさ。

自分のスタイル、を作りたければ、
もうとにかく長い時間プレイすることだね。
そのうち、ああ、もう、これしかできない、やりたくない、と思う音が出てくる。
つまりそれが君のスタイル、という奴なんだよ。
考えてできるものではない、と思うな。

どうでしょう。
身に詰まされる話ばかり、でしょ?

なんかしみじみ、おれ、間違えてたな、と。
でも間違えながらでも続けてこれたってだけでもいいとしようか、と。
今からでも十分修正がきく、というか、
そう、焦らず気張らず、気長にやろう、と思いました。


で、JOHN RILEYの〆のことば、

どーせ、こんなこと(JAZZ DRUM)やってたって、
金にもならないし、だれにも誉められるわけでもないしさ、
だからせめて、ああ、ドラム叩けて楽しいな、と思おうぜ、
思えるように、好きなことやろうよね、

だって(笑

それがすべて、という気がした
やっぱ、本物っていいな、と。
おもわず感涙!
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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