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「男の美学」

Posted by 高見鈴虫 on 04.2007 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
俺はたとえ、どんな奴からどれだけぶちのめされようが、
謝らないと決めたら絶対に謝らない自信があるし、
その気になったら、武器でもなんでも使って
殺すつもりで叩きのめしてやるだろうぐらいの器量はあるつもりで、
あるいは同時に、
たいていのことに対して
別にこんな野郎にどう思われようが知ったことじゃない、
と思えてしまう優柔不断さも持ち合わせているつもりで、
つまりは、
男には負けない、という自負を信じて生きてきたつもだが、
ただ、ただ、そんな俺が、
あるいは、俺の周りのつまりはそう言ったタフな連中、
ともするとこんなちんけな俺なんかよりも
ずっとずっとタフな、本物の糞ったれどもが、
しかし、
片手で掴んだだけで砕けそうな肩の、一思いに捻じ切れそうな首の、
子猫のようにしなやかで、えびのようにちんちくりんな、
しかし、あのやわらかくて滑らかでたまらなくいい匂いのする、
あの恐ろしく愛らしい生き物、
つまり、女に対しては、
もうこれ、決定的に、なんの成す術もないところがあって、
ああ、憎めない、なにをされてもなにを言われても、と。

怖いものなしの無法者、
そんな俺たちを本当に打ちのめすことができるのは、
矢でも鉄砲でもなくて、
そんな小娘の口から吐かれる一言の言葉。
俺たちを本当にノックアウトできるのは、
そんな小娘のさりげない視線。

いい男が、そんな小娘の一撃に完全にやられ切って、
ある時にはふさぎ込んで、
ある時には踊りあがって、
そして下手をすると、命を落とすことだってある。

女には勝てない。
なにがあっても、絶対に勝てない。
そう思っていてこそ、男である、
それこそが、糞ったれの男の美学なのだ。
そいつを俺は、無法と放蕩と、そしてロック、
つまりはローリング・ストーンズから学んだ。

今の少年に足りないのは、つまりはそれだな、と思う。
彼らは、母親に愛されていることで、
女をみくびってしまっているのだ。
そしてそんな少年は、
一生をかけてもろくな女と知り合えないだろう。

少年たち、家庭を出て旅にでなさい。
そして、徹底的に女に打ちのめされなさい。
女に打ちのめされれば打ちのめされるほどに、
君はいい男になる筈で、
しかし、あらかじめ言っておくと、
この戦いに終わりはないよ、と。
死ぬまで、養老院から棺おけに入るまで続くのだよ、と。
そしてそして、
この戦いに、勝利はない、と知っておくべきなのだ。

空腹のニューヨーク

Posted by 高見鈴虫 on 10.2007 今日の格言   0 comments   0 trackback
おい、そこのホームレス野郎。
世捨て人だからってでかい面すんなよな。
俺はカタギだけど、
俺の方がよっぽど腹が減ってるんだからな。




ブルックリンに行くと黒人の曲がよくかかる

Posted by 高見鈴虫 on 11.2007 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
そう言えば例の小娘から、
ブルックリンに行くと黒人の曲がよくかかるのはどうして?
と聞かれた。
クイーンズにいたらあんまりかからないのに、と。
あのなあ、
同じFM放送局がブルックリンとクイーンズで違う曲を流す?
まさか、と(爆
つまり、ブルックリンに入ると黒人の曲が風景になじむ、
風景になじまない曲は普段スルーしてるから、
風景に溶けて初めてはっとして、
ああ、この曲、良い曲だな、と、
そういうわけだ。

でもさ、クイーンズに似合う音楽、
これが不思議なほどに見当たらない。
どうだ、それこそが、
俺がブルックリンを離れたがらない理由なのであ~る。

人生を狂わせたトラウマ的名曲~その1 しろっしゅー、やぇい、やぇい、やぇい

Posted by 高見鈴虫 on 11.2007 音楽ねた   0 comments   0 trackback
こんなこと言ったら年がばれるけどさ、
ロックに目覚めたのって、
実はEDWINのCMなんだよ。
川上巨人軍のV9かなんかの日本シリーズだったかな、
あるいは、新春スターかくし芸大会だったか、
そんなことはすっかり忘れちまったんだけど、
その番組中にかかってたエドウィンのCM,
髪の長い白人の女の子が、
擦り切れたブルージーンを履こうと
身体をくねらせている風景のバックで、
ビートルズのSHE LOVES YOUが、
もう、これ以上なくかっこよくかかってて、
あれを聴いたとたん、もう、身体中が、
しろっしゅ、いぇーい、いぇーい、いぇーい、一色。
まさに脳みそぶっ飛ばされたって感じ。
その途端、明けても暮れてもそればかり、になっちゃってさ。
学校で箒をギター代わりにいぇーい、いぇーい、いぇーい、
モップをマイクスタンド代わりにいぇーい、いぇーい、いぇーい、
野球でヒット打ったらいぇーい、いぇーい、いぇーい、
女の子のスカートめくりもいぇーい、いぇーい、いぇーい、
通りがかりダサ坊にパンチくれていぇーい、いぇーい、いぇーい、
もうそればかり。
で、思いに思いつめた挙句、
かき集めたお小遣い、450円だったかな、を握り締めてレコード屋へ。
店員さん相手に、
えーと、えーと、えーと、と説明するが、なんのことやらわかって貰えず、
どうせなら歌ってごらんよ、と促されて、
思わぬ緊張でレジの前で直立不動、
はい、1・2・3、といわれてもどうしても入れず、
だったら、最初から、
と、ドラムのイントロ入りで、
だらっだら、
しろしゅー、いぇーい、いぇーい、いぇーい、
しろしゅー、いぇーい、いぇーい、いぇーい、
あああ、判った判った、シーラブズユー、だね、と。
で、これかな、としばしの沈黙の中、
ターンテーブルに回り始めた青りんごの絵の書いたEP版、
いきなり店中に弾け飛ぶロックのリズム、
C LUVZ U YEAH YEAH YEAH!
BANG BANG!
ああ、あのときの感動、今でも胸が高鳴るな、と。
目から火花、頭蓋骨に皹が入った、と。
まじ、涙が出た。

とまあ、それを契機に、
赤アルバム、青アルバムから、
WINGSからジョンレノンからローリングストーンズから、
キャロルからクールスから矢沢から萩健から、
KISSからエアロスミスからクイーンから
ディープパープルのMADE IN JAPAN から、LED ZEPから、
キンクリからYESからと紆余曲折を経て、
SEX PISTOLSへと雪崩を打って転げ落ちてゆく人生、
となる訳なんだけど、
まあその発端は、と言えば、あの時のEDWINのCMだったんだな、と。

YOUTUBEでずっと探しているけど出てこないね、さすがに。

SHE LOVES YOU、今でもたまに聴くんだよ。
DOORSのハートに火をつけて、とか、
ストーンズのブラウン・シュガーとか、
ジョニーサンダースのBORN TO LOOSEとか、
ガンズのSWEET CHILDみたいに、
人生を捻じ曲げた記念すべき名曲、と勝手に言ってしまおうかな。

とりあえずは手持ちの金で

Posted by 高見鈴虫 on 11.2007 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
サラリーマンでは、
多少給料が上がっても、ほとんどタックスで持っていかれます。
あと、労働時間が延びて友達をなくした上に、
ストレスで身体を壊して、結局無駄なお金を使わされます。

ただ、
サラリーマンでも、貧乏な友達ばかりと付き合って、
その人々に生活レベルを合わせる
(物凄い安い家賃のアパートで共同で自炊(ベジタリアン)
とかしていると、いつのまにかお金が溜まったり、
あと、
仕事ばかりして全然遊ぶ暇がない、状態でいると、
いつのまにかお金がたまっていたりしますね。
まあ、小銭、ですが。

バブル期には、給料は上がらないけれど接待費の限度額が増えた
=会社名義で遊べる金が増えた、
ということで、
毎晩飲み歩いては遊びまわって領収書の宛先は全部会社宛て、
というのがはやって、
ガールフレンドどころか、お嫁さんまで会社の経費で落とした、人も多かったです。
ただ、そいういうことをしていたので日本そのものが沈没しましたが。
大馬鹿ですね、いまから思うと。


とりあえず現実的な方法としては、

ローンを組みまくって、外面だけでも金持ちの振りをする=大借金持ち作戦。
じきに破綻してトンヅラ、あるいはマグロ漁船、または、コンクリート詰め
=悪い例ばかりですが。

あと、自分でダミーの会社を登録して生活費から交際費からのほとんどを、
経費として計上してしまう。
となると、IRSとの本気の争いになって不安で夜も眠れず。
結果とてもストレスが溜まります。

タックスを払わなくてもよい収入の道を考える、という方法もありますが、
そうなると、必ず警察から追っかけられます。

というわけで、GGではないですが、もともと資産をもっているひとが、
金持ち同士のインナーサークルの中で情報を交換してうまく「運用」していく、
というのが王道だと思いますが、それは面白みがないですね。

取りあえずは手持ちの金で、
まずは、株、或いは、不動産、を「所有」すること、だと思いますが、
最近のアメリカの市場を見ると、ちょっと不安。

ちなみにわたしは、
安いもので我慢する、
あるいは、金持ちをうらやましがらない、
金が無くても楽しめる趣味を見つける、
勝手に金には困っていない、と思い込んでしまう
等で対応していますが、
そろそろ先行きが不安になってきて(爆
なにか考えなくっちゃな、とも思ってます。

ただ、むかしむかし、バンドマン時代、
物凄い貧乏、どころか、ほとんどホームレスよりも貧乏していたことがあったので、
それ以来、あまり多くを望まなくなった、というか、
何も失うもののない気楽さが癖になってしまった、と思いますが、
でもそういえば、
そんな暮らしをしながら、
実は金持ちのバーのマダム、とか、ヤクザな経営者みたいな人にひっかかって、
にわかバブリーな世界を垣間見て興奮したりとかしてました。
ただ、そういうことばかりやってたので、
ただひとつの所有物=自分の命も危なくなって(笑
そろそろやばいかな、と思ったのが25歳の時、だったような(爆

昔会ったヤクザなプロモーターに聞いたことば、
金持ちになりたくてもなれないやつは沢山いるが、
金持ちになりたくもないのになっていた人間だけは絶対にいない、
そうで、
まずは金持ちになりたい、と心から思うことが金持ちになる第一歩、だと。
ただ、そいつは一時期とても景気が良かったですが、
そのうちヤクザに追われるようになっていつのまにか雲隠れしたままですが(笑

まずはお金持ちの友達を作って、
金持ちだからといってそれほどご機嫌に暮らしている訳ではない、
という現実に気づくべきだと思います。
或いは、
上を見れば切りがない代わりに、下を見れも切りがない、
つまり、自分が真ん中、と自分に言い聞かせる、とか。

ちなみにわたしは、
昔はうちの会社にいてとても不幸(凄く損してる気分)でしたが、
ミカちゃんとご飯を食べるようになってから、
いつの間にかそれもどうでもよくなりました(笑

こう言うと言い訳に聞こえますが、
幸せになること、と、お金持ちになること、は違うことだと思います。

貧困、とは、客観的な基準ではなく、
貧困感=なんか人より貧乏な気がする、損をしてる気がする、
というところから発していることだ、
つまり、気分の問題だ、という考えもありましたが、
それは凄く言い訳ちっくに聞こえますが。

まあ、お金は無いにこしたことは無いが、
無くても幸せに暮らせる、
或いは、
なあに、その気になれば、金なんかすぐに作れる、
という気持の余裕が大切だと思います。

あれ、いつの間にか、貧乏にどう耐えるか、という話になっていた・・

長々と失礼しました。たまには仕事しよ~っと。

人生を狂わせたトラウマ的名曲~その2 エディーゴメスのリチャード・サンバ

Posted by 高見鈴虫 on 12.2007 音楽ねた   0 comments   0 trackback
ニューヨークに来た理由は、と良く聞かれるけど、
ええ、まあ、だとか、はあ、なんとなく、とか、
旅行の途中で気に入っちゃって、
なんて言って誤魔化すことが多いけど、
本当の理由はね、
と、初めて白状してしまうと、だ、
リカード・ボサノバ!
まじ(笑

もうなんのCMか忘れちゃったんだけどさ、
朝靄煙る摩天楼のコンクリートジャングルを背景に、
タクシーから降りた女の細い足首にハイヒール、
都会を流れる風の、なんたらこうたら、とか。
で、そのバックに流れていた曲、
甘くハスキーな女性ボーカルが、
妖艶かつ軽快なリズムに乗って、なんて、
それがボサノバ、というリズムで、
ということを知ったのもその10年以上後のことなんだけど、
ずっとずっと、それが何の曲なのか、
探し求めていたような気がして。

実は俺、ずっとそれが大京観光のCMかな、とか思っててさ、
JAZZに詳しい人に会う度に、
そう言えばだいきょーかんこーのCMで、
とか聞いていたんだけど、
いまから思うと、
実はそれ、ダイヤ建設の内山田洋とクールファイブの東京砂漠だったらしくて、
なんだよぜんぜん違うじゃん、とか。
おいおい、俺の記憶ってぜんぜん大した事ないよな、と。

で、ね、
そう、その、CM、いまとなっては映像は片鱗さえも覚えてないんだけどさ、
俺勝手に、ああ、さてはこれはニューヨークという街の風景、
と言うことは、
そのニューヨークという街に行くと、
このような、とてもとても、
今にも身体をうねうねしたくなっちゃうぐらいに
格好いい曲が流れているのか、と思い込んじゃって、
おおおおおし、大人になったらNEW YORKに行くべし!
と固く固く心に誓ってしまった、という訳なんだよな、これが。

という訳で、苦節うん年後に辿り着いたNEW YORK、
へえ、これがNEW YORKか、
なんだよ、ぜんぜん大したことねえな、
と街をぶらぶらしているとき、
いきなり、あれ?と、足元がくらっとするぐらいの強烈なデジャヴ、
ふとして辺りを見回したら、
昼下がりのミッドタウンのオフィス街、
ビルの狭間の小さな公演のステージに繰り出したジャズバンド、
お世辞にも綺麗、とは言えない臍だしルックのおば姉さんが歌う気だるいメロディ、
マイナー調のボサノバ、軽快なリズムの上に、あまりにも切ない切ない旋律が絡んで、
あれあれあれ、と。
これってもしかして、
俺のNEW YORKのテーマ曲だったんじゃなかったけか、と。
あああ、ついに見つけたぞ、と。
これこそ俺が探していた曲、さすがNEW YORKだ、と。
この街で俺はついているぞ、と、
とんでもない大間違いを確信してしまったいわくつきの曲。
その時に、思い切って曲名を聞いたんだけど、
チップせがまれただけで結局聞き取れず、
ずううっと後になって、インターネットとNAPSTIRが始まってようやく、
本当にようやく探し当てたのは、

EYDIE GORMEの「THE GIFT」
原曲は、’RECADO BOSSA NOVA

あれあれ、俺ずっと、
1.大京観光のバックでかかっていた、
2.エディー・ゴメスの
3.リチャード・サンバ、
を手がかりに探していたのでした(笑

ああ、インターネット万歳、と思わず叫んでしまった。

今でも良く聴くんだよね。
と言うより、よく口ずさむ。
口ずさむたびに、ああ、NEW YORKもそれほど悪いところでもないのかな、
と思いなおしたりもしてる。
そんな気持ちになるための、とてもとても大切な曲。

でもさ、
正直言って、EYDIE GORMEのバージョン、あんまり良くないよね。
かと言って、もっと良いバージョンってのも聴いたことがないけどさ。
できれば、
Sylvia Tellis、はもうずっと昔に死んじゃったから無理だとしても、
Eliane Eliasとか、Patricia Barber ぐらいに、
ねえ、この曲、歌ってよ、なんてリクエストしてみようかな、
と思ってる。

人生を狂わせたトラウマ的名曲~その3 VIKTOR LAZLO

Posted by 高見鈴虫 on 13.2007 旅の言葉   0 comments   0 trackback
昔むかし、俺がまだアジアをけんけんぱ旅行していた頃、
そう、クレジットカードがまだ金持ちだけのステイタス・シンボルで、
俺ら貧乏旅行者は、なけなしの全財産を腹巻の中に巻きこんでは、
臭いパンツの下に後生大事に隠して持っていた時代。
携帯電話なんてものはまだなく、
超薄型デジタルカメラなんてものもなく、
つまりはインターネット・カフェも
地球の歩き方さえもなかった時代、
泥だらけのバックパックに一切合切を詰め込んで、
人の噂とガイドブックのちぎったページを頼りに、
安宿から安宿へと渡り歩いていた頃、
下手をするとホームレス一歩手前、
いやいや、
文明国のホームレスよりもなんかよりもずっとずっと慎ましやかな、
擦り切れた、というよりはもう全身ボロボロ、
そのボロボロさ加減を互いに競い合っていたような具合で、
そんな極無産者的唯快楽のみ主義的な旅の中で、
唯一の贅沢品といえば、ウォークマン、
小型のカセットプレーヤー。
そう、音楽。音楽だけはどうしても、どうしても、どうしても、
何があっても手放すことが出来ない、
だって俺達、若いんだもん、なんて、
そう、音楽がまだ俺達だけの特権となりえた時代。
新しい街で安全なホステル、安全と言うのはもちろん、
ヤクをきめてもサツに垂れ込まれない、
と言う意味でだが、を探すには、
ドアの片隅にストーンズの舌べろマークを探すんだ、
それが秘密の合図だ。
なんて噂が実しやかに囁かれていた時代のこと。
そんな俺達にとって、命の次に大切なのは、
金とパスポートとなけなしのヤクと、そしてカセットテープ。
日本を出るときに悩み悩んで厳選を重ねた5本の90分テープ。
それにバンコックで買い足した海賊版カセット、
そのどれもすでに伸び切ってしまって、
それでも聞き続けずにはいられない命を刻み込んだ名曲の数々。
安宿のテラスでハッシシをまわしながら、
寝静まったドミトリーのベッドでヘッドフォンに耳を押し当てながら
見知らぬ国の名も知らぬ女の子と病気大丈夫かなと抱き合いながら、
いつもながれていた刺激的な音楽。
寄り合って出し合って別け合って分かち合った世界各国からの名曲の数々。
ひとつの街で出会いそこでの時間を共有した旅人達が、
東へ西へと別れていく時に交わした別れの言葉と互いの住所、
と、そして、聴き過ぎて伸びきったカセットテープ。
読み終わった本や、不要になったシューストリングのページと一緒に、
じゃあ、俺のテープとお前のテープ、交換な、と。
時としてとんでもないもの、あのやろう、どこの百姓だ、なんてものもあったけど、
おおおお、これなんだなんだ、とぶっ飛んでしまうものもあって。

実は、俺がJAZZと出合ったのもそんな旅の中。
タイで買ったシャーディと交換で、
ドイツから来たツーリストに貰ったマイルス・デイビス。
カインド・オブ・ブルーというアルバム。
次の街でそれがストーンズのタトゥーユーに化け、
それがクラッシュのサンディニスタに。
それがラビシャンカールに代わり、次には日本の歌・民謡大全なんてのを経由して、
訳のわからないインド歌謡から名前も知らないクラッシックから、
それがいつのまにかまたマイルスに戻ってきたり、
とやるわけだが、
そう、ポカラにたどりついた時、
またまたダムサイドの湖畔のカフェでハッパを巻いていると
たまたま通りかかったヒッピー、
またまた判で押したように、どこの国かさえも判別不能なほどに汚れきっている訳だが、が垣根越しににゅっと顔を出して、
ねえそれ、マイルスのカインドオブブルーじゃない?
なんていきなり挨拶もなく。
もらい物なんでよく判らないんだけど、あんたがそう言うならそうなんだろ。
うわあ、今日はラッキーだ。俺それずっと聴きたかったんだ。ねえ、そこで一緒に聞いてもいいかな。あ、俺、ブラウンシュガー持ってるんだけど、一緒にどう?
なんて風にすぐにお友達になって、
で、そこでいつのまにか何日か何週間かを過ごした後、
良かったら僕のテープと交換してくれないかな、損はさせないと思うけど、
と渡された訳の判らない120分のカセットテープ、
おお、じゃあな、死ぬなよ、また会おう、地球のどこかで、
と別れたのだが、
無造作にカセットレコーダーにぶち込んだどこの国産とも知れぬ延び切った120分テープが
俺のそれまでの音楽観をすべて覆すぐらいに影響を及ぼすことになる、
かの「ポカラテープ」だったのであった。

そう、俺、
正直言って、日本を出るまでそれこそROCK一色。
持ち出したテープは、自主編集のストーンズと究極のパンクロック名曲集。
あとは、ファンキーモンキーなダンス系と日本の浪花節ロック数種と、
まあそんな感じ。
が、南に下りたとたんになんかこれ合わないな、と(笑
そう音楽ってやっぱり水物。
土地の水に身体が順応するように、
いつしか音も変わっていく、と。
という訳で、日本を出たときには鶏冠のように逆立っていた髪が、いつしか南国の湿気と熱風にやられて髯と絡み合って肩まで延び、
それにつれて、
元気いっぱいのチンカスロックがいつしか、
やっぱりマイルス、いやでも、それはコルトレーンあってのこと、
やっぱりコルトレーン、でも、そこにはやっぱりエルヴィン・ジョーンズとマッコイタイナーが居る訳でさ、
なんてことを、したり顔でつぶやき初めて、
なんて。
そう、旅にでなかったら、
いや、端的に言えば、麻薬をやらなかったら、ジャズなんて判らなかった、と。

そんな中で転がり込んで来たポカラテープ。
A面はなんか気だるい男性ボーカル。
ギターとベースとトランペットに乗せて、まるで囁くような間の抜けた、
ボサノバというにはリズムがなく、ジャズというには音程が滅茶苦茶、
なんだこれは、と思いながら、
このヒマラヤの山間の湖畔の村の、
これ以上なくあっけらかんとした雰囲気に異様にマッチしていて、
それ以来もうずっと朝から晩までこればかり。
ねえ、なにこれ?知らない、でもいいんじゃない?なんて。
そうそう、これをかけていると不思議と女の子達が集まって来たりして、
なんかいいんじゃない、色っぽくて、
なんていつのまにか微笑みあって、いつのまにかキスして、
いつのまにか手を引いては部屋に消えていったりとか、
そう、そんな媚薬的な怪しいボーカル。
このテープのお陰でどれだけおいしい思いができたことか、と。
まあね、ポカラを出たとたんにその魔力も一瞬に消えうせちゃったんだけどさ。
で、そのしゃがれ声のおっさんボーカル、
言わずと知れたチェット・ベイカー。
転落に次ぐ転落の後にぼろぼろのジャンキーに身を落としながら
ギターとベースだけのトリオでヨーロッパをどさまわりしていた時代の、
まさにあの世と一歩手前のぎりぎりすれすれの際物の連続。
いまだにこれ、凄いよね。
でろでろにらりった爺さんがでろでろにらりった客を相手に
でろでろにらりった演奏を繰り広げてそれがまたらりらりの結晶のように思い切りピュアにらりらりである、と。
これぞ究極のらりらり音楽だと思う。
でまあ、それは良いとして(笑
B面に入っていた、これまた訳が判らないオムニバス。
今度は女性ボーカル特集。
思わず身体中がしびれ出してしまうよな官能的なジャズボーカルに混じって、
聴いたことがないのはいいにしても、
何語なのか、男なのか、女なのか、さえも判らない、
おいおいこれは、的なまったく訳がわからない、わからな過ぎる
怪しいオカマの浪花節みたいな、そんな曲がそこかしこに散りばめられていて。
あるいは、もうこれはただ気の触れたメス犬が壊れたオルガンにあわせて遠吠えをしてる、
ほうがまだまし、とも思えるような、魔女の念仏、みたいな。
おいおい、あいついったいどんな神経してたのか、と。
ただね、そう、ダウナーのドラッグががつんがつんにきまった状態で聞くと
なんとも言えぬ不思議な抱擁感があって、
あいつつくづくヘロインが好きだったんだな、と。

という訳で種明かし。
ジャズの名曲の数々、
カーレン・マクレー、ビリーホリデー、アニタ・オデイ、
ギャル・コスタ、
とかはすぐに判って、
のちになってあの魔女の遠吠えは、
なんとなんと、ベルベットアンダーグランドに居たNICOのソロアルバム、マーブル・インデックス。
その間を埋めていたまたまた訳の判らないピアノがジョン・ケイルとブラディミール・コスカ。
と次々となぞが解けていったものの、
といいながらもこの謎解きの過程でどれだけの屑Jazzのレコードを買わされたことか。

しかしながら、その中でも俺が一番気に入っていた曲、
場末のゲイバーのホステスが、泥酔した上に睡眠薬がぶ飲みして、
ああ、もう恋なんてしないわ、愛なんていらないわ、と繰り返しながら死んでいく、
みたいなやつ。
そう、これ、これこそが俺があの長い旅の間中、ずっとずっと聞き続けていた曲。
なぜこの曲なのか、なにが気に入ったのか、は敢て聴くまい思い出すまい。
とにかくあの旅の間、
アフガンで地雷を踏んだ時にも、
パキスタン・イランの国境の砂漠の真ん中で置き去りにされた時にも、
テヘランで空襲にあった時にも、
イスタンブールで前後不覚になるまで酔いつぶれて地元の漁師にホテルまで担がれた時にも、
アテネのシンタグマ広場裏のキャッチバーで大立ち周りを演じた時にも、
ベオグラードでソフィアでブダペストでプラハでベルリンで、
マドリッドでカサブランカでチュニスでアルジェで
あの子と出合った時にも別れたときにも、
いつもこの曲が流れていたことだけは忘れない。

という訳で、この曲、
あれから幾年月、
ああ恋などしない、愛なんていらない、が、
だんだん身近に感じるから身に染みるを通り越して詰まされ骨に染みとおって、
しかしなお、
これだけは、この曲だけは、どうしても見つからなかった。
もしや、と思って、ミレーユ・マチューのアルバムもすべて聴いた(笑
もしや、と思って、シルビー・バルタンのアルバムもすべて聴いた(笑
もしや、と思って、ジュリエット・グレコなんてものに輸入版屋で大枚を叩いた(泣
見つからなかった。
そして誰も知らなかった。
ポカラのテープは既にべろべろに伸びきり、ダビングにダビングを重ねた末に、
おかまの戯れ歌もいつしか魔女の遠吠えと同類のものに変わり果て、
それでも俺は歌い続けていたのだ、
ああ恋などしない、愛なんていらない。

という訳でふたたびNAPSTIRである。
インターネットを通して初めてこの曲に再開を果たした時、
俺は正直言って、え?と思った。
人違いでは?と。
そう、繰り返し繰り返し聴くうちに、テープが伸びに伸びて、
その間に声は太く演奏はよりいっそうよりによれて妖艶さを増し、
していた筈が、
へえ、なんだ、普通の曲なんだ、と拍子抜けしてしまったのだ。
VIKTOR LAZLO、ビクター、ほう、やっぱりおとこだったのか。
フランスのオカマということか、と、それだけで
このうん十年追い求めた熱情も一瞬で褪めてしまったのだが、
それからさらに数年後、YOUTUBEの広がりの中で始めて、
動くVIKTOR LAZLOを観るにあたり、
おおお、やっぱり女じゃないか、と。

という訳でこの人、
遠い昔、ヒマラヤの麓の村で知り合ったフランス人の
おかまのジャンキーに貰ったテープに入っていた歌、
VIKTOR LAZLOの I Don't wanna Love again.
この曲、ベルギー国籍のフランスで活躍をする男の名前をつけた女の歌手が、
たまたま英語で歌っている、というなんとも訳の判らない作品である訳だが、
そう、この曲を再び聴いて、
ようやくあの長く辛かったユーラシア大陸けんけんぱ横断の轍から、抜け出すことが出来た思いなのであった。



オータム・イン・ニューヨーク

Posted by 高見鈴虫 on 16.2007 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
25歳の小娘と話していてつくづく思うのだが、
これはもう、ジェネレーションギャップと言うよりは、
生理学的な問題、
つまりは、
アドレナリンの放出量が違いすぎる、と。

なんでそんなことにいちいち感激ができるのか、
ケーキひとつ食べて、
ああ、生まれて初めてこんなにおいしいものを食べた、
みたいな。
今、この瞬間が一番幸せ、なんて、
おいおい、ここはダウンダウン、ハドソン河沿いの、
深夜営業の潰れかけたダイナー。
しかも貴女の感動しているそのショートケーキは、
多分2週間も前からそこに並んでいたような代物で、
なんて。

だって、残業の帰りに待ち合わせて、
カフェでショートケーキ食べるなんて、
なんか凄く可愛くて、素敵って感じがするの、
なんて。

ああ、君は、会社勤めも、残業明けの夜更けの街も、
灯りの落ちた摩天楼の谷間も、
ハドソン河の凍えた風と、舞い散る街路樹の葉も、
つまりオータム・イン・ニューヨークのすべてが、
そっくりそのまま初めてなんだね、と。

そう、俺だってそういう瞬間があった。

夜明けのサハラ砂漠、砂丘の頂上から頭からダイブした時には、ああ、これ以上の幸福はないだろう、と思いながら、
しっかりガイドのベルベル族から鼻で笑われたし、

初めてスキューバをやった後、よじ登ったボートの上、
寒さに歯の先をカチカチと言わせながら、
ねえねえねえ、凄いよ、浮かんでたよ、宇宙遊泳みたいだ、
と騒いでいる俺を、ダイブ歴20年のツワモノは、
そう、世界の残り80パーセントの扉がいまようやく開かれんたんだよ、なんて、泣ける台詞を聞かせてくれた。

パリでエスカルゴを食べた時は、
殻の中にまでバケットを突っ込んで、
耳垢を穿るようににんにくのスープをかき出しながら、
こんな旨いもの食べたことが無い、と本気で思っていたし、

その旅から帰ってずぐ、
築地の寿司屋で中トロを奢られた時には。
ああ、もう死んでもいい、と本気で思ったし。

そしてここNYC。
初めて降り立った2月の頭の凍え切った朝。
JFKからのバスを降りて朝の人の波に押されながら、
マンホールから立ち上る蒸気に煙った、
あのタイムズスクエアの広告塔を仰ぎ見たとき、
ああ、こここそが俺の探していた街なんだ、
と思わず立ちつくしていたものだし。

そんなことを言ってみれば、
そう、今のかみさん。
出合った瞬間に、ああ俺の人生、
この先こんな美人はもう2度と出逢えないだろう、
と直感して、すぐさま買います、予約します、
SOLDOUTの札貼ってください、と、
つまり、結婚を決意してしまったし。

そう、つまりその即決性というか、
そう、つまりは、過去の比較の対象があまりに少なすぎて、
つまり、初めてのことばかり、
つまり、それについてはそれがはじめて、つまり最高、となる訳で。

ああ、この一瞬こそが人生の至極の時、なんて言葉、
そう、ここ数年聞いたことがなかったのは確か。

若さとは、暴走する妄想と見たり、なんて、
おいおい、それを老婆心と呼ぶのだよ。

ただね、そんな、砂漠のらくだのように意地の悪いこの親父でさえ、

ねえ、街がこんなにキラキラしていて、
ああ、こんな幸せな気分って初めて、
なんて、目を輝かせている24歳の小娘の姿に、

ああ、まったく、と相槌を打ってしまうぐらい、
そんな小娘ぶりがやたらと可愛かった、という訳でさ。

そしてそんなあの子を、ふと、
ああ、可愛そうに、と思っている自分に気づいたって訳で。

どうしてって、
そう、
俺が今のかみさんと知り合って経験してきたあの抱腹絶倒七転八倒の中の至福感を、
或いは、今のかみさんとの旅の中で味わってきたあの醍醐味を、
この子は俺と一緒にいて味わうことができるのだろうか、
とふと思ってしまった訳で、
で、回答は、無理だろうな、と。

そう気がついてしまったとき、
世界が倒壊した、という訳でさ。
この辺りでお茶を濁すべきだな、と思った。


さつまちゃん、違います!

Posted by 高見鈴虫 on 20.2007 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
先日、会社の帰りにザイヤ(Cafe Zaiya:今やNYCの独り者連中の食卓を支える日系パン屋・お惣菜屋さん。普通な意味ですごくおいしい/41丁目の5と6の間)に寄りました。
店員の女の子、見たことないけど新人のひとかな、と思いながら、
さつまちゃん(さつま芋入りのペイストリー。素朴系でとてもおいしい。かみさんの大好物)ください、
と言った所、
は?と眉をひそめられた。
あの、さつまちゃん。
はあ?と思い切り不機嫌な顔。
だから、さつまちゃん、と繰り返すと、
店員の女の子、いきなり、違います!と声を上げて、プン、と横を向いてしまった。
あのなあ。
自意識過剰の妄想系の女の子、増えていますね。

美術館では展示した絵画の値段を表示して欲しい

Posted by 高見鈴虫 on 25.2007 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
先日、会社帰りに例の小娘と美術館に行ったときのこと。

あれあれ、これ、だめだね。どうして値段が書いてないんだろう。

値段?この絵のか?それはお前、画廊と違ってここは美術館であって、
つまりはこれはゲージツであって売り物じゃないんだよ。

でも、それじゃなんか有り難味にかける気がしない?
せめてこの絵を、この美術館がいくらで買わされたかぐらいは書いておいて貰わないと。

ゲイジュツの卸し値?
やれやれ、西の人間はなんでも銭づくし、
まったくこれだからなあ、と苦笑しながらも、
でもそれ、割りと本気で面白いな、とは思った。

なんだよ、この小娘、なかなかやるじゃねえか。

ちなみに帰り道、
ああ、あたしの生涯年給、このまま行くとあの落書き一枚の10分の1にも足りないんだね。
まずいなあ、これはどうにかしないと、まじでまずいなあ、
と、すっかりしょげ返ってしまった。

ちょっと可愛い奴ところあるじゃないか。

その細い肩を思わず抱いてやりたくなったのは言うまでも無い。


MOMAのジョルジュ・スーラのプレミアに行ってきました

Posted by 高見鈴虫 on 29.2007 読書・映画ねた

先週の木曜日、
MOMAのジョルジュ・スーラのプレミアに行ってきました。
そう、あの、点点点で、もやっとぼやけたようなメルヘンチックな風景画を書いたひと。
点描技法の第一人者、と言えば判りますね。
そう言えば、俺、
実は、ずっとスラーだと思っててさあ。スーラだったのね、と今更ながら(笑

で、この、ジョルジュ・スラー、じゃなくて、スーラさんの得意とする「点描」と言う技法、
暇な授業の最中、教科書の裏に友達の似顔絵を、シャーペンの先で点点てんてん、
とやった覚えは誰にでもある筈、なんて。

という訳で、その点々絵画の第一人者、
この人ってたぶん、凄く偏執狂的な人で、
来る日も来る日も色鉛筆の先で
点点てんてんテンテンとやり続けていた、
根暗のひっきーで病的な神経質で友達の居ないドン臭いタイプ、
つまり、超ギークみたいな奴だったのかな、
そりゃあまあ早死にしてもしょうがないよね、
なんて、勝手に思っていて訳なんだけど、
実際に見て、おっと、唖然!

実はこの点点が、凄く大きい!のです。
点点というよりは、ほとんど筆でべたべた、と言う感じ。
その筆さばき、実にもう相当に大胆不敵。
下手に近寄ってみちゃったりすると、
われ、舐めとるんかい、ってぐらいに、もう、ぼてぼて、って感じ(笑
手抜き、というよりも、いたずらでベタベタとやっていた、に過ぎない、ぐらい。
なんだこれ、と、思わず唖然。そして苦笑。
あれまあ、なんて。
これ、失敗作?
なんて、で、じゃあ次へ、と足を進めた途端、
待てよ、と。
そう、
一歩二歩と遠ざかれば遠ざかる程に、
あれ不思議、なんとなくだんだんとそのボテボテが像を結び初めて、
ふとすると、
おおおお、そうだんたんだ、
これ、海岸の絵だったのですね、なんて。
ちょっとした騙し絵にさえ思える
この大胆過ぎる本家の「点々絵画」ってより「べたべた絵画」
ほうほうほう、と眺めているうちに、
そんな霧に煙ったような風景が、いつのまにか静かに揺らめき始めて、
風景が立ち上がる、というか、動く、というか、広がるというか、浮かびあがるというか、
いつしか、潮の香りから風に流れる砂から、
そう、まさしく海、黄昏た、季節外れの、誰もいない海が
誰に知られるともなく、ざざざざ、と波うっているような。
つまりは空間性と。つまりは心象風景の焼き込み、と。
いやあ、
たかだかコピー用紙程度の大きさの、
こんな手抜きの点々べたべたの絵の向こう、
まさかこんな世界が隠れていたなんてね。
ああ、やっぱり、高い値打ちがつくだけのことはあるなあ、と。
参りました、とは思ってみたものの、
ここでひとつの疑問が持ち上がります。

果たしてスーラさん、この絵、いったいどうやって描いたのかな、と。
だって、
筆の届くところからでは、絵が見えないんだよ。なんか可笑しいよね。
そうあなたの言うとおり。
という訳で、ちょっと推理。

1.点をひとつ書くたびに10メートル下がって確認、とやっていた。
2.10メートルぐらいの長さの筆を使った、
3.目の前のものが凄く遠くに見えるめがねをかけていた
4.あるいは、もともと物凄い乱視・遠視だった。
と。

そう、
この人、もしかして、物凄い遠視だったりとか、そうそうに違いない、なんて、
で、
外の売店で売っている画集のページをめくるうちに、
あった!牛乳瓶の底みたいなメガネをかけたスーラさんの自画像、あるいは似顔絵。
このメガネ、まさに、遠視・乱視、そのもの。
ああこのひと、超遠視的乱視的世界を具現化しよう、としていたのかな。

で、加えてこのスーラさんの特異性、
なんかどの絵もどの絵も、
見つめているうちに絵が立ち上がってくるのはいいんだけど、
どうもその対象がどんどん遠のいて行くんだよねえ(笑
ああ、逃げていく、みたいな。
なんか変なのだよね、それって(笑
実は物凄く気の弱い人だったのかな、とか思っちゃったけどさ。
いやあ、
思わず隠された真相に気づいたなんて、ちょっと得意げ。

しかしながら、
ロートレックは言うに及ばず、
ゴッホの神経衰弱
マティスの梅毒の後遺症から
ピカソのあの病的なまでの独善性まで
そう、
天才って、時として大きな欠落の結果だったりするでしょ?
欠落を埋める為に、ひとつの才能だけが異様に育ってしまった、
或いは、
ひとつの才能にあぐらをかいて、ほかの全てがないがしろになってしまった、
とか(笑

という訳で、
MOMAのジョルジュ・スーラ展、
31歳で早逝した関係で作品数そのものが少ないのだけれど、
点々技法に限らず、
まるで生きているようなデッサン画から始まって、
点々絵画に至るまでの、
まさに計算に計算を重ねていく過程の貴重なデッサン画からと、
逸品の多くが展示されてます。
実はスーラさん、根っからの理系の人だったのね、なんて、思わぬ発見。
こういうのって、ほんと、原画みなくっちゃ判らない、とつくづく思う。

MOMA,金曜の夜は確かドネーションベースなので、
気が向いたら覗いてみてください。
あ、それから、一歩二歩と下がるうちに、
思わず後ろの人とがちんこしないように、
くれぐれも気をつけてみてくださいね。



            ~遠方の友に宛てたメールより

部屋に帰ると友達が死んでいた

Posted by 高見鈴虫 on 31.2007 ニューヨーク徒然


部屋に帰ると友達が死んでいた。
つぶらな瞳を黒く見開いたまま、
本棚の裏側の粘着板の上に、
まるで標本のように手足を広げ、
ぴくりともできぬまま既に事切れていた。
死んだ友達の周りに白く粉が吹いていたのは、
死んだ友達に寄生していた死んだ友達の友達。
死んだ友達は頭のいい奴だったから、
どんな餌にも食いつかなかったけれど、
ああ、友よ、こともあろうに、
餌を置くのが面倒になって、
そのままうち捨てただけの最後の粘着板に、
まんまと騙されてしまったんだね。
ああ始めて会った時よりも、
ひとまわりもふたまわりも大きくなって、
ドブ色をした毛並みもつやつやも、
ミミズのようにつるんとしたそのながい尻尾も、
ぴょんとつきだした鼻に生えた立派な髯も、
ああまるで生きているようで、
今にもちょろちょろと走り寄ってきそうなほどに、
でも友よ、君は死んでしまった。
しらみに見捨てられてはさしもの君もおしまいだろう。
友よ、もう会うことも無い。
夜更けにソファで目覚めてたとき、
君は不安そうな顔で、テレビの陰から僕の寝顔をじっと見守っていてくれたね。
帰宅した奥さんが、ようやくほっとした顔で、
ザイヤのサービスパックに入っていた小倉アンパンにかぶりついた時に、
いきなり目の前に出現してみせて、
小倉あんぱんどころか、
サービスパックの全てを床中にばら撒かせてしまったのも君だった。
どうだ、奥さん、
仕事探せ、仕事探せ、とうるさく言っていじわるするから、
僕の友達が敵をとってくれたんだ、
と僕は小躍りして喜んだものだ。
実を言うと、僕は内的には犬のはしくれで、
だから、あまりに間抜けすぎて、
ついに君をこの手に触れることさえできなかったけれど、
この自慢の鼻で、あ、また君がやってきた、
とすぐに気づいていたんだよ。
でも君は、そんな僕の夢中の呼びかけにも、
じっと心を閉じたまま答えてくれることもないまま、
いつしか粘着板の上にべったりと身体を貼り付けたまま、
逝ってしまったんだね。
ああ、これでようやく、平穏が訪れたのかな、とも思うけど、
友達の多かった君のこと、
もしかすると君の友達が大挙として、君を探しに繰るかもしれないし、
また夜な夜な在りし日の君の面影を偲んで
君が息絶えたその場所をたずねてくるかもしれないね。
だから僕は、
廊下の角のポリバケツの中に君を放りこんだあと、
また新たな粘着板を、
君が事切れていたその思い出の場所に、
アーモンドのかけらを餞として、そっと添えることにしたんだよ。

君が何の因果で鼠なんてものに変わって生まれてくる羽目になったのか、
そして、僕が、どんな思し召しによって人と生まれることになったのか、
ああ、次に生まれて来たときには、
もしかしたら本当の友達になれるかもしれないね。
いるかとして、人として、あるいは、ふたりともどぶ鼠として。
次に粘着板に張り付くのは、もしかしたら僕のほうかもしれない。

さらば友よ。やすらかにポリバケツの底に眠れ。
10月30日、合掌。



            ~遠方の友に宛てたメールより

超ボリューム、ブリトー・クレープ

Posted by 高見鈴虫 on 31.2007 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
イーストビレッジのど真ん中に、
突如出現した話題のラーメン屋「セタガヤ」
で、セタガヤでラーメンを食べた帰り、
デザート代わりに欠かせないのが、
その3軒隣りの日系クレープ屋さん
なんか、セタガヤのラーメンに異様に合う。
セタガヤによく行く理由に、
このクレープ屋さんの口直しが相当に買っている。
という訳で、
セタガヤで替え玉を我慢して顔を出したクレープ屋さん。
店の張り紙に、おっと、本日は20%OFF。
これはラッキーこの上ない。
と奥を覗くと、あれ、
いつもの女の子のかわりに、
つい先日まで銀行勤務ノンキャリア歴30年、
みたいなおじさんがひとり。
注文を聞くといきなり表まで出てきて、
あの、どれのことでしょうか、と(笑
ほら、あれあれ、チョコとバナナが入ってる奴なんですが、
と、お客自らが解説。
ああ、はいはい、チョコとバナナね、それがクレープに入ってる、と
当然だろう、お前のところはクレープ屋なんだから(笑
ちょっとおかしいな、と思いながら、とりあえず待つこと15分、
ふとみるとおじさん、横目にノートを睨みながら、
一身に粉を溶いている。
あれ?
という訳で待つことプラス30分。
途中、泥酔したJETSファンのとラッシュ系おっさん二人。
デート中のカップル2-3組、
仕事帰り風な団体、クラブ系の餓鬼ども。
一目で不倫と判る似合わない日系カップル。
と次から次へとやり過ごして、
ようやく出来上がったチョコバナナクレープ。
なんと、なんと、クレープというよりは、ブリトー。
下手すると、お好み焼きどころか、
チポトルのファヒータ・ブリトーにライスとワカモレ入れたのよりもずっと大きい。
30分待った甲斐があった、と。
超ボリュームで思わず食べ過ぎて腹一杯。
といっても、おいおい、
いくらなんでも、バナナ一本丸ごと入れること無いだろ、と(笑
いやあ、NYC、そうこなくっちゃ、という感じ。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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