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アメリカに来ている女の子の90%が

Posted by 高見鈴虫 on 07.2008 嘗て知った結末
アメリカに来ている女の子、
その90パーセントが、
格好いい外人を見つけたい、
それが目的だと思う、
と正面切って言われたことのある在米日本人。
がんばれ、負けるな。
俺達にはまだ、エイジアンがいる、
なんて、
おいおい、と。

ねえでも、白人とやりたいなら、
アジアに居た方がいいよ。
ここアメリカ、もてたい日本人にとっては、
ちょっと最悪の場所であったりする訳だから。

だってさ、
アメリカの男、はっきりいって、世界で一番辛い思いをしてる、
と、そう思わないか?



PRAYERS FOR PEACE IN TIBET

Posted by 高見鈴虫 on 08.2008 ニューヨーク徒然
ようやく四月に入ったと言うのに、
いつまでもじくじくと意地の悪い底冷えの続く今年のニューヨーク、

いきなり晴れ渡った土曜日の小春日和に冷や水をぶっかけるように、
日曜日は朝から曇り空。
昨日はしゃぎ過ぎた疲れで、今日は午後からやることもなく、
そう言えば、ミッドタウンのPARAGON SPORTSに、
ガット張替えを頼んでから放ったらかしにしたままのラケット、
こんな日のついでに取りに行こう、とポクポクとお散歩に出た折り、

そう言えば、Martin Scorseseの撮った、
ROLLING STONESの記録映画「SHINE THE LIGHT」、
どうせ観るなら、UPPER WESTのIMAXの特大画面か、
或いは、ちょっと豪華にZIEGFELDの赤い絨毯か、
なんて思いながら、
ふと通りかかったチベッタン・レストラン。

実はこの店の前を通るたびに、
何が悲しくてチベット料理なんて金を払って食べるものか、
と呟いてしまうのだけれど。
それはなぜかといえば、
実際にヒマラヤで食べていたチベット料理が、
実は恐ろしくまずかったから(笑

そう、ずっと昔、まだ俺が日本の不良学生で
俄かヒッピー面してアジアをフラフラしていた頃、
ヒマラヤの麓の隠れ里に潜りこんだ折りに、
彼の地に滞在中は、散々お世話になったチベット料理。
いやあ、でも、言っちゃなんだけどさ、
あれは不味かった(笑
みんな凄くいい人でさ、ほんと、本当にいい人たちなんだけど、
いかんせん、なんでこれほど不味いものが作れるの?
ってぐらいに不味かった記憶のあるチベット料理。
よって、ここまで来て、
この消費文明の坩堝において、
わざわざあまり食べたいと思わない、
というのが本心で(笑

ただね、そうやっぱりチベットだからさ。
前を通る度に思わず手を合わせてしまう所はあって。
料理は食べたくはないけど、
お布施ならいつでも大歓迎ってなぐらいで。

そう、やっぱり俺も人の子。
チベットの人達の、あの心一杯の、
それこそ気持ち一杯の底抜けの親切に接してしまった以上、
何があっても素通りはできません、と。
それはもう、一生背負ったカルマ=「業」のようなもの。

あとね、実はもうひとつ。

俺、ヒマヤラにいた時、実に実に、本当に頻繁にネパール人に、
そしてチベッタンに間違われていたの。
本当に、冗談みたいに。
黙ってチベッタンの人々の中に座ってて、いきなり日本語を話すと、
周りの人々がまさに腰ぬかさんばかりに驚いて、なんて、
そんな冗談を何度も何度も繰り返したぐらいに、
俺って凄くチベッタンに似ているところがあって。
山から帰って、顔中が日に焼けてからはもうなおさら。

それに加えて、実は実は、
俺、何故かそんなチベッタンの女の子に無茶苦茶弱い。

例えば、
2004年のMiss TIbet の Tashi Yangchen さん、大ファンです!!
~ http://www.misstibet.com/history/2004/stories/2004.10.15-tashi_photos.html

あのちょっと彫りの深い系のアジア顔から、
あの無邪気な笑顔で笑いかけられると、
ああ、おじさんなんでもしちゃう、みたいな。
そう、
実はうちの近所の公園によく来るんだよね、チベッタンの女の子。
近所の協会でよく集会をやっていてさ。
お経やら説教やらの退屈逃れに、
壁打ちやっている公園に抜け出してきては、
物珍しそうに跳ねるテニスボールを眺めてたりして、
で、思わず、やってみる?なんて声をかけちゃったりすると、
きゃーってな具合に逃げ出すのだけれど、
また、三人四人と腕を取りながらやってきて、
ならちょっと教えて、みたいに、そう、一昔前の日本人、まったくそのもの。

で、思わず、テニスコーチ。
はーい、では、ラケットの握り方から、なんて(笑
普通ならそんなことしない。理由は、彼らがチベッタンだから。
つまり、他人じゃないから、と(笑

まあいいや、で、チベットレストラン、
ふと、いつものように、お客さん入っているかな、繁盛してるかな、
と店の中を覗き込もうとしたところ、
窓に小さなビラが一枚。

PRAYERS FOR PEACE IN TIBET
~ http://www.tibetfund.org/prayers_poster.pdf

ああ、と思わず膝が崩れる想い。
そう、そうなんだよ、と、じわじわと胸にこみ上げてくるもの。
それこそがこのところずっと気分のさえなかった理由。

そう、例のラサの騒乱のニュース。

あのニュースを知ってから、
ずっとずっと心の底に蟠っていたこの重い罪の意識、

世界中がいま、キチガイ成金相手の泡銭儲けのために、
チベットの人々を見殺しにしようとしている、というこの事実。

チベットのニュースを観るたびにあまりに痛しくて、
思わず目を反らして来た人権問題、
この後ろめたさ、実は相当なもので。

ああ、どうせこんな日曜日、
どうせやることもないのなら、
チベット人の人々を笑顔で元気付けるぐらいのことしかできないけど、
暇つぶしついでに人肌脱いでやろう、と決心した訳で、
という訳で、
春まだ遠い四月の底冷えの日曜日。
テニスのラケットをぶら下げたまま、
出かけて来ました、チベット救済・ミサ。

いやあ、実は、
ぶっちゃけた話、どうせ誰も来ないだろうな、と思っていて、
で、
誰もいないところを持ってきて、
また変な鉄砲玉がちゃちゃを入れて来たり、
チベット人苛めでも始めた時には、
この細腕ながらもちょっと力を貸さないでもない、
なんて不穏なことさえも考えていなかった訳ではないのだけれど、

そんな心配もどこへやら、
いやあ、もう行きの地下鉄の中から、
一目でチベッタンフリークと判る人々がゴロゴロ。
理由はどうあれ、みんなとりあえず、
チベットの人々になんらかの思い入れを持つ人々が、
これだけいるなんて、ちょっと意外が気までして。
で、地下鉄の駅を降りたとたん、交差点に翻るFREE TIBETの旗。
色鮮やかなチベット服に身を包んでしゃなりしゃなりと歩くお嬢様たちに、
思わず鼻の下を伸ばしてついてゆくうちに、
ふと気がつくと教会の前。
あれ、と、なんだ、ここ、クリスチャンの教会じゃないの、と。

そう、この集会、「PRAYERS FOR PEACE IN TIBET」の目的は、
NYCに在住するそれぞれの宗教界の人々が一同に会して、
クリスチャンはクリスチャンのやり方で、
仏教は仏教、ヒンドゥーはヒンドゥー、イスラムはイスラム、
ユダヤはユダヤ、そして俺のような無神論者は無神論者なりのやり方で、
チベットの平和の為に祈りを捧げましょう、という趣旨のもの。

つまり、宗教、宗派、人種の垣根を越えて、チベットの救済に力を合わせましょう、と。

ああ、ダライラマ先生、そう、この辺りが本当に優れもの、と言うか、
そう、世界中に広がったコネクション、と言うより、人気というか尊敬の輪と言うか、
そう、ダライラマ、本当に世界中の人に愛されている。

そんなダライラマ、とそして、チベットの人々に向けて、
自身の宗派を代表してチベットの平和を訴える人々、
つたない英語の人も、
声の大きな人も小さな人も、
最初から最後まで何を言ってるかさっぱり判らない人さえも、
とりあえず、力だけは出し合いましょう、祈りだけでも捧げましょう、と。

そう、その気持ちが、実は一番大切だうよね、と。

で、一番驚いたのが、
突如登場した、リチャード・ギア先生。
この世紀の二枚目俳優さん、
一見して何不自由ないよな、
まるで世の中の幸せの全てを体現する様な、
生まれ持った品の良い笑顔を看板とするこの優雅なハリウッド・スターが、
ことチベットの人権問題に関わると、例えどんなところにでも、
必ず登場する、という訳で、
そのマメさ、生真面目さ、そしてその情熱、
まったく、まったく、本当にまったく、頭が下がる。

そう、リチャード・ギアのこのチベットに対する貢献度、
本当に、本当に凄いものがある、と思う。
こう言っちゃなんだが、
ここアメリカにおいて、
ダライ・ラマ W/ リチャード・ギアと、WO/ リチャード・ギア、
その印象ってかなり変わったんじゃないか、と正直思っている。

という訳で、思わず、
五頭対地じゃないが、足元に平伏したくなってしまったぐらいに、
このリチャード・ギア、有難たや、有難たや、と、
思わず後光が差して見えたもの。

そんな立派なリチャード・ギアが、
涙で声を詰まらせながら訴えるチベットの危機。

人々が殺されている。
でっち上げのデマのニュースの裏で、
恥知らずの報道規制の情報統制のカーテンの向こうで、
あからさまな嘘に塗り固められたでっち上げの容疑で、
サディストの悪魔達の密室の中で、
今日も僕の友達が一人二人となぶり殺しにあっている。
耐えられない。本当に耐えられない・・・

思わず貰い泣きに目頭が熱くなって、ロウソクを燈したカップがカタカタと揺れる。

しかしながら、
この怒りをこのやるせなさを、安易に暴力で表現することだけは、
ダライラマ、強いてはチベットの人々の為にもならない訳で、
そう、俺達にできることはただ祈ること、そう、それだけなのか、と、
思わず自問自答。

人権どころか、人命を舐めているとしか思えない中国政府の横暴、
ただ倒錯したサディストとしか思えない人民軍の暴挙、
民主主義どころか、人間そのもの文明そのものの冒涜に等しいような愚行の数々。

相変わらずニュースには流れないけれど、
もしもちょっと興味があって、YOUTUBEのサーチエンジンに、
チベット、やら、中国、やら、オリンピック、やらと打ち込むだけで、
山のように出てくるこの悲惨な証拠映像の数々。


例えば、

中国軍がチベットの巡礼者を無差別に撃ち殺す映像
~ http://www.youtube.com/watch?v=s3rokl1oF5c

チベットの抗議デモ隊に乱射
~ http://www.youtube.com/watch?v=ge5SEPvRUtI&feature=related

チベットでの抗議デモを、中国政府が武力弾圧
~ http://www.youtube.com/watch?v=zL7McNVbgrU&feature=related


思わず、あのなあ、キョーサン・チューゴク、ほんと、いい加減にしろよ、と、
思わずモニターに頭突きを食らわせそうになるぐらいに、
腹の立つ、腹の立つ、腹の立つ、映像の数々。

それら全てが、
失政の矛先をまやかしの中華思想と、
安易な隣国蔑視へと向けた幼稚な洗脳行為の所産。

ああ、この恐るべき無知、この恐るべき低俗、この恐るべき偏狭。

その全ての矛先が、集団ヒステリーの大衆運動と、
そして、少数民族への必要以上の蔑視および弾圧行為へと向かって行くのか。
ああなんて悲しい中国人よ。漢民族よ、と思わず深い深い溜息。
なんだって、21世紀は中国の時代?
あのなあ、と。
世界のどこに、自分の国を中国みたいな国にしたい、と思っているキチガイがいるものか、と。
馬鹿も休み休み言え、と。
或いは、
そういうことを言っている奴、
自分の目で、足で、中国と言う国を、よおおおおく、観てみろ、と。

俺の知る限り、中国と言う国を自由旅行して、
この国が素晴らしいどころか、この国が好きだ、と言った人間は、
一人も、たったの一人も、いないんだぞ、と。

ふと見あげると、チベット人の人々。
彼らはなぜか、一階のフロアよりも二階のバルコニーに溜まっていて、
これもチベット特有の奥ゆかしさなのか、
その奥ゆかしさが、逆に中国に付け込まれる理由なんじゃないのか、
なんてうがったことも考えてしまうのだけれど、
溜まらずに弾かれたように、フリーチベット!と雄たけびを上げる少年に、
思わず、思わず、思わず、手を振って、微笑みあって。
俺は応援している。
何もできないけれど、俺は心の底から応援している、と、
いつしか涙目。

手渡されたロウソクが、木枯らしに煽られてすぐに消えてしまって、
本来ならばチベット旗を先頭にデモ行進の筈が、
あまりの寒さに四散していってしまったのは寂しかったけれど、
でもね、しかし、心は伝わった筈だ、と。そう信じたい。

四月とは思えない底冷えの木枯らしに煽られながら、
家路についたニューヨークの夜。

しかしながら、と、
既に中年にどっぷりと両足を突っ込んだ俺が耳の後ろで溜息をついている。

まあ理想はどうあれ、現実は早々と奇麗事では済まない訳で、
という、
いつものシニカルぶりっこのおやじ意見。

つまりは21世紀。
この末期的な資本主義のどん詰まりのなか、
もうすでに、物なんてものに喜んで金を払ってくれるのは、
世界で一番の田舎者、つまり、馬鹿で阿呆の中国の人だけなんだよ、と。

そう、消費することにも消費されることにも飽きた、
つまりは活力を失った西側世界の人々にとって、
相当に遅れてやってきたこの無邪気な中国の人々、
つまりは田舎者、無知な、間抜け面したカモどもに、
この売れ残った在庫品を、
どうやって騙してすかして売りつけてやろうか、と、
世界中が虎視眈々と狙っているというのが現代の縮図な訳で、

世界中のショーバイニンたちが、中国様々と煽て上げながら、
おいおい、あんまり鴨に知恵をつけさせるなよ、とほくそ笑んでは、
手を替え品を替え、売れ残りの在庫一層の為に
中国本土全域にばら撒こうとしているだけの話。

これはまるで、
イギリス国有商社が、阿片と言う麻薬を騙してすかして
散々に売りつけたのとまったく同じ縮図。
つまりは、消費という麻薬で中国中を席捲しようとしているだけなのだ、と。

という訳で、現代の悪魔の商人、
その儲けの代償として、商道徳もコピーライトも人権も地球環境も、
強いては、
チベットの人命も、ウイグル人達の命も、
そして中国内の国民の自由さえも、全てが交換条件でうやむやにしてしまおう、と、

つまりブッシュは福田は、そして真面目でいたいけな仕事熱心な商売人の人々も、
実はそういうことを言っている訳で、やっている訳で。

オリンピックを人質に、チベット人の命との引き換えを要求するなんて、
ちょっと相当にえげつないと言われるけれど、
そこまでオリンピックの正当性を主張したいのならば、
同時に、利権まみれのオリンピック協会の人々から、
世界中の人々に、スポーツを、平和を、愛を、平等を、
人間の善意を、理念を、情熱を、
舐めました、騙しました、と謝罪を求めるほうが先だろう、と。

そう、ことは人命に関わっている。
民族の存続が懸っている。

あなたのメダルの為に、
人が今、こうしている間にも殺されている、ということを、
オリンピック選手に十分に自覚して欲しい、と切に思う。

なんてことを言っていたら、
そう言えば、この間久しぶりに会った友人。ユークライナ出身の大工さん。
アメリカに漂着以来苦節何年のドカタ暮らし。
苦労に苦労を重ねて、いまだに英語がよく喋れないけれど、
それでも、息子が通訳がわりで、
あのキラキラした目をしたいつもMETSのベースボールキャップを被っていた少年が、実はもう15歳。
で、よりによって、
もしかするとオリンピックの最終選考に残れるかもしれないんだ、と目を潤ませていたあいつ。
これで苦労が報われた、やっとやっと、生きていて良かった、と思える日が来るのか、と。
何度も何度も俺の両手を握り締めて。

こんな苦労、俺もちょっと被る部分があるから、
心の底からがんばれ、と思っていて、
そんなあいつの願いが、よりによって北京のあの五星紅旗に向けられているなんて、
なんとも皮肉な話だな、と。

という訳で、
今こうしているこの瞬間にも、
チベット人は牢屋の奥で密殺され、
そしてユクライナ人の息子は脇目も振らずにプールの底を睨んでいるに違いない。

世界のスポーツの祭典オリンピックが、これほど恨めしく感じたことが今まで無かった。
こんな気持ちにさせてくれる、全ての利権がらみのキチガイどもに唾を吐きかけてやりたい気分なのだが、
俺にできること、と言ったら、恨むこと、と、祈ること、ぐらいなものなのかな、と。

せめて、世界の政治屋、ショーバイニンに、
良識の一辺でもあるとするなら、
せめて、せめて、開会式典だけでも拒否の姿勢を示し、
中国という国で平和の祭典を行うことの意味を、意義を、
もう一度考えなおして欲しい。

或いは、誰かがオリンピックそのものを叩き潰すのを観ることになるのか、
世界中の人々がそんなハプニングを楽しみにテレビを見ることを、
スポンサーは逆に喜んでいるのかもしれないけれどね。

ああ、人間の素材の全てが消費しつくされているような気がする今日この頃。

なんて、今回だけはそんな黄昏た言葉で、はぐらかす訳には行かないよね。

なので、繰り返します。

オリンピックを人質にするというのは、確かにえげつないけれど、
中国共産党という人類の歴史上稀に見る無知で独善的な石頭の軍拡亡者達に、
自分達の行っている非常識が世界ではまったくまったくまったく通用しない、
という事実を、思い切り自覚して、そして心の底から恥じ入ってもらう為に、

強いては、チベット人の、ウイグル人の、命の為に、民族存続の為に、

オリンピックを考え直しましょう。

恨むならオリンピック協会を恨みましょう。

いずれにしろ、中国共産党もオリンピック協会も、
ブッシュも福田も、ろくなもんじゃないって、みんな重々承知してる筈でしょう。

だから、奇麗事も言いっ子無し。

中国人が、チベット人虐殺をやめないのならば、
オリンピックを中止し、
中国を人権蹂躙国家に再指定し、
国連での拒否権を剥奪し、
ついでなら、中国共産党にさっさと解散してもらう、と(爆

あのつんぼ桟敷の、遅れてきた軍拡亡者達にとって、
今回のオリンピックこそが、他人の意見を聞く、
最初で最後の機会かもしれないのだから。

それぐらいしなくっちゃ、あの馬鹿どもには判らないって。

だからもう一度言います。

BOYCOTT CHINA! BOYCOTT BEIJING OLYMPIC !

もしチベット人がいなくなったら、この世ではもう誰も成仏できなくなるんだよ

Posted by 高見鈴虫 on 09.2008 旅の言葉
そう、馬鹿で田舎者の中国人、
この中国の馬鹿の田舎者性こそが世界中から冷笑され嫌悪される理由で、
しかし同時に、近年のこの中国ブームの理由こそが、
彼らが馬鹿で田舎者だから、に他ならないというこの矛盾。

現代のこの疲弊し消耗しきった資本主義、物資主義のこの世界、
あのなあ、こんな時代、
正直言ってどこの馬鹿がこれ以上、物物物なんて物を欲しがるものか、と。
実は心の底では、俺はもうなにも欲しいものなんかないと、
実はみんなそう思ってるだろう、と。
実はあんただってそうなんだろう、と。

こんなものにこんな金を出す自分自身を、
冷笑しているのを感じない訳は無い、とは知りながら、
金金金、と、金の為に時間に追われて追われてながら、
実はそれは、自分自身が消費されているだけだ、
という現実に気がついていないとしたら、
それは相当に徹底的な馬鹿、
つまり中国人並みの田舎者、と俺は言いたい。

しかしながら、そういいながら、
日々やっていることは金を作ることと金を使うこと。
そして、
やはり、金だよな、と冷笑を浮かべながら、
実は実は、
本当を言うと、別にそんなこと、どうだっていいんだけどね、と、
実はそう思ってるってことにも十分に気がついている筈であって。

もし気がついてないとしたら
あなたは中国に行って一緒に君が代にブーイングでも送ってればいい。
あんたのお頭は猿並、じゃない、中国人並だ。素直にそれを喜びなさい。
近親憎悪で殺されなければ、もしかしたら友達が増えるかもしれない。

そう、消費することにも消費されることにも飽きた、
つまりは活力を失った普通の西側世界の人々にとって、
相当に遅れてやってきたこの無邪気な中国の人々、
つまりは田舎者、無知な、間抜け面したカモどもに、
この売れ残った在庫品を、
どうやって騙してすかして売りつけてやろうか、と、
世界中が虎視眈々と狙っているというのが現代の縮図な訳で、

世界中がこのからくりに気づいていながら、
おいおい、あんまり鴨に知恵をつけさせるなよ、とほくそ笑みながら、
手を替え品を替え、売れ残りの在庫一層の為に
中国本土全域にばら撒こうとしているだけの話。

これはまるで、
イギリス国有商社が、阿片と言う麻薬を散々に売りつけた
消費という麻薬で中国中を席捲しようとしているだけなのだ、と。

しかしながら、
実は騙された振りをしている中国人は、
そんな西側の人々、つまりは会社の為に国家の為に仕事をしようとしている人々よりも、
実はずっとずっとこすからく、つまりは長けている筈。
なぜかと言えば、
彼らはすでに、そんな消費社会の憂鬱なんて次元からは想像もつかないような
修羅な地獄絵図の世界を経過してきた人々なのだから。


本当に言いたいことを他人に言ってしまうと

Posted by 高見鈴虫 on 09.2008 嘗て知った結末
本当に言いたいことを他人に言ってしまうと、
結果は必ず悪い目を見る。
なぜかといえば、本当に言いたいことと言うのは、
大抵の場合、愚痴か高慢か、そのどちらかだからだ。

つまり、人間の心の中なんて、
蓋を開ければ誰も同じ。
理由のはっきりとしない愚痴と、独りよがりの高慢と、
まあそんなところな訳でさ。

後は程度の差があるか、ないか、ぐらいなもの。

という訳で、
人間は大抵、当たり障りの無いこと、
つまり、どうでもいいことしか言わないのはそういう訳で。

という訳で、俺の本当に言いたいこと。

あいつとやりたい(笑

おしまい

ハーフねた その一

Posted by 高見鈴虫 on 17.2008 ニューヨーク徒然
そういえば、
先週末、友達の店に寄ったら黒人がひとりで寿司食っていて、
すげえな、最近は黒人も寿司食うのかよ、
とか、
やっぱ箸の使いかたは下手だな、なんて話してたら、
いきなり、
悪いけど、俺、半分日本人なんだよねえ、とか言われてぶっ飛んだ(笑
ひえええ、で思い切り平謝り!!
だって見た目は完全の完全にただのギーク系黒人。
でも、
いいっすよ、まじで慣れてるし。ちょっと黒すぎでしょ?ID見せないと誰も信じてくれないんすよね、
とか、日本語ただの完璧。
笑わせてもらった。

17秒の定理

Posted by 高見鈴虫 on 17.2008 音楽ねた
ヒット曲に足るには、17秒間の、耳に残るフレーズがあればいい、
らしい。
17秒,あとはおまけか・・

友帰り

Posted by 高見鈴虫 on 17.2008 ニューヨーク徒然
友帰り 摩天楼にひとり、桜風

縄文人として

Posted by 高見鈴虫 on 17.2008 今日の格言
縄文人として縄文人らしい生き方、
をそろそろ始めてもよさそうだな、と思っている。

緑茶パワー

Posted by 高見鈴虫 on 17.2008 旅の言葉
事情からトルコの名も知らない小さな漁村でバスを降りた時、
誰一人として英語を喋らないことにほとほと困りきっていたのだが、
村で唯一のインテリ、イスタンブールから赴任して来ている、
銀行の支店長さんがじきじきにやってきて、
精一杯のよちよち英語でも、
ハウ・メイ・アイ・ヘルプ・ユー~How may I help you の一言を聞いた時、
正直言って嬉しさに涙が滲んだ。
そんな支店長さんのお陰で、
ホテルが見つかりスーパーが見つかりレストランがみつかり、
さっきまでの苦労がまるで魔法のように次々と解決されて、
俺はせめてものお礼にと、
集まった人々に日本の緑茶を振舞ったのだが、
問題はその翌朝、
なんとなく村の雰囲気が違う。
みんなどんよりと赤い目をして、生あくびばかり。
でやってきた支店長さん。
いやあ、昨日の緑茶、あれは凄かったな、
あんまり凄くて一睡もできなかったよ、だそうで。
ほら見ろ、村中の人間、誰もが赤い目をしているじゃないか。
来年の今頃、もう一度来て見ろ、村中がベイビーラッシュで大騒ぎだよ。
もちろん残った緑茶、全て支店長さんにお譲り申し上げた。

KNOCKED UP

Posted by 高見鈴虫 on 18.2008 とかいぐらし
会社の新人、
入社以来、遅刻、早退、無断欠勤、現場ばっくれ、
を繰り返していた馬鹿娘、
今日も朝からやばい会議にしっかり遅れて大顰蹙。
思った通り部長に呼ばれて、
あのこ、クビね。かばい立てするようなら、チミもクビだよ、
とケチな脅しをかけられる始末。
しかたなしに柄にもなく説教モード、
とは言っても、
まあな、確かにうちの会社、
明け方出社、深夜勤務、残業、休日呼び出し、当たり前、
本人は仕方ないにしても、
周りの人間は溜まったものじゃない。
それで、話の終わりに、
もしかして、カレシと揉めてるのか、
と言ったとたん、ポロポロと涙。
もしかしてビンゴ?
と言う俺の目を見て、あの、実は、と言葉もなく。
え、もしかして?KNOCKED UP?
こくり、と頷き。
だって、お前のカレシ、ビザ無しで、失業中で、あれれ、と。
思わず、脱力。
あのなあ、と。
入社したとたんにこれかよ、25歳・・・
思わずシゴトが手につかず、
外に出てタバコを一服。
ああ、あの糞部長になんと言おう、
と、見上げるビル街、
春の風、やさしすぎて、
いきなりほんわかモード。
どうにかしてやるしかねえのかな、と苦笑い。

なんか人間を試されている気がした朝だった。



女の話の不思議の秘密

Posted by 高見鈴虫 on 20.2008 嘗て知った結末
大抵の場合、
好き嫌いの決定は既に下されている。
後はその結論に向けてのこじつけ。
つまり無理がある。
それを指摘すると開き直る。
なぜって結論は既についているのだから。
女の話の不思議さ、
理論性の欠如、脈略の唐突さ、
の原因は実はそこにある。

携帯世代とのすれ違いの原因

Posted by 高見鈴虫 on 20.2008 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
携帯世代とのすれ違いの原因、
コミュニケーションの選択権が
発信側にあるか、受信側にあるか、
というところ。

で、携帯前世代は、
問いかけられた以上、居留守は使えない、
つまり、否応無く発信側に主導権がある、
と考え、
そういった半ば強引な問いかけにを
どう対処するか、が実はストレスの原因、
同時に腕の見せ所、と言ったところなのだが、

携帯世代は、絶対にこれ、
受信側に選択権がある、と思っている。
つまり、気に入らない問いかけは全てシカトしてもいい、
と思っているのだ。

と言う訳で、
気のならないシゴトの指示を、
全てシカトする新入社員が生まれる訳である。

生理周期の不思議

Posted by 高見鈴虫 on 20.2008 今日の格言
満月の夜、
ジョイントを巻きベランダに椅子を並べて
月の魔力について話あった。
友人の海洋生物学者の
満月の夜に海の中で行われる生殖活動の不思議な話を
それとなく聞きながら、
ふと、女の子の生理の周期と月の引力の関係について考えていた。

そう言えば、いま俺のつきあっている女たちの、
生理の周期が不思議と同じであるのはどうしてなんだろう、と。
つまり、かみさんとあの子とあの子とあの子が、
いつのまにか同じ日にピリオドが始まっている、と。
つまり、月の中で、どの子に会ってもご機嫌斜め、
という一週間が存在するのだ。

まさか、女の子ってみんな同じ日にピリオドが始まる、
わけじゃないよね、
つまり、
月の重力に女の子のピリオドが影響を受けているとすると、
ここNYCに住むミリオンの女の子達は、
みんな同じ日にピリオドを迎える、
と、そういうことか、と。

いや、そんな筈は無い、という女性陣の話。
ただ、同じオフィスに働いている女の子の周期が、
いつのまにか同じになっている、という話は良く聞く、と。
つまり、いつのまにか同僚と生理周期がシンクロしている、らしい。
彼女達にとってはそれはまあ普通のこと、つまり良くあること、
であるらしいのだが、
なんかこれ、改めて割と不思議だね、と。

で、そう俺の疑問。
どうして、俺の周りの女の子の生理周期がシンクロしてしまっているのか、
うーん、これも不思議である。
つまりこれって、もしかして占星術の世界?
女の子が占いを否定しきれない理由というのは実にこういう所にあるのだな、
と思い知った。

いつのまにか性転換

Posted by 高見鈴虫 on 20.2008 今日の格言
これも海洋生物学者のドミニクの話、
魚類の中には、
群れの中の男性比と女性比がいつもほぼ同率、
ということが多々あるそうだ。
つまり、片方が減ると、自然と片方がそれを補う、
つまりいつのまにか性転換をしてしまっている、らしい。
まさか、魚の群れにリーダが存在して指示を下している訳でもあるまいし、
或いは、魚の一匹一匹が、全体像を把握して自身から自主的に、
俺が女になるべきだな、と判断している、ということでもなさそうで、
つまり、
あれあれ、どういうわけかいつのかにか女になってしまったぞ、あらどうしたのかしら、とか、
これは不思議である。

なんとなく虎馬経験 その一

Posted by 高見鈴虫 on 20.2008 今日の格言
なんとなく会話の流れから、
どうしても忘れられない、人生を変えてしまった経験、
つまりトラウマについての話になった。

ほとんどの人々が、最初の性的体験とか、
ゲイに目覚めた瞬間、とかの話だったのだが、
いざ、俺の番が回ってきて、
で、うーんと悩んでしまった。
俺ってゲイでもなく、
そう、元々センシティブなタイプじゃないんで、
トラウマなんて上品なもの、なんか似合わないよ、と。
でも、
そう、そう言えば、
夜に目が覚めて床を這いずりながら靴を探してしまうことがある。

イライラ戦争時代のイラン。
テヘランに辿りついた最初の夜、
疲れ切って寝ていたら深夜の空襲警報にいきなりたたき起こされて寝耳に水。
逃げろ、逃げろ、と怒鳴られているのだが、どうしても寝る前に脱いだ靴が見当たらない、
だから、靴を履いて寝ろ、とあれほど言ったじゃないか、と罵られながら、
待ってくれ、ちょっと、待って、あれ、靴はどこだ、ああ頼むから置いていかないでくれ、
と焦りまくった。
だから今でも、深夜にいきなりふと目が覚めて、あれ、靴はどこだ、と思うことがあるんだよ、と、
と話したら、みんなシーンとしてしまった。

冷蔵庫のドアをついつい開けてしまう

Posted by 高見鈴虫 on 25.2008 今日の格言
冷蔵庫のドアをついつい開けてしまう。
どうしてだろう、と思う前に開けてしまっている。
ドアを閉めながら、どうして、といつも思う。

facing violence

Posted by 高見鈴虫 on 29.2008 今日の格言
" I nearly murdered somebody, and it made me realise that you can’t face violence with violence. It doesn’t work. ”

―Joe Strummer
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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