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ブルースを聴く男をそっとしておいてあげなさ

Posted by 高見鈴虫 on 14.2008 音楽ねた
男か女か、なんて話題は、
このところご法度なのだろうが、
男のその特権として絶対に手放せないものに、
ブルース、がある、とはつねづね思っていた。
女にブルースは似合わない。
女がブルースを好きなはずがない。
なぜかと言えば、
暗く重くねちっこく、そしてうちに秘めた暴力性、
その全てが、
女が目指す女の性のそのまったく逆を行くのがブルースだから。
つまり、
ブルースこそは男にしか判らない男だけの美学。
逆を言えば、
ブルースの好きな女には嘘がある。
判る判る、などと言いながら判る訳ないだろう、と。
そこには男に対する媚というか、なんというか、
つまり女らしくない。
とても女らしく見え透いた嘘なのであって、
そんな女にはあまり興味はない。
ということで、
つまり、
俺の間違いはそこから始まっているのか、とも思うがどうなんだろう。

という訳で、
雨の土曜日の朝、久しぶりにブルースを聞いた。
かみさんはまだ寝ている。
あいつはもしかしたら朝帰りの真っ最中か、
あるいはすでに誰かの腕の中。
馬鹿やろう、と一言。
どうせおまえらには判らないだろうな、判って欲しくも無いが、
という訳で、
再び男の世界に戻ってきた、という奴か。

かみさん好みの、こぎれいな、
いかにもマティスの絵が似合いそうなこの部屋で
敢えてスティービー・レイボーンをどの面を下げて聴くか、と。
ブルースの似合いそうな部屋に、
敢えてかみさんと幸せに暮らすことは可能だろうか、と。

そこに矛盾があるわけで、
つまり俺の間違いはそこから始まっているのか、と。

しかしながら、
そう、
ブルースを失ってしまった男には魅力がない。
つまり、男の美学を失ってしまっているのだから。

つまり、ブルースは一人寂しく心の中に篭めているもの。

つまり、
男は耐えまくり、女ははしゃぎまくり、
つまり世の中はそうして回っている訳で。

女の気持ちなど判ってなるものか。
そもそも女はそんなこと求めてはいない。

女にブルースが判らない様に。
女にブルースを判って欲しいなどと思っていないように。

男ども、
女におべっか使い疲れたらブルースを聴きましょう。
女たち、ブルースを聴く男をそっとしておいて上げなさい。

オリンピックが近づくたびにいつも思うのだが

Posted by 高見鈴虫 on 14.2008 今日の格言
オリンピックが近づくたびにいつも思うのだが、
オリンピック WITH DRUG
と言うのをやったらさぞかし面白いだろうな、と。

ステロイドもメタアンフェタミンもエンドルフィンも、
エクスタシーからLSDからスペシャルKからPCPからトランキライザーから、
ヘロインからマジックマッシュからペヨーテから
バーボンからテキーラからウオッカから焼酎から
とりあえずなんでもあり。

スタートラインで錠剤頬張って腕縛って注射打って目から鼻から耳から、
もうありとあらゆるものをぶち込んで、さあああ用意ドン、と。

途中で笑い出す奴、くるくる回ってしまう奴、倒れ伏して昇天する奴、
あたり構わず殴りかかる奴、逆走する奴、ひたすら走り続ける奴、
と、ひたすらに修羅しゅしゅしゅな光景が演出される筈。

どう、面白そうでしょ?

スポンサーはもちろん製薬会社。
いくらでも儲かりまっせ、という訳で、

どうせここまで来たんなら、人類、そのぐらいのことやってみせんかい、と。




ミス・ユニバースを観るたびにいつも思うのだが

Posted by 高見鈴虫 on 14.2008 今日の格言
ミス・ユニバースを観るたびにいつも思うのだが、
こいつらどうせ、身体中整形しまくっているんだろ?と。
で、どうせなら、
そう、待ってました、ミス・整形、ってのをやってもらいたいもので。

そう、いまのこの時点だって、勿論そんなものは常識になっているだろうが、
どうせだったら、とことん、つまり、現代医学の極限に挑戦してみんかい、と。

身長が3メートル、でそのうちの3分の2が足、とか、
目が顔の半分以上、とか、
鼻が30センチ、とか、青目どころか、虹色の瞳、
もうほとんどハリウッドのターキーSFXもの、
みたいのが次から次へと。

まあね、確かにミスと謡っちゃうと問題あるだろうから、
どうだろう、
トランス・セクシャルの方々、
どうせチンチン切っちまったぐらいなんだから、
それぐらいやってみせんかい、と。


という訳で、NEW YORKです。夏本番です!

Posted by 高見鈴虫 on 17.2008 ニューヨーク徒然


という訳で、NEW YORKです。夏本番です!

街中でフリーコンサート・パフォーミングをやっていて、
情報がぜんぜん追いついていません。
と言うことで、犬も歩けばイベントにぶつかる、状態。
そのハプニング性、まさにNYCそのもの!

今日も仕事の帰り、自転車で河沿いの公園を走っていたら、
いきなり夕暮れのゲットーに朗々と響き渡るオペラ。
で、なんだなんだ、と立ち止まったら、
市営野球グラウンドの真ん中に、
スポットライトに照らされた巨大なパワーシャベルが一台。
良く見ると、そのシャベルの上に、
タキシード姿のおさーんが一人で片足立ち。
マリアカラスの熱唱に乗せて、
仰ぎ見る夕暮れのイーストリバー、なんて。
おいおい、おさーん、なにしとんねん、と(笑
もしかして失恋でもして世を儚なんだんかい、と。
でもでも、
この暑さで頭やられたにしてはなかなか堂に入ってるなあ、
と思わず吊られて拍手。

という訳でこれ、
パワーシャベルに恋をしたバレーダンサーの苦悩、
その愛と葛藤を表現するパフォーマンス!なんだって(笑

題して、パワーシャベルとダンサーのアリア。なんだよ、それ、と(笑

「COMPAGNIE BEAU GESTE」

http://www.youtube.com/watch?v=qjjL9sP_zD8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=EH2w6uR84OE
http://www.youtube.com/watch?v=UjUfmHQq8nM&feature=related

そんなのが会社帰りの公園でやってるなんて、
あのなあ、ニューヨーク
あらためて色々とやってくれてます。

でよくよく聞いてみたらこれ、
WWW.JOYCE.ORGってところのやっている
DANCE OUT!っていうイベントらしい。
7月16日から20日までのあいだ、街中のそこかしこでやるそうで、
あなたも会社帰りに、いきなりこんな風景にぶち当たるかも、だよーん。

そうそう、そう言えば昨日は会社早引きして、
毎年恒例・セントラルパークのNYフィルのフリーコンサートに行って来ましたよん。

相変わらずクラッシック音楽はさっぱり訳が判らなくて、
俺ってつくづくリズムにしか反応しないんだな、と再認識(爆

でもね、
泥酔した大群衆に埋め尽くされたセントラルパーク、
風景としては、原爆直後のヒロシマって感じで、改めて大笑い。
音楽なんて誰も聴いてないのにさ。何しに来てるんだよ、って。
やっぱりね、NYの主役はこの「人」。
霊長類ヒト化ヒト、
ホモサピエンスと言うこのなんともおかしな生き物、
やっぱりこれに尽きるな!と(笑
やっぱりね、人間が一番面白い!うんざりするほどに(笑
と改めて再認識する真夏のNEW YORKでした。


            ~遠方の友に宛てたメールより


夜中に目を覚ます時

Posted by 高見鈴虫 on 21.2008 今日の格言
夜中に目を覚ます時って、
なんでこうも嫌な気分なんだろうな。
怯えた自分なんて、
もう見ることはない、と思っていたのに。
俺、本当はびびっているのか、
とふと気づかされる夜明け前。



ジャパ専

Posted by 高見鈴虫 on 21.2008 嘗て知った結末
アメリカ人の中に、ジャパ専、というのがいる。

ジャパニーズ・ガール専門の男の子たち、のことで、
片言の日本語と見え透いた高慢な態度,
つまりは白人の優先民族を鼻の先にかけては、
ジャパニーズガールの目を眩まし、
吹き替え版のビバリーヒルズなんとか白書なんかを見て、
それを真に受けたような馬鹿な田舎娘を手玉に取ったつもりになっては、
アメリカ社会に受け入れられなかった憂さを晴らしている、ような、
つまりは鬱屈したダサ坊たちである。


あんたつくづく欲しいものが手に入らないとそればかり

Posted by 高見鈴虫 on 21.2008 嘗て知った結末
あんたつくづく、欲しいものが手に入らないとそればかり、って云うタイプなのね、
とあいつに言われた。
そればっかりって云うか、と俺。
そればっかりってより、欲しいものが手に入るならもう何もいらない、って感じ。で、
で?
で、欲しいものが手に入らないのだとしたら、もうどうにでもなれ、何もいらないって感じ。
つまり、
つまり?
欲しいものを手に入れるためだけの人生。
人生なんて大それたこと誰も考えてないよ。時間、というより一日。かみさま今日もいちにち欲しいものは手に入りませんでした。
おまけにまたちょっと遠ざかりました。
ああ神さま、もうどうにでも好きなようにしてください。
つまり、欲しいものって?
ああ、それが判っていれば苦労はないさ。
嘘よ、とあいつ。そんなこと判っているくせに。
なんだよ、云ってみろよ。
私がわからないとでも思ってたの?馬鹿にして。
誰が誰を馬鹿にしたのかな。何を言っているかさっぱり判らないけど。
つまり、
つまり、
もうあの子のこと以外はまったく目に入らない。あの子が手に入ればもう誰もいらない。あの子が手に入らないなら一生独身でいてやるって、そういう意味なんでしょ?
いや、そんなこと云ったつもりはないけど。
そう言っている。そう言っているのよ。
そう云いながらおまえなんかとこんなところで飯を食っている。
そう云いながらこの間はあの子を口説いて、この間はあの子を落として、知ってるのよ。みんな聞いてるんだから。
馬鹿馬鹿しい。ただの冗談だよ。やってないし。する気もない。
当たり前でしょ、そんなこと。
いや、そう、その通り。当然だよな。
もう何も目に入らないのね。
そういうわけでもないけど。
でももう誰も欲しがっていない。
まあね、確かに。
あの子以外は。
はは、そういう意味でもないけど。
そう云う意味よ。
そうでもないさ。
例えば?
例えば、おまえ。
馬鹿。
ああ、悪い冗談だな。
あの子だったら?
なにが?
あの子だったとしたら?
別になにも。
何もなによ。
別に何も求めない。
まさか
いや、ほんと。別になにも求めない。
嘘ばっかり。
いや嘘じゃない。ただ
ただ、なに?
ただ、いや、いいよ。
なによ、それ。
いや、別に、いいんだ。
なにがいいの?
だから、どうでもいいんだって。
なにがどうでもいいの?
つまり、どうでもいいんだよ。
あの子なんてどうでもいいってこと?
いや、そうじゃなくて。俺が何をしたいなんてどうでもいいんだよ。
なによそれ。
つまり、
つまりなに?
だから俺も良く判らない。ただ
ただ、なに?
もっと一緒にいたいっていうか。
なにそれ
うん、だから一緒にいたいんだよ。ずっと。
一緒にいれるだけでいい、ってこと?馬鹿馬鹿しい。
そう、その馬鹿馬鹿しい、なんだよ。
ただね、おまえとか、まじでこんなこと話してても2時間もすれば嫌になるけど、
あらそうなの?
おまえだってそう思わないか?俺はそうだよ。まじで。面白いけど2時間も話せばもう飽きる。
へえ。
あいつもそいつもそう。可愛い子だけど、もう2日も一緒にいれば十分って云うか。うんざり。
あらそうなんだ。
ただ
あの子は違うと。
そう、ずっとずっと一緒にいたい。
どうせ、あの子だって3日もすれば飽きるわよ。
飽きたっていいんだよ。飽きるぐらい一緒に入れたって思えるから。
あのねえ。
なんだよ。
いまどき中学生でもそんなこと云わないよ。
ああ、そうかも知れないな。
それが貴方の口から聞くとはね。
おかしいだろ。
凄くおかしい。
そう俺もおかしい。
なんか疲れたわ。
ああ、俺も疲れた。な?俺たち2時間が限界だって。
あの子は?
あの子?知らないけど、ウンザリして死ぬほど退屈して退屈死してもあのこと一緒ならいいかな、と。
馬鹿馬鹿しい。
だろ。だからこんな馬鹿相手にするなよ。
そんな馬鹿、あの子だって相手にしないわよ。
ああ、それが問題なんだよ。つまりは。

女の森

Posted by 高見鈴虫 on 23.2008 嘗て知った結末
すぐにでもできそうな女を目の前して、
でもやはりどうしても気分が乗らない。
何故ってそれはすぐにでもできる女だから。
でも、
多少気が乗らなくても、
普通ならそこですぐにやっている。
やった後で別れるのも良し。
あれ?と新たな発見をするのも良し。

ただ、
出会い頭のいきおいで落とさなかった女。
つまり、一度引いた女。
これはつまり、女のプライドを著しく傷つけていたことに気づかない訳で。

という訳で、
あの時にすぐにでもできそうだった女に改めて誘いをかけてみると、
あれ?そこにはまったく違う人。
どういうわけか、すぐにでもできそうなだった女が、
え?なに?なんて不機嫌そうに横を向いて、
で、素直にやらせなかったりすると、
男はちょっとかちっときて。
つまりプライドを著しく傷つけられて。

で、オンナが言う。
なに?私がそんなに軽いオンナだと思った?馬鹿にしないでよ。
という訳で、
あれ、この間は気の乗らなかった女、
つまりすぐにでもできそうだった女、
つまり、安っぽかったオンナが、
いきなり値段が跳ね上がって、
あれ、と思った時には森の中。

くそったれ、あいつ、
いかにもすぐにでもやらせてくれそうだったくせに、
なんでつれない態度。
でもでも、
あの時あんなにすぐにでもやらせそうだったってことは、
実は他の奴にもそういうことで、
ということは、俺だけができないって訳なのか、そうなのか、
という訳で、
いつしか、深い森の中。

あいつの言った言葉が、頭の中でぐるぐる回って、
あいつのちょっとした態度が、なんとなくかちん、とまぶたに焼き付いて、
あいつのちょっとした眼差しが、なんとなくもう頭から離れなくて、
あいつ、あんなこと言いやがって、
ってことは、まさかあいつなんかと、
ってことは、まさかそんなことまで、
と、深読みをすればするほど、
いつしかもっともっと深い森の中、しかも霧まで立ち込めてきて。

という訳で、すっかり森の中。つまり女の手の内、術の中。

森に迷った時には、いたずらに歩き回ってはいけない。
つまり、
悪戯に気を回してはいけない。
森に迷った時には、まずは自分の位置を確認すること。
つまり、高くから辺りを見回すこと。
木に登り、
つまり達観、
そして辺りを見回し、
つまり冷静になって、
ふと気がつくと、あれ、霧なんかなかったのか、と。
そう気づいた途端、あら不思議、
目の前の森さえもが枯れ初めて、
ふと気づくと夢から覚めた気分。

なんだ、そうだったのか、と気づいた時に、
まるであっけらかんとした女の姿。
よくも無く悪くも無く、謎めいてもいない替わりにそれ程セクシーでもなく。
そう、ただ、どこにでも居る、普通の女の子。

やあ、と、なぜか間の抜けた挨拶。
うん、と、なぜか照れ笑い。
目が覚めた?
いや、そういう訳でもない、というか全然、なんて苦笑い、も余裕のうち。

そしてふと、女の後ろを通り過ぎるまた別の女、にふと目が行って。
そんな視線の動きに女はしっかり気がついていて。

そして女がにっこりと微笑む。
ばあか、と苦笑い。その手には乗るか。その微笑でどれだけ騙されたものか。

という訳で、森の失せた女。魔の落ちた男。
じゃね、と別れるのも良し。
じゃこんど改めて、
そうね、じゃあ、こんど改めて、
と再び始めるのも良し。

人間は生きている限り、一生これを続けるのだよ、
ということを覚えておいて欲しい。

電車の中でふと見つけた可愛い子、は見つけたのではなく、見つけさせられた、という事実を知っていましたか?

Posted by 高見鈴虫 on 24.2008 嘗て知った結末
人ごみの中で、あれいい女、とふと気づく時、
それは男が気づいたのではなくて、
女に気づかされたんだよ、という事実を知っていましたか?

例えば電車の中で、
ふと視線を上げると、斜め向こうの席に、なんか感じのいい子。
あれ、誰かに似てたのかな?とか思いながら、
なんとなく気になっちゃったり、なんて時。

これはね、実は男が女を見つけたのではなくて、
ただたんに、女の視線に気づかされただけの話、らしい。

それはつまり、女と男の違い。
女の子はね、人の中にはいった時に、
大抵はそこにいる人々のほとんど全てを、
さらっとした表情で既に総チェック済み。

で、おっ、なかなか、という奴を一人二人とピックアップして、
で、さりげない表情で、そんなことはおくびにも出さずに、
しかし、それとなく、なんとなく、
思念の矢をピピピピと送り初めて。
男はそんなことは露とも知らずにぼーっとしている訳で。
で、もう、まったく鈍いなこの男、と思いながら、
また、ピピピピ、と好き好き光線。
で、ついにようやく、
男が顔を上げて、あれ?みたいないかにも間の抜けた顔。
とその時、
女はさりげなく、まったく何も無かったかのように、
すっと視線をずらしてそ知らぬ顔。

ここまで来てようやく男が気づく、という訳で。

男の方では、
おっと、いい女みっけ、とちょっとはしゃぎ気味。
で、そこまで来てようやく観察が始まって、
なんかあのこ、かわいいな、と。
何人かな。ニホンジン?まさかな。
綺麗な髪だな。痩せてるけど、おっぱい大きそうかな。
へえ、長い足。割といい身体。肌が綺麗だな。
仕事何をやってるんだろう。これからどこに行くんだろう。
なんて、わりとぼーっとして見てしまって。
で、次の駅。乗り込んで来る乗客。
で、見えなくなっちゃった、なんて視線を戻して。
で、ふと気づくと、あれ、またあの女の子。
読んでいる本、なんって題だろう。

とかやってるうちに、なんとなくそればかり気になっちゃって。
さっきまで考えていたこと、もうすっかり忘れていて。
ふと組み直した膝に思わずどっきり。
ふと掻き揚げた髪にああ匂いがここまで届かないかな、とか。
こっち向け、こっち向け、と思いながら、
でふと顔を上げると、おっとやばいやばい、と慌てて上を向いて。
なんてことをしてるうちに次の駅について。

あれ、降りちゃうのかな、とか視線で追いながら、
立ち上がった姿に、へえ、割と本気でいけてるかも、
なんて思わず見とれちゃって、
で、ああ、惜しいことをしたなあ、なんて思っていたら、
ふと、本気で目があってしまったり。
おっと!やばいやばい、気づかれたか、
なんて、ちょっと焦りながら、
でもなんとなく、ふと視線が合ってしまって。

で、女の子、いかにもさりげなく、
え?なにか?
って顔をしながら、
ふと、まるで何事もなかったかのように、
でも、なんとなく、あれ、もしかして笑いかけたの?
え、それって、もしかして、誘ってるの?
なんてはっとした時には、
既にドアが閉まっていて。
で、人ごみに消えるあの子。
ああ、惜しいことをしたな、とか。

そう、誰にでもあるそんな経験。

実はね、それは、全部間違い。
つまり、すべて女の術の中。

女のこがそれで何を望んでるかはわからないけれど、
やった、ポイント1、と思っていることだけは確か。

やっぱりね、今日の私はちょっと行けてる、
という、確認作業であったりとかするのかな、
とも思うけどね。

つまり、女のそういう視線を、
いちいちまじに取っちゃいけないわけで。
こっちはこっちで、おっポイント1、とニヤリと笑い。
で、再び自分の世界。

夏だな。暑いな。降りる駅まであとどのくらい。
疲れたな、昨日寝てないからか、今日こそは早く寝ないとまじでやばいな、
でも、あいつ、またメールの返信返さなかったな、なにをやってるんだろう、まさかなあ、
なんて、ぼーっと考えながら、
あれ、とふと顔上げると、なんとなく気になる可愛い子・・

という訳で、人間社会、に生きている限り、これが一生続くのです、
ということを忘れてはいけない。

どこの国に行っても、美人の割合って実は10分の一

Posted by 高見鈴虫 on 24.2008 旅の言葉
世界を旅して、
ナニジンは美人が多い、とか、
なんかそういうことを良く話題にするけど、
でもね、
俺から言わせて貰えば、
それは、多分、10分の一。つまり、一割。
それがつまり、美人の割合。

どこの国に行っても、どこの町に行っても、
果たしてどこの会社でもクラスでも、
女が5人も集まれば、自然とそこに、
一番可愛い子、と、それ以外、という力関係が生じている訳で。
で、そんな女同士の力関係の中で、
美人と言われるのは10分の一。
ということは、10人集まれば必ず可愛い子が一人いるのか、
といわれるとそうとは言い切れないかもしれないけれど、
でもまあとりあえず、
人種を問わず、国籍を問わず、
そこに行けばまあ、大抵、そうつまり、10分の一ぐらいは、
お、この子はなかなか、というのが存在している。

というか、まあ、
それが俺の美人の定義、であったりするのかな。

これが百分の一、千分の一、とかになると、
これはもう、普通の人というよりも、
ゼッピン=絶品と言われる訳で、
まあそこまでいくとかなり厳しくなるけど、
とりあえず10分の一の美女。
これだけは割りと確実。

つまりね、と改めて、
日本のように割とみんな同じ人種で同じような顔している国とは違って、
世界に出たとたん、やれ黒人だ、白人だ、やれ民族衣装だ、宗教の違いだ、
とまあ、とりあえず、その分類が物凄く大雑把になるわけであって、
そんな中で、つまりはニホンジン同士の同じ人種の同じような顔した同じような人々の中で、
細かい細かいチェックを繰り返して差別化して分類分けして、
なんて、そんなみみっちい美意識はいつの間にかぜんぜん通用しなくなっていて、
とりあえず、黒人でも白人でも、あるいは民族衣装の人でも、聞いたことのない宗教の人でも、
ああ、この子はかわいい、と思えるのは、
やっぱり十分の一は確実に存在するわけで。

で、その美人の定義って、やっぱり、
子供の頃から、この子は可愛いね、綺麗になるよ、と言われて育てられ、
親戚の人々から家の近所から学校のクラスからで、
ああ、この子は美人だ、綺麗になるよ、と認められて成長し、
で、ああ、ますます綺麗になって、本当に美人になったものだ、
と言われて社会に出て、
と、そういう女の子は言わずと知れた美人のオーラというものを既に身体中に持っていて、
つまりは、
綺麗な子とか、美人、とか、そういうものって、
顔の造詣とか、手足の長さとか、まあそういうものもそうだけれど、
そういうのを全てひっくるめた上で、
美人のオーラをどれだけはぐくんで来たか、
ということに尽きるのではないか、という気がする。

まるでどれもこれも猿にしか見えないような原住民の人々の中で、
ただ見慣れるうちになじむ内になんとなくその中の人々の考え方みたいなものが
だんだんと判り始めて身体の中にまざりはじめて、
で、ふと見ると、なんかこの子ってちょっと可愛い、と思う子。
それってつまり、美人のオーラ。
その原住民社会の中でも、この子は可愛い、と認められてきたオーラ、
これに気づかされる、という訳で。

俺が惹かれるのって、
顔の造詣や手足の長さやおっぱいやお尻や、
髪型や身に着けているもの、とかではなくて、
つまりこの、美人のオーラ、なのではないのかな、
と改めて思った。

物凄く綺麗で物凄く寂しい女との対話

Posted by 高見鈴虫 on 26.2008 嘗て知った結末
ついこの間、
ふとしたことから
物凄く綺麗で、そして物凄く寂しい女に会った。

で、その物凄く綺麗で物凄く寂しい人から言われた言葉。

ねえ、そういうのはもうウンザリなの。
お世辞も誘いももううんざり。
私が欲しいのはそういうのじゃなくて、
本当の私を判ってくれる人なの。

と思わずむかついて返してしまった言葉、

じゃあ君は、本当の自分っていうのを自分で判っているの?

俺から言わせて貰えば、
本当の私なんて、存在しない、って思わない?
少なくともそんなもの、自分なんかじゃ判らないって、思わない?

だってさ、
例えば俺は、自分の背中を見た事がないし、
俺のこの声が、いったいどう聞こえてるのかだって、判りはしないし。

と言うわけでつまり、

自分で思っている自分自身と、
本当の自分自身って言うのは、実は違う、と。

言って見ればまあ、当然のこと、という奴で。

という訳で、
君の求めている、
その、本当の私を判ってくれる人って言うのは、
実は、
自分自身が思っている自分自身の姿を見てくれてる人、
と言う意味であって、
つまりそれって、
調子のいい私だけ見てくれるひと
あるいは、
私の嘘にうまく騙されてくれる人、
と言う意味であってさ。

で、そんな君の気に入る人って言うのは、
まあ、酷い言い方だけど、
それってただの、口から出任せばかりの
嘘ばっかりのお調子者、であったりすることが多かったり、しない?

口では判る判る、と言いながら、
それはただ、
君が言われたい言葉を探して、それを答えている、
あるいは打ち返しているだけ、
ってだけであったりもするってことを、
ちゃんと知っておくべき。
あざわいず、
君はまたまた、ただ調子のいいことだけを言うような男、
そう、つまりはさっきまでの俺、のような男から騙され続けて、
そして、もうウンザリ、となっているだけなんじゃないの?と。

という訳で、言ってあげるけど、
俺には、君の寂しさがとてもよく判る。

君のやるせなさも、とてもよく判るし、
君の喪失と、君の行く宛てのなさと、
君のプライドと、君の美しさと、
君の悲しみも、君の怒りも、
実はとても良く判る。
何故って俺は、まだ傍観者だから。
つまり、まだ君のことが好きでも嫌いでもないから。
君になにも求めていないし、
君をどうしようとも思っていないから。

つまりそこに残酷な逆説がある訳で。

君は君を愛してくれる人を探していながら、
ひとたび人が君を愛してしまったら、
君という人がまったく判らなくなってしまう、
何故って君はそれを望んでいないから。
つまり、君が求めているのは、
君を愛してくれる人ではなくて、
君の嘘に騙されてくれるひと、
というなの意味だから。

思い当たる節はないですか?
そう、つまり、人は嘘でできている、といると言うのはそういう意味でさ。

真実はいつも残酷で、
だからこそ、嘘は甘く、嘘はやさしい。

そして人は、時には、あるいはいつも、
やさしい言葉が必要であったりするわけで。

でもね、
そんなやさしい言葉って、つまりそれは嘘だから優しい訳で、
それに気づかないと、君はまた同じ過ちを繰り返すことになる。

という訳で、そんな甘い嘘が聞きたければ、
いつでもいくらでも君の喜びそうなことをいくらでも言ってあげるよ。
そして約束するけど、
君自身の口から君自身の本当の君、なんてことを、
聞き出そうとしたりはしないからさ。
つまりそれ、嘘で始まり嘘で終る関係。

あるいは、自分でさえ知らなかった、新しい自分に出会う旅。

そしてある時、君は聞けばいいさ、

ねえ、で、本当の私って実はどういう人なの?
そして俺は答える。
本当に聞きたいかい?

うぅぅぅん、って考えて、
そして君は答えるはず。
知らなくてもいいかも。

そう答えてこそ正解。
つまり、円になったね、と。

という訳で、
お分かりいただけた通り、
そこに逆説がある。
だって、今まで言ったこと、
その真実って、
言葉では真実は判らない、ってことなんだから(笑

という訳で、言葉を言い代えてください。

私が欲しいのは、
何も求めず、何も求められず。
ただ一緒にいてくれるひと。

そういって貰えれば、少しはお役に立てるかもしれない。

茶番人生

Posted by 高見鈴虫 on 27.2008 嘗て知った結末
ぶっちゃけ、この歳になってしまうと、
大抵のところには察しがついてしまう、
というのがあって、
つまり、
手品のねたも、真犯人も、
幕が開いたところで大抵は察しがついていて、
後はまあ、
その過程を追いながら、
そして、やっぱり、思った通りの結末に到る、
で、少し残念、で、少し安心。
やっぱりな、はい終わり、というところ。
で、
結末が判っていながら、
何故過程を追うのか、というところがまた味噌で、
そう、どうしてなんだろうな、とはいつも思っている。

つまり、これ、茶番なんだよ、とふと気がついた。

この歳になって起こりうるドラマなんて、
所詮は茶番にしかなりえない。

そのことを、よく、覚えておく、
あるいは、
思い出せるようにしておくこと。

人生は茶番だ。

ヒーローもヒロインも、
真犯人も、豪腕刑事も、
つまりは茶番。
笑って追われる程度の、
その程度のお話なのでございます、と。

という訳で、
そう、
思う存分笑ってやってください、と、まあ、
そんなところなのだな、この人生。

改めて、デブの多さに驚かされる

Posted by 高見鈴虫 on 27.2008 ニューヨーク徒然
普段、自転車ばかり乗っているから気がつかないのだが、
たまに地下鉄に乗ったりすると、
改めて、デブの多さに驚かされる。
これじゃまるで風船だよってなぐらいに、
見事な球体になるぐらいまで太った人々。
そんなのが2人3人乗っただけで、
車両は一杯。
あるいは、人が通れず糞詰まり状態。
そんなのがドアの前に立っているだけで、
誰も乗りこめず、ホームに取り残された人々、
顔を見合わせて溜息状態。
思わず、
「混雑時には体重200LB以上の方は乗車をご遠慮ください」
なんて貼り紙をベタベタと貼りたくなるな、
なんて話したら、ははは、と笑う人々。
そう、笑ってる奴らからしてオーバーウエイト。
つまり、見渡す限りデブばかり、と。
これはこれは、ちょっとね、まじで、

でもさ、改めて、デブは迷惑。本当に、社会的に迷惑。
下手をすると駅の階段を昇れずに詰まっていたり、
あるいは降りられずに助けを求めていたり。
あのなあ、それじゃあ立派なハンディキャプト扱い。
つまり、自主的に障害者になった人ってな訳で、
あのな、と改めて。
そんなになるまで太ってしまうのって、
ちょっと頭おかしいんじゃないのか、と。

まあね、確かに、なんらかの病気であったり、とか、
色々ある人もいるんだろうけどさ、
現代病?笑わせてもらっちゃ困る。
ここまで太ってしまったデブが、これほどの割合で存在するのは、
先進国ではアメリカだけだろ、と。

まあ確かに、地方の車社会。
食べるものもファストフードばかり。
娯楽も無いからチップス食らってTVばかり。
アイスを丸々食べてしまって、その上、ビールで腹ぱんぽん、
とやっていればまあ、太るわな、とは思いながら、
ここはNYC。
一応は世界の首都なんて言われている筈なんですが、
おいおい、見渡す限りのデブばかり。
言わせて貰えば、少なくとも、
911の前にはこういうタイプの人間は、
相当に肩身の狭い思いをしていた筈。

つまり、NYCの人種が入れ替わっている、とも思えるわけで。

通り魔事件は新しい日本の夜明けか。武家社会に向かう21世紀について

Posted by 高見鈴虫 on 29.2008 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
海の向こうでは通り魔事件が大盛況のようである。
これだけ通り魔が頻発している以上、
ともすると通り魔同士がバッティングする,
という事態も十分ありえる訳で、
これは凄い。
よし、ここあたりで、と意を決した通り魔のその眼前に、
いきなり新たな通り魔が、一人二人と現れた場合、
彼らはいったいどうするのだろう、
と考えるとちょっとわくわくする。

1.通り魔同士で殺し合う。
2.負けてなるか、と、互いに何人殺れるかを競い合う、
3.一致協力団結して、双方から逃げ道を塞ぎながら巻き狩りに興じる。

とまあ色々考えられるが、
現実問題、同類を見つけた通り魔は、多分、えらくびびる。
そして、逃げ出す、に違いない。
なぜか。
通り魔はつまり、絶対に反撃されないことを前提として
凶行に及んでいるからである。

ここに盲点がある。

つまり、通り魔諸君は通行人を舐めているのである。
ともするとやり返される、下手をうつと返り討ちにあう、
と思っていれば、そうそうと気楽に凶行に及べるものでもない。

絶対にやり返してこないと知っているからこそ、
包丁なんて手軽な武器で凶行に及べるのだ。
ここに卑劣な虐め的陰湿な体質が見受けられる。

どうせやるなら、もうちょっと大きいタマを取っちゃろうかいの、
という向上心は持てないものだろうか。

下手をすると意に反して英雄になってしまう可能性もあるというのに、
とも思うが、これは通り魔とは言わずに暗殺、あるいは、テロ、
あるいは下手をすると正義の鉄拳にもなりかねない訳で、
これは、通り魔的な行為のその主旨とするもの、
とは真っ向から対立する美学に陥ってしまうわけで、
さしもの通り魔もこれではあまりに不憫である。
そう、
つまり通り魔犯は、とりあえずもっとも卑劣で卑怯で陰湿なことがやりたい、
との衝動から通り魔事件に突き進んでいる訳である。

そう、これは発見である。

ということはだ、
誉められたくない、英雄になりたくない、という反抗心から、
ネガティブ系衝動的行動の方法論の一つの究極的形として
この通り魔的凶行を選択しているのだとすれば、だ。
そう、
ここは一発、通り魔犯のそういった穿った衝動を先読みし、
出鼻を挫いてやる、というのはどうだろう。
つまり、
通り魔を英雄として持て囃してしまうというのである。

お手柄、新宿駅で34人達成!
血みどろの構内に歓声鳴りやまず。
観客の中からは、次は40人を狙います、との頼もしい発言も飛び出し、
などと、天下の朝日新聞などに載ってしまったら、
誰も馬鹿らしくてやる気を失うと思うのだがどうだ。

とまあ、日本のメディア連中は、
ダレた日常に喝を入れる、
或いは、ここであの通り魔事件が、と、いちまつの清涼感さえ感じさせる、
まあ、言ってみればお祭り的な捉えられ方をしているようだが、
なんとも日本らしいのどかな事件、というか、
うらやましい限りである。

だってさ、
今更ながら包丁一本だぜ。
なんともまあ、お子様なことだ、と。
ここ米国のように、いきなり機関銃乱射では。
殺られるほうにしてもちょっと出番が無さ過ぎるではないか。

という訳で、
まずは遣られる前に遣れ、である。
備えあれば憂い無し。
なあに、相手は包丁だ。たかが知れている。
もしもこっちにナギナタでもあれば、
包丁一本の相手など、
えいやあ、の一息で、血祭りである。
或いは、居合い抜きの一振りで一瞬にして首を跳ねる、
というのも格好いいが、
下手をすると、周囲の人々も巻き添えにして、
何人か余計に首を跳ねてしまう恐れがあるのでちょっと考え物だ。

と、こんなことをやっていると、
日本が再び武家社会に変貌を遂げる、ということもありえる訳で、
そうなると、通り魔は通り魔ではなく、ツジキリ=辻切り、
と呼ばれるようになるわけで、
そうなるとそうなるで逆に格好よくなってしまうがどうだ。

という訳で、通り魔事件、
新しい日本の夜明けを感じさせると、と思っているのは俺だけであろうか(笑
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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