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仔犬を殺す仕事

Posted by 高見鈴虫 on 01.2010 今日の格言
それがもし仕事であったとしたら
仔犬を殺すことができますか?
いくらだったらできますか?


虚弱体質ゆとりの武器とはすなわち意地悪。

Posted by 高見鈴虫 on 01.2010 今日の格言
虚弱体質ゆとりの武器とはすなわち意地悪。
大人をまえにしたあのとってつけたような仮面ヅラを外して
ゆとり同士のサークルにちょっとでも首を突っ込んだだけで、
その毒の凄まじさに戦慄する事になる。

人間本来の攻撃性、
通常であれば、スポーツやバンドや芸術的創作活動等で発散されるべき人間の活力のほとんどすべてが、
隣人に対する意地悪に集約されているかのようだ。

末期的窒息状態となったお役所的な環境においてその特性 はまさにうってつけ。

彼等のあの、虚弱な皮肉で虚無でずる賢く徹底的に打算的な体質は、弱者ばかりの寄席集まりにおいては、全身を爪楊枝の先でチクチクやるような一件無害でしかし気にし始めると無性に煩わしいタイプの

2チャンネル的情け容赦ない心の奥底の毒素


未来も将来も希望もない

末期的管理社会の申し子に他ならない。



生きる苦悩の根源

Posted by 高見鈴虫 on 02.2010 今日の格言
生後三ヶ月で去勢された我が家のバカ犬の天真爛漫さをみるたびに、
生きる苦悩のほとんどすべてが
この股間にブラ下がるへんてこないちもつから発せられているとおもい知る



このご時世、組織の中で出世するには

Posted by 高見鈴虫 on 03.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
仕事とあれば、子犬でも殺すことができるか
という視点から人を見ると
組織の中で出世出来る奴と出来ない奴の違いが見えてくる。
言うに及ばず
仔犬どころか、
人さえ友さえ親さえも殺しかねないようなやつに限って
いかにも出世しそうにみえる
という事は
つまりは組織そのものが
人間のパラノイドかを助長している事に他ならず
しいては
人類をパラノイド化に導いているのが
他ならぬこの組織という物なのである

つまり、現在の組織でのさばっている、
あのいかにも人畜無害な顔をした百姓どもに共通するものが、
命令とあれば、仔犬さえも殺せる、という、
パラノイドさにある、と見るべきなのだ。

改めて言う。

そんな奴等に逃げられている組織は、
いつかかならず転覆する。

なぜなら、
彼らに共通するものは、
無血さ、でも、仕事熱心さ、でもなく、

己の身を守るためなら、子犬どころか、自分の子供さえも殺しかねない、
その臆病さにあるからだ。

つくづくとんでもない時代になったものだと思う。



なぜ黒白カップルの白人女はみな太っているのか

Posted by 高見鈴虫 on 05.2010 ニューヨーク徒然
太った白人の女は黒人が好きなようだ
黒白のカップルを見ると
大抵女は太っている
黒人が特別太った女が好きか
と言うと、
そう言うことでもない事を俺は知っている
それに
対して金持ちでもなさそうな
つまり貧乏で馬鹿そうな普通の黒人にそれほどの選択権がありそうにもみえない
と言うことは
やはり太った白人の女が黒人を選んでいる訳で
ことのつまりはそういうことか
と変に納得してしまう
そう言う女だから太ったのか
太っているから選択肢がないのか
とも思うが、
理由はともかく
まあとどのつまりそういうこなのだろうが
そういうこと

あからさまにそういうことしてしまって
そのひらきなおりって
ちょっと凄いな
とも思う

周りの人間がすべて知恵遅れの脳足りんかパラノイアのキチガイに見えてしまうのだが

Posted by 高見鈴虫 on 06.2010 技術系
まじな話、
周りの人間がすべて知恵遅れの脳足りんかパラノイアのキチガイに見えてしまうのだが、
そういう時代なのだろうか。


ニューヨークの地下鉄において寝ている人をほとんど見かけない

Posted by 高見鈴虫 on 07.2010 ニューヨーク徒然
ニューヨークの地下鉄において寝ている人をほとんど見かけない。
日本に居た頃は電車は寝るものと決まっていて、座った途端に熟睡。
電車での移動時間を最初から睡眠時間の一部として計算していたものだった。
と言う訳で、寝れないニューヨークの地下鉄、
なんかちょっともったいない気がするな、と思っていたのだが、
最近クイーンズやらブルックリンに出向く機会が増えて、
唐突にその謎が解けた。
やはりニューヨーカーも人の子カエルの子
寝ている寝ているもう大爆睡。ただそれはマンハッタンを越えてからのこと。
家路へと向う列車がマンハッタンの最後の駅をでて長い長いトンネルに入ったとたん、何故かみんなほぉっと長い息を吐いて、そっと胸元をはだけて膝を伸ばす。
表情から緊張がとけだし変わりに疲労の影がべっとりと貼り付く。
そう人々にマンハッタンはつまりはそう言う所。遠ざかるマンハッタンの夜景から目を背けるように人々は現実の巣の中へと帰り着くのである。

18丁目のジョイス劇場でサンカイジュクをみる

Posted by 高見鈴虫 on 07.2010 ニューヨーク徒然
18丁目のジョイス劇場でサンカイジュクをみる。
仏像の美学か。

唐突に天国と地獄は同じだということを思いついた。
天国と地獄も結局は同じ。つまるところそれは宇宙なのだ。
地球の引力に背中で貼りついたまま
ずっと宇宙ばかりみている。
来る日もくる日も来る日もくる日も来る日もくる日も来る日もくる日も来る日もくる日も
何年も何年も何年も何年も
身体もなく実体の感覚さえ忘れ
 ただ思念だけが
来る日もくる日も来る日もくる日も
何年も何年も。
目に見えるものと言えば、
ただただ無限に広がる漆黒の宇宙のみ
時に太陽に焼かれ焼かれて焼かれ続け
時に月の照らされ照らされ続け
思念だけになった分、頭は非常にハッキリしていて、記憶の中の細部までが克明に甦り、ふとすると見落としていた様々なディテールからそこに隠されていたヒントや鍵までもが明確に紐付けられ、あああの時のあれはじつはそういうことだったのかと事の真相に気付く。がしかし思念のみの今となっては何一つとしてなす術も無く、悔やみ喜び怒り恨み感謝をしながら漆黒の闇を永遠と漂い続ける。
死後の世界つまりは地獄というものがあるとすればそう言うものなのかもとふと思った。

ニューヨークのありふれた朝

Posted by 高見鈴虫 on 09.2010 ニューヨーク徒然
目覚めの朝、
カーテンを閉め忘れた窓から摩天楼の双璧を見渡す。

何時の頃からかパジャマを着なくなった

Posted by 高見鈴虫 on 09.2010 嘗て知った結末
何時の頃からかパジャマを着なくなった。
今となっては寝るときはいつもすっぽんぽんである。

謎の幻聴の正体

Posted by 高見鈴虫 on 10.2010 犬の事情
最近、耳の奥からごそごそと音がする。

よほど大きな耳垢でもつまっているのか、
といくら耳掻きでほじってみても、何も出ず。
シャワーの後に綿棒を使ってみても、
ちょっとするとまたがさごそ。
もしかしておかしな虫でも住み着いたのか、
あるいは、
長い年月に渡って爆音で音楽を聴き続けた関係で、
鼓膜が剥離を始めたのか、
あるいは、
もしかしてこれ、すべて幻聴?
ということは、ついに気が触れてきたのか、
などと物騒なことを考えていたのだが。

で、ふと、乾いた綿棒をそろりそろりと入れてみると、
なんと、犬の毛が一本、
さきっちょにぶら下がっていた。

なんだ、幻聴の正体は犬の毛だったのか。


ANIMAL COP

Posted by 高見鈴虫 on 10.2010 アメリカ爺時事
昔からテレビをほとんど観ない生活を送ってきているが、
最近、ANIMAL PLANETのANIMAL COPという番組をよく観ている。

ANIMAL COPとは不幸な動物達を救うことを使命としている動物専門の警察官のような人々なのだが、
市警としっかりと連携していて、必要とあれば逮捕権もあり、見かけも行動もタフな警察官そのものである。
この国では動物虐待は立派な犯罪なのである。
動物を粗末に扱った者は法の前に、厳格な裁きを受ける訳である。

飼い主のいじめにあっているペット達を救出するアビューズ・ケース、
餌も与えられずに放置されたままのネグレクト・ケース、
捨てられたまま空き家に住み着いた野良たちの救出等、

いたいけな目をしたまま不幸に耐え続ける動物達の救世主たちの実録物である。

俺は、ANIMAL COPを観るといつも泣いてしまう。

人間がどんなに酷い状態にあっても大して同情も感じないが、
動物達だけは別である。

面白半分に手足や耳を切り取られた犬や猫の姿を見ると、
これをやったやつの手足をぶった切ってやるべきだ、と本当に思う。

闇闘犬で全身が血まみれ傷だらけの犬たちを見ると、
それに関わった人間すべて、K1のリングにひきずりだして、
バンダレイ・シウバやらミロコップやらに滅多打ちしして欲しい、と思う。

警察官とは昔からろくなことになったことがないが、
ANIMAL COPだけは率先して協力しようと思っている。

動物を苛めた奴は俺が許さない。

52丁目のROSELANDでX-JAPANというバンドを見た。

Posted by 高見鈴虫 on 10.2010 音楽ねた
52丁目のROSELANDでX-JAPANというバンドを見た。
また例のごとく、その筋がらみでただ券が廻ってきたからなのだが、
当然のことながら俺はX-JAPANなんて一曲も知らず、知る気もなかったわけで、
が、まあ会場が家に近いこともあり、
せっかくチケットをまわしてくれた人々への挨拶半分に昼寝起きの頭をかき上げながら、
サンダルつっかけて出かけたわけだが、
まあそのライブをみてちょっと驚いた。

最近の怖い話がなぜ怖くないか

Posted by 高見鈴虫 on 11.2010 今日の格言
最近の怖い話がなぜ怖くないか、
というと、
話が見え透いてしまっている、
というのはもちろんのこと、
安っぽい商業主義がみえみえだからだと思う。
死人が金儲けをするわけないだろうに、
これはいかにも興ざめである。
あるいは、
怖がらせて金を要求する幽霊がいたら、
と思うとちょっとおもしろい。


X-JAPAN を観る

Posted by 高見鈴虫 on 11.2010 音楽ねた
X-JAPAN を観る
まじ、感動した。
やられたぜ、って感じだ。

うまいの下手なのと言っているうちはまだまだチンカスだ。
きゃくがもとめているのはそんなちんけなものではない。
ようはエクスタシーなのである
どんな方法を使ってもそれは単なる手段にすぎない。
手段に呑まれてはいけない。
いってみれば、エクスタシーさえ出せれば手段はなんでも良いのである。
つまりこの程度のテクニックでもそれを作りだすことは十分可能なのである。
やられたな~クソったれと思った。



X-JAPANを観る その2

Posted by 高見鈴虫 on 11.2010 音楽ねた
ステージの上でどれだけクールに落ち着いてよい音をだすか、
がプロなのだ、と思っていたが、それは間違いだ。
そんな事ではそれなりの音しか出せない。
それ以上の事をやって始めて、と思い知るべし。
ロックがなにを求めているか
なにを求めてロックがよりシンプルになったか
パワーだと思う
爆発に小手先や能書きはいらない。
思いしれ。
まずは身体全体でリズムをとること
それぐらいしなくてはビートなんてでないよね。



そいつ、金持ってるか?

Posted by 高見鈴虫 on 13.2010 ニューヨーク徒然
あの野郎、
なんか話をすれば金のことしか言いやがらねえ。
誰か人の話をすれば、必ず、
そいつ、金持ってるか?
と来る。
まったくもって筋金入りのニューヨーカー、仕事熱心な奴だ。

そして誰もいらなくなった

Posted by 高見鈴虫 on 13.2010 技術系
いつしか技術屋は駒となり、
使い捨て仕様の消耗品とかした。
技術屋を駒にしたのは、
コストパフォーマンス。
将来のコストパフォーマンスの為の投資的開発。
コストパフォーマンスとは
つまりは人的労力の削減。
ついこの間まで毎日あれほど忙しくて、
ああこのままでは殺されてしまう、
と嘆いていたのが、
ふと気づくと、
マクロとバッチの自動化で
いつしか仕事が楽になり、なり過ぎて、
そしていつしか、人が必要なくなるに違いない。

仮想化でサーバー室は空になり、
クラウド化でサーバー室が必要無くなる。
バッチの自動化でシステムの不具合は事前に検証結果が得られ、
そして誰も必要なくなる。

つまりはこの業界の進む方向は、そして誰もいらなくなった、なのだ。
自分自身を用なしにするために、
日夜身を粉にして働き続けている訳だ。

この業界自体が椅子取りゲームの中にある。

友よ、夜明けは近い。

ブッチ君の秋便り

Posted by 高見鈴虫 on 15.2010 犬の事情


若葉の春から灼熱の夏が過ぎ、
ニューヨークは既に秋たけなわ。
彩り始めた並木道の下、
街頭にはハロウィンのパンプキンが並び、
朝夕の犬の散歩にもフリースのジャケットが必要になってきました。

皆様ご無沙汰申し上げております。

いやあ、月日の経つのは早いもの、
とは言うものの、
相変わらずの俄かロックスター暮らし、
頭にあるのはいつも次のギグの予定、
あと1週間あと三日とやっているうちに
あっという間に追いつかれ追い抜かれ、
ひとつ終わるとまた次のギグの秒読みが始まる
とまさに時間との追いかけっこ。

という訳で、あれよあれよと言う間に、
2010年も4分の3が終わっていたという次第。

そうそう、そう言えば我が家のブッチ君。
お陰さまでこの10月で2歳を迎えました。
2歳といっても、ご存知のようにレスキュードッグ。
出生証明もなければ血統証もなにもなく、
果たしていったい何者なのか、
いまだかつてまったくもって正体不明。

とりあえずは、大きからず小さからず、の中型犬。
日本で言えばシバ犬を一回り大きくしたぐらい。
白い身体に黒いごま塩模様。
右の背中に大きなまんまるの丸。
天才でもなければ知恵足らずでもなく、
元気が良いのだけが取り得のただの雑種犬、
いつのまにやらまあどこにでもいる、
訳の判らないレスキュードッグの仲間入り。

ただ、子犬の頃からの愛嬌と、
人の目をじぃぃぃっと見つめる大きな瞳はあいも変わらず。
最近になってはいつも口を開けてヘラヘラと笑っていることから、
ご近所さまからは、シャイニー・スマイルのサニー・ブッチとして
大変可愛がって頂いています。

という訳で、二歳の誕生日。
犬の二歳というと人間で言えば二十歳を越えたぐらいなのでしょうか。
と言っても、相変わらずやる事と言えば子犬の頃と大差なく。
公園に着いたとたんに右の山から左の山へと壊れたロケットのように飛び回り、
ちょっとやさしそうな人を見かけるとすぐに飛びついておやつをねだる。
雨が続いてお散歩をさぼれば、部屋中を滅茶苦茶し荒らしまわり、
家に帰った途端、床中がゴミの海、ソファに運動靴が、ベッドにバスマットが、
と散々たる状況、
とまあ、
そう、相変わらずのやんちゃぶり、ブッチ君ぶり。

ただ、そう、久しぶりにこのミクシーの昔の日記などを読み直して見ると、
こいつがやってきたばかりの頃の、あの大狂乱の日々をまざまざと思い出していました。

そうでしたそうでした、
子犬の頃はもう、犬も飼い主もなにがなんだかさっぱり判らず。
毎日毎日、部屋中が滅茶苦茶、
日夜時間を問わず遊んで遊んでと騒ぎまわり、
目を盗んで進入した寝室に飛び込むやいなや、
シーツを破いては部屋中に枕の中身をぶちまけ、
ちょっとおとなしいかと思えばソファーの真ん中に大きな穴を開け、
齧れるものは机の足からテレビのリモコンから電話線からと手当たり次第に齧りまくり、
腹が減った腹が減ったとねだりまくり泣きまくっては、おやつをあげれば食べ過ぎて一挙にゲロゲロ。
ようやくトイレをシートの上でしてくれるようになった、
と思った途端、おしっこうんちをした後のそのトイレシートをまた粉々にきりきざみ、
結局は部屋中がうんちだらけおしっこだらけ。
お客さんが来れば気が触れたように甘えてじゃれついて、
スリッパはぶん取るズボンの裾を噛みちぎり帰る頃には服から髪の毛からが涎だらけ。
挙句に膝の上で眠ってしまって呼んでも揺すっても目を覚ます気配もなく。
と言いながら、
散歩に出たとたんに街の騒音に驚いて交差点の真ん中で立ち往生、
かと思えば通りかかったお姉さん達に次から次へと甘えてじゃれついては胸に抱かれてハグハグ、
犬と見れば見境いなしに飛び掛ってはプロレスを挑み、
挙句にボールの取り合いから大喧嘩、が日常茶飯事。
あまりの御乱行ぶりに手を焼いて、思い余ってデイケアに預ければたちまちタイムアウトの常連リスト。
1週間に一度はやれびっこを引いてる咳が出るおできができた早食いだ下痢だ泣き方が変だ、
とそのたびに医者だ電話だ掲示板だと大騒ぎ。
いやあ、その節には、こちらミクシの犬板の方々には、本当の本当にお世話になりました。

という訳で、タイムアウトの常連、ピンボール・ブッチと呼ばれたブッチも早二歳。

そう言えば、最近はこれと言って病気もしていないし、
ドッグランで他の犬と喧嘩することもなく、
道の途中で立ち止まって綱をひっぱることもなければ、
留守番中のおそそうも拾い食いの悪習も跡形もなく消え去っていて。
最近では、どこに行くにも綱を放していてもぜんぜん大丈夫。
どこでなにをしていても名前を呼ばれたとたんにすっ飛んで来て、
お手伏せ行け立て待て回れと自由自在。
ドッグランでも他の犬とじゃれあうよりは飼い主とボール投げやらフリスビーをやりたがって、
俄かな喧嘩に顔をつっこんでも名前を呼ぶとすぐに駆け戻ってくる。

他の飼い主さんからも、あれまあ魔法のようね、と褒められる次第で、
そう、子犬の頃、あまりの腕白ぶりに毎日が泣き笑いの連続だった頃、
歳をとったら落ち着くから大丈夫、といわれ続けた「落ち着く」という状態が、
つまりはこういうことなのか、と納得している次第。

という訳でブッチ君。

ここアッパー・ウエストに移って来てから早一年。
朝一番にドッグラン。
朝飯までの1時間をお友達と思い切り走り回り、
会社から帰るとすぐにお散歩に飛び出して、
夕食の後には、自転車とともにハドソン河沿いに続くリバーサイド・パーク。
深い木々に囲まれ全長約5キロの道のりを自転車とともに大疾走。
その間に出会ったお友達と縦横無尽に追いかけっこに興じ、
公園の北の終点のテニスコートで古いボールを失敬した帰り道は、
丘から丘へとボール投げ。
最後には家の近所のドッグランの隣りにある広大な丘の上で、
いつもの深夜のドッグパーティに顔を出し、
ここでもまた走り回りじゃれまわりボールを追いフリスビーを引っ張り合って、
と大ハッスル。
まったくもってこいつのこのスタミナはいったいどこからやってくるのか、
まさにバケモノなみ怪獣なみ。まさにオーストラリアン・キャトル・ドッグ。

という訳で、ブッチ君とのこの一年。
朝7時に起きて寝るのはいつも2時過ぎ。
仕事とバンドとテニスと犬の散歩。
まさにこれまるで地獄のような多忙ぶり。
したがって、常時睡眠不足、常時疲労困憊。
そんな飼い主の精気を吸いつくすようにして、
ブッチ君、おかげさまで相変わらず元気に成長しています。




            ~遠方の友に宛てたメールより


ブッチが行方不明! まじ血が凍った。。

Posted by 高見鈴虫 on 15.2010 犬の事情
そんな折、10月の誕生日を間近に控えた週末の夜、
ブッチと出会ってから初めて、寿命が縮まるような大事件がありました。

10月始めの金曜日の夜、
相方はまたいつものように友人たちとオペラに出かけ、
取り残された俺とブッチ君、
やれやれ、よりによって週末の夜に犬の散歩か、
そう言えばここのところ、
週末はいつもお前とふたりぼっちじゃねえか、
と苦笑いしながらも、
そう、誰といるよりも何をしているよりも、
とりあえずはブッチと過ごしている時間が一番楽しい訳で。

という訳で、夕食の後、またいつものように公園にでかけたのですが。

霧に沈んだ夜のリバーサイド・パーク。
夏の間のフリーコンサートやらラブラブのカップルや酔っ払いの集団もなりを潜め、
うっそうとした木立の広がる暗い公園はスリーピング・ホローの森の中に迷い込んだ様。
金曜日の夜の公園、おまけに今夜から雨の予報。
そんな夜に人気のない公園をうろついているのは、
よほどの物好きか、筋金入りのドッグラバー以外は考えられず、
まさにこの広い公園を独り占めと言った感じ。
ここ数日続いた雨で力を有り余していたのか、
喜び勇んだブッチ君、公園についた途端にさっそく綱を離して自転車と追いかけっこ。
必死の形相で自転車を漕ぐ俺の隣りで、タリランタリランと飛ぶように跳ねるように、
そして上り坂に差し掛かったところで一挙に目の前に走り出るや、
あっという間にぶっち切られて丘の上、赤い舌を踊らせながらまさに得意の大絶頂。

そうこうしながら、いやあ、さすがに週末の夜、
ちょっとここまで人がいないとさすがにちょっと気味が悪いな、と思っていたところ、
ひょっこりと藪の中から顔を出したのは顔見知りのガルシア君。
いかにもやんちゃな3歳のピットブル。
一目散に駆け寄ったブッチ、出会い頭にまるで弾けるように、
たちまちもつれ合いじゃれあいながら猛烈な追いかけっこが始まって、
その姿はまるで壊れたロケット。
あっという間に木立の向こうに消えていって。

飼い主のクリスさん、夜の散歩の常連のひとり。
確か79丁目の大コンドミニアムの住人の筈だが、
週末の夜にスコッチの小瓶をポケットに忍ばせて犬の散歩とは、
まったく大金持ちもやくざなバンドマンも休みも週末もないのはドッグラバーの宿命という奴か。
なんて、
俄かに覚えたシンパシーに、思わず長話。
そう言えばこないだの朝、綱を放して走っていたらパーク・ポリスに捕まってさ。いきなりチケット切られて100ドル払わされたよ。くそったれだな。
あれまあそれは災難だな。どこで?ああ、あそこか、あそこはやばい。最近どこもここも財政難でパークポリスもノルマをあげるために必死なんだよ。勝手にここからここまでは綱を放してはいけない、なんてルールをでっち上げて、でそこで待ち構えていては次々とチケットを切ってやがる。まったくもってどいつもこいつもって感じだよな。
不景気だしな、気をつけなくっちゃな。
ああ、まったくだね。

なんて話しているうちに、
あれ、そう言えばかなり間が経つのに、
ふと見ると犬たちの姿が見えない。



見るからに気味の悪い人から

Posted by 高見鈴虫 on 21.2010 技術系
見るからに気味の悪い人から
お友達になりませんか、
と寄って来られたが断った。

そう言えば、
入った会社がどいつもこいつも
気味の悪い人々だったらどうするか。
勿論断わるだろう
確かに付き合ってみたらそれ程悪いやつではないのだろうし、そう言ってしまえば本当に気味の悪い人などそうそうと存在しているわけではないのだろう。
俗に言う気味の悪い人々というのは、
つまりは異様に格好悪いがゆえに周囲と全くそぐわない、それくらいただただ格好悪いというだけのことだろおもう。
でそうそううちの会社の人間、
ただやたらと格好悪いことを除けばそれほど実害があるわけでもないのだが、
だからといって
つまり俺の感じた第一印象こそはすなわちは世間の目、つまりは現実なわけで、
と言う訳で入社以来10年近くなるが、
派遣の女の子以外の人とは昼飯を共にした事がない。
そんな俺を気味の悪い人々は
人付き合いの悪い嫌な奴として放っておいてくれる。
それはそれでそれほど嫌な気もしないものだ。
俺はそうやってこの10年を過ごした。

ガキの頃から床屋が嫌いだった

Posted by 高見鈴虫 on 23.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ガキの頃から床屋が嫌いだった。

床屋から出たばかりの、
あのカツカツの一直線にあおぞりみたいなのが死ぬほど嫌いだった。

地下鉄の止まった夜に

Posted by 高見鈴虫 on 25.2010 ニューヨーク徒然
疲れ切った雨の夜
一刻も早く家に帰りたいそんな時、
よりによって地下鉄がまた止まった。
どうでもいい駅を過ぎてがたんとひと揺れしたまま
ぱたりと事切れてそのまま
例によって何の放送もないまま終いには電気も消えて
まったくこのMTAいったい何を考えてやがる、
なんてことを今更言っても始まらない。

というわけで
思い切り不機嫌
舌打ちする気にもなれず
そんな時、受け付けられる音楽といえば
オペラしかなく。

接触の壊れかけたイアフォンを耳の奥にねじ込んでフルボリュームで聴くトラヴィアータ
いつしか目を閉じていつしか18世紀の悲恋劇の中にどっぷりときていたところ、
ふとするととなりに座ったお姉さん
雨にみだれた金髪のタイトのミニスカートにバラ色のレインコートを粋に着こなした、
見るからにお金持ち風な見るからにはビッチそうな
そして息が詰まるぐらいに美形のおねえさん
が、
なにげに顔をこちらに寄せて、
なにげに何時の間にか肩が触れ、膝が触れ、頬が触れ、
でさすがにちょっとドキドキ。
あるいはまさか美人おんなスリ、
あるいは美人局、あるいはただ寝てるだけ
かと思っていたら、
ふと目があって甘い視線がいまにもとろけそう。
トラビアータ?
えっ?
改めて片耳を外して、えっ?
トラビアータ?
あ、そう。
カルロス・クレイバー?
あ、多分
ならドミンゴ ね
そうその通り
で、良かったら、と片耳を彼女に、
したら、彼女の片手が俺の膝の上に。
なんかこれまるで高校生のカップルのようで、
外した片耳に彼女の口ずさむメロディが吐息と一緒に漏れてきて、まるで泣きたいぐらいにロマンチック。
で思わず降りる駅を乗り越して、
で思わずずっとずっとどこまでも。
が、やはりそこはそうにもいかず、
ニ幕目が終わったあたりの95 丁目の駅、ふっと立ち上がって、ありがと、と一言。
チラチラと小指でさよならと何事もなかったかのように、
リッチでビッチなバラ色のレインコートの裾を揺らして、
消えて行った訳なのであった。

で、俺はと言えば116の駅からまた折り返し。
誰もいないプラットフォームで来ない電車を待ちながら
ちょっとお人よし過ぎ、でもまじでちょっと素敵。

ニューヨーク、まだまだ侮れない。


大人になって本当に良かった

Posted by 高見鈴虫 on 26.2010 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
5時を過ぎて会社を出ようとすると、
いきなり物凄くムカつくメールが日本から届いていた。

あの蛆虫野郎、とひとこと。
まあ俺とは部署も違うし、よって直接の実害もない訳なのだが、
そのあからさまにも姑息ないじめ根性、
そのあさましさが見え見えに見える分、

思わずちょっとツラ貸せ、

てめえがその気なら本ちゃんのイジメって奴を
きっちり教えてやろうじゃねえか、
という気にも、なって来たりするのだが。

が、しかし、
幸か不幸か、大人の世界はそうそうと簡単に話はまとまらない。

なぜかと言えば、大人:カタギの喧嘩は口喧嘩、あるいはメールでの喧嘩、つまりは筆喧嘩が基本。

直接的な方法から離れれば離れるほど、その実はますます陰湿化する訳なのだが、

がしかし、
仕事に出かけて前歯を折られたり失明したり、
あるいは、腕が肋が鎖骨が、あるいは、足、なんてのが折れたり曲がったりしない分、
まあ良しとしよう。

そう、大人は平和なのである。

大人になってよかったね、と思うことにしよう。




犬と人間の生命の価値は同一ではない

Posted by 高見鈴虫 on 28.2010 犬の事情
判っているとは思うが、
犬と人間の生命の価値は同一ではない。

つまり、犬か人間か、という選択になった場合は、
必ず人命が尊重されるべき。

まあ、理屈は判る。

判るが、だ。

犬にも劣る人間が存在することも知っている、と常々から思っているから、
その辺が非常に微妙だ。

例えば、
うちの犬がしつけのできてないピットブルに噛まれた時にはかわりに飼い主をしばき倒してやった。
犬が車に轢かれそうになったときには、運転手を引きずり卸してそこに寝てろ、轢いてやるから、とやってやった。

もしもうちの犬が蹴られたとしたら、俺は即座にそいつの膝を蹴り折ってやる、と思う。
が、これは全て犯罪だ。

なんだかアンフェアだな、と思っている
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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