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ハロウィンが過ぎいきなり冬に突入した。

Posted by 高見鈴虫 on 01.2010 ニューヨーク徒然
ハロウィンが過ぎいきなり冬に突入した。

もうお化けは時期外れ、とあいつの舌打ちが聞こえそうな気がする。

女の等価価値

Posted by 高見鈴虫 on 03.2010 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
ねえ、コンピューター治してくれたら、おいしい夕飯作ってあげる。
ただ材料は割り勘だけど。

いやあの、飯よりも一発やらしてくれたほうが嬉しいんだけど。

ええ、コンピューターで?それは無理。
もしどうしてもっていうのなら、
部屋の電灯の電球もとりかえて、冷蔵庫がブーンっていう音がうるさいんでそれも治して。
あと、ドアがキーキー言うんだけどそれも治して。あて戸棚が傾いているからそれも治して。
窓のカテーンを変えたいんだけど、あと、浴室のタイルのネジが黒くなっちゃってるんでそれも綺麗にして。
あと、テレビとDVDのつなぎかたが判らない、あと、IPHONEがなんか調子が悪い、
あと、あと、あと、あと、いろいろ全部やってくれたら。

つまり、彼氏になれってこと?

まあそういうことなのかな。でも、するってことはそういうことでしょ?

そういうものなのかな。

そういうものよ。お金無いんだったらそういうことで奉仕してくれなくっちゃ。

奉仕?

つまり代価よ。

代価というよりは代償に近いような。

なんかお前、根本的にずれてるような気がするんだけど。

それはあなたが男だからでしょ。女って所詮そんなものよ。

だそうなのである。

マカロニ・アンド・チーズはアメリカの味噌汁か

Posted by 高見鈴虫 on 05.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
テキサスにおいて飯に呼ばれると必ず「マカロニ・アンド・チーズ」がでてきた
それにカラードグリーンマッシュポテトとステーキってのが定番で
カラードグリーンのかわりにシーザーサラダ、マッシュポテトの代わりにフレンチフライのこともあったが、
しかしどういうわけだかこのマカロニチーズだけはどこに行ってもなにを食っても必ず付いてきた
パンが必ずしも主食ではなく、スープはただの前菜で肉が必ずしもメインではなかったりもしたのだが、
マカロニチーズだけは絶対に欠かせない脇役のようなもの。
日本食でいう味噌汁のようなものだった。
マカロニチーズを食べるたびに、これが味噌汁ってのも凄いな、と感心したものだった

犬の散歩をしていたら、こともあろうにホームレスに間違えられた

Posted by 高見鈴虫 on 05.2010 犬の事情
ハロウィンを過ぎていきなり冬に突入したニューヨーク。

まだ衣替えも終わっていないままのこの大寒波。

夏服を重ね着しては寒さをしのいではいるが、
朝7時、まだ暗いうちの吹きっさらしのドッグランでこの格好はさすがに辛い。

で、

物置の奥からそのうちコートドライブにでも寄付しようと思ってゴミ袋につめてあった去年の冬服の落第組を
急遽掘り返してくしゃくしゃ皺くちゃのまま頭からはおり、
とやって居たら、
こともあろうにホームレスに間違えられた。

普段から犬の散歩には、汚れが目立たず強いってな理由から軍物の中古ジャケットを着ているためか、
ドッグウォーカーに間違われる事は多いのだが、
ここに来て、いきなりホームレスとは驚いた。

確かにここアッパーウエストサイドは金持ちが多い。

犬の散歩にモンクレアのダウンジャケットやらグッチのバッグやらをさり気なく。
で案の定、汚されておもちゃにされ破かれて、砂まみれ唾液まみれうんこまみれとなる訳だが、
そんな時にも、あれあれこのやんちゃ坊主が、と笑って済んでしまう。

ほんちゃんの金持ちとはつまりはこういう事かといきなり度肝を抜かれる。

あのなあ、たかが犬の散歩じゃねえか。
ホームレスで何が悪いと居直るのは簡単だが
そろそろそう言うのもまずくないか、と思えてきているのも事実。
たかが犬の散歩されど犬の散歩のニューヨーク。

ニューヨークシティーマラソンが終わった

Posted by 高見鈴虫 on 10.2010 ニューヨーク徒然
ニューヨークシティーマラソンが終わった。
セントラルパークノ燃えるような紅葉の丘の向こうに消えて行ったランナー達に別れを告げて、ここニューヨークは辛く長い冬へと向かう。
ニューヨークの冬は厳しい。
ハドソン川から吹き付ける風は、
身を切るようなという表現そのもので、
氷りの刃で切りつけるようにヤスリでこすり上げるように、
まさに身体中を傷だらけにして行く。
足元から腹から背中から、
絡み付いてくる寒気は全身を縛り上げ、
僅かに残った温もりのその最後の一滴さえも搾り取ってゆく。
そんなニューヨークの冬。
まともな人間であれば、一度ドアの奥に辿り着いたら、それこそ相当な事情がない限り再び閉じられたドアを開ける事はなく、あるいは通りかかったタクシーに向けて決死の覚悟で飛びつくや一瞬の気合で中に飛び込んでほっと息を吐く、まさにそんな感じであるべき筈なのだが。
しかしながら、凍えついた深夜の舗道に、
吹きすさぶ殺人的な北風に全身をなぶられながら、背中を丸めて歩き続ける人々がいる。
真冬のニューヨークで舗道に立つ者の姿があれば、それはまさにドッグラバーに他ならない。
悲しい事に、犬には土曜も日曜もない。
部屋にうんこおしっこをして欲しくなければ、
あるいは部屋中の家具から本からcdからをオモチャの代わりにされたくなければ、
まだ暗い夜明けの街に、
死に絶えた深夜の街でも、
赤い舌と揺れる尻尾に導かれて
ドッグラバーは決死の彷徨へと旅立つことになる。

アメリカの料理の中核とはなにか

Posted by 高見鈴虫 on 13.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ご存知のように日本食の基本はご飯と味噌汁。
全ての料理がご飯と味噌汁にマッチする形でけいせいされている。
例えば俺はオリーブが大好物だが、オリーブオイルで炒めた料理はご飯と味噌汁に合わない。
同じように、
チーズやターキーやスモークサーモンもご飯と味噌汁には合わないようだ。

というわけでアメリカの料理のその中核とはなにか、
というとそれはまさしくコーラである。

ハンバーガーもピザもBBQもふしぎなぐらいにコーラに合う

で、 中華はどうか、というと、
本格派はいざ知らず、こちらでいうアメリカ式中華、つまりはチャイニーズは、
やはりどういうわけかばっちりとコーラにあったりする。

それも安ければ安すいほどコーラとの相性が良くなったりもして。

そう言う訳で日本食だが、
一番コーラに合うのが実は吉野家の牛丼である。
吉牛が一早くアメリカに馴染んだのもそれが理由。
つまりはコーラとの相性なのだ。
と言う訳で、
これから新手のメニューで米国で一旗上げるには、まずはコーラと一緒に食べてみるのが良し。
で、そうそう、どんな料理がコーラと合うかと言えば、
ズバリ、安い油と塩辛さなのである。
つまりは居酒屋の安い肴を食事にしてしまうということ。
とどのつまりはそこなのです。

もはや根源からして国中がコーラ漬なのか。侮れないな。

ねえ、この店の人、わざと糞まずいものを出しておちょくってるの?

Posted by 高見鈴虫 on 16.2010 ニューヨーク徒然
最近、
日系レストランに入ると、
まじで、これでお金を取るつもりなのか、

とほとほと愕然とする

というよりも、

作った奴、一度でも味見したか?

というか、

人間が食べることを想定して作ってないっしょ?

みたいなもの、多すぎる気がする。


やっぱ、店の名前からしてどう考えても日本人じゃないし、
日本食なんか、生まれてこのかた一回も食べたことの無い人が、作ってるんだろうな、
とも思うけど、
それにしても・・・ひどすぎる。

あるいは・・・・

わざとまずいものを出しておちょくってるんですか?

それはそれで面白そうだけどね。

いやな客なんで、わざとフケ落としてやったり、小便かけてやったりとかさ。
それをうまいのまずいの言いながら食ってるやつ見るのって、
面白そうだよね。

ただ、もしそういうつもりなら、きっちりと倍返しぐらいはさせてもらうつもり。

食べるほうにだって、
フケや小便を食わされるリスクがある以上、
まずいものを食わされた時には金を払わない権利や、DOHを呼ぶ権利はある、と思っている。

それぐらい腹が立つぐらいに、投げやりなジャパ系レストランが増えた。

たぶんね、家賃が高すぎて・・普通のやりかたではやっていけないんだよ、と。

悲しいニューヨーク。

結局そういうことか・・・・

ニューヨーク100万ドルの夜景

Posted by 高見鈴虫 on 17.2010 ニューヨーク徒然
というにはあまりにも見飽きた風景
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よく喋るおばさん

Posted by 高見鈴虫 on 20.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
よく喋るおばさん
まるで喋りを辞めた途端に、そんざいそのものがかききえてしまう、その呪いから逃れるように、
喋りだしたおばさんはおいそれとは口を閉じようとはしない。
そんなおばさんが実は俺と同世代だったりするのを見て、
もしかして高校の同級生だったあいつらが、
メスポリに捕まってふてくされながら
糞うぜえババアがよく言うぜ、
とせせら笑っていたあいつらが、
まさにそんなおばさんになっているなんて
まるで想像もつかない。
とはいうものの、
俺だってたまには不機嫌な説教をすることもあれば、怪しくなって来た前髪を風に煽られ慌てて撫でつける事もある。
昔、年上の女ばかりを狙って居たように、
若い小娘ばかりを躍起になって追いかけては、
ふと我が身に帰って思わず苦笑い。
誰か本気で、無茶苦茶格好良いおじさんおばさんのあり方をおしえてくれないかな。

かみさんの里帰りから3日、 ふと鏡を見ると別人がそこに居た

Posted by 高見鈴虫 on 23.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
かみさんの里帰りから3日、
ふと鏡を見ると別人がそこに居た。
こいつはやばい、といかにもそんな顔をしている、が、なかなか格好いい。
ああ頬がこけたのか、と。
なんだ結局それだったのか。




確かにこの三日、ろくに飯を食っていない。
朝までテレビはつけっ放し、
部屋の灯りは消えっぱなし。
青白いモニターには次から次へと再現なくエロビデオが流れ、おととい着た服と昨日来た服が床中に散乱し、
でそんな状態がご機嫌訳はなく、
よって思い切り不機嫌な顔で


まったく男って奴はね、と。
おんながいないとすぐに野獣化してしまう。

やらなくてはならない事がある人間にとって

Posted by 高見鈴虫 on 24.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
やらなくてはいけない事がある人間にとって、
やることのない人間は、
全くもってどうでも良い存在な訳だが、
そういう奴に限って
やらなくてはいけない事のある人間の
足を引っ張ろうとする。

やる事がないのをいい事に
やる事のある人間の足を引っ張る事をやる事にしてしまったりもするのか。

そういう輩をどう避けるのか、
とても辛い問題である。

がしかし、
やる事のないような人間が足を引っ張ると言っても、
もともとやる事のないような人間なので
対した事ができる訳もなく
できるとすれば
ちゃちな嫌がらせ、
陰口やら意地悪やらまあその程度。

顔のまわりをハエが飛び回るようなもので、
気にすればうざったいがそれで死ぬようなものでもなく、
つまりはまあその程度
気にしないに越したことはない。

やる事のある人間はそのやる事に全神経を集中させるべきであって、
バカな嫌がらせが気になるようでは
それだけで負け、と思う知るべきである。

まずは自分に勝つことと、思い知るべし

いつの日か、釣りをして暮らしたい

Posted by 高見鈴虫 on 24.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
いつの日か、釣りをして暮らしたい、と思っている。

老後の愉しみ、と言うよりは、
そう、いつでもいいが、まあ、勝ち逃げできたかな、と思ったら、の話。

そう言えばガキの頃、夏休みによく小川に行った。
がそれは釣りをするためではなく、
むしろガキの頃は釣りが大嫌いだった。
獲物がいるのかいないのか判らないままじりじりと待つなんてことは馬鹿馬鹿しいにもほどがある、
と思っていたのだ。
そんなことなら、
ズボンの裾をまくってじゃぶじゃぶと川の中に入っては、
穴のあいたザルで川岸の草の根をごしゃごしゃとやって、
マッカチーやらカエルやらを取っていたほうが面白かったっけかな。

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はあどぼいるど ~ 男の価値は、孤独の侘しさの中に美学を見いだす事ができるかどうかで決まる

Posted by 高見鈴虫 on 25.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
はあどぼいるど

一人暮らしの長い男の部屋はたいていにして妙に片付いている。

一人暮らしという事は
当然のことながら

出て行った時と全くおんなじ状態がそこにある、ということで、
この全く同じ状態というのが
堪らなく気が滅入る。
なぜ気が滅入るのかとすれば
それはそこにある永続性にではないか、
と思う。
昨日は今日も続きで明日は今日の続き。
散らかった部屋はその永続性が際立つ。
と言う訳で
何かのきっかけに部屋を徹底的に片付けた後は
しばらくはその状態が続くように気を付ける。
それは片付けながら暮らすと言うのではなく、
なるべく何にも触らないようにして生きようと言うただそれだけのこと。
その構成物にうっすらと埃が積もる頃になると
部屋は人が住んで居ながら
見捨てられた感が強くなり、
侘しさが増す。
そうなるとそんな部屋にはやはり徹底的に帰りたくなくなる。
これだったらもっと散らかって居た方がいい
とも思ったりもする。
という訳で見捨てられた部屋に暮らす一人暮らしの男が今日も深夜の部屋に帰り着き
何に触る事もなく
灯りさえも付けないままにどさりとソファに倒れこむとテレビのリモコンさえ手を伸ばす事もないままにそのまま朝を迎えるというわけだ。
はあどぼいるど
男の価値は、孤独の侘しさの中に、敢えて美学を見いだす事ができるか、で決まるのか。

BLUE IN GREEN を聴く

究極の癒し系って

Posted by 高見鈴虫 on 29.2010 音楽ねた
究極の癒し系って
もしかしてビートルズであるようなきがする。
人々が幸せだった頃
果たして現実にそんな頃があったのかどうかはべつとして
そんな頃を思い出しているような
そんな気分にさせられるでしょ?

彼女の匂い

Posted by 高見鈴虫 on 29.2010 嘗て知った結末
する前では鮮烈に感じていた彼女の香しさが
したあとになるとまったく気がつかなくなって、
別れた後になって、そう言えばあの子、いい匂いがしてたよな、
と思い出すことになる。
あの匂いがやたらと嗅ぎたくなって、
そんなとき、実にたまらなくなったりもするわけだ。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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