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労働への誇り

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 今日の格言
なにも言わずに5ドルを投げ渡されるのと
ありがとうございました、
と心からのお礼を言われるのと
どちらがいいか
ということだ。


犬の寝顔

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 犬の事情
犬の寝顔をまじまじと見つめているうちに、
いつのまにかすいこまれて・・・
いつしか鼻先をくっつけあって眠っていることになる。

が、ふと、深夜に目が覚めると、
犬がじっと寝顔を見つめていることがあって、
むむむ、なにか緊急事態?と思うと、
ぺろり、と鼻先を舐めて、ことり、と頭を枕に落とす。
なんだ、寝ぼけてたのか

お互いがお互いの寝顔を見てるんだな。

そういえば、かみさんも寝顔が一番好きだ。

おじさんよ、新しい服を買いなさい。もう去年の服など着ている人はいないのだよ

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
昔、はどうだったか知らないが、
まったく人間というやつ、
歳をとればとるほどに、訳が分からなくなっていくものだな。

おばさんが例えブスであっても美人でもあっても、それは所詮、おばさんの一形態に過ぎないように、
おじさんには、おじさんである、以外にはなにもない。

ただ、金持ちそうなおばさん、貧乏そうなおばさん、というのはあるなあ、と思った。

多少不細工なおばさんでも、金持ちそうなおばさんはそれなりに幸せそうに見えたりもするし、
ということは、おじさんも然り、なのだろうか。

と、考えてふと、地下鉄の乗客たちを見回してみると・・・

確かにな、こんな地下鉄なんかに揺られている人々は、どいつもこいつも徹底的に貧乏臭い。

ただ、若い子たちがそれほど見苦しくもないのは、

うーん、たぶん、格好にそれなりに気を使っているからなのだろうな、と思う。

俺も含めて、おじさんたちの格好の手の抜き方と言ったらない。

俺でさえこう見えたって、5年10年前までは、ちょっとはおでかけようの服を用意していた筈なのに。

暗い窓に写った俺の姿、と言えば、犬の散歩から直行、つまりまさにホームレス、そのもの。

いったいどうしてしまったのか、とつくづく思うが、
つまるところ、もう面倒なのだ。
格好に気を配ることも、シャツを選ぶことも、人の目を気にすることも、
そう、おじさんは全てがもう面倒なだけなのです。

が、と思わず向かいに座った若いカップルを盗み見るに、
どう考えても、おじさんよりも良い服を身に着けているとも思えないし、
それほどまでにセンスが良い、とも思えない。
少なくとも、このおじさんが一番気合を入れていた頃に比べては格段に安上がりの服装でしかない。

つまりだ、と一言。
若い子達の服は、ただたんに、新しいのだな、と思う。

ああ、そういえば、最近、新しい服などとんと買ってないな。
その最近、というのが、実は、ここ数ヶ月、どころか、ここ数年になるわけで。

高くても、ずっと着れる良いものに大枚叩いたのはずっと昔。

いまやH&Mやらユニクロやら、つまり、安い、かわりに、ワンシーズンで終わりになる、
使い捨ての服、ばかりなのだろうな。

そしておじさんは、ついついそんな服でも、シーズンが終われば綺麗に畳んでしまいこんでしまったりもするのだ。

なんだそうか。つまりはそういうことなのだ。

おじさんよ、箪笥の扉を開き、古い服を捨てなさい。

もう去年の服など着ている人はいないのだよ。

ウォール・ストリートのデモ行進の奴等

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 ニューヨーク徒然
ウォール・ストリートのデモ行進の奴等、寒いのに大変だな。

思わず駆けつけて写真を撮ったり、あるいは共に肩を組んで歌を歌ったり、
というほどの熱狂はないのだが、

確かに言っていることは良く判る。

奴等にしたって、別にああしてデモ行進をしながら、

欲張りに、欲張りであるのをやめろ、と主張しているわけでも、
馬鹿に利口になれ、と言っているわけでもない。

ただたんに、金持ちからも税金を取れ、と言っているだけの話でさ。

金持ちからは税金を取らない、ということが、なんの疑問もなくまかり通っていしまっている、
そのなんの疑問もなかったことに、敢えて おいおい、と言っているだけの話なのだ。

このデモを、あーだ、こーだ、いう奴は、人間の屑だ、とすぐにわかるバロメーターだ、と思っている。

原発のほーしゃのーに問題がない、といっている人たちに、 率先して福島にご移住いただき、率先して福島の野菜を召し上がって頂くことにしましょう

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
あのさあ、

原発のほーしゃのーに問題がない、といっている人たちに、
率先して福島にご移住いただき、率先して福島の野菜を召し上がって頂くことにしましょう、
もちろん、ご家族の方とご一緒に、

という、

まったくまっとうな意見がどうして出ないの?

問題がない、と言っているんだから、そういう人に率先して行動して貰おうよ。

やれやれ、これほどまっとうが通らないご時世ってのも、ますます訳が分からないな。

地球からしてヤケクソになっている、と思う。

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
週末の朝、犬の散歩の途中で空を見上げたら、
いきなり雪の塊がわらわらと降ってきたので驚いた。

雪!? まだハロウィン前だぜ・・

おいおい、と、思わず首を傾げて苦笑い。

今年に入って、
マサチューセッツに竜巻!が起こった、ってのも驚いたが、
ニューヨークに大型台風が来襲し、挙句に地震!まで起こって、
まさに、晴天の霹靂、まさに、ありえないことのオンパレードだな。

なんて思っていたら、おいおい、アメリカの各都市で、なんとオーロラ!が観測されいるらしい。

まさに、安いカタストロフ映画、そのものという奴で。

まあしかし、そんな常識なんて、目の前にそれが起こってしまった時には、
いとも簡単に覆されてしまう。
つまり、現実は現実として認めざるを得ない、ということでさ。

サブプライムも、ベールアウトも、日本の津波も、東電の原発隠蔽も、
まさに、まったく信じられないことばかりなのだが、
そしてこの天変地異。

やっぱり、ありえねえ!
ことではあるのだが、
現実として起こってしまった以上は、もうそれを認めざるを得ない。

つまり、やったもの勝ち、と言うわけでさ。

21世紀は、地球からしてヤケクソニになっている、のかな。

などと思いながら、
ふと足元を見ると、そんなありえない状況など露知らず、

尻尾を振りながら、おい、早くボール投げろよ、とせがんでいる犬。
やれやれ・・

やっぱりね、お天道様に文句を言ってもはじまらないしさ。

天変地異は天変地異で、無邪気にそれを楽しむのが一番。

あまりに疲れ切って帰宅した夜

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
あまりに疲れ切って帰宅した夜、
ありあわせ晩飯を食ったとたんそのまま昏睡。
目が覚めて3時。真夜中の部屋。
不思議なぐらいにすっきりと目が覚めて、
がしかし、こんなに頭がクリアなのになんとやることがない。

日ごろから、
仕事などしている場合じゃない、
いま一番しなくてはいけないのは、レジメのアップデートだ、
とは思っていながら、
いざ夜中の3時に目が覚めて、
自身のレジメの書き直しを始めるにはなんとも気が滅入る。

寝静まった部屋、かみさんはもちろん寝ている。
汗ばんだ髪の中から晩飯に使ったたまねぎの残り香がして、
ああ、これがぬかみそ臭い、ということなのか。
やれやれ、歳をとってしまったな、とつくづく思う。
俺はこの女を果たしてどれだけ幸せにしたのか、不幸にしたのか。

若いころだったら、そのまま耳たぶを齧って、
口唇から首筋からを舐め上げてそのままシャツを広げて乳房にむしゃぶりついて、
とはじめたところなのだろうが、
いまそんなことをやったら、股間を思い切り蹴り上げられるのがおち。
もう、いい加減にしてよ、と怒鳴られたが最後、3日も口をきいてもらえないだろう。

と言うわけで、おいおい、なんと信じられないことに、手持ち無沙汰、だ。
つまり、時間をもてあましている、ということなんだな。

暗い天井を見上げながら、ふと、俺のおやじにもこんな時があったのだろうか、と考える。
親父も人間であった以上、あったのだろうな、と考えてみる。

と、ふとすると、うーん、と唸って頭を上げた犬が、
いきなり飛び起きて伸びをした。
散歩?夜中の3時に?とあきれる俺を見上げる目の輝き。
やれやれ、と苦笑いをして頭をなでると、
そのまま、俺の腹の上に寝転がったまま寝息を立て始めた。

これが家族と言う奴なのかな。

かみさんの寝顔を眺めながら、くっそやりてえなあ、と舌打ちをひとつ。

妙なことにならないように、読みかけたまま埃のつもっていた文庫本を手にとってリビングのソファーに移動しよう。

砂の城

Posted by 高見鈴虫 on 09.2011 今日の格言
枯葉舞うセントラルパークで、
人生ってあらためて砂の城だよな、
と長いため息。
シティマラソンが終わって、
後は冬を待つばかりか。
今年の冬は長くなりそうだ。

ちんかす人よ

Posted by 高見鈴虫 on 12.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
チンカス人よ
俺もいい加減いつ死ぬか解らないので
できるかぎり
君らのようなちんかす人との軋轢で時間を無駄にしたくないのです
のでお願いだから邪魔をしないでください
それはお互いの為です
もしもあなたにそれが解らないなら
一番手っ取り早い方法を取らざるを得ません。

病院にいる人は元気がない

Posted by 高見鈴虫 on 14.2011 今日の格言
あたりまえの話かも知れないが
病院にいる人は元気がない
なぜ元気がなく見えるかといえば
やはり顔色だろう
つまり
顔色を見れば大抵のことは判る。
いままで健康診断でろくに検索もせずに
追い返されていた理由が判った。


顔色

Posted by 高見鈴虫 on 15.2011 ニューヨーク徒然
あたりまえの話かも知れないが
病院にいる人は元気がない
なぜ元気がなく見えるかろいえば
やはり顔色だろう
つまり
顔色を見れば大抵のことは判る。
いままで健康診断でろくに検索もせずに
追い返されていた理由が判った。

TPPの件で、色々な人から色々な話題を振られる

Posted by 高見鈴虫 on 15.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
TPPの件で、色々な人から色々な話題を振られる。
こんな俺にそんな事を聞いてどうするつもりだ、とも思うのだが、
まあなにを見ても聞いても読んでみても、
よくわからない、
つまり、メディアがもうちょうちん記事しか書かないことにようやく気がついたので、
なにひとつとして信用できるものがない、という状態な訳なのだろうがね。

俺的な意見で言えば、
もしも今、一家心中の寸前、会社は倒産寸前、家族は飢え死に寸前、
なのだとしたら、TPPだろうかPTTだろうが知ったことではないだろう、
だから知らない振りをしておけ、と。
もしも今持っているものを失いたくない、と思っているのなら、
永遠に持ち続けるなど無理なので、失いたくないと思う気持ちを改めなさい。
もしもこの波にかけてぼろい儲けを、と考えているのならば、
この後に及んでまだそんなことを言ってる馬鹿は一回死んでやりなおせ、つまり死ね、と。

と書くとまさに釈迦の説法のようだが、
無責任なようだが、
唯一言える事は、少なくとも現存する日本人で、
この先どうなるかを予測できている人間などいない、ということ。

未来のことなど誰も予想ができないから。

そう、そう言うのは簡単である。
が、そう言ってしまえば、人類の歴史はすべて闇雲のなかの行き当たりばったり、
になってしまうのか、というと実はそんなことはない。

日本とまったく似たような国が、
日本とまったく似たような状況で、
日本とまったく同じようなことになっている歴史がいままでにも何回もあるはずだ。

そらここにある、ギボンのローマ帝国衰亡史を読んでみろ、
といわれたらただのいじめ、あるいは、わるふざげだろうが、

そう、俺はこの雰囲気を一度味わっている。

1994年前後のNAFTA締結に向けたMEXICOと米国の関係だ。
その後、MEXICOと言う国ががアメリカの中西部がいったいどうなったか、
よおおおく考えたほうが良い。

などと言っても、
だれもメキシコのことなんてなんにも知らないんだろ?(笑

まったく、ほんと、フジテレビのお笑いばっかりばっかりばっかり見せられているうちに、
ほんとうのほんとうのほんとうの大馬鹿になってしまったんだね、日本人。
で、いまになってようやく判ったろ?
日本をそうやって導いてきたフジテレビ、あるいはマスコミって、
つまりそういう人々なんだって。


と言うわけで、
活字の読めないサル以下のばか者どもにも良くわかるバロメーター。

日本で一番薄汚いうじむし以下の腐れ国賊はなんと言っているか、
を見てみたらすぐわかる。

というわけで、ナカソネだ。


過去、日本中に原発をはりめぐらせ、
原発汚染から、原発汚職から、原発コンマグ化を招き、
後にアメリカにおかまを掘られて、英語など一言もわからぬくせに、
ロンヤス、俺たち友達なんだぜ、なんてキャンペーンを張って世界中に嘲笑されたすだれ禿げ。

この国賊の中の国賊、腐れすだれ頭のなかの腐れすだれ頭が、
以下のようにのたまっている限り、

中曽根康弘元首相は15日、BSフジの番組で、野田佳彦首相が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の交渉参加を表明したことについて「判断は正しかったと思う」と評価し

大爆笑!!!!

つまり、

日本を東電の原子力ですべて壊滅させてもかまわない、いま儲かれば、
と思っている、今の原発推進派のキチガイのようなひとびとは、賛成、

そうでないまともな人々、
この国の文化を愛し、人々を愛し、歴史を愛し、風景を愛する人々は、
つまり、反対、と、。

判りやすいでしょ?

つまりだ、結論を言えば、
もしも、身体を張ってでも、悪いことは、悪い、良いことは良い、と訴えるつもりがあるなら、
もちろん、反対しろ、そんなこと、誰に言われなくたって判るだろ?

判っていながら、道理を通り越して損得でこすい計算を始めるから訳がわからなくだけじゃねえか。
と。

ただね、

ひとつの懸念が、米国側からの交換カード。

もしこれを断ったら、どんな仕返しを考えてるかってことで。

こういうときに瀬島隆三でも生きていて、ぴょーんとホワイトハウスに飛んでってもらえるととてもうれしいのだが・・・

もう日本にはそんな人はいないのだよね。

キムタクにでも頼んでみるか。

西72丁目のあたりには本当にろくなレストランがない

Posted by 高見鈴虫 on 16.2011 ニューヨーク徒然
去年からここ72丁目に引っ越してからと言うもの、
正直言って近所でろくなレストランに入ったためしがない。

まあ確かに犬を連れているというのがある。

犬の嫌いな人にとっては、
せっかくの外食の機会を隣の犬に邪魔されたくは無いだろう。

という訳で、DOG FRIENDLYのレストランに限られるのだが、
不思議なことに、これだけDOG LOVERが多い地域でありながら、
そう考えると不思議なぐらいにDOG FRIENDLYのレストランが少ない。
あっても、必ずまずい。
jまさに、
犬を呼び餌にしなかったらだれもやって来なかったからか、とさえも思わせるような代物ばかり。

がしかし、

ならば、と、犬を連れずに外食に出たらうまいものがあるのか、
と言えば、それもそうともいえない。

とくにアジア系は壊滅的にやばい。

日本食などはなからあきらめているが、
名前からして、これはぜったいに日本人の命名ではない看板が、
堂々と日本食を歌っているところがまたいんちき臭く、
足を踏み入れないどころか、
そんな店には顔さえも向けたくないし、
そんな店は、きまって、
本当の日本人が通りかかると後ろめたそうに顔を背けるのですぐにわかる。


だったら中国系はどうか、というとやはりこれもやばい。

やばすぎて、まじめに食べたら身体を壊しそうな気もするのだが、
果たして、食べ終わると必ず身体を壊す。
つまり、
超ド級にとんでもない量のMSGが叩き込まれているのか、
あるいは、NO MSGと歌ったからには味付けの必要は無い、
とばかりに、なんの味もしない、ただ焼いただけ、煮ただけ、のような代物、ばかり。

まあ確かに、リンカーンセンター近くの、
それこそ、座っただけで1万円が飛びそうなレストランはそれなりに美味しいのだろうが、
日本からお客が来たわけでもなにかの記念日であるわけでもなく、
ただ近所で普通にてんやもんで済ませたいってなときに、
このすさまじいばかりのまずさはほとほと悲しくなるばかりだ。

このコックは、と思う。

まず自分で作ったものを、人に食べさせる、どころか、
自分で食ったらどうなるか、ということさえ、まったくなにも考えていない。

このコックは、
自分で作っているものを、たった一口でさえ、味見をしていない。

ただ、なにも考えないままに、泥だらけの床に転がった野菜を荒いもせずに引きちぎり、
火をかけたままのコンロにゆだった手鼻まじりの油に放りこみ、
フケをこそげ落としがてら手づかみの塩のかたまりを、
それがなんかも知らずに脇目を振りながら放り込むか、
あるいはそれすらも忘れてしまって、と。
で、
これじゃあまりにまずいだろうと気をつかったウエイトレスが、
コーヒー用の砂糖やらなんやらを気持ちばかり振りかけてみました、
とか、
たぶんそういった状況でこの大作ができあがってる筈だ。

かみさんはもちろん不機嫌である。

料理などまずくても楽しい時間をすごすことは可能な筈なのに、
という言い分なのだが、
かみさんには悪いが、ここはやはりひけない。

金を払って食べる、食べさせる以上、金を取れるものを作るのが義務、と思っている。
そこを譲るわけにはいかない。

というわけで、店のオーナーを呼んで、
これは日本食どころか、人間の食べるものとは思えない。
そちらで確認してほしい、と下げてもらったら、

次に出てきた
焼きうどんにやまほど海老とイカとカニかまを入れてくれた。

なのだが、
これもサービスのつもりか、白身魚もフライに酢蛸やらわかめ、なんてのも入っていて、
まさに残飯の一歩手前。

で、止せばいいのに、
誰に聴いたのか、ごま油をかけた上から、
しょうゆをぶちまけ、で、そこになぜか山のようなサッカリンをぶちまけてしまっている。

正直言って、皿が届いた途端、匂いをかんだだけでうっとこみ上げてきた。

だろ?
あんたが変な文句言うからだよ。
そうとも見えないぜ、ほら、自信作ですってな顔してるし。
この人たち、人間の食べ物食べたことないんじゃない?
だから言ってるだろ、そうなんだって。

が、しかし、事実がどうあれ、こんなものに金を払わされるのは堪らない。

たしかに、このごみ以下のものに金を払ったら生きていけない、
訳ではないが、
笑ってはすまないぐらいの金額は取っているはずだ。

つまり、ぶっちゃけ、この吐き気をもよわせる生ごみ予備軍は、19ドル、なのだ。

と言うわけで、ここまできたら仕方が無い、とばかりに、

目の前の寿司シェフに、食ってみろ、と食わせてみた。

最初は拒否したが、俺の笑いが、うれしいのでも楽しいのでもなく、
ただたんに、思い切り辟易して苦笑いだ、と気づいてさすがに一本だけ箸をつけた。

うまいか?
と聞かれて首を傾げる。
うまいのか?まずいのか?YESかNOだ。
YES,と答える。うまいよ、と。
なら全部食え。

いや、それは、と苦笑い。

と言うわけで、床に落としてやる。

あ、悪い、と笑ってやる。

ついでにテーブルも椅子も転がしてやってもよいと思うがそこまでやると警察を呼ばれたときに言い訳ができない。

ので、皿だけだ。

悪かったな。作り直してくれ、と言ってやる。
せめてものおなさけだ、と俺は思っている。

ちなみに、
がきはしらないだろうが、俺がまだがきだった時代はそういう奴がたくさんいた。

場末の安食堂でさえ、まずい、食えねえ、なんて日常茶飯事だった。

つまり、
少なくとも日本の料理屋はこれで鍛えられたということだ。

ちょっとおしゃれになってからでさえ、

看板といかさまチラシとうんちくばかりでまったく身が伴わない店には、
やはりそれなりの報復がまっていたように思う。

女は一口食っただけで箸をおき、ビールもう一本、とタバコに火をつけ。
男はタバコを吸殻を料理の上からおしつけて、これ下げてくれる?気持ち悪くなるから、
と、さらりと言ったものだ。
それに文句を言われたら、そのときはテーブルを転がした。

こんなまずいものに金は払えない。やるならやる、かかってこい。
あるいは、
作り直すというなら、もしかしてそれがうまかったら、2食分の金は払ってやる。

作るほうも本気なら食うほうも本気だ、日本はそうやって鍛えあがってきた国だ。

が、しかし、悲しいことにいんちき日本食屋はやはりいんちきでしかない。
彼らはぜったいに作り直しはしない。
作り直さないところがまたいんちきたるゆえんだ。

なきそうな愛想笑いでたちの悪い客を送り出した後、
手鼻でもかんで残飯に叩き込むだけだろう。

それぐらいのものしか作っていないのを彼らも重々ご承知なのだ。
つまりははなからそれぐらいのもの。

日本食がいったいどういうものなのかを知らないばかりでなく、
一皿19ドルを出したら、ほかの店ではなにが食べれるか、それさえもなにも学んでいない、
つまり、徹底的になにもしらないだけの話なのだ。

ああ、まずいものばかりだ。
どいつもこいつもみんな早くつぶれてくれないか、と本気で思う。

100ドルだせばまともなものがあるって?
そもそも19ドルでまともなものをくわせろというのから無理な話だと?

ばかばかしい。
家賃が上がりすぎるから、と、ただそれだけの理由、なんだろ?
こんなキチガイ家賃では、どんなみせも、まっとうに商売などできるわけが無い。
というつもりか?
いっちゃなんだが

料理人も1年でもたてば、生ごみからだって、塩かげんと油かげんだけでそれなりに食べれるものを作ることは十分可能だ。
そのぐらい、だれでも知っている。
昭和の日本の主婦なら、だれでもやっていたのだ。

つまり、
ニューヨークで飯がまずくなったのは、それすらもできないことに対するただのいいわけだ。

100ドル出さなくてはまともなものが食えない町が世界中のどこに存在する?
100ドルだしてもこんな投げやりなごみのようなものしか出せない国がどこに存在する?

72丁目で外食に出るたびに、
俺はNYCという街の終わりを痛感するようになっている。
もうこの街は飽き飽きだ、と本気で思っている。

いきなりだが週末に死にかけた

Posted by 高見鈴虫 on 17.2011 ニューヨーク徒然
いきなりだが週末に死にかけた。

金曜の午後から胃が痛み始め、
家に着いた後は吐気が止まらず、
が、まあ、例によって、
そのうち治るだろう、とたかをくくっていたら、
そのうち吐き過ぎから脱水症状を併発していつしか意識朦朧。
その朦朧とした意識のまま、
大丈夫大丈夫、ぜんぜんたいしたことない、頼むからほっといてくれ、
と繰り返していたわけで。

結果、日曜の朝になってようやく
ER、つまり救急病棟に担ぎ込まれることとなった。


インドの安宿を思い出すパイプベッドの上で
ブドウ糖の点滴を何リットル分、に加えて、
痛み止めのモルヒネで天国気分。
いやあ噂には聞いたがモルヒネ最強だな、
などと悦に入ってつかの間の惰眠を貪っていたら、
その不謹慎を見透かされたように
そのままERを放り出された。

で、改めて専門医に精密検査。
内視鏡ってあああの胃カメラだろ、
バリウム飲んでさうんこ真っ白になるやつだろ
なんてたかをくくって出された書類を見もしないでサインしていたら、
いきなり転がされたベッドの上で
両腕に点滴ぶっさされ鼻にはチューブ、
あれあれなにが始まるのか、と思っているうちに
1ー2ー3ーはいっ!で、帽子からハトが飛んでくみたいに気が失せていた。

目が覚めると、
廊下の奥の暗がりの、簡易ベッドの上にひとり。
空いた背中がそこだけすーすー寒い。
まだぐにゃぐにゃな体のまま何とかベッドを降りて、
がしかし、いきなり間接がへなへなと折れて歩けず。
くそ、こんなことならずっとベッドで寝てれば良かったか、
と思いながら、
なぜか満身の力を振り絞って歩く歩く。
そうやって歩きながら、へへへ、俺はまだ生きてるぜ、とほくそ笑み。

がしかし、
あらためて、
あまりにこのあっけなさ、と言ったらないな、
とまじめにに唖然。

ってことはだ、
何かの手違いで手術中に逝ってしまっうようなことがあったとしたら、
まさに、1ー2ー3ーはいっ!でこの世とおさらばだったんだな、と。

そう思うと、なんだ、死ぬのってすごく簡単なんだな、と。
で、そう結論すると、宗教ってやっぱ胡散臭い。
死後の世界なんて、所詮は生者のこじ付けに過ぎないという確信を新たにしながら、
という訳で昨日、ようやく下界に帰ってきた。


妙に久しぶりの我が家
はしゃいでじゃれつく犬がいくらなだめても膝の上を離れようとしない。
やれやれ、お前がいるうちは簡単には死ねないわな、と苦笑い。
と、
ようやく一息ついて、
で、性懲りもなく、
うーん、やはり、せっかく家に帰って来たのだから、
なにか美味いものを食べたいな、と。

思えば、金曜日の夜にうどんを食べてからなにも食べていない。
が、それもすべて吐き出してしまっていたから、
指折り数えるまでもなく、これはもう既に断食修行に近い。

が、不思議なものでそれほどの飢えも感じないということは、
やはり現代医学、点滴の威力なんだろうな。

出来れば久しぶりに米の飯を食べたかったのだが、
ものの見事に冷蔵庫はからっぽ。
やれやれと結局、生きて帰って口にできたのはりんご一個。
つくづくうちのかみさんすべてをあきらめてるなと。
死にかけたことよりも、その事実のほうが裏寂れた気分にさせられる。
が、しかし、だ。なにがあっても、いまこの状態で離婚はあり得ない。
なぜかといえば、それはぶっちゃけ保険だ。
因みに俺の会社の保険ではこの週末にかかった医者の、
そのどれひとつとしてにしてもカバーしていなかった。

ERに担ぎ込まれた瀕死の俺が、
まるで1-2-3で帽子からウサギをとり出すようにして生還できたのは、
手品というよりはかみさんの入っている保険があったためだ。

つまり下手をすればこの週末だけで俺は破産していた可能性も大きかったわけで、
あるいはその時に金を惜しんだら、それこそお金を必要としない世界に旅立っていた、というわけだ。

といわけでアメリカ、
改めてこの国の医療はすごい。
金のない人間はまともな医者の見てもらえる可能性はまずないだろう
良くてERの裏口から点滴をぶら下げたままとんづらを決めるのが関の山。

これまで在米歴の長い先輩方からは、
この国の凄さは病気になって見ないとわからないぜ
とは度々に渡って言われてきたのだが、
この期の及んでようやくその言葉の重みが身にしみた。

そもそも、
これまで病気なんてものもなってみるまでは、
まさか自分が罹るなどこっれっぽっちも想像さえしたこともなかった
それはあまりにも唐突に現れ、
現れたとたん一瞬のうちにすべてを朦朧とした霧の中に包み込み、
そしてなにひとつとしてなんの準備もできぬまま、
下手をすると、123はい!で消されてしまうものかもしれない、のだ。

そのあまりにも簡単であっけない死の光景が、
ありありと目の前に広がって思わず苦笑い。
つまり、まあ、人間なんて、その程度のものなんだろう、と。

いまさらながら、モルヒネの甘美な霧の中を漂っていた時を思い出す。
あのまま、さーっと、霧が風に流れるように、
そのまま向こうの世界に漂って行ってしまうのは、
実は、とてもとても簡単なことなのだ。

諦めてしまえるなら、死はそれほど悪いものではない。

と言うわけで、後日談。

実はこれは誰にも言っていないのだが
果たして手術室の簡易ベッドからおりたって
死地からの生還を果たしたその足で
メトロポリタン美術館に向かった

麻酔に霞んだ目を擦り、ふらつく足を引き摺りながら
人類の叡智の森を彷徨っていた。

なぜ人は生きるか 、と思わず呟いていた。

そして
なぜすべての画家たちが、人類が、
ゴヤやモネやピカソになれなかったのか考えた。




答えは、

人と同じことをやっていたからだろう。

そして彼らはそれが嫌だったのだ。
そしてたぶん俺もそれが嫌なタイプの人間であったはずじゃなかったのか

たった一度の筈の人生で
俺は既に2度も3度も、あれ、俺って死んだ筈じゃなかったのかな?
なんて経験してきたが、
そしていま改めて思う。

俺はなぜ生まれてきたのか。

これをするためにか?

そして、俺は俺の人生を生きているか?

そう考えると、
からっぽの冷蔵庫を覗き込んだ時のように、
なにかちょっと無性に辛くなった。




            ~遠方の友に宛てたメールより

ER BEFORE AFTER ~ その1 「腰痛が消えた」

Posted by 高見鈴虫 on 20.2011 ニューヨーク徒然
凄く不思議な話なのだが、

ERの後、
あれほど苦しんでいた腰痛が嘘のように消えた。

飯が食えずに点滴暮らしになっていたから、
身体が妙に軽い、
見れば腹筋の縦筋も復活していた。
歩くときの体重のバランスがちょっと前に行っている気がするし、
このまますい、と走り出せそうだ。

腰痛の原因、結局それか?
太りすぎ、食べすぎ?やれやれ・・・・

ER BEFORE AFTER ~ その2 「あらためてアメリカはFASTFOOD漬」

Posted by 高見鈴虫 on 20.2011 ニューヨーク徒然
ERから生還。

聞くところによると胃に馬鹿でかい穴が開いてるというのに、
どういう訳だかえらく腹が減っている。

で、なにを食べたいか、
と言えば、
もうそれは、言わずとしれた「ピザ」だ。

ペパロニとソーセージに山ほどのチーズを乗せた、
熱々の奴だ。

あるいは、
ジュージューと肉汁を滴らせたハンバーガー、

あるいは、
血の滲んだ油がピチピチと飛び跳ねそうな鉄板焼きのステーキ。

普段からそんなもの、食べている訳ではないのに、
どういう訳か、ERを出てからというもの、
その映像が頭から離れない。

と言うわけで、ふと思いついた。

ERのベッドの天井にとりつけられたテレビ。
そこで流れていたNY1。

点滴を打ちながら朦朧とした頭で眺めていた
あのNY1の
ニュースの間に流れていたCMが、
実にこの、
ピザとハンバーガーとステーキ、ばかりだったのだ。

いやはや、
肥満を無くそう、などとはよくも言うものだ。

TVで流れ続けるファストフードのCM

あれこそが洗脳でなくてなんと言おう、

と改めて気がついた。

世界で一番格好よい引き際

Posted by 高見鈴虫 on 23.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
「立川雲黒斎家元勝手居士」(たてかわうんこくさいいえもとかってこじ)


立川談志


あっぱれな最期であった。
あやかりたいものだ。

ER BEFORE AFTER ~ その3 「味の素のはいっていないものってなんですか」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2011 ニューヨーク徒然
と言うわけで、
ようやく家に辿り着いたのだが、
この胃に穴の開いた状態で、
いったいなにを食べたらいいのかさっぱり判らない。

まさか開いた穴からこぼれないように、
なるべく大きなものを噛まずに飲み込みなさい、
というわけでもないだろうに。

と言うわけで、
とりあえず、一番身体に良さそうかな、と思いついた、
味噌汁、ぐらいからどうだろう、

と、
ハナマルキだかなんだかのインスタント味噌汁を作ってみたのだが、

いざ、一口すすった途端、!@#$ なんだこれは!と。

いきなり、口中に味の素がいっぱいに広がって、べったりと張り付いて。

で、まさか、もしや、と思った、カップラーメン。
大好きなとんこつ味、の筈が、
これはもう、蓋をはがしたとたんに、鼻から吸い込んだ湯気がまさに味の素のガス。

あらためて、日本のインスタントって、味の素、味の素、味の素の塊り。

がしかし、そう、日本人だ。味の素ぐらいがなんだ、というより、
味の素こそは、戦後の日本のおふくろの味、ではなかったのか。

と言うわけで、
味の素スープ、じゃない、とんこつスープ、
えいやあと、ずるずると飲みこんだ途端、
じわっと五臓六腑に染み渡る熱いスープ、
いやあ、うまい、これぞ日本の味、つまり、
病気の時には一番頼りになる安心の味、

と思いきや、

いきなり顎から首から胸からがなんとなく痒くなってきて、
おっと、これ、蕁麻疹?

まさか、俺ってまさにこんなものばかり食べて育ってきたはずなのに。

どういう訳だか、ERからこの方、

MSGと言われる、化学調味料、つまり味の素、の入っているものが、つくづく食えなくなった。

と言うわけでなんだ、
改めてだ、

現代の食物って、まさに、薬品漬け、まさに、化学調味料漬け、つまり、毒漬け、ってこと、なんだな、と

あらためて思い知った訳だ。

原発賛成=TPP賛成 つまり金さえ貰えればなんでも言っちゃう「プロの嘘つき屋」というだけの話

Posted by 高見鈴虫 on 23.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
どういう訳だか、

原発に賛成の奴って、得てしてTPPにも賛成だな。

で、

反原発は、決まってTPPにも反対。

なにに対してもポジティブな奴、といるし、なににたいしても文句ばかり、の奴もいる。

が、果たしてそういう問題だろうか、と思う。

で、俺的には、

なにがどうあっても、目先の金だけで後先のことは知ったことじゃない、
というか、
なんとなく、もう死に物狂いで鼻から堤燈振り回しているのが、原発推進TPP賛成派。

で、

命の危険、を振りかざすわりに、わりとのほほんとしている反対派。

つまりは、とさかを立てててんぱってるのはまさに、原発+TPP賛成派、の人々の方。

この期に及んで、放射能を撒き散らす原発に対しても、
賛成せざるを得なかったような奴は、
たぶん同じ事情によって、
TPPにも賛成しなくてはいけないなんらかの事情があるのだろう、としか思えない。

この不自然さ、この必死さ、の理由は、
つまりは、言ってしまえば、
それはまさに、ただの、「金」だ。

金をもらってしまったからには、
原発であろうが、TPPであろうが、がむしゃらに賛成をでっち上げなくてはいけない、のだ。
ここまで来ると、無理なこじつけも嘘八百も、仕事である以上は真剣そのもの。必死なのだ。

つまりはだ、

金さえ貰えればなんでも言っちゃう奴ら、つまりは、煽動士、つまりは、プロの嘘つき屋、ということになる。

この、プロの嘘つき屋のかたがた、
金貰えれば、たとえそれがどんなことであっても、しゃーしゃーと正論めかしてぶちまけるんだよ
自分自身の発言に対する責任やら、なにやら、なんてこれっぽっちも考えちゃいない、

なんてったって、嘘をつくことが仕事、なんだから。
なによりも、
プロとしてのプライドと責任において、あることないこと嘘八百を吼えまくる、という訳だ。

まあ確かに、
プロである以上は、それを生活の糧にしているわけで、
家のローンから、車の維持費から、子供の教育費からが、
すべてこの嘘八百からまかなわれている以上、
真剣そのもの、なにがどうあっても、徹底的に嘘をつき続けなくてはいけない、
という訳だ。

が、しかし、だ。

そんな嘘つき屋も、今度ばかりは事情が違う。

なんといっても、死んでもつきつづける嘘が、
人の、そして、己の、そして己の守るべき家族さえの生命に直結しているのだから。

原発は大丈夫です!と言い続けながら、
そういっているそばから、自身と、自身の家族の身体が放射能に蝕まれている訳で。

まさに、えせ資本主義の殉教者。

滑稽を通り越して、ちょっと神々しくさえある。

が、そう、そういうやからは勝手に神々しく死んでもらって、

俺らは、つまりは、
そういう奴にかかわりあう義理などない、ということを、
よーく認識していなくてはいけませんよね、と。

ER BEFORE AFTER ~ その4 「脱力」

Posted by 高見鈴虫 on 24.2011 ニューヨーク徒然
ERで痩せたのはいいんだけど体力がすっげえ落ちてるね
身体の芯がすっと抜け落ちた
というか
気力の袋に穴が空いてしまったような。

歯が抜けて空気が抜けて上手く話せない、
そんな感じ。

やっぱこれ、普段の風邪やら、空腹、とはちょっと違うや・・

いまさらながらちょっと驚いた

習字をすることがあったら書いてみたい書

Posted by 高見鈴虫 on 24.2011 ニューヨーク徒然
ろひ
しと


横業
領務


ぼた
たな

まや
んり

おや
しり


がが
まま
んん




過去中国では、大躍進政策の失敗により4500万人が餓死したという事実。そしてその間を生き延びた人は、当然人肉を食らって生き延びた訳で

Posted by 高見鈴虫 on 24.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
日本においては、某朝日新聞の隠蔽により明らかにされなかったが、

中国では、
大躍進政策の失敗により、
1958年から1960年の間に、
4500万人の餓死者を出した。

この間に、餓死をしなかった人間、というのは、
つまりは、死んだ人間を食べながら生き残った、ということ。

つまり、
現代の中国人のほとんど全てが、人肉喰らいの末裔、という隠しようも無い事実。

で、ついでに言えば、

その後、1966年から1976年までの間、10年に渡り
文化大革命と称し、
国中を内ゲバ苛め殺人の嵐が吹き荒れ、
その間、やはり数千万人からの人々が扼殺された。

末期的集団狂気の中で
少しでもまともにものの考えられる人は、
反革命と密告されてはなぶり殺しにされてきた。

つまりその10年の間に、
まともにものの考えられる人は一人残らず淘汰されてしまったわけで、
その10年を生き抜いた人、というのは、
自身の親さえ兄弟さえをも密告し苛め殺して生き延びた人々、ということ。

これだけ見ても、現在中国に生息する人々が
どういった人々であるのかすぐに判る、
つまり、まあ、そんな狂人の末裔ばかりだ、ということなわけ。

と言うわけで、
なにひとつとしてなにひとつまともに行かない中国の
その謎の理由がこれですぐに理解できる。

ちなみに、そんなことさえ知らないのは日本人だけで、
中国人自身は、もちろんその歴史を骨の髄から知り尽くしている。

忘れようにも忘れられる筈もなかろう。

俺の両親は、死人の肉を食らい、
あるいは、隣人を殺して、或いは家族を手にかけてはその肉を食らい、
そして、ヒステリーと苛めと密告と集団リンチの地獄を生き抜いた、
まさにゴキブリのような人々なのである、という事実を、
歴史として史実として現実として、知り尽くしているわけだ。

それを理解せずして、中国は絶対に理解できない。

つまりだ、現代の中国人をまともな人間だと思ってつきあってはいけない

ご乱心でござる

Posted by 高見鈴虫 on 24.2011 今日の格言
すべてのメールに、

うっせばーか、
と書いて返信してやりたくなる。

受け取った人は、驚く、や、怒る、よりも、むしろ 痛快 に感じるのではなかろうか、
と一抹の期待もある。

糞馬鹿野郎 のひとことも添えたい。



アラジンの魔法のランプ

Posted by 高見鈴虫 on 24.2011 犬の事情
頭を撫で撫で撫で撫で、としていたら、
気持ち良さそうに目を閉じていた犬の鼻の穴から、
いきなり白い煙がもくもくしはじめて、
いつのまにか素敵な魔人が、はいはいさ、と出てくるなんてことは、
まさかないよな。

犬の頭を撫でるたびに、
アラジンの魔法のランプを思い出す。

悪気がなければ何を言っても許されるのか

Posted by 高見鈴虫 on 26.2011 ニューヨーク徒然
ホーム・パーティの帰り道で、
だめよ、あの人の前で、デブ、なんて言ったら、
とかみさんに怒られた。

え、でも気にしている風じゃなかったぜ。一緒になって笑ってたし、
と俺。

だから、気づかないふりしてたんだって。

と言われたものの、
でも会話をしていた当の本人、つまり俺、はそういう印象はない。

つまり、あの人、
実は、自分自身をデブだとは思っていないのではないかな、
と仮定してみる。

なので、あの人、である彼女が傷ついていた場合、
けろっとした顔をして、
えっ!なんで? だって、あなたは太ってないじゃないか、
と言ってしまうのが一番ではないのか。

実はその言葉の方が、彼女にとっては嬉しい、
つまり、もっとも聞きたかった言葉、なのではないか、と思うわけだ。

が、それによって、彼女が油断してなおさら太るようなことになっても、
俺は知らない。

いずれにしろ、女性の前で、デブ、を話題にしないほうがいいようだ。

十中八九、女性は自身をデブだと思っていたりもするらしい。

だからさ、と捨て台詞。
だから俺、太った女嫌いなんだよ、面倒くさくてよ、とか。
我ながら俺は嫌な奴だな、と思ったりもする。
俺の周りに太った女がいないのは、つまりはそういう事か。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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