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ER BEFORE AFTER ~ その5 「りんご」

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
食べず嫌いがほとんどない、
というよりは、
選り好みをしている余裕もないほどにてんぱった経験から、
とりあえず、
食べれるものならなんでも、
どころか、
どう考えてもちょっと人間用に用意されていない、
と思われるものさえも、
背に腹は変えられず、と食べ続けてはこれまで生き延びて来た訳だが、
どういうわけか、
そんな中でも、りんご、だけは、食べることがなかった。

なぜりんごなのか、
といわれると自分自身ですらどうにも説明がつかないのだが、
どういうわけだか、りんご、これだけは食べなかった。

という訳で、りんご、である。

ここにきて、
というよりも、
ぶっちゃけER以来、
どういうわけだか、まるで今までの借りを返すように、
堰を切ったようにりんごを食べ始めた。

朝に車を運転しながらひとつ。
昼飯を前にひとつ。
午後の休憩にひとつ。
そして帰りの車でも、食後にも、
ポケットの中やかばんの中に、
無造作に突っ込んで転がしておいたりんごを、
むしゃむしゃしゃりしゃり。

ほとんど一日中、りんごばかり食べて暮らしている。
りんごが手元にないと、不安にさえなってくる。

これはほとんど、りんご中毒、という奴か。

ここにきて、
この歳までの、人生において食べたりんごの総量を、
ERから出所してこのかた、食べたりんごがはるかに上回る。

なんとも不思議なことだ、と言いながら、
今もマウスパッドの上に転がした食べかけのりんごを、
皮ごと、芯ごと、むしゃむしゃとやっているわけだ。

嗜好はかわる。
それだけは言っておく。

日本の「親米派」の方々

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
日本の「親米派」の方々の意見を聞いていると、
どう考えても、アメリカという国を親しむ程に理解しているとは思えない。

ステレオタイプ的に、アメリカ人=白人、
背が高くて金髪で、目が青くて、
などと思っている馬鹿は、さすがにいないだろうが、
どうも「親米派」と言われているかたがた、
実はその次元での誤解を一番強烈に持たれている方々、
つまり、一番なにもわかっていない大馬鹿連中、
と言わざるを得ない、と思うのだがどうだろう。

まずとりあえず、
このアメリカと言う国が、
そもそも世界各国からの移民によって作られた
まさに広大なるメルティングポットだという事実を今一度思い返して欲しい。

この国に3日でも滞在すれば、
白人、どころか、黒人、ラティノ、中国人、インド人、
と、そして、いったいどこの誰やらさっぱり訳の判らない人々が、
まさにうじゃうじゃと居て、

こんな雑多な集合体が、ひとつの国として成り立つこと自体、
どう考えてもありえない、と思わざるを得ない。

そしてこの、だだっ広い、というよりも、
ニューヨークから東、ハドソン川を越えたら、あとは東京まで何もなし、
という冗談がまかり通るぐらいに、
まさに、なんにもない、まさに、不毛な大地がただただ広がるばかり。

とここまで判るだけでも、
少なくともこのアメリカ、という国が、
まさか日本などとはまったく比べる条件も土壌もあまりにも違いすぎる、
という事に気づいて頂ける筈だ。

という訳で、アメリカである。

この国のダイナミズムは、まさに焼畑にある。

土地は幾らでもある。
人口の集中する都市部を除き、
内陸など、1日中車を走らせても誰一人としてすれ違うもののない、
なんて光景がずっと続く。

で、そんな土地に、
今もなお、世界各国からこれでもか、というぐらいに
困ったちゃんの移民たちが押し寄せて来ては、
アメリカ社会のいろは、どころか、1-2-3も判らないままに、
とりあえず今日の食い扶持を得る為に、
それこそ必死で鬩ぎ合って暮らしている訳だ。

こんな状況において、
人はまさに無尽蔵だ。

人種も言語も習慣も嗜好も、まったく想像もつかない人々を相手に、
いくら常識だ、一般論だ、などを振り回したところで、
まったく埒が明かない。

という訳で、出来ることを出来る奴に適当にやらせる、
ことがまずは仕事の始まり。
賃金はもちろん最低限。
で、最も判り安い方法で実力を認めさせるか、
あるいは、辞めるかしない限り、それが永遠と続く訳だ。

つまり、だ、
このアメリカにおいて、労働者はそもそも理解不能なことが前提。
そして、使い捨てが前提、な訳だ。

そんな使い捨てが前提の労働環境において、
まさしく使い捨てては、新しい人材を後進国から輸入しては
安く使いつぶす、ことを前提としてできあがった社会は、
まさに「奴隷社会」そのもの。

つまり、「焼畑」的な原始性こそがそのダイナミズムの源なのだ。

全てにおいて、アメリカという国が、その奴隷制に基づいているという事実を忘れてはいけない。

という訳で、
日本である。

狭い国の中で、言葉どころか、目配せに生じた空気だけで、
その場の状況の意味することがすべて「読める」ほどに煮詰まった島国社会。
限りある資源の限りある国土の中で、
限りある人々が、背に腹は変えられずと、
あらん限りのことをマルチにこなすことを運命付けられた、
この島国根性の塊の人々が、

資源も国土も奴隷も無尽蔵にある、ということを前提としたこのアメリカの方法が、
いかなる方法でマッチすることができるのか、

とちょっと考えただけでもわかりそうなものだが、と思うわけだ。

つまり、アメリカを知れば知るほど、この国は日本とは根本的に違う、という事実を思い知る訳だ。

という訳で、日本の親米派の方々。

その、アメリカと日本はあまりにも違う、という事実を、
果たして理解できるぐらいにまでアメリカを知っているのだろうか?

答えは、否、だな、と思いますよ。

日本の親日家の方々、補足

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
なんか、嫌なことを書いてしまった気がするので、補足。

ぶっちゃけ、

初めてガイジンを見たとき、おお、ガイジン!と思って、
で、
なんとかガイジンの女をゲットしたい、と躍起になり、
が、
結局相手にされぬうちに、
学食の隅のテーブルで同胞ばかりで寄り集まうばかりで、
結局、なんのトライもしないうちに夢破れてあきらめて帰った人々、
そのレベルの人こそが、
日本の親米家、あるいは、嫌米家、という気がしてならない。

で、
苦労の末にゲットしてみると、
なあんだ、色は違うけどやっぱり同じ人間じゃねえか、
と判ったところで歩みより、つまり理解が始まる訳で、

その理解の末に、甘くほろ苦い「思い出」を胸に帰った連中は、
アメリカが良いの悪いの、なんて口には出さなくなる。

まあ、一口にアメリカ人っていってもいろいろいるから、とお茶を濁すばかり。

で、

その後、
なにかの間違いでガキなどこしらえてしまって、
さあ、では二人でやっていきましょう、となったところで、
うーん、と頭を抱えることが増えて増えて・・

それでも、しかたがなくもお互いに妥協し協調し、
苦労を重ねながらもがけばもがくほどに溝ばかりが深まっていく、
ともなる訳で。

ここまで来て、そう、在米十年選手の日本人は口を揃えて言う。

いやあ、やっぱ・・・違いすぎる、と苦笑い。

と、ここまで来て、うーん、やっぱり俺、日本(の女)が恋しい、という本音が、
ぼそり、と出てしまうわけだ。

うーん、やっぱ、日本のおんな、まじ、恋しい、といいながら、
そんな「日本のおんな」など、もうどこにもいない、というのも
なんとなく判り切ってはいるんだけどね。

という訳で、
そんな、アメリカを知りすぎてしまった人々にとっては、
日本の親米家のたわごとは、
鼻につくやら、耳障り、を通り越して、滑稽、
どころか、まじで、胸に痛い、ということをご承知いただきたい。

アメリカ人と暮らす、ということ

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
このところ訳あって、
アメちゃんばかりの現場に突っ込まれてるわけだが、
改めてこいつら、
楽でいいな、と思う。

なぜ楽かといえば、
気を使わなくて良い。

というより、
はなから人に気を使う、という気がさらさら無い連中、
というか、そうとしか思えない輩ばかりなので、
そういうことなら、こっちこそ、気なんか使ってなるものか、
という気にさせてくれる、という訳だ。

だからと言って、無礼講、というわけではぜんぜんなくて、
下手にお友達、なんて勘違いでもしようものなら、
すかさず、ディスクリミネーションだ、アビューズだ、ハラスメントだ、
と言い出しかねない関係上、
とりあえず、余計なことは一切しゃべらない、のがその前提なわけで、
その前提を前提としながら、
遭えてそれに挑もうとする姿勢が、またやたらに笑えたりもする訳だ。

と言うわけで、
いやあ、アメリカ人、まじで、腹の底から笑わせてくれる。

ここアメリカ、愛して憎んで20年。

うんざりの峠を行くたびか乗り越えた末に、
ここに来て初めて、

おい、日本人、と言われて、おうよ、と胸を張って答えることもできる、というものだ。

アメリカ人の食生活

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
こう言ってしまうと、
あまりにも当たり前すぎて馬鹿馬鹿しいぐらいなのだが、

改めて、
アメリカ人というやつ、

マクドナルドばかり食ってやがるよな、と。

で、コーラ。一日中離さず。

そしてピザ。そしてビール。

それでもちょっと頭のまともな奴は、サンドイッチ、なんてものを食べたりもするが、

基本的には、
ハンバーガーとフレンチフライとコーラ、そしてピザ、そしてフライドチキン、
こればかり、と言ってしまったらもうそこで話が続かない。

と言うわけで、
どこに言っても同じ味のはずのファストフード天国な訳だが、

都市部を離れれば離れるほど、料理が塩辛くなり、
そしてまずくなっていく、というのはなぜなんだろう。

LAST TRAIN HOME という映画を観た。心底、やれやれだ。

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 読書・映画ねた
LAST TRAIN HOME という映画を観た。心底、やれやれだ。







中国の山奥のまたその先の山里、
生活苦から、田舎に子供を残して出稼ぎに出た夫婦。
食うものも食わず、物置というよりは掃除用具置き場のようなビルの隙間、
ぼろきれのようなカーテン一枚の部屋で身を丸めて眠っては、
朝から深夜までただ黙々とミシンを踏み続ける、まさに犬のような暮らし。

で、年に一度、正月の時期にここぞとばかりに里帰りを果たす訳だが、
似たような出稼ぎ者達がそれこそ虫のように殺到する断末魔の駅から、
それこそ命からがらに電車に乗り込んで座席の隙間にもぐりこみ、
そしてようやく帰り着いた我が家。

自身のすべてを投げ打った筈の愛しいわが子は、
しかしそんな親の愛情も苦労もまったく知ったことじゃなし。
退屈な田舎に取り残されて不満ばかり。
そうこうするうちにお決まりなように学校をぶっちして都会に流れ、
夜の街のネオンに盛る蛾のようにくるくると回っては電信柱にしがみつくような。

親の苦労とはいったいなんなのか。
子供の甘えとはいったいなんなのか。

これはそこが中国だから、とか、それが5年前だから、とか、そういう次元の問題ではない。

親の苦労、子知らず。子の苦悩に親は気づかず。
この断絶の深さはまさに永遠のテーマなのだな、と新たに気づくわけで。

ここに来て、どちらの立場に立っても観れることができる今、
うーん、と思わず、絶句したまま立ち尽くしてしまうわけだ。

もちろん、結論などでない。出せない。出してほしくないし出すべきじゃない。
なんてったって、人類の永遠のテーマなのだ。



クロコダイル

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
クロコダイルってな名前の、
射ったが最後、目が覚めたら身体が腐って溶け落ちている、
なんていう悪魔の麻薬、というよりも、劇薬、毒薬が、ロシアに蔓延している、
ってなニュースを聞いて、思わず絶句。
これ、まじで、笑えない、と思った。

その映像のすさまじさに、
いや、これは嘘だ、フェイクだ、アイコラだ、なんて奴はまだまだひよっこ。

ヘロインだシャブだ、などと言うまでもなく、
酒でもタバコでも、その禁断症状の辛さをちょっとでも知っている者なら、
うーん、と思わず考えこんでしまう筈だろう、どうだ、そうだろう、あんただって。

麻薬って奴はどういうわけか、
質の悪い模造品ほどに中毒がきつい。

スピードよりもシャブ。
コケインよりもクラック。
ヘロインよりもブラウンシュガー

安くて即効性で抜けも早い分、ついつい舐めてかかったが最後、
薬が切れた時のあの枯渇感と言ったらない。

挙句に熱を出したり喉が詰まって息ができず頭の中はそればかり、
の挙句、ああ死んでしまいたい、殺してほしい、
とまで思いつめてしまったが最後、
どうせ禁断症状で死ぬぐらいなら、
身体のひとつやふたつ、溶けようが腐ろうが知ったことか、
となってしまうのは安易に想像がつく、というよりも、
まじ、つきすぎ。身近すぎる。


と言うわけで、クロコダイル。

ERを出た後、
あんた、こんな状態でよく生きてたね。
次に無理したらまじでもう自殺行為だからね、
と言いながら、見せられた映像。
黒々と馬鹿でかい穴の広がった爛れ切った胃袋の写真。

退院早々、タバコをくわえるたびに、
俺もクロコダイルか、と思わず思ってしまうのでありました。


からまわりさ

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
学生時代、教師から学んだものなどなにもない、とのたまっていた俺だが、
この年になっても忘れられない言葉がある。

人間、歯が痛くて死ぬ奴はいない。
寝不足でも二日酔いでも、
かみさんと喧嘩をしても、犬のうんこを踏んでも、
それだけなら誰も気にだって止めやしない。

ただ、

歯が痛い時に、
寝不足で二日酔いで、かみさんと喧嘩をした末に、
ふと犬のうんこを踏んでしまったときに、
ふと、魔が射してしまったり、もするわけなのだ。

それはつまり、運が悪かったと言えばあまりにも簡単だが、
運命というほどのものでもなく。

まあつまり、星の巡り合わせ、と言う奴か、と。

その言葉を聞いてから、正直、まじめに生きる気力がさっぱりと失せた。

どうせ遅かれ早かれ、
例えば、
歯が痛い時に、
寝不足で二日酔いで、女と喧嘩をした末に、
犬のうんこを踏んでしまったときに、
ふと通りかかったチンピラが、
ガンつけたのなんだのとつまらぬあやをつけて来た日には、
んだとこの野郎と振り返りざまに・・・

なんてことがきっときっときっと起こるに違いない、いや、起こる筈だ、
とまざまざと思い知ったのだ。









と言うわけで、
どうせいつか、星のめぐり合わせひとつで、
一瞬のうちに暗転してしまう人生。
いまさらこつこつと積み上げたところでなんになる、と。

と言うわけで、
どういう因果か、ここにきていまだに刑務所にも棺おけにも入らずに来た訳だが、
いやいや、それはたまたま、であって、
明日の朝、と言わず、今夜これからでも、
たまたま電話の来たダチに呼び出されてふらりと出た夜の街の狭間、

どういう訳だか星の巡り合わせのひとつふたつで、明日の朝には、
鉄格子の向こう、悪くするとあちら側の世界に足を踏み入れている可能性の無いわけじゃない。

ああ、もう寝てしまおう。
こんな夜だ、頼むから誰からも電話がかかってこないように。



ヨコハマ、そしてバンコック

Posted by 高見鈴虫 on 01.2011 ニューヨーク徒然
アメリカに来てからというもの、
どういう訳か、不思議なぐらいに日本が恋しいと思ったことはない。
ただ、夢見の途中でふと、
夕暮れ時のバンコックの風景をまざまざと思い出すことがあって、
そんなときにはつくづくと、
死ぬ前にもう一度ぐらいは、タイに行ってみてもいいかな、
と思ったりもする。


わっとあるん


ドブと排気ガスと、パクチーと、ニョクマムと、ココナッツと、
お供えの花売りの籠から漂う甘い香りに混じって、
どこからともなく漂ってくるドリアンの香り。

ああ、あの時は夏だったのだな、とふと思い出す。

楽宮やらジュライやらってまだあるのかな。
ヤワラの茶室の前を通るだけで天花粉の香りが鼻についたっけ。

いまだにイースト・ビレッジのST.MARKSを歩くたびに、
ファイヤーストリートを思い出すよ。
VSロッジのドアにはまだストーンズの舌べろが貼られているのだろうか。

住んでいるときには、こんな街のどこがいいのか、といつも舌打ちばかりしていたが、
いまになって思うと、その舌打ちこそが愛情だったのだな。

故郷はどこか、と訪ねられたら、いまでも、ヨコハマ、そしてバンコック、と答えそうになる。

どういう訳だか、音楽が徹底的にどうしようもなくつまらなくなってしまった。

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 音楽ねた
最近、車で仕事に向かっている手前、
朝と夜の2回、1時間ほどは必ず、カーステレオから音楽を聴いて過ごしている。

と言うわけで、困っている。
とてもとても、まったく心の底から困っている。

なにがか、と言えば、その音楽、まったくもって、どうしても、ぜんぜん、絶対的に、つまらないのだ。

アメリカのFMは下の80番台から始まって、120番台まで、20近くのチャンネルがあって、
それこそ、TOP40からHIPHOPからジャズからメタルからクラッシックからと、
選り鳥緑な訳で、
で、最近ではそれに加えてサテライト放送ってのがあって、
そこにもまさに100を超える音楽局が、四六時中これでもか、と音楽を流している訳なのだが、
どうういう訳か、どうしてなのか、
片っ端から、どれひとつとして、なにひとつ、面白くない。
下手をすると、
運転中、ひっきりなしにチャンネルを変え続けて、
そしてつまるところ、ただひとつとして、どの局も、どの音楽も、
心に引っかかりすら残さない。

という訳で、そういう状態は、なんというか、とても苛々するし、そしてとても悲しい。

これはいったいどうしてしまったのか、とつくづく思う。
と同時に、
俺はいったい、どうしてしまったのか、とつくづく考えこんでしまう。

あれほど心を震わせ、人生そのものまでもを狂わせてきた音楽が、
これほどまでに、スカスカで、カラカラで、ふにゃふにゃに聞こえてしまうなんて。

という訳で、本気の本気で聞きたい。

なにゆえにこれほどまでに音楽がつまらなくなってしまったのか。
それは俺のせいなのか?そういう時代なのか?

と同時に、

いまでも音楽が好き、なんて奴が、この世に存在するのか?しないのか?

本当に困っている。本気で教えて欲しい。

ロボットの女に勃起する奴はやはりどこかがおかしいように、 デジタルであると判っている音楽には熱狂もない。

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 音楽ねた
音楽がもしSEXだとすれば、
コンピュータでプログラムされた音楽を聴くことは、
まるで、
下手なアニメのAVを永遠と見せられているようなもので、

音楽がもしコミュニケーションだとすれば、
デジタルでリミックスされた音楽を聴くことは、
まるで、
電話待ちのメッセージを流されているようなもので、

音楽がもし暴力だとすれば、
機械で作られた音楽は、
まるでロボット同士のサイバーバトルのようなもので、

つまりそこに、自然の息吹がないからでは、
と思う。

どんなに趣向を凝らしてみたところで、
所詮作り物は自然には勝てない。

造花のバラを幾ら精巧に作ったとしても、
それはやはり造花のバラでしかなく、
それを何番本集めたところで、
本物のバラの花びらのみずみずしさには到底かなわない。

いくら背景の壁画にやしの木を何本並べてみたところで、
本物のビーチのあのすがすがしさには到底及びもつかない。

今後のロボット産業がいくら発展したとしても、
ダッチワイフはやはりダッチワイフで、
髪の中から漂う香りや、息に濡れた熱い吐息や、
波打つ鼓動や、汗ばんだ肌や、キラキラと光る産毛や、
そしてあの、まるで吸い付いてくるよに柔らかい肉の感覚は、
決して再現できないに違いない。

より完璧さを求め、
より装飾を増やし、
より精巧な技法をトリミングしたとしても、
それが作り物である限り
そこにはやはり、息吹も鼓動も時めきも感じられる筈がない。

俺たちこのままどうなってしまうのだろう、
その危うさがない限り、作り物は所詮作りものなのだ。

危うさとは、つまり、情報量であり、
時間の流れであり、そして、それこそが生命そのもの、なのだ。

予定調和の音楽は、
つまりは、安上がり、なのでろうが、
ロボットの女に勃起する奴はやはりどこかがおかしいように、
デジタルであると判っている音楽には熱狂もない。

音楽が音楽であることを取り戻すためには、
まず人間が人間であることを取り戻さなくてはいけない。

デジタルな模造品に辟易しつくした須恵に
そんな音楽を作るための情熱を失ってしまうことがないように、
それに気づいたミュージシャンは、
それでもやはり音楽を奏で続けなくてはいけないのだ。

音が語りかける演奏ができなければ、いまさら楽器を演奏する意味などない

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 音楽ねた
前に、音楽がつまらねえ、と言う話をしたが、
それはつまり、俺がドラマーだからに他ならない。

このデジドラ全盛の時代に、ドラマーはやはり相当に退屈な思いをしている筈だ。
まあ確かに、デジタルでプログラミングされたドラムも、
元はといえば、生ドラムの演奏をデジタルかしてる訳で、
安いテクニシャンはドンカンのビートの中にあるその裏音の妙技にまで
気がつくほどの素養がなかったからだと思うのだが、
最近は確かに、わざとアクセントをずらしたり、タメを協調したり、
ボリュームの調整して、なるべく生っぽい音を出そうとしている苦労は見えるのだが、
なぜか、そればかりが鼻についてしまってやはり駄目だ。受け付けないな、と
そのたびに深い挫折感を味わうことになるのだ。

が、しかし、

生のドラムだったらそれでいいのか、というとまったくそんなことはない。

まったくぶれない機械のようなドラム、というはそれはそれで完璧なのであって、
デジドラのそんな完璧なドラムに耳の慣れてしまった今、
そんじょそこらのドラマーのテクニックは、
下手をするとただのタイコ、粗ばかり目立って、ついついからまわりしてしまうのだ。

という訳で、
うーん、ドラマーにとっては本当に受難の時代だ。

と思いながら、
サテライトのラジオのチャンネルをいじっていたら、

突然、ボブ・マーレー&ウエイラーズのブートレッグが流れていた。

ラインからの直録りのようで、
音のレベルもバランスも最悪なのだが、
その分、隠しようのない生の音がありありと伝わってきて、
思わずその荒さ、雑さ、下手糞さ、に耳を疑ってしまった訳なのだが、
よくよく聴いてみると、
その波打つバランスの中に、バンドのメンバーの息遣いが手に取るように判り初めて、
それに気がついた途端、思わず持っていかれてしまった。

ドラムが語りかけてくる。

ハイハットのレガートとアクセントが、
スネアのリムショットのひっかかりが、
ちょっと遅れて入るバスドラの溜めが、
まさに語りかけるように語りかけてきて、

おお、これこそが、歌う、ということか、
とまざまざと見せつけられる気がした。

やっぱりね
、ここまで楽器を歌わせる、楽器で語れる、
ぐらいにならないと、楽器を演奏する意味などないよな、
と思い知った訳で。

そう考えてみると、
現在の音楽の詰らなさが見えてくる。

はなからドンカマにあわせたビートはただの予定調和、まるで工場の騒音のようだし、
リミッターをかけられたベースは指で弾いてボディの共鳴するバイブレーションをすべて消してしまう。
良いところだけ切り貼りされて波長でチューニングを修正されたボーカルは、
まるでどれもこれも初音みく。つまりロボットの歌声そのもの。

ドラムは走らずベースはうねらずギターは泣かずボーカルはロボット。
つまりそこには、物語が存在しない。

あのなあ、と、あらためて。
そんなものに誰がどうやって魂を吹き込むかと。

という訳で、

今はもう音楽という音楽がかたっぱしから馬鹿馬鹿しくなってしまってもいるのだが、

そうでないミュージシャンがいるのであれば、必ず見に行こう、と思っている人も少なくない筈だ。

という訳で、

この空白を誰が埋めるのか、持ち逃げするのか、ちょっと楽しみではある。

最近感銘を受けた音楽

Posted by 高見鈴虫 on 02.2011 音楽ねた
という訳で、
最近感銘を受けた音楽。

まったく数少なくはあるが、たまにたまに、本当にごくたまに、
お、これは!と思う音に出会わないでもない。

という訳で、とことん音楽がいやになってしまった時のために、
書き残しておこう、と思う。

UA FUTARI

いきなり、CDを入れ間違えた拍子に突然かかったわけだが、
あらためて言うまでもなく、これはいい。
語りかける言葉のその実感と、その重さに、まさに涙が出そうにさえなる。
歌詞っていいよな。
最近、歌詞のよい音楽なんてとんと聴かないな、
と思いつく。

という訳で、改めて聞いたUA の 「11」

このアルバムの演奏、本当に良いよな。
バックのミュージシャンがいい、なんて思えるアルバムって、
結局、これが最後なのではないか、とさえ思う。

特筆すべきはそのドラム。
このビートはまさに神業的だと思う。
張り切ったテンションの中に、思い込みたっぷりのアクセント。
抑えようにも抑えきれないシャッフルにまさに、オトコのリズムを感じる。
その狭間を埋めるまるで波を打つような裏音。
まさに語りかけてくるドラムとはこのこと。
日本人でここまでできるのは、たぶんこの人だけだろうな、と思うのだが、
なぜか改めて調べようとはしないままにほっておいてある。
その予想があったてるのかあたってないのか、
その答えをどんな形で知るのか、後の楽しみにしている。


ジミヘン

Jimi Hendrix Voodoo Child Live

俺実は、ジミヘン、嫌いだったんだよね。
というか、
ジミヘンは別としても、
後ろの後ろの二人との落差がどうしても許せなかった。
ガチに頭のかっとんでとっちらかるだけとっちらかったミッチ・ミッチェルのドラムと
まるで居眠りでもしているように間の抜けたノエル・レディングのベースが
ジミヘンのプレーをすべてぶち壊してしまっている、と思っていたのだが、
いま聴いてみると割りとそんなこともなくて、
こういう、修正なしのテイクが聞けるだけでもありがたいな。

あらためて、この人はテクニック的にはまったくぜんぜんたいしたことないんだよね。
走るしもたるし引っかかるし、ぜんぜんたいしたことはやっていない。
のだが・・・ つまり、歌ってる、唸ってる、語ってる、ということ。
指が早く動く、ということだけでギターが上手い、と思ってる馬鹿が、
ロックを陳腐化してしまった、と俺はいまでも思ってる。
それが証拠に、
ジミヘンをコピーした、そのもどき達のまさに無惨な屑テイクの山。
その浅はかさというか、陳腐さに、まさに怒りを通りこして悲しくなってくる。
ああ、こいつら、まじで、ぜんぜん何にもわかってなかったんだな、
と改めて思う訳で、やっぱ・・・ロックやってる奴って馬鹿なんだな、と認識を新たにした。

CHET BAKER

Chet Baker & Gerry Mulligan - Speak Low

ダウンロードしたMP3ばかりがごっしゃりと寄せ集められたCDの中からの掘り出し物。

ジョージワシントン橋から彼方の摩天楼の夜景を眺めながらウエスト・サイドハイウエーに突っ込んで行くとき、

そういえば、
パキスタンのクエッタのバス停でこの曲を思い出していたな、と唐突にフラッシュバックした。
ハエだらけの売店の前で砂埃を頭から浴びながら、
くっそ、ニューヨークに行きたい、と思っていたのだ。
というよりも、CHET BAKERの似合う街に行きたい、と切実に思っていた。

という訳でニューヨーク。
不思議と街中にいるときにはCHET BAKERを聴きたいとは思わなかったのが、
こうして車で走ってみると、初めて気がついた。
確かにCHET BAKERは西の人なんだよな。つまり車の人。
という訳で、
あのクエッタの砂嵐を生き延びてその云十年後、
俺は再びCHET BAKERを染み入るように聴きながら、
ふと、クエッタのバス停のあの末期的な混沌が懐かしく思えるのでした。


CHET BAKER & ART PEPPER

Chet Baker - Art Pepper Sextet 1958 ~ Picture Of Heath

この人たちのアルバム、聴くとはなしに聴いていると、
ついつい最後まで聴いてしまうんだよね。

ひっかかりもとっかかりもないのだが、
あまりにスムーズ過ぎて、そのままずーっと空気のように流してしまう。

あらためてこの2人は似ている。似すぎている。
まさに生き写し、と言ってもいい。
普通これだけ似ていたりすると、逆に反目しあってしまったりもするのだろうが、
音で聞く限り、まさにその絡みは絶妙を通り越してただの一心同体だ。
そして二人の演奏、その音色には、嘘がない。
というか、
これしかできない、ということだけをただただやり続けたその迷いの無さ、
というか、
気合のなさ、というか、構えの無さというか、
その自然体そのものの脱力さはまさに悟りの域に達する。
いやああらためて、その極道ぶり。頭が下がる。


AVISHAN COHEN

AVISHAI COHEN - DREAMING

なんか適当にJAZZのFM局を流していたらかかっていた。
ああ、海にいきてえ、とマジに思った。
で、
その後、この手の曲をまあ探してみたりすると、
なんかそればっかりってぐらいにその手の音ってのがすでに存在するわけで、ちょっと興ざめだな。

ANTONIO SANCHEZのドラムでAVISHANを観てみたいな、と思うのだが、どうでしょう。


上原ひろみ

Hiromi Uehara - Claire de Lune

スタジオのソファで、
おお、最近、いい音ねえか、という話をしてたときに、
たまたまこの曲を聴いていて、
だれそれ?
ああ、HIROMI UEHARA、と答えたら、
なぜか、ちとっと、ああ、お前、そういう奴か、はいはい、
ってな顔をされて、舌打ちとともに去られた。
なにが気に障ったのだろう。まあいいか。

リーラ・ジェイムス

LEELA JAMES - MY JOY

基本的に、安いデジ音のHIPHOPはNGなのだが、
やはり、SOUL もうこれは、CLASSICもNEOも含めて思わず持っていかれるな。

LEERA JAMES、ライブで何度か観たが、それも、いつも偶然、
あれ、LEERAが出るなんて知らなかった、という具合なのだが、
いつも、本ちゃんを食いまくって、帰り道ではLEERAのことばかりになっている、と。

昔はかわいかったのにやはり太ったな、太りすぎだ、とも思うが、
まあここまで音がよければ、デブであろうが、おかまであろうが気にはしないがな。

おいでまっせニューヨーク

Posted by 高見鈴虫 on 03.2011 ニューヨーク徒然
別にニューヨークでなくてもいいのだが、
別にニューヨークであってもいいわけで、
でもおれがニューヨークなんていうと
ある種のひとびとには、
えー、なんで?なんか似合わない、
と言われることもある。
それはつまり、
ある種のひとびともつニューヨークのイメージが、
俺のこの風貌にそぐわないといっている意味で、
端的に言って、
ニューヨークってあんたなんかが似合う街じゃないんじゃない?
ニューヨークのイメージが壊れた、
という意味なのだろが、
言わせてもらえば、
そんなことさえ
ここニューヨークにいるとまったく気にならない。

なぜかと言えばここは、
誰もが勝手に好きなようにやっていいことが前提となっているから。

それは別に、
どこかに
「ニューヨークなんだから好きにやりなさい」
と書いているわけでもないのだろうが、

ここニューヨークにいるほとんどの人が、
人にどう思われようが知ったことか俺は俺で勝手に俺をやらせてもらう、
と思っている人ばかりだから、
こっちもついついそうなってしまう、というだけの話なのだろう。

という訳でニューヨークにいる。

別にニューヨークでなくてもいいのだが、
別にニューヨークであってもいいわけだ、
と勝手に思っている。

ただ、こんな街にも俺みたいな奴はたくさんいる。
そして、どこかに、あんたみたいな奴がたくさんいるドアがあるのだろう。

だからあんたも来たらいいよ。

ただその代わり、
あんたは勝手にあんたの自己責任であんたをやるんだぜ。
そして間違っても、俺に話しかけたりするなよな。

という訳で、日本の親米家の人々が誰から金をもらっているか、というと、つまりは、端的に言って

Posted by 高見鈴虫 on 03.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
という訳で、日本の親米家、

日米の基本的相違点を徹底的に無視して、

まさにパッケージを当てはめるように、
そのまま、まるごと、無理やりにアメリカのシステムを組み入れよう、
としているさまは、

まさにそれ、アメリカ人がやっている、としか思えない。

つまり、日本の親日家の口から語られることは、
日本人が日本人として話しているのではなく、

日本人の口を通してアメリカ人が話している、という、ただそれだけ、なんだよね。

つまり、日本の親日家、

まあ端的に言って、原発推進派=TPP賛成派の人々、
ただ、
アメリカ人が書いた台本を棒読みしているだけ、なのだよ。

つまり、彼らの胴元は、日本人ではない。

のだが、

じゃあ、アメリカの誰か、と言われると・・・どうも、そこで首をかしげてしまう。

なんか、どうも、合点が行かないんだよね。

そう、アメリカがやるにしては、ちょtっと頭が悪すぎる、という気がしてならない。

という訳で、

アメリカの日本の間に、誰かがいる、と感じている。

それの誰かとはつまり、日本人のような顔をしてアメリカに近づき、
日本人にはアメリカ人の代弁者として振舞う、まさにコウモリのような人々。

そしてそいつらは、アメリカにおける利権の一部に噛んでいて、
そこから借り出した金で、日本を買い取ろうとしている、
あるいは、その構想に一口かませてもらう為に、間の交渉役を買って出た、
つまりは、
もっともうさんくさいコウモリ野郎、ということになるのだが。

現実に放射能を撒き散らす原発に問題が無い、
などという狂信性からして、たぶん、宗教団体。

で、日本人でもなく、が、日本の利権を狙っている、
アメリカ右派のアジア系団体、と言えば、はい、すぐに判るよな。

端的に言って、なんとか協会、だろ?

いったいいつからこの人たちが、
政治から、警察から、司法にまで口を出すようになったんだ?

その巧妙さ、といったら、凄い、としかいいようがないが、
そういう人たちに簡単に国を売り払ってしまった政治家、
および、
そういう人たちに簡単に騙されてしまう日本の人々、
まさに、終わっている、逝ってよし、というところか。

という訳で、
結局、日本はこの苦難を、あきらめる、ことでしか対処できなかったんだね。

残念だが、もう日本人には生きている資格がない、と思う。
さようなら、次の地震できれいに流されてしまってくれ。

残された日本の山は俺が引きつぐからご心配なく。

アッパーウエストサイド

Posted by 高見鈴虫 on 03.2011 ニューヨーク徒然
という訳で、アッパーウエストだ。
ニューヨーク随一の高級住宅街、というだけあって、
確かによいところなのだが、
この辺りの住人、圧倒的にジューイッシュばかり、
それも、金持ちというぐらいだから、
徹底的に右派、つまりは、金融系共和党系のジューイッシュばかり。
つまり、なんというか、世界で一番嫌な奴を自称するような人々。

つまり、
こいつ、金いくら持ってるか?と、
頭のなかそればかりというか、人間をそれでしか判断しないタイプばかり、と言うか。

すれ違う一瞬の間に、
着ているものから、持ち物から髪型から顔つきからで、
たちどころに年収を割り出してしまうような、
そんな人々。

つまり、徹底的に気が滅入る輩たち、ばかり。

という訳で、
犬の散歩に出るたびに、
ドッグウォーカーと間違われることが多い。

ああ、住み込みのドッグウォーカーなのか、
いくらもらってるんだろう、と来るわけだ。

やれやれ

日本のニュースを見るたびに、んなこと言ってる暇があったら、放射能をどうにかしたほうがいいんじゃねえのか、と思わず笑ってしまったり

Posted by 高見鈴虫 on 06.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
あれから、というもの、
日本のニュースを見るたびに、
そのすべてに、

あのなあ、んなこと言ってる暇があったら、
あんたの頭から降り注いでる放射能をどうにかしたほうがいいんじゃねえのか?

と思わず笑ってしまったりしてるのだが・・・

なんて言ってる場合じゃねえな、俺も。
日本なんかにかまってる暇があったら、もうちっとはましな仕事探さねば(笑

「世界に自慢できる日本人」

Posted by 高見鈴虫 on 09.2011 ニューヨーク徒然
いまさらながらだが、
世界各国からの外国の方々に対して、
「自慢できる日本」って奴を考えてみなくては、
と思った次第。

という訳で、日本だ。

トヨタだ、ホンダだ、ソニーだ、ニンテンドーだ、カップラーメンだ、
ってのは、判り安いのだろうが、
俺にとっては別にどうでも良い。

オリガミで鶴を折ってみたり、浮世絵を並べてみたり、
果てはウオシュレットを実演してみたり、なんて荒業もあるが、
しかしまあ、これも俺にとっては別にどうだって良かったりする。

という訳で、さて、と考え込んでしまった。

俺にとって、もっとも自慢しなければいけない日本とはなにか。





すぐに思い浮かぶのはこのみっつ。

女がきれいだ、
山がきれいだ、
飯が美味い

生真面目で清潔好きで働き者で、
義理堅く情け深く嘘が嫌いで頭脳明晰。

つまり、日本の誇れるもの、
つまりは、人間。
つまりは、日本人、という奴。

が、しかし、
当然のことながら、
ここ来た途端に、
やはり、うーん、と考え込んでしまう、
あるいは、
思わず吹いてしまったり。

つまり、いったいいつの時代の話だよ、と。

最近の子たち、
確かに足が長くなって、
化粧は上手くなったのだろうが、
はたと真正面から見つめて見ると、
どういう訳だが決まって、
顔の輪郭がずれている。
口が曲がり鼻がそっぽを向き目の位置がちぐはぐ。
どうして?と首を傾げるのだが、どうしてなんだろう。
なんというか、
内面の歪みが外面を侵食している、
というか、
端的に言って正確の悪さが顔に出ている出すぎている、
ような気がしてならなくて、
そんな未熟児面をみていると、
とたんに性欲も失せてしまう、か、
或いは、
むらむらと病的にサディスティックな気持ちが煽られてしまったりして、
うーん、やっぱな、そのアンバランスさがとても不愉快なんだよな、
と思うのであって・・・

で、
風光明媚な日本の自然、
とはものの本には書いてあるのだが、
実際には、
山、と、言わず、川と言わず、海と言わず、
そんなものいったいどこにあるんだよ、と。

で、飯に至っては、なにからなにまで、味の素漬け、
おまけに、それら全てがきれいに「放射能被り」

最近の若い奴、なんて言ったら若い奴に失礼なぐらい、

東電だ、経団連だ、民主党だ、自民党だ、
と、

もうこれすべて、

不真面目で、不潔で、怠け者で、
卑怯で薄情で嘘ばかりついている臆病者、ばかりの世の中。

という訳で、おいおい、と。

確かにね、

俺の知る日本とはつまり、
世界で一番優秀な人種を自認していた頃の日本人であって、

生真面目過ぎて、几帳面過ぎて、働き過ぎて、

で、勝手にそれをやっていてくれればいいのだが、
世間が一丸となってそれを誰からに無く強要してくる。

そんなおせっかいさに
心の底から辟易していて、

ふざけるな、俺は俺だ、

の一言を以って、
全世界を敵に回しても俺は俺として生きるぞ、この野郎!
とまで逆行の果てに、
このような世界放浪の半生になってしまった訳だが、

それはそれで、
そういう、質実剛健の揺ぎ無い日本人魂、があってこそ逆行もできる訳で、
機軸がぶれてしまっては、
ついつい、あれほど憎んだ「昭和日本主義」的なものが懐かしく思えてきたりもする。

という訳で、

いまさらながら、すっかりと小野田さん気分に浸っている訳だが、

日本の女の子達、
つまり、俺の青春を飾ってくれたあの「おんなども」の方々、
みんなみんな本当の本当にいい女だったんだな、
と今にしてしみじみとそのありがたみが身に染みる。

で、そんな俺の青春を飾ってくれたあの「どうしようもない」奴ら、
なんだかんだ言ってどうしても心の底から任侠野郎。

缶蹴りのさなかに見上げた鎮守の森のざわめき。
深夜のドライブで辿り着いた湘南海岸の膨らんだ潮の香り。
夜明け前の青いベールに包まれた新宿副都心の冷たい風。
寿司に天ぷらにしゃぶしゃぶに
牛丼、カツ丼、親子丼。
オムライス、カレーライス、ラーメンライス、
天ぷら蕎麦に鍋焼きうどん、
うなぎの蒲焼でもうこれ以上、死んでも食べれません。

という訳でだ、

あらためて、

やはり日本は見捨てられない。

世界に自慢できる日本人

Posted by 高見鈴虫 on 09.2011 ニューヨーク徒然
いまさらながらだが、
世界各国からの外国の方々に対して、
「自慢できる日本」って奴を考えてみなくては、
と思った次第。

という訳で、日本だ。

トヨタだ、ホンダだ、ソニーだ、ニンテンドーだ、カップラーメンだ、
ってのは、判り安いのだろうが、
俺にとっては別にどうでも良い。

オリガミで鶴を折ってみたり、浮世絵を並べてみたり、
果てはウオシュレットを実演してみたり、なんて荒業もあるが、
しかしまあ、これも俺にとっては別にどうだって良かったりする。

という訳で、さて、と考え込んでしまった。

俺にとって、もっとも自慢しなければいけない日本とはなにか。



ふじさん




すぐに思い浮かぶのはこのみっつ。

女がきれいだ、
山がきれいだ、
飯が美味い

生真面目で清潔好きで働き者で、
義理堅く情け深く嘘が嫌いで頭脳明晰。

つまり、日本の誇れるもの、
つまりは、人間。
つまりは、日本人、という奴。

が、しかし、
当然のことながら、
ここ来た途端に、
やはり、うーん、と考え込んでしまう、
あるいは、
思わず吹いてしまったり。

つまり、いったいいつの時代の話だよ、と。


むんく



最近の子たち、
確かに足が長くなって、
化粧は上手くなったのだろうが、
はたと真正面から見つめて見ると、
どういう訳だが決まって、
顔の輪郭がずれている。
口が曲がり鼻がそっぽを向き目の位置がちぐはぐ。
どうして?と首を傾げるのだが、どうしてなんだろう。
なんというか、
内面の歪みが外面を侵食している、
というか、
端的に言って正確の悪さが顔に出ている出すぎている、
ような気がしてならなくて、
そんな未熟児面をみていると、
とたんに性欲も失せてしまう、か、
或いは、
むらむらと病的にサディスティックな気持ちが煽られてしまったりして、
うーん、やっぱな、そのアンバランスさがとても不愉快なんだよな、時として。


で、
風光明媚な日本の自然、
とはものの本には書いてあるのだが、
実際には、
山、と、言わず、川と言わず、海と言わず、
そんなものいったいどこにあるんだよ、と。

で、飯に至っては、なにからなにまで、味の素漬け、
おまけに、それら全てがきれいに「放射能被り」

最近の若い奴、なんて言ったら若い奴に失礼なぐらい、

東電だ、政治屋だ、経団連だ、マスゴミだ、と、


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そろいもそろって、

不真面目で、不潔で、怠け者で、
卑怯で薄情で嘘ばかりついている臆病者、ばかりの世の中じゃねえか、と。

という訳で、おいおい、と。

確かにね、

俺の知る日本とはつまり、
世界で一番優秀な人種を自認していた頃の日本人であって、

生真面目過ぎて、几帳面過ぎて、働き過ぎて、

で、勝手にそれをやっていてくれればいいのだが、
世間が一丸となってそれを誰からに無く強要してくる。

そんなおせっかいさに
心の底から辟易していて、

ふざけるな、俺は俺だ、

の一言を以って、
全世界を敵に回しても俺は俺として生きるぞ、この野郎!
とまで逆行の果てに、
このような世界放浪の半生になってしまった訳だが、

それはそれで、
そういう、質実剛健の揺ぎ無い日本人魂、があってこそ逆行もできる訳で、
機軸がぶれてしまっては、
ついつい、あれほど憎んだ「昭和日本主義」的なものが懐かしく思えてきたりもする。

という訳で、

いまさらながら、すっかりと小野田さん気分に浸っている訳だが、

日本の女の子達、
つまり、俺の青春を飾ってくれたあの「おんなども」の方々、
みんなみんな本当の本当にいい女だったんだな、
と今にしてしみじみとそのありがたみが身に染みる。

で、そんな俺の青春を飾ってくれたあの「どうしようもない」奴ら、
なんだかんだ言ってどうしても心の底から任侠野郎。

缶蹴りのさなかに見上げた鎮守の森のざわめき。
深夜のドライブで辿り着いた湘南海岸の膨らんだ潮の香り。
夜明け前の青いベールに包まれた新宿副都心の冷たい風。
寿司に天ぷらにしゃぶしゃぶに
牛丼、カツ丼、親子丼。
オムライス、カレーライス、ラーメンライス、
天ぷら蕎麦に鍋焼きうどん、
うなぎの蒲焼でもうこれ以上、死んでも食べれません。

という訳でだ、

あらためて、

やはり日本は見捨てられない。

つまり、実際の日本がどうなっていようが、
現代の日本人がどうなってしまっていようが、
俺は気にしない。

俺は勝手に俺として俺的な日本人をやらせて貰おうと思っている。

やっぱり俺に獣医は勤まらないだろう、と思い知った訳で

Posted by 高見鈴虫 on 11.2011 犬の事情
実は、
ちょっくら勉強をして、獣医の資格を取ってみようかな、
なんてことを考えていた訳なんだけどさ。

が、現在2011年現在、ここ米国で獣医の資格を取るのは、実はとても大変。
下手をすると、CPAの資格を取る方がずっと楽だったりもする。
しかも
そんな大変な思いをして晴れて獣医さんになったとしても、
実は収入は割りとたかが知れていたりする。

が、しかし
、そんな割の合わない仕事であったとしても、競争率が激しくなる一方なのは、
つまり、まあ、俺のような人間がいるから、な訳で。

一日中、他人の財布の銭勘定をして、小銭のごまかし方を吹聴して回るよりは、
ひとつの命を救いたい、という使命感に疾走する、ことに使命感を持つ、というか。
あるいは、
人というものにつくづくうんざりした手合いが増えたのか。

が、しかし、だ、
この世に逆説はつきもの。
愛や情熱があれば適職か、というとやはりそんなことはない。

寝る前にさくっと「ベテリナリアンになるには」なんてサイトを斜め読みした夜、
ふと、夢見に、
泣きじゃくる家族たちを前にしていたいけに舌を出したシェパード、
え、その悲しみに暮れる家族を前に、
心のご準備はできましたか?とやっている俺。
おもむろに頷いて、
で、いざ、注射器を手にした途端、
ふと診察台の上のシェパードと目が合って、
その栗色の瞳に吸い込まれるように思わず涙が溢れて止まらなくなり、
獣医さん自らが泣き崩れて、膝を折って・・・

で、目が覚めたら枕がぐっしょり。
寝言で叫び声でも上げたのか、
喉ががらがらでよだれまみれ。

で、顔の上から、当のぶーくんが覗き込んでは心配そうに首を傾げている。

ああ、だめだ、と。
どんな理由があるにせよ、俺に犬は殺せない。

なんて話を翌朝に相方にしたら、

でもさ、それが普通になっちゃうところが、獣医さんの本当の苦しさなんじゃないのかな、と。

つまり、金に釣られて、儲からない犬はどんどん安楽死、
で、
泣きじゃくる家族を前に、苛々と貧乏ゆすりしながら、
早くしてくれませんかね、次が待ってるんですが、
などと舌打ちしてみせたり、なんて、ね。

そこまでくれば獣医も立派なプロフェッショル。
プロを目指す以上は、プロに徹しなくてはいけないのだろうが、
そうやってプロに徹した獣医さん、

つまり、
犬達の死に慣れ切ってしまった挙句、

くっう、これだけ働いてもこれっぽちしか稼げない。
これじゃあ、若い女も囲えねえじゃねえか。
やっぱりよくよくと、どうやって獣医で儲けるか、を真剣に考えなくてはな、

なんてことを嘯くようになるのかな。

という訳で、そう、
愛していることを仕事にすることは、必ずしも得策とも思えない、
というその一例。

この世で唯一絶対の愛

Posted by 高見鈴虫 on 11.2011 犬の事情
その運命的な出会いから、
僕は一瞬にして君と恋に落ちて、
そして今もこうして君を抱きながら、
心の底から幸せに満たされている訳なのだけれど、
しかし、
ただひとつ判っているのは、
この恋にもいずれは別れが待っているという事実。

つまり、
いつかは君と別れなくてはいけない、
君の死を見取らなくてはいけない、
ということ。

それが君と出会い、君と恋におちた時点で、
僕に架せられた責任であることも十分承知していた筈なのだけれど。

そしていずれはやってくるその責任の重さが、
いま既にまるで地の底に引きずりこまれるほどに、
恐ろしく感じることがある。

その別れの辛さが、
あまりにも辛いと判っているから、
もう恋などしない、と思っていたのだけれど、
やはり性懲りもなく、
こうして君を抱いて眠るようになって、
そして僕は、
安らかに眠る君の寝顔を見つめながら、
いつかやってくるだろう別れの時を思うたびに、
つくづくと不安になってくる。
そして、この愛が深まれば深まるほど、
その別れはどこまでも辛くなっていくのも判っている。
そしていま、
ここまでどうしようもないほどに君を愛してしまったいま、
その別れの辛さに、僕は耐えられる自信がなくなってきている。
つまり、
君が死んだら、
僕はもう生きていけないだろうな、と確信に近い悪い予感を思い知っている訳で。
だからいまこの一瞬を、思い切り愛に満ちたこの瞬間を、
心の底から感謝し、そして、できることなら、
別れの時に後悔の微塵もないぐらいに、
君を愛しつくしたいと思っている。

君を愛してる。心の底から愛している。
たまに憎らしいこともあるし、
君を愛することによって、
諦めなくてはいけない山のような喜びさえも、
しかし、こうして君のぬくもりを感じている今、
なにひとつとして意味を見出せなくなっている。

君と一緒にいなくては、
なにをやってもなにひとつとして喜べなんかしないのだから。

いまだに、この恋をどうハンドルしていいのやら判らなくなるが、
まあ、とりあえずは、こうして君を抱きしめながら、
心の底から途方にくれている訳だ。

すやすやと寝息を立てる君に、
僕のこの愛がどこまで通じているかは判らないのだけれど、
とりあえずは、あと10年、あるいはあと15年、
君とこうして過ごせる日々を、
心の底から愛しむことぐらいしか
僕にできることはない。

愛は辛い。そして素晴らしい。

♪大本営発表♪「原発被害は人体に問題なし」 「原発に反対する奴は”赤”だぞ!」

Posted by 高見鈴虫 on 11.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
大本営発表 と 原発推進派+TPP推進派のマスゴミども。

つまりこれ、まったく同じことだな。

金もらえれば何でも言っちゃうっていうか、
つまり小銭で魂を買い叩かれたチンカス邪鬼ども、ってところか。

ちなみに前回は、

大本営発表でつんぼさじきにされた国民、
文句を言ったら非国民でぱくられて、
「赤」の名のもとにいたぶり殺されて、と。

で、
その挙句に行き着いたのが、焼け跡だったという訳でさ。

その落とし前を、誰がどうつけた?(笑

というわけで、
日本はまた、
まったく同じ轍を辿って、
まったく同じところに行き着こうとしているんだよね。

いやはや、血の巡りの悪い人ってのはやっぱりどこにでもいつの時代にもいるのだよね。

つまり、悪の帝国であろうが、なんであろうが、
組織の中でえらくなりたい、とまあ、それだけの話なんだろうが。
放射能の灰被りながら、ちんけな話だよな、まったく(笑

ところで、

過去、大本営発表、なんてことを一億総国民が信じ込まされたのは、
情報が統制されていたから、と聞いていたんだけどさ。
現在、このインターネット全盛の時代に、
また同じことをやらかそうとして割とできてしまっている、
ってこと自体、とても不思議、そして割とすごい、と思う。

つまり、
デマを作り上げるものは、統制ではないんだよね。

騙される人たちは、自らが率先して自身を騙そうとする情報を選択し、
それに食らいついてそれを振り回し始めるんだよ。

へえ、やっぱ人間ってその程度なんだよなあ、まさに(笑

ぶっちゃけ Alex Gibney と言うか

Posted by 高見鈴虫 on 11.2011 読書・映画ねた
という訳でさ、

このところの日本、この大混乱、
というか、
まあ大波小波がどんぶらのしっちゃかめっちゃかの種明かし。

ぶっちゃけ、
Alex Gibney監督他、以下のDVDを見れば、
たいていのことは理解できてしまう訳でさ(笑

ENRON : THE SMARTEST GUYS ON THE TABLE





エネルギー業界の超腐敗構造。
そう、東電に限らず、インフラ会社ってみんなこんなもんなんだろ、と思い知らされる。
つまり、そう、
潰れない企業は必ず腐敗するってことなんだよね。はい。
ただ、
それが判っていながら、腐敗しないように努力するどころか、
より腐敗させてその腐った汁を吸っているゴキブリの方々、つまり政治屋。
いやはや、ですな。その薄汚さ、頭が下がります。



OUTFOXED




GWブッシュ政権下、というか、
端的に言って、
FOXニュースのルパート・マードッグやらロジャー・アイレスのメディア操作、
というか、もう既にただの扇動士。
これはもう、まさに、フジテレビのやってること、そのもの、というか。

俺は、まさか、この世に、FOXなんか見ている奴はいないだろう、
と思っていたのだが、おめでたかった。
そう、みんな見ていた(笑

つまり、それが面白かったわけだからだな。


Taxi to the Dark Side




911からイラク戦争までの暗黒時代から。
いつの時代でも、
戦争の本当の悲惨さ、とは、
前線でのどんぱち、なんかじゃないんだよね。
どんぱちはむしろ楽しかったりもする訳でさ。
戦争の本当のおぞましさは内部統制。
そのなにがおぞましいかって、
その統制に自ら率先して首を突っ込んで口を挟み、
で、昨日までの家族に、猛然とサディスティックないぢめをはじめる猛禽類のような人々がたくさんいる、
と思い知らされてしまうことなんだよね、実は。
つまり・・・ そう、今の時代がまさにそのものってわけなんだけどさ。


INSIDE JOB



サブプライム・ローンからのモラルハザード

いやあ、これでお咎めなし、ってのは、まったくうらやましい限りです。
この世に神はいない!とつくづく思い知らされます。


CLIENT9



暗黒時代における正義の味方の受難と言う奴でしょうか。

セントラルパークでスピッツァーに会ったんだよ。
向こうも犬の散歩でさ。
で、犬の散歩仲間ってことで一応ご挨拶した。
とてもとても、格好よい人であった、とだけ言っておく。


と言うわけで、
ここ数年の米国を襲ったまさに茶番としか思えない程に不愉快だった事件の数々。

実は今の日本、

これらの米国での事件のタブロイド版って感じ。

よって、

結末、というか、落し所というか、
そう、行く末が見えている、というところなんだよね、実は。

というよりも、

そのお決まりの結末に、無理やりに引きずり込もうとする強引さが見え見え。

で、そう、それが、つまらない。とてもつまらない。つまらなすぎる。

みすみすと罠にはまって騙されて、
というのがなんとも不甲斐ない、と思ってる。

なぜかと言えば、
この事件が起こっている最中、
俺は、

ったく、アメリカ人は馬鹿だな、
日本だったら絶対こんなことにはならないのに、

と思っていたわけだ(笑

どうだ、おめでたいだろ?


と言うわけで、わが日本もいつのまにかこのザマだ。

つまり、馬鹿はどこにでもいる、と、まあそういうわけなんだろうが、
アメリカ人ならいざ知らず、
日本人はもうちょっとぐらい頭がいい、と思っていたのだが、それもおめでたかった、ということか。


で、最後に必殺技というか、極めつけ、というか、

そう、

果たして、
誰が何の為にこのような時代を演出しようとしているのか、
と言う問題についてー>だって、あまりにも馬鹿馬鹿しいんだものな、まじで。

よくよく考えていくと・・・

結局、なんというか、この人の言っていたことに行き着いてしまう気がするのだが・・・

An Interview With Aaron Russo
ーReflections And Warnings



http://www.youtube.com/watch?v=YGAaPjqdbgQ


まったくね。悪趣味というか、そう、まさに、悪趣味な近未来SFぐらいにしか思えなかったのだが、
最近ますますこれが笑えなくなっている。

いやはや、人類舐められたものだよな。

世の中はどこへ行っても馬鹿ばかり、
というか、
人間って結局はこの程度なんだね、と思わず達観したくもなるこの馬鹿馬鹿しさ。

糞ったれだな。どこに逃げよう。

いきなり「華麗なるギャツビー」を読んでみた。

Posted by 高見鈴虫 on 15.2011 読書・映画ねた
3月の地震からこの方、
気が触れたようにずっと池波正太郎ばかり読んでいた訳だが、
ここに来て、どういう風の吹き回しか、
突如、いきなり、
よりによって「華麗なるギャツビー」なんてものを読んでみた。
翻訳は例によって村上春樹。

訳者あとがきによると、
村上春樹氏言うところの、人生を左右したもっとも重要な作品で、
これがなかったら作家を志すことはなかったであろう、と言う、
ドフトエフスキーをも凌ぐ名作中の名作、とのことであった訳なのだが、
古本屋の平棚セールで買ったまま、
どういう訳だか気が乗らず、本棚の隅に放置して早数年。

それがここに来て、
そう、日曜日の朝、
犬の散歩から帰った後に、
そう言えば今日のJETSの試合は何時からだったけかな、
などと考えながら、珈琲ができるのを待つ間、
ふと、本棚の隅に積まれたままの文庫本の山、
これもいつまでも読まないようであれば、
また古本屋に持って行ってしまおうか、
などと思いながら、
ふと気まぐれにページを開いたが最後、
あっという間に持っていかれてしまった。


次はイランかよ、馬鹿馬鹿しい

Posted by 高見鈴虫 on 15.2011 アメリカ爺時事
んだよ、
アフガン、イラクの次はイランかよ(笑
あまりにも見え透いてて、
こんな戯言がまかり通るなんて、
正気の沙汰とは思えねえ21世紀。

あのなあ、イズラエル、なんて奴らのために、
なんで、ここまで世界が振り回されなきゃならんのよ。

だから、ダコタ、やら、キャロライナ、やら、
あるいはぶっちゃけ、デトロイト、なんてところを、
イスラエルにくれてやれば、もうそれで済む問題だろう、と。

なんでそれができないのかな。

つまり、銭儲けにドンパチは必要不可欠ってだけの話だろ?馬鹿馬鹿しい。

日本国オーストラリア移住計画

Posted by 高見鈴虫 on 15.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ぶっちゃけ、
日本に住めなくなったときのことを考えて、
まだちょっとは円高、なんて言われているうちに、
海外に不動産を買っておいたほうがよい、
とか、みんな考えてないのかな?

現実問題として、もしも、次の地震で東京が壊滅したら、
もう日本は人の住めるところじゃなくなるだろ。

という訳で、もうしかたがない、と、
勝手に移住を始めちゃったりすると
おりゃあ、極東のイズラエル扱いされるから、
だ。

つまりは、海外の不動産をちゃんと購入すれば言い訳でさ。

たとえば、
デフォルト大国のギリシャ、とかさ(笑
エーゲ海に臨む白いベランダの3ベッドルームがなんと100万円、とか、ね。
だったらイタリアもスペインもポルトガルもあり、な訳でさ。

放射能被って癌になるまで不平不満の愚痴を言い続けてるより、
そっちのほうがよくね?と思うのだが、どうよ。

でね、ぶっちゃ、
普通に考えたら、オーストラリアだよな。

オーストラリアの砂漠の真ん中に、皇居を移して、
そこに、日本の技術者の底力の集約した、
夢のオアシス国家を創造しちゃう、なんて、
割とすぐにでも可能でしょ?

で、その間に、きたちょーと、じんばべー、とか、
まあ安い方々に瓦礫の掃除してもらってさ、
で、放射のーがなくなったら帰ってくるから、とかね。

オーストラリアに不動産とかかっておこうかな、と思っていた。

人間、苦しかったこととか痛かったこととかって、 喉元過ぎるとすぐに忘れちゃうんだよね、実は

Posted by 高見鈴虫 on 15.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
あの七転八倒のER事件から早一カ月。
毎朝飲んでいる特効薬のおかげで、
いまやそんなことがあったことさえも忘れかけているわけだが、
で、
そうこうするうちにいつのまにか、珈琲も煙草も夜更かしも、
そしてしょうこりもなく、暴飲暴食の悪癖もすっかり元通り。

挙句の果てに、昨日は、
取引先の社長に連れられて、昼からステーキハウスで大盤振る舞い。
なんと18オンスのリブアイステーキ。これがもう、ジャイアント馬場の16文キックかってぐらいに馬鹿でかい。
の上から、これでもかってぐらいに、バケツ一杯分ぐらいの厚切りフレンチフライがぶっかけてあって、
もう見るからに、大噴火状態なのだが、
これをもう、ひとりでぺろりと平らげてしまったその後、

夕食は夕食でお世話になっている大先輩方とのご会食。
久しぶりの再会ってのもあって、
テーブル一杯に広げられた料理の山が、
潮が引くようにさっと無くなるや、
再び津波のように押し寄せる料理の山。
これがまた、あっという間に消えうせて、
を3度4度と繰り返した挙句、
これももう、食べすぎだ、吐きそうだ、を通りこして、
あわやERの点滴ベッドに逆戻り状態。

が、しかし、
そう、これだけ美味ければ、ERぐらいなんだ、がはは、
えーい、死んでやる、殺してくれ、といってしまえるぐらいに美味しかったですねえ。

で、しみじみと、

いやあ、人間、苦しかったこととか痛かったこととかって、
喉元過ぎるとすぐに忘れちゃうんだよね、実は。


つくづく人間って凝りねえな、と思いながら、

やっぱねえ、いっちゃあなんだが、
男たるもの、手前の健康なんかに気を使う、なんてのは、ちまちましていてまったく行けてない。
男の基本は、
ばかやろう、いつでもおっ死んでやるぜ、の一言に尽きる。

男は身体を苛めてなんぼ、なのです。

ぐらいの元気がでたってことは、まあ治ったってことなんだよね、実は。

ハッピークリスマス、戦争は終わった?

Posted by 高見鈴虫 on 20.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
2011年12月14日15時2分 米朝3度目協議、年内にも 北京で食糧支援巡り接触へ
http://www.asahi.com/international/update/1214/TKY201112140200.html?ref=reca

=>なんでいまごろ?で、交換条件は?

2011年12月15日20時54分 米朝高官、食糧支援再開巡り協議 横流し監視態勢を議論
http://www.asahi.com/international/update/1215/TKY201112150604.html

=>どうやって?まっさかむりっしょ?

2011年12月17日
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の最高指導者、金正日(キム・ジョンイル)総書記が17日朝、急死した。
http://www.asahi.com/international/update/1219/TKY201112190142.html

=>あれまあ。用済みってこと?

でもさあ、
あらためてあまりにも露骨過ぎるタイミングの良さ。
これが事実だとしたら(んな筈無いけど)、
なんたらは小説より奇なり、とはこのことなんすねえ。いやあ、凄い凄い(冷笑。。

とまあ、いまとなっては、すべてがただの「憶測」ですが。つまりは風評ですかい(笑

ついでに言わせてもらえば、
なんでもっと早いうちに手を打たなかったの?なんちっち。
そういえば、ナカガワさんの死因も、第一報は心筋梗塞であった筈ですが。
オブチサンは、なんだったっけ?
なんてね。いやはや、やっぱ極東ってほんと子供扱いなんですねえ、結局は。
隠し立てなどする必要も無いって感じなんでしょうか?まるで奴隷ですね。

でもさ、まあ、

つまり、誰がやったの?やらなんで、なんてことよりも、
日本は日本の都合だけで
その結果を素直に受け止めてりゃいいってことな訳ですね。

いやあ、しかし、
これでまあ、色々なこと、つまりΩのことから始まって、
いろいろなことが判るんだろうな。
で・・死んだはずだよお富さん、みたいのがわんさか、
まるで降って沸いたように帰ってきたりするんでしょうねえ。
どーせならいままでお金受け取ってたせーじかの名簿もお漏らしして欲しいなあ。
意外な人々が名を連ねるのだろうなあ、きっと。

というわけで、
あちらさんの理由はどうあれ、さんきゅう、と言っておくべきでしょうなあ。
ハッピークリスマス、戦争は終わった? まさか・・・(笑

あ、で、そう、ここからが本題。

ブッシュのときもそうだったのですが、
一昔前の、いかにも夢見左翼的な耳にやさしいプロパガンダは、
すべて、フライパン返しで、くるりくるり、とひっくり返されるように、
そこにある本当の意味が、実はまったく逆のことだった、
ってなことに、これでもか、と気づかされるんだよね。つまり。

すべては、あちらさんの都合のいいこじつけに絡め取られてしまうはず。

つまり、右だ、左だ、なんて幼稚な論理の人々に理解できるようなことは、
すべてあちらさんの手の内のなか、ってことなんだよね。

まあ確かに、不愉快ではあるのだが、
それに抗う必要は本当にあるのかな?

と考えないと、まじで、
ケージの中で悪のスパイラルのリールをカラカラと回し続けることになるのだよん。

いつのまにか、なにからなにまでが終わっていた

Posted by 高見鈴虫 on 21.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
久しぶりに古巣、つまりはもともとのてめーの会社ってやつに帰ってみたら、
いつのまにか、なにからなにまで終わっていた。

なぜ終わってしまったのか、
まあ理由は色々あるにしても、
とりあえず終わってしまった、という現実は変わらないのだろう。
いや、そんなことはない、がんばろう、
といくら言ってみても、言っているそばから上げ足を取られて、
さすがに馬鹿馬鹿しくなった。
つまり、終わってしまった、と、そういうことなんだね。

がしかし、現実は欲望の具現化でしかありえないんだよ。

つまり、みんながもう終わりにしないか?と思った結果がこれ、と考えるべし。

あるいは、

終わらせることによって自分ひとりが徳をしよう、
同時に
自分ひとりが徳ができるならほかは終わってしまってもかまわない、
と思った輩に、ひとびとが引きずられてしまった、ということか。

という訳で、
もう誰もが、こんなことやっていったいなにになるのか、
さえ判らない状態。
なのに、みんな死んだ魚の目をしながらも、とりあえず生きている、だけ。

という訳で、なにもかも馬鹿馬鹿しくなった。

馬鹿馬鹿しくなりながら、俺も生きていかなくてはいけないんだけどね、
とふと便所の鏡を見ると、いつのまにか俺も、しっかり死んだ魚の目をしていた。

終わりは伝染もする。それも即効で利いてくる。

終わった奴は終わった奴を引き寄せ、
そして誰をもを終わらせようとする。
もしも終わりたくなければ、終わった奴とは関わりを持たないことだな。

まだまだ終わっていない場所は世界中にいくらでもあるし、
もちろん終わっていない場所の方が多い、ということを俺は一番よく知っている。

ああ、しかし、今日はさすがにつくづく人間が嫌になったな。

あまりに疲れすぎていて、逆に眠れない、というこの感覚も久しぶりだ。
そう、そうなんだよ。以前はずっとそうだった。
つまり俺は、もともと終わっていたところから抜け出して来て、
出先ですっかりリフレッシュをした後に、
改めて古巣を省みて、やっぱり終わっていた、ということに気づいただけ、なんだろ。

寂しすぎるが、つまりはそういうことなんだろう。
最初から終わっていたのだよ。つまりはそういうことなのだよ。

騙されたんだな、と思った。
終わった、なんてことを言い含められて、騙されて終わらされた連中に、
寄生されていただけなんだろう。

やれやれ・・

久しぶりにまた、マルケスが読みたくなったな。

馬鹿のいない場所

Posted by 高見鈴虫 on 21.2011 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
以前、会った、ものすごく嫌な奴からこう言われたことがある。

馬鹿に気をつけなさい。

あなたは馬鹿を引き寄せるところがある。
なぜかといえば、馬鹿に目を向けてしまうから。
馬鹿は、
目があったとたんに擦り寄ってくる、
そしてしがみつく。
が、馬鹿は馬鹿なので、いったいなにをやらかすか、
知れたものではなく、そして、やはり馬鹿なので、やることもたかが知れている。
つまり、迷惑、である。
そしてあんたは、そんな馬鹿に足元を掬われる、と。
掬われた足を持たれて、馬鹿の穴のそこに引きずり込もうとする。

ならば、
どうやって馬鹿に気をつければいいか、と言えば、
馬鹿にかかわらないこと。
隣にいる馬鹿、前にいる馬鹿、後ろにいる馬鹿、すべてにかかわらないこと、
なのだが、
ふと気が緩んだときに、ふと視線があったりすると、
途端ににやりと笑う馬鹿が、やあ、とばかりに擦り寄ってくる、という話だ。

つまり、
なんというか、
馬鹿、というよりも、インドの道端によくいたタイプの、つまりは、キチガイなわけだな。

俺のまわりはキチガイばかり、という訳か。
まあ気づいていたが、つくづく寂しい限りだ。

が、うーん、よくよく考えて、
馬鹿とはかかわりあうな、は確かに本当のことかもしれないね。

齧歯類系の人種というのは確かに存在する。
それもかなり多い。そしてそれが増えている。

齧歯類系の人種にいくら愛情を注いでも説得してみようとして無駄だ。
相手は齧歯類なのだから。

馬鹿と調子を合わせて仲良くやること、
ができない以上、
馬鹿に係わり合いをもたないこと、だったんだな。

つまり、一生懸命努力して、馬鹿のいない世界にまでよじ登らねばいけない、
とあの嫌な奴が言っていたが、
馬鹿のいない世界にまでよじ登った挙句、
そんな嫌な奴ばかりのところに辿り着く、というのも嫌だったので、
おれは全てを投げ出してしまったわけだが、
そうやって世界中をさ迷い歩きながら、
俺は、馬鹿のいない場所を探していたんではないのかな、
とふと思ったしだい。

という訳で、再びあの頃の話を始めよう。

昔むかし、ヒマラヤの山のふもとに、ポカラと言う村があって・・・・
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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