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2011のこの騒ぎを、いやあ昔はのどかでよかったな、と思う時代は、そう遠くないと思わせたわけで

Posted by 高見鈴虫 on 02.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
2011年、公私共に激動の年だった訳ですが、

東電を見ながら、腐ってしまった組織にはもうなにも期待してはいけない、と骨身にしみたし、
これはニュースだけにおけることではない、と痛感。
ここにもそこにもどこにでも、日系といわれる場所にはかならず巣を食っている「東電」な人々。
日本が終わったのはまさにこれが理由。つまりこれ、病気なんだよ。あるいは、宗教に近い。
少なくとも、気味の悪い亡者連中、以外なにものでもなし。
つまりは、まあキタチョーセンってことでしょ?

スティーブ・ジョブスの死に、やっぱいい人は気を使いすぎちゃうので早死にするんだな、と。
が、その半生にまさに「爪の垢でもあやからねば」と思わせる強烈な一本の柱があったと思う。
それは、「愛」だよね、多分。つまりアップルだ。
この人の死を悲しむ、というよりは、この先の暗い未来を思って不安な気持ちになった。
つまり、人類の水先案内人の象徴的な死、といえると思われ。

以下、蛇足。


日本の地震、ってより、原発騒ぎで、
日本がいかに(既に)終わっていたのかが、世界中に露呈し大恥さらす。
つまり、地震で石垣が崩れたところから気持ちの悪い虫がうじゃうじゃ出てきちゃったってところだろ?
やれやれ、
いい意味でも悪い意味でも、日本が北朝鮮なみに自分の脳みそで考えることをやめてしまった人々である、
という事実がまさに白日のもとに世界にさらされたわけでさ。
それまで、地震でパニックを起こさない日本は凄い、なんて勘違いされてほめられていたのが、
原発溶けても逃げない人々を見て?????、
で、嘘ばかり言っている政府、と、それに何の反応も示さない人々に、まじゾゾゾゾ~。
つまり・・・こいつら、北朝鮮人とかわらねえじゃねえか、と。まさにその通り。
まあね、そんなこととっくの昔に判っていたし、それが嫌で日本を出てきたのだが・・
その哀れな様を外からみると、ちょっとまじで痛かった。

ギリシャの通貨危機からイタリア>スペイン>ポルトガルの連鎖お手上げでユーロがたがた。
これだけ無茶苦茶やっておきながら、いざとなったらお手上げで済む、と思ってるなんて、
まさに、中小企業の馬鹿社長レベルの人々国家のトップなんてものをやって莫大な国家予算を猫糞しまくっている、
ってただそれだけのことなわけで。
まさに、政治、というか、国家なんてものは既に必要なくなっている、ということだろ?

ムバラク、カダフィ、に加えてなんと、金正日?笑い、出来過ぎ杉。
つまり、アメリカ、とうかアメリカ系財閥さんたちにとって金にならねえ国が全て淘汰されてるってことだろ?
まあ、TWTRで風評流すだけで勝手にひっくり返ってくれるんだから、
C1Aだなんだで、またクーデターでっち上げるなんてよりずっと安上がりなんだろうけどね。
それに比べて金ちゃんはちょっと前時代的な末路だったね。
つまり実行部隊を担ったのは前時代的な人々のほうってことなのかな。

で、ロシアの選挙違反問題もTWTRでひっくり返るの?まさか。
で、中国はひっくりかえるの?笑・・・

という訳で、右だ左だ、なんて、そんな運動会みたいな次元じゃないことが、
まさに、赤裸々らららに津波のように世界を襲っている訳ですねえ。

本当の本当に嫌な時代になってきた訳でさ。

やっほー、これで資本主義が倒壊するぞ、なんて喜んでいる奴、馬鹿か、と。

その先にあるものは少なくとも絶対に、あんたみたいな輩を幸せにするためには動いていない、ってことなんだぜ。
この先、
社会保障が完備されるということは、お前はもう一生缶詰しか食うな、ってことであって、
医療保険が完備されるということは、そろそろお前は死ね、といわれたときに素直に死ななくてはいけにゃあ、ということだろ?

餌になりうる音楽

Posted by 高見鈴虫 on 04.2012 音楽ねた
まあしかし、音楽、それ自体、というより、
そういう種類の音楽が流れていた場所での快楽的体験を反芻するために、
そういう音楽が好き、という使用法もあるわけでさ。

つまり、安っぽいテクノにあわせて踊るお嬢様たちの、
汗に揺れるおぱいの映像が瞼を離れず、
なんてことで、テクノばかり聴いている奴も多いと思うんだよね。

つまり、それが、流行、という奴。

音楽を餌にし餌になり、と。

餌になりうる音楽、ばかりを考えていると、必然的に誰もクオリティを求めなくなる、と。

SILVERFISH参上!

Posted by 高見鈴虫 on 04.2012 ニューヨーク徒然
深夜の夜更けの丑三つ時、
誰も居ないリビングのソファの下を、
ふと見ると、なんと!

気味の悪い白い虫がカーペットの上を這い回っていた!

んじゃんこれわ!

silverfish.jpg

SILVERFISH というらしい。

うーん、家賃うん十万円の超高級コンドミの床がゲジゲジだらけ、なんて、
いやはや、文明はまだまだだな、と改めて思い知った。

地上げ屋の最終兵器「南京虫」!

Posted by 高見鈴虫 on 04.2012 ニューヨーク徒然
NYのCRAGSリストにこんな広告があった。

「研究のため大量に南京虫を購入したし。どこで買えますか?」

おいおい・・んだこれ・・

という訳で種明かし。

ここ数年来、ニューヨークでは南京虫が大発生しているそうで、
部屋中でいきなり大量発生、身体中刺されて痒くて寝ることもできず、
挙句に家具から本から衣類から、
持つものの一切合財を路上に放棄して難民扱い、
なんて話は良く聞いていたのだが、

そんな南京虫難民の方々、
よくよく聞いてみるとどうもおかしな共通点がある。

それはつまり、レントコントロールな人々であったりするわけだ。

ここでひとつニューヨークのレントコントロールについて知っておかねばならない。

近年のニューヨークの家賃の高騰はまったくキチガイじみたもので、
マンハッタン内でちょっとまともなアパートであれば、
どんなに少なくみつもっても1500ドルから2000ドルはくだらない、
筈であるのだが、
そんな中で、
セントラルパークを見下ろす3ベッドルームのアパートに、
家賃500ドルで暮らしている、なんていう人種がいる。
当然のことながら、
そんな住人の隣の部屋、それもクローゼットにも満たない小さなステゥーディオで3000ドルしたりする訳で、
これはまったく理解ができない。
それこそがまさしくレントコントロールな訳である。

ニューヨークには古くからレントコントロールといわれる法律があって、
大家の理不尽な家賃値上げから住民を守るために、
家賃の値上げの際には最高でも何パーセントまで、と決められていた。
その後、土地価格の高騰が進む中、
その家賃の値上げ率と市場価格がまったく食い違った結果、
古くからの契約を引き継いでいる住民は、
下手をすると市場価格の10分の一、なんて値段でもぬくぬくと住み続けることができる、
なんてことにあいなったわけだ。

で、この南京虫難民の方々、
どうも、このレントコントロールに乗っかって、
安い家賃でホクホクと暮らしていた筈の人々、であったりするわけだ。

という訳で、この俄かに巻き起こった南京虫大発生のニュース、
もしや!?
と思っていたら、やっぱそうだったみたい。

つまり、割があわないレントコントロールたちを追い出すための最終兵器であったりしたわけだ。

大家が気に入らない、つまり金にならない店子の部屋に
こっそり南京虫をばら撒いてるってのは、やはり本当だったようだな。

がしかしまあ、
ヤクザが脅しにきたり、いきなりトラックが突っ込んできたり火をつけられたりするよりは、
まあ可愛いいじゃねえか、と言えないこともないかな。

という訳で、地上げ屋の最終兵器「南京虫」

いやはや、なんとかは使いような訳で・・

ニューヨークではビリオネアだって馬の糞を踏んづける

Posted by 高見鈴虫 on 05.2012 ニューヨーク徒然
ちょっと前のことになるが、
ひょんなことからビリオネアの自宅に招かれた。

そのビリオネアの住居はと言えば、言わずと知れた5番街の57丁目トランプ・タワー。
案内役の個人秘書さんなるものに導かれて、
金歯ギラギラの玄関を入ったとたん、
ドアマンからさぞ冷たい視線、あるいは、すぐに非常警報が鳴り響いて、
と思えばさにあらず。
そう、きわめてフラット、つまり実にすがすがしいご対応振り。
で、こちらへ、と招かれたエレベーターのドアが音もなくすっと開いて、
階数の表示の無いエレベータがふたたびするすると動き始め、
しばしの沈黙の後、再び音も無くドアが開いて。
足首まで埋まってしまいそうなカーペットを歩くと、
すっとドアが開いて、やあ、とTシャツに短パンのビリオネアが寝起きの髪を掻き揚げている。

凄いところに住んでんだな。
なあに、ここはホテル代わり。本宅はフロリダにあるからな。今度そっちにも遊びに来いや。庭でテニスができるぜ。
という訳でビリオネアの部屋。

見渡す限り何の変哲も無いただの部屋。
仮住まいというだけあって余計なものはなにもなし。
いかにもまにあわせで買いましたという黒革張りのソファーの上に、
WSJの束と愛用のテニスラケットが無造作に投げ出されていて、
壁にぶらさがる超特大のテレビにも買った時についていたお買い得のシールが貼ったまま。
テーブルの上には食いかけのシリアルに豆乳のパック。どちらも俺が食っているのと同じメーカーのもの。

なんか飲むか?
と出てきたのはシャンペン、かと思えやただのエヴィアン。

なんだよ、と俺。
なんかトランプタワーって言ってもなかは何にもねえんだな、と正直に。

ただひとつ、トレックの最新式マウンテンバイクはさすがに垂涎もので、
いやあ、これだけが輝いているな、と。

で、約束だったやることをちゃちゃっちゃと終わらせて、
とするうちに携帯がプルプル。

はいはい、ああ、いいよ、と短い会話の後にその携帯を床に投げ落として、
女が来るってさ、と苦笑い。

で、やってきた女。
あれ、どこかで見たことある、と思いきや、
ほら、いまタイムズスクエアの大看板に思い切り黒い下着をさらしている、
例のヴィクトリアン・シークレットのモデルさん。

はろー、とひとこと。
で、どかり、とソファに座るや、ビリオネアの食べかけのシリアルを無造作に食べ初めて。

きのうあれからシンシアがフリークアウトしてさ、で、ポールとシンディが一緒だったんだけどでもう大変でさ、
なんて話を、何気なく話しながら、
たぶんこの話の登場人物は、普段テレビやら街中の大看板やらでおなじみの誰かさんのことなんだろうなあ、
とは思いながら、こんな雰囲気では、ただたんに、へえ、と頷くばかり。

とするうちに、今度は彼女の携帯がぷるるる。で隣の部屋に消えたとたん、
いきなり、ファックだ、シットだ、アスホールだ、の金切り声。
ふたりで顔をあわせてやれやれ、と苦笑い。

ちょっと散歩にでも行かないか?
というや、USOPENのジャージを肩に羽織って、じゃな、とそのまま、
テニスシューズをつっかけて。

という訳で、トランプタワーの玄関を出るといきなり地獄の鍋の底の5番街。
通行人と観光客とストリートベンダーとホームレスとタクシーとトラックとデリバリと犬の散歩の人が
右に左に交錯してはすれ違うまさに地獄のような混雑。

あのなあ、と思わず。
あんたが今すれ違った男はビリオネアでこのトランプタワーの住人のなんだぜ、
と思いながらそんなことは誰も知ったこっちゃないニューヨークの街角。
まさに、
ビリオネアとホームレスが何の気なく交差点の信号を待っていたりするわけだ。
まさにこれ、いかにもニューヨークだな、と思った次第。

といいながら、
そう言えば、それを言ったらこんな俺が、
スーパーモデルを恋人に持つビリオネアと、
市営コートのひび割れたテニスコートでやれインだアウトだ、とやっているわけでさ。

なんてことを考えていたら、
携帯を終えた彼がふとひとこと。ニューヨークだな。
ああ確かに、と苦笑い。
いま俺もそれを考えていたんだ。

世界中行ったけど、俺はやっぱりここが一番好きだな。
パリもいいけどね。
ああ、たまにはね。
リオもいいな。
ああ、リオもいいけどさ。
俺は東京も好きだぜ。
ああ、たまに帰るとな。
でも、
でも、
やっぱり住むならニューヨークだな、と再び苦笑い。

ビリオネアはビリオネアなりに普通にビリオネアができて、
貧乏のテニサーは貧乏なテニサーなりに普通に貧乏なテニサーとして暮らしていける街。

なんてことを言っていたら、
トランプタワーのビリオネアはいきなり馬のうんこを踏んづけて、くそったれ、と舌打ちした。

ブルーヒーラー・オーストラリアン・キャトルドッグという犬 まずはその名前の由来から

Posted by 高見鈴虫 on 05.2012 犬の事情
オーストラリアの牧場には、ブルーヒーラーと呼ばれる牛追いの犬が居るらしい。

ブルーは青のブルー。ヒーラーは癒し系のヒーラー。
つまり、ブルーな気分を癒してくれる牧牛犬か、
というとそんなことはなく、
ただのスペル違い。

ヒーラーは、HEAL=癒す、ではなく、ハイヒールのHEEL。つまり足の踵。
青い踵野郎、という意味らしい。

このブールーヒーラーという犬種。

白、というよりは、銀色に近い光沢のある白の中に、
滲んだような黒い毛が混じっているため、
ぼやけた灰色、それが太陽の下だと、
青い空を反射してまさに青色に輝いて見える訳だ。

オーストラリアの広大な牧場において、
この青色に輝く犬が、牛達を追って走り回っている訳だが、
このブルーヒーラー、
牛を追うぐらいだからさぞかし巨大なのかというとそうでもなく、
サイズから言うと中型犬。柴犬と秋田犬の中間ぐらいの、
まあ、紀州犬と同じぐらい、であろうか。

姿形はちょうどシェパードをコンパクトにしたようで、
長く立てた耳にちょっと上を向いて尖った鼻、
ずんぐりむっくりに見える身体に長い尻尾。
ベントレーマークと言われる額に滲んだ十字の印と、
どこか驚いたようにも見えるどんぐり型の大きな目が
トレードマークになるようだ。

で、このブルーヒーラー、
身体は小さいながらその敏捷性とタフさが売り物で、
言うことをきかない牛どもをこれでもか、と追い回しながら
その鼻先に、そして後ろ足の踵に向けて、
目にも留まらぬ痛烈な一撃を加えては
猛牛たちの群れを自由自在に操る、という。

という訳で
このブルーヒーラー、別名をオーストラリアン・キャトルドッグ、
その運動神経とタフさ、そして牧牛犬を勤めるその頭脳は、
行動派のアウトドア野郎のバディには、
まさにうってつけの名犬である、
ってな話。

うーん、こう書いてみると、いかにもいかにも、
犬の中の犬、という感じで非常によろしいのではあるが、

が、しかし、
そう、問題は、
ここがオーストラリアの緑の大草原ではなく、
ニューヨーク・マンハッタンである、と言う点なのだ・・・・

コンクリートジャングルのそのど真ん中、
白い箱型の密室の中で、
そんな牛追いの犬と暮らす、なんて・・・
ちょっと考えてみただけでも、
その顛末がどうなるかぐらい、簡単に判りそうなものではないか。

という訳で、はい。
ご期待通り、予想通りの顛末、と相成ったわけで・・・・

オーストラリアン・キャトルドッグという犬 ドッグランの王者

Posted by 高見鈴虫 on 05.2012 犬の事情
オーストラリアン・キャトル・ドッグのオーナーに言わせると、
ひとたびオーストラリアン・キャトルドッグを知ってしまうと、
もうオーストラリアン・キャトルドッグ以外の犬は考えられない、
と口を揃える。

確かに、とは思う。

ほかの犬種をそれほど知っている訳ではないのだが、
確かにこのオーストラリアン・キャトルドッグという犬は面白い。

面白い、というか、まあ相棒、というか、
つまりは、最高のバディーなのである。

オーストラリアン・キャトルドッグの魅力は、と言えば、
まず第一にその運動能力、これに尽きる。

大抵のドッグランにおいて、オーストラリアン・キャトルドッグほどにその芸の多彩さを披露する犬はいない。

芸と言っても、お手やらチンチンやらバキューンやらごろりん一回転やら、と、
そういう愛玩犬のような芸ではない。

つまりは、ドッグランでの芸、というと、
まずはボール投げ。
ちなみに我が家のオーストラリアン・キャトルドッグとボールを競って、
出し抜いてボールを手に入れる犬は一匹としていない。

どんなボールであっても、たとえそれが誰のボールであっても、
ひとたび視界にボールが目に入るやいなや、
その敏捷性と反射神経と、そしてその驚くばかりの足の速さで、
まるでロケットのように飛び出すや、
あっという間にオーストラリアン・キャトルドッグにかすめ取られしまうことになる。

そうこうするうちに癇癪を起こした犬が唸りを上げて飛び掛ったりもするのだが、
大抵の不届き者は、キャトルドッグの武器であるその鋭い視線に射すくめられて二の足を踏むか、
それでも口にくわえたボールに穴先を近づけようものなら、
目にも留まらぬ速さで強烈な一撃を鼻先に食らうことになる。

時として、狂犬の代名詞たるアメリカン・ピットブル・テリアやら、
ヤクザ面のジャーマン・シェパードから殺し屋然としたサイベリアン・ハスキーから、
果てはドーベルマンからグレートデンに至るまで、

このチビ生意気な、と舐めてかかったとたん、電光石火の一撃を食らって目を白黒、
キャンと叫んで飛び上がった時には、すでに青い弾丸は視界の遥か彼方にまで走り去っているのだ。

そんなキャトルドッグ、
ボール投げとは言わず、フリスビーからサッカーから、
とりあえず、ドッグランでの荒っぽい遊びをやらせては右に出るものなし。

思わず得意になって、思い切り投げてしまうと、
しまった、フェンスの向こうに消えていくボール、
それを追いかけて、
一瞬のうちにドッグランの囲いを飛び越えるや、草原の向こうに消えていってしまったりもする訳である。

オーストラリアン・キャトルドッグという犬 一日の運動は最低でも3時間。それも・・・

Posted by 高見鈴虫 on 06.2012 犬の事情
確かに、オーストラリアン・キャトルドッグは最高のバディである。

日々の日課であるジョギングのパートナーは言うまでも無く、
週末のテニスの時にも、セントラルパークのサイクリングにも、
夏のビーチから冬のスノーボードまで、
欠かすことのできないバディとして脇をがっちりと固めてくれる。

オーストラリアのアウトドア雑誌には、
釣り船の舳先から夢中になって魚影を追う姿や、
カヌーのお供から、ラフティングの乗員から、
キャンプから登山からハンティングから、
サーフィンからスキーからスノーボードからと、
アウトドアと言えば必ずこのオーストラリアン・キャトルドッグの姿が見える。

その運動神経に加え、身体の強靭さ、タフさはまさに驚愕するばかり。
真夏の日中でも極寒の雪の原でも、
2時間3時間と連れまわしたところで疲れた顔一つ見せず、
こっちがへとへとになって座り込んだとたん、
そら来た、とばかりに飛び掛ってはじゃれ付いて来て、
とまさに身体中がエネルギーの塊である。

という訳でこのオーストラリアン・キャトルドッグ、
牧場やらキャンプ場で暮らすにはまさにうってつけの名犬、
である筈なのだが・・・

問題はそう、ここがニューヨークである、という点。

ものの本に寄れば、
オーストラリアン・キャトルドッグの日々の必要最低限の運動量は、
少なくとも3時間!
それもただだらだらと散歩する、というのではなく、
それこそ牧場で牛を追うように、
徹底的に走らせ尽くさなくてはいけない、とある。

このエネルギーの塊たるオーストラリアン・キャトルドッグ、
ひとたびそのありあまるエネルギーを持て余すと・・・

という訳で、このオーストラリアン・キャトルドッグ、
朝の6時からドッグラン中をこれでもか、と走り回り、
リバーサイドパークの端から端までを自転車を追って全力疾走、
これでもか、とばかりに走らせまくって、
ようやく辿り着いたアパートの前、
さあどうだ、満足そうにあくびのひとつでもしてくれるか、
という言うとまったくそんなそぶりも見せず。

あれ、いまのはなんだったんですか?次はどこに行きます?
ってなぐあいに爛々と目を輝かせながら、ボールをせがんだりする訳である。


オーストラリアン・キャトルドッグという犬 ワンオーナー’・ドッグ

Posted by 高見鈴虫 on 06.2012 犬の事情
確かに、オーストラリアン・キャトルドッグは最高のバディである。

飼い主に対しての信頼度はまさに絶対で、
それがそれほど理不尽なことではないお願いなら、
大抵のことは我慢して言うことを聞いてくれる。

動くな、といわれれば何時間でも動かず、
鼻先にお菓子を乗せたまま、良しと言うまでは微動だにせず、
行けと言われれば水の中でも火の中でも夢中になって飛び込んでいく。

うちの奴はまあそれほどハードコアでもないのだが、
散歩の時はリーシュの必要がまったく感じない程だし、
自転車での遠出の時にも迷子になる心配はまずない。

それほど込み入ったものでなければ、
大抵のことはわざわざ教えなくても理解してくれるし、
散らかしたおもちゃを自分で箱に戻したり、
リビングから新聞取ってきて、やら、玄関から雑巾持ってきて、
ぐらいのお願いなら嬉々として聞いてくれる。

産まれてこの方、飼い主に対して牙を向くどころか、
唸ったことさえ、睨んだことさえもなく、
時としてこいつはヘタレなのではないか、というぐらいに、
下手をすると何をしても絶対に怒らないのではないか、
とさえ思えてくる。

のだが、
そう、そこがオーストラリアン・キャトルドッグの罠である。

ものの本によるとオーストラリアン・キャトルドッグは、ワン・オーナー・ドッグである、とある。

このワンオーナーというのがなにを意味するかというと、
つまりは、自身の決めたオーナー=飼い主には徹底的に忠誠を尽くす、
のだが、
オーナー以外の者には・・・・

ちなみに我が家のブッチ。

いつもいつも、お散歩の時にはどんなときでも超ご機嫌、
それこそはこぼれる様な笑顔で大きな目をくりくりとさせながら、
ちょくちょくとこちらを振り返りながら、
目が合うたびに千切れるばかりに尻尾を振って、
それはもう可愛いと言ったらない。

と、そんな姿を見た通行人が、思わず笑みをこぼれさせて、
あらまあ可愛い、と頭を撫でようと手を伸ばした途端、
ふっとその姿が消えている。
つまり、一瞬の早業でその手を避ける。
あれ?とばかりに再び手を伸ばすと、
またするりとすり抜けて、そしてこぼれる笑顔で尻尾を振っている訳だ。
普通の人間ならこれを何度かやられると、
こいつおちょくっているのか、とちょっと不機嫌になる。
それでも懲りずに、
いや、この私になつかない犬が居るものか、
と下手なプライドを掲げて近づこうものなら・・

まあ、そうなる前に大抵は、
すみません、この犬はちょっと恥かしがり屋で、とお断りを言ってそそくさと通りすぎる訳なのだが、
なによ、可愛くないわねえ、としたうちするその後ろで、
ケラケラと笑いながらこれ見よがしに抱きついて来たりもする訳だ。
いやはや・・・

金曜の夜23時

Posted by 高見鈴虫 on 07.2012 ニューヨーク徒然
夜更けにの街を足をひきずるように、
ようやく帰り着いた部屋をソファで、
灯りもつけぬままに深い深いため息をつきながら、
やれやれ、くだらねえ日だった、とつぶやいている。
が、それを言ったら、
まったくくだらねえ一週間だった、というべきなのか、
金曜日の夜23時。

いったいなにをやってこれほど忙しかったのかまったく思い出せないぐらいに
石臼ですりつぶされて粉になってしまったような、
そんな気さえする金曜の夜23時。

ああ、こんなことを続けていれば、
いつのまにか、ああくだらねえ一ヶ月だったが、
あっというまに、またくだらねえ一年だったの年の瀬を迎え、
そしてあっというまに、なんともくだらねえ人生だった、
と空き缶を蹴る自分の姿が、
冗談ではなく割りとリアルに思い浮かべられるようになってきた今日この頃。

がしかし、
そう、
こうやって、ああくだらなかったな、とため息をつけること自体が、
実はそんなに悪いことでもなかったりする、という事実にも気づいている訳で。

本当の本当にてんぱった時には、
それこそ、ため息なんてついていられる余裕もなく、
或いは、悪い予感に身構えながら、
こうなったらああやる、こうでたらそうやる、と頭をフル回転させて対策を練っている訳で。

という訳で、再び、ああくだらねえ一日だった、一週間だった、と深い深いため息。
ひとつの仕事が始まり、ひとつの仕事が終わって、また来週から新しい仕事。

突っ込んでいるときにはそれこそしゃかりきなのだが、
一区切りついた途端に、なんだ、喉元過ぎてみたら、
ああ結局はくだらない結末だったな、ということなんだよね。

そう、結局はそれぐらいの仕事ってな訳だ。

まあ生きているだけまし、と考えるべきなのかな。

初夢でスティーブジョブスに会った」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2012 技術系
先日、初夢がどうのこうのというメールを出した友人から返信があり、
なんと「初夢でスティーブジョブスに会った」という。

なんだそれは、と苦笑いしながら、
からかい半分に、、詳細求む、とだけして返信。

としたところ、いきなり電話が鳴った。

で、スティーブ・ジョブスが何だって?
と聞くと、
いつものように煮えきらぬ口調で、ああ、だから、初夢でさ、もごもご、
と。
いいかげんにまだらっこしくなって、
へえ、お前も偉くなったもんだな。
スティーブジョブスが夢枕に立ったってことは
つまりは御大が直々におまえんところに御参上いたされたってことかよ、
と笑ってやると、
いやまさかまさか、と笑う。
なんか白い部屋にずっと並ばされて、
で、次から次へと握手して、でその握手している間の瞬間に、
なにか一言お言葉をかけて、という程度だったらしい。
なんか、ほら、GIGの後に楽屋に押しかけてって感じでさ。
すぐ終っちゃったよ、との話。
で?
ああ、なんか、えーと、最初に買ったアップルが1985年の、マッキントッシュで、
なんて話をしてたら次の奴から押されてさ、
で、もごもご、サンキュー、バイバイとか言って、で終っちゃったよ。
いや、だから、どんな人だった?
笑ってたよ、なんかやたらとニコニコ笑ってて、思ったより背の低い人だった。ちょうど俺と同じぐらい・・・

と言うわけで、
いやあ、儚いな、人の一生は、
なんて感じで電話を切ったのだが、
そのあっさり具合が逆に妙にリアルで、
へえ、スティーブ・ジョブスと会ったのか、いいなあ、と思っていたものだ。

と言うわけで、もしも俺がそんな夢の中に居合わせたら、
スティーブジョブスに最後に何を言うか、言うべきだったかな、
と考えてみたりもしたが、まあ、しかし、そう、それは夢の話だ、とすぐに忘れてしまっていたのだが。

がしかし、それは突然やってきた。

なんかそれは、やはり可笑しな、夢のような話、のその続き。

類まれな才能に恵まれた天才ゴルフ少女を、
アメリカのゴルフスクールに入学させるためにやってきたコーチと天才少女、案の定、一次試験で落ちて、
しかし、落ちましたですごすごと帰るわけにもいかず、
どうにかしてほしい、となきついてこられた、という設定。

で、俺はと言えば、やはり、少女よりはそのコーチとお話する機会が多く、
見た目綺麗ではあるが、なにより背が高すぎて、せっかちなちょっとヒステリックな感のある20代後半の痩せた女。
が、どうにかなりませんか、どうにかなりませんか、と鳥のような顔で繰り返し、まあ本当に世界に通用するだけの素質があるのか、
こちらの天才少年少女と一緒に練習させてみる、というのはどうですか?
なんて感じに説得して、で、世界の天才ゴルフ少年少女の集まる学校のその予備校的練習場にやってきたのだが、
その予備校というのが白いビルで、
何十階もある円筒形の巨大なビルに、ずらりとバルコニー型の打ちっぱなしが中庭を向いていて、で、各自がスパンスパンとボールを打っている。
ひやあ、これ、落ちたら大変だな、とかと思いながら、
さあその天才少女がボールを打ち始めるが、ぜんぜん飛ばない、どころか当たりもしない。
やっぱりな、日本の天才は世界の凡才。
冷静な状況判断、つまりは、世界の実力のレベル、を知りもしないうちから、周りばかりが勝手に騒ぎすぎて、
本人は自覚も気構えもないうちに舞台に乗せてしまうからすぐに萎縮して潰されてしまう。
やれやれ、としていると、やにわにその背の高いゴルフコーチが、
なにやってるの、とヒステリックに騒ぎ始め、
貸してみなさい、こうやって打つの、とやってみるのだが、
クラブが子供用で短すぎて、
まるでミニュチュアゴルフのパットの練習のような姿勢のまま、
思い切り大根切りにスイングしたものだから、
スライスしたボールが闇雲にすっ飛ぶばかりで、
そして斜めに曲がりながら落ちて行った。
やれやれ、コーチがこれでは天才もたかが知れているだろう、
などと思っていたその時、
いきなり、スティーブ・ジョブスが目の前にいた。

やあ、とスティーブ・ジョブスが笑っていた。
聞いていたとおり、やたらとにこにこと笑っている。
聞いていたとおり、それほど背は高くない、というより、俺と同じぐらい。というか同一目線。
あれ、スティーブジョブスってでかいひとだった筈だが、とか思いながらも、
あまりの状況の変化に対応しきれず、思わず頭が真っ白。
しどろもどろに、あーいや、あんたのことすごく好きで、いやあ、まったく、
なんていう言葉を、下手な英語で並べる俺に、
スティーブ・ジョブスはめがねの奥からにこにこと頷いているばかり。
なんて言ってるうちに、時間切れ。
じゃあ、と手を離した瞬間、まてよ、と。
いや、ちょっと待って、本当に言いたいことは、そんなことじゃなくて、
とやっていたらいつのまにかスティーブ・ジョブスの手は、
すでに次の男に握られていて、
いや、あの、と横から声をかけながら、
ふとみると隣りの男、背の高い痩せた白人のGEEK、
握手の手を握り締めたままなにも言わず、
じっとスティーブ・ジョブスの目をみつめるばかり。
あ、汚ねえ、そんな長い時間、と言いながら、スティーブ・ジョブスは、
やはりにこにこと笑っていながらいつまでもGEEKと見詰め合っている。

というわけで、タイムアウト。

いやあ、準備が足りなすぎたな、とは思いながらも、
しかしながら、なんであんなことしかいえなかったのか、
なぜ、あんなことを言ってしまったのか、
俺はなにを言うべきだったのか、と思わず自戒の念。

俺が言った、あんたを好きだった、とか、そういうのって、
俺の心からの言葉を伝えたい、ということだったのだが、
果たしてそれが、
スティーブ・ジョブスが一番聞きたかったことだろうか、と。

心に思ったうそ偽りのない言葉を伝える、なんて、
それはただ単に、俺が言いたかったことを(勝手に)言っただけ。

で、果たしてその時に、
スティーブ・ジョブスはどんな言葉を聴きたがっていたのだろう、
と考え、
できれば、スティーブ・ジョブスが一番聞きたいであろうと言葉を
言ってあげるべきだったのではないか、とか。

あるいは、
たぶん、スティーブは死んでからこの方、こういう自分勝手なお悔やみの言葉を数限りなく聴いているに違いないから、
できればもうちょっと趣向を凝らして、
言うなれば、受けを狙ってなにか仕掛けるべきだったのでは、とか。

と言うわけで、図らずも、送る言葉の持つ意味について考え込んでしまった訳だ。

と言うわけで、スティーブ・ジョブスへのお別れの言葉。

あんたのところにも必ずやってくるよ。

そのときのために、スティーブ・ジョブスになにを言うべきか、
考えておいたほうがいいぜ。

なんてったって、今日が人生最後の日だったとしたら、
この仕事はやるべきか、価値はあるのか、と考えていたひとだから。

改めて、犬は寝てばかりいるな

Posted by 高見鈴虫 on 09.2012 犬の事情
改めて、犬は寝てばかりいるな。
寝てばかりいるかと思うと、突然飛び起きて、
で、腹が減った、やら、散歩に行こう、とせがみはじめる。
それをちょっと無視していると、
いつのまにか寝ている。
その繰り返し。
不貞寝しているかというとそんなこともなく、
実に気持ちよさそうに寝ては、
夢をみてるのか手足をぴくぴくとやっては目を白黒。
こいつ夢の中でもボールを追ってるんだな。
いやはや、幸せな暮らしだな、と思わずため息。
なんてついているそばから、
ふと飛び起きたまま、大きく伸びをして、そして大あくび。
さあ、出かけるか、とばかりにすたすたと玄関の方に歩いていく。
はいはい、としぶしぶと腰を上げ、
零下10何度の氷の公園に向けて出発するわけだ。

全身パスワードの男

Posted by 高見鈴虫 on 10.2012 技術系
改めて世の中、パスワードだらけだ。

WINDOWSのLOGINから、メールから、IPHONEから、ITUNESから、
銀行のONLINEから、FACEBOOKから、HOTMAILから、GMAILから、YAHOOから、
会社のから、個人のから、あのこのから、このこのから、
EBAYから、PAYPALから、会員制WEBSITEから、VPNから、LOGMEINから、VNCから、
なにやらかにやら。
で、そのひとつひとつが、なんか似たようで、でも、同じではなくて、
しかも、そのなかのいくつかは、定期的に変更を義務付けられ。

まるでジーンズのヒップポケットにキーチェーンの束をじゃらじゃらと言わせていたころを思い出す訳だが、

しかし、21世紀、ヒップポケットがじゃらじゃら、どころか、頭がじゃらじゃらである。

あれまあ、あのパスワードはどれだったけか、と、なんとなく、なんとかに似てつけたパスワードが見つからず、
哀れ失敗回数何回でLOCKOUT.やれやれ、と。

というわけで、どうせなら、パスワード、忘れないように、刺青してしまえばいい、とふと思った。
あのダウンタウンのTATOO SHOPにあるペン型の刺青機なら、わりと簡単に彫れそうだ。
で、変更のたびに古いものに横線を引き、で新たなパスワードを刺青して、と。

全身バーコードの刺青をしたアホを見たことあったが、
全身がパスワードのやつってのはまだ見たこと無いが、
いかにもありそうだな、と思っていた。

全身パスワードの男。これは笑える。



ニシン・ソバ

Posted by 高見鈴虫 on 10.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
幸か不幸か、これまで、世界中でそれこそいろんなものを食ってきた訳だ。

まあ良くある話ではるが、俺は犬も食った。猫も食った。
ねずみも食ったし、蛇も蛙もワニもザリガニも、
下手をすると虫、それも、ハエやらゴキブリやらも、
料理として、というよりは、料理に配合されたスパイスとして食った。

ヨーロッパの一流ホテルのフルコースディナーで出されるものなら大抵のものは食った。
キャビアー、やら、トリフやら、もそれだけで腹いっぱいとはならなかったが、まあ添え物としては食ったことは食った。
パリに居たときには徹底的に金がなかったがそれでもエスカルゴのにんにくバターにさそわれてそればかり食っていた。
タイに居たときにも徹底的に金がなかったがヤワラーの先のストリートマーケットで海老の焼かれた匂いを嗅ぐとたまらず。
香港に居たときにも朝は粥、昼はビジネスなにやら、で、夜はそれこそテーブル一杯のなにがなんだかわからないぐらいの皿が埋め尽くし、それでも足りずに深夜にこっそりとモンコックの奥の屋台で、蛇鍋を食らっていた。
という訳で、ここニューヨークでも日本食が恋しい、なんて思うほどの余裕もない。

なんといっても世界一のメルティングポットだ。
世界中からの人が集まり世界中からの料理を作っては世界中の人が世界中の料理を勝手に食っている。
が、それをただそいつらだけに独占させておくなんてのはこのニューヨークではありえない。
つまり、全世界のどんな民族の中でも必ず存在するつまりは俺のような輩が、
どうしてもどうしてもその好奇心に押し切られて訳の判らないレストランの扉を開くとき、
まさに訳の判らない人々のわけの判らない人々によるわけのわからない料理、
メニューを出されてもなにがなんだか、どころか、一文字さえも読めず、
なんてことぐらいで驚くほどの軟弱ものはそもそもこの街に居座ったりはしない。

つまり、そのわけのわからない場所にたった一人、でーんと構え、
いかにも胡散臭げな顔をしたウエイターに、
他人の迷惑顧みず、どころか、それこそ嫌がらせのようなでかい面のまま、
このメニューの一番上に書いてある奴、みんなもってこい、とやるわけだ。

という訳で、そう、この街でも実に色々なものを食らった。

英語が通じない店ほど、煙たがられるほどに、その味は情け容赦なく、
つまりは、本場の味、であることが多く、つまりはそれこそが俺の求めるものな訳だ。

という訳で本題だ、

ここまで、世界中で色々なものを食べてきた俺が、

ふと思うと、なんと、母国である日本の料理が、一番縁が遠かったりする、という事実。

そう、今日、パーキングで車を降りたときに、ふと、

ニシン・ソバ という奴を、俺は食べたことがない、と思い当たったわけだ。

鰊蕎麦。

なぜ、鰊か。秋刀魚や鯖ではなぜいけないのか。
その、鰊とはなにか。焼いたニシンか、煮た鰊か。
で、
それが鰊蕎麦として歴史の荒波を行きぬいてきた以上、
そこはやはり、鰊と蕎麦であらねばいけなかったなんらかの必然性が存在しているのだろうか、と。
一度食べて見るべきか、とふと思ったが、
果たして、
それが、天ぷらそば、と同じ値段だったら、と考えると、
うーん、と考え込む。
はずしたな、やっぱり天ぷらそばにしておけばよかった、
とすっぱりと諦められるほど、天ぷらそばは軽々しいものじゃない。
あえて言えば、
この天ぷらそば様を諦めてまでおまえ、鰊蕎麦を試したのに、
やいやいやい、このまずさはなんだ、このやろう、
と思わず逆切れしてしまう自分が怖いのだ。
逆切れならまだいいが、思わずしくしくとないてしまいそうな気もするのだ。

そう考えると、同じ理由で、蕎麦屋のメニューでは食べたことのないものが多い。
鴨南蛮は食べたことがあるが、鴨蒸籠は、まだだ。
それを言えば、そう、俺はこれだけ蕎麦が好きでありながら、
ふとすると蕎麦屋のメニューをほとんど逃しているではないか。

それを言ってしまうと、
俺はうな重が死ぬほど好きなのだが、
うな重が好きなら好きなほど、他のうなぎ料理にはついつい懐疑的になってしまい、
守りの一手でうな重ばかりを頼んでしまう。

ああ、これまで世界中でありとあらゆるものを食べてきた俺が、
ここにきて、寿司と天ぷらそばにうな重が、どうでもいいや、と思えるぐらいに、
寿司と天ぷらそばとうな重ばかり食っていたい、というのが実は正直なところなのだ。

犬を信用するな

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 犬の事情
愛犬家歴30年にもなる、うちのアパートのメンテナンスのおっさんから、
顔を合わすたびに、犬を信用するな、と言われる。

今3歳になるうちの犬は、
これまで部屋の中はもちろん廊下もエレベーターも休日の洗濯時にも、
近所の買い物ぐらいならば、
通常はリーシュなどつけずにそのままどこまででも、
澄ました顔して隣を歩いているし、
他の犬にあったときにも、遊んでおいての合図が無い限りは、
じゃれあいどころか挨拶も素通りしたりする。

そんな訳で近所でも、おりこうさん、で通っているのだが、
そんな俺に、
メンテナンスのおっさんは、
気をつけろ、犬は野獣だぞ、何をするかわからないぞ、
と繰り返す。

当初は、なにをいまさら、そこらの馬鹿犬と一緒にするなよ、
などと笑っていたのだが、
果たしてここにきて、そのおっさんの言葉がじわじわと
まるでボディブローのように効き始めている感がある。

確かに、なにをするか判らない、ところが、まったくない訳ではない。

いや、うちの犬に限ってまさか、と思えば思うほど、
そういえば、と思わないことがないでもない。

この間はすれちがいざまに酔っ払いに吠え立てた。
ドッグランのボールの取り合いでサイベリアンハスキーに飛び掛っていったり、
追いかけっこの最中に後ろ足に噛み付こうとしたシェパードに襲いかかり、
あわや片耳を食いちぎりそうになっていた。

まあ確かに、俺も含めてうちの犬は酔っ払いが嫌いだ。
どういう訳だかサイベリアンハスキーとジャーマン・シェパードとは相性が悪い。
ともするとロットワイラーやピットブルなんてのとも平気で悶着を起こす。
が、それは相性の問題で、というのは、もちろん言い訳であることに気がついている。

という訳で、メンテナンスのおっさんの話である。

まあな、確かに、と思わないでもない。

今日は今日で、夜の散歩の最中に、
馬鹿な酔っ払いがなにを思ったか、
すれ違いざまちょっかい、こともあろうにつま先でうちの犬の尻を蹴ろうとした。
とたん、するりとかわされたその足のズボンの裾を、逆に咥えられて引きずり回され初めて。
馬鹿やろう、なにしやがると、いきり立つよっぱらを、
背中から突き飛ばして、馬鹿はてめえだ、ぶっ殺すぞ、
とやったのは俺な訳だが、
あのまま行けば下手をすると飼い主ともども警察のお世話になっていたところだ。

そう、なにをするか判らない。

酔っ払いはとりあえず、そう、犬と、そして俺、つまり飼い主。

これはたぶん、犬に限ったことじゃねえな、ということは、
そういう俺が一番良く知っている筈なのだ。

正直に言ってしまえば、
今日にしたって、酔っ払いの背中から突き飛ばした時には、
実はなんの考えもなく、馬鹿なよっぱらいがそのまま頭から転んでくれずに、
振り返って歯向かって来たりしたら、
間髪をおかずに左から右の連打の構えができていたのには、
正直、俺自身が一番驚いていた。

そんな俺を逆に犬が心配して覗き込んでいて、
それで我に返った、というしだい。

これこそ、つまり、魔が刺す、という奴だ。

人間でさえこれなんだから、犬だって、魔が刺す、というよりは、
反射的に、はっと気がついた時には左右のワンツーを繰り出してしまっていた、
ぐらいのことなら十分にありえる訳なのだ。

犬に限らず、男だったらこの魔が刺した瞬間の記憶ぐらいだれにだってある筈だ。

つまり、いらっと来た瞬間に、すでに手なり足なりが出ちゃっていました、というあの例の奴。

ご存知ののように、それはまるで一瞬のできごと。
出来心、というにはできすぎで、
それこそまさに、、魔が刺す、という状態。
それこそつまりは、野獣の野獣たるゆえん。

どうですか、おとこども、そう聞けば、思わず犬の気持ちとシンクロしてくるでしょう。

という訳で、そう、メンテナンスのおっさんの話。

男=犬、は野獣、なにをするか判らないぞ、
はまさに、肝に銘じる必要がある、ということなのである。

くわばらくわばら

病院にいる人は元気がない

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
あたりまえの話かも知れないが
病院にいる人は元気がない
なぜ元気がなく見えるかろいえば
やはり顔色だろう
つまり
顔色を見れば大抵のことは判る。
いままで健康診断でろくに検索もせずに
追い返されていた理由が判った。

知障ブルドッグのジョージの意外な才能

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 犬の事情
なにをやらしても猪突猛進を繰り返すばかりで、
こいつはちょっと足りない、どころか、
完全に知障扱いをしてきたブルドッグのジョージ。

人と見るやイノシシのように突進してきて膝に向けて頭突きを繰り返し、
ボートのオールぐらいはあろうかという枝を引っ張りまわしては
それと共に誰かれなく猛アタックを仕掛けてきては足は傷だらけ靴は泥だらけズボンは穴だらけ。
両足は膝の上まで涎でべろべろ。
ゴミ箱と見るやひっくり返し、ドッグランの犬用のプールの底に穴を開けて大顰蹙。
挙句に交通止めの赤いコーンを頭に被ったまま目くら滅法に走り回ってはフェンスに激突し、
と、やることなすことがまさに支離滅裂の猛烈さ。

こいつ、まったくなあ、と会うたびに辟易を通り越して怒りさえ覚え、
それは犬も一緒なのか、
あまりのしつこさにマジ切れされては噛みつかれ、全身が傷だらけ。

そんな知障ブルドッグのジョージが、
いつのまにかサッカーボールを見つけてきた途端、
いきなり元サッカー天才少年の異名を取った俺が、
驚いて腰を抜かすほどの見事なドリブルでボールを運び始めたと来たもんだ。

元天才ストライカーが、
どんなにがんばっても奴からボールを奪うことができない。
顎の下に抱え込んだボールを右に左にと見事にフェイントをかけながら
公園の端から端までを全力疾走。
思わずこの野郎と伸ばした足を物の見事にかいくぐり、と腹立たしいったらない。

テニスボールを咥えたブッチが、後ろで待っているにも係わらず、
思わずジョージとのサッカーに熱中して小一時間。
結局一点も入れられないどころか、
こぼれたボールを苦し紛れにクリアするのが関の山。

いやはや。

やはりどこかに欠けている奴は、
どこかにとてつもない才能を隠し持っている、
と思い知らされた。

知障ブルドッグのジョージ、うーん、侮れない。

リバーちゃんの受難

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 犬の事情
早朝のドッグラン、
朝もやの中でブーとふたりでボールボールをしていたところ、
ふとゲートの向こうから見慣れぬ犬の姿。

まるで零れるような円らな瞳をしたジャーマン・シェパード。
ちょっと内気そうな顔をしているものの、
おいでと笑いかけたとたんに千切れるように尻尾をふりながら走り寄って来て、
顔中から首から腕からとこれでもかと嘗め回した挙句に、
ごろんと転がっておなかを見せる甘えん坊。

名前はリバーちゃん。
この2月で一歳になるメスのジャーマンシェパード。
そんな愛らしいリバーちゃんに得意満面のビクターさん。
ちょっとおねえの入った小太りのおじさん。
マサチューセッツ州から引っ越してきたばかりだそうで、
今日がこの72丁目の記念すべきドッグラン・デビュー。

可愛い可愛い、よろしくね、と白いお腹を撫で上げながら、
フサフサの毛からシャンプーの香りがムンムン。
こんな可愛い子ちゃんが仲間入りなんて大喜びだね、ブッチ君、
と振り返った途端、
こともあろうにブッチ、いきなりそんなリバーちゃん目掛けて猛然と襲い掛かってきた訳で。

思わず跳ね起きたリバーちゃん、
パニック状態のまま脱兎のごとく逃げ出したかと思えば、
ブッチ君、得意の跳躍力で猛然と跳ね上がるや、
その首筋目掛けて脅威のジャンプ。
あっと言う間もなく組み伏せたかと思うと、
地響きのような唸り声を上げながら噛みまくり。
これすべて一瞬の出来事。

普段の小競り合いの時には、おい、コラ~!と怒鳴るだけで、
ピタリ、と動きを止める筈のブッチが、
その時ばかりは、止めるどころか気が触れたような猛アタックを繰り返し、
リバーちゃんの、それこそブッチの二倍はありそうかという巨体を、
喉元に食い込ませた牙でがっちりと押さえ込みながら、
思わずこっちが震えが来るような唸り声を上げながらまさに締め上げている。

こらブッチ、てめえ、こらやめろ、といくら怒鳴っても振り返りさえせず、
血走った目で宙を睨みながら、
既に抵抗を諦めたリバーの息の根が止まるのを今か今かと待っているようで。
その時ばかりはさすがに、これはヤバイ、と思わず足がすくんだ。

ビクターさんの、止めて、止めて、止めさせて~の悲鳴に我に返って、
噛まれるのを覚悟、満身の力を込めて暴れるブッチを抱え上げえ、
なんだよ、てめえ、やるのか、とばかりに、
勢いあまって思わずバックドロップ!
をかけようとしたところで、ヒャンとひと鳴きしてようやくおとなしくなったのだが。

という訳で、
いまだ興奮冷め遣らぬブッチをリーシュでつなぎとめてから駆け寄った時には、
まるで気を失ったかのようなリバーちゃん、
ショック状態なのか地面に転がったまま微動だにせず。
その前で指を咥えておろおろと泣きべそをかくオカマ、じゃなくて飼い主のビクターさん。

おいおい、まじ、大丈夫か、と抱え上げたリバーちゃん、
まるで車に跳ねられたように硬直した身体中で筋肉がこちんこちんに縮み上がっている。
まさか心臓麻痺?と慌てて胸を擦り始めたら、ようやく目をぱちくりとさせてブルブルと頭を振り、
とした途端、
いきなりキャンキャンキャンと耳の劈くような悲鳴を上げながら出口にフラフラと足をもつれさせては、
たどりついたドアの前で身体を丸めて再び動かなくなり、と見るからにちょっと危ない状態。

しかしながらブッチ、
そんな瀕死状態のリバーちゃんの断末魔に逆に猛り狂っては猛然と吠え立て初めて、
いまにもつないだリーシュを引きちぎりそうに暴れ狂っている。

あのなあ、おまえ、どうしちゃったんだよ、と振り返ったブッチ。
見れば顔中がリバーの毛だらけ、どころか目の前にぶら下がったそれこそタワシ大の塊が邪魔臭いのか
ブルブルと頭を振っては顔を掻き毟っている。

お前、そこを動くな、と叫びながら、
ビクターさん、早くリバーを外に出して、と言ったとたん、
いきなりガチンと音が響いたかと思うや、
リーシュの金具を引きちぎったブッチが、まるで獲物を追う狼のようにリバー目掛けて大突進。

思わず、金切り声を上げるビクターさんとリバーちゃんのキャンキャン悲鳴と、
そして俺の怒声の中、
まさにロケットドッグと化したブッチ、
1-2-3のステップで一挙にフェンスを飛び越えようとしていたところを
PKを止める決死のゴールキーパーのように
寸手のところで押さえ込んだ時にはもう全身に冷汗がだらだら。

あのなあ、と。

フェンス越しに米搗きバッタのように頭を下げながら、
やれやれ、とブッチの表情を見れば、
遠ざかっていくリバーの後ろ姿を睨み付けながら、
懲りずにグルグルと喉を鳴らして唸り続けている。

という訳で、いやはや、
このドッグランでも有名なおりこうさんの筈のブッチが、
まさかこんな野獣を発揮するなどとは夢にも思わず。

お前もやっぱり犬なんだな、と変に関心しながらも、
ため息をつくやしばらく腰が抜けて立ち上がれなかった。

なんてことがあった数日後、
改めて向かったドッグラン、

木立の中から響く犬達のはしゃいだ鳴き声の中から、
いきなり耳をつんざく甲高い悲鳴がキャンキャンキャンと響き渡り。

あ、これはやばいぞと、慌てて走りこんだところ、
今度はこともあろうに、あのスーパー平和主義犬のラブラドルのルーシーちゃんが、
いきなり足の下に押さえ込んだリバーをそれこそ嵐のように噛みまくっている。

思わず大人四人かがりで引き離して、
とりあえずリバーを小型犬用の柵の中に非難させ。

今度ばかりは大型犬同士の争いとあって、
リバーちゃんのそのいたいけな顔中、
口の端から耳から目の下からと傷だらけ。
それこそこれ以上なく悲しい瞳でクンクンと鼻をならすリバーを思わず抱きしめて、
バッグの中から救急用の抗生物質クリームから包帯からで大童。

で、張本人のルーシー。
柵の向こうから仲良しのブッチとふたり並んでそんな大騒ぎを眺めていたのだが、
そのうち見物にも飽きたのかブーとふたりで猛然とレスリングを始めるや、
いつものように植木の周りをぐるぐるとおっかけっこで超ご機嫌がまるではちきれそう。

あのなあ、と。さっきまでの激昂はいったいなんだったのか、と。

で、まあとにかく近所の獣医さんに行っておいた方がいいやら、
保険の番号やらなにやらをやっていた最中、
まるでアルマジロのように丸まったまま硬直していたリバーちゃんが、
ようやく気を取り直して起き上がった途端、
いきなり背後から、まるでぬいぐるみのような小型犬たち、
ポメラニアンがジャックラッセルがチワワが、
パグがフレンチブルドッグがダックスフンドが、
いっせいに取り囲んで、ギャンギャンと吼え声の嵐。

おいおい、お前ら本当にいったいぜんたいどうしたのか、と。

さすがにその時ばかりは、犬どもにしかわからないその不思議な共通認識に首をかしげ、
思わずリバーの顔をしげしげと見つめてしまったのだが。

しかしながら、そんな散々な目に会いながらも、
それでもめげずにやってくるビクターとリバーちゃん。

この間はいきなりドッグランのアイドル、キャトルドッグのミニーちゃんに全身を穴だらけにされ、
普段はまるで兵隊のように訓練されたロットワイラーのジンジャーからは首の骨が折れるかというぐらいまで痛めつけられ、
同じジャーマン・シェパードのデクスターに至っては、
リバーがドッグランの入り口に立った時点で猛然と襲い掛かっては狂ったように吠え立てられ、
ちょっとおしっこだけでも、どころか、柵のドアを開くことさえもできず。

諦めて隣りの公園のドッグランまで足を伸ばしたところ、
そこでも待ってましたとばかりに、ドッグラン中の犬という犬から、これでもかと追い掛け回された挙句、
ベンチの下に逃げ込んだところをそれでも足りずに無茶苦茶に噛み付かれたそうで、
その時には興奮した犬どもを一匹残らずドッグランから連れ出すまでは、
ベンチの下から微動だにできなかったそうだ。

という訳でこの円らな瞳のリバーちゃん。

どこに行ってもどんな犬にでも徹底的に苛め抜かれる訳で、
しかし飼い主のビクターも含めて、周囲の人間達にはその理由はさっぱり判らず。

そんなリバーちゃん、まるで諦め切った表情で、背中を丸めては、おどおどするばかり。
今となっては遠くで犬の鳴き声がする度に、ヒャンと叫んで足がすくんで動けなくなってしまうようで。

一体全体このリバーちゃんの受難、その原因はどこにあるのだろう。

アメ飯の必要条件

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
アメ飯の必要条件

1.コーラと合うか
2.片手で食えるか
3.太らないか

醤油はNGだったようだ。理由はコーラと合わないから。
同じ理由で、照り焼きソースが行けた。つまりコーラと合うから。

と言うわけで、

味噌とコーラ、ソースとコーラ、はどんなものだろう。

ついでを言えば、一番の必殺技は、うなぎのたれ!
人種を問わず、これが嫌いな奴は人間ではない、と俺は思っている。

アメ飯談義 ~ ハンバーガー

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
アメリカのハンバーガー、
国民食だ、なんだと言いながら、なぜかやはり工夫が足りない。

ハンバーガーになにかを挟みこむ、というのが主で、
ハンバーガーのそのパテそのものになにかがなされている、
というのはみたことがない。

という訳で、
アメリカに進出できる、日本風ハンバーガーってのを考えてみたい。

例えば、豆腐バーガーである。
絶対に太らない、と歌えばどうか。

あと、照り焼きバーガー。
これはぜったい行けると思うのだが。

だとしたら、味噌ベースのバーガーってのはどうだろう。
味醂を加えて甘味噌仕立てにしたら結構行けそうだとおもうのだが。

アメ食談義 ~ ソース

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
と言うわけで、
未知数的には味噌、と、ソースだな。

ブルドッグソースは別としても、
たこ焼きソースだったら十分行ける、と思うのだが。

あとはうなぎのタレ、か。

ハンバーガーにうなぎのたれ。
なんかアメリカ人なら好きそうだな。

アメ食談義 ~ モスバーガー

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
日本食で一番食べたいものは何か、と聞かれて、
モスバーガー、と答えたら、まじ顔で呆れられた。
うっせー、
俺はモスバーガーが食いたい!

アメ食談義 ~ チーズ

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
ニューヨークの日系のベーカリーが、アメリカのフリープレスで紹介された際、

驚くなかれ、このサンドイッチには「チーズ」が入っていない!

と載っていた。

どうもサンドイッチにチーズは欠かせないものらしい。

と言うことは、
モスバーガーがアメリカ上陸した際にも、

おいおい、このバーガーにはチーズが入ってないぞ、まったくなにを考えているのだ、

と言われるのかもしれない。

醤油もつけずにすしを食って、旨い、というガイジンを、
ついつい馬鹿にしてしまうようなものか。

アメ食談義 ~ 日本食とソースの危うい関係

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
以前、アメリカのど田舎にいた頃、
日本からのお土産に、山のようにうなぎを買ってきてもらった。
貰った時には大喜びだったものが、
いざ食べようと思ったら、おっと、うなぎのたれがない。
うなぎのたれのないうなぎは、これではただの脂っこい魚、なだけ。
あまりにありがたみがなさすぎた。

うなぎとはつまり、うなぎのたれあってのうなぎなのだな、と改めて思い知った次第。

それと同じパターンで、
ついに念願の「たこ焼き」にありついたわけだが、
おっと、ソースがないではないか。
ソース無しのたこ焼き。これもまったく味がしなかったりする。

丸々としたたこ焼きに、むせるほどにぶっかけたソースと、
隠し味のマヨネーズに青海苔とそして鰹節も少々、
ここまできて初めてのたこ焼き、と思い知った。


と言ってしまえば、
わさび醤油のない刺身もただのぬたっとした魚脂のかたまりに過ぎず、
天つゆのない天ぷらもただただ油っぽいばかり。

あらためて日本食は、ソースとの危うい関係のもとに成り立っていると思い知った。

アメ食談義 ~ マヨネーズ

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
がきの頃、わがままに育った俺は、
とりあえずなににでもマヨネーズをぶっかけていた。
ウインナーにマヨネーズ、ハムにマヨネーズ、とんかつにマヨネーズ、から揚げにマヨネーズ、シーチキンにマヨネーズ。
下手をすると、卵焼きにも、繊キャベツにも、ご飯にさえぶっかけて食べていた。
で、アメリカに来た時、
さすがに醤油やみりんや味噌がないだろう、ぐらいのことはわかっていたが、
この洋食の代表たるマヨネーズが、このアメリカで手に入らないとは知らなかった。

確かにアメリカではあまりマヨネーズを食べない。
理由はと言えば、アメリカのマヨネーズはまずいからだ。
脂っこいばかりでなんとなくパンチが足りない。
そう思ってつけすぎると確実に気持ちが悪くなる。
味のしないマヨネーズなどコレステロールを高くするだけ、ではないか。

と言うわけで、キューピーマヨネーズは世界に通用するぞ。

アメ食談義 ~ アメリカの家庭の味

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
バンドマン仲間を家に招いて日本食をご馳走申し上げた。
さぞや喜んで腹いっぱいまでぱくつくか、と思いきや、
誰もがあまり食が進まない。
で、ぶっちゃけ、まずいか?
と聞くとそうでもないらしい。
で、よくよく聞くと、気味が悪いらしいのだ。

だって・・俺たち、そもそも家庭で作られた料理、というのをほとんど食ったことがないし、とのこと。
ほとんどが、ブルックリンやらハーレムやらの、
まあ俗に言うゲットー出身のコクジンの方々。

まあ食い物と言えば、
大抵がマクドナルド、あるいは、ケンタッキーフライドチキン。
大抵はキャンベルの缶フードで、良くてクラフトの冷凍食品。
あるいは、まあ、チャイニーズのテイクアウトが
そう言った意味ではいちばん家庭的な食い物に近いか、とか。

だが、プレートをシェアしたことはねえなあ、と。

で、つまるところ、
まさか、普通の人間が料理ができる、というのからしてなんとなく・・なのらしい。

母親が徹底的に料理をしなかった、というのもあるのだろうが、
工場でパックされたものを、目の前でOPENしないと、なんとなく気味が悪い、
と言う気持ちはまあわからないでもない。
なら、バーベキューはどうなんだよ、というと、外で食うのとは違うわけで、
とこれもわけのわからない説明。

と言うわけで、大皿に盛った料理を適当につまめ、というのではなく、
各自の皿に適当に取り分けてやったら、なんとみなさんきれいにご完食。
なんとなく、映画で見るフルコースのようだ、と大層の畏まりようで。

よくわからないが、まあそういうことらしい。

アメ食談義 ~ 一人用の鍋のカルチャーショック

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
ニューヨークにあるシャブシャブ料理屋に入ったら、
なんと、一人用のしゃぶしゃぶ鍋を各自に出されてとても驚いた。
なんですか、これは、と思わず日本語で聞いたところ、
ガイジンさんはこれでないと嫌がるので、とのこと。
各自が一人用のしゃぶしゃぶ鍋か。。
なんとも殺伐とした気持ちになったものであるが、
なんとなくこの経験こそが、
一番のカルチャーショックであったのかな、と今でも思う。

アメ飯談義 ~ 日系人の言うアメリカ流

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
ニューヨークに来たばかりの頃、

ふとした日本人つながりの仲間うちで集まって、
日本食屋で鍋をつついた際、

中にまじりこんでいたアメリカ流、
を自称する、
つまりはこちらで育った中途半端な日系人のがきがひとり。

みんなでつついている鍋の中から、
いきなり、肉と海老ばかりを豪勢に自身の小皿に盛り上げては、
ぜーんぶ俺のもの、とやった挙句、一人しゃぶしゃぶ。結局、食いきれずに豪勢に食い残してくれた。

あまりのことに衝撃を受けて、
怒るのを通り越して、思わず笑いだしてしまった訳だが、
彼から言わせるところ、
それが「アメリカ流」ということらしかった。

おやおや、それがアメリカ流と言うのなら、
アメリカってのはずいぶんとファンキーな所なんだな、わくわくしてきたぜ、
と皮肉ってやると、

俺のまわりのアメリカ人はみんなそうやってるぜ。
それに腹を立てるのなら、日本に帰ればいい。
やりたいことをやるのがアメリカだ。
肉を取られたのが気に入らないなら、
自分でも同じことをすればいいじゃねえか、と。

まあ、自分のおくさんも連れている手前、
まあ、たかが鍋じゃねえか、
で、笑ってすませても良かったのだが、
まあねえ、これは日本人の集まりなのでね。

それに、その半端な日系人を連れてきた女、
最初はそんな自分の彼氏の暴走振りに当惑していたものの、
そのうち調子を合わせて媚びた笑いを振りまき始め、
そのかっぷる二人あわせて、その鍋の席から完全に黙殺。
それでも勝手に、自己流のアメリカ談義、なんてのを一人で繰り広げ、
それに相槌を打っているのが手前の女だけ、
それも、日本からやってきたばかりの不細工なピーチクパーチク。
いかにも、あたしもニューヨークで外人の彼氏を作って一旗上げるか、というど田舎の勘違い娘。
で、その二人の会話が、もうただの漫才化していた頃、
もうちょっと・・・・ですね、と隣のおくさんの了承を得た上で、
奴がトイレに立った際に、あ、俺も、トイレどこかな、
なんて、ささっと後をつけていって、
で、トイレに入ったところで、
てめえ舐めるんじゃねえ、と一発二発、蹴りをぶち込んでやった。

何すんだよ、と言うので、
なにがアメリカ流だ、笑わせるぜ、
なら、教えてやるよ、これが日本流って奴だ、良く覚えておけ、と。

つまり、日本人は人前、というか女の前ではしかたなく大人しぶって笑っていてやるが、
それに甘えて道をはずせばきっちりと裏で〆られるってこと。
舐めるんじゃねえぞ、糞がきが。

まあどこまで何を判ったかは知らないが、とりあえずその後はすっかり静かになってくれて、
その白けまくった鍋パーティも、おあいその際には、
あ、そうだ、こいつが肉全部一人で食べたんだから、肉代は全部こいつに払わってもらおうよ、
そうだそうだ、とお前が払え、と言えるぐらいまでにはなんとか持ち直していた、という感じ。

という訳で、その糞がき、がその後どうなったか、なんて知らないし、知りたくもないのだが、
奴の言ったアメリカ流のやり方ってのが、その後、ちょっと気になっていたのだが。

だがしかし、幸か不幸か、
その後、何十年この街で暮らすことになっても、
奴のやったアメリカの流儀、
つまり、みんなで食べてる皿から自分の好きなものだけをかき集めてこれがアメリカ流!
なんてやるガキは、たとえそいつがどんなゲットー育ちでも見たことがなかった。

で、そうか、と。
やはり、現実は、その人間の主観による、ということは、
彼の前には彼を中心として彼なりの彼のアメリカ流があり、
俺の前にもそれは然り。

つまり、奴がこれはまで、周りのアメリカ人からそういう扱いを受けてきた、というだけの話なのだろう、と、
勝手に納得していたのだが。

だがしかし、
それが今になって、

例のジョージ・ブッシュやら、サブプライムやら、ベールアウトやら、を見ていると、
ふむふむ奴の言ったことも一理あるな、と思っていた次第。

あれはまさに、
みんなでつつく地球という鍋から、自分の分だけガッツに独り占めして、という図式そのものではなかったか、と。

が、そう、それがアメリカ流、とだけ思っていたのは間違いで、
いまや、それこそがグローバル・スタンダード。

例の東電原発の方々を見れば周知の事実。

という訳で、
あのアメリカ流のガキ。

来たるべき時代の本質をよく見極めていたのだな、

と今になって妙に感心したりもしていて、
なんか、半端に〆たりしてちょっと悪いことをしたな、とは思ってるのだが。

ついでを言えば、

彼の方も、
あの後、どれだけ日本人の集まり顔を出しては同じことをやり続けたとしても、
まさか、トイレの中で〆られたり、なんてことはなかっただろう。

俺が言った日本流は、まさに、昭和流というだけで、
日本の文化のもっていたパワー、モッブ・ジャスティス 
そんな自己制御のシステムは、
いつのまにかさび付いて動かなくなっていた、という訳で。

という訳で、いまになって

ああ、そうか、あいつはそういう奴だから日本にいれなくなって、それでニューヨークなんかに流れてきたのか、

と思っているに違いない。

アメ飯談義 ~ ピザのへた

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
何度も言うようだが、
なにが嫌いって、ピザのへたを残す奴が嫌いだ。
それは、たとえどんな奴であってもだ。
それで仲たがいした友人も多い。
が、なにがあってもそれだけは変えられない。

俺はピザのへたを残す奴が嫌いだ。

ピザのへたを残している奴を見ると、それがどんな奴であれ、見限ってしまう。

アメリカ人とピザを食うと、食後には空き箱の中にピザのへたが山になり、そのままゴミ箱へ。

残しておいて、後で料理するなり、なんなりで使えばいいじゃねえか、と思うのだが、
それは、「徹底的にアメリカ流じゃない」 ということだ。
上等だ、と言わせてもらう。

もしも、ピザのへたを残すのがアメリカ流、というのなら、
俺は、アメリカ流が嫌いで、そんなのを、流、などといっているアメリカ人全てを見限る。

せこいことで恐縮だが、それだけは変えられない。変えないぞ、と言っておく。

アメ飯談義 ~ アメリカ流教育法

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 アメリカ爺時事
アメリカにやってきたばかりの頃、お世話になったご家族があった。

だんなはいつも出張中で、
事実上母ひとり娘一人の母子家庭だったのだが、
ロングアイランドの一等地に、それこそ中でかくれんぼうをやったら一生終わらないであろうような、
それこそまじもんの大豪邸に二人で暮らしていた。

で、その豪邸の女主人たる美貌の中年女性。
自称ベンチャー企業家のご主人とふたり渡米して以来、
会社を作っては潰しの七転八倒の日々。

儲かったらベンツ買って、つぶれたら売って、
次に儲かったらまた買えばいいやって言ってて、
で、次に儲かった時にポルシェが2台。旦那用とあたし用の一台づつ。
で、それもすぐに売って、したら、次はフェラーリね、なんてね、
と、陽気に、というよりも、ちょっと毒々しいまでに、これみよがしにげらげらと笑う。
まさに、そういう笑い方が癖になってしまった、というか、
商売柄、そうせざるを得なかったという感じ。

で、いま?あのベンツ?大っきらい。なんか、って感じで。
確かにねえ、ロールスロイス?
でもさ、ベントレーはこの街には会わないからさ。
ま、でもね、車なんてどうだっていいじゃない、走ればさ。
それよかさ、こんど馬を買おうとおもってるのよね、どう?世話してくれない?
はははは、
という具合。

という訳で、
言語に絶するであろう辛酸を舐めた末に辿り着いたのこの大豪邸、
とは言いながら、
いざ実際に一緒に暮らしてみると、
表玄関すぐの応接間、を除いては、
その中身はまるで質素、というよりはへたすると廃墟。
家具が一切置いてないがらんどうの部屋がいくつもあって、
奥の廊下の電球はいつも切れたまま。
それこそ専属の料理人が何人も居そうな大キッチンとは別の
使用人たちがひっそりとまかないを食べるような隅の小さなテーブルで、
3人が肩を寄せ合うように、ハムにナットーにメダマヤキの日々。
日本を出るときに頼まれていた京都の漬物が大のご馳走だったらしく、
それだけは、一切れ一切れまるで噛み締めるように召し上がっていたようで。

どう?お金持ちの暮らしは?満喫してる?
と言いながら、
これも俺の土産のマイルドセブン、一日に3回、それも一本を3回に分けて、という徹底振り。

なんかさあ、正直、もうあんまり色々ありすぎてね、お金持ちにも貧乏にももううんざりしちゃってさ。
あんまり引越しが多いもんだからさ。
またあの引越しの時のこと考えただけで、もう物買うのが億劫になってきてさ。
と、その時ばかりは魔の落ちたように素直な苦労人然とした横顔がみれたりもしたのだが。

という訳で、
そのお宅にお世話になっていたとき、
特別なことがない限りはまったくもってど質素なお暮らしぶり。
まったく、どこの貧乏人以上にもお金を使わない暮らしてしているその様に
思わず関心させていただいたものなのだが。

しかしながらその元苦労人の大富豪婦人のそのご聡明ぶりとはまったく裏腹に、
手塩にかけて育て上げている筈のそのお嬢様が、
そんな苦労人の母親の見事に逆を行く、
完全に超わがままのどうしようもなく知恵足らずな糞がき。
まるで、まったくしつけをしないでほったらかしておいた馬鹿犬、そのもの。

家の中でも人前でもパーティーの席でも、
ちょっとでも気に入らないと、大声で泣き叫び、金切り声を上げ、
皿は投げる、テーブルは蹴飛ばすの大暴れ。

挙句にビリヤードのキューを振り回しはじめて、
周りの人に当たろうが物が壊れようが一切お構いなし。

あまりのことに、ねえ、あいつ、あんなんでいいの?さすがにやばくない?
と聞いてしまったのだが、お母様は澄ました顔で、いいのよ、と一言。

いいのよ、ほら、見なさいよ、誰もあの子に文句言わないでしょ?
愛想笑いしてへらへらしてさ。
なんでだか知ってる?
それはね、あたしがお金持ちだからよ。

良く聞きなさい、
この国ではね、
お金が全てなの。

お金こそが正義なのよ。
お金があればなんでもできる。
なにをやっても愛想笑いで済まされる。
だから、あの子はなにをやっても許されるのよ。そう言い聞かせてるの。
なんでも好きなことやりなさい。やってもいいのよ、うちはお金持ちなんだからって。
ははは、どう、最高でしょ?そう思わない?
だからね、あんなたかが貧乏人のやつらに、なにをしたってぜんぜんOKなのよ。
だから余計な口挟まないで。

という訳でその美貌の富豪夫人、
案の定、その数年後には破産し、ついに万策尽きて日本に帰ったらしい。

あのご婦人はともかく、
果たしてあのお嬢様、どうなっているのか、とつくづくと考え見たりもする。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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