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フィルター・ドッグ

Posted by 高見鈴虫 on 02.2012 犬の事情
オーストラリアンキャトルドッグ、

本国オーストラリアではフィルタードッグとも言われるらしい。

家の前にでん、と陣取り、
それこそ自分の気に入らない訪問者は
例え警察であろうが郵便配達人であろうが借金取りであろうが、
一歩たりとも家には近づけないのだそうだ。

確かにうちの奴にもそんなところがある。

吼えることもなく訪問者をじっと見つめながら
その態度にちょっとでも怯えの色が浮かぼうものならもうおしまい。

飼い主が静止しない限り、
望まれない訪問者は
ズボンの裾を引っ張られたまま一歩も動くことが出来ず、
下手をするとそのまま家の外に引っぱり出されてしまう。

そんなキャトルドッグにどう立ち向かうか。

そこは悪ガキの喧嘩と同じ。
怖い思ったらそれだけで負けなのだ。

並外れた運動能力と強靭な忍耐力に加え。
優れた知性を兼ね備えたキャトルドッグのその一番の武器とは、
まさにその視線なのだそうだ。

戦わずしてそのガン圧一撃だけで相手を見抜き、威圧してしまう。
まったく手強い犬である。

オーストラリアン・キャトルドッグの居る宅を訪ねる時には、
心したほうが良い。

春といえばクリフォード・ブラウン

Posted by 高見鈴虫 on 02.2012 音楽ねた
ニューヨークもようやく春めいてきた
冬の間、分厚いコートの下に包み隠していたお尻をこれ見よがしに風に晒したイケイケたちの爛漫ぶりに
ようやく生きている実感もわくというものだ。

俺的に言えば春と言えばクリフォードブラウンである。
マイルスのあの真冬の凍りついたビル街を思わせる硬質な音色から抜け出して
パッパらパーな突き抜けた感のあるクリフォードの音は黒づくめ一色だった街角に潤い与えてくれる。

春になるたびに
もしもクリフォードブラウンがあと10年、生きていてくれたら、
ジャズの歴史は全く違ったものになっていただろうと思わずにはいられない。

過保護自慢

Posted by 高見鈴虫 on 02.2012 今日の格言
ゆとりのきみ、
また、過保護自慢ですか。
まるで、パリス・ヒルトンのチワワのようだな。
歯向かって逃げ出したとしても、君の力ではねずみ一匹捕まえられないぜ。
可愛そうな愛玩犬。
自分がおもちゃだということをそろそろ思い知りなさい。



シリア人のデリトラの兄ちゃんが

Posted by 高見鈴虫 on 04.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
朝の9時半を過ぎた頃に、
駐車場に現れる怪しげなトラック。
バンの扉を開けると、そこにはよりどりみどりの食べ物がぎっしり。
これは移動式デリ、というようなもので、
長距離便の配達に出かける運転手の人々向けに、
朝食件昼飯や飲み物等を売っている訳だが、
このトラック、まさにジャンクフードの宝庫。
サンドイッチからフライドチキンからハンバーガーから、
チップスからチョコレートからピザから焼きそばまで。
ジュース、コーラ、水からビールから、
街角のデリと呼ばれる何でも屋に並んでいるものが
これでもかとばかりにぎっしりと詰め込まれている。

で、この移動式デリの運転手。
その究極ソース系の顔立ちからいなせな態度から、
勝手にラテン系と判断して、カタコトのスペイン語で会話をしていたのだが、
よくよく聞いてみると、実は彼はシリア人だと言う。

え、でもスペイン語話してたじゃないか。
だってあんたがスペイン語で話しかけてくるからさ。
なんでシリア人なのにスペイン語が話せるんだ?
あのなあ、ならなんでおまえこそ日本人なのにスペイン語が話せるんだよ。
まあそう言えばそうだが。
シリア人であろうが日本人であろうが、ニューヨークに住んでればニューヨーカーなんだよ。スペイン語ぐらい誰もでも喋れるだろ?


なにもいらない

Posted by 高見鈴虫 on 05.2012 犬の事情
犬を飼っている限り、
休日の朝に6時起き。
雨の日も風の日も、
大雪にもめげず。
連休といっても旅行にもいけず、
盆暮れ正月クリスマスのバレンタインディも誕生日であっても、
風邪を引いて熱をだしても、
下痢でも頭痛でも、
この散歩だけは、決して休む訳にはいかない。

ともすると、
会社の出張はすべて断り、
残業さえもぶっち切り、
友人たちとの関係も疎遠になるばかり。

影では犬バカやら、犬が恋人、やら、
犬にしか相手にされないから、
などと言いたい放題。
はいはい、わんちゃんが大切なんですよね、
と鼻でせせら笑われながら、
当然だろうバカやろう、と捨て台詞を残して、
今日も帰宅の足を早める。

歩きながら、
なんで犬なんか飼っているのか、
と改めて思う。

だがしかし、
そんな思いも、ドアを開けたとたんにすべてが消し飛んでいる。

うわああ、帰ってきた~!

満面全身、まるで弾けるように踊り上がりながら、
そうこの笑顔、この笑顔だけで十分だぜ、
と思わず、顔から耳から首からをべろべろべろべろ舐め舐め攻撃。
思わず抱えあげて、バックドロップ!イェーイ!ともつれ合ってベッドの上。

うっし、散歩行くか!と言った時にはすでに玄関に走り出していて、
アンアンと甘えた声で呼んでいる。
やれやれ、と思わず苦笑い。

夜更けまで残業しては泥のように疲れきり、
安い飲み屋で会社の愚痴を言いあっては、
見飽きた顔をつき合わせてどこかで聞いたような自慢話ばかりを聞かされながら、
まるで動物霊がついているような卑しい顔をした男たちと、
やらせそうでやらせず、ならいいやとしたとたんにしつこく媚を売る安い女と。

考えてもみろよ、
そんな奴らと、こいつの笑顔、いったいどっちが大切なんだよ、と。

俺はもうはっきりと言える。

もうなにもいらない。

こいつさえ元気で居てくれるならあとはなにもいらない。

なので、あとは頼んだ。あとはお前らは好き勝手にやってくれ。
俺は知らない。

という訳だ、
俺に話があるときは、公園に来い。運動靴と汚れていいズボンは忘れずにな。

打たせて捕る

Posted by 高見鈴虫 on 09.2012 今日の格言
いくら剛速球が自慢といっても、
ストレートばかりでは次第に目がなれられ、
いずれパチンと打たれる。

ストレートを打たれた場合、その当たりはでかい。

自慢の剛速球を打たれたショックもでかい。

そして直に疲れがやってくる。

疲れた剛速球投手。
これは目も当てられない。

疲れが見えたら、変化球を武器にしなくては駄目だ。

ストレートを見せ球にして、変化球でしとめる。

それも三振を狙うのではなく、
できれば打たせて捕る方がスマートだ。

この人生というマウンド、
打ちこまれても打ち込まれても、
途中で降板するわけにはいかない。

途中で休む訳にも、
ましてや控えの投手と交代する訳にもいかない。

打たせて捕る変化球投手、
その技術をそろそろ身に着けなくてはいけない。

君たちがどんなに むちゃくちゃなワガママをいったとしても

Posted by 高見鈴虫 on 10.2012 今日の格言
君たちがどんなに むちゃくちゃなワガママをいったとしても
その白く柔らかくしっとりとしてすべすべとした良い匂いのするあれを持っている限り
俺たちはまったくの無力と化してしまうわけで
ああこの世はまったく不公平だ
と思わざるをえない


昔は、という言葉の裏には

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 今日の格言
昔は
と言う言葉の裏には
今からすると考えられないだろうが、
と言う意味が隠されている事を
忘れてはいけない。

ボランティアとか始めるまえに

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
世の中に金が無尽蔵ではないかぎり、
誰かが金持ちである分、誰かが貧乏になっている訳だ。
つまり、
誰かが凄く金持ちだ、ということは、
つまりは、
誰かがその分、物凄く貧乏くじを引かされている、
ということな訳で。

つまりだ、
貧しい人を救おう、なんてことからしてそもそも検討違いなのではないか。
金持ちから金を出させよう、というのが正しいベクトルだと思うのです。

え?
俺が金持ちかだって?
まさか。

まあ飢え死にはしないし、病気になってもしばらくは野垂れ死にからは免れそうだが、
しかし、
今仕事をしなくなってしまったら、半年後には判らない。

そんな俺を金持ちと言うかいわないかはそちらの自由。

そうそう、それで本題だ。

俺たちレベルが無い金を搾り出さなくても、
生まれてこのかた一度も金の苦労どころか、
金そのものについて考えたことのない奴がごまんといるのだよ。
ということについてよく考えてから
ボランティアとか始めたらいいんじゃない、
とまじ思う。

「美声の君」

Posted by 高見鈴虫 on 13.2012 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback


女の子の好みの中で
どうしても譲れないものがある。

それはまさに声。
その周波数である。

嘘だろ?と言われることがほとんどなのだが、
それはまさに真実である。

どんな美貌の巨乳のお金持ちで、
しかも濡れ濡れやりやり迫られたとしても、
その声が耳触りだと、不思議なほどにまったく触手が動かなかったりする。

特に最近のギャル系の甲高い声はもう近くに寄るだけでもダメ。

それで何回おいしいチャンスを逃したか、
とも思うんだが、まあ性癖なのでしょうがない。

というわけで、この世で一番の美声の君。
勿論、うちのかみさん。

寝ても覚めても、喧嘩している時でさえ、
いやあいい声だなあ、と思わずニヤニヤしてしまう。

なによ、バカにしてるの!?

と怒られるたびに、
へっへっへと笑ってしまう俺なのである。

「芳香の君」

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback


そう言えばあと一つ、
それは匂い。
前から思っているんだが、
処女の子って一種独特の匂いがある。
あるいは、しばらくしていない子。
ホルモンのバランスなのか、
そう、男を欲している女の子って、
どういう訳かとても良い匂いを発している。
それはコロンやシャンプーの匂いとは違って、
汗というか肌というか、そう内面から発せられる、
まさに少女の匂い。

意識して自分で自分の体臭を操作することなんかできるわけないし、
通常自分の体臭なんて自分では気づかない筈だから、
これはまさに生命の神秘。

身体がそうできているという事なんだろう。

そんな少女を前にして、
ああいい匂いだな、と思うと、
目の前に恥じらい勝ちな瞳。

思わず熱く見つめながら、
ああ、この匂いにもっと包まれていたい、
と思うんだけど、
まあ様々なシガラミから、
早々と手を出す訳にもいかず。

くっそう、と心で舌打ちしながら
早くいい彼氏ができるといいね、
と送り出すのである。

がしかし、
しばらくして、
あれ、匂いがしない、さては・・・・
と思うと大抵その予感は的中している訳で。

そうなると逃がした魚ではないが、
やたらともったいなく思えてきて、
いやあしまった、格好つけずに素直に頂いておくべきだったか、
とまた眠れぬ夜を過ごすことになる訳である。

がそう言えば、
ここのところかみさんの匂いを意識したことないな、と思う。

まあ毎日同じもの食って同じ石鹸で身体を洗い
シャンプーも歯磨き粉も一緒なわけで、
これだけ一緒にいれば気づく訳もないか、
とも思うのだが、

ふとするとうちの犬、

ベッドの上で居眠りをしている時は、
必ずうちのかみさんの枕に顔を突っ込んでいる訳で。
どうも犬にはそれが判るようである。

「続・芳香の君」

Posted by 高見鈴虫 on 15.2012 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback

というわけで、またしても匂いの話。
聞くとことによると、
男よりも女のほうが匂いには敏感らしい。

赤ちゃんのおしめの具合から、
男の身体に絡みついた他の女の匂いも、
たちどころに嗅ぎ分ける力を持っている、
というのである。

が、しかし、匂いというのは証明が難しい。

つまり、女の勘、というのも、
実はその辺りにも関係がありそうだ、
とも思うのだがな。

というわけで、いきなしこの俺である。

そう、この俺。
結婚してからというもの、
めっきり浮いた話が減った、と思うのは、
もしかして俺の体臭が変化しているせいかもしれない、
とふと思いついた訳だ。

確かに真っ当な夫婦生活を送っている男は、
石鹸の匂いと言うか、
つまりは清潔臭がするのですぐに判る。
子供がいれば尚更。

それはまさに、うちのダンナはしっかり私がガードしてまっせ、
という内助の功からの無言のメッセージなのである。

その逆に、例えばかみさんが里帰りして、
近頃やけに生活が荒んで来たな、と思えば、
どういう訳か普段は浮いた話のうの字の気配も見せなかった女の子達が、
妙に絶妙なタイミングをおかしな気配を仄めかしたりもするものだったりする訳だ。

ねえ奥さんなくて寂しいんでしょ?やら、
ご飯一緒に食べてあげようか、やら、
ともすると夜に電話をかけてきて、
ヤッホー久しぶり、元気?
なんてことを言ってくる。

まさかもう半年も会っていなかった子が
かみさんが里帰りしている事など知るわけもなく、
まったく訳が判らない。
つまりはこれこそが女の勘という奴なのか。

というわけで、
誘われるままに、
なんとなく暇つぶしという感じで買い物に付き合わされて、
挙句に、
ねえ重くて持てない、
とかなんとか甘えられて部屋まで付き合わされて、
ありがとう、ご飯でも食べてく?
なんていう具合に普段のかみさんのものとはかなり味付けの違う手料理などを頂いて。

じゃね、ごちそうさん、とおいとましようとすると、
ねえお酒でも付き合ってよ、なんて思わせぶりにワイングラスなんか出してきたり。

待てよ、これってもしやお誘いという奴?

なんてことは先刻承知の上なのではあるが、
とは言っても、この子、
まさにうちのかみさんとはツーカーであるはず。

さてはこいつ、かみさんと通じて、俺を試しているのか、
と妙な勘ぐりまで浮かんで来て、
いや、やっぱ今日はもう帰るよ、
とそそくさと部屋を後にするわけだなのだ。

というわけで深夜の地下鉄に揺られながら、
いやはや女って生き物はまったくもってどうもよくわからない、
と首を傾げながら、妙にしんみりしたりもする。

なんて感じで辿り着いた一人の部屋。

開けたドアの向こう、
暗い部屋の中から、いきなりルルルルと電話の呼び出し音。

部屋の電気もつけずに飛びついた受話器。

もしもし、と出ればそれはまさにかみさんな訳で。

遅かったのね。ちゃんとご飯食べてる?あんまり羽目外さないでね、
とか何とか、
いつもの調子ながら・・・実はもう、なにもかもがお見通しといったところかか。

いやあ危なかったな。もう少しで引っかかるところだった、
と胸を撫で下ろす訳である。

というわけで一人寝の夜。

そう言えば、と思い返す一人暮らしの女の子の部屋。

あの妙なぐらいにファンシーな部屋。
がしかし、それがなんとも妙に侘しい匂いだったな、
と思い返す訳である。

そしてあの、情け容赦なく溢れ返っていた女の子グッズ。

そうかあ、女の子の匂いって、
もしかしてあの女の子グッズで溢れかえったお部屋の匂いなのかな、
とも思った次第。

そう言えば、と改めて見回すこの部屋、
女の子らしいものは何ひとつとしょてないな。

かと言って、
あの一人暮らしの頃の部屋のように、
タバコのヤニと汗臭い洗濯物と古雑誌で溢れかえっているわけでも無いのだが。

と思いながら、
なんとなく殺伐とした部屋。
なぜなんだろう、ちゃんと掃除はしている筈なのに・・・
そう、部屋は独りになった途端に、
まるで坂道を転がるように殺伐化を始める訳なのだ。

くそったれ、さあ寝るかと被った毛布、
むむむむ、これって、もしかして、かみさんの匂いがする、
と唐突に気づく訳だ。

くっそう、と思わず。
あいつ、なんで里帰りなんてしやがったのか。
いい加減、早く帰って来やがらねえかな、
と、枕を抱きしめる訳である。

すっかり底が

Posted by 高見鈴虫 on 16.2012 技術系   0 comments   0 trackback
俺があんまりにも女っけがないもので
さてはあいつはホモのワーカホリックか、
などと陰口を叩くやつがいるのも知っていたのだが、
俺がホモでもワーカホリックでもないことは俺自身が一番良く知っているので、
放っておいた。

がしかし、そのうち、

俺がはたから見られていたイメージとはかなりかけ離れた人格、
つまりは、例えば、

出張の度にトップレスバーで夜を明かし、

海外出張の際にはそれこそ一晩に二人三人と女の梯子などをしていた、

なんて話がばれるにつれ、

その途端に上司からの風当たりがきつくなった。

さてはあのおやじもしかしてそのケがあったのか、
などと妙な勘ぐりも入れたくなったが、

つまりはまあ底が開けたというだけの話。

またまたあ~!
忙しい忙しいなんてふりして、
次の出張先のトップレスバーなんて調べてるんじゃないの!?

やら、

残業のふりして、出張先にひっかけた女にメールなんか打ってるんじゃないの~!?

なんて・・・

うううう!  もろに図星である!!

うーんなかなかやるな。

つまりすっかり底が開けてしまった、という奴な訳か。



ラテンの人間は絶対に入れない音

Posted by 高見鈴虫 on 18.2012 音楽ねた
土曜日、街中が春本番という感じ。
セントパトリックデイのパレードという訳で、
街中が緑の服だらけ。
まあ昼間からおおっぴらにビールが飲める、
緑のシャツはその免罪符という訳か。

とりあえずスタジオへ。
いつもの奴でまた禅修業の4時間。
まあ練習というよりリハビリだ。
誰も、週一回の練習で上手くなれる、なんて思ってはいない。
で、いつもの奴で、
そう、
メトロノーム相手だけではさすがに煮詰まった挙句、
やれやれ、俺はいったいこんなところでなにをやっているのか、
とため息をつきながら休憩のトイレに出たら、
手前の部屋でやっている盲目のサルサバンドの老人が、
盲導犬と一緒にトイレから出てきた。

すれ違いざまに
お前、奥の部屋でひとりでソンゴやってる奴か、と聞かれ、
ああ、そうだよ、と答えると、
お前、ニホンジンか、といきなり言われた。
あんた目くらなのになんでんなこと判るんだよ、と笑ってやると、
判るさ、音でな。と軽く言われた。
目が見えねえ分、音には敏感なんだよ、と。

音で国民がわかる?まさか、
と笑って、

なら、俺の音のどこがニホンジンだと判るんだ?
とそのものずばりと聞いてみると、
ラテンの人間じゃねえことはすぐに判る。
でもグリンゴでもねえ。ネグロでもねえ。ブリティッシュとも違うし、という訳だ。
へえ、なんで、俺のソンゴはラテンの音じゃねえんだよ、とちょっとむきになると、
TOO MANY NOTES、音数が多すぎる、と。
で、
しかも、ラテンの人間は絶対に入れない音がその中に入っている。
入っちゃいけない音?ってことか?俺が間違ってるってことか?
違う違う。そういうことではない、がラテンの人間なら入れない音が入っているってことだ。それが違う。違うだけで間違えとか悪いという意味じゃない。
どの音だよ、教えてくれよ、頼むぜ。
いや、俺はパーカッショニストじゃないから判らない、が、つまりそれが違う、ということだけは言える。足りないんじゃない、ひとつ多いんだ。まあだが、それがおまえの個性だ、といえないこともないし、そういうバンドもいた。まあ考えてみるさ。自分の音をよく聞いてみることだな。

というわけで、正直ちょっと凹んだ。

やれやれ、アメリカに来てすでに運十年、
下手をすると日本で過ごした時間よりもこちらに来てからほうが長くありつつある、
というのに、やはり俺の音はニホンジンでしかありえないのか、と、
なんか複雑な心境。

で、そのまま外のベンチでタバコを一服。
改めてその余計な音とはなんだろ、と考えてみた。
が、考えても判らないので、まあいろいろ試してみよう、というのは20世紀。

現代は、そう、スマフォでYOUTUBEである。
という訳で、タバコを吸いながら、SONGO やら BASIC やら ラテン・ドラム・奏法やらと、検索した結果、
タバコ一本吸い終える間にすでに答えが出ていた。

思ったとおり、というか、まあ、そういってみれば簡単。

つまりは一拍目である。

1・2・3・4 で始まる一拍目の音、これを、入れるか入れないか、つまり、ラティノは、1・2・3・4 ジャーン、あるいは、ズドン、とはしないのだ。
1.2.3・4 ンペ、で始まる、と。つまりシンコペで始まる。
これはまあ、肩透かしもいい所だが、まあ、それが違いなんだな、これができる、やってしまうってのも凄いな、と思った訳だ。

で、試してみた。

うーん、そう、この肩透かし、というより、この不安定感、こそがラテンの醍醐味だな、と思う。
ドラマーにとっては確かに魅力的。
頭からシンコペ、つまり、頭からリズムが転げて回り始める、という訳で、いきなりターボって奴なのだな、と。
うーん、これ気に入った、とは思ったのだが、
しかし、

そう、これは言い訳ではあるが、

これは、そう、やはりニホンジンでは無理だな、とちょっと思った。

いくら俺だけがわかっていても、他のパートのやつら、1.2.3・4 ンゴ、で始まれるやつはまずいないだろうし、
ただでさえ裏でリズムの取れないような村祭り体質のニホンジンの聴衆が、
まさかいきなりで出しの一拍目をシンコペで入られたらリズムそのものを裏で取ってしまうに決まっている。
というわけで、そう、これはニホンジンには無理だ。無理だと判っているのでやらないし、できない。

それを、ニホンジンの限界、ととってはいけない、個性、と思うべきだ、とあの盲人は言っていたのだろう。

それが、まあ、個性な訳だ。
という訳で、そう、オルケスタ・デ・ラルスはそのあたりをどう思っていたのだろう、と思っていた。

帰りの電車の中で、久々にパピー・イ・ロスケソンソン、のSOBSでのライブの録音を聞いてみた。

もう、これは、わざと、というよりも、意地になっているぐらいに、徹底的に一拍目のONにアクセントが入っていない。
つまり、一拍目のONを抜くことこそが、ラティンの美意識、なのだろうな、と思い知った訳だ。

つまり、そう、悪いという訳ではないが、ラティンじゃない、と。

たかが一拍、されど一拍。

「愛のむきだし」という映画を見た

Posted by 高見鈴虫 on 18.2012 読書・映画ねた
いまさらいきなりだが
「愛のむきだし」
という映画を見た。

なんとなく、
最近の日本の映画が見たくなって、
で、NY図書館で最近の日本物をいくつかまとめて借りてみたのだが、

大抵、というか、ほとんどすべて、
途中でやめてしまうか、寝てしまうか、
どころではなく、
最初の30秒、1分を過ぎたところですでに見切りをつけたくなる、
あるいは、見るに耐えない、どうしようもない代物ばかりであった訳なのだが、

この「愛のむきだし」

なんの予備知識もなく見始めたが最後、4時間丸々
つまりは、土曜の夜のすべてを見事にもってかれてしまった。

理由も批評も感想もすっとばして言うが、
俺は素直に、この映画は生涯ランキングのベスト3に入る、と思った。

つまり、邦画だ、ハリウッドだ、最近の、とか、そういう次元じゃない。

映画史に残る、と、断固としって言ってしまう(笑

つくづく、つまり、俺はそういう人間だな、と思った。
つまり俺は、愛のむきだしを大傑作、という類の人間なのだな。

が、言い訳だが、
うちのかみさん、も、この4時間、目を皿のようにして見切った挙句、
うーん、いい映画だった、と評価したわけで、
つまり、うちの夫婦はそんなもんなんだろ、と。

という訳で、
この映画をつまらない、と言った人、
まあ普通の人は別として、
いみじくも、クリエータ、あるいは、批評家、と言われている、それで飯を食おうとしているやつが、
この映画をネガティブに取っている奴がいる、というのはまさに驚きだ。

スポンサーに金を貰えなかったからか、
長いからろくに見てもいないで、あるいは、早送りにして、良いの悪いの、と書いているのか、
パンチラだ、変態だ、新興宗教だ、というタグそのものにびびって日和ったのか。
まあいずれにしろろくなものじゃない。
バカめ。
例の東電ねたじゃないが、
自分では決して現地に行かない、福島の野菜も食わない原発推進派、みたいなもので、
つまり、
そういう人の言うことはやはりあまり信用するべきではない、と思う。

そういった意味からも、この作品は俺のバロメーターになるかな、と思った。

というわけで、

いやあ、久々に本当に面白い映画を見た。

監督・出演者のすべてに恋をし憎み涙し、
そして出演者全員の映画をすべて見たくなった。

映画はこうでなくてはいけない、と思った。
という訳で、
この映画を作った人々、すべての役者さん、に心からのエールを送りたい。

日本はまだまだ捨てたもんじゃねえな。
がんばろうぜニホンジン。俺たちはまだまだやれる。

我が家の猛犬はひょうきん面のコミックドッグ

Posted by 高見鈴虫 on 18.2012 犬の事情
オーストラリアンキャトルドッグ
本国オーストラリアに置いては普段から牛を追っているそうで、
そう聞くとなんとも恐ろしげな姿を想像してしまうわけだが、
こうしている今もふと横を向くとすぐに目の合うこいつ
どう考えてもそんな獰猛な印象は微塵もない。

いつもなにかに驚いたようなロンパリ気味のドングリ目。
下手なアニメのキャラのいうに見事に反り返って上を向いた鼻。
いついかなる時にもへらへらとわらっているような締りの無い口元。
もうこれは絵に描いたようなスケベ犬そのもの。

荒野のはてで猛牛相手に格闘しているとはどうしても思えない。

おまけに

できそこないのように輪郭ずれた白黒のマスク。
額にはクレヨンの悪戯書きのような白い十字架模様。
それに加えて我が家の犬に至っては
そのどてっぱらの真ん中に、黒々と大きなまん丸が描かれている、
というわけで、
これはこれは
ここまでいくともう立派なコミックドッグなわけである。

で、このオーストラリアンキャトルドッグ
そんなひょうきんな外見笑って迂闊に手を出そうものならそれこそ目にも止まらぬ速さで
カプリと一撃を食らうことになる。

くそこの野郎と追いかけても
この犬の俊足に追いつけるのは人間どころか
犬の中でも早々といるものじゃない。

おまけに背後からそっと忍び寄ってきて
いきなりズボンの裾を咥えてグイと引っ張る。
思わず尻もちついて舌打ちしたその鼻先で
例の驚いたようなドングリ目でへらへらと笑っているわけだ。

そんな悪戯好きのキャトルドッグ
言わせて貰えばその間抜けな外観に似合わず
利口な犬種のランキングには必ず顔を出す利口者。

くっそおと立ち上ったところ、
ふと手元に落ちた帽子が差し出され、
砂を被った顔をこれでもかと舐めてくれおまけに忘れてきたバッグもそれとなく持ってきてくれていたりする。

このバカ犬め、となじりながら、
そんなときこの犬の本当の凄さに気づいている筈だ

オーストラリアンキャトルドッグは人を見るのだ。

気に入った奴にはとことんバディ
気に入らない奴には頭どころか指一本触らせない。

吠える前に手が先に出て、喧嘩上等と言いながら逃げ足だけは人一倍。
情に脆く義理がたく大好きなあの人の為なら
たとえ火の中水の中、
相手がグレートでんであろうがドーベルマンであろうが猛牛闘牛おかまいなしにかかっていく暴れん坊。
このひょうきん顏のオーストラリアンキャトルドッグ
つまりはそういう犬である。

近頃の子供は元気がない、なんていい加減にしろ。

Posted by 高見鈴虫 on 18.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ゆとりのがきどもに元気がないなんて
今更なにをいってるんだ

ガキのころに
サッカーも野球も缶けりもプロレスごっこもとりあげて、
運動場も、神社も空き地も野原も山川も、
餓鬼の遊びという遊びをすべて取り上げた末に、
塾の机に縛りつけていたくせに。

そんないびつな環境でまともな人間が育つわけない、
とちょっと考えてみたら判りそうなものなのに。
そういわれてみれば、当然だ、と思うだろ?

周りの迷惑顧みず、というよりも、自分のこと以外まったく外が見えず、
つまり状況判断がまるでできない上に、足腰が弱くてろくに走れもせず、
そんな自身の弱さに怯えて、
キャンキャンキャンキャンと吼え続けては、
ちょっとしたことにすぐに怯え切った末に、過剰反応を繰り返して噛み付きまくる。

その姿はまるで、生まれてこのかた、ずっとケージの中に閉じ込められていた犬のようだ。

それはつまり、アビューズド・ドッグ、つまりは、虐待された犬、ということだ。
かわいそうでならない。

そんなかわいそうなアビューズド・ドッグに、いまさら、元気がない?
好い加減にしろ。
バカな犬はいない。バカは飼い主なのだ。
同じように、
バカな子供はいない。バカは、親と先公だ。よく思い知れ。
一生かけて子供の面倒を見てその償いをしろ、つまり、
そんな出来損ないの餓鬼は社会に出すな。

「いまさらながら飯島愛謀殺説」

Posted by 高見鈴虫 on 19.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback


あの・・・

今更ながらなんですが・・・

飯島愛。

別に、そんな好きであった訳ではないし、
青少年時代にそれほどお世話になった覚えもないのですが・・・

がしかし、
まさにバブル日本を象徴する国民的なAVスターであった飯島愛。

あれだけお世話になった人々が多いのであるから、
もうちょっとぐらい、彼女のあの悲惨な最後について、
まじめに、検討して上げても良くない?
とは思ってたんだけどさ・・

という訳で、
これ、はっきりいって、誰もが思っているのは、他殺、
つまり、謀殺でしょ?と。

あの、クリスマスの孤独死、にしたって、
つまり見せしめにされた、訳でさ。

で、誰に? と思う。

つまり、彼女のようなその他もろもろの人々に、ってことで。

で、彼女がなにをやったの?

と考えるまでもなく、

ちょうど同じ頃にニュースになったこの事件、

「性的な接待を強要された」とのメモを残して2009年3月、首つり自殺した韓国女優、チャン・ジャヨンさん(享年29)が、生前に書いたとされ、「31人に100回以上、性接待を強要された」などと記された手紙が公開された」 という事件。

つまり、なんというか、そう、
最近のAKBではないけれど、
芸能人である限り、性接待はまあ当然のこと、
だとも思ってはいるし、

あるいは、
飯島愛とほぼ同時代の人であった村上麗奈が、
日本国政府からの依頼でブルネイ国王来日時の性接待に宛てられた、
なんて話もあったぐらいなので、

そう、つまり、飯島愛クラスともなれば、
その性接待リストには、
裏関係表関係含めて、財界からまさに内外の政界から、
と、まさにとてつもない人々の名前が上がっていた筈。

つまり、彼女とその本人のみの知り得るネームリスト、
それが邪魔になった人、が、居たのではないかな、と。
で、
早まったそのアホが、
その手のプロ、を雇って口封じを計ったのではないかな、と思っていたのだが、
そんなこと言ってる人なんて、世の中にはいないのかな?

俺でも考え付くぐらいなので、その手の人々には、
一瞬でピピンと来ている筈なので・・・

表沙汰にできない、ということは、完全に的を外しているのか、
あるいは、本チャンでそれほどヤバイ人ってのが居るのだろうか。




俺が日本が嫌いだった訳は

Posted by 高見鈴虫 on 21.2012 今日の格言
俺が日本が嫌いだった訳は
ただたんに居酒屋が嫌いだったからだ。

チューハイ飲んでカラオケで歌謡曲をがなるよりは、
ハッパを決めてジミヘンを聴いたりハウスで踊っているほうが好きだった。

ただそれだけの話だ。

ほっといてくれと今でも思っている

それがはじめての経験であるかぎり

Posted by 高見鈴虫 on 21.2012 今日の格言
いくつになっても、人は生きている限り、発見を続けるものだ。
発見とは、見つけることであり、知ることであり、経験することであり、理解すること、でもある。
子供がいれば子供の成長に付き合わされてそれを疑似体験しながら自身の経験を追体験し、
犬が居れば犬の発見こそが飼い主の発見でもある。
別にいきなりテニスを始めなくても、ジョギングにしろ散歩にしろ、
いつもの違った道順で帰宅してみることでも良い。
それがはじめての経験であるかぎり、そこには何らかの発見があるはずだ。
歳をとってはじめたのだから、まさかプロを目指すわけでもなく、
上手くできなくてもそれほど恥ずかしく思う必要も無い。
緩くやさしく気ままに楽しめばよいのだ。
技術を習得し熟達することよりは、発見そのものに意味がある、と考えるべきだ。
さあ、疲れた疲れたばかり言っていないで、なにかいままでやっていないことを、初めてみよう。


軍手おじさん

Posted by 高見鈴虫 on 22.2012 犬の事情
最近犬の散歩に軍手をしているのです
別に犬に触るのが汚いからではないのです
犬を撫でる時にはいちいち軍手をとって撫でます
なぜ軍手が必要かというと
ボール投げの時にボールを拭くためです
よだれまみれ泥まみれのボールを
いちいち拭いてまた投げて
これを何十回と繰り返すのです
しまいに軍手は泥とよだれでべちょべちょになります
ボールと一緒にウンチ袋にいれて持ち帰り
よく洗った後に窓際に並べて干しておきます
というわけで我が家の窓際には
ボールと軍手がずらりと並んでいます
良い光景です

思い切って犬になってしまおうか、と思うとき

Posted by 高見鈴虫 on 23.2012 犬の事情
胃をやられて以来
水を沢山飲むようにしている。

それ以来調子が良いのだが
小便が近いのには閉口させられる。

15分に一度は小便がしたくなる
犬じゃないのだから電信柱ごとに立ち小便をするわけにもいかず、
人間であることが割りと面倒になったりもする。

ブー、お前はいいな、好きなところで小便ができて。
俺も犬になってしまおうか。

ならば、ドッグトレーナーになりなさい、との啓示を受けた

Posted by 高見鈴虫 on 23.2012 犬の事情
先日、古くからの友人のパーティに招かれた。
友人の職業が「獣医」ということもあって、
来ていた客のほとんどが獣医であった訳で、
図らずもペット談義になった訳だ。

その中でも
ハーレムの女赤ひげの異名をとる
某女史にご紹介頂いた。

その時代からスラム化の著しかったハーレムにおいて獣医を開業して早云十年、
貧乏人からは金を取らず、
子供たちが死にかけた捨て猫を拾ってきてもなんの分け隔てなく治療に勤しみ、
哀れシェルター行きになり、殺処分を待つばかりのペット達の救済運動等、
NYの動物愛好家の間では知る人ぞ知る、
一種神がかった人気を保ち続ける女史ではあるのだが、
一見、とっても怖い女校長先生、という感じながら、
話して見るとどこにでもいる気さくな黒人のおばはん、という感じ。

で、そのカリスマ獣医さんの口から
獣医はペイしない、という話を聴かされた。

現在、アメリカにおいて獣医学科の競争率は目に余るものがある。
どういうわけだか、とてつもない人々が獣医になりたがっている、というのだ。
先日もWALL STを辞めていきなり獣医の資格を取ったという50歳を超えた初老の男から、
賃金はいらないから手伝わせてほしい、との申し入れを受けたとのこと。
多いんだよね、転職して獣医を目指す人ってさ、との話。

がしかし、先にも言ったように、アメリカで獣医になるのは並大抵のことではない。
理系の4年生大学を卒業し、大学院がまた4年。
実際の獣医のしたで実地の修行を積んだ後に、その獣医からの推薦状を手にして初めて受験資格ができるが、
晴れて合格してもそれは州単位。
つまり、NY州の獣医免許はNY州を一歩でたら通用しません、ってな話。

なんかアンフェアだよね、確かに。


で、そんな苦労をして獣医になったところで、
その収入たるや、その辺の新卒ブックキーパーと変わらず。
例え獣医を何十年続けていても、
開業医になってよほどあくどいことでもやらない限り、
金に困らない生活は絶対に訪れない、というのだ。

雇われの獣医は週のうちそこかしこの病院を回って回診を続け、
夜中でも休日でも、ほら、こうしている週末のパーティの間にも電話がひっきりなし。
その電話も、犬が喧嘩で怪我をした、猫がご飯を食べない、から始まって、
車にはねられた、血を吐いた、息をしていない、と、それこそ予断を許さないものばかり。

まあ世間的に見れば、たかが犬猫の問題、となるわけだが、
飼い主にしてみればそれは明らかに死活問題となるわけで、
事実、この俺にしてみたって、
自身の犬のためなら金に糸目はつけない、どころか、臓器移植だって厭わないという自負がある。
つまり、犬猫の問題はすなわち、時としてその飼い主の生死の問題にもなるわけだ。

という訳で、カリスマ獣医さん、ビールいっぱいも飲まないうちから、
廊下とテーブルの間を行ったり来たり、
その末に、やれやれ、行って来るとするか、と苦笑いのうちにバッグを抱えてさよなら、となった。

その短い会話の中で、
実は俺も獣医にあこがれていて、できればこれからでも、とか思ったりしてるんだが、
との話をしたところ、
間髪をいれずに、やめたほうがいいよ、なぜならね、という上記の事情を説明された後で、

で、そもそも、あんたは獣医になってなにがしたいわけ?
あ、だから、まあ、犬が好きなので、犬のためになることがなにかしたい、というか。

だったらね、手伝ってほしいことがある、とのこと。

で、事情を聴けば、
現在のシェルター事情。
悲しい現実として、ペットショップの子犬に云千ドル払う人々がいるかと思えば、
NYC中のどのシェルターにも、お払い箱になって殺処分を待つばかりの遣い捨てられたペット達が山になっている、
という話。
まあしかし、シェルターにいる犬は、しかし当然のことながら理由がある訳で、
病気にかかっていて治療費が捻出できない、から始まり、
健康体であったとしても、心の病を抱えたものが少なくない、という話。

で、もしも、動物が救いたい、という気持ちがあるのなら、
フィジカルな治療とは別に、メンタルな治療を引き受けてくれる人材がどうしても必要である、と。

ぶっちゃけ、
心の骨が折れたまま間違ったつながりかたをしてしまったペット達の
心の治療、つまりは矯正作業について勉強してほしいという訳だ。

なんらかの事情で事件を起こし独房行きを食らった前科者たちが、
このまま終身刑、あるいは、死刑、を食らう前に、
更正させる専門的な施設が必要である、という訳なのである。

人気絶頂の獣医よりも、、切実に必要とされているのがドッグトレーナーという訳だ。

少なくとも、飼い主を噛まない、子供を襲わない、他の犬と喧嘩しない、程度まで持っていければ、
あれほどの犬たちが殺処分になることもないのだが、という話。

それにね、と隣りの獣医さんが一言。

ドッグトレーナーは犬を殺さなくて済むから。

獣医の大切な仕事として、見極めの末に安楽死を選択させる、という義務がある。

あなたは犬を殺せますか?

俺にはたぶんできないと思う。

ならば、ドッグトレーナーになりなさい。殺処分から救い出すための仕事なんだからより建設的でしょ。

ただね、と一言。

獣医も金にはならないけど、ドッグトレーナーはそれにもまして金にならない。
大抵がボランティアベース、つまりただ。
しかしながら、ボランティアだからと言って、生半可な気持ちではできないのが実情。
その辺をちゃんと理解している人が必要とされているわけで。

という訳で、パーティから帰った後に、撮りためてあったDOG WHISPELERを山ほど見返すことになった、
という訳である。

取り急ぎ当面の課題としては、サリーとジョージとレミーだな、と。
やれやれ、それではなにも変わらないではないか。

キングという名のジャックラッセル

Posted by 高見鈴虫 on 24.2012 犬の事情
ドッグランについたとたん、超猛犬サリーがまたやった。

今度はジャックラッセルである。
ジェニーの投げたボールに飛びついたサリーが、
ボールを銜えたとたんにじゃれ付いてきた白いジャックラッセル。
そのとたん、
いきなりうなり声を上げたサリーが、ジャックラッセルを弾き飛ばして大突進。
まさに死にもの狂いのジャックラッセル、
悲鳴を上げながらベンチの下からベンチの下への逃げ回る逃げ回る。

思わずトムとジェリーを思い出して爆笑してしまった訳だが。

という訳で、サリーを呼び寄せて、おいおい、どうしたよ、と気を落ち着かせながら、
やれやれ、サリー、
お前にとってはあんなジャックラッセル、まるで子ウサギか、あるいはそれ以下である筈。

なぜサリーがそんな子ウサギを相手に激昂したのか、
リスやねずみと間違えたのか?

やっぱりサリーはちょっと・・・
という思いがちらほらと漂っていた矢先、

いきなりドッグランの隅から甲高い悲鳴。
慌てて駆け寄ると、目の前に信じられない風景。
優等生であるはずのブッチが、
仰向けに転がしたジャックラッセルを両手で押さえつけ、
首から喉にがっちりと牙を食い込ませたまま、
完全なる羽交い絞め体勢。
これでジャックラッセルがちょっとでも刃向かおうものなら、
ブルブルと左右に振ってあの世行き、という奴か。

思わず全身総毛立ち。

馬鹿やろう、ブッチ!やめろ、てめえ!!

いやはやブッチ、最近は優等生面が板について来て、
過去の悪行千万の数々をすっかりと忘れていたが、
そういえばこいつもつい1年ほど前までは札付きの大猛犬であったのだった。

やめ!おすわり!の大雷りにこれ以上なく身をちぢこめたブッチ。
すてい、そのまま。動くな、と封印。

で、ベンチの下に逃げ込んだジャックラッセル。
いまだに震えながら悲鳴を上げ続けている。

とりあえずは抱き上げ、全身をまさぐって怪我の有無をチェックするが、
まあ問題はなさげ。
まあブッチもいい年だし、いくらなんでもこんな子犬を相手に本気には噛まないだろう、
とは思いながら、
それもそうだが、自分の犬がこんな状態であるのに、
飼い主はどこに行ってしまったのか、
とあたりを見回してみたがそれらしき人影も見えず。

謹慎のお座りから解かれたブッチ、いつものように擦り寄ってきて、
ごめんなさいごめんなさいと顔を嘗め回し始めたのだが、
あれ、とふと拭った手に血がついている。

お前、噛まれたのか?
こいつに?

とふと見るジャックラッセル。
さっきまでの大騒ぎはどこへやら。
いつの間にか掠め取ったブッチのボールを、
両手に抱え込んで夢中で噛みしだいている。

まあ大事にならなくて良かったじゃないか、
ほら、一緒にボールをやろう、
と、手を伸ばしたとたん、いきなりがぶり噛み付いてきた。

うひゃ、と反射的に手を引っ込めるがジャックラッセルは離さない。
幸い、ボールの涎拭きのために軍手をしていからいいようなものの、
それをいいことにジャックラッセル、
俺の指に噛み付いたままぶら下がり、それはまるですっぽんの様。

なんだこいつは!
と慌てる俺を、ちとーっと見つめるブッチ。

おい、お前、飼い主がやられてるってのに、なんで助けないんだよ。

だって・・・また怒るでしょ?・・・ というブッチの困惑が聞こえてきそうで。

という訳で思わず振り落としたのはいいのだが、
振り落とされたとたん、いきなりまた飛びついて来て今度は手のひらをがぶり。
これはちょっとまじめに激痛。
思わずてめえ、と叩き落として、たとたん、再びがぶり。

こいつ・・いったい何者だ。まるでヨーヨーではないか。

という訳で、ドッグラン中を見回して、木陰のベンチのその裏に、まるで身を隠すように座ってあ手元のiPHONEを覗き込んでいるおばはん。

あの・・・この犬、あなたの?
と手にぶら下がったジャックラッセルをそのままぶらぶらと目の前にかざしてみた。
とその飼い主、はいそうです、とにこりと笑う。
この犬、俺のこと噛んでいるですが。
ああ、まだ子犬なもので。
離して貰えませんか?
はあ、それがどうも・・と笑うばかり。
痛いんですが・・
はあ、じゃあ、と手を伸ばすが、恐る恐ると撫でるばかりで、はっきり言って事態がまったく飲み込めてない。
で、思わず、無理やり引き剥がして、ほら、血が出てる、と飼い主に手を指し示してみたが、
こともあろうにジャックラッセル、その手にいきなり飛びついて、思い切りがぶり。
これはもう、激痛に近く、思わず叫び声を上げて、ぶら下がったジャックラッセルを飼い主めがけて投げつけてしまった。

何をするんですか。
何をするって、あんたの犬が俺を噛んでるのあんただってみてるだろ。
まだ子犬なんですよ、
子犬でもなんでも、犬が人を噛んだらその時点でアウトだよ。
あなたの犬だってうちの犬を噛んだじゃないですか。
あんたの犬が噛んだからやり返されただけだろ。

とやってきたサリーの飼い主のジェニー。

あんた、このあいだも言ったよね。結局、誰にだってそうなんじゃないか。
それはあなたのその猛犬がうちの子を噛んだからでしょ?
うちのサリーが噛んだのあなたのその子犬がうちのサリーを噛んだからでしょ。今日だって同じ。他でも同じことやってるんでしょ?
あら、あんたらの犬みたいに凶暴な猛犬、どこにもいないわよ。

とまあ堂々巡り。

で、この手、と血の垂れる右手をかざして、どうしてくれるつもりなんですか?
ふん、お金でも請求しようっていうの?たかが子犬じゃない。馬鹿馬鹿しい、といきなりスタスタと出口に向けて歩きはじめる。
ねえ、あんた、逃げようっていうの?というジェニーの罵声に肩越しに中指を突き立ててファックマーク。
と、ところが、ドッグランを出たが良いが肝心のジャックラッセルが着いてこない。
キング、おいで、キング、おいで、キング、おいで。名前の連呼にまったくなんの反応も示さず。

あんた大丈夫?ちょっと傷見せてごらん。
いや、こんなのは大丈夫だけど、狂犬病大丈夫かな。実はブッチも噛まれていた。
とその頃にはブッチもサリーも駆け寄ってきて垂れた血を舐めようと身を乗り出してきてる。
やれやれ、ブッチも大丈夫か?

という訳で傷口を水道で洗ってボール投げを再開した訳だが、
さあブッチ、行くぞ、と振りかぶったとたん、いきなりガブリ。こんどは手首。
あのなあ、と。
思わず猫のように首筋をつかみ上げたまま、そのまま地面に叩きつけそうになった。

ドッグランの入り口から、いまだにキング、おいで、キング、おいで、と繰り返す飼い主。
このジャックラッセルはとりあえず、あの飼い主もちょっと頭が足りないんじゃないのか?

というわけで、そのまま首筋でぶら下げたままのジャックラッセル。

キング、おいで、キング、おいで、キング、おいで、
とオウムのように繰り返す飼い主の目の前にぶら下げて、
悪いがもうこないでくれ、と言った。
この犬の命の保障はないと思うよ。少なくとも今日と同じことをこいつらにやったら、
もう彼らも手加減はしないと思う。

と言っている傍から、ああ、キング、かわいそうにかわいそうに、と頬擦りを繰り返す飼い主。

へん、ばーか、としたり顔のジャックラッセル。

ボクはキングだぞ、なにをしたって許されるんだ。

やれやれ・・そういうことか。

甘やかすだけ甘やかされて育った馬鹿犬キング。

多分、家では部屋中のどこででもウンチおしっこし放題。部屋中を散らかしまくり飼い主に噛み付き、
ねだればいつでもおやつが貰える、という、まさに馬鹿殿然の暮らしをしているのだろう。

あんな犬を育ててしまって、あの飼い主はいったいどうするつもりだろう。
たぶんあのまま、気の向くままに甘やかし続け、
で、手がつけられなくなった時点で、はい、とシェルターに放りこんで、
で、また新しい子犬を買うのだろう。
あるいは、そうやって育てられて、そして棄てられた犬をあの飼い主がアダプトしたのだろうか。

いずれにしろ、あのジャックラッセル、この先どう転んでもろくなことにならなそうだな、
と思えば思うほど、ちょっと鬱々とした気分にもなってしまった。

で、そうそう、俺ははたしてどうすれば良かったのだろう。

行動原理

Posted by 高見鈴虫 on 25.2012 今日の格言
しかしだ、
しかし、そこに、金が介在してる、という事実を忘れてはいけない。
ある種の人間にとっては、
それこそが行動原理なのだ。
それ以外は、すべて、金を得る為の、フェイクに過ぎない。
ある種の人間は、そのフェイクに飲み込まれてしまう。
飲み込まれはしないにしても、
やはりそこに、気持ちが介在してしまうもの。
がしかし、そこにあるのは、金なのだ。
金なのだ。
金なのだ。


犬の社会性

Posted by 高見鈴虫 on 25.2012 犬の事情
週末のドッグラン。
いつになく混んでいる。
普段からろくに犬の世話をしていない週末ドッグラバーが大挙として訪れるせい。
つまりは、
あのトランプ・プラザの住人たちがどっさりとやって来るわけだ。
当然のことながら、週末のドッグランに来る犬は、
トレーニングができていないケースが多い。
なぜなら、
本来であればこの辺りのドッグラバーは、
普段来ているドッグランよりは、せっかくの週末なんだからと、
ちょっと遠出をして朝からセントラルパークに向かっている筈なのだ。

という訳で、週末のドッグラン、
それも10時過ぎなんていう中途半端な時間にいる犬は、
つまりは普段はドッグランにさえ連れてきてもらえない、
可愛そうな犬たち、と言わざるを得ない訳だ。

という訳で、そんな週末ドッグラバーたちの飼い犬。
そもそもアクセサリー代わりハンドバッグ代わり、
或いは、ちょっとした気まぐれで犬でもかってみようか、
程度の軽い気持ちでそれを「買った」人々なのだ。
犬と本気で向き合う気もさらさらなければ、
当然のことながら、トレーニングもまったくしていないか、
あるいは、すべて人任せ。それも手っ取り早く金で買ってしまうわけだ。
という訳で、
たとえトレーニングはできていても、他の犬になれていない。
或いは、飼い主をまったく信頼していない。

そんな見知らぬ顔ばかりで、普段の常連犬たちも落ち着かない表情だ。

案の定、見知らぬ犬がボール投げに割り込んで来て、
ボールを取ったが最後、他に渡そうとしない。
呼んでも逃げ回り、口に手を伸ばすと唸り、
飼い主さえもボールを取ることができず、
よくよくみるとこの飼い主さん、
いかにも私の人生はすべて金で買ってもらいました、という風なセレブ気取りの若いカップル。
ボールを取るどころか、呼んでも来ず、お座りさえもできず、
いくら名前を呼ばれても振り返りさえもせず。
そんな犬に困り顔で笑うばかり。
いやあ、家の犬はタフでね、と良い訳をひとつ。
で、すぐに諦めてしまって、犬そっちのけでベンチで彼女とピロートークの続き、という訳か。

まあ確かに、こんな犬を飼っていたら、飼い主も大変だろう。

大変だから散歩にも行かなくなる。散歩に行かないとますます酷くなる。
それこそ悪のスパイラル。

犬のトレーニングを怠ってしまうと、飼い主だけでなくなにより犬自身にとっても不幸だ。

みんなで遊んでいたボールを返そうとしないような奴は、
その態度を改めない限り、いつの日か必ずやられる。
が、しかし、みんなそうやって学んできているのだ。
学ぶ機会をお母さんの元、兄弟たちとの間で学べなかった、
というところに悲劇がある。

大人になってからそれを正される場合、当然のことながらそれはちょっときついものになる。

今日もひとり、ボールを返さずにはしゃいで逃げ回っていたリトリバー。
結局誰にも相手にされなくなり、ベンチの下で一人でボールを齧っていたのだが、
ふと目に付いたマルチーズを、今度はボールの代わりに追いかけまわし始めた。
最初のうちは楽しく遊んでいる風だったのが、
いつしかマルチーズの身体は泥だらけ。転がされる羽目に悲鳴を上げるようになり、
いじめっ子の目にも知らぬ間にサディスティックな暗い炎がちらつきはじめている。
これは、ちょっととめたほうが良いか、と思えども、
当の飼い主たちは犬たちの変化にまるで気づかず、おしゃべりに夢中か、
あるいは暢気に写真を撮っている始末。

と、ついに、逃げるところを跳ね飛ばされたマルチーズが溜まらずに大きな悲鳴を上げた。
きゃいーん、きゃいーん、きゃいーん、きゃいーん。
あれまあ、と飼い主。なんとかちゃん、暴れん坊ねえ。

がしかし、犬同士はその顛末をすべて理解している。

悲鳴が響いたとたん、まるで魔法のようにドッグラン中の犬がぴたりとその行動をやめ、
一斉にその2頭のもとに駆けつける。

まずはブッチが、暴れん坊のラブラドルに飛び掛り、耳元で猛烈に吼え始め、
その隙に数匹の身体のでかい犬が間に入り込んで二頭を引き離す。
集まった犬のうち、力自慢たちは一瞬のうちにリトリバーを取り囲み、
年寄りと女の子、そして小型犬はベンチの下のマルチーズのお見舞いに向かっている。

ツワモノに囲まれた無法者リトリバー、
何だよてめえ、
何だよこのやろう、やっちめえ!
とばかりにいきなり壮絶な噛み合いが始まるか、
と思えば、
ぜんぜんそんなことはない。

ドッグラン中の犬に囲まれたリトリバー、
周り中から一切合切に吠え立てられながら、
きょとんとした目をしたまま直立不動を続けるばかり。
やれやれ困ったな、と首をかしげて見たり、
へらへらと笑うように赤い舌を出してはっはっは、と薄く息を吐いている。
がしかし、
互いに鼻先をくっつけあいながらも、徐々に尻尾が下がり初め、
数匹の犬が鼻先をくっつけて互いにクンクンと匂いを嗅いでいる。
まさかこのまま一触即発、と思えども、
そんな暢気なにらみ合いを続ける交渉役のその後ろには、
相手がちょっとでも抗おうものなら、
それこそ待ってましたとばかりに飛び掛りそうなやんちゃな面々がとりまいている訳で、
この完全な包囲網、まさに勝負はついた、というところ。

で、ベンチの下に逃げ込んだマルチーズ。
助けにきた犬たちにさえ怯えてくんくんと鼻を鳴らして飼い主を呼んでいるのだが、
そんな飼い主、自分の犬がそんな状態でありながら、
なにが起こっているか理解もできず。
あるいは、
まさか自分の犬を助けるために自分自身が噛まれるのは嫌、
と二の足を踏んでいる訳なのか。
そうだとしたら、このマルチーズは一生自分の飼い主を信用することはないだろう。

という訳で、まあこの辺りで十分だろう、とばかりに、
おい、と声をかけてやる。

そこまで。はいはい、ご苦労さん。

そんな自警団の先頭に立っていたブッチとルーシーを呼び戻し、
まだまだやりたりないルーとディーバ、オズワルドとオリーブの頭を撫で、
これを機会にまた大騒ぎをやらかしたい便乗派の糞がきどもはおやつで釣って。

そして、乱暴者のリトリバーも、仲間に入れることは忘れない。

そしてまた全員集合、さあ、ボール投げ始めるか、と。

それいけ!

高く投げ上げたボールに向かって、犬たちがいっせいに走り始める。

誰が勝っても、誰が負けても、
まあ一緒にボールを追っかけているだけで十分じゃないか、と。
犬はそれほどまでに、勝ち負けにこだわっている訳でもないのだ。

という訳で、そうやってドッグランの犬たちと遊ぶうちに、
なんとなくだが、彼らのルールがわかってきた。

必ずしも身体の大きな犬がリーダーとなるわけでもなく、
必ずしも、身体の大きな犬ばかりが威張り腐る訳でもない。
激しく牙を剥き出してボールを取り合ったり、
あるいはレスリングを始めることもあるが、
いくら取っ組み合いをやったとしても、
知っている犬同士は本気で噛み合ったりはしていないのだ。

そしてもうひとつ、
犬は人間よりもフェアだ。

素行の悪い人間を、動物のようだ、と言うが、それでは人間以外の動物にあまりにも失礼だ。

人のものを勝手に独り占めするようなバカは、動物、というよりは、動物以下だ。
それは本能ではない。
ただたんに、躾ができていないだけの話なのだ。
親から躾を学べなかった不幸な半端者は、
しかたがないが、社会の中でそれを学んでもらうしかない。
無法者を懲らしめることも人間としての義務。
無法者をはびこらしておくと自分たちのためにならないからだ。

という訳で、
トランプ・プラザの住人、
つまりはウォールストリートの無法者のかたがたは、
せっかく犬という絶好の先生を得たのだから、
その辺りのことをよく学んで頂きたいものなのだ。

誰かさんの犬ではないが、
仲間はずれぐらいだったらまだいいが、
そのわがままを改めないと、
そのうち酷く噛まれることになる思うのだ。

ハーバードのアニー

Posted by 高見鈴虫 on 25.2012 犬の事情
アッパーウエストサイドというだけあって、
近所に金持ちが多い。
近所に金持ちが多いだけあって、
そのドッグランにも金持ち然とした育ちの良い犬ばかりか、
というと全然そんなことはない。

元某ハーバード大学教授で経済学やらなんやらの教授であったらしいなんとかさん。
普段からドッグランに現れる時には必ず例のHARVERDとでかでかと書かれたトレーナーを着ていらっしゃるわけだが、
この先生、しゃべりだすとまさに止まらない。
話も上手いのでさっそくまわりにギャラリーができあがり、
近年の経済事情の論評から始まって、オバマ政権の批判から、
株価の展望から、と話はつきない。

いやあねえ、私がハーバードで教えていたころには、とやっている後ろで、
彼の飼い犬でもあるアニーちゃん。2歳のオーストラリアン・キャトル・ドッグ。
白い身体にお上品な茶色と黒のソックスを履いて、ピンとたったお耳もいかにもチャーミング、
の筈なのだが、
いやはやこれがまたどうしようもないおてんば娘。
それに加えて大のウンチ喰らい。
ハーバード教授の薀蓄が始まった途端、これ幸いにとすっ飛んで行ったドッグランの端で、
落ちているウンチをこれでもか、とばかりに食い散らしては転げ周り、
子犬のボールを奪い去っては意地汚く独り占め、
強そうな犬が来ると途端に目の前に寝そべっては大また開きで腰をくねらせ、
と始めてはいきり立った犬どもの唸り合いの中で騒ぎまくりじゃれまくりの野放し状態。
他人のバッグに鼻先を突っ込んでは中にある帽子から手袋からおやつからを喰い散らかし、
ついにはフェンスを飛び越えてあちら側の野原でリスを追い掛け回した挙句、
あわや高速道路のフェンスを飛び越えるか、というところでさすがに名前を呼んで呼び戻した。

あのなあ、先生、あんたがどんなに偉い人か知らないけど、
あんたの犬、あんたの後ろでウンコ喰いまくってるぜ、とは言ってみたものの、
まさか、そんなことはない、私はちゃんと見ている、と自信満々。

まあ、あんたがそういうのは勝手だが、あんたがバカなせいで犬が死ぬのはあまりに忍びない、
飼い主がバカなのは犬のせいじゃないからな、と鼻で笑ってやったのだが。

というのも、
どうしたわけか、我が家の犬がこともあろうにこのアニーちゃんに首っ丈な訳である。
まあ確かに、人間の俺から見てもアニーはチャーミングだ。
ウンコ喰いとはいうものの、物腰に気品があふれ、
つまり言うところの美人オーラに満ち満ちている。
アニーの姿を見たとたんにブー君も大ハッスル。
照れながらも恐る恐る後ろから近寄って、
お尻の匂いをくんくんやりながら、ことあるごとに駆け寄ってはしきりにラブコール。
ボール遊びで格好よいところを見せようと、走り回り飛び回り、
ドッグランに転がるボールというボールはすべてかき集めてはアニーの足元にぽとり、
とおいてきたり、と、なんともいじらしい限り。
しかしながら、当のアニーちゃんは大型犬がお好みらしく、
自分と同じぐらいの背格好のブッチはまったく相手にされない訳で。

たまにアニーのお母さん、つまりはミスター・ハーバードの奥さんがミニーを連れてくるときなど、
その馬を射よ、とばかりに、お母さんに対しても大サービス。
ボールにもフリスビーにもまったく興味を示さないアニーちゃんが、
拾い残したボールをせっせと集めて来てはお母様のお手元にどうぞ、とばかり。

やれやれ、とお母様。苦笑いをしながらブッチの頭を撫でて。
ごめんね、うちのアニーはどうもあなたには気がないようで、とさすがにお母様は判ってらっしゃる。

このお母さん、ミスター・ハーバードとは対照的に犬の飼い方には非常に慣れておられて、
つまりアニーちゃんも、お母様と一緒の時には打って変わって優等生のお嬢様。
来いと言われればすっ飛んできて、お座り、お手、とまるでまったく別の犬。

で、思わず、
お宅のアニー、よく下痢しない?と。
そう、するわよ。どうしてかしらと思って餌を換えてみるんだけど、と。胃腸が弱いのかもしれないわね。
口は臭くない?まあねえ、運動から代えるとさすがに臭うこともあるけど、毎日歯は磨いているのよ、と。
とかなんとか言いながら、そんな話を始めた途端に、
しめしめとばかりに足元で拾った枝をガジガジと咬み始めるも、お母様から、こら!と言われて飛び上がる。

で、実はね、と、非常に遺憾ながら、ミスター・ハーバードのことをちくってしまった訳だ。

あらまあ、とお母様。どうりで、と。

で、お母様、その場はさすがに笑顔で別れたものの、
家に帰ってひと悶着ふた悶着あったことは間違いない。
がしかし、そう、俺としては、夫婦仲なんかよりも、やはり犬の生命が一番大切。
多少の夫婦喧嘩はこの際はよい薬だ。

という訳で、その翌日からハーバード教授。トリートを片手にフリスビーの訓練からボール投げからと始めた訳なのだが、
当のアニーちゃん。そんなお父さんの豹変もどこ吹く風。
呼ばれても振り返らないどころからこれ見よがしにウンコを喰い散らかしては逃げ回る始末。
やれやれ、とミスター・ハーバード、言い訳交じりに、いやあねえ、私がハーバードで教えていた頃には、
と繰り返しては失笑を買っている訳で。

いやあ、先生、まったくいい子に育ってますよ。
あんたの教え子たちがウォール街でやっていること、まったくそのものじゃないですか、
とは、さすがに言えなかったが。

マジソンスクエアガーデンでラルク・アンシェルを見た。

Posted by 高見鈴虫 on 26.2012 音楽ねた
マジソンスクエアガーデンでラルク・アンシェルを見た。

またいつもの奴でいきなり大量のタダ券が舞い込んで来た(押し付けられた)わけなのだが、
いや、いらない、いらないから、と断り続けても、
なんだかんだで4枚も押し付けられてしまった訳だが、
日曜の夜に日本のロックバンド?
あんまり気が惹かねえな、という予想通り、
やはり誰もどうしても予定が立たず、
ただただ途方に暮れるばかり。

おまけに当日ひょんなことからかみさんと喧嘩になり、
あたし行かない、と言われてやれやれ。
結局、ひとりで見に行くことになった。

で、そう、
断っておくが、俺はラルク・アンシェルの曲を一曲も知らない。
一曲もだ。
たった一曲も知らないわけだ。

が、

ハイド君は数年前のVAMPS!
あのIRVINE PLAZAの超絶ライブやら、
ROSELANDも見てる訳で、
正直、VAMPSだったら大歓迎。

もしかして、あのSEX!BLOOD! ROCK'N'ROLL!がマディソンスクエアに響き渡るのか!
とそれだけが楽しみで、
日曜の夜に一人でロック・コンサート?とは思いながらも、
着古しのモッズコートのポケットに文庫本を突っ込んで出かけた訳だ。


所詮は犬の事情な訳だ

Posted by 高見鈴虫 on 30.2012 犬の事情
という訳で、
土日であろうが連休であろうが、
朝は6時に起きる訳だ。
なぜかと言えばまあ犬に起こされる訳だ。
6時の目覚ましが鳴ったとたんにベッドの上で飛び起きて、
で、鼻の頭やら開いた口やらをぺろぺろ舐められて、
で、控えめに、ではあるが、
顔の上に手を乗せられたりする訳だ。

通常、室内飼いの犬の手と言えば、猫のようにふにゃふにゃとピンク色で柔らかく、
という訳なのだが、
果たして我が家のバカ犬、散歩に散歩しつくしている関係上、
それはまるで石のように硬い。
おまけにそれは一面ささくれて、まるで鑢のようにざらついている。

その手で、顔を上をざらりざらりと擦られるわけだ。
これはまじで、しゃれにならないぐらいに痛い。
これならまだ鼻の頭を齧られたほうがまし、という訳だ、。

という訳で、額の真ん中にそんな鑢のついた手がぼてりと落とされ、
なあ、朝だぜ、起きようよ、散歩に行こうよ、ぴーぴーぴー、とやられるわけだ。

普通そんなことをされたら、
なにをするんだこのやろうとぶち切れて、パンチの一発でも食らわせそうになるが、
しかし、
ふと目を開けると、目をくりくりさせて俺の寝顔を伺う顔が、
俺の鼻息に首を傾げる様が、俺の寝息をクンクンと嗅ぎまわる仕草が、
もうなににもまして可愛い訳だ。

で、悪い、もうちょっと、もうちょっとだけ寝かせてくれ、
と毛布を被ろう物なら、
おーおー、そっちがその気ならこっちもその気だぜ、
とばかりにベッドの上で一人で運動会を始めるわけだ。

という訳で、さんざん蹴られむしられされた挙句に、
ようやく寝ぼけたままでゆらゆらと散歩に行くわけなのだが、
大抵は裏のドッグランなのだが、
どういうわけか、今日は休みだ、
という日はきまって逆の方向、
つまりはセントラルパークに向かおうとする訳だ。

犬がなぜ今日は休みだ、ということを知っているのか、
は判らないが、
まあ、大抵においてそれは当たっているので、
深くは考えないことにしている訳だ。

で、公園についたらボール投げをする訳だ。
これはもう、公園につく前から、
公園が見えたあたりから、
ボールよこせ、ボールよこせと催促される訳だ。
で、これでもか、というぐらいにボールを投げさせられる訳だ。
足元にボールを落とされた時にはサッカーな訳だ。
これがもう、果てしなく際限なく続くわけだ。
俺としてはもう眠くて眠くてなのでおもわずベンチに座り込んでしまいたいのだが、
そうするといきなり泥だらけの足で膝の上に乗られたり、、
砂と涎でぐしょぐしょのボールを頬っぺたに押し付けられたりする訳だ。

で、もう時間だ、まじでやばいんだ、おい、置いていくぞ、
という段になって初めて、それも渋々帰るわけだ、
で、足洗って手を洗って、身体の砂を落として、
飯食わして水やって、とやっているうちにすでに時間を過ぎている訳だ。
という訳で今日も車を運転しながら髭をそり、運転しながら髪を梳かし、
運転しながら朝飯を食い、がしかし会社に着いたら必ず遅刻な訳だ。

で、仕事はというと、これがまた下らない訳だ。
いてもいなくても誰も困らないタイプの仕事な訳だ。
が、俺がやれば1分もかからないことを、
素人がやると3年経ってもまったく埒の明かないタイプの仕事なので、
どれだけ手を抜いてもまあお払い箱になることはまずないわけだ。
俺がなにをやっているか、誰も知らず知ったとしても理解できない訳だ。
つまりやる気になったときにだけ仕事をすれば良い訳なのだが、
しかし、俺の代わりのスタッフが1日かかる仕事を、
俺はほとんど秒殺でこなせる訳なので、
だから俺が遅刻をしようがぶらぶらタバコばかり吸っていようが、
まあそれはそれでOKな訳だ。
つまりこの仕事において俺は、オーバークォリファイドな訳だ。
やりがいという意味から言えば皆無。
達成感という言葉を聴くだけで笑ってしまうぐらいに下らない仕事だ。
面白いか、と聞かれれば、そう見えるか?と答えてしまうぐらいに仕事の面白さからは縁遠い仕事だ。
がしかし、それはそれで良いのだ。
なぜかと言えばそれは俺が望んだことだからな訳だ。

つい数年前まで、
俺は土日なし祭日なしどころか、昼も夜もないような暮らしをしていた。
出張と現場の永遠の繰り返し。
窓のない部屋で朝から晩まで。
睡眠は主に移動中と会議中にとっていた。
今日の日付と現在の時間をなんど書類に書き込んだとしても、
それが現実の時間の感覚が完全に失せていた。
In09:AM OUT03:00AMと書きながら、
いったいそれがなにを意味するのかまったく判らなくなっていて、
ああ、終わった終わったとビルを出たらいきなり真っ暗、
あるいはいきなり夕日、いきなり朝焼け、
挙句の果てに、いきなり目の前を、祝日のパレードが通りすぎていって、
いったいここはどこなので俺はだれなのだ、とまじめに首をかしげたことも幾たびか。

とそんなことをやっていた俺が、
ふと、犬をアダプトしてしまってから、
もしかして、犬なんか飼ってしまったら、
仕事ができなくなるのではないか、ということについてはなぜか考えが及ばなかった。
犬はすでに飼ってしまったのだ。
仕事ができないのならできないで仕方がない、と思った。
という訳で、
会社にそう言った。
犬を飼ったので、もう出張にはいけない。
残業もできない。休日出社もできない。
どうしてもしかたがないときには5時にいったん家に帰る。
で、9時過ぎに帰ってくる。
それから続きをやって、朝5時にはいったん帰る。
で、9時に帰ってきて・・・

という訳で、さすがにそれでは仕事にならなかった。
しかたがないですね、と俺は言った。
しかたがないですね、犬を飼ったので。

という訳で、
最前線というよりは、敵地のど真ん中に単身でパラシュート降下、
絶体絶命のピンチを命からがら繰り返して冷徹に激烈に任務を遂行し、
奇跡的に生還を果たしたその足で再びパラシュートを背負ってヘリに乗り込む、
という暮らしから、
風にそよぐ稲穂の海を日がな一日眺めながらカラスを見張っているような、
そんな現実に迷い込んでしまった訳だ。

という訳で、こんな暮らしも一年たった。
もう現場復帰は無理だろう、と言われている。
無理なことはない。
俺はいつでも前線に行ける。その準備はいつでもできている。
が、さて行きたいか、と言われれば、いや、もういい、と答えるだろう。
なぜかと言えば、バカバカしくなってしまったからかもしれない。

ああ、そう言えば、去年の今頃はあんなところであんなことをやっていたな、
などと思いながら日々を過ごしていたら、
いきなり神経性胃炎でぶっ倒れて救急病棟に担ぎ込まれた。
10年間、鉄人の名を欲しいままにし、
自分自身も俺の身体は鉄でできていると思っていた俺が、
まさか、と絶句した。
今の客先の人々は、こちらの仕事が辛すぎたのか、と心配してくれた。
昔の同僚は、いままで溜まっていた疲れが出たのだろう、と慰めを言った。
その中には、くそ、いっそのこと死ねばいいのに、と思っている奴が少なからずいることも知っている。
が、しかし、理由は俺自身が一番よく知っている。
極度の緊張状態におかれた日常をあまりにも長い期間過ごしてきたものにとって、
まるで緊張のない日々というのは、逆にとてつもないストレスになるのだ。
それはまさにPSDと同じ症状だ。ああ、現場が俺を呼んでいる、
などというつもりはないが、まあつまるところそういう話だ。

が、しかし、胃に穴を開けたぐらいでは、俺はこの仕事を放棄する訳にはいかない。

俺は6時に起きて犬の散歩、おしっこしてうんちしてボール投げ100回。帰って足洗って身体拭いて飯やって水やって、
で、6時に帰って犬の散歩、おしっこしてうんちしてボール投げ100回。帰って足洗って身体拭いて飯やって水やって、
10時に出て犬の散歩、公園の隅から隅まで走り回ってボール投げてサッカーやってフリスビーやっておいかけっこやってかくれんぼやって、
帰って足洗って身体拭いて水やって歯を磨いて傷を調べて薬をつけて。
で、ようやく寝入ったところを、怖い夢をみただ、隣の部屋に上の部屋に下の部屋に誰か来たみたいだ、
挙句の果てに、喰いすぎた下痢だ、喉が渇いた腹が減った、と起こされて。

これなら現場の修羅場で血の汗ながしていたほうがなんぼか楽だったような気がする訳だ。

つまりだ、俺は人生の苦労をアップグレードしてしまっていたわけなのだ。

と言うわけで、寝不足と筋肉痛と胃痛と腰痛とで身体がぼろぼろな訳だ。
これほど身体がぼろぼろになりながら、なぜ朝6時に起きて100回ボールを投げるか、
といえば、犬を飼ったからな訳だ。

犬を飼うということはそれだけ大変な訳だ。

がしかし、それだけの犠牲を払い、多くのものを諦め、失ってもなお、
なぜ犬を飼い続けようとするのかと言えば、

そんなことは簡単だ。それが犬を飼うということだからだ。

所詮は犬の事情なのだ。
当然ではないか。
それだけで十分。
それだけで十分な訳だ。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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