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オーストラリアンキャトルドッグという犬 その一

Posted by 高見鈴虫 on 01.2012 犬の事情
子犬の時はとにかくやんちゃである。

目に見えるものは片っ端から破壊し尽くす。

物覚えは良いので、トイレのトレーニングもすぐに覚えるが、
粗相を終えたばかりのトイレシートを、そのまま振り回して食いちぎり、
結果部屋中、床も壁も天井までがうんこオシッコまみれという事も起こりうる。

電話が通じないと思えば電話線を齧っていた。
コンピュータが壊れたと思えば電源を齧っていた。
机がグラグラすると思えば机の足を
椅子が転がったと思えば椅子の足を齧っていいた。
やけに部屋が明るいと思えばカーテンを引きちぎり、
戸棚のものは背の届く限り全てを床にぶちまけ、
本棚からは本を、
クローゼットからはジャケットを、
靴箱からはブーツを、
台所からはもう手当たり次第に食い散らかし、
挙句には扉の開け方を覚えてしまい、
物置に侵入して中を完全に倒壊せしめた。

が、ここで心配するべきは、何が壊されたかの被害総額ではない。

まさか変なものを食っていないか、ということに尽きる。

物などいくら壊されても金さえ払えば買い戻すことが出来るが、
この悪魔のような子犬様の命はたった一つ。

というわけで、家中の掃除を徹底し、
食べられて危険なもの、飲み込まれて危険なものは全て掃除し尽くすことになる。

が。それだけではまだ足りない。

オモチャがないと気づいた途端
なんとソファの上で猛然と穴を掘り始めた。
あっという間に部屋中が綿だらけ。
これには流石に空いた口がふさがらなかった。

オーストラリアンキャトルドッグを飼った以上、
全ての物が破壊し尽くされることぐらいは多めに見るべきなのだ。

オーストラリアンキャトルドッグという犬 その二

Posted by 高見鈴虫 on 02.2012 犬の事情
オーストラリアンキャトルドッグ、
子犬の頃はとにかく人懐っこい。

人と見れば誰彼構わず飛びかかってはじゃれついて、
抱き上げたとたんい顔中を舐めまわし、
指をしゃぶり噛み付いて首にしがみつき、
挙句にシャツの間に潜り込もうと暴れはじめ、
堪らず下に下ろそうとすると
また抱きついてと、大変な騒ぎ。

これを散歩中の通行人すべてにしかけてゆく。

結果、近所中の人気者。

街を行けばそこら中から声がかかっての大人気である。

訪問者とあればもう大変
完全にオモチャにされた挙句に、
帰る頃には服はビリビリ靴には穴が空き髪も顔もよだれでべろべろ。
下手をすると帰ろうとしたところを、
ズボンの裾、つまりは踵だが、そこに食らいついて離さず。
つまりは牛の踵=ヒールに噛みつきながら誘導する、ブルーヒーラーの本能そのもの。

で、こらっとやった途端に膝に飛び乗り、
ひっくり返ってはじゃれまくり、
といやはや大変な騒ぎである。

オーストラリアンキャトルドッグのいる家に招かれた時には
ただでは帰れないことは予め覚悟しておいた方がいい。

オーストラリアンキャトルドッグという犬 その三

Posted by 高見鈴虫 on 03.2012 犬の事情
オーストラリアンキャトルドッグの子犬を連れて街に出た途端、
道行く人々の全てが思わず頬を緩めて微笑みかけてくる。

大きな瞳をらんらんと輝かせ、
これでもかと開けた口から赤い舌を躍らせながら、
身体中をくねらせながら飛び跳ねながら、
まさに幸せいっぱい。

そんな子犬がはたと立ち止まってはじっと顔を覗き込む。
熱い視線に見つめられて思わず、
どうしたの?と声をかけたが最後、
いきなり飛びかかって来ては、抱き上げたとたん、
顔中をこれでもかと舐めまくられて嬉しい悲鳴を上げることになる。

何だよお前、本当に可愛いな、と顔を覗き込むと、
クリクリの瞳をこれでもかと輝かせながらキャッキャと笑って見せる。

これは可愛い。
世の中にこれほど可愛いものがあったか、というぐらいに可愛い。

途端に身体中がめろめろ。
これでメロメロにならない方がどうかしている。
そいつはたぶん人間ではない。

早朝出社の仏頂面が、夜勤上がりの疲れ果てた人々が、
見る見る頬をほころばせ、
舗道にしゃがみこんではケラケラと笑い転げる。

生きることが辛くなったらオーストラリアンキャトルドッグの子犬を見ればよい。
この世に生まれた幸せを実感できる。

オーストラリアンキャトルドッグという犬 その四

Posted by 高見鈴虫 on 04.2012 犬の事情
オーストラリアンキャトルドッグを公園に放した途端
それはまさに壊れたピンボール、
あるいはロケット花火。

いきなり目にも見えない速さですっ飛んだかと思えば、
一瞬のうちに目の前を通り過ぎ、
またあっという間に丘の向こうに見えなくなっている。

さすがに慌てて名前を呼べば、
なんとその後ろに10頭20頭の仲間達を引き連れて、
じゃーねーまたね〜と目の前を走り抜ける。

後を追う興奮した犬達の吠え声を嘲笑うかのように
右に左に身をひるがえらせながら縦横無尽に逃げ回り、
いよいよやばい、というところになって、
いきなりピョンとフェンスを飛び越えてしまう。

プロレスをやらせれば手当たり次第、
犬という犬を片っ端からねじ伏せて、
ボール遊びをやらせれば誰にもボールを触らせず、
マラソンに付き合わせれば1時間でも2時間でも平気な顔をして走り続ける。

フリスビーからサッカーからたちどころにマスターして得意満面。
まさに運動神経の塊。元気の塊。エネルギーの塊。

そんなオーストラリアンキャトルドッグ、
一日のお散歩時間、最低でも4時間。

運動好きの飼い主にはまさに宝物。
ぐうたらな飼い主にはまさに正真正銘の悪魔である。

覚悟したほうがいい。

オーストラリアンキャトルドッグという犬 その五

Posted by 高見鈴虫 on 05.2012 犬の事情
まさかと思うが、
どうもオーストラリアンキャトルドッグはどうも人間の言葉が判るらしい。
子犬のころからやけに人の言葉を熱心に聞きるところがあって、
立ち話をする飼い主たちの顔を穴のあくほどじっと見つめては、
首を傾げながらじっと耳をそばだてていた。

どうしたの?
と声を掛けるたびににかっと笑って尻尾を振って見せて、
なんだかとても嬉しそうである。

飼い主同志が喧嘩を始めればとたんに間に入って仲裁を始めるし、
ブー君あのね、話しかければ、ビクターの犬の要領でちょこんとお座り。
小首をちょっと傾げ、
なあに?なあに?とくりくりと瞳を動かしている。

最近になっては愚痴の聞き役もすっかり板についてきて、
散歩の途中、
ふと川辺の土手で夕日を眺めながら、
黄昏た気分になっている時、
ふと隣に座って肩の上に頭を預けて来たり。

いやさあ、俺もいろいろあってね、
なんて苦笑いをすると、
ふと冷たい鼻先をほっぺたにちゅっと、つけて、
目が合うと、にかっと笑ったりもするものだ。

という訳で、ブー君、
いつのまにか、生活におけるほとんど大抵の言葉を聞き分けるようになっていた。

ご飯、お散歩、お出かけ、お買い物、
から始まって、
タオル、新聞、携帯、スリッパ、かばん、
お財布、帽子、手袋、パンツ、靴下、
すべてを完璧き聞き分けるようだ。

おい新聞とって、から、
あれ俺の携帯見なかった?から、
そこの靴下、籠にいれておいて、から、
あれ手袋忘れたからとってきて、から、
そのぐらいのことなら、さも当然とこなしてくれる。

がしかし、
たまにはブー君を置いて外に何か食べに行こうか、
などと言った途端、
ふとするといつのまにか玄関の前に陣取っていて通せんぼ。
一緒に連れていけ、と言い出したとたんテコでも動かない。

やれやれこれでは犬の入れる所にしか食べにいけない。

おまけに最近では出張という言葉を覚えてしまって、
ああそろそろ荷造りを始めなくてはと思った時には
しっかりスーツケースの上にしゃがみ込んで、
邪魔しにかかっている。

これでは犬を連れずにはどこにも行けない。
そんな犬と離れるのがつくづく嫌になる。

オーストラリアンキャトルドッグを飼った以上、
もう片時も離れられなくなる。
それぐらいのことは覚悟しなくてはいけない。

オーストラリアンキャトルドッグという犬 その六

Posted by 高見鈴虫 on 06.2012 犬の事情
そんなオーストラリアンキャトルドッグ、

子犬の頃からとりあえずは元気いっぱい。

元気いっぱいなのはは良いのだが、
元気いっぱいが行き過ぎて、喧嘩が耐えず怪我が耐えず。

ひとのボールを片っ端から掠め取っては得意顔。
自身の2倍も3倍もある大型犬を相手に取っ組み合いは日常茶飯事。

植木に駆け込めばリスを咥えて帰ってくるし、
ちょっと散歩をさぼれば部屋の中で運動会をやって家中が滅茶苦茶。

そんなこんなで正直なところ、
この先どうなることやら、とほとほと手を焼いていたのだが、
三歳をすぎる頃になって、いきなりすっかりと落ち着いていた。

あれまあ、言われた通り、本当に魔が落ちたよう。

なのだが、それにつれて徐々に気難しくもなっていった。

子犬の頃、あれほど人懐っこかった奴が、
今となっては余程良く知った人でなければ滅多に身体に触らせなくなっていた。

あのクリクリの瞳でじっと見つめながら、
頭を撫でようとした人の手をヒョイとかわしてしまう。

あら、どうしたの?
と怪訝な顔をする人々の顔を見上げてにかっと笑う。
で、また頭を撫でようとすると、またするりとかわしてしまう。

なによ、とちょっとむっとする人に、
また性懲りもなく、にかっと笑いかける。
馬鹿にしてるの?
と苦笑いを浮かべた人々を顔をじーっと見つめ、
で、その手の甲にちゅっと軽いキスをしてまたにかっと笑う。

そして俺を振り返り、ちょっとウインクをして見せたりもするものだ。

という訳で基本的には友好的な奴ではあるのだが、
どういう訳か子供と黒人とホームレスと酔っ払いが嫌いで、
すれ違う通行人の顔をいちいちじっと見つめながら、
たまたま気に入らない奴が通りかかるといきなり襲いかかりそうになったりももするから気を置けない。

ドッグランでも相当に親しい犬以外とは滅多に遊ぼうとせず、
大抵は俺の投げるボールを追う事以外に興味を示さない。
たまに不届き者が近寄って来て、口に咥えたボールに鼻先を近づけて来た時など、
強烈な視線で睨みつけて追い払ってしまうか、
あるいは、
メンチ一発に効果がない、と判った途端、
一瞬の早業で急所を一撃、ふとした隙には既に地べたに組み伏せている。
驚いた犬の悲鳴を聞くたびに、ああ、またやった、舌打ちをひとつ。

こらお前、何やってるんだ、と怒鳴った途端に、
ひらりと身体を交わして何事もなかったようにかけ戻って来るのだが、
じっと俺の顔を見つめながら、
でも、あいつが悪いんだぜ、と言わんばかり。

という訳で、このオーストラリアン・キャトルドッグという犬。

確かに扱いに困ることは多い。

そんなこんなで騒ぎが収まったあとにふとため息をついたりなどすると、
ふと、肩に手などかけて、

ねえ、俺は悪くないんだぜ、とまたじっと見つめてくれたりもする訳だ。

判ってるよ、と一言。
で、またちょっと頭を撫でたりもするのだが、
オーストラリアン・キャトルドッグにはそれだけでは足りない。

また肩に手を載せて、ねえ、本当に判ってるの?と念を押してくる。

思わず根負けして目をあわせて、判ってるよ、お前は悪くないよ、
と言ってった途端に顔中を舐め舐め。

このオーストラリアン・キャトルドッグという犬、
なによりも、飼い主との信頼関係こそがすべてなのだ。

彼らの信頼を裏切らない限り、
オーストラリアン・キャトルドッグは決して飼い主を裏切らない。

つまりはそういう犬である。義理堅い、義理堅すぎるのである。

オーストラリアンキャトルドッグという犬 その七

Posted by 高見鈴虫 on 07.2012 犬の事情
オーストラリアン・キャトルドッグ、
勇猛果敢、死ぬほどにタフ、
運動神経も抜群で、ドッグランでも怖いものなし。

の筈なのだが、ここの一つの弱点がある。

子犬の頃からブッチは、
新しいことを経験すると必ず下痢をした。

そのたびにやれ医者だ薬だと大騒ぎしていたのだが、
そうこうするうちにようやくパターンが見えてきて、
ブー君のびっくり下痢、とまで言われるようになっていた。

という訳で、びっくり下痢である。

やれ、
救急車が通った、
工事中にどでかい音がした、
タイムズ・スクエアにお出かけした、
セントラルパークで馬を見た、
雪が降った、枯れ葉が舞った、
大きな犬に吠えられた、
とそのたびに、おおおおっと大騒ぎして大喜びもする訳だが、
その夜になってかならず、ぶーっと下痢をする訳だ。

自転車で初めて遠出した時も、
テニスコートに初めて参上した時も、
アッパーウエストサイドに引っ越してきた晩も、
昼間の大はしゃぎとは裏腹に、
夜になってピーピーと泣き始めて、
公園に着いたとたんにブー。

お前、見かけによらず神経の細いところがあるなあ、
としげしげと顔を見つめながら、
が、いったん出すものを出してしまうと一転して元気百倍、
さあ、競争だ、ボール投げだ、と、
瞬く間に丘の向こうに走り去っている。

という訳でこの下痢。

最近ではさすがにびっくり下痢の機会は減って、
まあ並大抵のことには驚かなくなって来たのだろうが、
それでもやはり胃腸の弱いところがある。

ドッグフードを新しい種類のものにすると必ず下痢をする。
下痢をしないように少しずつ、と気を配っているつもりでも、
それがちょっと入っていただけで、覿面にぶー。

牛肉系に弱いようで、
最高級の牛肉ソーセージから、バフのパテから、
人間様の食べ物よりも数倍高価なものでさえ、
その時ばかりは息つく間もなく平らげる癖に、
翌日なると決まってぶーである。

普段のそのタフネスぶりからは想像がつかないぐらいに、
下痢をした時のその顔の情けなさがしおらしくて
思わず笑ってしまうのだが。

とかなんとか言いながら、
そんな下痢が3日も続くともう大変。

公園にした下痢便をビニール袋に詰めて
獣医さんに一目散。

もしかしてガンじゃないのか、
変なものを食べて腸に傷がついたか、
ほら、見てください、この、この下痢のここのところ、
なんか血が混じっているように見えるでしょ、
ほら、よく見てください、
と実は大騒ぎである。

あのねえ、と獣医さん。

一日に何人の飼い主さんが、
下痢した、大変だ、とここに駆け込んで来ると思います?
と呆れ顔。

そんな飼い主の恐慌ぶりとは裏腹に、
当のブー君、待合室のラブラドールを見つけて、
おい、お前だ、おい、こっちこい、と大はしゃぎで、
ソファの上を跳ねまわっている。

人間も病人は決まって顔色が悪いのと同じで、
犬も病気になると、毛並みの艶が落ちて、
涙目になって、歩く元気もないぐらいなのに、
少なくともおたくのブッチ君、
と名前を言われたとたんに先生にジャンプ!

絶対に大丈夫でしょ、と、苦笑い。

たぶん、またいつもの食べ過ぎ、かなんかで。
しばらくお食事を抜いてみたらどうですか?
そうしたらもうちょっと落ち着きが出るかも・・
と言う先生の白衣の裾をうんうんと引っ張るブッチ。

先生、普段から食い意地の塊のようなこいつが、
飯抜かれたりとかしたら、いったいなにをしでかすか
判ったものじゃない。考えるだけで末恐ろしい。

という訳でブッチ君。
お医者から出た途端にドッグランに直行。
全身泥まみれになるまでボール遊びして、
帰った途端にベッドの上でばたんきゅう。
次に目覚める時までに、こっちも今のうちに休養をとっておくか。

人を上から見下ろす態度

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 技術系
ここまで徹底して現場の苦労が報われない状態に長くいると、
ついつい、

はやいところ
人を上から見下ろす態度を
大人の余裕、なんて言って薄らとぼけられる
立場になって見たいものだ

などと思ってしまう。

窓の外の騒ぎに素知らぬ顔で
下々のものが下々なのは
つまりは下々と下々やっている状態に適応し満足しているからだろう
いやあこう見えても
雲の上は雲に上で大変な苦労があるのだよ
とか言って見たり。


がしかしそれは、
くっそ、現場ばかりに楽しい思いをさせてなるものか、
という、嫉妬なのだ、
ということには、本人も気がつかない。

やれやれ、皆さん、大変そうで。
私はお先に失礼しますよ、
と地下鉄のホームでひとり電車を待つのか。

おい現場、

どうせなら思い切り楽しそうに仕事してやろうぜ。
俺達にできることはそれぐらいなんだからさ。




一般的なドラムの位置づけ

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 音楽ねた
通常シロウトにとって
ドラムは
後ろでドカドカうるさい邪魔なもの
なのだがないとさみしい、程度のそんざいなのだろう


下手なドラムがなぜ下手かといえば
オンにアクセントがはいってないからなのだな。
1・3に、
あるいは
おかずには裏音のカウント
くらいしっかりつけて欲しい。

どこが頭だかさえもほくわからん

コクジンが、バカで臭くて貧乏、なのだとしたら、 チャイニーズはいったいどんな

Posted by 高見鈴虫 on 15.2012 ニューヨーク徒然
ニューヨークの黒人でも、
ちょっとまともな黒人であれば、
コロンぐらい必ず着けている。

下手をすると、もう息がつまりそうなぐらいにムンムンとするぐらいに、
で、これ見よがしにダテめがね、なんてしてみたり。

つまりこれは、
黒人のステレオタイプ、の逆を打とうと努力しているわけだ。

黒人と言えば、臭い、バカだ、貧乏だ、と来るのがまあ普通だが、

臭くないようにこれでもかとコロンをつけて、
バカに見られないようにめがねをかけて、

といって見ればもう必死だ。

これを、媚びている、と取られては困る。

いや、俺は黒人として黒人らしく黒人本来の匂いを振りまくぞ、
とやられたら、まじ、咽るぐらいではすまないぐらいに強烈過ぎる結果を招くことは必至だ。

媚であろうがなんであろうが、黒人が臭くなく、バカでもない、というのはある意味、社会奉仕にもなりうる。

そう、この人種の巣窟、異人種に囲まれながらみんなそれなりに苦労してるんだよね。

という訳で、アジア人だ。

ニューヨークでは、アジア人を、エイジアン、と言う建前だが、
ふつうは、チャイニーズだ。

黒人に、ナイジェリア系もアルジェリア系もないように、黒人はただのコクジン、

であれば、黄色くて目が吊っててちんちくりんであれば、ジャパニーズでもコリアンでもタイもマレーシアも、
すべて括ってチャイニーズとなる訳だ。

で、このチャイニーズと言われる括りの僕たち。

コクジンが、バカで臭くて貧乏、なのだとしたら、
チャイニーズはいったいどんなステレオタイプがついてまわるのか。

で、改めて、思い浮かべるのがガルシア・マルケス大先生のあの一節

恐ろしいほど陰気な顔をした東洋人の一団、というくだり。

そう、東洋人は、まずは陰気臭い。

目が吊っている、やら、ちんちくりんだ、ということはまあ、人種的体系だから変えようにも返られないが、
この「陰気さ」ぐらいは、なんとかしたほうがよいな。

コクジンが臭さにコロンをぶっかけるように、
東洋人もなるべく「陰気」にならないように、なにか積極的に意識して手を打つべきなんだろうな。

デザイナー・ドッグ

Posted by 高見鈴虫 on 21.2012 犬の事情
我が家の犬は雑種である。
雑種。英語で言うと、MIX=混ざり物、ということか。

が、一種差別的な意味合いのあるこの雑種=MIX犬が、
最近ではこれを、デザイナー・ドッグ、と言うのだそうだ。

飼い主が、その目的と好みによって、意図的に雑種を作ってしまうらしい。

有名なところから言えば、ラブラドゥードゥル。
これは、ラブラドルとプードルの混合。

となると、
ボーグル(ボクサー+ビーグル)
ヨーキプー(ヨークシャーテリア+プードル)
シーポン(シーズー+ポメラニアン
パグとビーグルを掛け合わせたパグル、チワワとピンシャーの混血チピン

組み合わせはまさに無限大。

人気種は、血統証付よりも高価、どころか、
それこそとんでもない値段がつくらしい。


と言うわけで我が家の駄犬である。

当然のことながら、こいつは、
当初の目的に応じて作られた訳ではなく、
まあ生まれた時にたまたまそうだった、とうタイプの雑種。
しかもレスキュードッグであるからして、
果たして親が誰か、犬種はなにか、どこから来たのか、誕生日はいつか、一切が不明。

貰い受ける時、登録申請書は、まあだいたいこんな感じ、のまさに印象派。
さすがに歳に関しては獣医さんの見立てがあったものの、
犬種の欄の記入に悩んだレスキューシェルターの係員が、
犬図鑑をめくりながら、うーん、この毛並みはたぶん、ブルーヒーラーだと思うだけどね、
という感じで、「ブルーヒーラー・ミックス」と書かれた訳で、
まあ、レスキュードッグというはたいていがこんな感じ。

後日わかったことによると、
同じ日にちに同じ場所でアダプトされた、
彼の兄弟と思わしきチャンプ君の書類には、
生年月日から犬種からまったく違うことが書いてあったらしく、
飼い主同士、あれまあ、と顔を見合わせて笑ってしまった。

と言うわけで我が家の駄犬であるわけだが、
いまだになんの犬種であるのか、まったくもって不明。

アメリカには、犬の染色体からその犬種を判断する染色体トレーサーの企業があるのだが、
その値段、および、得られた結果の信憑性から言って、なんとなく眉唾物に近い印象がある。

と言うわけで、我が家の駄犬のルーツ探し。

似た風貌の犬を見かけるたびに、おたくの、何の犬?
と聞いているのだが、聞かれたほうも、ええ、うちも判らなくて、なんか判ったら教えてね、
とやっている始末。

ただ、レスキューシェルター係員の見立てどおり、
どうも、ブルーヒーラー=オーストラリアン・キャトルドッグの血が入っているのは確からしい。

確かにオーストラリアンキャトルドッグに見えないこともない。
街でオーストラリアン・キャトルドッグのオーナーに会うたびに、あれまあ兄弟!と必ず声をかけられる。

がしかし、実際に純潔のキャトルドッグと見比べてみると、やはり、うーん、やっぱ違うなあ、とも思う。

本来オーストラリアンキャトルドッグは、ちょっと短足のずんぐりむっくり体系で、
ちょうどジャーマンシェパードを小さくした感じのシルエットなのだが、
どういうわけかうちの駄犬は両足はすらりと伸びすぎていて、
キャトルドッグに比べてかなりスマート。スタイルが良すぎて線が細い感じ。
耳も垂れているし、毛並みもかなり短くてしかも柔らかい。

やっぱ違うなあ、と思わず。

表情やら動作やら、なにからなにまでキャトルドッグである筈が、
やはり本物の中にまじるとどうしても違いばかりが浮き立ってくる。

と言うわけで、あらためて、こいつはなにものなのか。

シルエットとしては、小型のジャーマン・ポインター。
あるいは、かなりでかいジャックラッセル。
がしかし、ジャーマンポインターにしては毛並みが違い過ぎ、
ジャックラッセルにしては尻尾が長すぎる。
やっぱり一番近いのは、と言われると、どうしてもキャトルドッグに落ち着いてしまうわけだ。

まあ確かに、オーストラリアン・キャトルドッグにしたって、
ポインターからシェパードからに加えて、
オーストラリア原産のディンゴという犬種を掛け合わせて作ったそれこそデザイナー・ドッグ。
まあなにかの間違いでそのなかの特徴が飛び出てしまったりもあったりもするのか。

ちなみに彼の兄弟であるところのチャンプ君は、
オーストラリアンキャトルドッグとは似ても似つかず。
シェルターで作成された登録書類にあるラットテリアに似ていないこともないのだが、
うちの駄犬とラットテリアとはまったく似ても似つかず。

がしかし、こうして、兄弟が二匹で並ぶと、まさに兄弟以外の何者でもなく。

なんてことをやっていたら、

先日の朝の散歩の最中、ふと見ると目の前にまさにうちの駄犬の生き写しがひょっこりと立っている。
さっそくオーナーを見つけて、何の犬種?と聞いてみると、
スムース・フォックステリアだと言う。

例の、ビクターのロゴにあった、蓄音機のスピーカーの前で首をかしげている例のあれである。

ただ、スムース・フォックス・テリアは小型犬種であるはずなのだが。

そうそう、実はね、うちの犬は規定外。
純潔種ではあるのは確かなのだが、子供の頃から言われるままに飯を与え過ぎちゃって、
結果、どういうわけだかどんどん大きくなっちゃって、
今では純血種規定の二倍近くになってしまった、とのこと。

ああ、通りで。

と言うわけでさっそくグーグルで、オーストラリアン・キャトルドッグとスムースフォックステリアの雑種を検索してみたのだが、
思わず唖然。まさにこれ!うちの駄犬のそっくりな犬がいくつもいくつも出てくる出てくる。

ほうほう、うちの犬はビクターの首傾げの血が入ってた訳なんだね。

と言うわけで改めてうちの駄犬。

オーストラリアン・キャトルドッグの足をすらっと長くしてスマートに。
耳は垂れ耳に、毛をちょっと短くして滑らかに。
或いは、
ビクター首かしげ犬をもっと大きくして強そうに、
ついでに、青空の下で青く輝くように銀と黒のまだらにしてほしい。
ってな注文を出せば、デザインしてもらえる、ということか。

まあいずれにしろ、どんな偶然か、はたまた神の悪戯か、
この世界にひとつのまさに雑種犬。

考えれば考えるほどに、まさに我が家のために作られたとしか思えない完璧な駄犬であることに間違いはない。

なんてことを言っていたら、

ただね、毛が抜けなければね、と妻がひとこと。
ああ、確かに。あと、散歩の量がもうちょっと少なくても済んだらね。
あと、もうちょっと平和主義で、あんまり喧嘩しないような。

とたんに、ソファに飛び乗った駄犬が不満下に膝の上に飛び乗ってくる。

毛が抜けるからこそこの猫のように滑らかな手触りなんだよ。いつも頬ずりして枕にしてるのは誰だよ、と。
散歩は飼い主の運動不足を少しでも解消してやろうというこっちの気苦労なんだよ。
ドッグランで喧嘩をするのは、情けない飼い主を守るためだろ。

と言うわけで、今日も街で公園で、次から次へと声をかけられる。

どんな犬種?

いや、それが、ともじもじしている間に、写真をパシャパシャ。
いやあ、いい犬だね、完璧なシェイプだ、とまた写真をパシャパシャ。
犬種が判ったら教えてください、私もこんな犬が欲しいんです。
なんてことを言っている傍から、
人間同士の会話に退屈した駄犬が、咥えたボールを手の中に押し付けてくる。
そら投げろ、と走り出すや、ボールを追って一瞬のうちに視界の彼方に消え去っている。


毎朝6時に起きれて、一日4時間散歩ができて、そのたびにテニスボールを100回投げられて、
毎日バケツ一杯の抜け毛の掃除をすることが苦でないのなら、
あなたにとってこの犬は最高のバディとなるでしょう。

思わずやれやれ、と溜息である。

おフランスな柴犬くん

Posted by 高見鈴虫 on 23.2012 犬の事情
近所のフランス人のカップルが、
イチローという名の柴犬を飼っている。
イチローというだけあって、
小股の切れ上がった美しい犬である。
がしかし、このイチロー、
飼い主がフランス人ということもあって、
当然のことながらフランス語を話す。

まあフランス語を話す、と言っても、
犬が言葉をしゃべる訳ではないので、
正確には解する、ということなのだが、
とりあえずのところ、
飼い主の発した言葉、
こちらではまったく意味不明のごもごもした耳障りのすさまじく格好よい言葉に、
ささ、っと反応を示すわけだ。

という訳でこのおフランスな柴犬くん。

ふとすると見慣れたその風貌から、
思わず日本語で話しかけたとしても、
やはり首をかしげるばかりでうんともすんとも言わない。

切れ長の瞳にくるりとまるまった尻尾をもつこの柴犬。
その毅然とした物腰と相まって、
フランス語の判る柴犬はフランス語が実に似合っている。

おフランスな柴犬くんは、
それだけでもちょっと偉そうである。

2と4分の一

Posted by 高見鈴虫 on 24.2012 犬の事情
俺とあいつとそして真ん中に割り込むこいつ。
2とそして四分の一

犬世界のミックスカルチャー

Posted by 高見鈴虫 on 24.2012 犬の事情
我が家の駄犬、血統からいうとオーストラリアン・キャトル・ドッグ。
原産的にはオーストラリアの犬、である訳なのだが、
当然のことながら生活のほとんどは日本語圏である。

いちおう幼少の頃に通ったパピークラスでは
英語で教育を受けているので、
座れ、やら、来い、やらのベイシックな単語は
英語でやられても不自由はしないのだが、
普段は始終日本語での会話につき合わされている関係上、
母国語はやはり日本語ということになるのだろう。

お座り、から、お手、からに始まって、
ちょうだい、から、駄目、から、
ちょっとそれ持ってきて、から、おい、そこどこけよ、やら、
あ、てめえ、なにすんだよ、 から、腹減ったな、なんか食おうか、からと、
と、暮らしの中の会話はやはりほとんどが日本語。

と言うわけで、
近所では、あの犬はなんと日本語を話す、
というだけで、へえ、それは凄い、と変に関心されたりしている。

犬の世界、そういわれてみるとつくづくミックスカルチャーである。

オーストラリアでは犬と言えばキャトルドッグなのだそうだ

Posted by 高見鈴虫 on 26.2012 犬の事情   0 comments   0 trackback
そう言えば最近、ここニューヨークでも、柴犬、の姿をよく見かける。

ちょっと前まで、柴犬を見かけるたびに、
おっ!シバケンじゃねえか。なつかしいな、と思っていたのだが、
最近ではもう、至る所で柴犬の姿を見かけるようになった。

ご存知なように、日本は柴犬の国である。

犬と言えば柴犬、というぐらいに、柴犬だけはどこに行ってもいる。

あのキリッとした切れ長の瞳と、
いかにも小股の切れ上がった、という感じに、
クリクリと巻き上がった尻尾。

事あるごとにキャンキャンと吠え立てるのが球に傷だが、
まあ、そう、犬ってそんなもんだ、と思っていたであろう。

つまり、日本人にとって、犬とはまさに柴犬。
まさに国犬、というよりは、国民犬、という感じではなかったか、
と思う。

そう言った意味で、ここアメリカでは、断然にゴールデン・リトリバーである。
このゴルディの姿はどこにでも見つかる。
その愛らしい巨体と、温厚な性格から、まさにファミリー・ドッグの筆頭。
下手を一家に一頭はこのゴルディがいて、
すっかり家族の仲間入りを果たしていたりする。

ゴルディを表の顔とすれば、裏の顔はまさに、ピットブル。
つまりは、アメリカン・ピットブル・テリアである。

ドッグランに行けば、このピットブルの姿が必ず目に入る。
どこにでもいる、というよりは、シェルターの檻がまさにピットブルだけで一杯なのである。

その攻撃性と凶暴さばかりが取りだたされるピットブルであるが、
普通な意味ではとても愛らしい犬である。
人懐っこく甘えん坊で、育て方さえ間違えなければ、
とてもとても良い犬な筈、なのだ。

ただ、そのあまりにもどこにでもいる感覚過ぎから逆に価値が暴落し、
気楽に子犬を買って気楽に捨てて、と使い捨てにされる代名詞になっていたりする訳だ。

という訳でドッグラン仲間との犬談義の中で、

へえ、日本ではやっぱり柴犬が多いんだね。
そうそう、ニューヨークではどこに行ってもピットブルばかり、っていうのと同じように、
日本ではどこに行っても柴犬がキャンキャンやってるよ。

なんて話をしていたところ、

オーストラリアではね、ほんとどこに行っても キャトルドッグばかり。
どこの家に行っても必ずキャトルドッグが飛び出してきて、
そのびっくりしたようなどんぐり目でギャンギャンやってたよ、との話。

国民犬が、キャトルドッグ?

隣りでボールを咥えたブーを思わず見つめてしまう。

オーストラリアにはお前見たいのが沢山居るわけか。

へえ、と一同、顔を見合わせて、

そしてなんとなくケラケラと笑い出してしまった。

オーストラリアでは、つまりはこのキャトルドッグが
典型的な犬の代名詞、
つまり、
犬とはこういうもの、と定義されているわけなんだね。

つくづく面白い、というか、オーストラリアらしいな、と思ってしまった。

犬たちに日本語で話しかけていたら

Posted by 高見鈴虫 on 26.2012 犬の事情
普段からトレーニングを頼まれている猛犬サリーやら知障ブルドッグのジョージやら、
レミーマギーも含めて、いつしか、お座り、やら、おいで、やら、はいどうぞ、やら、よしよし、よくやった!
と、思わず日本語で話しかけていたのだが、
そうこうするうちに飼い主連中から、私たちにも日本語を教えてくれないか、
との頼まれることになった。
どういうわけか、英語で言っても犬に理解してもらえないようで、というのがその理由。
確かに俺が SIT! YES! No! SHAKE HAND! どれひとつとってもぜんぜんうまく伝わらない。
で、お座り!とやると、並んだ犬どもが綺麗に並んでぺたんとお尻をつける。
猛犬どもがちょっとは聞き分けが良くなったのはいいのだが、
日本語しか判らない、となるとこれはちょっとことである。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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