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このところ顔つきが変わったな、とよく言われる

Posted by 高見鈴虫 on 02.2012 ニューヨーク徒然
情けない話ながら、
このところ顔つきが変わったな、とよく言われている。

普段から自分の顔などほとんど注意して見ることがない事情から、
そんなことを言われてもピンと来ないのだが、
言われて見ればそうかな、と思わないでもない。

俺が生活の中で唯一自身の顔を見るとき、というと、
それはすでに会社のトイレで手を洗う時だけに限られてしまう訳だが、
ふと鏡を見ると、笑っている自分がそこにいる。

先日久しぶりに会った若い奴からも
ほんと丸くなりましたよね~。
現場変わったからっすか?
なんかちょっとうらやましな、とかなんとか。

しかしながら、だ、
ご存知のように、
少なくともこの目の前のこの現実において、
人にうらやまれることなど何一つとしてないのは、
自他共に明らか。
しかしながらこんな事態においてさえ、
にたにた笑って過ごしているこの俺とは、いったい何者なのか。

ふと考えるに、やはり犬のせいかな、と思ってみる。

確かに、犬を飼ってからというもの、
自分が心底愛するものに、
自分自身が心底愛されまくっているというこの究極の両想い感に、
日夜包まれ、浸りきって暮らしているわけで、
そういえばこんな感覚、いままでの人生では味わったことがなかったな、
と改めて気づかされる。

確かに、犬を飼ってからというもの、
多少、どころか、ほとんど思い切り、
それこそERに担ぎ込まれた、なんて時でさえ、
腕に刺さった点滴をみつめながら、
やばいな、こんなものぶら下げられちまっては犬の散歩に行けないぜ、
いい加減、ぶっちぎって裏口からばっくれてやるか、
などと、そんな悠長なことを考えていたのだ。

確かに、犬の写真を壁紙に設定してから、
トラブルの最中、血走った目でモニターを睨みながら、
ふと閉じたページの向こうから、いきなり大口を開けてガハハ笑いをする
我が家の犬の写真などを見ると、
修羅場の途中でありながら、おもわず、にたー、と笑ってしまったりもするものだ。

と言うわけで、
我ながら、この事態、つまり、笑っている俺、なんてものを見るたびに、
思わず、え!?としてしまう訳なのだが、
そんな自分の笑顔を見るたびに、思わず犬の顔を思いだして、
膝の上に、あるはずのその頭を、思わず、
撫で撫で、なんて真似をしてしまったりもする。

賭けてもいいが、これまでの人生で、
どんな女にだって、どんなダチにだって、
俺はそんな感情を抱いたことは一度足りともなかった。
そもそも、可愛いものが好き、なんて感情は、
普通の男はあまり持ち合わせていないはずだろう、と。

それが、それが、だ。

いやはや、この俺がねえ、と思わず自分自身につぶやいてしまう。

やれやれ、あいつらがこんな俺をみたら、
いったいなんだって言いやがるんだろうな、と思わず苦笑い。
バツが悪いってのはこういう感情をいうんだろうな。

大丈夫、ガキども、心配すんなって。
俺はなにひとつ変わっちゃいねえって。
だから、早いところ、でかいギグのひとつふたつ、もってこいや、
なんて憎まれ口を叩きながら、
実はここだけの話、ちょっとね、実はね、
そう、犬と過ごす時間の甘さがあまりに心地よいもので、
ってのは言い訳だが、
まじっこ、ついつい、そう、ついつい、と言いながらここ1ヶ月2ヶ月3ヶ月、
俺はぜんぜん、まったく、なんの、練習していなかったりするわけだ。

大丈夫。
マイルスじゃないが、
演りたい、と思うまでは演らなくてもいいんだ。
心配するなって、演りたい、と思ったときにはまたすぐに戻ってくるさ、と。

そうそう、その通り、だからちょっとね、息抜き中、とは言いながら、
やはり心のそこでは焦りまくっているわけだな。

あのなあ、おっさん、そんな暢気な面して、
VBAなんか書いてる場合かよ。

テニスからもギグからも、どころか、練習からも遠ざかって、
お前はただの犬の散歩のおじさん、それだけじゃねえか。

あっそうか、そういうわけか。

俺はここのところ、
テニスとギグと現場の修羅場、
つまりはこれまでの半生を支えていたすべて、
つまりは緊張を要する事態、という奴から、
徹底的に遠ざかっているわけなのだな。

なんだ、つまりは、そう、それだけ、という訳か。

という訳で、ごめん。言い換えるべえ。

最近顔つきが変わったのは、

テニスからもギグからも現場の修羅場からも遠ざかり過ぎた、
怠けまくったその結果、という訳なんだよ。

なんだ、と思わず。

本当に人間が丸くなれたのか、と思ってもいたのだが、
そう、丸くなるのは養老院にはいってからでも間に合うだろう。

プーラン・デーヴィーと内村航平

Posted by 高見鈴虫 on 02.2012 ニューヨーク徒然
残業あけの疲れきった身体を引きずりながら、
帰り道に立ち寄った煙草屋で、
金を払おうとした矢先、
レジのインド人のおっさん、
ものも言わずにじいいいいいっと俺の顔を穴の開くほど見つめた挙句、
おい、あんた、ITか?とひとこと。
あ?なんだって?
だから、あんた、ITの人か?コンピュータの。
まあ、そういわれてみればそうだが、
と言ったとたんいインド人のおっさんが大喜び。
普段から愛想笑いのひとつもしないこの親父が、
いきなりレジから走り出てきて俺の腕を掴むや、
こっちこいこっちこい、とレジの内側。
これ、ほら、このレジのコンピュータ、
POSが入ってるんだが、
この調子、と見せられた画面には見事な青画面。

で?と俺。
直せ、と親父。おまえITだろ?直せ、と。

あのな、俺、ITって言ってもPCの修理なんてしてねえし、
残業明けで超疲れていて、腹ペコだし、で、帰ってオリンピックが、
といっているそばからコーラか?ビールか?と並べ初めてはシュポシュポと栓を抜き始める。
全部飲め、気にするな、だから直せ、と。

と言う訳で、思い切り嫌々ながら、暮れなずむ交差点に落ちた夕闇が信号の明かりに吸い込まれるまで、
角の煙草屋で10分、15分。

この徹底的に糞古いPC。
中身はなんとWINDOWS2000。
そういやあ昔そんなものも見た覚えがあるな、と思いながら、
どうでもいいけどこのPC、
立ち上げなおすたびにしこたまこれでもか、と時間を食うわけで。
そのたびに、
あのなあ、俺、ほんと、まじでこんなことやっている場合じゃねえんだけど、と思いながら、
初めてしまった以上は途中でやめるわけにもいかず。

と言う訳で、並べなられたコーラもビールも一通り空になった頃には、
ようやくブルースクリーンの向こうからWINDOWSの文字が立ち上がって、
インド人もびっくり大喜び。

さあ、御代はいくら、と言ってやろうか、などと胸算用をしていた矢先、
閉店、の札が下がっている筈のドアがチャリンとなって、
ふらりと入ってきた女、と見るや、
なんと思わず口があんぐり、としてしまうぐらいの、超の上に超のつくようなスレンダー美人。

波打つ長い黒髪。アーモンド形の大きな瞳。濡れるような長い睫。ちょっと大きめの赤い唇と、
なによりもその見事な長い脚。

いやあ、この辺りでこんな美人はまったく珍しい、と思わず見とれていたところ、
いきなりその魅惑の美女、棚のドリートスを掴むやいきなりパンと袋を破いて、手づかみでバリバリと食べ始めた。

なんだこいつは、と親父を振り返るが、親父は立ち上がったばかりのPCに見とれるばかりでなにも気づいていない。

いやあ、このひと、大胆だな、やくざの情婦とか、そんな感じか、と思いながら、
大胆不敵に奥の冷蔵庫の扉を開けてビールの大缶をプシュと開けるや、
零れた泡が床に落ちるのも気にすることもなく、グビグビと喉を震わせて一気飲み。
ぷっは~、うまい!と一言。
ふとPCから目を上げたインド人の親父、そんな女をチラリと見るや、
眉間にシワを寄せて首を振り、そして再びPCの画面に。
ん?なんで?
と首をかしげる俺に、ハロー、と一言。
で、そのままレジの中に入ってくるや、
ちょっとごめんえ、という感じで俺の脇に擦り寄って来て、
で、親父の目の間で、いきなりレジを中のお札を鷲づかみ。

すわ、美人強盗か、と狼狽える俺におやじがにやり。

え~?まさか!
娘?
この人が?
あんたの?

ありえねえ~!と思わず大絶叫。

ねえ、そうでしょ?ありえないわよねえ。
バカ言え、そっくりじゃねえか、と親父。
どこが?
どこもかしこもだ。お前は若い頃の俺にそっくりだ。
まさか!?
ね!?どうでしょ?まさかよねえ。
ふん、調子に乗りやがって、と親父。ちょっとは自分の将来を真面目に考えたらどうだ。
いいのよ、私はおとさんの娘だもの。ここでこうして一日中年がら年中、レジを打ちながら一生を暮らすのよ。
譲らねえぞ、この店は俺の店だ。俺が俺の名義で金を借りて俺の名義で立てたんだ。渡すものか。
ね、変な人でしょ?いい加減、バイトかなにか雇って隠居すればって言ってるに。誰にも任せようとしないの。
誰が任せられるか。バイトなんて誰も信用出来ない。

とかんとか、言いながら、インド人の親父、そんな娘を前に鼻の下が伸びっぱなし。
で、俺、そんな会話のピンポンを聞きながら、その醜美の落差の凄まじさに思わず唖然呆然。

という訳で、なんとなくそのままビールを飲み始めてしまって、
あ、そういえば、という訳でNBCのオリンピック。
おっと、内村やっとるやんけ、と思わず釘付け。
なになに、このオカマ。
オカマでもなんでも、こいつが日本のホープ。
体操なんてやってるのはみんなオカマよ。
日本人はみんなオカマみたいなんだよ。
と言いながら、
いざ内村のフィニッシュが決まったときには、思わず3人で大騒ぎ。思わず踊りだしてしまった、と。

という訳で、
PC修理の代金は、ビール飲み放題とチップス食い放題、
煙草4箱とライターとガムとめまいがするぐらいに甘い菓子パンに3年前から売れ残っているようなしなびたサンドイッチ。
つまり店にあるもの目についたもの手当たり次第。
これはなんか、ちょっと万引き気分。

ね!?店にあるものそのまま食べるのってなんか気持ちいいでしょ?
とインド美人のアンジェちゃん。

なんか、バンディードスって感じしない?
プーラン・デーヴィー!
そうそう、くっくっく、と笑う。

という訳で、いい加減夜も更けた角の煙草屋、
別れ際にもちろん、
そのプーラン・デーヴィーの携帯、じゃなかった、実はそのおやじ、の携帯の番号をGETさせられた、
という結果に終わった。

いやはや変な夜だった。

「おまんこ」にまつわる話 そのいち ~ 「おまんこ」と「ヴァジャイナ」

Posted by 高見鈴虫 on 03.2012 旅の言葉
アメリカに着いてすぐの頃、友達になったばかりのアレックスから
なあ、日本語でいっちばん汚ねえ言葉はなんて言うんだよ、
というので、
それはもちろん「おまんこ」に決まってるじゃねえか、と教えてやった。

「おまんこ」か、おまんこ、おまんこ、おまんこ、O-MA-NN-KOO 

と神妙な顔をして口のなかで繰り返している。

どうも まん の ま が上手く行かず、どうしても んま、と言う感じに唇に溜めてしまう。

だから、そうじゃねえよ、もっと普通に、おーまーんーこー、と、いやそうじゃなくて、なんでこんな簡単なことができねえのかな、といい加減苛々。

で、俺も合わせて、おまんこ、おるんまんこっ おほまはぬこほ んおんまんんこん と繰り返しているうちに
なにがなんだかわからなくなってきて思わずケラケラを笑い出してしまう。

あのよお、どこの世界にたかが おまんこ ごときにこれだけの苦労をする奴がいるものか、

というがアレックスは真剣そのもの。

おんま おんま おま おんま んこ んこ んこ おまんこ おーまーんーこおお、
くそ FUCK できねえよ、ASSHOLE おまんこ FUCK

と自分の頬っぺたにパンチをくれては悔しがっていたのだが、

フリーウエイのエグジットを降りてようやくダウンタウンのループに差し掛かった頃になって、
いきなり、おっまんこ、と一声。

おっと、できたじゃねえか。もう一回やってみろよ。おっまんこ、だからそのおかしなオンミョウをやめろって、

おまんこ、オマンコ おまんこ オマンコ おお、できたできた、いい感じじゃねえの、

OK、合格! と言ったとたん、

いきなり開けた窓から身を乗り出して、

おーまーんーこぉぉぉ! とやってみたものだ。

これにはさすがに驚いたが、当然のことながらここアメリカでは、
いくら、おまんこ、と連呼したところで誰に気にされる訳でもない。
下手をすると、満面の笑みを浮かべて、はーい、おまんこー、とやり返される始末。

調子に乗ったアレックス、道行く人にいちいち、
へい! おまんこ~! HOW ARE YOU!?
と呼びかけては、
OMANKO! GOOD OMANKO HEY SAY IT! OMANKO MEN!
と大はしゃぎ。

あのなあ、選挙演説じゃねえんだから、と苦笑いをしていると、

こともあろうにいきなり、うっぷす、これはまさしく日本人だろ、という、
見るからにこれ以上なく萎びきった陰気臭いというより黴臭いダークスーツゆらゆら軍団に向けて、

おまんこー、どっもー、おまんこー、でーす、とやりやがった。

これにはさすがにぶっ飛びを通り越して全身硬直。
やべえ、顔見られなかったかな、ああでもこの車だ、見られたら一発でもろばれだ。くっそぉ頭いてえ。

で、お前、ちょっといい加減、そのおまんこおまんこやめんかい、と言ってみたのだが、
どこ吹く風のアレックス。やめろと言えば言うほどますますギアアップして、
おまんこ おまんこ と繰り返している。
挙句に、カーステFMの歌に合わせ、FUCKの代わりに、名詞の前には必ず おまんこ をつけ、早口言葉のように歌い始める。

あ、でも、それは違うな。
なにがだよ。わっだおまんこ!?
だから、このおまんこは、FUCK の代わりにはならねえよ。
FUCKには、くそ ってのがしっくり来るような。
んだよその、クッソッ、ってのは。わっだ・ふぁっきん・くっそ、
そうそう、そんな感じで、SHITに似ているが、割とFUCKと似たように使えるんだよ。

って感じで、わっだくっそふぁっくあすほーる、って訳だ、と説明しながら、
糞だ、まんこだ、けつの穴だ、とだんだん汚さもリアル感が充実して来る。

で、なんだよ、あのさっきの、おまんこ、ってのは、というから、
だから、おまんこ、だよ、と握りこぶしの中から親指を突き出す例のポーズ。
つまり、おんなのあそこのこと。

ああ、プッシーのことか、とアレックス。
いや、プッシーってのとはちょっと違うよな。ニュアンスが。
カントのことか、CUNT C-U-N-T。
いや、カントってのとも違うような気がするがな。

で、どういう使い方をするんだ?
だから使わねえって。決して口にしてはいけない危険な言葉なんだよ、おまんこってのは。

ほうほう、そういうことか、と頷きながら、

いきなり隣りを走る車に向かって おまんこ! んだ?この野郎! うるせえ、このFUCKINおまんこ!すっこんでろ、とだんだんおまんこの使い方も悦に入ってきた。

で、そうそう、おまんこ、なんと言ったらいいか、そうだな、といろいろ考えた挙句、

ちょっと堅苦しいが、ヴァジャイナ、でどうだろう。

え!?なんだって!?

ヴァジャイナ、と言ったとたんに、いきなり凍りついて耳まで赤くしたアレックス。
ばか、おまえ、大きな声で言うなよ、誰かに聞かれたらどうすんだよ、と。

いや、やめねえ、次は俺の番だ、と、

バジャイナ、バージャイナ、VA VE VA VE ヴァ、ヴァ、ッヴァ、ヴァジャイナ こんな感じか?

馬鹿やろう、知るか、と言った切りむっつりと黙り込んだアレックス。

という訳でさっきまで復讐というわけで、ヴァッヴァッヴぁヴぁっヴぁじゃじゃいないないな、とやってやったわけでだが、
だから、やめろって、やめろって、とうつむくばかり。聞かねえ、聞こえねえ、と耳を塞いでしまう。

だろ?でも俺はぜんぜんOKなんだよ。日本人だからな。ヴァジャイナがなにか知らねえし、知ったことじゃねえし。

という訳で、
そら、とばかりに窓を開けて、ヴァジャイナー!! と一発。

あああ、ばか、おまえ、やめろ、やめろ、とアレックスのウロタエかたがあまりにもおかしくて、

羽交い絞めにされながらも、
ヴァジャイナー、へーい、ゆー、ヴァジャイナー。サックマイディック、ヴァジャイナー、ジュシープッシー。

思わずぱにくったアレックス、運転中の俺にいきなり襲い掛かってきて羽交い絞め。
だからやめろって、と口を押さえられ首を絞められ、

うるせえ、へい、ゆー、ヴァジャイナー、ファックユー、プッシープッシー、馬鹿やろう放せ!

とやってるそばから車は歩道に乗り上げながら赤信号の交差点に突入してゴミ箱を跳ね飛ばし。

挙句に、馬鹿やろう、俺降りるぜ、とドアを叩きつけて、おまんこ!と一声。

んだ、このやろう、てめえのやったことと同じじゃねえか、ヴァジャイナ!

という訳で帰り道、唇の端で、ヴァジャイナ、と一言。
うーん、ぜんぜんなんにも感じねえな。

そのうち、これが、このヴァジャイナ、という言葉を口にしただけで
思わず顔を真っ赤にして凍りつくようになって初めてアメリカというものが判るような気がするんだよな、と。

ヴァジャイナ、おまんこ、まさに文化の秘部だな。

嵐の中のベスト・バディ

Posted by 高見鈴虫 on 06.2012 ニューヨーク徒然
ハドソン河を隔てた、
ニュージャージーの地平線の向こうから、
稲妻を包こんだ黒雲の塊が、
刻一刻とニューヨークに近づいて来る。

緑の芝の真ん中で、
隣りに座った犬の背中を撫でながら、
おお光った!見たか?凄いな、とはしゃいだ顔を見合わせる。
濡れてもいいからもうちょっと見ていこうか?
と、うっし、握手をひとつ。

これをベスト・バディと言わずしてなんと言おう。
YEAH!

アッパーウエストサイドの友人たち

Posted by 高見鈴虫 on 06.2012 ニューヨーク徒然
夜更けのドッグランでいつものように、
超猛犬サリーの飼い主であるジェニーと犬にボールを投げながら、
そう言えば仕事の面接なんだよ、
という話をしていた。

給料上がるかな、
とふと呟いやいたところ、
大丈夫よ、いまよりも下がることはないだろうから、
という答え。

なんだよ、失礼な。俺の給料なんて知りもしないで、
と苦笑いをすると、
判るわよ、それぐらいは、
とその答えがまさにドンピシャ。

なんでまた、と思わず狼狽える俺を見て、
なんでって、あんた、私はユダヤ人なんだよ。
ユダヤ人っていうのは、年がら年中、隣りの人の給料を探りながら生きているような人種なんだから、
と大して面白くも無さそうに。

という訳で、まああんまりじたばたしないことよ。
どんな見栄を張ったところで、いずれはバレてしまうんだから、
どんなに隠そうとしたって判る人にはしっかりとバレているもの。
だからね、ただどっしり構えていればいいのよ。
そういうものかな。ハッタリきかせてナンボなんじゃないの?
そんなはったりすぐにバレるわよ。だって彼らはそれが仕事なんだから。人の給料を査定して生きている訳なんだからね。
いろんな職種があるものだ。
そう、あんたがITのプロであるように、面接官は人の嘘を見抜くのが仕事。
やれやれ、おまわりと紙一重か。
警察官なんかよりもシビアよ。なんてったってお金を扱っている訳なんだから。でもね、警察官と違うところは、嘘がつけるというのも能力だって考えている人もいるってことだけど。
はいはい。
最初の給料は安くても、来年はきっと私がもっと価値のある人間だと判って頂けるようにがんばりますってところでいいんじゃないの?
了解。
だからね、やってきた仕事、そしてこれからやろうとしている仕事についてだけは、しっかりと真面目に答える。判らなければ判るまで質問する。なによりそれが一番大切なのよ。
仕事のことだったら大丈夫。うそつく必要もないしね。
はい、それで正解。大丈夫。面接官が観ているのはね、この人が自分の仕事に自信を持っているかってこと。与えた仕事を自信も持ってこなしてくれるか、それが一番大切なことよ。
なんか元気が出てきたよ。
でしょ?給料がいくらであろうが、自分の仕事に自信を持つこと。人間が幸せに暮すためにはそれが一番大切なこと。
幸せになりたいね。
もちろんよ。だから自信の持てる仕事をしないさいな。
ありがとう。なんだかとても感謝したい気分だよ。
どういたしまして。じゃね、また明日。
はいはい、また明日。

年齢や収入や性別や外見や、その接点がなんであるか、に関わらず、
やっぱり友達というのは良いものだな、と思ったが、
ここアッパーウエストサイドの友人たち。
どうにもこうにも海千山千揃いのようだ。

「おまんこ」にまつわる話 そのに ~ グーグルで自分の名前を検索してみたら、いきなり「おまんこ」の文字が躍っていた

Posted by 高見鈴虫 on 06.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
昔、WEBがまだまだ便所の落書きに過ぎなかったころ、
便所の落書き程度の気軽さで書き始めたWEBページ。

で、ここに来てふと、グーグルで自分の名前などを検索かけたとたん、
いきなり「おまんこ」の文字がでかでかと躍り出たのには驚いた。

おいおい、いきなりなんだよ、なんでよりによってこんな言葉が!

と思えども、悲しいかないまさらそれを消し去ることはすでにできない訳で、
と同時に、
待てよ、ということは、だ、
俺の気づかぬ間に、
これまで何人の人間が、おもしろ半分に俺の名前で検索をかけて、
いきなり躍り出たこの「おまんこ」の文字に大爆笑をこいたか、大顰蹙を買ったことか。

一度声に出した言葉はもう取り返すことができないように、
一度WEBに書き込んだ言葉はもう消し去ることができない。

それが例え、5年前10年前であっても、
時空の波を飛び越えてその過去はいきなりのカウンターパンチを食らわしてくる。

あのなあ、5年前10年前にちょっと口を滑らせた言葉を、
いまだにネチネチと繰り返すってのは、偏執狂以外の何者でもないではないか。

オバマさんではないが、
学生時代は誰だってマリファナの一本ぐらいはフカしてみるだろうし、
大阪市長の橋下さんではないが、
人間なにも坊主のように生きていた訳ではない、生きなくてはいけないという道理もない。
生身の人間が生きていれば、誰だってそうそうと仕事の面接のように、
しゃあしゃあと綺麗事ばかりを並べ立てて生きている訳ではないだろう。

がしかし、21世紀のこの現代、
すでにインターネットは匿名であることも、裏側であることも、やめ、
遥か昔の疲れきった夜に、ほっと一息ついた溜息やら舌打ちさえも、
検索一発でいきなり昼の日中に白日の元にさらけ出されてしまうこのご時世。

と言う訳で、
いつしか、10年前の便所の落書きが署名入りで世界を駆けまわった挙句、
いまここに、仕事先でも同僚にも下手をすると取引先から面接やら検査官の目にまで晒されてしまっている
という訳だ。

という訳で、WEBさん、悪かった。
あんたをたかが便所の落書き扱いをして、
便所の落書きらしく、おまんこ、と書きなぐった俺を許してくれ、
と言っても後の祭りかグーグルさん。

かくなる上は、ニューアークの怪しい一角で、
ニセの免許証とニセのパスポートでもGETして、
明日からは、ルイス・ハビエル・ゴンザレスさん、としての一生を生き始めるしか過去から逃げ出す方法はないのか。

なんかつくづく面倒くさい時代になったものだな。

まあインターネットで世界が便利になったのは認めるが、
便所の落書きは便所の落書きとしてそっとしておいて欲しかったというのも正直なところ。

だが、まあ今さら逃げ隠れしてもしかたがないからな、
そう、好きしてくれよ、とケツをまくる以外になにができる?なにをして欲しい?

天命としてドッグトレーナー養成所を作らねばならない

Posted by 高見鈴虫 on 07.2012 犬の事情
真面目な話、
もしももしも、大金持ちになれたとしたら、
そんな可能性もう微塵もねえなあとは思いながら、

もしかしたら、
そう、云年前に吹き込んだあの曲が、
ひょんなことからコマソンに使われて大ブレイク、
なんことがあったりしたら、
やりたいことがある。やらねばいけないことがある。

それは、と言えば、
ひとえに、ドッグトレーナー養成所な訳だ。

いまこうしている今も、世界中で罪のない犬たち猫たちの殺処分が続いている。

殺処分にされる犬のほとんどが、
パピーミルで売れ残ったのか、
あるいは、
やはりなんらかの理由で飼い主と相容れなくなり、
そして放り出されたまま檻の中でその儚い一生を終えようとしている俗に言うレスキュードッグ、という訳だ。

ひとつの命をこうも簡単に奪ってしまうこと、
これは考えるまでもなく、あまりにも理不尽だ。

この世には神も仏もないのか、と思うが、この世には神も仏もいなからこそ、
すべての犬は天国に行ける、なんて言葉でごまかしているんだろう。

俺は、イルカ保護団体が何故にあれほどに過激化する必要があるのか、
とさっぱり意味が判らなかったが、
その対象が犬であったのであれば、その気持はすぐに判る。

この年になってすっかり仏の面にも慣れ親しんだつもりだが、
それが犬であったりするとまったく話は別だ。

俺は犬をいじめる人間はぜったいに許さない。許すべきではない、と思う。

気が触れているとおもわれるのを承知で言うが、
犬を蹴った人間は、通りでいきなり人に蹴りつけた人間と同じように傷害罪を適応するべきだ。
犬を殺した人間は、もちろん殺人罪。
犬を食った、なんて奴は、それこそ食人罪。一生を精神病院の檻の中に監禁するべきだ、
それぐらいに動物愛護法について、真剣に検討するべきだ、と思っている。

という訳で、犬猫の現実の事情だ。
悲しいことに、犬猫の命は人間よりもずっと軽いと見なされているこの現状。
ぬいぐるみと同じように、お払い箱にされたペットは焼却炉、ならぬガス室に直行となる訳だが、
ぬいぐるみと違うところは、当然のことながら、犬猫には心がある。愛もあれば悲しみもあり、
つまりは生きているということなのだ。

命という意味では、いまも顔の周りを飛び回るやぶ蚊や、壁の裏側を走り回っている糞ねずみにも命はあるのだから、
お蚊様、おねずみ様として崇め奉るか、というつもりもないが、
敢えて独断と偏見と個人的嗜好だけで言わせてもらえば、
猫はとりあえず、犬だけは救わなくてはいけない。

ではどうやって犬をすくうことができるか。

つまりは、殺処分にされる犬をなんとしても減らさなくては行けない。

パピーミルの根絶はもちろんのこと、ペットショップの犬猫売買にも規制をかけるべきだ。

ペットを飼う、つまりは、命を預かる責任を十分に自覚してもらい、
基本的なドッグとレーニンの基礎知識は、飼い主の責任において予め習得することを義務付ける必要があり、
飼い主たちをそのように教育するべきだ。

とそしてレスキュードッグだ。

一度犯してしまった罪のために檻の中からガス室に送られるその前に、
今一度だけでも更生のチャンスを与えてあげることはできないものか。

犬だって猫だって、そして人間だって、
ろくな教育も与えずに、ただ可愛い可愛いと甘やかした上に、
ちょっと粗相をしたから、あるいは、飽きたから、という理由で檻の中に監禁されれば、
それはもう、少しぐらい世の中をハスに見ることになってもしかたがない。

犬だって猫だって人間だって、教育を受けなければただの野獣なのだ。

という訳で、人間に教育が必要なように、犬にも猫にも教育が必要な訳で、
不幸にも教育の機会を与えられないままにガス室送りになる命を救うために、
シェルターとタイアップした形で、再教育システムの組織化がぜひとも必要な訳だ。

まずはドッグトレーニングの定型化だ。

いろいろなスタイルはあるのだろうが、とりあえず、人間を信頼し、
犬と人間の妥協点を認め合うことに肯定的になって貰えるまで、
なんとか持って行かねばならない。

噛まない、吠えない、呼んだら来る、それだけでも十分ではないか。

ペットロスに悩む人々、
ペットが買いたくても飼えない人々、
いろいろな事情で、犬を救わなくては、と考えている人々、

そういった人々にドッグトレーニングの基礎を学習してもらい、
ドッグトレーナーの認定書取得までをサポートする。
その代償として、学習と平行して実地訓練として、
ドッグシェルターの犬たちを相手にボランティア活動をしてもらう。

あるいは、ドッグシェルターの犬たちを、十匹でも更生させアダプトまで漕ぎ着けることができて初めて、
ドッグトレーナーの認定書を発行する、とか。

そのドッグトレーナー養成のシステムづくりをやりたい訳だ。

という訳で、そんな夢を見ながら、
今日も俺は、シェルター送り寸前の馬鹿犬どもが、飼い主に三行半をつきつけられるまえに、
おいで、おすわり、だめだめ、ジャンプしない、噛まない、吠えない、はいいい子だね、よくできました、
とやっている訳だ。

だから頼むから、ドッグランの馬鹿犬を責めないでくれ。
犬を攻める暇があれば、自分の犬に対するのと同じように、
愛情を持ったことばで、接してやってくれ。

だから頼む、犬を殴らないでくれ。
犬だって人間だって命ある以上、暴力は決してぺいしない。
人間だって殴られたら殴り返す。犬を殴れば殴り返す、つまりは噛み返す犬になる。
そうなった時に、責任を放棄するのは立派な殺人犯だ。刑務所送りだ。
たとえそれが自分の犬であっても、暴力は暴力だ、そのことを良く理解してくれ。

だから頼む、犬を手放さないでくれ。
あなたが手放した犬が、果たしてどんな運命をたどるのか、よくその目で確かめてくれ。
そしてひとつの命を摘むことの、その重大さを、心のそこから噛み締めてくれ。
それができないのなら、頼むから考えなおしてくれ。
トレーニングが必要なら俺がやる。もちろんタダだ。
そのかわり、俺がトレーニングするのは犬ではない。
あなた自身だということを、その意味をちゃんと理解してくれ。

そして、全人類に対しておねがいだ。頼むからお願いだから、犬を殺さないでくれ。

できればすべて俺の金で買い取ってやりたいが、
悲しいことに金も無ければ力もない。

だからこれはお願いだ。お願いばかりで悪いがお願いすることぐらいしかできない。
土下座ぐらいならなんべんでもやってやる。土下座ぐらいならなんべんでもやってやるから。

男のための唯一の場所

Posted by 高見鈴虫 on 09.2012 今日の格言
酒を飲まない俺でも
バーのカウンターがどれだけ素晴らしい場所であるかは知っている。
フロアの喧騒に背を向けて一人、
影のようなバーテンダーの背後に並ぶ
薄明かりの中に浮かぶ色とりどりのボトルをな眺めながら、
孤独でいられることの幸せを噛みしめるのだ。
俺も大人になったのだな、
と思える唯一の時。
ひとりで夜の高速を車を走らせる時の似た
大人の男に許された唯一の特権である気がする。
ひとりが愉しめる事こそ男が男で生まれてきた証明なのだ。


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日本人の心は、なぜ狭くなったか。

Posted by 高見鈴虫 on 09.2012 今日の格言
日本人の心は、なぜ狭くなったか。


アンバランスなカップル

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 ニューヨーク徒然
土曜日の夜、
近所のスーパーに夕食の買い物に出ようとしたところ、
エレベーターに、セクシーなイブニングドレスに身を包んだ、
身長190も近くあるブロンドの若い女性、
若い頃のニコル・キッドマンを彷彿とさせるような、
まさに目の眩むような超美人が乗り込んで来た。
で、
問題は、そんな彼女をエスコートしているが、
小太りな上に頭に皿をかぶったようにてっぺんのハゲ上がった、
アラブ系の男。
汗くさそうな黒いシャツにチャックの閉まらなくなったズボン、
全身毛むくじゃらのいかにもアラブ人、と言った風情。

これはこれは、と。
このようなカップルもあるのだな、と思わずふむふむ、
今日もひとつ学んだぞ、と思っていたのだが、
エレベータがロビーに着いた途端、
開いた扉の向こうに黒塗りのストレッチリムジン。
その前には、タキシードに身を包んだ初老の男が、
シャンパンのグラスを掲げてお待ちかね。

そそくさと車に乗り込んだアラブ系の男、
車の中から、真っ赤なバラの花束を抱えて戻ってきて、
乾杯の後に見つめ合う二人の間に、
さあ、これを、と花束を渡そうとしたころ、
バカ、お前、それは俺が渡すもんだろ、と、
男に花束をひったくられて、そこをどけ、と。

で、お前これを持ってろ、と開いたシャンパングラスを押し付けられ、
目の前で熱い抱擁とキスを繰り返すカップルを前に、
調子を合わせるように満面の笑顔で頷いている。

絵に描いたようなカップル、よりも、
なんかこのアラブ系のおっさんの間の抜けた無邪気な笑顔、
すごくいいな、と思っていた。

生真面目で記憶力の良い人々

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
生真面目で記憶力が良い、
ということ、だけ、を、
頭の良さの基準、としてしまった人々は、
結果、
生真面目で記憶力の良い人を大量生産し続けた結果、
生真面目で記憶力が良い人ばかりが集まって
生真面目で記憶力が良い特性を生かした、
生真面目で記憶力が良い人達用の社会を作り上げて来た訳だが、

生真面目で記憶力の良い人々は、
しかし、生真面目で記憶力が良いという能力しか与えられなかったため、
そこに自主性が存在せず、
コマンドが打ち込まれるまで、動作することができない。
つまり、
命令があるまでは大人しく座っているばかり。

しかも、一旦コマンドに矛盾があると、動作不良を起こし、

あるいは、

コマンドに間違いがあったとしても、
独自に判断能力を持たないため、
その間違ったコマンド通りに生真面目に記憶力よく動作してしまい、

いつしか、その生真面目さと記憶力の良さ故に、
間違ったコマンドどおりの間違った世界を作り上げてしまったことにさえ、
気がついてはいなかった。

そしていま、

コンピュータが出現した結果、

生真面目で記憶力が良い、という意味では、
人間を遥かに凌ぐ、この恐ろしく生真面目で記憶力の良い産物の前に、
果たして生真面目で記憶力が良い、という人々はそこに存在価値を失ってしまう。

という訳で、
間違いとはなんだったのか。

それはひとえに、東大を頂点にした学力社会という権威付けが、
生真面目さと記憶力の良さばかりの問題内容に終始した受験勉強を中心にした結果、
生真面目で記憶力が良いばかりであとはなんの能力もないカタワばかりを生み出してしまった、
ということである。

発想力や、独創性や、自主性、主体性、行動力、すべてを、抑えつけ、
ただただ、生真面目さ、と、記憶力ばかりを判断の基準とする
偏向教育に育てられた壊れたマシンのような人々は、
同じように、
その生真面目さと記憶力の良さを発揮しては、
せっせと、子供たちの、
発想力や、独創性や、自主性、主体性、行動力、すべてを、摘み取っていった訳で、

それはひとえに、
ひとえに、バクを許さない、その融通性のなさ、というよりは、
いかにも島国根性的な独善と偏狭に満ちた腐った知識人ヅラをした老害、
が、日本の教育を牛耳ってしまったことにある。

いつしか、
発想力は妄想力、独創性は掟破りに、自主性はワガママに、主体性は俺様系の勘違いに、
行動力は徒労に、と誤変換を繰り返した結果、
ちゃちな権威主義と箔付けだけがまかり通る、
恐ろしく融通性にかけた中途半端なコンピュータのような人ばかりの世の中になってしまったわけで。

もうちょっと・・考えないか?

といくら言ってみたところで、
生真面目で記憶力だけで、思考力の皆無の人々には、そもそも考えるなんて無理なんだよな。

はいはい。さらば日本。

異国でのオリンピック

Posted by 高見鈴虫 on 11.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ここのところ、
家に帰ると、テレビではオリンピックばかりである。
オリンピックが国家単位を基準とするイベントである以上、
その放送も自然と国家的な意味合いが強くなり、
このアメリカにおいてもテレビ放送の中心は、アメリカ的は、
つまりは、アメリカ人が金メダルを獲得できそうな競技ばかりを
選んで放送することになり、
結果、
日本ではあまり知られていない、
ヘタをすると縁もゆかりもない競技、
ビーチバレーやら飛び込みやら体操女子やらボートやら自転車やら、
まあ言ってみれば、
日本人が参加さえしていないような競技ばかりな訳である。

まあ、他人の国に勝手におじゃまし、そのまま居座っている関係上、
そのことに文句の言える筋合いも、その気もないのだが、
やはり、正直を言わせて貰えば、ちょっと寂しい。

オリンピックと正月のときだけは、
あらためて俺が異国にいるのだ、ということを思い出してしまう。

ニューヨークのジミヘン

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 ニューヨーク徒然
ニューヨークの街角に、
ちょっと顔の知れたジミヘンがいる。

黒いフェルトの帽子にサイケシャツというスタイルの痩せた黒人で、
擦り切れたストラトに玩具のようなミニアンプをつなぎ、
マンハッタンの街角に立ってジミヘン、のようなものを弾く。

おっジミヘンだ、と誰かが笑う。
お、ほんとだ。まだ居たんだ。
すごいな、まだやってるなんてな。
やっぱ、継続は力かな。
いや、でもなんか、あんまり「力」は付いてないようだけど。

このジミヘンがニューヨークでちょっと顔が知れたのは、
そのテクニックからでも、パフォーマンスからでも、ましてや才能からでもない。

ひとえに、下手であったからだ。

どこかで聴いたようなリフに合わせ、ギターをかき鳴らすのだが、
その演奏はと云えば、正直に云えば全然めちゃくちゃである。

チューニングはハズれコードも適当、不協和音というよりは、
ただのミスであって、これでは音にもなににもならない。

その滅茶苦茶なギターが、彼のスタイル、
あるいは、彼のジミヘンの解釈と言われればそれまでなのだが、
本来のジミヘンがかなりキワモノ的であった分、
このジミヘンもどきのこの無茶苦茶な下手さは、
ジミヘンのキワモノ的なものをキワモノ、つまりは極めた者、
と理解している俺のような隠れジミヘン・マニアにとっては、
かなり辛いもの、というか、
てめえ、ふざけてるんじゃねえ、と蹴りをくれたくなるような、
そんな誤解というよりも、完全な勘違い、
その途方も無いほどの冒涜に、つくづく悲しくなってきたりもする。

多分知恵足らずなんだろう、と俺は思っていた。
ジミヘンどころか、普通にしても下手すぎた。
まず彼は、普通の意味でのコードを知っているようには思えない。
ピッキングもスケールも知らない、と思う。
コードも知らずに適当に弦の上に指を置いてコインのピックで引っ掻くだけ。
トレモロもワウペダルもなしに、チョーキングだけであのウワウワを出そう、
というのも無理な話。
と言うことは、
多分彼は、ギター、あるいは、コード、
そして、エフェクターの基礎知識さえも
まったくの無知、であるに違いない。

がしかし、
かのジミヘンにしたって、右利き用のギターを左手で引いたり、
アンプのつなぎ方を間違えてハウった音を効果音として使い始めたり、
とかなり常識から逸脱した人であったそうであるから、
このニューヨークのジミヘンの、そんな徹底的な無知さ、あるいは、ド下手さも、
ジミヘン的と云えばジミヘン的と言えないこともない、のかもな、とも思っていた。

つまり、
どんな方法であっても、とりあえず信じた道をひたすらに突き進めば、
数年も経つうちにそれなりにそれなりの道、とまで行かなくても、
まあ、形というか、スタイルというか、を、
見出すことができるのではないか、
という未知数に対する期待である。

という訳で、このニューヨークのジミヘンのキャリアな訳だが、
俺がそんなジミヘンを最初に見かけたのは、
実に俺がこの街に辿り着いたばかりの頃。

その時には彼は、
コードの存在、どころか、
アンプのつなぎ方さえ知らなかったぐらいで、

どこで見つけてきたのか、ホームレスのガキが、
拾ったか、あるいは、盗んだエレキギターを首から下げてみました、
とまさにそんな感じで、その姿、
その辺りのサンドイッチマンと対して変わらない。

タイムズスクエアの雑踏のその端っこのすみっこで、
音の出ないストラトをただかき鳴らす真似をしている、
というよりも音が出なかったので、
伴奏なしのエアー・ギターな訳だが、
そんなパフォーマンスを、誰に気づかれるでもなく、
そしてみるからに見るからに恐る恐る、という感じで
初めていたのだ。

それ以来、ニューヨークの街頭の実に様々なところで彼を見かけてきた。

タイムズスクエアかと思えばセント・マークスで、
ビレッジかと思えばワシントン・スクエアで、
42丁目の地下鉄のフォームで。
その神出鬼没さもさるものながら、
あれから幾年月、
そのキャリアの長さも相当なもの。

あれ、そう言えば最近、あのジミヘン見ないね、と誰かがもそりと言う。

当然、知っている人はゲラゲラと笑う。
見なくてもいいけどね。
まあ確かに。
でも彼も長いよね。
ああ、長い長い。俺が最初に見たのは確か・・・

という訳で、
ニューヨークの街角のちょっと顔の知れたジミヘン。

さすがに俺も、余程の用がないかぎりは、
観光客でごった返すエリアには出かけることもなくなって、
そんな訳で、人ごみ相手の大道芸人、あるいは、ミュージシャンの姿そのものを
見かける機会も減っていたのだが、

そういえばさ、すっげえ下手くそな、
そう、知恵足らずみたいに下手なジミヘンいたよね。

ああ、いたいた。あいつ今頃どうなってるかな。

だって、毎日毎日、一日中ギター弾いてる訳だろ?
あのまま続けていたら、とりあえず、一角、とは言わなくても、
まあそれなりに、少なくともちょっとはそれらしく、
ぐらいにはなっているんじゃないのかな?

がしかし、あれじゃあねえ。
うん、まず誰も金置いたりしないしな、生活ができないだろう、と。

なので、
さすがにもう辞めたか飽きたか職を変えたか街を移ったか、
と思っていたのだが、
なんと最初の出会いから実に云十年の時を経て、

この週末、セントラルパーク、
ストロベリーフィールズで、彼の姿を見かけた時には、

うぉっ!と思わず絶句してしまった。

うへえ、ジミヘンやんけ。まだ居たんかあ!!

とそして、なにより驚いたのは、
云十年のキャリアにもかかわらず、
彼のプレーは、まったく、ほんのすこしも、なにひとつ、
まったくぜんぜん、進歩していなかった訳である。

指使いも滅茶苦茶ならば、コードもピッキングもメロメロ。
つまり、ジミヘンを真似ただけでなにひとつとしてなにも分かっていない、
ただそのまま、まったく進歩も向上も深みも、何一つとしてないわけである。

あちゃぁ。。 これは一種、衝撃であった。

つまり、
ただただ20年間、毎日毎日何時間も、
無茶苦茶に好きなようにギターを弾き続けていても、
ぜんぜん上手くならない人もいるのだよ、と。

石の上にも3年、と言うが、
まったくなにも知らない状態で、ただ滅茶苦茶に自我流を繰り返していても、
実は、何一つとしてなにも進歩しない、という事なわけだ。

そっかあ、と思わず溜息。

つまり、基礎のできていない奴、あるいは、判っていない奴、は、
例えどれだけそれに執着し切磋琢磨を繰り返したとしても、
結局は無駄、な訳だな。

という訳で、彼には最初に出会った時の言葉をそのまま繰り返させて頂く。

てめえ、バカタレ、目障りだ、消えうせろ。

ニューヨークのジミヘンが教えてくれたこと

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 ニューヨーク徒然
という訳で、ニューヨークのジミヘンから学んだこと、である。

つまり、独学、自我流は、ぺいしないことが多い、という事実。

これはしかし、身につまされる問題である。

割りと多くの人々が、この定理をあえて無視したことにより
後に手痛いしっぺ返しを受けることになったことを、
経験している筈だ。

例えば、
16歳からパンクバンドのドラマーとしてライブハウスのステージに立っていた俺は、
その後も10年近くに渡ってロックバンドのドラマーとしてステージに出続けていたのだが、
実は、モーラー奏法どころか、書見も、ルーディメントも、ろくにできなかった。

16歳で始めたバンドが下手に人気が出てしまい、
その後、パンクロッカーとして下手に顔が売れてしまった分、
毎日毎日バンドのリハとジャムセッションとギグとレコーディグが続き、
それ以外の時間のほとんどが生活費稼ぎのバイトに費やされていたため、
個人練習をする時間がほとんどなかったのだ。

という訳で、バンド解散、と同時に、個人練習を始めた訳で、
キャリアを引退して初めて、パンク、でも、ロッカーでも、バンドマンでもなく、
ドラマーとしてドラムのテクニックというものに初めて向き合うことになったのだが、
果たしていやいや、まさに、まったく、
つまり、そう、いざドラマーとして自身のドラムに向き合ったが途端、
まさにそのスタイルのあまりの無茶苦茶さに、自分自身で途方に暮れてしまった訳で、
ここに来て、一度ドラムと言う楽器を一旦リセット、
つまり、しばらく一切を辞めたほうがよいのではないか、
すべてを洗い流して、もう一度サラからはじめる以外、このドラムを矯正することは不可能である、
との結論に達した訳だ。

これはまさに忌忌しき状況であった。
10年間、来る日も来る日も独力でドラムを叩き続けた末に、
改めて立ち返った基礎を前にして、最早絶望と言えるほどの徹底的な挫折を経験hした訳だ。

という訳で、
ニューヨークの街頭でジミヘンを見た時に、
俺は、この俺自身のドラマーとしてのキャリアの七転八倒について、
改めて深く考えてしまった。

が、しかし、
そう、それは、実はドラムに限ったことではなく、
つまりは、生き方の問題、
つまり、この俺、がこれまで人に頼らず教わらず、
ただただ自己流で続けてきたことの、そのひとつひとつが、
実は、この轍にいちいちはまりこんでいるのではないか、という疑問が浮上する。

例えば、テニス。もう20年以上続けているが、まったく上達しないのも、
実にそういった理由だろう。

という訳で、
水泳もジョギングも自転車も、
ドッグトレーニングも、
そしてこうして書きなぐっている文章、とか、
ヘタをすればセックスから、呼吸法から、排便排尿の仕方まで、
もしかしたら、普段、なにげなく行なっていることの一つひとつに、
別のやり方、あるいは、正しいやり方、
が存在していたりもするのかもしれないではないか、
などと、
つくづくこれまでの自分自身が習得してきた生き方、あるいは、やり方に
根源的な疑問をいだいてしまう、という訳だ。

という訳で、この時代、つまり、インターネット上に、
これまでの人類の知恵の集大成がまさに氾濫している訳で、
自己流でやり続けていたものの基礎を、ちょっとグーグルで、
あるいは、YOTUBEで、検索をかけてみてもいいかもな、
と思い始めている。

のだが、

果たして、そういう身の回りのことすべてが、
いちいちマニュアル化され、そのマニュアルをひとつひとつきっちりとクリアして行った奴、
つまりは、機械的なまでに躾を受け入れていった奴、
なんか、そう、妙に気味が悪い気もしないではないわけで・・・

まあ、そう、箸の持ち方がしっかりしている、ぐらいでも良いんじゃないの?とも思うのだがな。

オリンピックの閉会式って、 誰のためにやってるもんなの?

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
連日連夜のオリンピック、
テニスやら水泳やらは大いに盛り上がっていたのだが、
最近になって少々食傷気味。
これいつまで続くのかな、と思っていたら、
今晩、テニスから帰ってテレビをつけるとなんと閉会式をやっていた。
あれ、マラソンは?
もしかしてアメリカ人が出ないからって理由でマラソンを放送しなかった、とか?
ありえねえな、NBC。
マラソンがなくってはオリンピックも終わるに終われない、
と思っていたら朝の6時から放送をしていた、らしい。

という訳で、閉会式である。
豪華絢爛、というか、なんというか。

で、あの素朴な疑問なんだが、

このオリンピックの閉会式って、

誰のためにやってるもんなの?

選手の人たち、おつかれさまって意味?
でも、もう試合の終わった人って帰っちゃってるわけでしょ?

うーん、この豪華絢爛、まじわけわからん。

身体に馴染むリズム

Posted by 高見鈴虫 on 12.2012 音楽ねた
なぜニューヨークに来たのですか?
と聞かれるたびに、
それは、つまり、なぜ日本を出ることになったのか、
ということが知りたいのだな、と思う。

で、なぜ日本を出たのか、と云えば、
と言いかけていつも口をつぐむ。

で、その時々で調子をあわせ、
借金鳥に追われて、やら、ドラッグがやめられずに、
あるいは、一度知った黒い肌が忘れられず、
なんて言葉でごまかしていることが多いのだが、

ぶっちゃけ、
俺が日本を出た理由は、
「日本とはリズムが合わなかったから」
と言ってしまってもよいのではないか、と思っている。


才能を生かした職種が、得てして収入が低いのはなぜか

Posted by 高見鈴虫 on 13.2012 犬の事情
とび職のおっさんに、
なぜあなたは高いところが怖くないのか?
といくら聞いても答えられないに違いない。
とび職のおっさんにとっては、
高いところが怖い、ということ自体、
なにを言われているのか判らない筈なのだ。

この徹底的な無邪気さ、
それこそはつまりは「才能」というべきもので、
だからそんなとび職のおっさんに、
高いところが怖くないなんて凄いですね、
やら、
どうして高いところが怖くないのですか?
といくら聞いてみたところで、
彼らは首をかしげるばかり。
あるいは、ヘタをすると、
お前、馬鹿にしているのか?
と変な因縁を付けられることにさえなりかねない。

持って生まれた才能というものはそれぐらい自然なもので、
それは他人に誇ることでも、見せびらかすようなものでもなく、
ただたんに、そうなのである、からして、そうなのだ。

という訳で、そんな才能を「適正」と考えて、
職業の選択を行なっていくべきなのではと考える。

それが行われていないから、
職業ごとの格差やら差別やらが生まれる訳で、
もっと素直に、本人の適正を判断して職業を選択する余裕が必要なのでは、
と思うのだがどうだ。

という訳で、才能、というか、適正、という面から考えて、
俺の天職とはいったいなんぞや、と考えるて見る。

生まれてから持っている人にない能力、はなにか、と探してみた結果、

うーん、例えば、リズムを裏で取れる、
と言っても、ほとんどの人々にとっては、
それが何か、何を意味するのか、何に役に立つのか、
さえも判らないに違いない。
このように、あまりにも人の役に立たないことは、
才能、であるかもしれないが、しかし、適正とはいえないだろう。

という訳で、もう少し人の役に立つ才能、
あるいは、適正に結びつくような特性はないか、
と考えた末に、心あたったことがひとつある。

実はそれが、犬、なのである。

どういう訳だか、物心ついた時から犬と相性がいい。

犬を怖いと思ったことがないのはもちろんのこと、
犬がそばにいるだけで、それだけでとても嬉しい気分になる。
犬を見るともう手を伸ばさずには要られず、
手を伸ばせば抱きしめずにはいられない。

いつからそんなに犬が好きになったのか、
それはいつに始まったか記憶にないぐらいに幼い頃からのもので、
我が家のアルバムには、
まだよちよち歩きの頃からドーベルマンの背中に乗ろうとしたり、
シェパードの耳を引っ張ったり、というようなキワモノ的写真がこれでもかと並んでいる。

という訳でどういう訳か俺は犬が好きだった。
同時に、どういう訳かほとんど大抵の犬がそんな俺を好いていた。

俺の姿を見るとほとんどたいていの犬がくんくんと鼻を鳴らし、
頭を撫で胸を撫でしているうちに、
顔から首から耳からをよだれべろべろになるまで舐め回される、
というのが、俺にとっては至極当然のことであった訳で、
と同時に、
そんな犬たちはどういう訳か俺の言うことをなんでも聞いてくれた。

こっちにおいで、から、おすわりから、お手から、
ボールとってきて、と云えば、喜び勇んでそれを持ってきたし、
校庭でサッカーをしていればどこからともなく走り寄ってきた犬どもが俺を取り囲み、
神社で缶蹴りをしていれば、
俺の潜んでいるところには必ず犬がうろうろしているのですぐに見つけられてしまった。
どこの誰のものとも判らない犬が、
どこにいってもまるで俺の飼い主のように護衛のように付き添ってはじゃれついて来て、
そんな情景を見て、当の飼い主たちが目を丸くする、
というのも俺にとってはまるで当たり前の見慣れた光景に過ぎなかった。

その後、世界旅行の先々で、どの街に行っても最初の出会いは犬。
新しい街に付いて公園のベンチにバッグを下ろした途端、
いつのまにか俺の前には、まるでお待ちしていました、という風に、
犬の姿があった。

そんな犬が、その街の滞在中、どこに行っても一緒で、
お陰で俺はどの街に行っても、犬の兄ちゃん、扱いされ、
と同時に、街の人々からはそれだけでごく自然と受け入れられてしまう、
という特権も得て来た。

おい、犬のにいちゃん、今晩あたりサツのガサ入れがあるから気をつけろ。
ああ、多分、その前に犬が教えてくれるだろ。
まあそうだな。あんたには犬たちがついているから。

たちの悪いチンピラも、客引きも、俺に近づくどころか目をつけた時点で、
犬の牙に晒され、そんな訳でしつこい乞食も来なければ、地回りの警察にも一目置かれていた。

という訳で、俺の旅はいつもそんな感じだった。
犬を連れているものだからバスにも電車にもタクシーにも乗れず、
どこに行くにもてくてくと歩くしかなかったのだが、
それが幸いしてどこに行っても犬の兄ちゃんとして親しまれ、
まるで托鉢の坊主のように、飲み物を恵んでもらったりお茶に呼ばれたり食事に招待されたり。

もちろんその時は犬も一緒で、頂いた食べ物を半分こっこして食べる俺たち、
街の人々は一様に目を細め、あるいは、涙さえ浮かべた上に、拝まれたことさえあった。

そしてそんな犬たちと別れられず、ついついだらだらと長いをした挙句、
ついに決心のうえに旅立つ日には、街中の人々からの貰い泣きの中で、
犬ともどもボロ泣きに泣きながら別れの手を振って来たのだ。

という訳でニューヨークである。

この街に来てからというもの、食うに必死で犬どころではなかったのだが、
3年前にひょんなことから捨て犬を貰い受けてしまってからというもの、
これまでの長きにわたる空白の埋め合わせという意味なのか、
それこそ、どこに行っても犬という犬がすべて、俺の姿を見るや、
まるで電気に打たれたかのように走り寄って来ては、
身も心の溶けきってしまうようにして甘えまくる。

それは大きいのから小さいのから、
猛犬と言われたピットブルでも土佐犬を2倍3倍にしたようなマフティスから、
立ち上がれば有に俺の身長を超えてしまうグレートデンから、
あるいは生まれながらのヤンチャ小僧のジャックラッセルから、
マルチーズからチワワまで同じ事。

そんな犬たちがいっせいのせ、で俺の膝の上によじ登ろうとするものだから、
もうもみくちゃである。

判った判った、はいはい、よしこっちおいで、
と身体中を撫でさすりながら、顔中をベロベロとなめまくられ、
全身が泥だらけよだれだらけ。
そのうちに調子に乗った奴が俺の髪を引っ張り始め、
膝に乗り肩に乗り首に両手をかけて押し倒し、
と下手をするとそのまま押しつぶされてしまいそうだ。

俺はそんな犬たちに、ごく普通に話かける。
俺が普通に話しかける以上それは日本語だ。

うしうし、判った判った。嬉しいねえ、俺も嬉しいよ。はいはい、判った判った、ああお前ら本当に可愛いな。

人間に対しては、一言だってそんなことを言ったことはないのだが、
相手が犬となれば別である。
犬は愛情の塊りだ。犬の愛情は底なしで、そしてそれを隠そうともしない。
愛されたい気持ちでいっぱいで愛したい気持ちでいっぱいで。
俺はそんな犬の気持ちを、やはり包み隠すことなく受け止めては、これ以上ないぐらいの愛情を込めて返してやるのだ。

あるいは、犬はそんな俺になにも隠すことなく秘密を打ち明けてくれたりもする。

ん?どうした、お前。なになに?ここ?ここか? 
あれあれ、ああ、こんなところに傷があるぞ。痛いか?そう? 判った判った、飼い主に言ってやるから。

という訳で、そんな俺は子供の頃は、ドリトル先生、と言われていたのだが、
最近ではドッグ・ウィスパラーと言われることが多い。

あの人はね、犬語が話せるのよ、とマジ顔で言う人々がいる。
ほら、なんか、おまじないを唱えてるみたいでしょ?

なんてことはない、それは、日本語であり、それに、俺が日本語で話しかけたからと言って、
犬たちが日本語を理解しているとは思えない。
例えば俺がスペイン語を話しても彼らはちゃんと理解するし、それは英語でも同じ。

という訳で、この近辺の犬の飼い主たち、それも、自身の犬に手を焼いている人々には、
かなり重宝がられている訳なのだが、
俺にとって見れば、そんなことはごく当然の事、というか、俺にとってはそれは普通なこと、なわけである。

という訳で、そうそう、適正の話だった。
犬の話になるとついつい犬の話ばっかりなってしまっていかん。
という訳で、適正の話。

ぶっちゃけ、俺はたぶん、ドッグトレーナーになったらかなり人々の、
あるいは犬たちのお役に立てるのではないか、とは思っている。

というか、ここまで来るともう、俺の適正と言えば、ドッグトレナー以外にはないような気もしている。

トビ職のおっさんが、高いところを怖がらない、
そして、誰にも邪魔されることのないその誰もが辿りつけない高所に一人、
快感を感じているように、

どこに行っても犬に囲まれている俺は、もうこれ、適正という意味では文句なしで一撃である。

がしかし、そうここで問題である。

どういうわけだか、
そんな、適正一発で得られる仕事、というのは、得てして収入、
あるいは、社会的地位が低く設定してある気がする。

つまり、適正だけではあまり良い金は稼げないのである。

なぜか、と改めて考える。
が、
考えてもまあ、どうにもなるものではないだろうことなので、あまり考えないようにしている。

つまりまあ、才能だけで食っていくのは割りと大変だよ、という例のあれである。

という訳で、
今日も今日とて、
それほど才能や適正のあるとは思えない仕事で、
汗水たらして歯をくいしばって頭をかきむしっては
ストレスを貯めこみながら、なんとか、実入りのいい仕事に悪戦苦闘を続けている訳だ。

しかしながら、だ。

それは逆説的な意味で云えば、
才能を金などのためには使うな、という神さまの啓示なのではないか、という気もする。

金を稼ぐ、という行為はそれはそれで取っておいて、
生まれ持っての、つまりは、神様からの贈りものである才能、というやつは、
金稼ぎ、なんかとは別の用途に使うべきだ、という考え方もないわけではない。

確かに、一応、才能や適正はないにしても、
それほど才能や適正を必要としない職場において、
人に威張れる金額ではないが、まあ普通にしていれば餓死はしない、
程度の収入を確保している関係で、
そうそうと無理をしてでも、才能や適正にすがって金を稼がなくてはいけない、
という状況でもない。

なので、
犬と話す、あるいは、理解しあえる、という特製が、こく普通のものである俺は、
わざわざそんな普通なことで、金を取るつもりもない。

だって、そんな普通なことで、金など請求してはそれこそ相手に失礼である。

という訳で、
まあそんなふうだからいつまでたっても金持ちには慣れない訳だが、
しかしながら、
犬と話せる、仲良くなれる、なんてことで金持ちになってもあまりうれしいとは思えない。

なので、
もし自身の犬に苦労しているようであれば俺のところに連れてくればよい。

お金も取らない代わりに、思い切りあなたの犬とベタベタさせて頂く、とまあそれだけだけどね。

今日はもうオリンピックはやってはいないのである。

Posted by 高見鈴虫 on 13.2012 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
家についてテレビを点けたら、
あれ、今日はオリンピックがやってないぞ。

ああ、そうか、オリンピックは昨日終わったのか。

ということは、もうオリンピックを見なくてもいいのか、
と思って、ちょっとほっとした気もしないではなかった。

犬の喜び方

Posted by 高見鈴虫 on 13.2012 犬の事情
夏の間、アップステートのサマーハウスに出かけていたレミーとマギーが、
この週末、中休みという具合に帰って来た。

夜に電話をもらって迎えに行ったのだが、
俺の姿を見かけた途端、二匹のプードル、
いきなりピョンピョンと跳ねはじめ、
二匹がまるでトランポリンにでも乗っているよう。
前足を上げたまま、ぴょんぴょん ぴょんぴょん といつまでも跳ね続ける。

立ち上がれば子供の背丈ぐらいは優にあるスタンダードプードルが2匹、
道の真中でぴょんぴょんと飛び跳ねている姿に、
道行く人も大驚き、と、そしてついつい笑い出してしまう。

判った判った、嬉しいんだよな、と言った途端に、
いきなり飛びついて来て、
そのあとは顔中を舐め舐め攻撃で顔中が涎でべろべろになってもまだやめない。
で、はいはい、判った判った、嬉しいんだよな、俺も嬉しいよ、と言ったとたんに、
またぴょんぴょんとトランポリン大会。

やれやれ、犬の喜び方にもいろいろあるものだ。

ちなみに、ブッチが思い切り嬉しい時には、
まるで気の触れたウサギのような勢いで、
グルグルグルグルと、それこそ目にも止まらない速さで走り続け周り続ける。

ドッグランで俺の姿を見つけた途端、
いきなりジャンプしてきて思わず後ろに倒れそうになるゴルディー
喜び勇んで駆け寄ってきたところ、手を差し伸べた途端にゴロンと寝転がってお腹を出してしまうハンター。
膝の上に飛び乗ってきてひっくり返っては寝たままくねくねと踊りまわり、挙句に首やら喉やらを甘咬みしようとするピットブルのローザ。

いやはや、個性豊かというかなんというか、
その喜び方は千差万別。
ながら、
とりあえず、犬は嬉しいのである。
その嬉しさを、ただただ溢れ返るような嬉しさとして、
気持ちいっぱい、力いっぱい表現している、ただそれだけなのだ。

そんな犬たちを、可愛いな、とついつい思い切り甘やかしてしまうので、
いつまでたっても俺の周りの犬が素行が良くならないのかもしれない。

まあいいじゃないか、ハッピーなんだから。

世界の中心で’おまんこ’と叫ぶ

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 旅の言葉
生まれて始めて日本を出て
香港の雑踏の真ん中
最初にやったことといえば
おまんこ と叫ぶことだった。
ついでに、
ちぃぃぃぃよおおおおおせんなんかこあかねえぞ
やら
てええんのバァヤロウどどんどどんどんどーん
やら
がしかし一分もしないうちから
それが、そういうことをすることじたいが
徹底的に馬鹿バカしくなって
その時俺は既に日本人を捨て始めていたのだな

DESCRIBE YOURSELF 

Posted by 高見鈴虫 on 14.2012 とかいぐらし
午後、ひょんなことから面接の場に居合わせた。

LAとの間で電話会議を繋ぎ、向こうとこちらで面接をするのだが、
俺はそのIT部門からの立ち会い、という形。つまり、黒子。

マイクをセットし終わったところで、
緊張した面持ちでやってきたキャンディデイト。
若い白人のいかにも大学を出たて、という感じ。
紺色のリクルートスーツがまるでボール紙を着ているように似合っていない。
が、いかにも、ついさっきまでテニスコートでボールを打ってました、
というような、無邪気な笑顔。
テレビを前に、ムースで固めた髪を尚更に撫で付けながら、
高揚した頬ばかりが真っ赤に膨れ上がっているようだ。

テレビの向こうに並んだ面接官、
そんな本人の緊張ぶりとは対照的に、
まさに面接に慣れきったふてぶてしさで一杯。
組んだ足の先をゆらゆらさせながら、
ちょっと意地悪そうな銀縁のメガネの縁を光らせては、
そんな絵に書いたような好青年を前に、
ふん、と鼻の先で皮肉に笑ってみせる。
見るからにいかにも人事部、と言った感じ。

では、始めましょうか、
との声に、ハイ、と元気の良い声。

HOW ARE YOU?
YES SIR,IM GREAT SIR

と、はつらつとした笑顔。
と、さすがアメリカ人、プレゼンやら面接やらお手の物、というやつか、と思いきや。

では、まず最初の質問です。

DESCRIBE YOURSELF あなた自身について説明してください。

ん?

レスキュー・ドッグ・ブルース  びっこのデキシィ

Posted by 高見鈴虫 on 18.2012 犬の事情
雨の土曜日、靄に煙る公園で、
びっこの犬に出会った。

木立の中、
俺たちの姿に気づくと、
耳をピンと立てて目を輝かせながら、
一歩づつ一歩づつ、前足をテコにして、
動かない後ろ足を持ち上げながら近づいて来る。

8ヶ月のピットブルのミックスのデキシィ
飼い主のアニーさんの話では、
シェルターで出会った時には、
生まれながら腰の関節に問題があり、
手術をしなければ後ろ足が2本ともに動かないと言われたそうだ。

誰も引き取り手がなければ、
このまま別の施設、つまりは、
殺処分処理を引き受けるシェルターに
輸送せざるを得ない、のは自明のこと。

で、やっちゃった、とアニーさん。
引き受けちゃった、と照れ笑い。

生育の関係で、手術は7ヶ月を過ぎるまで待たざるを得ず、
それまでは車椅子。
おしっこもうんちも自分ではできないことから、
お散歩は毎日腕に抱えて連れていっていた。

で、漸く晴れて手術を受けられることになり、総費用2万ドル弱。

シェルターと飼い主、及び、動物愛護団体で折半するか、
との申し出もあったそうだが、
アニーさんはそれを断ったらしい。

この子は私の犬。家族だから。

それほど裕福そうにも見えないアニーさん、
2万ドルはやはり痛手であったに違いないのだが。
どうせ、シェルターにも愛護団体にも寄付を続けてるから、
これもドネーションのつもり。彼らにこれ以上の苦労はかけられないわ。

という訳で、見事手術も成功してリハビリの後、
今日が外に出た、まさにその第一日目、であったらしい。

おいで、デキシィ、こっちおいで、と名前を呼ばれるたびに、
思い切り目を輝かせながら、
しかし以前からの癖なのか、
ついつい腰を下げたままお尻を引きずってしまう。

ほら、おいで、デキシィ、さあ、歩いて、

アニーさんの必死の呼びかけに、なんとか力を振り絞るのだが、
困ったように首を傾げながら、ついついよいしょよいしょ、とお尻を引きずってしまう。

で、ふと、ブッチくん。
そんなデキシィにそろそろと歩み寄って、
尻尾を振りながら鼻をくっつけ会い、匂いを嗅ぎ合い、
そして互いの耳やら口元やらをぺろぺろ。
二人ならんで座りながら、へっへっへ、と笑っている。

あれまあ、お前らいきなり仲良しだね。

で、ふと、ブッチおいで、と言ってみたところ、
いきなり2匹の犬が、同時にひょっこりと腰を上げ、
で、尻尾を振りながら、腰をくねらせながら、
満面に笑顔を浮かべて駆け寄って来る。

あれ!あああ、とアニーさん。
あれ、見て、見て、歩いた!歩いた! とまさに絶叫。

ほら、おいで、おいで、と手を叩いて後ろずさりするたびに、
よいしょよいしょ、から、ほっほっほ、と後ろ足を交互に踏ん張り始め、
さあ、ゆっくりゆっくり、と歩く俺の後ろから、
足ももつれさせながら、よろめきながも、歩く歩く、びっこのデキシィ。

感激のあまり絶句したまま涙でぐしょぐしょのアニーさん、

そんなアニーさんに駆け寄って、その涙をぺろぺろ舐めるデキシィ。

見た?見た?わたしが歩いているの見た?

抱きあうアニーとデキシィの姿に、
思わず貰い泣きの涙がじーん、
そんな俺に駆け寄ってくるブッチと、
そしてじきにやってきたデキシィ、
左右から顔を舐められて、舐められればなめられるほどに涙が溢れでてくる。

おお、ありがとう、ありがとう、舐めてくれてありがと。

泣き崩れるアニーさんもサンキューサンキュー、

ブッチくん、私のデキシィに歩き方を教えてくれてありがとう。
あなた、デキシィに勇気を与えてくれてありがとう。
デキシィ、私にこんな幸福な思いを与えてくれて本当に有難う。

立ち上がった俺に、アニーさん、おもむろに握手。そして熱いハグ。
ありがとう、本当にありがとう、今朝この時間この瞬間に、
あなたという人が通りかかってくれたことは、
私とこのデキシィにとって、本当に生涯で一度あるかないかの、ものすごい幸運だったわ。

なにをなにを。
いつもの犬の散歩の途中に、まさかこんなに素晴らしい瞬間に立ち会えるなんて、
本当にありがとう。とても感動しました、と二人でありがとう、サンキュウの叫び会い。

そしてアニーさん、
なによりも、こんな不幸な犬を、あなたの力で命を与えてくれて本当にありがとう。

同じレスキュードッグのオーナーとして、あなたの勇気とご苦労には本当に頭が下がります。
本当の本当にありがとう。犬の命を救ってくれる人は俺にとっては大恩人です。ありがとうございました。

なにをなにを。
私もこの子をレスキューするまでは、実はちょっとむずかしいところにあったの。
でも、この子を貰い受けてから、こんなことしてられる場合じゃないって気づいて。
ダメだった私に勇気を与えてくれて、蘇らせてくれたのはこの子なの。
本当にありがとう、って私いつも思ってる。

ありがとね、あなたは私の命の恩人。
デキシィ、そんなアニーにまさにとろけそうな笑顔で答えている。
いい子だね、デキシィ。可愛いね。

という訳でブッチ。
なんだよお前、と頭を撫でながら、
俺はお前と一緒にいることで人間を取り戻している気がしてたんだよ。

人と人、犬と犬、人と犬。
まさに感謝の連鎖反応。
心と心のすべてのつながり合いが、互いへの感謝の気持ちで紡ぎあっていく。

なんて話をしていたら、二匹の犬がじゃれついてきて、さあ、ボール投げて、と弾けそうな笑顔。

ほら、取ってこい!と高く投げあげたボール。

思わず走りだすレスキュードッグたち。

脱兎のごとく走りだすブッチの後ろから、
まだ足を引きずりながら、でもしっかりと後ろ足を使って歩くデキシィ。
まさに、生きているのが、楽しくて楽しくてたまならい、といった感じ。

がんばれ、がんばれ、もう一歩、あと少し。
良かったな、本当に、良かったな。
戻ってくるたびに、思わず抱きしめて撫で上げて頬ずりして。

良かったな、がんばったな、ありがとな。幸せに暮らせよ。

そんな俺の後ろから、いきなりブッチが飛び蹴り。

おい、早くボール投げろよ!

うっし、もう一発!

土曜日の朝から、思い切り洗い流された気分だった。

2匹のピットブルに襲われた

Posted by 高見鈴虫 on 19.2012 犬の事情
日曜日の朝、セントラルパーク・シダーヒル。

朝露に濡れた芝生に座って一休みをしていたら、
いきなり2匹のピットブルが襲いかかって来た。

出会い頭に飛び蹴りからボディスラム。
頭突きを食らわされ、思わずのけぞったところを、
そのまま押し倒され上から伸し掛かられ、
後はもう揉みくちゃ。

顔中をこれでもかとベロベロと舐め回され、
腕から首からシャツの捲れから顔を突っ込んできて、
身体中がもうヨダレでベチョベチョ。

大好き大好き大好き

漸く飼い主が駆け寄ってきて、
いやあ、もう、どうもすみません、
とやっていたところ、
それ、次はあれだ、とばかりに、
後ろに座っていた金髪のお姉さんに襲いかかり、
これももう全身舐めまくりのべちょべちょ。

さすがに悲鳴を上げて人々が駆け寄ってきても、
ショートパンツの足から、タンクトップの肩か腕から、
顔といい首といい胸元から、もうめちゃくちゃである。

やめて~と悲鳴を上げながら思わずゲラゲラ笑い。

しまいにはうつ伏せになった背中に二匹が並んでお座りをして、
思い切りのドヤ顔。

周りの人々もさすがにやばいと思ったのか、
慌てて腰を上げるも、
そら、次はあれだ、と見つかったが最後、
後ろから押し倒されて羽交い絞め、
で、べろべろべろべろ。

ピットブル、危な過ぎる!可愛すぎる!

という訳で、新たな被害者を出さないように、
おい、おいで、と俺の元に呼び寄せて、
好き放題に舐められて上げたのである。

いやはや、朝から笑い過ぎ。大変な思いをした。

レスキュードッグ・ブルース レンジャー

Posted by 高見鈴虫 on 19.2012 犬の事情
レンジャーはレスキュードッグであった。

レスキュードッグというのは、
救命隊の犬、という意味ではもちろんなく、
レスキューされた犬、
つまりは、捨て犬収容施設から、
レスキューつまり救出された犬、
という意味。

まあ確かに、正しくは、レスキュード・ドッグ、な訳だが、
誰も俺の英語に、ドがついたつかないなど聞き分けられるわけもなく、
なし崩し的に、レスキュードッグ、で通してしまっている、
というのが本当のところ。

そんなレスキュードッグであるレンジャーが、
捨て犬収容所、
こちらで言うところのレスキュー・シェルターに収容されたのが生後3ヶ月の頃。
レンジャーがなぜ捨てられたのか、
その前になにをしていたのか、
彼の母親になにが起こったのか、
両親の犬種はなんであったのか、
どんな状態で収容されたのか、
当然のことながら一切の記録はない。

場所:テネシー州
年齢:3ヶ月ぐらい

わかっているのはそれだけだ。

兄弟たちとともにテネシー州のレスキューシェルターに収容され、
そこからニューヨークのレスキューシェルターに移送され、
そこで去勢手術を受け、予防注射の後に、
晴れてアダプションリストに載ったその直後、
さあ、これで退院だよ。
良い人にもらってもらえるといいね、と、
病室から下のフロアに移されたその直後、

テニスの途中で雨に降られ、
ちょうどレスキューシェルターの前で雨宿りをしていた俺が、
時間つぶしに犬ども顔でも見てやるか、
と立ち寄ったその時、

テニスラケットを抱え、自転車用のヘルメットを被って入ってきた俺が、
レンジャーにとってはまさに初めて出会った人、であったらしい。

係員に案内されて、
さあどうぞ、と通された檻の中の、その一番手前、
あれ、と、目が合った途端に、おっとっと、と思わず心臓が飛び跳ねた。

見るからにいかにもきかん坊そうな白い子犬。

じゃれていた毛布の中から、
目が合った瞬間からまるで憑かれたようにじーっと見つめるその直線的な黒い瞳。
まるで俺の瞳に穴を開けようとしているかのように、
まるで網膜が焦げ付いてしまいそうなその視線を真に受けて、
思わずしばしの見つめ合い。

よお、と笑いかけたとたん、まるで弾かれたように子犬が跳ねはじめた。
一瞬で心が砕けた。
身体中が溶け出していくのが判った。

あっちゃあ、やってしまった。
やばいやばいとは思っていながら、判っていながら、
また地雷を踏んでしまった。
しかもよりによって、こんなところで、こんな時に。

そんな俺を見透かしたように、
係員のアレックスが、運命だな、と一言。

判ったよ、とがっくりと肩を落としてしまった俺。

やれやれ、ここに来てとんでもない地雷を踏んでしまったようだ。
が、もう、後戻りはできないとは判っていた。

そのドアの向こうに待合室があるから、
そこで待っててくれ。連れて行くから。

そのまま小部屋に通された。
犬と人間のお見合い場所。
幼稚園のお遊戯部屋のようなファンシーな壁紙に、
犬用の玩具。
そんな中で、
背中にテニスラケットを背負ったまま、
自転車のヘルメットを被ったままレンジャーを待っていた。

という訳で連れてこられたその子犬。
アレックスの胸に抱かれながら、
思い切りイヤイヤをして暴れている。

手から顎からを思い切り引っかかれながら、
いやはや、こいつはもう、本当に、と呆れ顔のアレックス。

そら行くぞ、用意はいいか、と床に置いたとたん、
まるで弾けるように暴れ始めるや、
いきなり俺の膝の上に飛び乗ってきて胸によじ登ってきて、
そのまま顔中をぺろぺろ。
抱こうとするととたんに暴れだして飛び跳ねて、
床に下ろしたとたんに転がり走り回り、
玩具という玩具に手当たり次第に咥えては振り回し放り出し、
で、いきなり膝に飛び乗っては、指を舐め、甘咬みを繰り返し、
と、もう大変なわんぱくぶりである。

おいで、と手を差し出すとすぐに駆け寄って来る。
抱き上げるとまだ子犬の匂いがする。
そのまま抱き上げるととたんにいやいやと暴れだして。

もうその時には完全に頭がスパークしていた。
思考も心もなにもかもが真っ白。
身体中から満ちあふれたアルファーに、
すべての身体機能が完全に麻痺してしまっていた。

どう?
とアレックス。
いやはや、とヘルメットの上から頭をかく。
最高というか・・・
なんだって?
俺にとってこれ以上の犬は見つけられないと思う、
と言いながら、知らず知らずに涙が滲んでいたのかもしれない。

OKと、アレックス。
書類の用意を勧めておくから心の準備ができたら言ってくれ。
あ、それから、
もしも家族やら、ルームメイトがいるなら、
一応了承をとっておいてくれ。今のうちに電話して貰えると書類処理が簡単に片付いて助かるんだが。

という訳で、テニスバッグの中から電話を出して、
出したとたんに携帯に飛びかかられて耳を噛まれて。

寝ていたかみさん。
いきなり、大変なことになった、と言われて飛び起きる。
なに、事故?事故ったの?
いや、あの、犬がね、子犬なんだけど、とりあえず、こっちに来てくれないか?場所はファーストアベニューの・・
と、まともに喋ることができないぐらいにレンジャーにじゃれつかれて、思わずこの野郎、と苦笑い。
電話をしまったとたんに、こいつ、やったな、と。うっし、思いきり遊んでやる。

それからどのくらい時間がたったのか判らない。

スタッフたちが次から次へとMATCHING ROOMを訪れて、
レンジャー、おいで、と手を差し出して、
そのまま揉みくちゃ。
この子、可愛いでしょ?
ほら、もう、可愛くて可愛くて。
こら、こいつ、おいで、いや、痛い、やったわね。
とするうちにいつのかにかMATCHING ROOMはレンジャーのファンで一杯。
いままで色々な子を見てきたけど、こんな可愛い子は初めてだって言ってたのよ。
ほんと、誰も手放したくなくて、ここで引き取っちゃおうかって言ってたぐらい。
レンジャーはそんなスタッフたちの一人ひとりに飛びかかってじゃれついて、と大変な騒ぎである。

ただね、とスタッフ。
この子、大変よ、と。
こんな元気のいい子、見たことないぐらいだから、つまりは、家でもどこでもこれをやるってこと。
心の準備をしておいたほうがいいわよ。

そうこうするうちに、レンジャーの兄弟達、一緒にテネシーからやってきた子犬たちが
次々とMATCHING ROOMにやってきた。
あれ、なんか他の子たちは随分小さいね。
そうなのよ、とスタッフ一同が苦笑い。

もうこの子達、レンジャーのあんまりのわんぱくぶりに辟易してたみたいで。。
ほら、見て、と見ている前から、兄弟たちを相手にレンジャーは大暴れ。
伸し掛かり押し倒し振り回して、ともう無茶苦茶である。
とたんに悲鳴を上げて逃げまわる兄弟たちを追い回して噛み付いて後ろ足で踏んづけて。

やれやれ。

どう、もしももっとおとなしいのがよかったら、ほら、この子とか、
と差し出された子犬。いやあ、こいつも可愛いね、と胸に抱こうとした途端、
いきなり飛び込んできたレンジャー。
ダメ、とばかりに俺の膝の上によじ登り、で、そこで踏んはじめる。
この人は俺のもの、とアンアンと吠え始める。
スタッフ一同、大笑い。
やれやれ、と俺も照れ笑い。

似てるよ、とぼそりとアレックスが呟いた。
あんたたちは似てる。あんたがここに入ってきた時に、あれ、レンジャーがやってきた、と思ったもんだ。

またスタッフが大笑い。

そうこうするうちに新しいお客、と思えばそれはうちのかみさん。
あの、と恐る恐る中を覗き込むと、受付席には誰もいない。

あれ、開いているのかな、と中に入ると、奥の人ごみの中から、いきなり子犬が走り出てきて、
かみさんの足元で立ち止まるや、アン、とひとなき。
あれ、なにかな、この子は、と言ったとたんに、走り回り始め、くるくると回ってはかみさんの足元に帰ってきて、アン!

奥さん?
そう。
あれまあ、とスタッフ一同。
よお、と俺。
この子?
そう。
ひやあ、可愛い。
だろ?
おいで、こら、こっち来い、とかみさんももう夢中。

という訳で、と俺が立ち上がろうとすると、いきなり胸の中に飛び込んできたレンジャー。
ほら、おいで、一緒にお家に帰ろう。
とたんに顔中をぺろぺろ攻撃。

そんな俺達を見たかみさん。

ねえ、なんか・・あの人たち、似てない?

とそれを聞いてスタッフ一同、再び大爆笑。

では、と事務所の奥からただひとり、仏頂面のおばさんが一人。

お楽しみはそれまで。
これからちょっとお伺いしたいことがある、と。
なにそれ。
審査よ。あなたがこの子を引き受ける資格があるかどうか、私達が審査するの。

という訳で、インタビューが始まった。

名前は?
住所?

職業は?
なんの仕事しているの?
つまり、犬と十分に一緒にいる時間を作れるかってことなんだけど。
残業とかある?出張は?

まあ確かに、ITなので、残業もきついし、出張もあるし。。

思わず顔を見合わせるスタッフたち。溜息が漏れるなか、
あの、とかみさん。
私が世話するので大丈夫です。

この子、まだ子犬だから、留守にするときにも少なくとも3時間に一度は、
家に戻ってこなくちゃいけないと思うんだけど、大丈夫?

はい、と、かみさん。大丈夫。自転車飛ばせばランチタイムに帰って来れます。
でも、あなたのご飯は?
大丈夫ですよ。自転車乗りながら食べれば。
思わず一同顔を見合わせる。

収入は?ふたりで顔を見合わせて、いくらぐらい。
でも、とかみさん。
大丈夫です。私達の食事代を削ってもこの子にひもじいおもいはさせませんから。

住んでいるアパートは、ペット大丈夫?
はい、犬はたくさんいます。良く見ますので大丈夫。

犬を飼った経験は?
はい、日本でですが。
奥さんは?
私の犬ではなかったけど、家にはずっと犬がいました。

子犬は病気をしやすいし、この子は小さすぎて基本的なしつけもまだだから、
うんちおしっこも教えないといけないし、大変よ。

はあ。

しかも、とマネージャーさん。

この子は特別なの。
もう凄いエネルギーで。元気があり余りすぎて。
ここに来てからというもの、もう一度逃げ出した途端、センター中で暴れまわってもう大変だったの。
どう、ハンドルできる自信はある?

まあ、犬はそんなものでしょう。

家中、めちゃくちゃにされるかもしれないわよ。高価な家具とか、ないわよね?
はい、家具はすべてIKEAで。全部壊してもらっても結構です。

一日、最低18時間は一緒に過ごしてあげられる、と約束してください。
この子は特に甘えん坊だから、なれるまでしばらくは四六時中一緒にいて上げて欲しいの。

それから、一日最低4時間は一緒に遊んであげること。お散歩とかドッグランとか、トレーニングとか。
はいはい、時間があれば一日中でも。

それから、これが最後の質問。

これから本当にいろいろなことがあると思うけど、どんなことがあっても、なにがあっても、
決してこの子を手放さない、と誓ってくれる?

はい、決して。

おくさんも、

はい、絶対に。

OK。ちょっと待ってて、いま奥の部屋で審査してきますから。

それからしばらく。
残されたスタッフたちが代わる代わるレンジャーを抱いて、まるで別れを惜しむように。

この子ね、ほんと、アイドルだったのよ。みんな大好きで。あんまりかわいくて、みんなで交代して家に連れて帰ったりしてたの。
ほら、レンジャー、キスキス、ほら、こっちおいで。あれまあ、なに?もうパパのほうがいいの?

再び、姿を現したマネジャー。
という訳で、と言われた時、思わず手が震えた。いまさらもうこいつを手放すなんてできない。
もしもの時には、このまま強奪してやろうと思っていた。

はい、決定しました。
能力ありという判断で、ACCEPTします。
では、アダプションの費用が250ドル。
それと、書類のこことこことここにサイン。
胸に抱いたレンジャーがあまりにじゃれつくので、書類はすべてかみさんがサイン。
そうするかみさんの膝の上にレンジャーが乗り移って今度はそっちで人騒ぎ、
そのあいだに俺が書類にサイン。

それから、
念の為に、しつけ教室を受けてもらうことはできるかしら?
しつけ教室?
そう、子犬のしつけ教室。でも教育をされるのは飼い主自身。
はい。それはもちろん。

毎週土曜日。場所はここのビルの4階。念のためにその時に、子犬がしっかりと育てられているかモニターさせて頂きます。

あなたがこの子を育てる責任があるように、私達にはこの子がちゃんと育てられているか見守る責任がある。
あなたがこの子を愛するのと同じように、私達もこの子をとても愛していたの。
私達の選んだホスト・ピアレンツに間違いがなかったかどうか、見届けるのも私達の責任。

よくわかります。

判ってもらって嬉しいわ。なにかあったらここに電話をちょうだい。一応9時5時となっているけど、
実はVMをいつも聞いている。緊急時には電話番号を残して。必ず助けになるから。

あなたは私達が一番可愛がっていた子を引き取ったということを忘れないで。
この子は本当に私達のアイドルだった。このままみんなで育てようって話てさえいたの。
私達からそんな可愛い子を譲り受けたという責任についてよく考えてね。

で、最後に言っておくわよ。

この子は、本当に大変よ。本当に大変。覚悟をしてね。

正直言って、そんな言葉の一つ一つを真剣に聞いていたわけではない。
もう胸にだいた子犬が可愛くて可愛くて可愛くて、それどころじゃなかったのだ。

なに、家具を壊されたってなにも気にしない。うんこおしっこ、どうせレンタルアパートだ。誰が気にするものか。
散歩が必要なら毎朝5時に起きてやる。病気をすれば金などいくらでも使ってやる。
家が狭ければ引っ越してやる。
夜遊びもしない。外食もしない。
仕事が大変なら、あんな糞仕事、いくらでも辞めてやる。

と、俺はまじめにそう思っていた。
そう誓っていた。
こいつのためにすべてを捧げてやる。

という訳で、クリスマス後の小雨の煙る昼下がり。

テニス用のウォーミングアップジャケットの胸に抱かれながら、レンジャー、
実は本日改名して、人呼んで、ぶっちぎりのブッチ、ここに参上、を身請けした時、
まさか、
先に誓ったこと、が、いちいち、ひとつひとつ、すべて実現していくことになるとは、
夢にも思っていなかったのである。

レスキュードッグ・ブルース まっちゃん

Posted by 高見鈴虫 on 20.2012 犬の事情
月曜の朝、まっちゃんが怒り狂って俺の机を訪ねてきた。
いつもは陽気なイケイケ親父であるまっちゃんであるが、

そらもう、ほんま、やってられまへんわ、だそうなのである。

しかしながら、
この会社では半ば当然のことながら、
仕事の事やら、真面目に深刻な理由で、
俺の机を訪ねてくる人はまずいない。

そのことは承知の上なので、
俺のほうとしても素直に、まっちゃんの怒りの原因がなんであるのか、
興味が湧いてくるというもの。

という訳で、月曜の朝からまっちゃんはなにをそんなに怒っているのか、
と聞いてみれば、なんと、

犬をアダプト、させられた、という事。

犬をアダプト?

そうなんや。土曜日の朝にな、いきなりや、娘にせがまれてな、
レスキュー・シェルターってなところ、まあ保健所や、に連れて行かされてな、
で、ほら、この犬や、これうちで飼いたいねん、と来るさかい。

という訳で、娘にせがまれて犬をアダプトさせられたまっちゃん。

犬に夢中になっている娘に、
お前、本当に世話するんやろな、と何度念を押しても、
するする、言いながら俺の話しなど聞いてりゃせん。
もう、犬にかまけてかまけて、な。
人の話なんかぜんぜん耳に入らん。

で、やめとけ、言うたんや。
どうせ世話できんようになるし、そうなったら余計に可哀想や。
自分でようできんことには、最初から下手に手を出さんほうがええ、
言うてな。

で、土曜日はそれで大喧嘩や。
泣きじゃくるばかりで口も聞いてくれへん。
まあ放っとけ、言うてたらな、
なんと、夜になってから、家の前にだだだだ、と車が停まりよって、
で、娘のクラスメートたちがな、親に連れてぞぞぞぞ、とやってきた訳や。

で、ゆみちゃんのお父さん、お願いやから、お願いやから、犬をアダプトしてください。
お願いです。私達もみんなで協力します、言うてな。
みんな泣きじゃくりながらや。頼みよるんや。

で、親の方もな、困り果てててな。

いや、でも、俺は仕事で世話はできんし、うちのかみはんは犬など飼ったことないし。
言うたら、大丈夫や、みんなで協力するから、と。

で、よくよく話を聞いてみたらや。

さあ、ここからが俺の怒りの理由やねんけどな。

木曜日に、学校のクラスの課外授業とかで、
バスを仕立てて、例の保健所に生徒みんなで出かけてな。

保健所の犬を前に、

人間の都合で捨てられたこの犬たちが、来週には殺されてしまう。
こんなことでええんか、世の中間違っとるでえ!

みたいな演説を聞かされたらしいんや。

で、みなさん、ペットは大切にしましょう、で終わればよいものを、
よりによって、
もし、家で犬を飼っていなかったら、ここの犬をアダプトしてくれ、言うてな。
で、いまじっくりと犬を選んどいて、
で、今晩よく家の人と話して、で、この週末に引き取りに来てくれ、と。

それまで、命は預かる、とか?

せやせや、ほんまそんな感じなんや。

で、それでや、また娘たち、のぼせまくってからに、
友達同士で話あわせてな、
親を説得できない子がいたら、みんなで協力して説得に当たろう、
なんて協定を結んどってな、で、この騒ぎや。えらい恥かかせよってからに。

で?

で?しゃあないやんか。

で?

で?だから、そこまで言われたらしゃあないやんか。

アダプトした、と。

せや。日曜日、朝一番や。家族一同、一緒にでかけてな。
保健所開くまで、ドアの前でじーっとまっとって、
その間中、もう殺されてたらどないしよ、お父ちゃんのせいやって、もう泣きよって泣きよって。

で?

で?おったよ。小汚い犬でな。

写真とかないの?

写真、娘は撮りまくってたけどな、あ、こいつや、これこれ。

お、ボーダー・コリーだ。

せやせや、そんなこと言っとったで。

こいつは頭いいですよ。

そんなことも言っとったわ。
なんかな、初めて会った時からもう娘から離れんようになったらしくて、うちの娘ももうべったりや。

いくつ?

犬?知らん。なんか子犬やってな話で。

4ヶ月ぐらいかな。ショットは済んでるって?

ショット?なんやそれ。

予防注射。

ああ、済んでる済んでる全部済んでる言うてな。
そういいながら、金まで払わされてな。200ドルや。
これはもう押し売りみたいなもんやろ?せやろ?
そんなもんを学校が授業でやってるなんてな、どうしても理解できん。
これは悪徳商法、そのものや。

素晴らしい話じゃないですか。

あのなあ、動物愛護もいいかげんにせいや、と。
世話を押し付けられるこっちの身にもなってみてください、と、そう言いたい。

家族で世話すればいいじゃない。可愛いですよ。

あのなあ、俺のこの仕事のスケジュールで、捨て犬の世話などできるわけないやろ。

大丈夫!

なにがや、なにが大丈夫や。

あなたは犬にハマる。ぜんぜん問題なし。

どういう意味や。

今に判る。まっちゃん、あなたは絶対に犬にハマる。誰よりも可愛くて可愛くて手放せなくなる。

そんな訳あるか。

大丈夫。俺には判る。あんたは、犬バカの素質十分。

絶対ありえへん。絶対にや。あーあ、しょーもない、こんなアホのところに話に来た俺がアホやった。



という訳で、数日して、またまっちゃんが俺の机にやってきた。

出会い頭に、

ボーダー・コリーな、やっぱアホや。


ぜんぜん言うこときかへんねん。
何言うてもな、空向いてうんともすんとも言わんねん。
で、こら、おまえ、とがつんと、やると、娘とかあちゃんのな、後ろに隠れ寄ってからに、
ほんまに根性なしのアホ犬やな。

がつんって、犬を殴った?

殴りはせんけんど、足でぼん、ってな。

蹴った?

そら蹴りたくもなるわ。
散歩連れてってやろうとしても動かへんし。
引っ張ったら両足こうして踏ん張ってびくともせんし。
飯くれたろいうても、芸の一つもせんし。

芸って教えなきゃ覚えないでしょ。

そんなもんか、お手とか、ちんちん、とか、最初からはやらへんのかな。

あのですね、この国で犬を叩いたら、まじで、警察に捕まって、刑務所、はないにしても罰金刑ですよ。

罰金?誰が誰に払うねん。俺が犬にか?笑わせるわ。

絶対に犬を蹴っちゃダメですよ。殴ってもいけない。
特にこの犬種は頭がいいから、そんなことやったら一生恨まれますよ。

そんなもんか?

犬は頭いいですよ。

そんな訳あるか。

まっちゃん、あんた、ガキの頃、親に殴られたことあります?

ああ、あるよ。何度も。

覚えてるでしょ?

ああ、覚えとるよ。よお殴られた。

頭来たでしょ?

ああ、頭きたなあ。ガキながら、やっぱ、この親父ぶっ殺したろかってな、頭きたわ。

それとおんなじですよ。
ガキのころ殴られたら絶対に忘れない。
それは何十年たっても覚えてる。
理由は忘れた。でも、殴られた、という事実は忘れない。
それが教育であれしつけであれ、殴られたってことは絶対に忘れないでしょ?
なぜかと云えば、理由はなんであれ、絶対に子供を殴っちゃいけないから、なんですよ。
百害あって一利なし。暴力は絶対にペイしない。暴力で教えられたことは暴力で返そうとする。

で?

で、そう、その結果が、

そっか、あんたや。

そう。極道街道、ひた走った末にこのざま、というやつ。

俺もまあ、似たようなもんやな。

でしょ?俺はいまだに覚えてますよ。
で、事あるごとに、こいつ、いうことをきかないなら、ガツンとやっちまえば手っ取り早い
なんて変なことを思う癖がついている。

ああ、あるある、俺もそういうところあったな。確かに。

という訳で、犬も同じ。殴られた怒りは絶対に忘れない。そしてそれを暴力で返そうとする。

ぐれるって訳か。

殴るから悪いんです。最初からぐれている犬はいない。殴るからぐれる。殴られていない犬はぐれない。

でもなあ、なんかうちの犬、かあちゃんやら娘やらが甘やかされてワガママになりつつあるようでな。

褒めるんですよ。徹底的に褒める。ほら、いいことするとこんなに良いことがあるよ、って。

どんどんワガママにならへんか?

そのビビリが、日本の教育の諸悪の根源なんですよ。
そもそも、一般社会に出れなかったようなチンケな学生が教職にすがって、
サラリーマンは大変そうだから先生にでもなるか、
なんてところで学校に戻ってきたチンカス野郎が、
そもそもそんなチンカスだから、ガキを相手に先公ヅラして、俺を舐めるなよ、
なんてことをいうから逆になめられる。
舐められて逆切れして手をあげる。
大人を尊敬しろ、だと、ふざけたことぬかしやがって、となるから、
卒業式に池で泳がされることになんて風に、落とし前をつけさせられる。
だから、
そんなバカな過ちはもう繰り返してはいけない。
しつけはきっちりやる、やるが、それは暴力じゃない。
時間をかけてゆっくりと、良いことをすれば褒める、悪いことをすれば褒められない。
それを根気強く続ける。それが教育の基本。

なんか、えらく感情こもっていたな。そんなものか。

自分のことをよく考えてください。この悲劇を繰り返してはいけない。

あんた、ガキの頃、そんなに辛かったんか?そら悪いことを思い出させてしもうたな。

俺はすべてのレスキュードッグの見方です。
レスキュードッグをアビューズしている奴がいたら、
お天道さまに変わって俺が倍返しにしてもいいって、お天道さまの許可も得ています。

おお、こわ。判った犬は蹴らない。殴らない。で、どうしたらええの?

おやつを上げる。犬用のクッキーを買ってきて、
で、ことあるごとに、良いことをしたら、してくれたら、はいご褒美。
それを何回も何回も繰り返す。

餌で釣る、ということか。なんか卑しいやつになりそうやな。

いや、そもそも犬にはまだ、良いことと悪いことの区別がついていない。
なぜかと云えば、人間にとってよいことは、犬にとって必ずしも良いこと、とは限らない。
つまり、人間にとって良いことをして欲しいときには、と頼まなくてはいけない。
それは躾ではなく、お願い。
犬の事情も判る。が、ここはひとまず折れて、人間の事情にあわせてくれ。
お礼に、このお菓子を差し上げます、なでなで、ありがとう、と、その気持が大切。

お互いに妥協が必要な訳や。

妥協というよりも、相互理解ですね。
人間のいうことをきくと、その代償にこれが貰える、という約束事が生まれる。
その約束の概念をまずは理解して貰う。

犬はそんなに頭ええんかいな。

今にわかります。ヘタをすると、人間よりも頭がいいと思うことにちょくちょく気づきますよ。
とくにボーダーコリーは無茶苦茶に頭がいいから、
いまのうちにしっかりと約束事の取り決めをしていればこの先間違いがない筈。
最初が勝負です。がんばってください。

最初が肝心?

そう、人間もそうでしょ?最初が肝心。
最初にきっちりと約束事を作っておけば、後で揉め事も起きない。
で、約束の時には必ずトリート、つまりおやつを上げる。
はい、約束だよ、と。
すぐに始めてください。
ボーダーコリーなんからだ、こちらがちゃんと約束を果たせば、面白いぐらいに覚えてくれますよ。

そんなものかな。

いいですか。人間というよりも生き物としての基本。
自分でやってほしいことを相手にもやる。自分でやられたら嫌なことは相手にもやらない。
これは犬対犬、人間対人間、犬対人間、でもなんにも変わらない。
犬はその道理が、人間よりもしっかりと見についている。
相手に対して良いことをしてあげれば、必ず犬も良いことを返してくれる。

例えば?

愛情を注いであげれば、それこそ、これでもかってぐらいに愛情を返してくれる、ってことですよ。

犬の愛情か。

そう、犬の愛情。濃いですよ。犬の愛は。心と心のふれあい、ほんとうに染みわたりますよ。

犬にそんなに愛されて嬉しいもんやろか。

今にわかりますよ。まずは愛情を注いであげてください。必ずお返しが来るから。絶対に損はしません。

おお、なんか、そういうもんか、と思えてきた。

まずは、自分の名前を覚えてもらう。
で、名前を呼んだら来る。
来てくれたらご褒美。お礼を上げる。
ちゃんと声に出して褒める。
お座り。お手、してくれたら必ずご褒美。そして褒める。
お散歩の時には、必ずリーシュを短く持って、で、歩きながら名前を呼ぶ。
振り返ったら目を合わせ、目があったらおやつ。これを繰り返す。
信号で立ち止まったら必ずお座り。目と目をあわせて、はいご褒美。
これを繰り返してください。
これだけですごく代わります。まずはここから初めてください。

おお、なんかドッグトレーニング、って感じやな。

取り決めです。約束事を覚えてもらう。
こちらからお願いして、犬に相互理解を促して、で、コミュニケーションを図る。
大丈夫、向こうにもこちらにも心があるわけだから、要は心と心のつながり会いですから。

おお、ほんまか。

犬に、この人を喜ばせたい、と思ってもらうことです。
そのためには犬に喜んでもらおう、とすること。相互理解です。

もっと、ほら、ご主人様、みたいにびしってとやらんでもええの?

それは、相互理解が確率してからですよ。
相互理解もなしにそれをやると、いきなりがぶっと来るようなグレタ犬になります。

そんなものか。

心と心、それが一番大切。躾はその後です。
心がつながれば、俺を悲しませないでくれよ、と云えば、犬はすぐに判るようになる。
それが躾の基本。
心と心のつながり合いの大切さを知ること。それが躾の基本というものです。

なんか、ほんま、人間と一緒やね。

そう、人間と一緒。犬は言葉は通じにくいけど、人間よりも素直だからやりやすいですよ。

すぐに結果が出るかな?

ボーダーコリーでしょ?大丈夫。まずは、おやつから初めてください。

判った。

馬鹿な犬はいません。馬鹿なのは、飼い主、それが真実です。

***

そんなこんなで、
あれから3ヶ月が経った。

まっちゃんは毎朝夕、三マイル、愛犬と一緒にジョギングをするのが日課だそうだ。

いやあ、うちの犬は頭が良くてさ、が口癖である。

いつのまにかIPHONEの壁紙が、娘の写真から、犬を入れた家族の写真に変わっている。

日課にしているドッグランでも顔見知りが増えた。
職種も年齢も人種も学歴も収入格差も飛び越えた、犬友達、である。

ドッグランでは、まっちゃんはちょっと口うるさい親父で通っているのだそうだ。

躾のできていない犬を見つけると、ほら、おいで、とトリートをだし、
呼んだら来る、で、トリート。目を合わせて、トリート。お座りをしたら、トリート。
いいですか、これだけでも十分。まずはこれを初めてください、とやっているのだそうだ。

馬鹿な犬はいない。馬鹿なの飼い主だ。この文句だけは、英語で完璧に言える、のだそうだ。

会社中で犬の自慢話ばかりしているまっちゃん。だが、なぜか俺のところにはやってこない。
たぶん、照れくさいのだと思う。

あの日、レスキュードッグから一緒にアダプトされて行った犬たちは、
その後もクラスメート達の協力の元にすくすくと成長を続けているらしい。
ちょくちょくと一緒にドッグランに集まって、同窓会をやっているそうで、
お互いの犬の自慢話から喧嘩になることもあるらしい。
が、
たとえ、他の犬に比べて多少毛並みは悪くとも、多少頭が悪くても、多少足が遅くても、
そこはやはり、なにがあっても、自分の犬が一番かわいい。
そんな犬を選んだ自分自身の投影がそこにあったりもするわけで、そこは諦めるしかない。

という訳で、悪徳商法だ、と罵倒されたレスキューシェルター、
実はとてつもなく良い仕事をしている、と言わざるを得ない。

TRAVEL AND RESEARCH

Posted by 高見鈴虫 on 21.2012 とかいぐらし
事情があって、久々に自身のレジメ、
つまりは履歴書を更新することになった。

で、いつものように適当に、職歴に直接関係のあるところだけ、
と考えていたのだが、
どうも今回は事情が事情だけにそういう訳にも行かず、

という訳で、高校卒業から始まって、
じっくりと己の半生と向かい合うことになった訳で、
と、とたん、う~ん、と脂汗。
これはこれは。

高校を出てからの一年間、
実はバンドをやっていたわけだが、まあこれは浪人で済む。
大学の留年も、
実はバンドをやっていたわけだが、まあこれも、研究のため、で済む。
で、問題はその後だ。

卒業してから云年間、果たしてなにをしていたのか?

まあ、実はバンドをやめて旅をしていた訳だが、
まさかここに来て、実はバンドをやめて旅をしてました、
とも書けるわけもなく。

という訳で、果たして絶望的に途方にくれていた訳だ。

と、ふと見ると携帯にメッセージ。

ドッグランで待つ、といつもの猛犬仲間から。

まあ気晴らしにでもでかけてみるか、と行ってみたのだが。

***


MADE IN CHINA LOW SCHOOL 

Posted by 高見鈴虫 on 21.2012 ニューヨーク徒然
かみさんとラーメン屋に出かけたのだが、
生憎席は一席を残して満杯。

とりあえずかみさんを座らせて、
間をつめてもう1席ないだろうか、
と見渡すと、椅子の上に白いカバンが置かれている。

あの、と辺りを見渡すが、
食べている人はラーメンに夢中、
話している人はおしゃべりに夢中、
カップルは手元のIPHONEに夢中、
という訳でだれもそのバッグをどけようとしない。

が、まあ大体検討はつく。

多分そのとなりで、頼んだままほとんど手を付けずに食い残し、
で、溺死体のように膨れ上がった伸びたラーメンの横で、
IPHONEの画面をのぞき込んでいる痩せた若い娘。

あの、と一言。

で、最初は無視。

で、もう一度、あの、と呼びかけて、やはり無視。

あ、そう、そっちがそのつもりなら、
俺は俺で、勝手に俺の事情を貫かせてもらうことにしようかの、
と、実力行使に踏み切ろうとしたところで、

いきなりかみさんが、
あの、このカバン、あなたのですか?どけてもいいですか?
と、先手必勝。

あ、え、あ、そう。はーい、わかったわよ、と返事をする痩せた娘。

いかにも幼気な、しかし、これ以上なくわがままそうな、
まさに意志薄弱の塊のような顔をした、たぶん中国人、
が思い切り世の中を舐めきった顔をしてふてくされている。

で、ふとそのバッグを見ると、
なんと、
なんとか大学 ロー・スクール とある。

大学の新入生向けの説明会が始まってるこの季節、
期待の希望に胸を踊らせた若者達が、
買ったばかりの大学名入りのグッズで身を固めていたりもするのだが、

よりによって、ロー・スクール のカバンで、
座席を不法占拠することもないだろう。

という訳で、
己の行動さえも善悪の区別がつかないようなアホ娘が、
よりによって弁護士、つまり世の中の正義を盾に商売にしようなんて、
まさかまさか、ちゃんちゃらおかしい。

いまのうちに、辞めておくように言っておいたほうがいい。

その年になってそのぐらいのことも判らないのでは、弁護士は徹底的に無理。
つんぼの音楽家、色盲の画家、と同じようなもの。
あなたには善悪の判断がつかない以上、弁護士だけは務まらない、つとめるべきじゃない。
CPAでもとって他人の懐の銭勘定しているぐらいが似合いだ、

と言ってやろうとしたのだが、
かみさんが届いたラーメンをすすりながら、やめとけば、と一言。

でもいまのうちに言っておかないと、こんなどうしようもないアホが弁護士になったら、それこそ、

なれるわけないわよ、あんなアホ、と一言。
だって、あの子のカバン、LOW SCHOOL って書いてあったわよ。

まさか。。

どうせなにもかもが MAID IN CHINA なんじゃない?
中国からの留学生だけを相手にアメリカの司法試験を受験させる専門学校みたいなものかな。
でも、あれを見るとやっぱりたかが知れてるわよね。
LAWとLOWの区別もつかないバカばかりが集まって、
でも周り中がそんなのばっかりだから自分がいったいどれだけ馬鹿かも気が付かないんでしょ。
それに気づかせたくないから中華思想なんて馬鹿なプロパガンダを喧伝してるんじゃない?
だったら馬鹿同士で適当にやらせてればいいのよ。関わりあうだけ馬鹿馬鹿しい。
MADE IN CHINA LOW SCHOOL の資格をとってさっさと帰ればいいのよ。

かみさんは確か、中国には行っていなかった筈だが、
わりと事の本質を見ているな、とちょっと関心。

IT何でも屋~名医のあんちゃん

Posted by 高見鈴虫 on 21.2012 技術系
嘗て小銭稼ぎにIT関連のコンサル、つまりは何でも屋稼業をやっていた頃、
ユーザさんからは、魔法使いのあんちゃん、的な称号を頂いていた。

あのあんちゃん、柄は悪いし、態度はでかいし、
口を開けばふざけてばっかりいる、
が、まあ、とりあえずはなおっている。
まるで極悪の魔法使いやな。

まあ理由はと言えば、
しろうとさんを相手にいちいち技術用語を並べても、
どうせチンプンカンプンか、あるいは、あまりの訳の判らなさに逆に腹を立てるか、
が関の山。

どうせなにかを教えてくれ、やら、ちゃんと説明してくれ、
なんていうのも、
実は理屈が知りたい訳ではなく、やり方、を手っ取り早く教えて欲しい、と言うだけ。

やり方だけ教えても、次に起こったことが別の理由によるものだった場合は、
まったく違うことをやられて深みに嵌るのが落ち。

という訳で、ユーザーには極力技術的なことは話さないようにしていた。

で、うるさく作業に首を突っ込んで邪魔をされないように、
例のマジシャンの要領で、
口では全く関係ない下らない冗談を話してユーザの気をそちらに逸らしながら、
手だけはちょんちょんちょん、と動かして、はい秒殺。

という訳で、はい、なほりました。
やら、あれ、いつのまにかなほってる、ではさようなら、とやっていた訳だ。

だから、そうやって誤魔化さないで、ちゃんと教えてくださいよ、
と絡まれることもあったが、その時には、
いや、俺はなにもしていない、勝手になほっていた、と言い張って、徹底的にお茶を濁した。

おちょくっているのか、と絡まれることもあったが、
事実おちょくっていたので言い返すこともできず。

まあまあ、とニヤニヤ笑いでやりすごしていたわけだが、
実はそれには理由がある。

今日、PCの問題、なんかで怒ったり騒いだり時には泣いたり、
なんてことを繰り返している人々が、なんとも長閑に見えてしょうがなかったのだ。

バカ、というのではもちろんないのだが、
なんか、長閑だな、と。

まるで犬に吠えられたことに本気で怒ったり騒いだり悲しんだり、
あるいは吠えた犬の気持ちを深読みしてみたり、
そんな人々を見るように、
ついつい傍観してしまっていた訳だ。

あまりにもお困りな方にはさりげなくその極意をお伝えしていたりもしたのだが、
例によってほとんどすべての人がその極意の言葉を冗談だと思ってやりすごしていたに違いない。

要は、会話なのである。
つまり、コンピュータとの会話。

オペミスをすると必ずエラーが上がる。
その内容を素直に読み取ってそこに書いてある指示に従う。
その当たり前の会話が、できていない訳である。

コンピューターとの会話と言っても、
まさかコンピューター自身がしゃべっているわけではない。

それはつまり、そのアプリを作った開発者が、
ユーザーがオペミスをしたら警告メッセージをあげろよ、
というプログラムをわざわざ書いている訳で、
おせっかいなプログラマーは、
その警告メッセージに番号を振ってわかりやすくしたり、
そうではなくて、こうしてください、的な伝言まで表示させるように、
それをわざわざ、時としてとても苦労して、事前に用意してくれている訳である。

開発者はときとして、
たぶん、ユーザはこんな間違いを犯すだろう、
という予想というかシュミレーションをやって、
できるだけ多くの間違いパターンを事前に予測して、
それに対するマニュアルを作ったり、
あるいは、なんらかの警告メッセージを上げる、
ってなプログラムをしこしこと書き続けている。
それは開発作業の一部ではあるのだが、
実際のプログラムの動作とは逆行する、
いわば後出し作業。

あーあ、やっぱユーザさん、こんな間違いを犯すだろうな、
というのをある程度、あるいは、徹底的に予想して、
それに防衛戦を貼るわけだが、
やはり、どれだけシュミレートしても、
予想だにしなかったとんでもないオペミスをする人もいる訳で、
うーん、人間というやつ、まったく予測がつかない、
なんて考えていると、
ついつい、深層心理の深読みなんて世界にも入っていったりもする訳だ。


しかしながら、
そんな苦労も知らずに、
幼気なユーザさんたち、
つまりは困ったちゃんたちは、
そんな開発者の
まさに愛情を込めって書き進めた伝言のすべてを、
読まずにスキップしてしまう。

せっかくの親心、
こうしたら、困るだろうな、そうなったらどうしてあげよう、
と綴れおった警告メッセージ、

どこどこが間違いです、どうしてください、とメッセージが上がっているのに、
ユーザというやつはまったく不思議なもので、
そういうメッセージを徹底的に絶対に読んでくれない。

マニュアル作っても読んでくれない、
警告メッセージも読んでくれない、
だったらいったいどうすればいいんだよ~!

涙をほろほろと流す開発者の姿が目に浮かぶようだ。

という訳で、まあそんな訳で、

開発者の苦労と、ユーザの身勝手を同時に見ながら、

泣く子犬の頭を撫でるように、はいはい、わかったわかった、と、
思わずニヤニヤしてしまったり、していたわけだ。

これがまあ、魔法使い、あるいは、名医のあんちゃん、と言われれた所以である。


レスキュードッグ・ブルース 「チェシー」

Posted by 高見鈴虫 on 22.2012 犬の事情   0 comments   0 trackback
アッパーウエストサイド、72丁目の公園を見下ろす
超高級コンドに暮らすエレンさん。

某有名雑誌と特約契約を結ぶ編集プロダクション会社の辣腕社長、
であるのだが、つい先日、飼っていたオーストラリアン・キャトル・ドッグ、
フレックルが5歳を待たずに癌で死んで以来、
仕事も手につかずの超欝状態。


「犬の動体視力」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2012 犬の事情   0 comments   0 trackback
実を言うと、我が家の駄犬、
駄犬と言うのはもちろん謙遜で、
正直なところ、飼い主の俺自身、
この駄犬をちょっと尊敬しているところがある。

とは言っても、
できる芸といったらお座り、お手、も含めて5つ程度。
いまだに部屋で粗相をした後に、せっかく使用したWIEPEEPADを、
そのまま口に咥えて振り回す癖があって、
帰ってみれば部屋中がウンコだらけ。
隣りの住人が嫌いで廊下で姿をみかけただけで吠え掛かり、
散歩の途中で、いやそっちは行かない、とがんばり始めるのも常癖化。
挙句に、ホームレス、やら黒人やら、ジャンキーのガキやら、
ちょっと気にいらない、と思うと、とたんに吠え掛かって、と
まさにちょっとこれ、駄犬というよりは猛犬、つまり困りきった犬な訳である。

と言う訳で、弁解まじりに改めて言えば、
我が家の駄犬、
オーストラリアん・キャトル・ドッグという品種。
本来は牧牛犬の血統だそうで、
その運動能力と知能レベルは特筆すべきものがある、
そうなのだが、
いかんせんこの犬種、とりあえずは身体中にエネルギーが
有り余っているらしく、
少なくとも一日4時間の激しい運動が必要。
で、もしもそれが不足している、となるやいなや、
その果てしないエネルギーを部屋の破壊作業に使い始める訳である。
また、その知的レベル、と言っても、確かに、あのなあ、と普通に話しかけたことが普通に通じたり、と便利なことも多いのだが、
下手をすると自分で物事を判断して仕切りたがる、なんて思い上がりが出てきて、まさに、飼い主の俺に向かって、お前はもうちょっとこうすべきだ、なんて意見を言うまでになっている。

と言う訳で、この困った駄犬である。

子犬の頃からのその凄まじいばかりの腕白ぶりに
心底驚愕してきたで、
公園に連れてゆけば、脱兎、どころか、まさにロケットのような勢いで
丘から丘へと走り回り、
興奮した犬たちを20も30も引き連れては猛然と追いかけっこを始め、
挙句に柵を飛び越えて岩山のてっぺんにまで駆け上がっては、
どんなもんだ、と得意顔。

そんな姿に目を見張ったアジリティ協会のおじいさん、から、
頼むからこの犬を譲ってくれないか、金なら幾らでも出す、と頼み込まれる始末。
が、そんなことを言ってるそばから、
おい、チビすけ、そのボールよこせや、と言ってきたジャーマンシェパードの鼻先に、
飛びついてぶら下がって振り回して、と大暴れ。
いやはや気の強いチビ助だな。。
だろ?こいつアジリティなんて言っても、競技の途中に他の犬と喧嘩を始めて、なんてのばっかりだぜ、多分。
と言う訳でこの暴れん坊。ドッグランに連れて行くたびに一悶着二悶着を起こしてはすっかり鼻つまみ。
そのうち俺たちが姿を見せるとみんなそそくさと帰り始める始末。
誰もいなくなった公園で、まったくお前やれやれだなあ、とやりながら、
しょうがない、遊ぶ子いなくなっちゃったから、二人でボール遊びでもしようか、とテニスボールを手に取った訳だ。

と言う訳で、
いまとなっては完璧なまでのボールフェッチ。

どこに行ってもなにをやってもボールだけは離さず。

スロー アンド キャッチ、は元より、
サッカーからゴールキーパーから、と、ことボールを追う、キャッチする、
ことにかけてはまさに天才的である。

俺たちの姿を見かけたとたん、ドッグラン中の犬たちが眼を輝かせて勢ぞろい。
で、さあ、用意はいいか、それ行け!と壮絶なボール遊びが始まる訳だが、
空に向けて思い切り投げ上げたボール、
とたんに猛ダッシュする居並ぶ大型犬たちの中に混じって、
まるで白い矢のように疾走をする我が駄犬、
巻き上がる砂埃の中から、さあ誰が取った?と目を凝らしていると、
どういう訳か、そんな犬たちに囲まれて
ボールを咥えて帰ってくるのはいつも決まってうちの駄犬。

それがあまりに繰り返されると、
悔しがった犬たちが、ワンワンワンと吠え始め、
あるいは俺に向かって、不公平だ!と文句をいう奴まで出て、
しまいにはうちの駄犬の口元から咥えたボールをふんだくろうとした狼藉者に、
途端に飛び掛っての大立ち周り。

たかがボール遊び、とは言いながら、
やることなすことがまさに、オーストラリア気質、というか、
まあ、とにかく並外れてきかん坊な訳である。

最近ではタッチダウンごっこ、と言う訳で、
さあ、走れ、とやったところで、
走る犬たちの後ろから思い切りボールを放り投げると、
ディフェンスとなる他の犬たちの間を走りぬけるブッチ、
着地地点を見計らっては、
思い切りジャンプしてこのボールをダイレクトキャッチする訳で、
それが走りながら、であったりすると、まさにスーパー・タッチダウン!
無茶苦茶格好良かったりもする訳だ。

後ろから来るボールをなぜキャッチできるのか、
いまだに謎な訳だが、どうもボールの軌跡を読めるというか、
いつどんな時でも、ちょうどその着地地点にブッチは先回りをしてるようなのだ。

と、そして、サッカーごっこ。

これは一緒に遊ぶ犬が少ない時にやるのだが、

足元に置いたボールをドリブルしながら取り合いをする訳だが、
果たしてそのディフェンスのすばやさ、巧妙さ、には思わず舌を巻くばかりである。
蹴ろうとする方向にいち早く身を翻らせてディフェンスに入り、
どこを向いてもどこに蹴ってもほとんど大抵の弾はすぐにブロックされてしまう。
あるいは、甘いドリフトにはそのまま飛び込んで弾き飛ばされ、
下手をすれば、蹴ったボールをそのまま、PKのキーパーそのもので、
飛び上がってはダイレクトキャッチを決めるのだが、
まさに、己の鼻先で蹴られたボールを、いきなり目の前でキャッチする様は、
ピッチャー返しを食らった剛速球投手が、身を躍らせてボールを掴むのにもにて、
まさに神業に近いものがある。

お前、目の前にすっ飛んできたボールになんでそんなに早く反応できるんだ?

とそんなことを聴いても、ボールを咥えたまま、
あるいは、小首をかしげては、嬉しそうに笑っているばかり。

そんな我が家の駄犬を前にすると
少年時代は天才サッカー少年の誉れ高かった俺も、
どうにも形無しな訳である。

と言う訳で、
ドッグランの飼い主達からも、嫉妬交じりに感嘆の声を浴びるのは日常茶飯事。
さすがに売ってくれ、という奴はいないにしても、
まるで大砲のような巨大なカメラで、バチバチと写真を撮られるなんてことはざらである。

凄いな。物凄い運動神経だ。
まったくだ、ほら、この動き、まさに神業だな。
いやあ、こいつが人間だったら、ジッター顔負けの名ショートストップになってたな。
いやあ、それだったらマラドーナ級のサッカープレーヤーだろ。
身体が小さいからアメフトは無理かな?
いや、こいつのこの身の動きだったら、どんなスポーツ、どんなポジションでも適うものなし、じゃないのか。

そんな声を前に、ははは、と笑っているばかりでは済まない気がする俺なのである。

俺としても男の子の端くれ。身体は小さいがその運動神経にはちょっとした自信があった訳で、
しかしそんな俺も、
この駄犬を前にすると、その運動能力にまじめに嫉妬を感じたりするのである。

まあ足の速さ、は良い。
足の数にしたって、向こうは4本、こっちは、二本。
直立歩行の人間である以上、4本足の犬には敵う訳がない。

が、しかし、そう、こいつの持つ、この異様な敏捷さ、である。

ほとんど大抵のボール、それもすぐに鼻先から投げられたボールを、
いきなりスカッとダイレクトキャッチをしてしまう訳である。

昔、野球部だったころに、キャッチャーのプロテクターを着けては、
5メートルノック、なんてのをやらされたことがあった。

マウンドからホームベースが18。5メートル、ベース間が27.5メートル。

で、その半分ぐらいから初めて、もっと前へもっと前へ、とつっこまされて、
しまいには、ほとんど目と鼻の先で打たれたボールを、
まさしく一瞬の呼吸でキャッチする訳なのだが、いやはやこれがまさに辛かった。


がしかし、
後にテニスをするようになってから、この時代に培われた敏捷性が、
まさにボレーボレーの際にはとても訳にたった訳で、
そう、つまりは、動体視力、な訳である。

いきなり目の前に物凄い速さで飛んできたボールを、
一瞬の身のこなしでキャッチすること、
これは、反射だけでは不可能なのである。

つまり、そのボールをまさに、見切ること、が必要な訳なのだが、
このボールを見切る、という能力、
これが、まさに、才能の分かれ目、というか、なんというか、
そう、俺にはちょっと、限界があった訳だ。

その後、機会があってテニス界の大寵児であったロジャー・フェデラーの練習風景にたち合わせてもらったことがあったのだが、
その時に驚いたこと、というのが、彼の持つ動体視力の凄まじさであった訳だ。

全てのボール、その全ての動きを、まさしく見切っている訳である。

後になって写真で見てみると、ロジャー・フェデラーの目は、
まさに、獲物を追う動物そのもの、
妙に、ぽっーっと開かれた瞳孔は、針のように研ぎ澄まされた、
というのではなく、まさにその逆、まるで全てのものを包み込むように、
大きく開かれているのである。

見つめちゃだめだったのか。。。

とその時はまさにく思った訳なのだが、

その後になって、このロジャー・フェデラーと同じ瞳孔を持つものに知り合う機会を得た訳だ。

それはまさに、いま、この目の前、
涎でべとべとになったボールを、これでもか、と顔に押し付けてくる、この駄犬の中の駄犬、オーストラリアン・キャトル・ドッグの雑種な訳である。

じゃあ、最後の一回だよ、と取りあげたボール、
そのボールを見つめるこの駄犬の目。

まさに、大きく見開かれ、開いた瞳孔は針のように刺す、のではなく、
まさに、深い泉の底のように開かれているのである。

ほら、いくよ、いくよ、というたびに、その身体を震わすように右に左にと動き回るのだが、その瞳だけはぽーっと開かれたまま、微動もせず。

で、50CMの距離から鼻先のボール、ほい、と投げられたその一瞬の後には、
カプっと咥えている訳である。

お前なあ、と思わず苦笑い。
いったいどんな動体視力してんだよ、お前は・・・

と思わず頭を撫でると、はっはっはっは、面白かった、もう一回、と尻尾を振っている訳で。


ねえ、だから、ベッドの上ではボール遊びしないで。また苦情が来るよ、
と苦々しいかみさんを他所に、我が家の駄犬は、さあもう一回、もう一回、と盛んに尻尾を振っている。

でもさ、こいつ、ほんと凄いよ、ほんと、フェデラーみたいな目つきしてさ。

犬なんだから当然でしょ?犬ってそんなもんなんじゃないの?

卓球やる猫は見たことあったけどなあ、こいつも卓球上手そうだな。

ボール返す前に全部食べちゃうんじゃないの?

まあそうだろうが。。。


と言ったその瞬間に、投げ上げたボール、ふいを突いた!と思えば、
一瞬のうちに翻った身体を伸ばして、
ボールが投げ上げられるその途中で、カプッと咥えてしまっている訳である。

ほら、凄いよこれ、まじで。テニスやってたらたぶんフェデラーに勝てたな。

犬がどうやってラケット持つのかは知らないけどね。

と言う訳で、そう、我が家の駄犬の秘密、それはまさにこの動体視力な訳である。
ボール遊びをするたびに、くっそお、やってくれるなあ、と思うわけなのだが、
それを知ってか知らずか、俺の顔をみればそれこそ嬉しそうにボールを咥えてくる訳である。

お前って奴は、本当にボール遊びのために生まれてきたような奴だな。

その溌剌とした姿に、まさに尊敬、そして、嫉妬の念を抑えきれない訳である。

で、そう、そうこうするうちに、友人からメールを頂いた。

犬の犬種別の運動能力に関する記事からの抜粋であったのだが、
ボーダー・コリーと、そしてこのオーストラリアン・キャトル・ドッグ、
犬の中でも、こと視力、それも動体視力に関してはぴか一らしい。

ボーダー・コリーは一キロ先の飼い主の表情を捕らえ、
オーストラリアン・キャトル・ドッグは、まさに猫さながらに、
飛ぶ鳥さえも叩き落とすそうである。

そうか、犬種だったのか。。

と言う訳で、改めてこのオーストラリアン・キャトル・ドッグという犬種、
まったくもって、犬の中の犬。
尊敬の念を新にした訳だ。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
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