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IPHONEは脳の一部

Posted by 高見鈴虫 on 02.2013 技術系   0 comments   0 trackback
改めて思うが、IPHONEは脳の一部。

手元にスマフォ、
つまりインターネット常時接続機器があるだけで、
基本的に知らないこと判らないこと、
というのはありえない、というのが前提。

それを前提とした上で、社会を組み上げていかなくていけないんじゃないの?
と思うがどうよ。

つまりだ、
大学の入試を、PC・スマフォ、持ち込み可、にする訳だよ。

この時代、今更くだらない暗記筋トレのようなことばかりで、
人々の能力をジャッジする、というのは馬鹿馬鹿し過ぎる、
と誰もががそう思っているのに、
なにもやらないで、ただただ焼き直しばかりを続けているというのは、
つまりは、
試験問題を作り治すのが面倒で、やっていないだけの話だろ?

教育関係者、
いじめだ、体罰だ、なんてくだらないことでガーガー言ってる暇があったら、
もっとまじめに仕事しろよ、といいたい。

いまさら情弱のおちこぼれが上座に居座っている

Posted by 高見鈴虫 on 02.2013 技術系   0 comments   0 trackback
ぶっちゃけ、いまさら情弱のおちこぼれが上座に居座っている、
という状況はもうやめにしねえか?
と思うがどうよ。

社会から落ちこぼれてるのは、むしろ
そういう、スマフォもろくに使えない知障老害の方だろうが。

あるいは、本当なら21世紀を担う能力のある奴らを、
そういう知障老害たちが徹底的に駄目にしてしまっている、
というべきか。

みてみろ、知障老害たちの居座る世界があんまり馬鹿馬鹿しいんで、
みんなやる気をなくしてニートになっちまったじゃねえか。

ユトリがバカなんじゃない。
怠けもののバカはお前ら、老害の方だ。

つまり、くそ経団連に、くそ電通、くそ官僚。

いまさら、スマフォどころかメールもろくに打てねえ、
英語もしゃべれねえなんていう知能障害者、
つまり世界的に見れば、オシでつんぼでめくらのみみずみたいな奴らが、
まさか国をハンドルするなんて土台無理なんだよ。

一度海外に出たら、己が完全に無力化してしまうこと、
てめえが一番よく判ってるだろ。

世界から完全に落ちこぼれて、
江戸幕府が攘夷だ開国だ、とやっているこの状況は、
まさにお前らがてめえの利権を守りたいがために、
日本中をだしにしてるだけじゃねえか。

早く死ね、老害ども。

あるいは、たのむからまっとうに努力してくれ。
これ以上、日本という優れた資質をぶち壊すのはやめてくれ。

Zero Dark Thirty を観てきた

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
遅ればせながら、ゼロダークサーティを観てきた。
午後のスーパーボールまでの時間つぶしのつもりだったのだが、
スーパーボールへの気持ちが削がれてしまうぐらいに、
完全に持っていかれてしまった。

重い映画だった。

宿敵オサマビンラディンを倒すの行け行け戦争ヒーローもの、
と思いきや、
そこに描かれていたのは、2001年9月の雲ひとつ無く晴れあがった朝から始まった、
あの暗く長いトンネルの話。

アメリカという国が、猜疑心と自己欺瞞と分裂と不安恐怖症と、
抗鬱剤の濃霧の中で息を詰めていたあの時代。

アメリカ人がアメリカ人であることにとことん嫌気がさしたあの時代。

先の見えぬ戦争。
繰り返されるテロ警報。
嘘ばかりのニュース。
訳もわからずはしゃぐ百姓。
共和党基盤を支える無知と貧困とキリスト教原理主義。

映画には極力描かれていなかったが、
あの期間、いつも頭の上からは、
ジョージブッシュの百姓ヅラの悪魔の高笑いが響き渡り、
バーバラブッシュのあの焦点のずれた瞳が、「神に祈りなさい」と繰り返していたのだ。

映画はあの時代の陰鬱な苛立ちを見事なぐらいに思い出させてくれた。

話題になった拷問シーンも、あの時代を生き抜いたニューヨーカーにとっては
ショッキングどころかただただ忌々しいだけだ。
むしろあんなものを喜ぶ安易なゲテモノ趣味こそが
ジョージブッシュを支えた基盤であったこともよくわかっている。


というわけでこの映画だ。

何よりも哀れに思えたのは、オバマが大統領に代わり、
アメリカがようやくあのブッシュの暗黒時代から解放された後も、
あの時代を引きずらざるをえなかった事件の当事者の人々の苦悩だ。

あの戦争の虚しさ、重さ、苛立ち、悲しさ、を一生引きずらざるを得なかった人々。

つまりそこで、冒頭のシーンの意味が重さを増して行くのだ。

2001年9月11日の、あのワールド・トレード・センターで死んだ者達、
あるいは、家族や恋人や、大切な人を失った人たちにとって、
今や誰からも忘れられようとしている、あるいは、忘れたがっている
あの忌まわしい気持を引きずらざるを得なかった人々にとって、
オサマ・ビン・ラディンという人物がなにを象徴していたのか。

そして最後のシーン、
誰もいない軍用機に一人乗り込んだマヤの流す涙がそこにつながるのだ。

あのマヤの流す涙の意味するものを知り抜いていたニューヨーカーたちは、
映画が終わってしばらくは椅子から立ち上がることができなかった。

改めていう。

2001年以前にこの国にやってきたものと
2001年以降にこの国にやって来た人間は基本的に違う。

つまりあの映画が終わったときにさっさと席を立てたのは、
2001年以降の人々だ。
つまりあの戦争の本当に意味するものがまるでわかっていないのだ。

という訳で本題である。

オサマビンラディンは海に捨てざるを得なかったのだ。

世界中からどれだけ非難されようと、
あの人間の死体だけは海に捨てた!と言わざるを得なかった。

その本当の意味がこの映画にはある。

目的を果たし、ようやくあの10年以上に渡る長い長いトンネルを抜けたマヤが、
行き場所を失ったまま流す涙の意味がまさしくそれなのだ。

あわよくば、
ジョージブッシュとディックチェイニーと
ラムスフェルドとカールローブとポールソンの射殺したいも
一緒に海に捨ててくれたらな、と思ったのは俺だけではないだろう。

あいつらの死にざまを見ない限り、
アメリカは神も悪魔も信じる気にはならないに違いない。

良い映画だった。
誰かが撮らなくてはならず、
それを撮った者は必ず逆恨みを買い、
しかし、誰かがその憎まれ役を買って出ないことには、
あの戦争が残したものがなんだったのか、
誰にも理解されないではないか。

2時間半という長い映画が終わって、
あああ、面白かった、と伸びをして、
そしてにこやかに光の中に歩き去っていくカップル達の後ろで、
あの戦争を忘れられない人々が、そっと涙を拭っていたことを知る人はいないだろう。

「超甘えん坊の土佐犬」

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
日曜のドッグランに土佐犬が登場した。
まだまだ若そうだが体つきは既に成犬そのもの。
つまりかなり身体がでかく、ちょっと目にはまさに野獣。見るからに獰猛そのもの。
でありながら、
でかい図体でぴょんぴょんとドッグラン中を跳ね回っては、
マルチーズを追っかけまわしたりビーグルにじゃれ付いて吠え付かれたり、
挙句にブー君の口元からボールを取ろうとしていきなり怒鳴りつけられて眼を白黒。

つまりこの土佐犬、やることなすことまったく子犬のまま。

挙句の果てに、なぜか俺のところにやってきて、
きょとんとした顔をして顔を覗きこんでると思ったら、
いきなり抱きついて来て顔中をべろべろと遣り始めた。

あのなあ、と押し戻そうとするがこいつまじでとんでもない怪力。

おい、お前、ジャンプするな。お座り!お手!

とやってもまったく通じず。

満面が喜びではちきれそうなハッピーフェイスのまま、
これでもかとばかりに絡み付いてくる。

溜まらずベンチに押し倒されてしまったら、今度は膝の上に乗り上げて来てごろごろ。

なんとも甘えん坊の土佐犬である。

確かにたまらなく可愛いのだが。。

しかしこんなのを猫かわいがりして大きくなってしまったら
そのうち目も当てられないことになるな、

と思わず飼い主に眼をやるが、

当の飼い主さん、
なんとドッグランにカシミアのロングコートという出で立ち。

まさにまったく犬に慣れていないというのがもろ見えである。

多分また能天気なトランプタワーの住人。

まるでEBAYで買い物をするように、
図鑑を見ながら、うん、この犬が珍しくて格好いいな。
よしこいつにしよう、と選んだだけ、
という感じ。

という訳でギャラリーを相手にこの犬を買うためにどれかけ苦労したか、
いくらかかったか、どれだけかわいいか、みたいな話ばかりしているのだが・・

という訳で俺の胸の中に巨大な顔を寄せるこの土佐犬。

あのなあ、よく聞けよ。
どうもお前の飼い主はかなりバカのようで、
お前はこれから生きるうえで必要なことを、
お前の飼い主からはこれっぽっちも教えてもらえないみたいだぞ。

つまりお前は、自分で自分の身を守るために、自分自身で自分を律さないといけない
ということになる。

いいか?がんばれよ、
と諭すのだがまだ子犬の顔をした土佐犬はまったく聞く耳持たず。

まるでネコのようにまとまりついては、大好き大好きとゴロゴロとやるばかり。

子犬の頃に猫かわいがりされた犬は、
トレーニングの開始が遅くなればなるほどトラウマになることが多い。

特に日本犬はプライドが高い分、トレーニングの遅れはまさに致命的だ。

下手をするとまったくハンドルできないことにもなりかねない。
という訳で、そのあまりにいたいけな野獣を胸に抱えながら、
彼のこの先の苦難の人生を思ってちょっと暗澹たる気持ちになってしまった。

スッパボールのあの停電の意味するもの

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
スッパボール、
なんだよこれは、くだらねえ犬の散歩にでも行こうか、
と思っていたら、
あの停電から以降、俄然面白くなったな。

というわけで、あの停電だ。

どう考えても、49ズに大枚はたいた誰かさんの算段なのだろうが、
49ズなんて糞チームに一体いくらかけたんだろう、
などと思わずほくそ笑んでいたわけだが、
たしかにその後の試合展開を見る限り、
あの停電は効果的だったな。

ついでならあの最後のクソパスも計算済みだったらそれこそ凄い。

いずれにしろ下馬評通りのレイブンスで良かったのかな。

「ぜーぜーバロメーター」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
やばいタバコを吸い始めたとたんに階段で息が切れ始めた。
やっぱこれ身体に悪いんだなと実感するこのぜーぜー。

「ポーランド人」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
道端でいきなりポーランド人に話しかけられた。

ポーランド人で知っている人。

アンジェイ・ワイダとショパン、それしか知らない。

ちょっと笑った。

「スーパーボール・マンチーズ」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
米国においてスーパボールの日、というのは、
スポーツの祭典だけにとどまらず、
ぶっちゃけ、
この日だけは何をどれだけ食べても許される特別な日なのだ。

つまりはデブのための日な訳である。

ピザにコーラにナッチョスにホットドッグに、
ハンバーガーにフレンチフライにバッファローチキンウイング。

普段はカロリーやらコレステロールやらを気にして躊躇していたこれらのジャンクフードを、
誰をはばかることもなく大手をふって思い切り底なしに食べることができる。

という訳でほとんどすべてのアメリカ人がそうであろうジャンクフードマニアにとっては、
このスーパーボールの日はとてもハッピーな日である訳だが、
終わった後の始末がまた大変という訳で、
身体の重い月曜日。見渡す限りの人々が徹底的に機嫌が悪い。

「マーク・サンチェスとティーボウの微妙な関係」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
去年のJETS、
結局、なにをやっても徹底的に失敗ばかりだった。
一昨年のJETS、あの神がったたような逆転劇を繰り返して、
スーパーボール一歩手前まで登りつめたあの勢いが、
まるで冗談のようである。

まあ理由はいろいろあるのだろうが、
その最大の要因はと言うと、
ぶっちゃけ、あのTBOWのトレードにあるのではないかな、
と思っている。

プレーオフどころか、まるでどん底チームの常連であったJETSが、
マーク・サンチェスを中心にあのがむしゃらなプレーで勝ちあがって来たというのに、
いきなり、金の卵であるTBOWが加入する、ってな話を聞いた時、
え!?なんで?と思わず首をかしげたものだ。

だって、マーク・サンチェスがいるじゃねえか、と。

あるいは、これをマーク・サンチェスはどう思っているのだろう、と。
少なくとも俺がマーク・サンチェスであったら、
一撃でやる気をなくすがなと思ったものだが、
結果を見るとやはりその通りだったのだろう。

2匹目の犬を迎え入れる時には問題は新参者ではなく、既存の犬の方なのだ。

弟ができたと喜ぶばかりなら良いが、
これまで自身が独占していた飼い主の愛情を、
新参者に奪われた、と勘違いしてしまた場合、
犬はとてもとても傷ついてしまうことになる。

そのためには、相当の時間を準備に費やして、
心に傷を残さないように気を配らねばならなかった筈なのだが。

という訳で完全に臍を曲げた挙句、
すっかり自信喪失してしまった傷ついた野獣であるマーク・サンチェス。

こうなった以上はいまさらTBOWを放出したからといって、
その傷が癒えるとも思えん。

大失敗トレードだったわけだな。

あのなあ、もうちょっと人の気持ちを考えんかいと言いたい。

「判っていたのさ失語症」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
今はまっている事態は事前に予想できたこと。

つまりこれまで割りと普通すぎるぐらいに話していた英語を
一から組み上げなおすという作業。

会話やチャットでは文法も発音もまったくいい加減なもので
それでもなんとか通じてしまっては居たのだが、
仕事となるとそうはいかない訳だ。

これまで何度か試したが、
それをはじめるたびになんだか怖くなってぎこちなくなって
口先まででた言葉が出ないようになって、
結局失語症状態になってしまうことが判っていたからで、

しかしそう今それを改めて始めた訳だろうと。

日本語だってアナウンサーになるために
正しい日本語を学び始めたらたぶん失語症に陥ることになるだろうと思う。

正しいビジネス英語を学べるのは今しかない。

そのために辛い思いをするのも覚悟のうえ。

なので下手に必要以上に自信を喪失するな。

始まりとゴールをちゃんと目指していろよ。
忘れるな。

「びびり」

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
なんかさあ、お前ちょっとびびってない?

つまり、なんというか、

こういうこと言ったら悪いかな、とか、失礼かな?とか、忙しいかな?とかさ。
いまさらこんなこと聞けないよな、とか、こんなこと言ったらなめられるかな、とか。

そんな無駄なことで躊躇しているうちに、
それでどんどん後手になって必要な情報から抜け落ちていくんじゃないの?

もっとがんがん恥知らずに積極的に行けよ。

なんか元気ないぞ。

大丈夫、お前は神に愛されている。
だから地雷は踏まない。踏んでも謝ればすむ。がんと行けガンと!

なんてことを考えていたらいきなり大ボスのマイクEから、
よおっ! てなMSGが来る。

この人いいなあ。本当にいいなあ。
心底、格好いいなと思う。

この年になってやっと、格好いい男に出会えたなと思っている。

よお、の一言だけで、
この会社に入って本当に良かったなと思わせてしまう、
こんな人と一緒に働けることこそが、幸せではないのか、と思い知る訳だ。

「せきゅりてぃ」

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
あのさ、せゅりティだかなんだか知らないけど、
FIREFOXとめることねえだろ、と。

串がさせねえからだろうが、
そこまで社員を監視してなにがしたいのか、と。

が、まあ、確かに漏洩はやっかいだし、
あとまあ、会社のPCを壊されて仕事ふやされたくないんだろうな、
とも思うわけで、その気持ちは判らないでもないが。

仕事がとてもやりにくいのですが・・

「髭を伸ばし始めてから」

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
髭を伸ばし始めてから
なんとなくトイレに行って顔を見るようになった。

自分の顔が日々少しずつ変わっていくのはちょっとした楽しみでもある。

「おとこの香水」

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
香水をつけてみようかなと思う。

理由は簡単、臭いのが嫌なのだ。

自分自身の匂いというよりは、まわりの臭気に対するガードである。

前に会社の女の子に貰ったCK-ONEはあれはあれで重宝していたような。

気に入る気に入らないではなく、というかこれしか知らないわけだが、

やば、今日風呂入っていないが客の所でミーティング、なんてときにシュコシュコで、
割りと後ろめたさが軽減した。

まあ、トシのようにエゴイストってのもホストみたいで嫌だな。

こないだの香水美術館のISSEYの水は良かったなと思っているのだが、
なんかあれもちょっとけばい。

のでまあCK-ONEが気楽でいいのかなとも思う。

これ、発売は1994年だそうだ。

20年間同じ匂いって人がいるのかな。香水ってそれほど日落ちしないんだね。

ウン機を逃すな

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
やれ締め切りだ会議だ、と
ちょっとタイミングを逸しただけで
すぐに便秘になってしまう。

快調に行けば一日朝夕ニ回、
スルリと抜けてすっきり爽やか
のはずなのだが。

鉄は熱いうちに打て。

ウンコは柔らかいうちにひれ。

何事もウン機を逃してはいけないのだ。

「レストランウィークでTELEPANに行く」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
レストランウィークでTELEPANに行く。
アペタイザは衝撃的においしいが、
なんかそれに舌が慣れてしまったのか、
後続の料理はなんとなく腹持ちようって感じ。

でもまあおいしかったね。

難を言えばパンが固かったことと肉がおいしくなかったことか。

「とりあえず手っ取り早く幸せになりたければ」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 今日の格言   0 comments   0 trackback
とりあえず手っ取り早く幸せになりたければ、
ちゃんとテーブルを予約して、
シャワーを浴び、ヒゲをそり、服を着替えてから、
気合をいれなおして、
そして、おいしいディナーを食べること。

5000円で人生の成功者のような気分になれる。

「高級レストラン通」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
ニューヨーク生まれ育ちの強者の方々、
言わずと知れたレストラン通。
どこの店が美味しい、と聞けば、
いてもたっても居られず駆けつける、
という、まあ筋金入りのレストラン通。

そんな食通の諸先輩方の共通の見解。

おいしいのはアペタイザなのよ。
だからアペタイザを2品頼んであとはパン。
それにデザート、という話。

まあ確かに、どこの店でもアペタイザが一番凝っていりするよな。

がそれではちょっと寂しいんで、とメインを取ってしまう訳だが。
やっぱアペタイザが一番だったなと思うことになる。

あとデザートだよね。
そう、アペタイザ2つとデザートとパンってのが一番通だな。

とは判っていながら、
あんなにアペタイザが美味しかったのだから、
メインはどんなにか美味しかっただろうに、
と未練たらたらが残ってしまうに違いない。

という訳で、損は承知でメインも頼んで、
うーん、やっぱりアペタイザが一番だったね、
というのが正しいあり方、のような気がする。

「幸せの共通点」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 今日の格言   0 comments   0 trackback
料理って本当に音楽に似ている、と思った。

そう言えばこないだの香水博物館でも、
香水と音楽は似ていると思った。

そう言ってしまうとセックスも音楽だよな。

つまりはひとくくりにして「幸せ」ということだが、
なんかその辺りにKEYがありそうな気がした。

「都会の幸せ」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
高級レストランのディナー、
JAZZ
アンダーグラウンドのクラブ、
街行く美女、
ミュージアムに並んだ芸術品の数々、

田舎に住んでいるとそのどれからも切り離されてしまうな。

可愛そうにとつくづく思う。

多少給料が上がっても、使い道がないのではしかたがない。
例え広い家を手に入れても、窓から眺める風景を愛せなかったら、
広い家の意味もない。

田舎の幸せはビールを樽で飲むこと、ぐらいなものだろう。

後は、犬とか馬とか山とかテニスとかだけどね。

が、そこに海があると、全てが覆ってしまうのだが。

「結局は犬が一番幸せ」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
幸せの条件を、

キャンドルライトディナーや、
コンサートや、世界の巨匠回顧展やら、
街行く綺麗な女や、お気に入りのコート、
だとすれば、

そう言えば犬はその全てが関係ないがそれでもとても幸せそうだぞ。

幸せに理由を求めないからだろう。完璧だ。

「優雅な一人飯に本気で嫉妬を感じた」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
TELEPANのカウンターにオトコが一人。

グラスワインの横にIPADを置いて、
一人で飯を食っている。

どうでも良いが、あんたのその皿、
もしかして48ドルのタルタル・ステーキでは?

凄いなあ、と思わず。

まるで吉野家で牛丼食うみたいに、100ドルのディナー食ってるぞ。

金持ちとはつまりはそういうものか。

ちょっとまじで憧れる。

「まずいもの食うな」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 今日の格言   0 comments   0 trackback
短い人生、せっかくの食事にわざわざまずいことを食うことはねえだろう。
まずいもの食うぐらいだったら食わないってのが男の筋だ、
と言った浜ちゃん元気だろうか。

「大雪NY」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
今宵からニューヨークは大雪の予想である。
ガキの頃は雪と聞くともうやる気まんまん。
予想が外れて積もらなかったりするとまじめに神様を恨んだりしたものだ。
がここに来て、
もうこの年になると雪ぐらいでは喜んでいられない。
というか、正直言ってもううざったいだけである。
がしかし、
我が家にそんな雪を心待ちにしている不貞の輩がいる。
犬である。
雨の日には忌々しげに空を見上げるや、いや、もう今日は帰ろう、
と引き返したりもするこの不逞の輩が、
こと雪となるともう大変である。

今日も朝から窓の外に舞う雪のかけらを見るや、
おっと!とばかりに部屋中を走り回り、
ベッドに飛び乗ってはまだ惰眠のさなかにあるかみさんの身体の上に乗っかって、
起きろ起きろと大騒ぎ。

まったくやれやれである。

本格的なブリザードが始まるのが今宵金曜の夜7時過ぎから。
いやはや大変な週末になりそうである。

一万時間の壁

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 音楽ねた   0 comments   0 trackback
プロの条件は1万時間だそうだ。

確かに頷けるな。

まず1万時間やらないとプロにはなれない。

天才かどうかはその後の話な訳だ。

そしてその一万時間の質というのもあってまた進行具合というのもある。

10歳にしてラフマニノフが弾けるのはいきなり弾けたという訳ではなく
10歳までの間にラフマニノフが弾けるまで、それだけ練習したということなのだ。

それを苦痛の思わないというところが実に天才の天才たるゆえんな訳である。

バカと天才が紙一重のバカとは他のことはいっさいやらずにそればかりやっていた、
ら、その分野においてはいつしか天才になっていた、
つまり1万時間Xなんぼの時間を費やしていたということなのだ。

あのビートルズでさえハンブルグのキャバーンクラブで
実に毎日8時間以上1200回のLIVEをこなしていたらしい、が、ストーンズはそれ以上だったという話。つまりそう

いうこと。それだけなんだよね。一万時間のライブか。やりたかったな。

坂本龍一先生が良いことを言った。

キューバのバンドの、なにが優れているか、なぜ優れているか、という問いに、

練習時間が違い過ぎる、という回答。
まさに、その通りなのである。

ロバンバンの練習スタジオでは朝から真夜中過ぎまで、
一日中ずっと演奏が続いているそうだ。

まあ同じ人がずっとやっているという訳ではないのだろうが、
やはり一番うまい奴が一番長くやることになるだろうから、
つまりはメインの面子はそうやって決められていった訳だ。

メンバーが流動的であったのも頷ける。
音楽ってそういうもんだよ。
週一回2時間スタジオに入ってライブを打ちましょうなんて笑わせる。

という訳で、音楽である。
理屈はとりあえず置いておいて、
まずは
一万時間なわけである。

それですべてに置いて納得が行くではないか。

ミュージシャン、
がたがた薀蓄言っている暇があったら練習しないさい。

「社員食堂」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
会社の社員食堂。
近所がゲットーということもあって辺りにあるのはジャンクフードばかり。

という訳で自然と会社の社員食堂に行く比率が増えるのだが、
この社員食堂、なかなかのすぐれものである。

日ごとに世界の料理特集などをやってなかなか食べがいがある。

メキシカンだイタリアンだカリビアンだインディアンだ、と、
日ごとに献立が盛り沢山。

ほお、今日はジャークチキンかあ、うまそうだな、
と割りとこの世界のランチを楽しみにしていたりする。

のだが、目方売りであるため、ついつい取りすぎてしまい、
ともすると昼飯から10ドルオーバーのSUPERBIGLUNCHなんてものを食う羽目になったり、
となかなか厄介でもある。

最近ついに太りすぎを気にせざるをえない状況にあることは重々承知の上であるため、
極力この日替わり世界のランチのコーナーは鬼門にしているのだが、
なかなかこれが苦難である。

でそんな中で、日替わりスープというのが別にある。

味噌スープにマッシュルームが入っていたりとなかなかお茶目なのだが、
特大マグカップ大盛り分のスープが、タックス込みで$3.21というのはありがたい。

問題はこのスープと一緒に食べたいパンが小ぶりのものが1つ75セントと割と高い。

という訳で家からパンだけ持ってきてスープだけの昼飯にしているのだが
これはこれで割りと腹が膨れる。

定番のクラムチャウダーやクリームオブブロッコリーやチキンヌードルと並んで、
日替わりちゃんこチリというのがある。

つまりチリベースのスープにとりあえずなんでも、
多分昨日の残り物なのだろうが、
一緒くたにどっさりと入っていてお徳感この上ない。

という訳で今日も隣りのグリーク特集、
俺の日替わりのグリーク、大好物のムサカやズッキーニの炒め物やらを尻目に
このちゃんこチリに挑むわけであるが、
今日のチリにはなんとチーズバーガーのパテ、
つまりはハンバーグが山のように入っていた。

いやはや昼から超腹いっぱいである。

「アッパーウエストのでかい犬ども」

Posted by 高見鈴虫 on 10.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
アッパーウエストの犬はやたらとでかい。

ラブラドルからセントバーナードからグレートデンなんてのもいて、
いったいこいつらどんな家に住んでいるんだよとつくづく首を傾げてしまう。

そういう我が家のブッチ君は典型的な中型犬で、まさに1ベッドルーム仕様。

さすがに家の中でボール遊びはご勘弁頂いているが、
帰宅時から始まって、やれご飯だ、やら、お散歩だ、という時には
これでもか、とばかりに寝室とリビングから玄関まで
家中の端から端までを飛び回っていらっしゃる。

そんな中型犬なので、
まあ飼い主の生活スタイルつまりは懐事情にはちょうど良い訳だが、
とすると、
でかい犬を飼うことは、すなわちでかい家に住んでいる、よっては財布もでかい、
ということを意味する訳か。

とかなんとか言っていると、
このでかい犬競争はつまりはなんというか
飼い主同士の見得の張り合いのような気がしないでもない。

が、しかし、
そう言えば我がアパートに住むグレートデンのメージャーやら
あるいは、夜な昼なに遠吠えを繰り返すシベリアンハスキーのワイリー。
あいつらにしたって、
考えてみればうちと同じアパート、
ということは、間取りも我が家と同じ、
あるいはそれ以下であったりもする可能性もある訳で、
つまりってことはないなに、この部屋にまさかグレートデン?ありえねえ!
たちまち家中ぶっ壊されちまうぜ、と思うわけだ。

という訳で、
犬がでかいからと言って家もでかい筈と思うのは早とちりであったりもする筈だ。
つまり皆様犬がでかいばかりに、それなりにとてつもない苦労を強いられている飼い主が多い、
と考えるべきなのだろう。

そうまでしてでかい犬を飼いたがる理由はなんなのか、

東京がもっとも輝いていた頃

Posted by 高見鈴虫 on 11.2013 音楽ねた   0 comments   0 trackback
最近、長寝をすると決まって東京の夢を見る。
それも、東京は既に終わってしまったが、というネタ。

東京、そこはかつて時めきに満ちあふた魔法の都市。
ガラスの塔と真鍮のきらめき。
見上げた空にはまるでミラーボールが回るようで、
そんな都市というステージの上、
着飾った若い男女たちが、
まだ見ぬ出会いを求めては犇き、
互いにぶつかり合っては弾け飛ぶように、
キラキラと発光を続けていたきらめきの都、
と言う内容。

と言う訳で、なぜかいきなり枕元にこんな曲が流れ始めた。




リゲイン 24時間戦えますか


沢田研二/TOKIO


郷ひろみ 2億4千万の瞳


石井明美 cha-cha-cha


森川由加里 SHOW ME


レベッカ フレンズ


PINK PRIVATE STORY


「犬時計」

Posted by 高見鈴虫 on 11.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
うちの犬は時間にうるさい。

まさかテレビの脇の時計の絵文字が読めるのか、
と考えざるをえない程に、時間にはかっちり厳格である。

6時45分に目覚ましが鳴る前には、すでにベッドの上でお座り状態。
耳障りな目覚ましが鳴り出す直前に、控えめながらも、
前足を胸の上において、ねえねえねえ、とやり始める為、
おかげさまで6時45分にセットされたRATMのWAKEUPが鳴り響くことはほとんどない。

たまたま自宅勤務の時などは、
朝の散歩の時には時計などわざわざ見なくても、
こいつの言われるままに合わせていれば、きっちりと始業15分前には家についている。
その後正午までお昼寝。
で、ふと背後のソファでプルプルと身体を震わせる音がすると12時5分前。
で、12時になると同時に、さあ出発です、と満面の笑みを浮かべたかと思えば、
すたすたと勝手に玄関に向かって歩きだしている。

仕事中の俺の肘をちょいちょいと触るかと思えば3時のオヤツ。
これも1分の違いもなく。

たまに仕事が長引いて、やばいなこれ今日中にメールしておかなくっちゃ
と思いながら、ふと視線を感じて振り返るとすでにストレッチを終えたブッチ君、
さあ5時のお散歩に出発ですとニカニカ笑う姿。
これも一分の間違いもなく5時ジャスト。

あらためてなんで犬には時間が判るのだろうか。
時計が見れるのか。
あるいはどこかで時報代わりのなんらかの合図があるのか。

しまいには7時半のご飯から9時のお散歩から、
とこれもすべて時間通り。

改めてこれいったいなぜなんだろうとつくづく不思議に思う。
犬って本能的にものすごく性格な腹時計を持っているか。
いやあり得ない。あり得ないと思いながらそれはいま現実に起こっているのだ。

という訳でうちの犬といっしょにいると時計がいらない訳である。

これが我が家の七不思議のナンバー7。
実はもっともっと不思議な話が沢山あるのだが、それはまた次回。

東京がもっとも輝いていた頃 その実践編

Posted by 高見鈴虫 on 11.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
金曜日の夜、
ようやく取れた土曜の休み。
このチャンスを逃してなるものか、と思ったと同時に、
という訳で、はいどうぞ、
と押し付けられた残業の山。

ようやく終えて8時過ぎ。
くっそう、一時間の遅刻か。

が、しかし、大丈夫。
見ろよこのアルマーニ。
昨日の夜、一生のお願いだからと友達に借りた必殺技。
地下鉄を待つのももどかしく、
走って走って辿り着いたアマンド。

交差点の向こう、
犇き合う人々の中にあって、
まるで蜂の大群のように群がるディスコの客引きたちに困惑しながら、
手首の時計をそわそわと見ていたあの子の姿。
信号が変わった途端にダッシュをしたのだが、
俺の姿をみとめた途端にふん、と横を向いて早足に歩き始める彼女。
ようやく追いついた肩越しに、悪い悪い遅くなって、と繰り返すのだが、
ふん、ばか、知らない、とふくれ面。
可愛いなあ、と思わずニヤニヤ。
なにそれ
なにが?
そのジャケット
アルマーニ。黒タグ。すごい?
ぜんぜん。ぜんぜん似合ってない。まるでジャケットが歩いてるみたい。
という彼女だって買ったばかりのシャネルのスーツ。
がしかし悔しいがなんかこれは似合っている。
ミニスカートから伸びた足がやけに細く長く見えて、
すれ違う野郎どもが振り返るたびに、
馬鹿野郎ひとの女をじろじろみるんじゃねえ、と眉をしかめながら、
しかしやっぱり悪い気はしない。

が、しかし、
俺の贈ったエルメスのスカーフもティファニーのネックレスも
ぜんぜん身につけてくれないのは、
ふん、なにこれ、こんな安物、とは言いながら、
だって、これだけは失くしたら大変だから、と
タンスの奥にしまいこんでいるに違いない。

で、どこに行く?
新宿と渋谷は嫌。赤坂も誰かに会うかもしれないからダメ。
だったら恵比寿のラーメン屋?あるいは青山のカフェバー、
あるいは久しぶりに踊りにでも行く?
とかなんとか言いながら、
結局はそのままタクシーを拾ったのちに、
駅前のコンビニでサンドイッチとウーロン茶を買って、
そしてそのまま月曜の朝までベッドでいちゃいちゃして過ごすのだ。

あの頃の彼女は本当に可愛かった。
何物を持っても手放したくないこの世で唯一絶対の宝石だった。
そして彼女と過ごす自由が丘の5回建てマンショのベッドの上こそが、
まさに天上のだった。

もうなにもいらない。
アルマーニもシャネルもお金も夢も友達も他の女のこも、
みんないらない。
俺の持っているものならなんでもあげる。
だからお願いだから。

バブルの夜はそんな若者達の張り裂けそうな声を吸い込んでは
ますますと輝きを増しては輝き続けるのであった。



  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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