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なんという種類の犬ですか?

Posted by 高見鈴虫 on 01.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
公園でボール投げをしていたところ、
丘の向こうのベンチから息せき切って走ってきた少女。

すみません!と弾けるような明るい声。

あの、この犬、なんという種類の犬ですか?

いや、あの、種類なら雑種だけど。

雑種かあ。。といきなりがっくりと肩を落とす少女。

で、遅れてやってきたご両親。

実は、と少女。

ずっと犬が欲しい、って言ってるんですけど、
両親がどうしても許してくれなくて。
で、この子を見ていたら、あの犬なら飼ってもいいよって両親が言うものですから。

雑種なんですか?とご両親。雑種なのか。。道理でみたことのない犬だと思った訳だ。

あの、と俺。

どんな種類の犬を飼っても、ちゃんと育てなければバカはバカですし。
ちゃんと育てていても、やっぱり犬なので、それをちゃんと判ってやらないと色々と大変です。
あと、犬は飼い主に似てくるし、それも飼い主の悪いところばかりをまねたりするので。

ねえ、ボール投げていいですか?と少女。
あ、はい、と。ほら、ボール投げていいかだって。そのボール渡しな。

というも、嫌だ、と言い張るブッチ。

ほらね、と俺。飼い主に似て、強情なんですよ。

としたところ、いきなり少女の足元にポン、とボールを置いて、にかっと満面の笑顔。

きゃはああ、と思わずはしゃぐ少女。あなたよりも私のことが好きみたい。

と言う訳で、暫くの間、その少女とボール投げ。

凄い凄い!じゃあこっちだ、ほら行け!取って来い!

やっぱり犬飼うの、大変ですか?

うちは3ヶ月の子犬の頃にアダプトしたんで、トイレのトレーニングから、
基本的なところとこか、割と大変でした。
やはり朝晩ちゃんと運動させてやらないとひねくれて暴れ出して大変なことになるし。
ちょっとでも手を抜くととたんにトラブルを起こしますしねえ。割と大変です。
特に、あの、うちの犬はやんちゃなもので。いやはやです。もっと小さな犬にしておけばよかったな、と今になって思ってますが、あとの祭りです。

どのくらいお散歩させてるんですか?と母親。

まあ今はかなり落ち着いて来たので、朝に1時間。会社から帰って2時間。夜に一時間、ぐらいでしょうか。

まあそんなに。。

昔はもっとしていました。じゃないと部屋で運動会やるので。

いやはやですね。

帰りがちょっと遅いだけでもう大騒ぎで。仕事から帰ったら部屋中滅茶苦茶でした。

アニマル・シェルターでアダプトされたんですか?

はい。もう目が合ったとたんに離せなくなって。それからずっとこの調子です。大失敗でしたが。

わかります、と母親。そう、出会いなんですよね。

まあ出会いかどうかは判りませんが。。おかげで残業できないので仕事は変わるし、夜遊びもできないので友達もなくすし。公園に連れてこなくちゃいけなんで引っ越しました。

ははは、とお父さん。でもあなたのためにはそれも良かったかもしれない。

まあ、結果としてはそうですが、いろいろ大変でした。犬のために人生が無茶苦茶ですよ。

失礼ですが、犬を飼ったのは初めてですか?とお父さん。

ニューヨークでは初めてです。子供の頃、日本でなんですが、ずっと犬を飼ってましたが。

そうですか、とお父さん。

実はね、あの子の犬好きは私に似たんですよ。私も犬が好きで、子供の頃からずっと飼っていたのですが、いや、恥ずかしい話、愛犬に死なれたショックがあまりにも大きくてね。こんな悲しい思いをするぐらいならもう犬は飼いたくないな、と思っていたのですが。

ああ判ります。私も子供の頃飼っていた犬が死んで、もう一生飼うものか、とは思ってました。
それから20年は飼えませんでしたね。

はは、20年ですか。相当ですね。

はい。こいつが死んだら、俺も一緒に死のうかな、とはかねがね思ってますが。

いやはやですね。

でも、と、俺。

でもそういう思いがあったから、今の犬を大切にしている訳ですし、お父さんもその思いがあったからお嬢さんを可愛がってらっしゃる訳で。愛犬を失った経験は実はしっかりとそういうところに生きていると思いますよ。

うん、まあ、そういう考え方もあるのかな。感謝しないといけないな。

犬を飼わないと、愛なんて判らなかったんじゃないか、と今でも思ってますし。

まあ確かにそうですね。確かにそうだ。

犬とは、愛を分かち合う動物ですから。

そう、その通りなんだ。愛を分かち合うんだよ。そうそう。

お嬢さんよりもお父さんの方が犬が飼いたいじゃないですか?

うん、まあ、実はその通りかもしれませんね。

仕事を変わることになっても、引っ越すことになっても、たとて何があっても、愛を分かち合える相手がいるということは、なににもまして換えがたいですよ。

ほら、とおかあさん。あの子、あんなに喜んでいて。

ああ、とお父さん。確かに人が変わったみたいだな。

普段はね、口も聞いてくれないんですよ。一日中ずっと部屋に篭りっきりでコンピューターでゲームばかりしていて。

今日もこんなに天気がいいんだからって無理やり連れ出してきたんですけどね。

そしたら、ほら、あなたたちが居て。。

うちの犬はコンピューターなんか見てるとそんなことしてる時間があったら散歩連れてけってうるさくて。おかげでなにもできないですよ。

ははは、とご両親。それならそれでそのほうがいいんだがな。

犬を飼うなら彼女に選ばせるべきですよ。彼女と一番気の会う奴を探して、こいつなら間違いない、一生離せない、っていうのに出会えたら、その時にはもうオプションはありませんよ。全てを犠牲にするって覚悟の上ですから。

出会いなのよね、とおかあさん。ちらりとお父さんの横顔を見て含み笑い。

いやあ、勉強になりました、とお父さん。そう、覚悟の上だからな、とやけに重く頷いて苦笑い。

地下鉄の八と十分の一

Posted by 高見鈴虫 on 01.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
朝のラッシュ時間。
混みあった地下鉄の中に、
座席の横一列を全て占領する一家族。
見るからにカリビアン系であろう、
まさに漁師の母のような褐色の母親。

ホームレスではないのだろうが、
まさに夜逃げの真っ最中、
というような巨大な荷物を右左に積み上げて、
そんな母親の腕の中にはまだおむつの取れない女の子がぐずって泣き声を上げ、
そしてその前の乳母車には同じぐらいの男の子が、
顎の下からはだけた胸のあたりまでよだれでべろべろ。
その隣りには7~8歳であろう、見るからにやんちゃそうな男の子を筆頭に、
数えて5人の子供達がずらり。
合計、なんと7人の子供達。
そのどれもがまさに監督不行き届き。
汚れ切ったシャツをまくりあげ、
靴は脱ぎ捨てる座席の上に寝転んでは飛び上がり、
まさに動物園の猿山そのものの大騒ぎ。

まあ子供が元気なのは良いことなんだけどな、
とは思いながら、
こんなガキどもを引き連れたその母親。
諦め切っているのか、
あるいは、開き直っているのか、
人々の冷たい視線にいちいち睨み返しては、
何見てんだよ、なんか文句あるのかよ、バカどもが、
と肉々しげに舌打ちを繰り返している。

どう見ても経済的にあまりに恵まれていなさそうなこの家族。
当然のことのように父親の姿はみられず。
しかしながら、いやはや、
そんな経済状態でありながら、
よくもこれだけの子供を作る気になったものだ。
と見るや、まさにその母親のお腹、
まるまると膨れ上がって、まさに8人目の登場も待つばかり。

いったいどうするつもりなのだろう、
と他人事ながらその母親の断末魔を思わざるを得ないのだが。。

が、そう、しかし、である。

つまりは、そう、生活保護なのであろう。

まったくなあ、と、と思わず。

この見るからにちょっとおつむをやられている感じの母親と、
それが産み続けるこんな子供達の養育費と生活費、
そして多分、この先ろくなことにならないであろう
そんな子供達の教育費から社会保障からその全てが、
全てはこの地下鉄の乗客たち、
つまりは、朝も早くから混んだ地下鉄に揺られ、
一日中を電話とメールと会議に追いまくられる人々、
その人々からの税収によって賄われているという訳で。

そんなことを思っていた時、
まるで俺の胸の内を見透かしたように、
背中からむぎゅっと押し付けられていたどこぞのおっさん、
耳元でぼそり。

まったくさ、朝からあんなの見ちゃうと、
仕事するのがつくづく馬鹿馬鹿しくなるよな。

途端に広がる重い溜息。

それは判っている。
誰もがそう思っている。
思ってはいるが、判ってはいるが、
口に出したらおしまいじゃねえか、と。
がしかし、ふと囁く悪魔の声。

なぜ?なぜそれを言ったらいけないんだ?

とそんな時に、見透かしたように響くガキどもの金切り声。
うるさい!と母親。この知恵足らずども、静かにしてな!

子供は世界の財産、とは言うものの、
まさに、朝からいやはやな気分であった。

お掃除おばさん

Posted by 高見鈴虫 on 02.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
米系の企業においてはあまり毎晩残業、という人はいない。
がしかし、この長く染み付いた残業体質。
例え5時と同時に周りに誰もいなくなってしまったとしても、
早々と抜けきれるものでもない。

という訳で
誰もいなくなったオフィスでだらだらとメールなんぞを読み返していると、
そうこうするうちに6時を過ぎるとやってくるお掃除おばさん。

あら今日も大変ねえ、なんて感じで話をするようになって、
今日も大変ねえ、どっから来たの?ご飯は食べたの?お腹空いてる?
と、話をするうちにすっかりお友達。

そのうち掃除仕事のあいまにちょくちょく訪ねて来ては、
会議室にサンドイッチが残ってたけど食べる?やら、

どこぞでみつけたクッキーやらチップスやら。
果てはタバコからコーラからとことあるごとに贈り物の山。

でお礼に日本茶を淹れて上げたり、
聞き飽きたCDをプレゼントしたり、
あるいは壊れたデジカメのデータを取り出してDVDに焼いてあげたり、
とやっていたら、
いつのまにか夜更けのデスクで二人きり。

甘いボサノバなんて聞きながら、
あたしも若い頃はもてたのよ、いまでも捨てたもんじゃないでしょ、
やら、
あんた結婚してるの?そんな仕事ばかりしてたら彼女もできないわよ、
やらと意味深なことを言い始める。
がしかしいくらなんでも、
樽のように太ったその貫禄ではちょっとさすがに俺の手には余る、
と思っていたところ、
なによあんた何考えてるのよお、といきなり小娘のようにはにかんで、
やっだもーとばかりにスキップらんらんとどこかに消えてしまった。

「動物相」

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
どういう訳か、人に会うとその人の姿の上から動物の顔が浮かんでくる。
俺は勝手にそれを前世と呼んでいるのだが、
俺の持論では人はそれぞれそこ動物の姿を持って生きているのだ。

子供の頃、あだ名で、猿やら猫やら馬やら、
あるいは宇宙人間ゴリなどと呼ばれていた人も多いだろう。

というわけで、ここ人種のサラダボールニューヨーク。まさにそこはサファリランド。
またしても俺の持論だが、人の顔はその人、あるいは人種がその歴史の中で
もっとも密接に関わった動物の影を色こく残す。

日本人でいえばそれはまさに魚。
ハンバーガーばかり食べているアメリカ人はやはり牛。
アラブ系はやはりラクダか羊。
中国語は耳障りでまさにニワトリの大騒ぎそのもの、
しかしその性格はやたらと意地汚くてブタそのもの。

アジアを南に下ると蛇に似た人が増えるのは多分蛇を食していたからだろうと見ている。

爬虫類系で言えば、プエルトリコ人にはカエルに似た人が多いな思っていたら、
プエルトリコではコキと呼ばれるカエルが至る所にいて、
どこに行ってものべつまくなしコキコキと調子はずれの鳴き声を響かせていたのには笑ってしまった。

黒人は存在そのものがまさに類人猿に近いわけだが、都会ぐらしの長い人々の中には、
類人猿系から徐々に脱却を遂げ、ロバやらカバやらネズミやら、
あるいは山椒魚などに進化あるいは退行を遂げた者ものも多い。


8月に入ってからと言うもの

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
8月に入ってからというもの、妙に快適な気候が続いている。
気温23度。湿度は30%以下。
完璧といったらこれほどまでに麗しい天候もないのだが、
妙に肩透かしを食ってしまったような気分で、
もしかして、既に夏は終わってしまったのだろうか、
とちょっと寂しい気がしないでもない。

そんな中、先週の日曜の夜から始まった徹夜続きの大パニック。
連日連夜の寝不足に追いうちをかけるように芋づる式に襲い掛かる案件の山。
昼飯のジムどころか昼飯そのものをぶっちしてもこんな仕事の山が
8時5時の時間内に終わるわけもなく、報告書の作成どころか、
津波のように押し寄せるレポートに目を通す間もなく、
やれ夜の9時に会議だ、次は朝の6時半だ。
ここに来てようやくこの高給待遇の理由がわかってきた、というか、
しっかり元を取られている気がして苦笑いである。

と言う訳でこの週末。
金曜の夜中までかかってようやく致命的な遅れだけは取り返し、
家に着いた時にはすでに意識もなくそのままベッドに倒れこんで昏睡状態。
翌朝7時過ぎ。
とりあえず目が覚めただけでもみっけものとふらつく足を引きずってセントラルパーク。
いつになく肌寒い8月の雨の朝。
誰にも会わずに濡れた芝生の丘、見渡す平原を独り占め、
とばかりにはしゃぎまわる犬にボールを放りながら、
いまだに頭の中では昨日までの案件が次から次へと頭に浮かんで、
犬の散歩どころではない。

そんなこんなで帰り着いた10時過ぎ。
泥まみれになった犬の身体を拭いて、朝飯を用意して、
でここまできて既に意識が朦朧。

さっき起き出たばかりのベッドに逆戻りして、
朝飯を終えてベッドの上を跳ね回る犬を無理やり抱え込んだまま、
ふとしたときにはすでに眠りの淵。
くそこの週末はなにがあろうと思い切り寝つくしてやるぞ、とばかりに、
フリーコンサートもテニスもパーティも
すべてぶっちして寝腐れる夏の週末。
果たしてこれを幸せと言うのだろうか、と思っていた訳だ。

「疵 キズ」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback

奴の頬には疵がある。
耳の下から顎にかけて、
綺麗に伸びる一筋の線である。

見るからにビジュアル系。
下手をすれば立派な女型で通用しそうな絵に書いたような美形ながら、
長く伸ばした髪の後ろに光るこの一筋のライン。
その軟派を絵に描いたような物腰からは、
ましてやヤクザ同士の切った貼ったなど、
まったく似合わない筈なのに。

あ、これか?と奴。
高校の時にな。

喧嘩か?似合わねえな、と笑えば、
いや、夜道でいきなり切りつけられた、
とのこと。

クラブから朝帰りした時、ダチの車を降りて、
マンションの玄関に向かって歩いていたところを、
いきなりすれ違いざまに、切りつけられたという。

で?と思わず。
犯人は捕まったのか?

まあな。警察は来る、救急車は来る、新聞からテレビから雑誌の取材から、
ひところは大変だったんだぜ。

犯人は知らねえ奴。
どこかの糞ダサいジャンキー野郎でさ。
シャブだかシンナーだかでらりぱっぱ。
俺に切りつけたことさえ覚えていなかったそうでよ。

ほう、と俺。思わずニヤニヤ。

あのさ、あんた、よくそんなこと聞けるよな。
デリカシーってものがねえんじゃねえのか?
と不貞腐れて見せるが、
まあな、と俺。

まあ俺にも似たような経験があるしよ。

つまり、そう、今まで負けた喧嘩。
それもいきなり後ろから石で殴られて、
そのまま5人10人でめった糞の袋叩きとかな。
いま生きているだけでもめっけもの、とかな。

なんだよそれ。

切った貼ったでタイマン張るならいざ知らず、
いきなり、だろ?
通り魔、というか、野良犬に噛まれた、というか。
穴に落ちたというか、
まあそう、犬のうんこ踏んづけたようなもんだろ。

その踏んづけたうんこが、一生このツラにべったりと張り付いてやがる気分でよ。

まあな、と俺。
そういうことに限って忘れられないんだよな、判る判る。

判ってたまるかよ、と奴。
そんなこと判ってたまるかよ。
顔だぜ。この顔に疵つけられたんだぜ。
うんこ踏んだ、じゃ済まねえよ。
馬鹿野郎、いい加減にしろよ。



巨乳の代償 そのいち

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback


なぜおっぱいの大きな子があまり好きではないか、
という長年の疑問に対して、
ふと、おっぱいの大きい子には足が短い子が多いからではないのかな
と思い当たった。
おっぱいの大きい子は得てして足が短い、あるいはそう見える、気がする。
おっぱいが大きい分、お尻も大きくてそれで足が短くみえるものなのか、
と思えば実はそういうことはなくて、
おっぱいの大きい子は得てして、
平べったいなんとなく四角いお尻をした子が多い気もする。
まるでお尻の丸みまでおっぱいに吸い上げられてしまったような、
なんとなくぺちゃんこな魅力の無いお尻をした子が多いような。
という訳で、
おっぱいかお尻か。あるいは足の長さか、
と言えば俺的に言えばやはりお尻、それにも増して足の長さだな。
おっぱいが大きい子はそれだけでフットワークが悪そうに思えるし、
それにも加えておっぱいのおおきい子は頭も悪そうに見える。
つまり顔の表情がダレていると言うか、
そう、全体的にぼわーんと、まさに膨らみきったおっぱいのその印象、
そのものになってしまう訳だ。
それも巨乳の代償という奴なのだろうか。
という訳で、
俺はどちらかと言えば、
おっぱいは小さくても、きりっと小股の切れ上がった、
見るからにフットワークの良さそうな賢いタイプの子の方がいいな、
とおもった訳だ。

巨乳の代償 そのに

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback



巨乳嫌いという訳ではないのだが、
おっぱいの大小をほとんど気にかけない俺でも、
実はこれまでに何人か、
これはこれはという巨乳美女と寝たことが無いわけではない。
のだが、
うーん、どうしてだろう。
巨乳美女、あまり惹かなかったのは、
やはりそのお腹、つまりは下腹のダレ方にあったのではないかな。
おっぱいの大きい子はやはりそれなりにお腹も大きかったりして、
で上に乗せた時にもでろっと垂れた下腹で、
肝心の挿入部分が見えなかったりして、
思わず、
ああ、この子はおっぱいが大きいのに思い上がった挙句、
自分を甘やかして来たのだな、と思ってしまったりもした。

確かに、おっぱいの大きい子は、
おっぱいが大きいというだけで寄ってくる、
おっぱい目当ての輩に慣れているところがあって、
いざブラジャーを外した時に、
あれ、お前ってこんなにおっぱい大きかったんだね、
と素直に驚く俺に、え?とちょっと意外そうな顔をしてみせたりもした。
え?いままで知らなかったの?
というのはつまり、それまで彼女に言い寄ってきたほとんど全ての男が、
このおっぱい目当てのおっぱいマニアであった、という訳で、
ああつまりはマザコンのヘタレばかり相手にしていたのか、
とそれだけでちょっと残念になってしまったりもしたものだ。
という訳で、そう、そんなおっぱいマニア相手に慣れきった巨乳美人。
いざしてみると実はなんとも味気ない。
つまりはおっぱいの大きさに頼り切るあまり、
それ以外のところに徹底的に努力が足りなかったりする訳である。

という訳で、そんな巨乳美人、周囲からさんざん羨まれながら、
実にいとも簡単に、はい、あげる、と誰かにくれてやってしまったりもしたのは、
実にそういう理由なのだ。

何事もほどほど、というか、なにかが突出している人は、
つまりは必ず何か大きな欠落を抱えている部分が多い。
果たして、おっぱいが大きい、なんてことにあぐらをかいてしまった輩。
やはりあまり魅力的には見えない訳なのである。

巨乳の代償 そのさん

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback


実はその昔、そんな巨乳美人に言い寄られていた時があって、
がしかし、そう言った事情であまり気が乗らない。
ねえ、どうして?あたしのことそんなに嫌い?
とかなんとかいいながら、
これ見よがしにその巨大な胸を押し付けて来られるのだが、
気が乗らないが故に、しつこく迫られると尚更辟易してきて、
いや、あの、俺、まじで、勘弁、とまで言ってしまったのだが。

で、なんでなのかな、とゆくゆく考えた末に、
そっか、こいつらマゾだからなのかな?
とおもった訳だ。

マゾの巨乳?
まあねえ、確かにAVなんかで見るにはそれもいいかも知れないが、
あのいかにも重そうなトドのような身体を縛ろうがしばこうが、
なんというかあまりピンと来ないというか、
そう、つまりは俺のタイプじゃないな、と思ってしまうわけだ。

という訳でつくづく天邪鬼というかなんというか、
この巨乳信仰の狂信者ばかりの国・アメリカなんてところで、
巨乳にあぐらをかいたデブのブスばかりの女たちに囲まれて、
俺はいったいこんなところでなにをやっているのだろう、
とつくづく不思議に思ったりもする訳なのだがな。

でもしかし、
誰がなんと言おうと、でろーんと臍まで垂れた巨乳なんてのよりは、
小ぶりだが形の良いおっぱい。
片手にも余るような、それでいてツンと尖って上を向いた、
ソリッドな身体をしたスレンダーな子がやっぱり好きであったりする訳だ。

巨乳の代償 そのよん

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback


なんてことを話していたら、
ははーん、と判ったように鼻を鳴らされた。

お前、子供いなかったよな、と悪友。

ああ確かにね。

だからだな、とその悪友。

つまり、そう、女が妊娠して、
みるみる身体の形が変わって来て、
おっぱいが日に日に膨らんでパンパンに張っていって、
っていう生命の神秘のその過程を経験していない、
という訳か。

思わず、うぐっと喉を鳴らしてしまった。

そういうことか?

そうさ。そういうことだよ。
少女が女になって母になり、そしてまた女に戻る。
赤ん坊と並んで右のおっぱいと左のおっぱいをちゅーちゅーシェアしたりさ。
なんてことをしているうちに、二人目欲しいな、ふんふん、とやりだす訳でさ。

お前もまだまだだな。どうだまいったか、と胸を張られてしまった。

このハゲの出っ腹の糞オヤジがよりによってこの俺様にそんなことをのたまうとは。

という訳でいまはこれだ、と見せられた写真。
なんだこのガマガエルみたいな女は。
あ、だからそれがかみさん。

で、とその隣。
長い髪をしたすらりと伸びた長い足にはにかみ笑いをしたそばかす少女。

うへえ、これお前の娘?

そ、で、これ、と見せられた写真。

サテンのイヴニングドレスを来たまさに絶世の美女。

これがまさか。お前の娘?

そう。こないだの卒業記念パーティ。気味が悪い程、昔のワイフに似ててさ。いやあ血は争えないぜ。

という訳で、まさに、少女が女になって母になり、女に戻っていつしか娘にバトンタッチ、という奴か。

いやはや、一本取られました、と心から心服してしまったわけだ。

悲しきデブ大国

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 アメリカ爺時事   0 comments   0 trackback
というわけで改めて言えば、
この国で普通に食っていたら、
必ず太る。

太っていないのは病気かジャンキーか
それで無ければ、
太らないように、まさにとんでもない努力をしているか、
である。

この国おいて、太らないようにする為の努力は、
まさにとんでもない苦労がつきまとう。

徹底的にアメリカ食を避けるか、
それでなければまさに尋常じゃないぐらいの
激しいトレーニングを続けている、ということである。

というわけでこの国で太っていない人は、
それだけで割と尊敬されたりもするわけだ。

つまりアメリカで太ってない人をみたら気をつけた方がよい。

そいつはつまり、普通ではない、ということなのだから。

アジアンの男と付き合っている白人の女

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
アジアンの男と付き合っている女、

肉食系特有のあの野性味がない分、
取っ付きやすそうには見えるのだが、

よくよく見るとやはりどこかメンヘル系の危うさが見え隠れする。

やはり性的欲求不満なのだろうか、
と思ってしまうのはコンプレックスの現れだろうか。

悲しいデブ帝国 その2

Posted by 高見鈴虫 on 09.2013 アメリカ爺時事   0 comments   0 trackback
アメリカ人は太っている。

何故かと言えば食事である。

この国における最も一般的な食事をしていると、
何もしなくてもただ普通に太るのである。

つまり日本であれば、
カップヌードルや納豆に冷奴にシバ漬け、を普通に食っていたら、
いきなりブタになってしまった、という状況である。

なんで?と思うが、周りを見渡せば
普通のアメリカ人はみなただ普通に太っている。

つまりこの国で太らない為には
相当の覚悟で普通じゃなく暮らす必要があるのだ。

これは考えて見るまでもなく、
とても由々しき状況である。

アメリカという国に産まれて
アメリカという国を愛すれば愛するほど
身体が壊れて行くのである。

ああアメリカ、と改めて思う

甘えたバカ、甘えさせるバカ。つくづく平和な国なんだな

Posted by 高見鈴虫 on 10.2013 旅の言葉   0 comments   0 trackback
先日、出張で日本に行った折、

宿泊していたグランドハイヤットの近辺でも、
訳のわからない右翼の宣伝カーから
耳障りな騒音を上げていた。

久しぶりに聞くこの街頭演説。
本当の本当に聞くに絶えず、
つくづくこんな日本なんて国に滞在することが嫌になった。

という訳で、いまや立派な外人である俺は、
純粋に日本を訪れた外人の立場として、
ホテルのコンシアージェに電話をして
苦情を言った。

あのばかみたいな騒音はなんだ?
不愉快だから辞めさせて欲しい
ホテルでできないのであれば警察を呼んで欲しい。

了解しました、と言うので
右翼が帰るまで15分おきに電話を入れた。

はあ、どうにもこうにも、と困り切ったコンシアージュに、
困ったのはこっちだ。煩くてなにもできない。
いったいなんなんだあの白痴のような人々は。
警察はなにをやっているのだ。
通行人はなぜ誰も文句を言わないのだ。

という訳で、15分おきにそんな俺の苦情を聞かされたコンシアージュ。
いい加減そんな電話にムカついたホテルの職員が、
思わず金属バットを持って走り出て、
宣伝カーもろとも右翼を滅多打ち!
なんてしたら面白いな、
と思ったが、やはりそういうことは起こらなかった。

で、あらためて、なぜ誰もそれをやらないのか、
思ったのだが、
やられない、と判っているから彼らもあんなことをやってられるのだろう。

つくづく平和な国だな、とおもったわけだ。

がなる方も甘え、がなる奴を見過ごす方も甘え。

つまりは甘えの蔓延した社会。

あの街頭演説を久しぶりに聞いて、実にそんなことを思っていた。

犬も食わない

Posted by 高見鈴虫 on 11.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
あらためて、夫婦喧嘩のその理由は、
気配りが足りなすぎる、ということな訳だ。
こうしたら怒るだろう、こうしたら喜ぶだろう、
なにが欲しいのか、なにが嫌いか、
いつも私の心を思いやっていてくれてる?
というのが趣旨なのである。
が、悲しいことに男という種は
それほど人の心を思いやる能力に長けていない。

それが異様に発揮されるのは、
好きな女を落とそうと策略を巡らせる時だけで、
つまりはそう、釣った魚に餌はやらない、
ではないが、
落とした女には気は使わない、ということなのだろう。

気を使わなくてよい、というのはつまりはそういう意味なのだ。

パリセイデス州立公園

Posted by 高見鈴虫 on 11.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
日曜の朝っぱらからかみさんと大喧嘩。
バカやろう、上等だ、いつでも別れてやるよ。
おい、ぶっち、気分が悪い、こんなアホは放っておいて散歩に行こうぜ、
と家を飛び出てドッグランへ。

クソッたれ、朝からなんでこんな思いをしなくちゃいけないんだ、
と思い切りむかつきながら、
だがしかし、と頭を冷やしてみれば、
なんだかんだと御託を並べながら、
つまりはせっかくの夏の日曜日、
仕事に疲れたと寝てばかりいないでどこかに連れて行け、
ということなのだな、とようやく気がついた。

と言う訳で、ドッグランに集う常連達と、いやあ朝からまいったぜ、
と愚痴を言っていたところ、
エレインから、ねえ、なら、これからうちの車で一緒にドライブに行かない?
と誘われた。

と言う訳で、さっきまでの怒鳴り声もどこへやら、
エレインがPICNICに行こうだってさ。早く用意して、
と言う訳でがぜん大忙し。

さっきまでの夫婦喧嘩の最中には、
犬も食わないどころか、
肩をすくめて部屋の隅で小さくなっていたブッチが、
ドライブ、と聞いたとたんにパワー炸裂。
路駐の車の一つ一つに伸び上がっては、
車はどれだ、ドライブだ、ドライブだ、と大はしゃぎ。

と言う訳でエレインのミニクーパーに
大人3人と犬二匹。
ランチのサンドイッチからワインから、
いるのかいらないのか判らない水着からバスタオルから
犬のおもちゃからおやつからを詰め込んでさあ出発。

マンハッタンからジョージ・ワシントン橋を越えて、
9Wを北上してEXIT-2番。
マンハッタンからハドソン川の対岸にあたるNJ側のパリセイデス州立公園。

あれえ、こんなところ?ここ昔会社のBBQ大会をやったところだ、
と笑いながら、いざキャンプ場に着いた途端、
ブッチとチェシー、大の仲良し同士、二匹揃ってパワー全開。
待ってました、とばかりに開いたドアから弾け飛ぶや、
辺り中を走り回って砂場に飛び込み、
BBQの食い残しをかっさらっては逃げ回り、
挙句に水の中に飛び込んで全身びしょ濡れ。

木立の中に続く遊歩道。
森の中に飛び込んでは崖をよじ登り、
ウサギだ、鹿だ、アライグマだ、と見つけるたびに猛然と追いかけっこ。
まさに熱狂に近い喜び様である。

聞いてみれば、エレインもここ2日、徹夜仕事だったらしい。
そういう俺もここ二週間、抱えた案件で大童。
もうこのまま森の木陰に倒れこんで寝てしまいたい気分なのだ、
いやはや、この犬達の喜び様。
これを見るだけでも確かに来た甲斐があったというもの。

良かったね。喜んでるね。
そうねえ。本当に来てよかった。

と言う訳で思わず大人たちもはっするし過ぎて、
帰り道ではもうぐったり。
居眠りをする大人たちの膝の上で、
犬達もぐっすりと眠り込んでいる。

と言う訳で、夏の日曜日の午後遅く。
寝静まった車の中、
ひとりハンドルを握りながら、
いまいも気を失いそうなぐらいに疲れているのだが、
いやはや、なんとなく満ち足りた気分であった訳だ。

その後、かみさんの機嫌が直ったことは言うまでもない。

ルーティーン・ブギ

Posted by 高見鈴虫 on 12.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
日米に限らず、
ほとんどたいていの仕事というのは
つまりはつまらないものだ。

すっかりルーティーンと化した仕事。
昨日も今日もそしてたぶん明日も来週も来年も、
同じことをやっているのだろうな、
と思って辟易して過ごしている訳なのだろうが、
それはつまり、仕事に慣れた、ということで、
つまりはそれはそれで熟練、
つまりは、与えられた仕事をクリアしている、という訳である。

レジメに何ができるかにができる、とうたったとしても、
要を言えば、ほとんどの仕事において、
必要事項をマスターした途端に襲ってくるルーティーン。
そんなルーティーンの中で、
つまらないことをずっと続けることができる、
という能力こそが、最も必要とされている訳なのである。

それを明るく表現するか、
愚痴になるかが、日米の差、という気がする。

誰でもできるつまらない仕事を、
ずっと続けることができます、

これこそが、何よりも求められている能力な訳である。

ねえ、犬が欲しい!犬飼いたい!

Posted by 高見鈴虫 on 12.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
川沿いの公園を夢中になって跳ね回るブッチとチェシー。

寄って来た子供達にボールを預けては、
子供たちの投げるボールを追いかけて追いかけて。
子供たちも犬も大喜びである。
最初は物怖じしていた子供達も、
恐る恐る頭を撫でいたのが、思わず抱え挙げて抱きしめて、
とやっているうちに、帰る頃になって思わず涙顔。
この犬と別れたくない!いやだ帰らない。この犬と一緒にいる!
そんな子供達の涙をいちいち舐め始めるブッチとチェシー。
くすぐったがって笑い始める子供達。
ほらひら、泣いたカラスがもう笑った。

ねえ、犬が欲しい!犬飼いたい!の大合唱に思わず頭をかくお父さんおかあさん。

そういえば俺もそうだったな、と思わず。

ただね、犬を飼うことは本当に大変だよ。
おもちゃと違って、飽きたらおもちゃ箱にほったらかしという訳にはいかないし。
毎日、朝も昼も夕方も散歩に行かなくっちゃいけないし。
ご飯もあげなくっちゃいけないし、病気になったらそれこそ寝ないで看病しなくちゃいけないし。

やっぱり大変ですか?と親。

はい、と思わず。とても大変です。

でもほら、と一同。

はしゃぎ回る子供達と走りまわる犬達。
この子達、こんなに幸せそうで。

確かに、犬と一緒だと子供は優しくなりますよね。
教育上にはとてもよいことだとは思うんですが。
犬の世話をする責任をちゃんと子供たちにわかってもらわないと、
押し付けられた親は大変ですよ。
それが、とお父さん。その責任をまっとうするっていうのが本当の教育なんだよ。
あれまあ、と思わず。ならお父さんはちゃんと責任まっとうしてますか?と思わず皮肉を言って一同苦笑い。

子供にしろ犬にしろ、育てる、というのは実に大変なことで。
それはまさに、自らの血と肉を分けるにも等しい。
がしかし、それなくしては愛のなんたるかを理解することはできない訳で。

それを理解させることこそがまあ教育という奴なのかな、と。

頭脳労働者の代償

Posted by 高見鈴虫 on 13.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
そう言えば昔、テックをやっていた頃は、
なんだかんだ言って四六時中音楽を聴いていた。

サーバのセットアップ、
ルーターのコンフィグ、
FWのLOGの調査。
アプリ作成からバグ探し。
インストからトラシューから図面描きから報告書。
PCにはMP3のライブラリが揃っていて、
残業中は机上のスピーカーから
かなりでかい音を出していた記憶がある。
現場に飛ばされても、
さすがに客の前ではすました者だが、
サーバー室に入った途端、
ファンノイズの騒音避け、を理由にいきなりヘッドフォン。
かかってきた報告依頼の電話もすべて無視して、
ひたすら音楽を聴きながらコンソールとどっぷり。

社員同士がそれほど仲が良かった記憶もないのだが、
なんだかんだと色々な奴らが尋ねて来ては、
仕事の相談から愚痴からバカ話から、
お前らうるせえ、仕事にならねえからあっち行ってろ、
が口癖だったような。

と言う訳でこのオフィス。
まさに個室に近い巨大なキュービクルの城壁の中。
バカな上司に小言を言われることもない代わりに、
いけいけの女たちから、ねえお昼の予定は?
なんて誘いがかかることもない。
一日中、人とまったく口をきかないどころか、
音楽さえも聴かなくなった。

なぜだろう、と考えて、
やはり職種なんだよね、ぶっちゃけ。
現在のこの仕事、つまり日常的にかなり頭を使うタイプの仕事で、
おしゃべりしながら、あるいは、音楽聴きながらでもできるほどに
まだ余裕がない訳だな。

つまりまあ高級待遇の代償という奴だろう。

ちょっと寂しいな、つまりは、つまらねえな、
と思うことも多い訳だ。

ああ、あのいけいけギャルたち、元気かな、
などと思ったりしている。

おいしいものは全て二人で半分っこ

Posted by 高見鈴虫 on 14.2013 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
XXさん、あのおっさん、いい歳して意地汚いよねえ。

だってさ、誰かの休暇のおみやげとかのクッキーとかお饅頭とかさ、
キッチンにおいておくと、必ず2つ持ってくんだよねえ。ひどいよねえ、ひどいと思わない?

と愚痴る女の子。

あのなあ、と苦笑い。
おまえ、つくづく寂しい人生を送ってるんだな。

えええ、なんでなんで?
だからよ、と種明かし。

あれは、自分の分と、あとは奥さんの分なんだよ。

奥さんの?なんで?

夫婦ってのはね、おいしいものは全て二人で半分っこするものなんだよ。
それがどんなにつまらないものでもさ、二人で半分こっこなんだよ。
だからあの人だって、ひとつづつにしてくれって言われたら、
たぶん、半分齧って、残り半分を持ち帰るよ。

なんかみみっちいよね。

そのみみっちさが、愛情なんだよ。お前にもそのうちわかるさ。

私たぶんそんなことしないと思うな。

だから、いつまでたってもそういう人ができないんじゃないのか?

まあ、似たもの同士

Posted by 高見鈴虫 on 15.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
ドッグランでうちの犬がまた大立ち周りをやったらしい。
よりによってどこかからやって来たロットワイラ。
そのでかい図体にものを言わせて、
うちの犬の咥えたボールを寄越せ、とやった途端、
なんだてめえ、と唸り声を上げるや、
10年早えぞ、この野郎、とばかりに、
いきなり口元に噛み付いてぶら下がっては振り回し振り回され、
の大喧嘩。
止めに入ったかみさんが弾き飛ばされて膝に青タンを作ったらしい。
でどっちが勝った?
あのねえ、そんな問題じゃないでしょ?もう周り中の人たちが寄ってたかって抑え付けてで大変だったのよ。
でもほら、こいつこんなニカニカ笑って。別に怪我してる風でもないぜ。
怪我をしたのは人間ばかり。相手の犬の飼い主も身体中引っかかれて大変だったのよ。

お前なあ、と振り返れば、またいつもの奴でへっへっへ、と満面の笑顔。
いつもこの悪ぶれなさに騙されてしまう訳だ。

あのなあ、確かに、子供の時には喧嘩一番。誰にも負けないガキ大将。
とは言っても、悲しいかな犬種の違いでいまやお前はただの中型犬。
昔は怖いもの無しだったやんちゃ小僧も、
さすがに今となってはマスティフやらピットブルやらロットワイラーなんていう、
闘犬まがいなんてのと喧嘩をして勝てるわけもない筈なのだが。

へん、とブッチ。
逃げ足なら誰にも負けないぜ。
という強気さが仇な訳なんだよね、結局。

あのなあ、おまえ本当に好い加減にしないとそのうちとんでもないことになるぞ。
とは言いながら、
そう、そんな俺がいまだに生き延びているということは、
まあそんな調子でも大丈夫、ということなんだろうけどね。

と言う訳で、まあ、似たもの同士。
かみさんの苦労も二倍三倍な訳だな、はい。

マエタケさん

Posted by 高見鈴虫 on 16.2013 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
もう20年も前の話だから、もうマエタケさんの話をしても良いだろう。

マエタケさん、などと言っても誰もしらないだろうが、
そう、昭和のお茶の間にはマエタケさん、と言われる芸人さんがそれなりの人気を保っていた。

マエタケさんはまあ言うなればいかにもどこにでもいそうなおっさんな訳で、
そのなにがどう芸なのかは知るよしもなかったが、
まあそう、マエタケさん、というどこにでもいそうな普通のおさんがよくテレビに出ていた。

が、そう、俺の話そうとするマエタケさんはそのテレビのマエタケさんではなく、
そんなマエタケさんにそっくりなおっさんにいちゃんのことである。

マエタケさんが果たしていった何をしていた人なのか俺は知らない。

なにか知らないが俺のいたバンドのまわりをうろうろしていて、
イベントやらライブやらにちょくちょく顔を出しては、
別に搬出搬入の手伝いをしてくれる訳でもなく、
楽器のセッティングに詳しい訳でもなく、
ましてや、PAのバランスをチェックしたり、
あるいは、物品の販売やらに気を回してくれたり、
なんてことも一切なし。

ただ、なにをするでもなく楽屋のまわりをうろうろした挙句、
いつのまにかふっと、それも俺たちのライブが始まる前に
ふいと姿を消してしまったりもして、
なんとも不思議なおっさんにいちゃんだった。

という訳でそのマエタケさん。

俺たちの同世代であったのだろうが、その超然とした老け顔の為に、
なんとなくマエタケさん、とさん付けで呼ばれることが多くて、
まあ別に害はないのだから、という程度に緩く放っておかれた訳なのだが、
ふとしたことでファンの女の子の一人から、
え?マエタケさんとしたの?マエタケさんってあのマエタケさん?
と思わず絶句してしまった訳だ。


似非虚構新聞~「ペット業界一大シンポジウム」

Posted by 高見鈴虫 on 17.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
ペット業界関係者が一同に集う一大シンポジウムの話題です。

飼育しているペットたちと同じ環境に自身を置く事により、
ペットの気持ちへの理解を深め、
今後の業界の更なる発展を目指そうと、
ペット業界関係者が一堂に介しての一大シンポジウムが始まっています。

狭い金網の中に閉じ込められ、トイレも垂れ流しという劣悪な環境に耐えるペットたち。
その気持ちを少しでも理解しようと、ペットミル経営者、流通業者、
及び、ペットショップの経営者の皆様が自らをペットの飼育される環境に置くことにより、
ペットの抱える問題をよりよく理解しようというもの。

「いやあ、狭いですねえ。狭い。まったく身動き取れないしね。まさにこの世の地獄だねこれは」

「いや、上からのべつ幕なしに小便やらうんこやらが降ってくるんでねえ、お蔭様で身体中糞尿まみれ。風呂も無いんで洗い流すこともできない。いやはやだねまったく」

身動きも取れないような金網の中に閉じ込められ、劣悪な食事と不衛生な水、
風呂もトイレも無く、冷暖房施設の無い日陰の小屋というこの世の地獄のようだ、
と口々に語る参加者の皆様。

「朝から晩まで見ず知らずの男性たちと際限なく交尾させられてます。これで無事に子供が生めれば良いのですが。歳を取って子供が埋めなくなったら殺処分にされるということなので、死ぬ気で生み続けるしかないですね。これ以上の地獄は考えたこともありません」

「暑いし寒いしでね、毎日大変です。喉が渇いてもこの水、もう10日も交換されてないしね。大小便が入っちゃって臭くて飲めたもんじゃないんだが、まあ背に腹は返れないしねえ」

「体調を崩していて熱が下がらず虫の息です。が、それが知れると殺処分にされてしまうので、なんとか隠し通すしか方法がないですね。薬も貰えず食事はまさにゴミのようなものばかり。早く死んでしまったほうが楽になるとは思うのですが、みすみす殺処分にされるのは癪だなとがんばっています」

この勉強会が終了後、ペット業界の体質改善を目玉に、
ペットの気持ちになって考えるペット産業の今後、
果たしてパピーミルはこの産業にとって有益か、
今後のペット産業を考える上での重大課題、
などについて協議し、明確な回答が得られない場合には、
再び金網の中に戻って、回答が得られるまでは一生出てこない、
と一同の熱意が高まっています。

業界の更なる発展を目指して、がんばって欲しいものですね。

究極の処世術とは、つまりは、気配りなんだよね、実のところ。

Posted by 高見鈴虫 on 18.2013 今日の格言   0 comments   0 trackback
ぶっちゃけ、

究極の処世術とは、つまりは、気配りなんだよね、実のところ。

気配りとはつまり、
自分が相手の立場だったらどうするだろうか、
という観点から、物を見ていく、という視点を指す訳でさ。

どこぞのアホが知ったかぶりをして、
人の気持ちなど判るわけないじゃないか、
判らないからすべては俺の独断で話は進めさせてもらう、
なんていうやり方を、

アメリカっぽい、

と勘違いしている人がいるのだけれど、

ははは、と笑わせて貰う。
つまり、それは違う。

というか、そう、アメリカ人にもいろいろいて、
で、

なんとかこれまで生き延びて来た輩、
つまり、周りの人々から頼られ慕われ愛され、
そして敵を作らなかった人というのは、
実はしっかりと、この、気配り能力、
つまりは、
他人を思いやる=相手の立場になって物を考える、

という能力にずば抜けているタイプが多いのである。

ただ、そうでない人も確かにいる。
そういう奴に限って声がでかく、
そしていついかなる時にも、
周りから、すげええなあ、と思わせるためにはどうしたらいいか、
なんてことばかりを考えているタイプ。

で、そんな奴らの周りには、
実にそんなタイプの人ばかりが集まってブイブイ言わせているつもりになっているが、

そういうタイプが嫌われる、つまりは敵を作りやすいことも事実。
あの嫌なやろう、まあ利用できるうちは利用してやるが、
まあコケた時が楽しみだぜ、

と思われているわけで、
つまりはいつか、そう、いつか、必ず、奈落の底へと向かう時がやってくる。

という訳で、かつてお世話になった大親分の口癖をもう一度繰りかえさせていただく。

まあまあ、そう怒りなさんな。奴の気持ちだって判るじゃねえかよ、な?

ただ、これを早合点してはいけない。
ヤクザの大親分であった彼が、なにも慈善家ぶってそんなことを言っていたのではない。

奴の気持ちも判る、つまりは、
相手の気持ちを思いやる、能力があって初めて、
では相手がなにがほしいのか、なにを恐れ、なにを狙ってくるのか、
そして、相手の弱点はなんなのか、
を探り出す重要な手がかりになるのだ。

改めて言えば、この歳までなんとか生きさらばえて来た連中、
つまりは、この気配り能力を応用しての処世術に長けている奴ばかり。

気配りとは、つまりはシュミレーション能力なのである。

心されたし。

C!H!A!D! CHAD! CHAD! CHAD!

Posted by 高見鈴虫 on 19.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
なんとひょんなことから、
元NY JETSの名クォーターバックであった
チャッド・ペニントンとお話をする機会を得た。

実は俺、この人には色々と妙な縁があって、
その昔、テネシー州のノックスビルに行く機会が多くて、
で、そのノックスビルの人々、
ニューヨークから俺がやって来る、と知ると、
社員全員がニューヨーク・ジェッツの緑のユニフォームで迎えてくれたりしてくれたものだ。

でもさ、テネシーってやっぱオイラーズなんじゃないの?
と聴けば、いや、テネシーはそうだが、ここノックスビルは違う。
なぜなら、ここノックスビル出身であるチャッド・ペニントンが、
ニューヨーク・ジェッツのクォーターバックなのだから。

という訳で、ノックスビル出身のチャッド・ペニントンを応援する為、
ノックスビル中の人々がまさにジェッツのチームカラーである緑みどりみどり一色。

で、そんなニューヨークから来た俺。
どこに行っても大歓待。

だってこの人、チャッド・ペニントンのいるニューヨークから来た人なのだから。

という訳で、毎度毎度ながらの大歓迎大会。

まさにチャッド・ペニントンさまさまと言った感じ。

実は俺が本格的にアメフトにのめり込んだのも、
そんな縁から、チャッド・ペニントンを応援し始めたのが理由。


似非虚構新聞~「中国人民軍。宣戦布告からわずか35分で降参宣言」

Posted by 高見鈴虫 on 21.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback


前対戦時における補償問題や領土海域問題等を理由に、
日本を含むアジア全域の諸国に対し宣戦布告をした中国政府。
そのわずか35分後には降参宣言を発しました。

宣戦布告した途端、なにもかもが全て動かなくなった、と語る元中国人民軍の珍さん。

電話も繋がらずインターネットもダウン。
戦闘機は頭の上で同じところをぐるぐる回っているばかり。
戦車も装甲車もエンジンすらかからなくなった。

対戦前には数において圧倒的な軍事力を誇る、とされていた中国軍。
ですが、蓋を開けてみるとそのハイテク技術力に致命的な誤算があったようです。

完敗でした、と語る元中国軍将校の楊さん。
さしもの人海戦術も命令伝達機能がまったく使えないのではなんの意味もありません。
あのままでは中国軍はなすすべもなく全滅させられているところでした。
お互いに無傷のままたった15分で降参できたことが幸運だったと思っています。

この敗戦を受けて、中国人民軍の解体、及び、中国人民軍の軍事力に支えられていた中国共産党政府もその体制に抜本的な改革がもたらされることは必至。

今後の動向が気になるところです。

「恵みの雨」

Posted by 高見鈴虫 on 22.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback

ここのところ多忙である。

多忙なときに限って公私に渡って次から次へと案件が襲い掛かって来て、
それはまさに高波に浚われて錐もみ状態といった感じである。

もがけばもがくほどに波に弄ばれ、手と足がどっちを向いているのかさえも判らない。
ああくそ、こんなものもうどうにでもなれ、と放り投げてしまおうか、と思ったところ、
ふとした拍子になんとか地面に足が付き、
えいやあと蹴り上げたらすこっと顔が水面に出た。

と言う訳で午後であったか。

見上げる空から雨が降っている。
じきに降り始めた大粒の雨が、
アスファルトに弾け飛んでもうもうと白い霧となって立ち上がる。
吹き抜けてゆく湿った風にすでにシャツもずぼんもぐっしょりだ。

夏ももう終わりか、とふと思う。

今年の夏はいったいなにをしたのだろうと考えてみるが、
果たしてなにひとつとしてなにも思い出せない。
こうしてまたひとつ夏が終わっていく。
あの夏の光と影はどこにいってしまったのか。
光どころか影さえもなかった夏だったな。
見上げる空に雷鳴が轟く。
バカやろうにどうにでもなれ、と薄く笑う。
昔はこうして雷を眺めるのが好きだったな。
雨が降り始めると窓に貼り付いて雷を見ていたものだ。
ゴジラがやってくる!ゴジラが来るぞ!と待ち望んでいたのだ。
ああ、ゴジラ来ないかな、と思わず。
と言う訳で、
あれやって、これやって、それやって、なにやって。
つくづく馬鹿馬鹿しくなった。
えーい、知ったことか。今日こそは早く帰るぞ。
いや、逆だ。
今日こそは一時間でもなにもやらない時間を作って、
そして、
あれやって、これやって、それやって、なにやって、を書き出してそれぞれ番号を振って、
そして、なにをどうするべきか、の作戦を練るべきなのだ。
どうせ雨だ。犬の散歩はできない。
自分を取り戻すための一時間。
恵みの雨、と言わせて貰う。

「昼下がりのDock Of The Bay」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback


朝からむかつくメールが満載である。
おいおい、いったい全体どういう訳でみんなこんなに意地が悪いんだ?
どうしてもう少しでも、相手の身を省みる、ということができないのだ。
心の余裕、と思う。
そう、どいつもこいつも心に余裕がこれっぽっちもないのだ。
何が悲しくてここまで心の余裕を失ってしまったのか、
とは常々思っていることなのだが、
いまにしてそれははっきりとわかる。
つまり、忙しいのだ。
心の余裕どころか、自分自身を省みる間もないぐらいに
ただただ、もう忙しいのである。
そう、そうなんだよ。忙しいんだよね、はいはい。

とかなんとか思っていたら、
かみさんからMSG。
銀行に提出する書類にサインが必要なんだけど、
昼にどこかで待ち合わせしない?とのこと。
ああ、ちょっと忙しいんで、できればこっちに来てもらえると嬉しいんだけど、
と返せば、わたしもちょっと忙しくて、とのこと。

うーん、と悩んだ末に、えぇいままよ、と昼の予定をキャンセル。

そう、どれだけ忙しいと言ったってたかが仕事ではないか。
そう、たかが仕事なんだ。
しかも俺の仕事。ITだろ?たかがITじゃねえか。
たかだかネットワークが落ちたぐらいで、人が死ぬわけじゃあるまいし。

と言う訳で、この殺人的な忙しさの狭間に、
いきなり電車に乗ってミッドタウン。

ランチタイムでごった返す人々。
いったいぜんたいどんな輩が、こんな糞忙しい夏の昼に、
外でランチを愉しむなんて余裕がありやがるのか。
と、さも糞忌々しくも人ごみを蹴散らしながら、
ふと見るとごった返す42丁目の人垣の中に、
あたりをきょろきょろとするかみさんの姿。
こいつまったく、
俺を探しているのならさっさとIPHONEで電話すればよいものを。
いつまでたってもハイテク世界とずれているな。
と思わずにやにや。

ベトナムのサンドイッチ買った、とさも得意そうな顔。
すっごく並んだからもう帰っちゃったかと思った。
地下鉄が来なくてさ、俺もいま着いたところ。

と言う訳で、この糞忙しい夏のお昼過ぎ。
ビルの狭間の公園の、ベンチの上で熱々のベトナムサンドを頬張って、
見上げる空から夏の日差しがさんさん。

なんか、まるで別世界だな。
なにが?マンハッタンが?
そう、それもあるけど、なんか、みんな凄く幸せそうに見えるな。

ふとするとビル街の空からどこかで聴いたメロディ。
あれ、これ、オーティス・レディングじゃないのか?
どこかでフリー・コンサートやってるのかな。
ずいぶんとご流暢なものだな。まったく人の気も知らないで、と苦笑い。
ねえ、ちょっと観て行こうか、とかみさん。
時間大丈夫なのか?
時間?たかがランチが30分伸びたからって今更誰も怒らないでしょ?
そんなものかな。
そんなものよ、大丈夫よ、もう夏も終わりなんだから。

と言う訳でふらふらと音のするほうに出かけてみれば、
これまたビル街の狭間のカフェのテーブルの間の仮設ステージ。
コクジンのコクジンによるコクジンのための音楽に、
昼飯途中の人々が足を止めて思わずにんまり。
うっまいよなあ、まったく。ゴスペルで鍛え抜かれたって感じだよな。
これ誰の曲?
オーティス・レディング。飛行機事故で死んじゃった人。
いつ?
1967とかじゃなかったのかな。ウッドストックの前には死んでた筈。
ああ、すごく昔の人なんだ。
昔の人だからニコニコ聴けるんじゃないのかな。

と言う訳で、ふとしたことで足を踏み入れたミッドタウンのビル街の狭間。

思わず仕事途中だということも忘れて聞きほれる The Dock of the Bay

ねえ、なんの歌なの?
この歌?The Dock of the Bay? ああ、一日中海を見ている人の歌だよ。

と言う訳で手元のIPHONEでちゃちゃっと歌詞を検索。


「Sitting On The Dock Of The Bay」

Sittin' in the mornin' sun
I'll be sittin' when the evenin' come
Watching the ships roll in
And then I watch 'em roll away again, yeah

I'm sittin' on the dock of the bay
Watching the tide roll away
Ooo, I'm just sittin' on the dock of the bay
Wastin' time

I left my home in Georgia
Headed for the 'Frisco bay
'Cause I've had nothing to live for
And look like nothin's gonna come my way

So I'm just gonna sit on the dock of the bay
Watching the tide roll away
Ooo, I'm sittin' on the dock of the bay
Wastin' time

Look like nothing's gonna change
Everything still remains the same
I can't do what ten people tell me to do
So I guess I'll remain the same, yes

Sittin' here resting my bones
And this loneliness won't leave me alone
It's two thousand miles I roamed
Just to make this dock my home

Now, I'm just gonna sit at the dock of the bay
Watching the tide roll away
Oooo-wee, sittin' on the dock of the bay
Wastin' time


仕事してないんだね。
してないみたいだな。
うらやましいね。
本人はそれどころじゃないんだろうけどな。
それにしては暢気な歌だよね。
ああ、ベトナムで死ぬよりはまし、ぐらいなもんだろ。
仕事しないで一日中港で口笛吹いてるんだね。
まったく暢気なもんだよな。だからコクジンは、って言われちまうだろうに。
仕事なんかしなくたって誰も死にはしないのにね。
そうなんだよな。それが問題なんだよ。
時間まだいいの?
知ったことかって感じだよな。いいよ、どうにでもなれ。オーティス聴いてようぜ。こいつら無茶苦茶格好いいじゃん。

と言う訳で、かみさんと別れた2時過ぎ。
地下鉄のホームで一人、来ない電車を待ちながら、
ふざけた替え歌を作って歌っていた。

一日中オフィスでメールを眺めていた。
全ては同じ。今日も明日も。
時間の無駄だな・・

まったくよ、誰も死にはしねえってのにさ。

と言う訳で、オフィスに戻ってふとSCREEN SAVERを見れば、
なに!?今日は金曜日?

そうか、そうだったのか。
それに気づいただけでも、実り多いかみさんとのデートであった。

真夏の夜のトラビアータ

Posted by 高見鈴虫 on 24.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback


朝の散歩の途中、またいつものようにボートハウスのカフェで朝食。

ベーコンエッグのサンドイッチと、アップル・ターンノーバー。

ドッグラバーたちの集うテーブルで犬談義に花を咲かせの合間を、
ねえ、お腹すいた!そのベーコン頂戴!とアンアン鳴きの大合唱。
なんともまあ騒がしい朝食だ、と苦笑いしながら、
まあこれこそがドッグラバーたちの至極の時であることは誰もが知るところ。

で、帰って掃除と洗濯を終わらせて一息ついたところでDVDでも観ようか、
と思ったとたんにソファで転寝。

犬に起こされて昼過ぎ。
散歩がてらリンカーンセンター隣りの図書館に出かけたら、
メトロポリタン・オペラハウスの前の広場に仰々しくも椅子が並んでいる。

なにこれ?と聞いたところ、夜にオペラのフリー公演があるという。

なに?野外でオペラのコンサート?

いやいや、HDの映像を流すんだけどね、と言う訳でふと見上げると正面の壁一面に白い巨大な天幕。

オペラの映画鑑賞という訳か。

で、演目は?と聞けば、椿姫=トラビアータ。
で、よくよく聞いてみれば、なんとビオレッタはナタリー・ディッセイ。
もしかして、それってこないだ俺たちが観た奴じゃないの?
あの時はもう、観客一同涙が止らなくて大変な騒ぎだったが。。。

と言う訳で、うっし後でまた来るか、とリンカーンセンターを後にしたとたん、
またまたいきなりリーシュを引っ張り始めたブッチ。

なにがなんでも公園に向かうと言ってきかない、というのもまあいつものこと。

と言う訳で、緑の芝生の上で、図書館で借りた本を読みながら、
パークポリスの目を盗んでボール遊び。

その後いったん家に帰ってシャワーを浴び、
ブーにちょっと早めの夕飯をやってから、
クッションと水と読みかけのペーパーバックを持ってリンカーンセンター。

さすがに犬連れというのもあって通路沿いの席を探すが既に一杯。
しぶしぶずっと後ろの方か、と思うが、
えいやあ、とばかりに最前列。
ここなら窮屈な思いをさせなくてもいいわけで、ちょっと見上げる首が痛いぐらいがなんだ。

と言う訳で、ヨガに行っていたかみさんから、どのへんに座ってるの?
ってな電話があって、一番前!と答えてさすがに呆れられた。

割と涼しいから羽織るものと、あとブーの水と、俺たちの晩飯。

とかなんとかやっているうちに、かみさんが到着した頃にはすでに超満席。
開いた席があれば「買います!」ってな人まで現れる始末。
だが、ちょっとずるをして、ブッチ用に抑えていた一席。
つまり警備員に犬が邪魔だと言われたときにブッチを座らせる用の席なのだが、
ぶーの奴も知ってか知らずか、
そこに人が近づくたびに、ブッチの奴、ウー、グルグル、と喉を震わせて怖い顔。
しまいには、無理やりに座ろうとしたロシア人のおばさんを相手に
ギャンギャンと鳴き始める始末で、平謝り。

くそ、やっぱこいつ連れてこないほうが良かったかな。

と言う訳で、立ち見人がずらりと並ぶ超満員の中、
なんとそのブッチ用の一席だけがポツリと空いているわけで、
ここまで人々の白い視線にさらされるとさすがにちょっとばつが悪い。

とそうこうするうちに、ふと前を通りかかったラテン系の美少女。

怪訝な表情で見上げるブー君の顔を見てにっこり。
で、あらためて、ここ良いですか?と聞かれるのだが、
いや、実はこの馬鹿犬が、と振り返れば、
当のブッチはお姉さんを見上げてさかんに尻尾を振っている。

あ、はいはい、こいつが問題ないなら全然大丈夫、と席を空けてあげて、
ラテンの美少女は思わずイェイとガッツポーズ。
いやあ俺もなんとなく重荷から解き放たれたような気がして・・

そう世の中にはこういう幸運な人も居る訳だ。
そしてそういう幸運な人は、当然のことながら美女が多い訳で。

というわけで、最前列で鑑賞したナタリー・ディッセイのトラビアータ。

字幕の見易さもさることながら、その出演者たちが歌だけではなく確実に演技をしているのだ、
というその事実が、音楽の見事さとまさに相乗効果となって、まさに身を引き絞るような大熱演に
食い入るように魅入る人々。
ライブでみるのとはまた違った趣きがあって、これはこれでまさに大成功だったな。
いやあ、メットオペラ。やることなすことまさに当りまくっているな。

と言う訳で、そう、ブー君。

人々の異様な熱気にてらされてか、予想を反してずいぶんと良い子、にしていた筈が、
第二幕目のアルフレッドとお父さんの掛け合い、のあたりで、
いきなり、オンオンオーン!と調子はずれの吠え声。

思わず映像の深刻さとのギャップに一同シーっと苦情に被せて大爆笑が巻き起こり。
バカ、おまえ、やめろ、と慌てて席を離れようとするが、
かみさんをおいては嫌だ、とかみさんの膝にしがみついて離れない。

で、お菓子でも食ってろ、と上げるのだが、
暫くするとまた、オンオンオーン!とやるわけで、まさに万事休す。

さすがに焦ったかみさん、頼みの綱だったお菓子も底を付き、
ねえ、もう帰ろうか?とため息。
やっぱ無理だよ、こんなところに犬連れてくるなんて・・
くそ、こんな素晴らしいイベントを、こいつのおかげでまたスキップか、と深い深いため息。
まったくお前が居るとどこにも行けやしない、と恨めし気に見つめるブー君。

まあな、確かにお前にとってはオペラも糞も関係ないからな。

ま、しかたがない、引き上げるとするか、としたところ、
ふとすると、隣に座ったラテン系の見るからに美少女のお姉さん。

ねえねえ、とブー君の背中をつついて、目が合ったとたんにニマーと甘い笑顔。
で、
ほら、こっちおいで、と招き寄せて、で、そのミニスカーとの膝の間にブーの頭を軽くはさむと、
いきなりその鼻先にぶちゅーっとキス。
で、はい、撫で撫で撫で撫で、とマッサージを始める。

したところ、普段はどんな人にも身体を触らせないはずのブーが、
まさに魔法にかかったようにうっとりと目を閉じてはその膝の頭やら指の先やらをぺろぺろ。
まさに夢の中といった感じ。

あ、あのすみません、とお礼を言ったところ、
この子は大丈夫だから、オペラ観ましょうよ、と余裕の笑顔。

と言う訳で、それから先の一時間ばかり。
まさにブー君はまるで夢の中。
お姉さんの膝の上で白目を剥いてはうっとりと目を閉じて過ごしていた訳で、
うーん、この謎の美少女、なかなかできる!

とそんなわけでこの世紀のイベント、無事に最後まで鑑賞できた、という次第。
思えばなんという幸運なことか。

いやあ、ラッキーだったな、あの子、なんなんだろう、と話しかけたかみさん、
なによ、糞ブー、大嫌い、とすたすた先に帰ってしまった。

似非虚構新聞 ~ 「中国人民軍の平和利用運動始まる」

Posted by 高見鈴虫 on 25.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback


戦争開始から僅か35分で降参をした中国軍。
いまや無用の長物と化してしまったその膨大な軍事力を
平和目的に有効利用する作戦が大規模に始まっています。

総勢3億に及ぶ全兵士を投入して中国全域の再生運動です。

近年の無計画な土地開発の犠牲となってすっかりと荒れ果ててしまった土地の回復が当面の最重要課題。

全国の河川で徹底的などぶ掃除作戦、緑化作戦等、中国の生き残りをかけた戦いが進行しています。

また、中国軍海軍による太平洋のガベージベルトにおける、
海上に堆積したゴミの大々的な回収作業が始まりました。

回収されたゴミは兵士一人一人の丹念な区分け作業によって、
燃えるゴミ、燃えないゴミに区分けされた後、本国の再処理工場に運ばれます。

ここまで地球環境を破壊してしまった中国。
いまや遅しという声もありますが、その健闘が期待されるところです。


  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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