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「今回の山本太郎の騒動で、自民党ネット工作員の存在が逆クローズアップされちゃったんじゃない?」

Posted by 高見鈴虫 on 01.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
山本太郎って人が、天皇に手紙を手渡して、
ってな話が、妙に大事になっているが、
普通の感覚としては、へ~、程度。

戦時中ではあるまいし、
天皇も「人間」である以上、
別に手紙ぐらいもらったっていいんじゃないのか?
それにアンセラックスを仕込んでた、なんてことでもないのにさ(笑

自民党系の人々なんだろうが、口を揃えて「不愉快」であったといい連ねているが、
別にお前らのような浮世に漂う、あるいは金魚の糞のような屑政治家風情の「個人的感想」など、
国民はそれほど関心などないだろう。

それよりも肝心の天皇自身の感想はどうだったのだろう。

放課後に下駄箱の前で、ではないが、
いきなり手紙なんて手渡されたんでは、当惑ぐらいはしたのだろうとは思うが、
面白かったんじゃないのかな。

へえ、そう人もいるんだねえ、という感じで。

あるいは天皇も、日々あれだけ幽閉=厳重管理されている手前、
そんな普通人の生の意見なんてものも聞いてみたかったんじゃないのかな、
と思うがどうだろう。

と言う訳で、あらためて、異常なのは自民党だ。

これぐらいのことでうろたえる自民党のそのてんぱりの理由がどこにあるのか、
あるいは、
このぐらいのことにヒステリックにてんぱっている自民党について
なにも意見が上がらないのはなぜなんだろう、

どっちが異常か、といえば、まさにそうこの自民党の、
そしてそのちょうちんメディアの過剰反応の方だろう。

と逆にそんなことに首を傾げざるを得ない。

で、なんだよ、
そんなバカバカしい狂騒に大して、
「そっだそっだー、山本太郎死ね、消えろ!」と旗を振る人々?

ありえねえ・・・

それほど多くの人が、この程度の出来事にヒステリックになる筈がない、筈。
その理由が、必然が、無い過ぎ。あまりにも不自然過ぎ。

と言う訳で、これ・・このコメント書いている人たち、
もしかしてみんなサクラなんじゃないのか?
と逆に疑問を持ってしまった訳だ。

で、ちょっとぐぐってみたら、あれえ、出ること出ること、
自民党ネット工作員のニュース。まさにテンコ盛り。

へえ、自民党インタネットサポーターってのか。
サポーター、じゃねえだろって。
金払ってやらせてるだけだろ?とすぐに察しがついてしまうのだがな。

で、思わず目からうろこ、であった訳だ。

なんだよ、そうだったの?つまり、あのコメントは全てがでっち上げ?
つまりは、そんなネットの話題にただ乗りしてるニュース、
それさえも全てでっち上げだったってこと?

で、なんだよ、みんながこのサポータークラブの存在によるニュースのでっちあげを暗黙で了解してたの?

なあああああんだああ、と思わず椅子からずり落ちそうになった。

だってさあ、と恥ずかしながら、
いやあ、米国在住の手前、日本のニュースはやはりWEBで見ていたのだが、
そんな日本のニュースサイトを観るたびに、
そこに金魚の糞のように追加された「コメント」やら「いいな」やらが、
なんとも浅知恵過ぎる、というか、馬鹿すぎるというか・・

えええ、日本人ってこんなにバカばかりになっちゃったの?

と目を疑うことがあまりにも多かった訳で、

こんな馬鹿ばかりになってしまった日本にはもう一生帰れないな、帰りたくないな、
と暗澹とした気持ちになっていたのだ。

なんだよ。やらせ? つまりそういうことかよ、と。
と、すっかり釣られていた事実に思わず大苦笑。。

という訳で、奇しくもこんかいの空騒ぎ騒動でその事実に気づかせてもらったという訳で(笑


で、あらためてなんだよ、自民党、
やってること、中国共産党と変わらないじゃないかよ。

あんたらの常識、まじで大丈夫か?

あるいは、それほどまでに国民を信用していないのか、
同時に。。そんなことまでしなくてはならないほどに裏で悪どいことやってるの?
とついつい穿った気持ちになってしまうのだがな。

改めて、なんでもっとまっとうに政治、つまりは、国家を良くしよう、ということができないのかな。

挙句にネットにでっち上げの書き込み入れて世論操作?

自民党ってそれほど汚い小細工をしなくては政権を維持できないようなどうしようもない政党なのか?
日本ってのはそれほど情けない国なのか?
日本人ってそれほどバカな人たちなの?

と思わず首をかしげてしまう。

あるいは、そう、日本のバカって、自民党のネット工作員に集約されているだけ、なんじゃないの?

国民をわざとバカにしようとする政党?ありえね~。それ邪悪すぎだろ(笑

という訳で、まあなぞが解けた、という意味では良かったのだが、
いやはやしかし・・・
こいつらなんでもっと普通にまっとうにできないんだろう、と改めて日本という国が謎になった。

いくらなんでも、人格ねじまがりすぎだよ、おいおい(笑


狼少年・自民党ネット工作員の件で、すっかり日本人そのものが信用できなくなった訳なんだが

Posted by 高見鈴虫 on 01.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
あのさあ、そんで、まじでお願いなんだけどさ、

そんなネット工作員みたいな人たちの、やらせ「いいね」を禁止したり、
あるいは、それがやらせですって判るようにする方法ってないのかな。

やっぱそれもできる、ってのが、匿名掲示板の利点で弊害もあるんだろうけどね。

だってねえ、こんなこと、大々的にやられたらさあ、いくらなんでもメディアの信憑性なんて皆無でしょ?

やばいよ、やばすぎ。

別に自民党が嫌いって訳じゃないけどさ、そんなこと恥も外聞もなくやってしまう人たち、ちょっとまじ、信じられないというより、品性を疑わざるを得ない。

自民党。。これ、まじで、男下げたぞ。
一生、自民党にだけは投票しない。あるいは、自民党支持の奴は信用しない、あるいは、
そう、自民党支持、みたいなことを書いている人は、総じてどうせ金で買われた工作員だろ、と思っちゃう、思わざるを得ないだろ。

同時に、どんなニュースにでも、安部政権、わりとうまく行ってる、と書いてあっても、
どうせこの記事もやらせで金もらっただけだろ。いこーる、事実は逆だろ、
と思わざるを得ないじゃないかよ、と。

人間、一度でも嘘ついたら終わりでしょ。
一度ついた嘘で失った信用を取り戻すのって、まじで一生かかっても無理だったりするんだぜ。
あるいはそう、
今回のネット工作みたく、すべて嘘、俺の言うことぜったいに信用しないで、というしかなくなっちゃうじゃないの。

政治家ってそんな人たちじゃないんだろうけど、嘘も方便だけ、ってな政治家の常識を、一般人に流布するのはさすがにまずいと思うのだが。

という訳で、自民党さん。ネット工作員による世論操作、みたいなことを禁止する法律を作ってほしい。


ねえ、そういえば、天皇陛下って、インターネットのアクセスしてるの?

Posted by 高見鈴虫 on 01.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
そういえばふと思ったのだが、
天皇って、インターネット見てるのかな。

つまり、そう、天皇も2チャンとか、ニコ動とか、
あるいは、グーグルで、
この間、手紙くれた山本太郎ってどんなひとなんだろ、
とか、検索かけたりとか、出来るのかな。

もしそれが許されていない、としたら、断固抗議するべきだよね。
あるいは、もしそれを許していない人たちがいるとしたら、
あらためて、なんで?と聞いてみるべきだと思う。

で、へえ、日本ってすごい右傾化してんだね、とか天皇もちょっと心配してて、
あ、でも、なんだ、お金で買われた人が嘘のコメントを書き込んでるだけか、
やれやれ、この国まったくどうしようもないな、

なんてことをつぶやいていたら面白すぎ。

あるいは、そう、天皇も掲示板に書き込みしたり、とかもできるの?

もしかすんと、皇居内のアクセスは監視されているかもしれないから、
ちょっとお忍びで外のネット喫茶からカキコしちゃお、とかしてたら、
割と面白かったりもするんじゃないの?

俺は思うに、山本太郎がやったこと、まじあってると思うよ。

これだけ、すべての国民が総じて大混乱、
つまり、
政治家はみんな利権まみれ。
ニュースはみーんなでっちあげ、
なんだとしたら、

もう名の知れた人で信用できそうな人って、
あるいは、
率先して、仕事として、いい人、であり続けなくてはいけない立場にあるひとって、
天皇を除いては存在していないのではないか、なんて気さえしてくるしさ。

という訳で、俺がこんな脱力感に駆られるのも、
元はといえば、ネットサポーターのでっちあげに気づいてしまったせいだぞ。

アベノミクスがうまく行ったら、また日本は元気になれるのかな、とか思ってまじ期待してたのに。。

全部嘘かよ。ばかばかしい。


山本太郎問題、いきなり掻き消えてるんですが。。

Posted by 高見鈴虫 on 02.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
あれええ、あれだけ大騒ぎの筈だった
山本太郎の天皇お手紙問題、

あれだけヒステリックに騒いでいた方々が、
まるで一夜のうちにあっという間に掻き消えてんじゃん(笑

せっかく友達に教えてあげようとおもったのに・・・

なんかさあ、この自民党のネット工作員、
まるで、まるっきり公開放送のサクラの観客、そのものだよな。
アシスタント・デレクターにQUEUE出しされて笑ったり怒ったり、
リモート人間かお前ら、と。

とまあこんなご時世なんで、つまり俺ら的には、
自民党のやってることはぜんぶ嘘、
それに拍手している奴らはみんな工作員、なのですべてスルー、
とすれば間違えがないってことなんだろ?

という訳で、まともなニュースサイトって無いのかな、
つまり、そう、
まともな日本人ってもういなくなっちゃったの?って疑問なんだが。。

まじ、あの、これ、ブッシュ時代のアメリカよりも節操なくなってると思うのですが、
まじ、この国、大丈夫ですか?

まあ俺の知ったことじゃないけどさ。

ポルシェがほしい

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
土曜日の朝、IPHONEでなんとは無しに日本のニュースをみていたかみさんが、
じぇじぇじぇじぇ~と声を上げた。

アベノミクスのおかげで、ポルシェが飛ぶように売れてる、
と、同時に、
老舗のお豆腐屋さんが、バタバタとつぶれている、

ってな話。

いったい、どこの誰が、なにして儲けた金でポルシェなんて買っているのか。

つまり、アベノミクスとは、ただそういう馬鹿を儲けさせるためだけのものなのか?

と憤りも甚だしい。

ポルシェ買うような馬鹿がお金を独り占めにしないで、
ちゃんと下町の老舗のお豆腐屋さんにも行き届くようにする、
ってのが政治家の役目でしょう。

なんかこの人たち、根本的になにかを見誤っている。

まあまあ、と俺。

つまりそのアベノなんとかの提灯記事書いてるのは、サンケー新聞だろ?

サンケーってもともとそういう知恵足らずな新聞社で、
だから、そんな知恵足らずが知恵足らずな記事が読みたい、
って人がサンケーなんてものを買うってのは世間の常識。
ってか、サンケーなんて読んでる人、俺のまわりでは見たことないけどさ。

なんだけど、このインターネットのまとめ時代に入って、
そのYAHOOとかなんかとかみたいに、
自分ではなんにもやらずに、人の書いた記事を並べてリンク貼るだけ、
みたいな会社ばかりが広告を集め始めたんだよ。

で、そのまとめみたいなページには、
天下のなんとか新聞、とかと、まったくタメ線で、
そういういかがわしいいんちき広告新聞、とか、
あるいは校正とかさえもまともやってないようなブログサイトとかがさ、
まったく同一ラインで出てきちゃうってところに目くらましがあるわけでさ。


まあ、気にすることねえだろ。
サンケー、だろ。もともとそういう馬鹿な会社だって誰もが知ってるわけだからさ。

そういう馬鹿な会社で記事書いてる奴も、サンケーなんて入りたくなかったんだが、
そこにしか仕事がなかったから、サンケーなんかにも入らざるを得なくなって、
で、嫌々馬鹿な記事を、馬鹿向けに書かされている、ってだけの話なんだからさ。
だから、まあ、悪気はねえんだろ、とは思うけどな。

でもさ、改めてむかつくのはそのまとめサイトだよな。
ニュース並べるだけで、情報操作、とかしてるつもりになって、金集めようとしてるんだろ?
まったくなあ、とは思うんだがよ。

という訳で、アベノミクス、あるいは、オキュパイ・ウォールストリート的な正義心に燃えていた筈のかみさん。
いつしか、インターネットまとめサイトのねとうよ化なんて話に挿げ替えられて、まったく興味を失ってしまい、
話の途中から、じゃね、髪切り行ってくる、と出かけてしまった。

という訳で、なに、と俺。

サンケーだ、ねとうよだ、アベノなんとかだ、なんてのは、実はまったくどうでもいい。

そう、つまり、なんというか、ポルシェである。

ポルシェを買うのに金を持っている持っていない、は関係ない、と思う。

まあ確かに、成金、の象徴なのであろうが、成金であろうがなかろうが、

速い車に乗ってみたい、あるいは、好きな車に乗っていたい、というのは、まあ男の子の持つ共通の夢。

つまり、戦争賛成であろうが反対であろうが、共和党支持であろうが民主党であろうが、
クローゼットの奥に宝物の拳銃を隠している男は居るわけでさ。

つまりなんというか、そう、なんかその挿げ替えがおかしくないか、と。

という訳で、おい、サンケー、この知恵足らず。ポルシェとアベノミクスなんて一緒にするんじゃねええよ。

あとなあ、YAHOO、サンケーが馬鹿向けの馬鹿な新聞だなんて誰でも知ってるだろ。

なんでそんな、馬鹿カルトの記事をわざわざ引っ張って来るんだよ。
おまえのところろも自民党ネット工作員のカモにされてんのか?

まともなニュースサイトってないの?まじで。

とか思いながら・・そう、別に実は、そういうことも俺にとってはどうでもいい訳だ。

つまり、なんというか、ポルシェ、である。

どうせ乗るならポルシェ、とは俺が口癖のように言っていたことだ。

つまり、ポルシェに乗れない以上は、車など買わない、という、まあそれが俺の美意識でもあるわけだ。

東大に入れないのなら、大学など行ってもしょうがない、と受験戦争をパスしてしまった過ちを、
やはりここでも繰り返している、ということなのだがな。

という訳で、そう、ポルシェだ。そう、ポルシェ。

さっそく、中古 ポルシェ お値段、なんて検索してみたのだが。。。

へえ、200万か。。200万ねえ。。確かに。。なんというか、買えない金額ではない。

まあ確かに、ポルシェを買ったがためになにをあきらめなくてはいけないのか、の膨大なリストが出来上がることは承知の上なのだが、
果たして、やはりポルシェがほしい、というか、
ポルシェに乗れないまま、このまま人生の幕を閉じる、ってなことになったら、やはりなんとなく寂しいかもしれないな。

そう、この先、ちまちま暮らしてもなんの劇的な展開があるわけでも無し、
あるいは、別にこれからなんの金が必要なわけでもなし、
ポルシェぐらい、買ってもいいじゃねえか、などとどうしようもないことを考えてしまっている。


という訳で、かみさんの問いかけに俺が答えよう。

いったいどんな奴がなにで稼いだ金でそれを買っているのだろう。
答えはつまり、そう、おやじ。あんたの目の前にいるような、つまりは懲りないオヤジだろ。。(笑




Janis Joplin - Mercedes Benz

ポルシェに乗ったお父さん

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
ポルシェの話で思い出した。

東京都大田区生まれ育ちの割りといい所のボンボンであったトシ。

超一流企業勤務のお父さんはしかし普段から海外出張続き。

で、たまたま帰ってきたお父さんと居間でテレビを見ている時、

なんとはなしに、

おい、学校面白いか?と聞かれた。

え?ああ、ぜんぜんまともに行ってねえけどな、とは思ったが、
それがばれるのを恐れて、ああもちろん、とだけ答えた。

勉強進んでるのか?と聞かれて、

勉強?なんの勉強だよ。俺はギター弾くのが忙しくてそんなことやってる暇ねえよ、
と思ったが、
それがばれないように、もちろん、とだけ答えた。

そうか、と答えたお父さん。だったら安心だな、とトシの顔を見て、ニコリ、と笑った。

なんか気味の悪い笑いだな、とは思ったが、
面倒くさい方向に話が進むのを恐れて、

ああ、もちろん、とトシは答えた。

大丈夫、心配すんなよ、と出来るだけ明るく答えたのは、
もちろん、

頼むからうるさく口出しすんなよ、俺には俺のやりてえことがあんだからさ、

と思っていたわけだ。



という訳で、その翌日、バンドの練習から帰ると、いきなり家の前にポルシェが停まっていた。

なんかさあ、家の前にポルシェと停まってたけど・・
このマンションにどこぞのヤクザとかセレブでも引っ越してきたの?

と聞けば。。。

えええええ、うちのオヤジ?が? ポルシェ?? 買っちゃったの?  

じぇじぇじぇじぇ~!!

だって、トシ君が、大丈夫だ、って頼もしいこと言うからって。

つまり?

だから、あんたが、大丈夫!ぼくは国立大学に入る予定だから!って言ったんでしょ?

言ってねえよ、そんなこと~!!!

でも、お父さんは、そう言ったからって。だから大丈夫だって。。

あのなあ。。。

見上げたオヤジである。

という訳で、トシはそんなオヤジに、

あのやろう、ふざけやがって・・

と、思い切り文句を言いながら、

しかし、ポルシェに乗ったおやじ。 嫌いになれる訳が無い。




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ポルシェに乗ったお父さん 余談

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
で、そうそう、そう言えばトシのオヤジの話。

ポルシェを買ったのはいいんだが、なんとやはり二人乗り。
つまり、家族のことはまったく、これっぽっちも考えてなかった訳で、
まあ4人乗りのポルシェなんてポルシェの意味ねえし、
ってのは奴も同じ考え。

で、お母さんが改めて、おっとうさんってさあ、つくづくわっかんない人よねえ、と呆れ顔。

いや、お母さんとの青春時代を取り戻すんだ、なんて口では調子の良いこと言いながら、
えええええ~、あたし、、ポルシェに乗りたいなんて一言も言った覚えなんだけど、だそうで、
いったいなんなのか、と家族全員が????状態。

で、そんなある日、トシのクラスの女の子たちがトシの家に遊びに来たらしいのだが、
トシはそんなことすっかり忘れて、相変わらずバンドの練習、か、あるいは他の女とちょめちょめ。
という訳で、待ちぼうけの女の子たち。
で、長期出張から帰ってちょうど家でぶらぶらしていたお父さん。

良かったら、ポルシェ、乗ってみる?と声をかけて、
あ、でも、生憎と二人乗りなんだがね、という訳でまさに一人づつ、
順番でお台場からレインボーブリッジからをぶっ飛ばしては、
あああ、面白かった~、はい、お次、とやったらしい。

で、夜も更けて帰って来たトシ。

リビングでテレビを見ながらキャッキャとはしゃぎ回るクラスの女の子たち。
あれ、なんだお前ら、キャバクラかよここは、と唖然とする中で、

ええええええ、オヤジとポルシェでドライブ?なんだそれ。

で、ほら、と見せられた携帯の写真。
夜景をバックにツーショットでほっぺたにちゅ、なんてのを連発。

やだわあ、お父さん、と顔を赤らめながら、お母さんは笑ってばかり。
なんか、お父さん、若返っちゃったみたいね、と無邪気なものだ。

いいわよねえ、女の子。やっぱ女の子欲しかったなあ。
ほら、うちはもう、あんな狂犬病みたいな男の子ばかりでしょ?
わたし本当に家に居場所がなかったのよ~と、一番はしゃいでいるのはなんとおかあさん。

あのなあ、とトシ。まあ好きにしな、と女の子そのまま放ったらかして部屋に入ってしまったのだが、
その後も夜更けまで、女の子たちのキャッキャを壁越しに聞きながら、ギターを弾いていたらしい。

で、そうそう、この曲、その時作った曲、とデモテープを渡された。




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追悼 LOU REED ~ さらばるうりいど

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 音楽ねた   0 comments   0 trackback
この日曜からずうううううっとLOU REEDばかりが頭を廻っていた。

YOUTUBEで、LOU REED FULL ALBUM とやって、
そして日がな一日、来る日も来る日も、LOU REED。

別に、追悼、というつもりもないのだが、
そう、まあ、秋だしな、とも思っていた。

ちゅうわけでいまさらながらYOUTUBEである。

サーチバーで検索、とかけただけで、
LOU REEDの作品がほとんどすべて、
聞き放題なのである。

違いはと言えば、ただそれを所有できない、という訳なのだが、
所有することを望まなければ、いつもそれをサーチして聞くことができる。

しかもいろいろある。
この俺でさえ聞いたことのないアルバムが山ほどある。
レコード屋の視聴コーナーのようなものだ。
しかもそのライブラリが無限大だ。

これでは。。。はっきり言ってCDは売れない。

レコード会社はやっていけないし、
その状況に早く手を打たなかったレコード会社は瞑れる。

そしてそんな無能なレコード会社に子飼いにされていたアーティストたちは、
まさに経営破たんした牧場の、そこで飼われていた羊。
柵の中に閉じ込められたまま、飼い主にばっくれされたのも知らず、
来る日も来る日もメーメーと鳴き続け・・・
で、つまり。。飢え死ぬことになった。

がしかし、と改めて思う。
もうすでに、一生分かかっても聴き終わらないほどに、
世の中にはすでに音楽があふれ切ってしまったのである。

つまり、もう新しい音楽、
特に、これまでの音楽の焼き直し、ぐらいの才能しかない音楽なんて、
わざわざ聴く必要もない。。。

つまりなんだ、もうROCKはいらない、ということなのである。
そう、つまりそういうことなのであろう。


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ニューヨーク・シティー・マラソン

Posted by 高見鈴虫 on 03.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback

今年は例年に比べ紅葉の進みが遅いな、
と思ってはいたのだが、公園の植木並木と言えどもやはりそこはニューヨーカー。
晴れ舞台であるニューヨーク・シティ・マラソンに合わせて、
狙い済ましたようにその紅葉をピークにドレスアップ。
ドラマティックな色彩の演舞を世界に知らしめてくれた。

秋のニューヨークのメイン・イベントでもあるこの・シティ・マラソン、
去年は季節外れの台風・サンディの襲来によって中止とせざるを得なかった訳で、
復活戦!とばかりに、とんでもない大盛況である。

地元のニューヨーカーはもちろんのこと、世界中からの膨大な参加者を含め
参加者は7万人を数え、スタテン島から始まり、ブルックリンからクイーンズ、
ブロンクスを経由してマンハッタンの中心であるかのセントラルパークのゴールへとひた走る。

全長26.3マイルを二時間台で走りきるプロ達はさて置いて、
このシティ・マラソンの醍醐味と言えば、まさに一般参加。

つまり、その主役はご近所さん達。
会社の同僚が、犬の散歩仲間が、テニス仲間が、バンド仲間が、という、
まさに、あいつらこいつらあのひとこのひとたちが、
一同に揃っては全ニューヨーカーの声援を一身に浴びながら
その長い長い檜舞台を駆け抜ける訳である。




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「夏時間差攻撃の朝」

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
朝、ブー君に起こされたらまだ5時。
当然のことながら外は真っ暗。

なんだよ、ブー、まだ目覚まし鳴ってねえじゃんかよ。
と言うも、
いや、散歩だ、散歩の時間だ、と言い張るブー君。

そっか夏時間が終わったからか。
だからこいつ一時間間違えてるんだ。

と言う訳でなぞが解けて落ち着いた。
ブー君、偉い。君は目覚ましがなくても目が覚めるんだな。
俺にはできない。ごめん、俺は目覚ましを信じる。
つまりはあと一時間はおやすみ時間。

という訳で、嫌がるブー君を抱え込んで再び毛布を被る。

へへへ、ブー君、いくら君がどんなに頭がよくても、
まさか先週末でいきなり夏時間終了した、と言われてわからないだろう。
そう、俺だってわからない。
がしかし、そう。世の中ではそういうことになっているのだ。
そういうことになっている以上は、訳が判ろうが判るまいが、
とりあえずもう一時間寝れるなら寝てしまうに越したことはないわけだ。

がしかし、ブー君はそんなことでは納得しない。
散歩だ散歩だ、外は天気だ、行くぞおいおい、と毛布の中で大騒ぎ。
そんなブー君にかみさんも目が覚めて、あれ遅刻だ!と飛び起きるが、
そっだ、らっきー、夏時間おしまいで、おおお!まだ寝れるぴょん!と大感動。

そうなのだ。
この冬の始めの朝に、もう一時間の睡眠はなによりもうれしいプレゼント。

という訳で、いまだ納得のいかないブー君を尻目に、
ねえねえねえ、とかみさんといちゃいちゃ。
おおおお!なんだなんだ!僕も入れてよ、とじゃれ付いてくるブー君、
なんだよお前、お前は邪魔だ、あっち行ってろ!
とやってもすぐに飛び掛って来てはベッドの上を跳ね回る。
その妙に必死の表情がなんともおかしくて、
思わずブー君もはぐはぐ。

ふたりの間にサンドイッチにされたブー君。
右と左と交互に顔をぺろぺろ攻撃。

なんてやっていたら、あれあれあれ?
上から隣りからなんかベッドのギシギシが聞こえて来て・・
むむむむ、なんだなんだ?と首を伸ばすブー君。

夏時間の終わった朝。
アメリカにおいてはつまりはそういう朝なのであった。

なんてことをしていたら・・
一時間遅れのはずなのにしっかり会社に遅刻した。

犬の愛は「無償」である、とはよく言うが

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
犬の愛は無償である、とはよく言うが、
はっきり言わせて貰えばそれはちょっと買いかぶり過ぎである。

例えばあの忠犬の代名詞であるハチ公にしたって、
飼い主である先生は、その頃、日本では余り見ることのなかった、
「輸入品のバター入りクッキー」をハチ公に与えていたらしい。

どーりで、という奴である。

つまりハチ公は、あのバター入りクッキーの味が忘れられずに、
ああして昼も夜も渋谷の駅前にがんばっていた訳である。

と言う訳で、我が家のブー君はチーズである。

チーズ、チーズ、チーズ。

子供の頃に通っていた子犬の躾教室で与えられたのもこのチーズ。

途端に、クラスで一番どころか、世界でも類を見ないぐらいに徹底的な良い子に変身を遂げたブー君。

つまりはそう。トリートな訳である。

と言う訳でブー君。
今日も朝から晩まで、かみさんのそばを片時も離れない。
そして、目が合ったとたんに、ねえ、と片手を上げて、そして口の周りをぺろり、と舐める。

これは愛なのか、と言うと、まあそうなのだろうが、
果たしてそれが無償か、と言うと、へへへ、と苦笑いである。

と言う訳でチーズである。

最近仕事にかまけてすっかりとその忠誠を失ってしまった俺も、
チーズの力を借りてなんとか信頼を取り戻そう、とばかりに、
近所のスーパーで、それこそ何十種類のチーズの、サンプル品を貰って来た訳だ。

で、はい、どうぞ、とチーズ。
これはねえ、フランス製のカマンベール。
これはねえ、アルゼンチンのゴートチーズ。
これはねえ、世界に名だたるダッチ・チーズだよ。

一口食べるごとに、むむむ、と首を傾げては、
うへええ、うめえ、と目をぱちくりのブー君。

で、どれが好き?と遣れば、うーん、全部、という訳で、
贅沢なものである。

と言う訳で、俺も一口。で、はい、ブーにも一口、
とやっているうちに、あれあれ、あっという間に全部なくなっちち。

ねえ、もっとちょうだい、と遣られて、ああ、もう無いんだよね、残念。
とやった途端、OKっとばかりにくるっと後ろを向いてどこかに行ってしまった。

おいおい。。。これが無償の愛か?違うだろ、と思うわけである。


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犬の無償の愛?嘘だなそれは

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
犬はいついかなるときにも主人に忠誠を尽くし、
主人の身に危険が迫ったときには身を挺じて主人を守り抜く、
なんて美談が語られているが、
そんな話は極稀の稀。
まあたまたまそういうことがあったから話題にもなるわけで、
この世に生存するすべての犬達がすべてそんな名犬か、と言えば、
そんな筈は絶対にない。

かく言うブー君も、おまえ、なんかあったら自分の身を挺して俺を守るか?
というと、なんかあまりそんな雰囲気じゃない。

逆に、こいつが車に轢かれそうになったら、俺がその前に飛び込んで犬を守る、
なんてことを半ば当然視しているところがあって、
先のドッグランでも、身の程知らずにもとんでもなく凶暴な面構えのアメリカン・ブルドッグ、
なんて奴に喧嘩を売って大立ち周り。
で、案の定、しまった、これは相手を間違えた、とけつをまくった途端に・・・
一目散に俺のところに逃げ帰ってきて後ろに隠れやがる。

で、俺。俺?俺が?この子牛のようなアメリカン・ブルドッグをどうしろと言うのだ。
が、しかし、みすみす我が家のブー君を見捨てる訳にも行かず、
そこは火事場の馬鹿力。
てめえ、この化け物。来るなら来い、と立ち向かってしまう訳で、
まあ、しかし俺も一応人間様である以上はそこはやはり姑息な悪知恵を駆使して、
はいはい、いらっしゃい。はい、これ特上のトリートですよ、どうぞ召し上がってください、よしよし、
とやって無事お帰り頂いた訳だが・・・いやはやである。



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と言う訳で我が家の駄犬である。

普段からかみさんのそばをひと時も離れない。それは俺も判る。
俺もこいつが来る前にはそうであった。
かみさんが帰ってきた途端にケツに張り付いてはでれでれとやっていた訳なので、
まあこの駄犬の気持ちも判らないではない。

こいつが来てからはすっかりそのお株を奪われて、
へん、俺が犬の真似をしてなるものか、と妙に片意地を張った途端に、
その地位をすっかりと浚われてしまった訳だが、
そんな事情でこいつはもう朝から晩まで徹底的に、
まさに片時もかみさんのそばから離れない。

あのなあ、お前をシェルターの檻の中に見出して、
そして225ドルの大枚叩いて見受けしてやったのはまさしくこの俺だろう。
喧嘩して膝を脱臼したときにも2時間もかけてお前を抱えて医者に連れて行ったものこの俺。
半月に一度の肛門腺絞りだって俺の仕事。
あのくっさい汁を顔にぶっ掛けられたって、よしよし、と可愛がっているこの俺を差し置いてだ。

とそんな時、事件は起こった。

みんなしてアップステイトの山にハイキングに出かけた際、
崖あり沢ありのまさに絶好の冒険コース。
思わず、あの渓流を飛び越えてあの岩棚をよじ登って
そんであの崖の上まで登ってみたらさぞかし眺めが良いだろう、
と思いついて、よしブー君、一緒に行こう、男の子冥利に尽きるな、
とやっていたのだが、ちょっと年甲斐もなく遣りすぎてしまって、つまりは登るだけ登って行き止まり。
おまけに履いて来た靴は山登りどころか、その辺の公園でも不自由するようなぺたんこシューズ。
つるつると滑ってまるでローラーブレイド履いて山を登っているようなものだ。
てなかんじで無様にも崖の途中で下りれなくなり進退窮まってしまった、訳なのだが・・・
さて、そんな時に頼りになるのはブー君。
よし、お前、その身軽なところでこの岩をよじ登ってだ、とやれば、

足元から、いったいこいつはなにをやっているんか?と首を傾げていたブー君。
おい、ブー君、助けてくれ。このロープ持って、あの、あそこの、岩の上にだな、
とやるのだが、曖昧な顔をしてへらへら笑うばかりで一向に行動に起こさない。

挙句の果てに、ちょっと岩場を登ってみて、あ、やばい、これ駄目だ、と勝手に諦めて、
で、そのままひらりひらりと岩から岩へと身を翻すと、じゃね、とばかりに帰ってしまった。

んだよ、おい、おい!おーい、帰って来い、ってか、だれか助け呼んで来い!

と叫べば、ひょっこりと藪の中から顔を覗かせて、やーい、へへーん、とばかりに尻尾を振って、
そしてふっと姿を消してしまった訳だ・・・

あのなあ、と。

思わず、呆気に取られる俺。

そう言えばあいつ、前のピクニックの時にも木立の中を颯爽と探検に出たら案の定道に迷って。
まあ大丈夫、ブー君がいるから、と後ろを振り返ればその姿がない。
えええ、嘘だろ。あいつ、一人で帰っちゃったの、と思わず焦って、
口笛は鳴らす手は叩く、挙句におもちゃのピコピコボールを、
まさに気が触れたようにピーコピーコと鳴らし続けても一向に姿は見えず。
で、どうにかこうにか、IPHONEのTRACE機能を駆使して帰り着いた訳なのだが、
なんとそのときにはブー君、一緒に探検に出た俺の存在などすっかりと忘れて、
湖畔のピクニックシートの上。かみさんの隣りにのうのうと寝そべって、
はいもう一個頂戴、おやつをねだっていやがった訳で。

そう、うちの駄犬、もしもの時にはまったく頼りにならない。

と言う訳で、そう、そう言えば俺は危機に強い。

こう見えても云十年前には江ノ島でこの人ありといわれた曲芸箱乗りの帝王。
たった一人でヒマラヤのなんとか山に登ってはセルフタイマーで証拠写真を撮って帰ってきたり、
その後、アフガンの禿山をRPGの弾頭を担いで地雷原を抜けて、
なんてことをしていた男なのだ。
クソッたれ。誰がこの後に及んで犬の助けなど頼るものか、と一念復帰。

と言う訳で、火事場のバカ力。邪魔な靴と靴下は背中に背負ったブー君のおもちゃ入りばっぐに押し込んで、
裸足一丁、えいやあと岩から岩へと猿飛びジャンプ、を繰り返し、
運良く垂れ下がっていた小枝をロープ代わりにかなり際どい大岩を乗り越えて、
やった、着いたぞ、と辿り着いた崖の上、なんてことはない、ただのハイキングコース。

なんだこれは!、と呆気に取られていたところ、
なんと麓の方からぴーちくぱーちくお喋りしながら歩いて来るのは、
かみさんとそのお友達連中のご一行。

で、その足元で、ルンルンルンとスキップを踏んでいるご機嫌な馬鹿犬の姿。

おい、と怒鳴り声を上げたとたんに、よおよおよお、元気だった?と走り寄って来たのだが、
ふと、俺の鬼の形相を見るや、あ、やべ、とそのままくるりと後ろ周りしてかみさんの後ろへ。

あれ、あんた、どこ行ってたかと思ったら先回りしてたの?と間の抜けたことを言うかみさん。

あのなあ、俺はだなあ、この崖、ほら見ろよ、この急な崖をだな、危機一髪よじ登ってだなあ、
と言おうとしたが、逆にそれがばれたら怒られるかも、と思って、いや、あの、ははは、と照れ笑い。

しながらも、なんだよお前、と睨みつけるブー君。

え?なにが?ととぼけた顔をしながらも、その後ろめたそうな顔、しらばっくれようとしてもそうは行かねえぞ。

と言う訳で、犬の無償の愛?嘘だなそれは、と一蹴させてもらう。

「夏時間が終わって」

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
うちのブー君はねえ、目覚ましドッグでね、朝になると起こしてくれるんだよ。
毎朝6時15分になるとベッド飛び乗って来て、起きて起きて朝だよ~、って。

へええ、いいねえ、かわいいなあ。最高の目覚ましだね。

なんてことで妙な自慢をしていたら・・・

いきなり朝の5時15分に顔中を舐め舐めされて起こされた。

なんだよお前。まだ5時じゃないか。。1時間も早いじゃんかよ。頼むからもうちょっと寝かせてちょんまげ~
とシーツを被るのだが、
ブー君、一度でも舐め舐め攻撃を始めたが最後どれだけ鳴こうが絶対に舐め舐め攻撃の手を緩めようとはしない。
結果、朝の5時、まだどっぷりと暗いうちにすっかりと起こされてしまったわけだ。

なんだよ。なんでこんな時間に・・・と思えば、

そっか、夏時間が終わったのか・・

先週末から夏時間が終わり、一時間時間がずれたニューヨーク。

つまり一時間遅れた訳で、そう先週までならばいまは朝の6時。
つまりは起床時間な訳だ。

あのね、ブー君、アメリカには夏時間ってのがあってね、
それで年に二回、時間が早くなったり遅くなったいりするんだよ。
なのでね、これまでの6時はいまの5時なんだよ。
判る?

と言っても、また例のくりんくりんの目を瞬かせながら首を捻るばかり。

確かにこいつに夏時間の話、つまり経済効果でさ、なんて言っても、
判ってもらえるわけないよなあ。

と言う訳でやれやれ。今日は暗いうちからセントラルパークに連れて行かれることになった。


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「思考の連鎖」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback

そろそろ鼻毛が伸びてきたな、と思うとそれは肛門腺へのトリガーである。

このトリガーはしかし、例えば、爪が伸びてきたな、でも、眉毛ぼーぼーだな、でも良い訳なのだが、なぜか俺の思考回路の中では、肛門腺に紐づいているのは、鼻毛、なのである。

鼻毛が伸びてきたな、と思うと、おいブー、肛門腺絞ろうか、となる。

しかし鼻毛が伸びてきたからと言ってそのまま鼻毛を切ってしまうと、肛門腺のことを忘れてしまったりするかもなので、鼻毛が伸びてきたなと思うとまずは急いで肛門腺を絞るぞ、と心に決める。

ソファの上にペーパータオルを何枚も重ねて敷いて、トイレットペーパーを山のようにくるくるして、で、はいここに寝て、とやる訳なのだが、その時ばかりはブーも、神妙な表情で素直にしぶしぶと言うことを聞く。

シートの上に伏せたブー君の尻尾をぐいと持ち上げて、その根元の肛門のピンク色の穴に向けて顔を近づけすぎないように凝視しながら、人差し指と親指で作ったVの字を、そろりそろりとそのピンクの肛門腺の周辺部にあてがい、そしてそろりそろりと押し始めると、いきなり肛門のそのすぐ両脇、5MMぐらいの部分から、まるで膿のようなクリーム色の液体が、ぴゅっと飛び出す。

と同時につんと漂うこのなんとも言えぬ独特の匂い。
その匂いも絞る度に違うことがあるので、つまりはそれが体調の変化なのだろうが、むむむ、今日はちょっとクサヤ系の匂いがするぞ、やら、なんか醤油が腐ったような、やら、なんか今日はチーズ系だね、やら、とまあ、千差万別。
で、よしよし、ツボはここか、と更に指先に力を込めると、ぴゅぴゅぴゅぴゅ、とそれはまさに、迸るように滴り始め、あるいは、下手をするとぴゅっと鼻先に向けて飛んできたりもする。

くくく、臭い!と思わず苦笑い。で、ブー君も神妙そうな顔をしながらも、くんくんくん、臭い臭い、と遣っている。

ほらほら、まだ出るよ、出るぞ出るぞ。、なんかかなり溜まってたね、ごめんな、
とやりながら、大切な部分に傷をつけちゃいけないな、と注意をするうちに、なんか俺の爪が伸びてねえか、と思うわけだ。

で、肛門腺を絞った後、肛門腺の染み込んだトイレットペーパーはそのままトイレに流し、入念に手を洗うのだが、爪の間に入ってしまった肛門腺の匂いがなかなか消えず、ついでに爪でも切るか、とさっきのペーパータオルの上で爪を切り始める。
と、あれ、なんだかまだ臭い、と思ってふと見れば、おっと、ソファーのカバーにちょっと飛んでるかも、とくんくんしてみれば、飛び散った飛沫と一粒が、ポツリとソファのカバーに微かな染みを残していて、ああ、しまった、やっぱり飛んじゃったな、と、がしかし、俺はやはり殊、匂いにはちょっと敏感過ぎるところがあって、案の定ブー君もその辺りをクンクンやっては、ニマーと笑っているところからみると、やはり匂うらしい。

と言う訳で、まあついでだ、となる訳でソファのシーツを引っぺがして、新しいものに交換。
これまでのこげ茶色からからし色に変わっただけで部屋がぱっと明るくなった。

新しくなったカバーの上、いの一番に飛び乗ったブー君。
さっそくゴロゴロとおなかを見せて転がり初めて超ご機嫌。
これだから肛門腺絞りが待ち遠しいぜ、と言ったところ。

で、だったらついでに眉毛の無駄毛も抜いておくか、と風呂場に行けば、そうそう、こないだもそうだった、とブー君も着いてくる。で、あ、そうそう、そう言えば、そう、
そもそもこれが始まったのは、つまりはこれ、すべて鼻毛むずむずから始まる連鎖反応な訳であったのであった。

と言う訳で、眉毛の前にまずは鼻毛だ、とやっていたら、鼻毛が終わった時点でなぜか満足してしまって、ねえ、お散歩行こう、とせがまれて、うっし、となってしまう関係上、俺の眉毛はいまだにぼーぼーのままなのである。


「朝の傷心」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
朝の一番からブー君は傷ついている。
何故かと言えば、朝一番の楽しみであった、
おはよう舐め舐めをさせて貰えなくなったからである。

と言う訳でこのおはよう舐め舐めである。
最近は自分用のクリブで寝るようになったブー君であるが、
目覚ましがなったとたんにうっしゃあ、とベッドに飛び乗って来て、
で、朝だよ、朝だよ、朝だよ~!と、いまだに寝ぼけた我々の顔を、
滅多やたらと舐めまくる、ってのを無償の愉しみとしていた訳だ。

で、むにゃあ、まだ眠い~、と逃げ回るかみさんの顔を、
まさに両手両足で羽交い絞めにしては、
もう逃がさないぞとばかりにべろべろべろべろ。
目から口から鼻から耳からと舐めまくり、
うっひょおお、口臭っせええ~と跳ね回っては、
また飛び掛ってぺろぺろぺろぺろ。

で、俺はその騒動にいち早く気づいて、
頭からシーツを被りながら脱出のチャンスをうかがう訳だが、
そうはさせじと知恵を使ったブー君。
やにわに足元からシーツの下に潜り込み、
そこからぬんぬんぬんと歩伏前進で競りあがってくると、
ぎえ~、やみちくりい、という俺の悲鳴も聞かずに、
いきなり鼻の頭に強烈な頭突き。
ガードの下がったところをボディースラムで飛び掛ってくるや、
さああ捕まえた、とばかりに、顔中、しかも、俺に限っては、
口の中、の歯の裏側の、舌の根元まで、
べろべろべろべろ~と有無を言わさぬディープキス。

臭い臭い臭いぞおお、寝起き口臭、臭すぎ~と大喜び。

がしかし、そうするブー君もつい今しがたまでは熟睡していた手前、
そう、こいつの口だって寝起き臭い訳だ。
バカ、お前だって臭いぞ、このやろう、と必死に押しとどめようとするのだが、
このときばかりはブー君、謎の狂犬と成り果てて、
まさに気が違ったおっとせい。怒涛のように襲い掛かってきては、
なにをどうやってもどうしても防ぐことができない。

という訳で目覚め直後に進退窮まった俺、思わず、
俺じゃない、こっちだこっち、とかみさんのかぶっていたシーツを引っぺがすと、
それ行けとばかりにかみさんの上に飛び掛り、
そしてまたまたべろべろべろべろ、と顔中を嘗め回し始める。

じぇじぇじぇじぇ~、と悲鳴をあげるかみさん。
やめちくり~、窒息しそうだあ。
そんな断末魔の隙をついてひらりと身を翻す俺。
ややや、しまった、と飛び起きた時にはすでに遅く、
トイレに駆け込んだ俺はよだれまみれの顔を洗うのももどかしく、
いきなり歯を磨き始める訳だ。

と言う訳で、へへーん、どうだ、とブー君の鼻先で、はーっと息を吐きかける。
むむむ、とブー君。そして、ちぇっと、舌打ちをするように顔を背ける。

と言う訳で、すっかり顔を洗って歯も磨いたかみさん。
ほら、ブー君、はーっと鼻先に息を吹きかけて、
ちぇ、こっちもか、と思わずがっくりと頭を垂れる。

昔はもっともっと、心行くまで顔中を舐めさせてくれたのに・・・

と見るからに不服げ、である。

と言う訳で朝からがっくりときてしまったブー君。
顔舐めさせて貰えないならもういいや、とばかりに、
かみさんの枕に顔を埋めて二度寝の体勢である。
なんだよ、おまえ、お散歩いかないの?
と言っても返事もしない。

と言う訳で、すっかりとお出かけ準備整った人間連合。
改めて、不貞寝するブー君を、おいおい、とひっくり返して胸とお腹をこちょこちょ。

不服そうながらも、ちょいちょいと舌先で鼻の頭などを舐めながら、
ねえ、なんでもっと顔を舐めさせて貰えないの?
と実に悲しげな表情で訴えかけてくる。

なんだお前、傷ついているの?

なんてやってたら、はい、準備できた、とお散歩装備完了のかみさん。
ブー君お散歩行くよ、

おっと、そうだった、といきなり飛び起きて、ブルブルブル、と身体を震わせ、
うっしゃあ、お散歩だ~、と息せき切って玄関に飛び出して行くわけである。

犬の傷心は長続きしない。
それが良いところでもあり悪いところでもある


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ニューヨーク日系村に足りないもの

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
この21世紀、海外に住んで困ること、というと、実はほとんど無い。

特にこんなニューヨークなんて街に住んでいると、
ほとんど日本に暮しているのと変わらないのでは、と思う。

食品類雑貨類のほとんどすべて「サンライズ」やら「ザイヤ」やらで手に入る。
日本食はもうSUSHIに始まってまさに雨後の筍状態。
ラーメン、ソバ、うどん、の専門店に始まって、
テンプラからたこ焼きからコロッケカレーパンカツどん親子丼鰻どん、
ビアードパパのシュークリームまである。

で、この後に及んで大戸屋なんてのができてしまった日には、
その気になれば毎食日本食でもぜんぜん問題がない。
まあその道を極めた鉄人グルメ的な見地から、おいしいおいしくない、と御託を並べればまあ色々あるのだろうが、
まあしかし、そう、贅沢を言わなければ早々と困ることもない。

服はUNIQLO、テレビではTV-JAPANでNHKのニュースはリアルタイムだし、
新聞雑誌も含めて、日本の情報に困ることもない。
おまけにいまやインターネットの時代。
なんとかYOUTUBEで日本の話題のドラマは全てチェックできる訳で、
下手をすれば日本のTVをそのまま同時配信なんてサービスもあるにはある。

と言う訳で、正直、ここニューヨークに何年住んでいても、まったく不自由がない。
そのお陰というやつか、いつまでたっても英語が上手くならない、というのもあるのだが・・

と言う訳で、そう、俺的に言わせれば、すでに東京もニューヨークもない。

そのうち、世界中のどこにいってもそんな暮らしができるのでは、とも思っている。


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「犬の時計」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
と言う訳で、夏時間の終わったニューヨーク。

時計の針を一時間戻して、ちょっと得をした気分。
なのだが・・・
ここに来て我が家の駄犬がちょっとした混乱を来たしている。

朝の5時のまだ暗いうちから起こされて、
6時過ぎに仕事から帰れば、帰るの遅い!おしっこおしっこ~!と文句を言われ、
あげくに散歩から帰れば、ご飯まだ~?の催促が尋常ではない。

で、夕飯を食べ終わったばかりの8時半には、
さあ、出発だ!とお散歩をせがみはじめる訳で・・
夜の散歩から帰れば11時には目がしょぼしょぼ。
12時を前にぐっすり寝てしまうわけだ。

というわけで、早寝してしまったブー君の寝顔を眺めながら、

あのなあ、お前、どうしちゃったの?と首を傾げる。

もしかしてまたどこか具合が悪いのか・・

と思えば、


あ、そうか、夏時間か!


時間には妙にニートなところのあるブー君。

在宅勤務中の時には、こっちが呼ぶ前から、
はい、10時です。はい12時です。はい3時です。
で、5時ジャストに、
はい!5時です。仕事は終わりです。お散歩の時間です!

という訳で、こいつといると時計を見る必要がないぐらい。

がしかし、そう、夏時間が終わったニューヨーク。

世界はすでに一時間遅い時間を生きている訳で。
が、いまだに夏時間で生活しているブー君。

すべてにおいて一時間のずれが生じる訳だ。

ふむふむそういうことか。



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ってことは、と改めて考えるに、
ブー君のこの時間感覚。

つまりは、時計を見ていた、ということではない訳なのか。

ってことは、つまりは、腹時計、ということなんだね。

そうか。

やはり人類は時計ができて初めて時間を認識した、
という訳ではなかったんだな。

つまり、腹時計は本能的能力の一種だったのか。。

とあらたに生命の神秘を思い知らされる形となった。

「妖怪大国・日本」

Posted by 高見鈴虫 on 06.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
あれまあ、天皇は山本太郎の手紙は読めなかったのか。
なんだそれ、と苦笑い。
手紙は宮内庁に取り上げられてしまったらしい。

まあそんなところだろう、とは思ってはいたが、
改めて、天皇はそんなことされて腹が立たなかったのかな。
まるで子供、というか、木偶人形扱い、そのままではないか。

まあしかし一般市民からの勝手な要望としては、
いまさら天皇なんていう鉄人28号(あるいはAKIRA)のような存在に、
いきなりしゃしゃり出られた挙句に悪い人に大事なリモコンを握られて大暴れ、
なんてされた日には誰もが溜まったものじゃないだろうから、
こんなところで下手に寝た子を起こして欲しくない、
ってのがまあ誰もが思っていたこと、なのではなかったのかな。


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「汚染トイレDE云国際」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
朝、出社した直後、席につく前にちょっとおしっこと、とトイレのドアを開けると、
いきなり、むむむ、なんだこの匂い。

ふと見れば足元に、不吉な水がわっと広がっていて、
その中に、なにやら不穏な水草のごときものがふわふわ。

果たしてこれは、などと考えずとも答えは出ている。

何者かの糞便である。しかもかなり緩い。それが水に溶けて溢れ出している訳だ。

んだこれ、と一瞬ぎょっとしながらも、
が、しかし、今ではこんな虫も殺さぬようなリーマン顔を装っているが、
ついこの間まではライブハウス・ロッカー。
その前にはインド、中国、中南米を股にかけたヒッピー野郎であったこの俺。

まあ気にすることはねえ、とばかりに、
水溜りのあいている部分を飛び石的に渡りあるいて、
片足上げた微妙な体勢のままおしっこをちょーっと済ませて、
で、改めてみるや、あれまあ、ひとつのトイレが完全に洪水状態。

どうも何者かが大量なトイレットペーパを突っ込んだらしい。
便の色を見る限り、緑っぽいところを見ると野菜は十分に取っているようで、
しかし、この強烈な匂い。つまり香辛料を多く含んでいると見える。

つまり、ベジタリアンカレー?よってこの下痢便の出所はインド人。
がしかし、果たして何故にこんな事態が起こったものか。

この下痢便の出所と、トイレそのものを洪水せしめた犯人は同一人物であろうか。

がしかし、いやはや、どこにでもバカは居るものだが、
よりによってこんな会社にもそんな輩がいるものか。

ちゅう訳で朝からなんとも???な気分。

が、まあ、そのうちメンテナンスの人が来てお掃除してくれるだろう、と思っていたら、
そのうち、なんか会社中に不穏な匂い・・

つまり俺と同じように下痢便洪水を飛び石ぴょんぴょんした輩が、
おっと、しまった、と下痢便汚染水を踏んづけた靴でそのまま会社中を歩いたものだから、
10時を過ぎる前から、どうも会社中に汚染が拡大し・・・

思わず顔を見合わせて・・にやにやと苦笑い。

あの・・この会社、一応社員10万人規模の、超一流グローバル企業、
ってことになってた筈なんだが・・

あるいは、これはまさに、企業のグローバル化。

インドや中国の常識が、ここアメリカにも押し寄せてきている、ということなのだろうか。


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「文明の軋轢」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
そう言えば、たまにトイレの便座に靴の足跡、がついていることには気づいていた。
普通のアメリカ人であれば、それが靴の足跡であるということさえも気づかなかっただろう。
あるいはたまにではあるが、尋常を逸するレベルでトイレの便座そのものに壮大にうんこがぶっ掛けられている、という事態を何度か目撃した。
普通のアメリカ人であれば、この状態。ああたぶん、とんでもない下痢で、座るのも間に合わなかったに違いない、あるいは、そう、それがどうも緊急時の下痢便ではなかったりした場合には、まさにそんな状況はまったく予想だにできない。つまりはかなり精神状態の逸脱した輩によるところの、と考えるところであるが、世界を旅した俺にはなにが起こったかは完全に把握している。

つまりは、そう、この洋式トイレにおいて、ウンコ座りを強行した結果、の出来事である。

アジア圏、あるいは、インフラの行き届かない非文明諸国では、
トイレと言えばまさに地面に穴ぼこ、形式。

ぽったんトイレ!どころか、しゃがみこんだとたんにいきなり、壊れたウォシュレットのごとき、
わっと、蝿のシャワーの中に身体中が包まれて、なんて経験を何度もしている俺としては、
つまりそう、そのような状況を習慣としてきたもの。
そしてここ文明国の筆頭に上げられるアメリカの、しかもニューヨークというまさに看板都市の、
まさに社員10万人規模の超一流グローバル企業においてでも、
その、地べたにぽったん形式の習慣を強行しよう、という輩。
そんなものが、この会社の中に生息しているということなのだ。

しかも、その靴痕を見る限り、向きは逆さま。
つまりは、ドアに背、というか、尻を向けて用を足している、その理由は、
ひとえに、右手に持った水瓶から、尻の線に沿って水をちょろちょろ。
で、左手の指で、お尻の穴のむりむりと洗う、という、
インドから西の中近東方面で用いられているその方法を、
まさにこの西洋文明の中心地であるアメリカにおいても頑なに守り続けている輩、
が存在するということな訳である。


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果たして20代の中盤期にそんなインド・中東方面を長くさすらった経験のある俺は、
その水で流して左手でむにゅむにゅ方式が実はトイレットペーパーという紙でふき取るよりも、
ケツの穴的には清潔、そして効果的であることも熟知しているつもりだ。
が、しかし、そうここに盲点がある。
文明国においてそれをやると、むむむ、そう、そのペーパー代わりにつかった左手が、
なんとなく、匂うのである。

はてなはてな、彼の地ではまったく気にすることの無かったこの左手の不穏な匂い。
いったいどこから来るものか、と首を捻っては、もう一度石鹸でよく洗ってはみたのだが、
やはりその匂いがどうしても取れない。

果たしでどういう訳か、と首をかしげてみるまでもなく、
そう、つまりは、彼の地。
あの、香辛料とお香と排気ガスと道端に放置された生ゴミから牛の肥やしから、
犬から猿から牛からヤギからが、まさにどこに行ってもこれでもか、
とぶちまかれた彼の地の混沌の中においては、
いまさら左手がちょっと匂ったところでさっぱりと気がつかないぐらいに、
つまりは世界そのものが有機体的芳香の坩堝であった、という訳なのだ。

という訳でこの文明地。
なにもかもがピカピカに磨き上げられ、朝シャンのシャンプーの匂いから、微かに漂うコロンの香りから、
加齢臭避けのなんたら、なんてものを多用するこの21世紀型文明社会において、
その左手に染み込んだ匂いは、たとえ石鹸で何度洗ってみても拭い去れるものでもないのである。

そこに、経済格差の悲しい現実があるわけである。

が、そう。
つまりは、この文明社会のコアにあたる部分のそのトイレという個室の中で、
いまだにそんな彼の地の風習をこっそり守り続けている輩がいる、ということなのだ。

うんこ座りか、といまさらながら。。。

と言う訳で、あの思い切りしかめ面をしたインド人たちが、
トイレの奥でこっそりとウンコ座りをしている様。
なんともなんとも、である。

が、あらためて言わせて貰う。

君達の嗜好や風習や伝統がどうであれ、君達の習慣は、この地ではあまりウェルカムではない。
あるいは、どうしてもそれがやりたいのであれば、自分専用のマイ・トイレを使用して欲しいものだ。
あの狭いトイレの中で、チューリップの隣りにわざわざ白鳥型のおまるをおいて・・
なんてなかなか可愛いぞ。







斜めがねの朝

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
朝会社に着いて、
うっし、さあ今日は忙しいぞ、とやったら、
いきなりめがねのフレームがポロリ、と落ちた。

なんだこれ。

つまりフレームを止めたネジが外れてしまったらしい。

なんだネジが取れただけか、なら簡単じゃないか、
と落ちたネジがなくならないようにとテープに止めて、
で、ふと引き出しの中を覗きこんで一瞬唖然。

あ、工具がない!

そう、テックを外れてしまった俺の手元には、
各種スクリュードライバーの揃った工具袋なんてものは既に存在しない。
代わりにカッターナイフをドライバー代わりにとやろうとしたら、
いきなりその小ネジを跳ね飛ばしてしまって、
机の下にもぐりこんでは床の上を這い回ってねじ探し。

やばいやばい、こんなことをやっている場合じゃないぞ。
今日はこれから会議があって、それ用の資料揃えて、メールの返信して、と盛り沢山、の筈。

背に腹は変えられぬ、と片耳が外れたままめがねをかけるが、
これがまたどこか徹底的に安定性にかける訳ですぐに傾き始めてはずり落ちて来る。

くそ、なんだよこの斜めのめがね、なんか世の中がずれてるぞ、
と苛つきながらかちゃかちゃとキーボードを打つも、
ちょっと首を動かすとするにめがねがずれる。

で、ずれたままのめがね。首を傾けては危うい安定を取りながら、
もう一行、もう一行だけでも、と必死でメールを打っていたら、
よお、と後ろからアミール。

なんだお前、寝違えたか?と肩を叩かれたとたんにめがねがポロリ。

あああ、駄目だ、これ、ちょっとやってられない。

で、アミールにお前めがね直しのスクリュードライバー持ってないか?
と聞けば、いや、なんでそんなもの俺が持っているんだ?と不思議そう。

おまえ、テックじゃなかったのかよ。テックならドライバーぐらい持ってるだろ。

いや、ほら、俺はそういうのやらないテックだから、とシラを切っている訳で、
つまりこいつら、テックと言えどもその仕事は徹底的にベンダーに丸投げ。
己の手足は死んでも動かさない、という訳か。

と言う訳で俄かに知恵を絞って、そうだ、なにか細いものをこのねじの落ちたネジ穴に突っ込んで、
と思いつき、誰かなんか細いもん持ってないかな。
そうだなあ、そう針とかあったら。針、持ってる人いないか?と聞くが、
うーん、針かなあ、と思わず微妙。
針と言えば女の子。
そう、いみじくも女の端くれであれば、裁縫道具ぐらい持っているものだろう、
と勝手に判断して、ねえ、ジャネット、裁縫道具の針持ってない?と聞きに行けば、
裁縫道具?なんでそんなものあたしがもってる筈あんのよ?とまじで不思議そう。
いやあ、日本では女の子は普通バッグの中に裁縫道具ぐらい持っているもので・・
と言うが、え?どうして?とますます不思議そう。

いやあ、あのほら、このめがねのねじが取れちゃってさあ。
この小さなねじ穴に入る細いものを探しているんだけど。
という訳で、そうねえ、細いもの細いもの、
このオフィスで一番細いものってなんだ?と二人で考えて、
とりあえずペーパークリップ。
その一番小さい奴の先を伸ばして、とやってみたが残念、ちょっとの差で入らない。

うーん、だったら何だろう。
あ、そうそう、安全ピンとか誰か持ってないかしら。

おお、安全ピンかあ、安全ピンならもっているひといそうだな、
とは言いながら、いざ実際に安全ピンをどんな人が持っているか、
と言われるとなぜか思い当たらない。

安全ピン、安全ピン。
安全ピン、と言えば、パンク。
パンクと言えばセックス・ピストルズ。
セックスピストルズと言えば、そういえばこないだのMETでやったパンクロック回顧展。
あのときに土産物屋でそういえばセックスピストルズのバッジを買った筈。
確かあれに、安全ピンがついていたじゃないか。

と言う訳で、己の机に飛んで帰って引き出しを片っ端から引っ掻き回した末、
おおおお!見つけたぞ。

GOD SAVE THE QUEENの、まさにエリザベス女王が唇に安全ピン刺したバッジ。

うっしこれで、とやってみたところ、なんとなんと、不思議なぐらいにすっぽりと、
そのめがねの穴に入ったではないか!!

おおお上出来上出来!
これでならしばらく乗り切れるぞ、とばかりに、
右目の視界の斜め上に、GOD SAVE THE QUEEENのバッジをくりんくりんとまわしながら、
なんとか午前中を乗り切れたではないか。

がしかし、これで一日を過ごすのはちょっとなあ、と。

で、IPHONEのMAPから近所の眼鏡屋を探す。
まあ最悪、昼飯の時間にマンハッタンに出かけて直して帰って1時間半ぐらいだろ、
それぐらいなら許されるはず、とIPHONEをいじれば、
なんとこの貧民街の、クイーンズ・ブルーバードを挟んだその真向かいに、
眼鏡屋、なるものが存在していることを始めて知った。

なんだなんだ。貧民向けの汚いデリ以外なにもない、
グローサリーも文房具屋もマクドナルドさえないこの貧民街に、
なんで「眼鏡屋」なんてものが存在するのか。
が、どうせ何年も前に潰れているだろう、とたばこついでに出かけて見れば、
なんとその眼鏡屋は存在した。

で、その妖しい眼鏡屋。

奥から怪訝そうな顔つきで出てきたインド系の店主に、

セックスピストルズのバッジをくっつけたまま、
あの、これ、壊れちゃって、とやれば、
なんだよその上についてる奴、と聞かれて、
あ、これはそうそう、ははは、まあ背に腹は変えられないって奴で。

ますます怪訝そうに顔をしかめながらも、
よし、ならちょっと待ってろ、と奥に入ったご主人。
で、待つこと5分10分。

その間、通りを行きかう人々。
我が社からクイーンズ・ブルーバードを挟んだこの一角。
オフィス街のその真向かいにまさにゲットーが存在するわけで、
それはまるでサンディエゴとティアファナの国境のように、
通り一本挟むだけでまったく世界が変わってしまう。

そんな通りをただなんとなくぶらぶらしている人々。
ほとんどが仕事にあぶれた日雇いのおさん連中か、
ただ時間を潰しているだけのちんぴらのにいちゃん。
広告から切り取ったクーポンの束を片手に買い物するバブルバットおばはん。
紙袋に入れたボトルで昼からビールを飲むあんちゃん。
月曜日の昼間から公衆の面前でらりってしまっている授業をふけたがきども。
そんなまったくどうしようもない連中は、
もちろん、誰一人として眼鏡屋なんてものには入ってこない。

そうこうするうちにようやく出てきた店主のインド人のおさん。
耳から鼻からまるでブラシのように毛がはみ出ている様がまさに壮大である。

ほら、直ったよ、と渡されためがね。

で、はい、これ、と手渡された、セックス・ピストルズのバッジ。

お、直った直った、サンキュー、とお礼を言うが、
で、もしかして・・・修理代とか請求するわけ?

え?修理代?とインド人のおさん。
いかにも、そうそう、それだ、いま思いついた、という風ながら、
そりゃ、もちろんだ。仕事したんだからな。お駄賃を貰わなきゃ、と言ったところ。

なぬなぬ、いまさらやっぱり修理代?
でもほら、あんたやったことと言えばネジはめただけだろが。

が、しかしだ、それにしてもこの眼鏡屋どう考えても儲かっているようには見えず。
もしや3年に一度の来客に、この時とばかりに大ぼったくりでも画策してるのか。

で、思わず、ふと身構えれば、

はい、修理代、合わせて2ドル、と飴玉頂戴、という風に手を出すおじさん。

2ドル?2ドルってあの2ドルか?

そう。2ドル、頂戴。

2ドル?・・・2ドルか・・2ドルではまさかクレジットカードは使えまい、と、
と焦ってポケットの小銭をかき集めた末に、ようやく見つけたのが合わせて1ドル75セント。

しょうがないなあ、25パーセントオフか、まあいいや、はい毎度あり、とにこり。

と言う訳で、午前中一杯の苦労が、1ドル75セントの救われてしまった訳だ。

この小さな眼鏡のネジひとつで仕事のいっさいが倒壊、というのもなんだが、
いきなし貧民街の真ん中に眼鏡屋なんてものがあるのにも驚いた。

妙な朝であった。

「9匹のシェットランド・シープ・ドッグ」 そのいち

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
俺がまだ日本の実家に居た頃、
我が家には、シェットランド・シープ・ドッグなる犬が、なんと 9匹、いた。

もともとの雌のシェットランド・シープ・ドックがひとりで居たのだが、
ブリーダーだかペットショップだかに費用は全てこちらで持つから
と薦められて、種付けすることになり、
結果、生まれた子犬がなんと8匹。

時期が来たらそのままブリーダーに買い取って貰う筈が、
そのあまりの可愛さに、思わずかわいいかわいい、とやっているうちに、
いつの間にかみるみる大きくなってしまって、
その売り時期をすっかり逃してしまった結果であった。

と言う訳で、家の中にシェットランド・シープ・ドッグが9匹。
まさにいやはやであった。

   ☆ 

まあ、そんな事情から俄か犬屋敷であった我が家。

実家といっても普通の建売住宅の二階家。

でその狭い家の中に、どこに行っても犬がいる。

玄関にも廊下にも台所にも、居間にも応接間にも寝室にも、
俺の部屋にも姉貴の部屋にも、そして階段の途中にも、
どこもかしこも犬だらけ、なわけである。

で、この9匹のシェットランド・シープ・ドッグ。

まったく同じお腹から生まれてきたにも関わらず、
その顔つきから体つきから毛並みからデザインから、
そして、性格まで、八匹が八匹、すべてまちまち。
見事なほどに違っていた。

やたらと図体ばかりでかくて気の良い力持ちのアーサー。
身体は小さいがやたらと気の強いアレックス。
いつも一緒のアリスとアニタ。
利口者のアントニオ。臆病者のアンソニー。
いるかいないのか判らないアグネス。
まるでぽーちゃんのアニー。

身体の大小から始まって、
色合いから柄から、
頭のいい奴悪い奴、
気の強い奴臆病な奴、
大喰い小食、
良く吠える奴、まったく無口な奴、
人懐っこい奴、無愛想な奴、
毛並みの良いやつ悪い奴。
運動神経の良いの悪いの。

性格から体系から表情から食の好みまで、
よくも同じ犬種、同じ遺伝子でここまで違うのか、
というぐらいに違っていた。

で、家族のそれぞれに、なぜか同数づつがそれぞれに懐き、
そして家族に懐いたそれぞれの犬は、
それぞれの家族の性格を色濃く反映することにもなり、
そして我が家の家族の確執が、
代理戦争という形をとって犬の兄弟間の間でも表面化することにもなったのだが。

と言う訳で、そう、そんな経験から、
犬種による性格、だとかなんとかを見るたびに、
ええ、そんなことないよ、兄弟の犬の中でもあれだけ違うのだから、
性格なんてまさに人格と同じように、人それぞれ、犬それぞれだよ。
犬種、人種は関係ないぜ、と思ってしまう訳だ。

バカの勲章

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
いまさらながら俺はバカだった。

これまで数限りないほどの失敗を犯して来たし、
そしていまも懲りずに似たような失敗を繰り返している。

やらなくてもいいことをやってしまい、
口にしてはいけないことを口にして、
見なくてもいいことを見てしまい、
その恥の数々を思い出しては、
時として鬱々とした気持ちになったりもする。

どれもこれも、つまりは俺がバカであった為だ。

というわけで、バカがなにかを問う前に、
お利口とはなにか、と考えてみる。

俺にとってお利口とは、
椅子に座っている人、に他ならない。

言われた通りにただおとなしく、
いつまでもいつまでもそこに座っている人、

そして思う。

つまりお利口さんとは、
なにもやらないひと、なのである。

そう、日本におけるお利口さんとはそんなものだ。

そして日本はお利口さんばかりになったようだ。

誰もなにもやらずにおとなしく座っている人々の国、なのだ。


「犬を犬コロと呼ぶ理由」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
我が家の犬コロはブチと言う。

ブッチを斑(ぶち)と名づけた理由は、
白と黒の斑犬だったからで、
もしも色が白だったらシロ、黒だったらクロ、と名づけていただろう。

犬の名前なんぞはそんなもの。

その程度であるべき、という妙な信念があったせいなのだが、
それは同時に、犬なんざたかがそのぐらいの存在。

そのぐらいの存在であるべき、という意味も込められている。

そして言う。たかが犬コロじゃないか。

そして当然のことながら、
それはまさに、ささやかな抵抗の証でもある訳だ。



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今更こんなことをいうことも煩わしいが、
当然のことながら犬は可愛い。

まあ邪魔臭いときも憎たらしいときもあるが、
そんな気持ちも愛おしさの裏返し。

もしも許されるならば一日中、
寝ている時も起きている時も、
できるのであれば仕事場にさえも連れて行きたいものである。

そんな風な俺なので、犬の存在がますます膨れ上がって、
下手をするとなによりも、
つまりは、人間よりも、そして人間を中心とした社会の規律や法律よりも、
犬の事情が遥かに超越してしまったりの事態も有りうる。

と言う訳で、
犬の事情で引越しをし、犬の事情で仕事を変わり、
犬の事情でバケーションにも行けず、
時として犬の事情で人間同士が大喧嘩。
あわや警察を呼ばれる、なんてこともなきにしもあらず。

そう、犬の愛は危ない。

すべての愛が代償を求め、犠牲も求め、破滅と表裏一体であるように、

愛すれば愛するだけその愛を返してくれる犬は、
まさに愛の沼だ。

愛すれば愛するだけ愛しくなり、
そしてその愛は絶対に裏切られることはない。

そしてますます、犬に依存し、犬に依存されることになる。

そんな俺を見て、犬の大先輩である犬仲間から一言。

犬は裏切るわよ、それもとてつもないぐらい、最後になってとんでもない裏切りをしでかしてくれるのよ。

それはなにか、と言えば、

そう。死んじゃうのよ。犬は。

これまで十匹以上の犬を飼って来て、
そして愛情のすべてを注ぎ込んだ末に、
最後の最後になってとんでもない裏切りに合い、

そのたびに、

あああ、もう犬など一生飼わない、と心に誓うのだが、

そんな悲しみから抜け出すために、また犬を飼う以外に方法はない、
というこの悪循環。

そんな彼女。

いい?判った?犬は裏切るのよ。それだけは確実なの。

そして犬を愛すれば愛するだけ、その裏切りはとんでもなく非情なものになるのよ。

だから、私は犬をあまり可愛がらないの。
撫でたりもしないし、芸も教えない。一緒に寝たりもしない。

あなたはあなたの人生を生きなさい。私は私の人生を生きるけど、
とりあえず飼い主の責任、ごはんとお散歩だけは確保してあげる。
ただそれだけ。
その先はあなたの問題。
あなたはあなたでしっかり生きるのよ。判った?

そう、そうなのだ。

彼女のこの姿勢こそが、犬との付き合いで最上の方法なのだ。

犬なんて所詮は犬コロ。
そうそう思ってなくっちゃ、
裏切られたときにやってられなくなっちゃうわよ。

と言う訳でブチである。

目が合うたびに、なんだこの犬コロ、と思うようにしている。

なんだよブッチ。このブチ犬。ブー。ブーブーブーのブー。



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ブッチを斑(ぶち)と名づけた理由は、
白と黒の斑犬だったから。
ただそれだけの理由。

犬の名前はそんなもの。

その程度であるべき、なのだ。

だってたかが犬コロじゃないか。

そうでも思わなくては、この先10年後20年後に待ち構えているであろう、
その手痛い裏切りの際に、
正気を保てる自信がなくなって来てしまうではないか。

いいか、お前はブチ。ブチ犬のブチ。

改めて言うぞ、
俺はお前を可愛がらないぞ。
お前はお前の人生を生きろ。俺は俺でやっていく。
とりあえず飼い主の責任は果たすが、
俺達の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。

判ったか。だからお前はお前でしっかり生きろよ。俺を当てにするなよ・・・

といってみたところで、それで済む訳無いんだよね、確かに。

と言う訳で、犬を犬コロ、と言う理由は、

それはまさに、ささやか且つ切実な抵抗の証、なのである。

「バケーション」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
と言う訳で、またまた無理やり、という形で休暇を取らされることになる。

なんといっても、今年中に取らなくてはいけない休暇日がまだ二十日も残っている。

そしていまはもはや11月、それも半ばに近づきつつある。

がしかし、
20日どころか1日だって休みが取れないぐらいに仕事が山積みな訳であるのだが、

しかし、休暇をとることは仕事を終わらせることと同じぐらいに大切な任務なのである。

と言う訳で、

こういった場合、会社に来ないで家で仕事をやる、というのが得策である訳なのだが、
いやはや、果たして、な訳である。

と言う訳で、そう、我が家の駄犬である。

こいつがやって来てから5年、俺はまともな休暇という休暇を取っていない。

休みの日にはほとんど犬と共に過ごしているし、
普段は日中仕事でほったらかしているという罪滅ぼしから、
休日はできるかぎり一緒に過ごすことが俺の義務だと思っている。

あるいは、こいつを飛行機のケージなどに閉じ込めるなどもっての他で、
結果、飛行機にも乗れず、つまりかみさんと共にはどこにも行けない。
まあしかし、犬を飼ってしまった以上はそれも仕方がないこと、
と諦めきっているところがある関係で、

つまり、犬を飼ってしまった以上、バケーションには行けない。
バケーションに行けないのであれば、休暇など取る必要もない。
休暇をとらないのであれば、仕事でもしていようか、
という事になるわけで、そう、俺は別に未曾有の働き者でも、
仕事中毒なわけでもなく、つまりはそう、それも犬の事情なのだ。



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と言う訳で、無理やりに近い形で、サンクスギビングに1週間。
そして年末年始に二週間の休みを取ることになった。

当然のことながら予定は決まっていない。
どうせ家に居て、そして朝から晩まで犬の散歩をして過ごすのだろう。

そしてそうしているときが、一番幸せな時間でもある訳だ。

「犬の責任」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
犬を飼うということは、それほどまでに大変なものなのか。

俺の事情を知るもののうち、犬を飼っていない輩は、
たかが犬のためにそこまで・・と首を傾げる。

それが犬を飼うことの「責任」だ、と言うたびに、
犬への責任?と目を丸くする訳だが、
そう、それはまさに「責任」なのである。


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確かに我が家の犬はシェルター・ドッグである。

捨て犬収容所で貰い主が現われるのを待ち、
もしも誰も現われなかったときには・・・
つまりは殺処分とされる運命にあった犬である。

犬種さえはっきりしない雑種犬で、
いったいどんな事情から彼がそんなシェルターに捨てられることになったのか、
今となっては誰にも判らない。

そんな雑種の犬ころに、今更責任も糞もあるものか、というのだろうが、
そう、そこに「責任」を感じることこそが必要なのだ、とも思うわけだ。
つまり、言ってしまえば「命」を預かることの責任である。

そしてその「命」には、重いも軽いもない。

雑種も血統証付きも、

あるいは、人間も犬もない。

確かに、人間の言葉を理解せず、言葉を返すこともできない犬と、
尻尾や耳や、匂いや泣き声による犬の言語を理解できない人間との間には、
埋めようにも埋められない深い溝が横たわる。

がしかし、だからこそ、上っ面の言葉や安易な愛情表現を越えた
真の意味でのコミュニケーションが必要になるのだ。

俺達がいなくなったらお前は大変なように、
お前がいなくなったら俺達はまさに大変だ。

お互い宜しくたのむぜ、

その気持ちこそが互いに共有する「責任」な訳である。

よって、こちらが責任を果たしている以上、
犬にも「責任」は果たしてもらおうと思っている。

犬との関係は、その責任を互いに自覚することだと思っている。
そして互いにその責任を自覚する限り、
犬はその責任を、あるときは己の命を張ってでも守りきろうともする。

そんな犬との付き合いに慣れてしまうと、
この人間世界、この浮世の風の冷たさよ侘しさよ。
その薄っぺらで騒々しくて打算的で計算高く、
それらはすべて、ただの自己欺瞞。それ以上でもそれ以下でもない。

という訳でますます人間がうざったくなり、
そしてますます犬の世界に依存してしまったりもする。

「犬ばかり見ていると」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback

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人間ばかりを見ていると犬が見たくなる。
犬ばかり見ていると、ますます犬ばかりみていたくなる。

なんてことをドッグ・ウォーカーのジョーに言ったら、

ははは、と笑う。

まあ、俺にとっては犬はお客様だからな。

で、犬には飽き飽きしたか?と聞けば、

いや、飽き飽きするのは飼い主の方でさ、

というまさに心の篭った御言葉。

犬ばかり見ているとますます人間を見たくなくなる、
ということらしい。

と言う訳で、元Wウォール街のイケイケであった筈のこのジョー。

今ではすっかり、犬の人、な訳である。

「カーニバル・クルーズ」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
朝の定例会議の後、休暇から帰ったばかりの上司から、
カーニバル・クルーズのLINKが送られて来た。

で、自身のバケーション中の写真。

青い海。澄み切った海中にはエンジェルフィッシュの群れ。
楽しいディナーのテーブル。なにやらの豪華絢爛たるディナー・ショウ。
パームツリーと純白と砂浜と弾ける波と大海原。
そしてなんの疑問もなく徹底的に幸せそうな人々。

これぞまさにバケーションといった感じ。

で、改めて聞いてみれば、バハマ諸島への旅。

8日間、バルコニー付きの部屋で、一人きっちり980ドルだった、との話。

で、改めて送られて来たリンクを見れば、
ニューヨーク発着のカリビアンクルーズ8日間が、
一人399ドルから、とある。

なんだこれ!と思わず唖然。

399ドル?まさか・・・

と絶句すれば、いや、そう、そうなんだよ、という上司の話。

でもこれまさか、食事は別でとかじゃないの?
あるいは、缶フードなら込み。
だけどそれ以外のまともな食事は別途、

で、やーい、びんぼーにんはかわいそうだなあ、と思い切り蔑まれる、

なんてやつなんじゃない?

と言えば、すべて、1から10まですべて、込みこみ、らしい。

宿付き。そして全食付き。しかも食べ放題。間違いなし!

まあ、399ドルというのはもちろんバルコニーなどはなく、
つまりは、窓無しの、部屋というよりはむしろ寝床付きの倉庫。
なのだが、いやいやそれで十分。部屋は安いに越した事はない、らしい。

だって一日中、なんらかのエンターテイメントが用意されているから、
まさに、船に乗っている間中、部屋にいる時間なんてほとんどないぐらいだから。

でも、8日間で399ドルってのは安すぎない?
と聞けば、
つまりは、出発直前の空き席を投売りしている、俗に言うLAST MINUTES DEAL という奴。

つまりだ、いつもの散歩の途中、リバーサイド・パークから良く見る停泊するクルーズシップ。

あの船着場にぶらり、と立ち寄って、
で、空き席さえあれば、ほい、と乗りこんでしまえばあとはオートメイション。
399ドルで天国に連れて行って貰える、という話しなのだ。



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でもほら、
それにまたオプショナルだ、追加料金だ、別料金だ、
で、どんどんお金がかかる、とかなんじゃないの?
と聞けば、

だからお前も疑り深いな。それでこそわがチームメイトってことなんだが、
しかし、今回に限ってこれはまじ、本物。

カジノに通いつめてボロ損をこく、なんてバカをやらない限りは、
とりあえず、喰って寝てれば天国に着く。

天国に着いたら泳ぐ。潜る。日光浴する。

そして喰って寝てる間にニューヨークに着く。
ハッピーハッピー、とまさに簡単すぎるぐらいに簡単な話。

どうもクルーズ会社間の過当競争が激化を極め、
ますます巨大化するクルーズ・シップ。

内部はまさに8階建て。ほとんどカジノ付巨大ホテルがそのまま海に浮かんでいるようなもの。

その空き部屋を埋めるために、値段がまさに倒壊崩壊奇奇怪怪の状態らしい。


うーん、と言う訳で、さすがにちょっと心が揺れたのではあるが。。。

果たしてやはり、犬も一緒に乗れるクルーズというのは、やはり存在していないらしい。。。

カリブ海8日間399ドルかあ・・・ああ、犬さえいなければ・・

という訳で、あらためてブー君である。

ねえ、ブー君。君さえ我慢してくれれば、俺達はカリブの天国で8日間、豪遊できるんだけどな・・

と言えばブー君。え?カリブ?なにそれ。でも行く行く、僕も行く!ととたんに大はしゃぎ。

だから・・君は行けないんだよ。君はお留守番。。

ええええ、お留守番?と聞いただけで、しゅんと頭を垂れてそのまま寝転んでしまう。
なんだ・・・つまんないな、と丸めた尻尾の中から、上目遣いにちらちらと俺を見やる。

なんだよ、なにすねてるんだよ。。。だからたったの8日間だって。
その間は、ほらエレンとかディオンとか、いろんな人が世話をしてくれるから・・

と言いながら、あらためてみやるこの駄犬。

うーん、と思わず。無理だろうな。多分。
買い物の時に5分でもひとりにしておくととたんにひゃんひゃん鳴きをはじめる奴だ。
8日間も放っておけば、飯食わなくなったり、凶暴化したり、ノイローゼになったり、と、
まあいろいろなことをしでかし始めるに決まっている。

これすべて、いままで甘やかすだけ甘やかしてしまったその報いという奴なのだろうが。。

という訳ですねたブー君がまだじっと俺を見ている。
そう、この顔を見せられると、バケーションに行きたい、
などという気持ちはみるみるとしおれてきてしまうんだよな・・・

あーあ、である。やれやれ、である。
カリブの青い海で8日間。しかも食い放題で399ドル、であったのに・・

心の底からやれやれである。

が、しかしだ、まだ方法はある。

つまりは密航である。

特大スーツケースにブーを隠して進入したが最後、
船底のエンジンルームにブーを匿っての8日間、
なんて、なかなかスリルがありそうだな・・

そっちのほうが俺たちらしい、と言えばそう言えないこともないのだが。

ちゃんとお金払うから、船底に隠れていさせて、というのはだめなのだろうか。

「社員食堂でウインク一発」

Posted by 高見鈴虫 on 08.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
最近、実は、ちょっとずるをしている。

と言うのも、昼飯の時にでかける2階の社員食堂。

本日の世界のランチのメニューから、
今日はメキシカンだ、明日はグリークだ、と思わず取りすぎてしまったりするのだが、
いざご会計を、と言うときになって、思わずドキドキ。
この量り売りのランチ。調子に乗って取り過ぎると時としてとんでもないビッグランチを
食わされる羽目になってなかなか侮れない。

が、そんな俺を哀れんでか、
その一番左端のレジに座るエディナさん。
もっこりと太ったドミニカ人のおねえさん。
これがどういう訳か、俺の姿を見かけるたびに、
こっちこっち、こっちにおいで、と妖しい手招き。
はろー、どーもどーも、と教えたばかりの日本語で挨拶しながら、
ちょっと悪戯そうな顔をして、ちん、とレジを押せば、
なぬ?1ドル25セント?まさか・・

思わずがっついてコンテナぎちぎち一杯に詰め込んでしまったランチ。
なんとその値段が、1ドル25戦と、というのは絶対にありえない訳で、
つまりはなにかの間違いなのである。

が、エディナさん、唖然とする俺にウインクひとつで頷き返し、
はい、また明日、とやってくれる訳だ。

つまり、会社のランチ、どれだけとっても1ドル25セント。
これはこれは・・

まあ今更ランチの値段を気にするほど金に困っている訳でもないのだが、
このエディナさんの悪戯、当然のことながらなんとなく嬉しい。

と言う訳で、思わず毎日通いつめてはコンテナ一杯に肉だ野菜だと取り巻くって、
で、エディナのラインに並ぶと、どーもーとウインク一発で1ドル25セント。
今日もやったね!となる訳なのだが、
そんなことをやっているうちに当然のことながらちょっと太り始めた。

で、本日、またまたメキシカンの日。つまりは俺の大好物。
トルティージャからチリコンカルネからポリョアサダからピコデガジョからを
思わず山のように取りすぎてしまって最早蓋が閉まらない。

で、エディナを探せば・・・おおお、なんと、今日に限ってエディナがいない!まさか・・・
クソッたれ、よりによってこんなてんこ盛りくれてしまった日にエディナがいないなんて・・・

で、しかたなしに普通のおばさんから通常料金を払わされた訳だが、
その値段がなんと、14ドル・・・まさか・・

そっか、俺は毎日14ドル分のランチを食べていたんだな。そりゃ太るはずだぜ。
と思わず目から鱗。

エディナの好意は嬉しいのだが、このまま行くと本当にエディナのようにされてしまうな、
と思った次第。

「9匹のシェットランド・シープ・ドッグ」 そのに

Posted by 高見鈴虫 on 09.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback

8匹の子供を出産したとき、
母親のシェルは2歳半から3歳未満。

人間で言えば二十歳そこそこで、
子犬ではないにしてもまだまだ元気いっぱいのイケイケの年代。

しかも我が家のシェル。
子犬の頃から徹底的に甘やかされて育ってしまった手前、
すっかり自身をお姫様かなんかだと錯覚していた訳で、
生来の気の強さと相成って、その外見の華麗さとは裏払いに
蓋を開けてみればとんでもないじゃじゃ馬。

そんなじゃじゃ馬娘で初産を迎えた訳だが、
まあ子供でもできればちょっとは女の子らしくもなるのではないか、
というほのかな期待をあざ笑うかのように、
このバカ犬。産むだけ産んだだけで、
自身の子をまったく世話をしようとしなかった。

まあつまり、彼女としても、ブリーダーから引き離されるのが早すぎて、
子供時代に母親から躾けられた経験がなかったから仕方がない、
と言えば仕方が無いわけなのではあるが、
果たしてこれが困りきった訳だ。

まずおっぱいをやるのを嫌がる。
まだ目も開けきらない8匹の子犬がミーミーとやってくるのを、
ガルルル、と牙をむき出したり追っ払おうとしたり、
そこをなんとか、と寝かしつけておっぱいを与えるにしても、
ものの5分もしないうちに、わたし飽きた、とばかりにいきなり立ち上がって、
そのお腹に子犬をぶら下げたまますたすたとどこかへ消えてしまう。

という訳で、しばらくは家族が付きっ切りで子犬たちの世話、
そして主には母親であるシェルの世話をせねばならなかった訳だ。

とまあそんな風な悪条件の中ではあったのだが、
不思議なことに子犬たちはまさに魔法のようにみるみると大きくなった。
のだが・・

実は半月もしないうちに、その個体差にかなりのバラつきがあることが明確になってきた。

つまり、大きい子犬は尚更大きく、いつもお腹がぽんぽこりんでいまにも弾けそう、
であるにも関わらず、
小さい子犬は、まさに骨と皮ばかり。お腹もしぼみ切って毛並みも生え揃わず、
いつもみーみーとお腹をすかしてはシェルのお腹にもぐりこんでおっぱいを吸おうとするのだが、
そんな痩せきったわが子をシェルはまったく省みようとしなかった。

で、よくよく見るに、
つまりは並んだおっぱいの中でも、ミルクの出の良いおっぱいと、出の悪いおっぱいがあって、
で、身体の大きい子はその体力にものを言わせていつもいつもその最も出のよいおっぱいを独占してしまう。
で、反対に痩せたチビ達は、吸っても吸っても一向にミルクのでない端っこの乳首にいつまでも吸い付いては、
はい、ミルクの時間は終わり、と母親が立ち上がってもまったく腹が膨れていない。
このまさに残酷なほどに明確な生存競争の原理。
そして母親は、そんな子犬たちの発育ぶりにまったくの無頓着。
格差の是正を心がけるどころか、強い物がより強くなり、弱いものは死に行く現実を黙認している風なのである。

とそんな中、8匹の子犬のうち、アーサーとアントニオばかりがむくむくと成長してしまい、
逆に、アレックスという黒っぽいネズミのような赤ん坊と、
そしてこれは見るからに不細工な柄のアニーが、まさに生きる屍のように、
最早、子犬同士で遊ぶ元気もないぐらいにまで衰弱してしまうことになった。

この現実をどう受け止めるか。

つまり、子犬の生存競争には民主主義的な平等の概念は存在しないのである。
それが自然の摂理というものなのである。

生まれた子犬が8匹というのはさすがに多すぎるとは思ったのだが、
つまりその8匹の中から選りすぐれたものだけを選択し、
強いものをより強く育てる方が摂理にかなっている、ということなのだ。

この生々しい現実は今更ながら家族を戦慄させた。

普段から子犬たちの身体をぺろぺろと舐めているシェルも、
こと痩せた二匹に関してはすでにまったく興味を失い、
となんどその胸に抱かせようとしても、拒否をするようにまでなった。

子捨てかあ・・痛烈だな・・

という訳で、それが人間社会の自然の成り行きか、
親に見捨てられた二頭の子犬。アレックスとアニーは、
しかたがなく人口保育の対象となった。

犬用のミルクを飼ってきては、哺乳瓶でちゅうちゅうと飲ませる訳で、
そのミルクの温度加減から下の世話から、
冬のようの電気毛布を持ち出しては身体を温めたり、
夜は人間の枕元に置いて寝ずの看病をしたり、
と割と苦労が続いた。

と、そうこうするうちに、それまで見るからに発育不全であった二頭。
背骨からあばら骨からが浮き出していた二匹の子ネズミたちが、
見る見るうちに体力を回復し、離乳食に移行する頃には、
すでにそれなりに他の犬と見まごうまでにもなったのではあるが、
しかし、幼犬時代のハンディはまさに慄然としており、
最も体格の良いアーサーとはまさに半分以下。
その発育もかなり遅れを取っていることは否めず、
アレックスはいつも兄弟からの苛められ役。
アニーはそもそも他の兄弟達の遊びにはまったくついて行けずに
いつも置いてきぼり。

がまあしかし、そうとりあえずは8匹、
その見てくれはかなりばらつきが出てしまったが、
まあとりあえずは五体満足。
手も足も指もちゃんと揃っているようなので、
まあそれだけでも良かったじゃないか、
とその程度だけでも十分、というのがまあ育児というものなのだ。

多少バカでもやんちゃでもよい。
とりあえずは元気に育ってくれ、
それだけが望みと言ったら望みなだった訳だ。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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