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エリミネーション、だとよ

Posted by 高見鈴虫 on 01.2014 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
ちゅうわけで、なんだ。。

エイプリルフールの朝。
これほど美しく晴れ渡った空は一年のうちにもざらにはない、
なんて朝。

朝の犬の散歩から帰って、もう冬も終わったな、とにこりとした朝。

いきなりあの糞タニシ野郎から電話があり、

君の仕事はこの春を以って終わり、ってなことをかるーく言われた。


一番やりたいこと

Posted by 高見鈴虫 on 01.2014 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
夜更けのドッグラン。
またいつもの奴でいつもの面子。

あぁあ、ついにオフィシャリーにエリミネイションがアナウンスされちゃったよ。
まあ判っていたことではあるんだけどさ、ちょっと落ち込んだな。
少なくともあのアホの口からそれを言われたくなかったぜ、
なんて愚痴を零した途端、
この糞婆あたちからいきなりど説教を食らった。

あんたはもうそんなくだらない愚痴を言ってる場合じゃないのよ。
誰がアホで誰が利口か。誰が好きで誰が嫌いか、
もうそんなことに構っている場合じゃない。

時間を無駄にしちゃだめ。
次の仕事を見つけることに集中しなさい。

ああ、それは判ってるよ。サイトにレジメもUPしたし、ぼちぼち引きも来てるんだけどさ、
なんか、あんまり気分が乗らないっていうか。。次になにをやろうか全然検討がついてなくてさ。
なんかどうでも良くなって来てるのかもしれない。。

と苦笑いを浮かべる俺の顔を覗きこんで、

ねえ、あんた、なにが一番やりたいか、自分で判ってる?と一言。


自宅軟禁

Posted by 高見鈴虫 on 02.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
かみさんが里帰りしてからというもの、犬の世話を一人でせねばならない。

さすがに子犬の頃と違って、四六時中目が離せない、というのでもないのだが、
朝の散歩と、夕方、そして夜の散歩だけは欠かすことができない。

ここのところ毎朝7時半に全体会議がスケジュールされるようになり、出社時間が早まっている俺としては、
これで仕事に行く前に散歩に出るとすると、まさに朝5時には家を出なくてはいけない訳で、とすると、まさに4時半起床。。。

いくら犬が可愛いと言っても、実際のところこれはちょっと無理である。

という訳で、ボスに頼み込んで自宅勤務とさせて貰うことにした。



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純米国産オーガニック・グラスフィード・チキン・フィレ

Posted by 高見鈴虫 on 03.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
かみさんが里帰りして早7日。
自宅勤務にしたこともあってまあなんとかやってはいるが、
実は最近の犬の態度に変化が現れている。

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雨のセントラルパーク

Posted by 高見鈴虫 on 04.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback

雨のセントラルパーク。

誰もいない公園ってのもまあいいものだろ?


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ここを掘れ、と熱く語られているのだが。。

まさか金貨でも出てくるのであろうか。。

死体なんてものじゃないことを祈るのみである。


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裸足のキース・リチャーズ ~ 史上最強のチンピラの美学

Posted by 高見鈴虫 on 04.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
というわけで、改めての独身貴族ぐらし。

とは言うものの、ぶっちゃけこれはただたんに男やもめ。

かみさんが里帰りした途端に、なんとなく犬さえもがちょっと薄汚れた感じで、
金曜の夜に男二人で肩を並べてぼんやりとテレビを見てる、なんて図が出来上がるのである。

という訳で男が一人と言えばローリング・ストーンズである。

かみさんが旅立ったその夜から、すでに一週間ぶっ続けでストーンズばかり。

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スタジオ・レコーディング版、ファースト・アルバムであるThe Rolling Stonesから始まって、
Tatoo Youまで、それに加えてまさに果てることのないブートレッグコレクションを、
これでもかとばかりに繰り返し繰り返し聴き続けている。

そして、いつものことながら、ストーンズとともに思い出させられる過ぎ去りし日々の数々。

思えば俺は徹底的にストーンズであった。

あるいは俺の信じる美学のすべてはストーンズに起因していた。

俺の友人と言える友人はすべてがストーンズフリークであった。

ストーンズを知らない人間となど友人になるどころか口を利くことさえ馬鹿馬鹿しかったからで、つまりは俺の周りの連中もそんな輩ばかりであった。

そして今、一人になった途端に蘇るストーンズな日々である。

普段は生活の中に封印されている様々な出来事がここに一挙に蘇り始める。

そして自然と、思い出したくもないことまでも思い出してしまうことになるのである。

嘘、裏切り、暴力。滑ったギグ。傷つけた友人たち。酷いことしてしまった女たち。そして死んでいった奴ら。


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そしていま、この4月の金曜日の夜、男やもめの部屋。

鳴り響くストーンズに踊らされて次から次へとそんな過去の亡霊たちが満ち溢れて行くようだ。

果たして俺たちってなんだったのか。なんであんなに酷いことになってしまったのか。

この歳になってはっきり言えるのは、ストーンズと関わりあいになって、あるいは、ストーンズに憧れて、思いいれて、そうやってストーンズに人生を狂わされた奴らの、ひとりとしてろくなことになったやつを見たことがないという事実。

あるものは道を誤り、あるものはすべてを失い、そしてあるものは命さえも失った。

つまりはそれがアウトローの宿命であり、ストーンズ魂を貫いた証でもある訳なのだが、その権化であるところのキース・リチャーズがいまだにちゃっかりと生き続けている、というあざとさがまたストーンズらしいと言えばストーンズらしい。

キースの野郎、俺のダチをすっかりダメにしやがって。まさに、まんまと騙された、という気分なのである。


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なぜ俺たちはこんな野郎に騙されてしまったのか。

キース・リチャーズが、ローリング・ストーンズがいったいなんだったと言うのだ。

という訳で、いま再び見直す JUMPING JACK FLASH である。


Jumping Jack Flash




このキース・リチャーズ。裸足のキース・リチャーズ。

このビデオにおけるキース・リチャーズに、いったいどれだけの人々が人生を狂わされてしまったことだろう。

くそったれが、とは思いながら、しかしながら、である。

改めて、このキース・リチャーズは格好良いのである。問答無用に格好良い。格好良すぎる。

まさにチンピラの鏡。アウトローはこうやって生きろ、のその見事なお手本、そのものなのである。

思わず今からでも改めて再度道を踏み外してやろうか、という気にさえもなってくるのである。

そう、俺達はこれに騙されたのだ。このキース・リチャーズに憧れて、このキース・リチャーズみたいになりたくて、キース・リチャーズみたいになるために、キース・リチャーズみたいなことを一切合切真似をしよう、と思ってしまったのである。

まったく馬鹿なことをしたものだ、とは思いながらも、改めて観るこのキース・リチャーズ。

まさに史上最強のチンピラ。これほど格好良い男は、やはり世界中どこに行っても見つけ出すことはできないだろう、と改めて思う。

ローリング・ストーンズ。まさに罪作りな人々である。

がしかし、と改めて思う。

俺達が生きてこれたのも、ストーンズが居てくれたからに他ならないのだ。

このキース・リチャーズがあったからこそ、俺達は生き伸びれたのだ。

くそったれ、ここまで来たら俺は意地でも棺桶までメインストリートのならず者であり続けるぞ、な訳である。

キース・リチャーズに狂わされた人生、たとえどんな酷いことになろうとも悔いはない。

死んでいった奴らもきっとそう思っている筈、と信じたい。


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猛犬パーティの終焉

Posted by 高見鈴虫 on 05.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
夜更けの猛犬パーティ。
長引く花冷えの中、土曜の夜ということもあって、今日はサリーとブッチだけである。

そう休日の夜なのだ。
他の犬は一日中、嫌というほどに広々とした公園を走り回っているだろう。
わざわざ夜更けになってこんな小便臭いところに来る必要もない。

がしかし、ジェニーはここでしかサリーを放すことができない。

公園でオフリーシュどころか、他の犬が居てはドッグランでさえサリーを入れることができない。

そして凍えた風の吹き荒れる週末の夜の公園で、まるで魔女のように亡霊のように、孤独なボール投げを続けなくてはいけない。

ブッチはそんなサリーとジェニーを冷めた表情で見つめているばかりだ。

ブッチはすでに今日一日だけでもセントラルパークからリバーサイドパークから、いくつものドッグランも歴訪し、正直疲れきっている。

こんな夜更けにドッグランにやって来たのは、まさにサリーとそしてその飼い主であるジェニーへのボランティアなのだ。

そう、だが、しかし、と若干の疑問は残る。

ボランティア、人助け、その本質である。

アンパンマンではないが、ボランティアの本質とは、己の余った力を相手に小分けにする、ということではない。

ボランティアの本質とは、己の身、それももっとも大切なものを削ってでも人のために尽くす、ということである。

ボランティアをするものにはその覚悟が必要なのだ。

さもなくば、己の大切なものを奪い去られようとした時に、そんな筈があるか、それは不平等だ、と騒ぎ立てることになる。

そしてこんな花冷えの夜更け。

ジェニーの身になにかあっては行けない、と軽い気持ちで付き合うよ、とはせ参じたドッグランで、ついに、ついに、長年恐れてきたことが起こってしまった。


サリーがブッチを襲った。

いきなりの大快晴で途方に暮れる

Posted by 高見鈴虫 on 06.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
大雨の降り続いた三日間の後、
いきなり初夏を思わせる大快晴。

思わず途方に暮れてしまう午後。

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アパートの前に春からのラブコールが届いていた。


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「憲法9条」がノーベル平和賞候補に」

Posted by 高見鈴虫 on 11.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback

「憲法9条」がノーベル平和賞候補に」


ノーベル賞が果たして良いか悪いかは別として、
いやはや、
世の中には色々なことを考え付く人がいるのだなあ、
と関心させられる。

そういうものに限って、なぜこれまで考え付かなかったのかな、とも思う訳だが、

まさに、拍手拍手。

この発想そのものがまさにノーベル賞なみである。


「勇ましいことを言う前に」

Posted by 高見鈴虫 on 11.2014 旅の言葉   0 comments   0 trackback
近頃なにを勘違いしたか、どうにもわりと簡単に「戦争」なんてことを口にする輩がいるやうだな。

言わせて貰えばそういう人々は、いったいこの「戦争」というものにどんなイメージ、あるいは知識があって「戦争」なんてことを口にしているのだろう。

俺から言わせれば戦争とは、まさに暴力だ。極限の暴力だ。

血と砂と汗と涙と涎と鼻水と、時として汚物や内蔵にまみれたこの世でもっともむごたらしくもこ汚ない、思わず目を背けて胃の中のものをすべて吐き出してしまうような、つまりはリア充どころか、まさに有機体としての人間のリアルさの塊である。

そこには夢やロマンや格好良さなんてみじんもない。

あるのは、恐怖と狂気、それだけだ、と断言できる。

言わせてもらえば、世界中を歩いてきたが、日本人ほど夢見がちで弱々しい、
つまりは、そんな「戦争」のイメージとかけ離れた人々は他に例をみない。

戦争とは、日本人の大好きなアニメの世界とはもっともかけ離れた世界だと言い切れる。

そんなアニメなんていう幼稚な世界に耽溺して育ってきた現実逃避型、意志薄弱の幼児体質のとっちゃん小僧たちを量産してしまった日本という国。

つまり、日本人は世界でも並外れてダントツに「ケンカの弱い」国民である、といのが俺の絶対的な確信。

賭けても良い。

アニメなんてものに浸って育ったおたく世代の日本人は、一度戦場なんてところに行ったが最後、まともな神経を保っていられるものは、一人もいない、と言い切れる。

3キロも離れたところで響くズーンという爆音が腸に響いた時点で、
いやだいやだ、帰る帰るおうちに帰る、と泣き叫び始める筈である。
窓の外でガンガンガンガンと響く機関銃の音を聞いただけで、
あれ、もしかして本物?と膝が笑いはじめてまともに立っていることさえもできなくなる筈である。

ゲームと違って本ちゃんの戦争は不快なことばかりだ。
手にするものはなにからなにまで徹底的に重くごつい。
一発弾いただけで鼓膜が破けるどころかしばらく耳鳴りでなにも聞こえない。
砂埃が顔中に吹き付けて始終目が痛くて口の中はじゃりじゃり。
なにか判らないが咽るような悪臭に満ち満ちていて咳き込んでばかり。

そしてゲームと違って当然のことながらほんちゃんの弾丸は当たれば死ぬ。
一発で死ねればよいが大抵の弾丸は軌道を外れてそこら中を跳ねまわっている。
そんな迷い弾丸は当たったが最後、身体を引き千切って、それはとてもとてもとても痛い。
そして負傷者は、その後の断末魔をその引きちぎられた身体を引きずって生き延びなければならない。
つまりそれは、ゲームとは違う。
あるいは、その静かに閉ざされた安全な密室とはもっともかけ離れた世界である訳だ。

そんな中で育ってきた人々が、まさか「戦争」だなんて。。

日本人はそんなことを安易に口にしてしまえるほど、
それだけ「戦争」に対してリアリティのない、
つまりはまさに世界中のどの民族と比較しても、
ダントツ且つ徹底的にか弱い、まさに世界最弱の民族なのだ。

いじめ産業

Posted by 高見鈴虫 on 12.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback

例のSTAP細胞騒動ではないが、
日本中を狂気のように「いじめ産業」が蔓延しているようだ。。

誰もが気づいているだろう。
これはいじめだ。魔女狩りという言葉もあるが、魔女狩りというとどこか仰々しい。
これはただたんに、いじめだ。そしてそれを煽っているのは、そんないじめで金を儲けようとするいじめ商法、つまりはマスゴミである。
マスゴミが人々の狂気を煽ってはいじめを囃し立て、日本中が嬉々として踊らせている。

つまりこれは、あきらかな大衆扇動なのだろう。

しかしその目的は政治ではない。つまりは、金だ。
金が儲かれば、正義や、常識などどうでもよい、という、恐ろしく民意の低い連中のしかける、
まさに、大衆扇動、つまりは、騒動士たちの狂騒である。



「誰でも行ける戦争見物」

Posted by 高見鈴虫 on 12.2014 旅の言葉   0 comments   0 trackback
時代は進み、日本国民の中でも実際に戦争を経験した人々はもう極僅かだろう。

そして喉元過ぎれば、ではないが、旧戦争の責任者であるA級戦犯の孫が公家面をこいてまた口先だけで勇ましいことを言っているようなのだが、お笑いである。

自慢ではないが、とまた馬鹿自慢にはなるが、俺は実際に戦争を経験している数少ない現代人である。

まあ若気の至り。貧乏旅行の途中に見物に行った、というか間違って迷い込んでしまっただけなのだが、
あの実質半年にも満たない経験はいまだに悪夢となって俺の脳裏に克明に刻まれている。

以前にも書いたかも知れないが、戦争には明るい戦争と暗い戦争がある。


「誰でも行ける戦争見物 ~ SOF」

Posted by 高見鈴虫 on 12.2014 旅の言葉   0 comments   0 trackback
おっと、SOFじゃねえか。

ちなみにこんなものがまだ世の中にあることさえ信じられないのだがな。

まさかとは思ったが、WEBページがあったとは知らなかった。

SOF = ソルジャーズ・オブ・フォーチュン

つまりその昔は、世界を股にかけるプロの戦争屋、つまりは傭兵と呼ばれる奴らの業界紙であった訳だ。

ちなみにこの雑誌、俺が実際に戦場に行った時、いたるところ、安宿のロビーで、レストランで、
そして、長距離バスの待合室にまるで当たり前のように転がっていた覚えがある。

そしてかくなる俺も、
このSOFのページを引きちぎってはケツもポケットに突っ込んで、さあ、次はどこのドンパチに加わるかな、と爪楊枝で前歯を突いているような連中と、
実際にヒッチハイクして回っていたことがある。

いまだにそんな馬鹿げたことやってる輩がいるとは思えなかったが、やはりそういう連中はいつの時代にもいるのだろうなあ。

ちゅうわけでそう、まあ世の中にはそういう奴らも本ちゃんで実際にいる、
ということをちょっとはそんな世界を現実的に、つまりは身近に感じることもできるのではないか?


「誰でも行ける戦争見物 ~ ちゅうわけでそうそう」

Posted by 高見鈴虫 on 12.2014 旅の言葉   0 comments   0 trackback
と言うわけで、そうそう、ちなみに戦争の行き方なんだけど、

まさか戦争に行こう、というやつが、ディスニーランドに行くように、ガイドブックそのままに、
直行バスに乗り込んで、あるいは電車を乗り継いて、なんてことは考えてはいまい、
あるいは、もしも戦争というものがそれほど安易であったりしたら、
逆に戦争などにそれほど情熱を持ったりもできなくなって来ちゃうでしょ?

という訳で、なら戦場にどうやってたどり着くか、

いじめ産業 あとき

Posted by 高見鈴虫 on 14.2014 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
このSTAP狂騒がちょっとあまりにも情けなさすぎて、
なんだよ日本人ってここまで駄目な奴らに成り下がったか、と思っていたら、

ようやくこんなブログを見つけた。

武田邦彦 STAP事件簿‏


この武田という先生が、いったいどんな人なのか、礼によってまったく知らないのだが、

なんだよ、ようやくまともなことを言うひとが現れたな、というのが正直なところ。

国外から国を憂う身としては心底ほっとした気分だ。

がしかし、なにを血迷ったか、こういうまともなことを言う人までが、

「ひねくれ者」やら「目立ちたがり屋」などと罵倒されているようだ。

あのなあ、と。

ってことはなにか、人とちょっと違うことを言ったら、それだけでひねくれものな訳か?

だったら、訳も判らずう人とおんなじこを言ってる奴はひねくれ物ではない、つまりは許されるという訳か。

バカもいい加減にしろ、といいたい。

だとすれば、ひねくれ物というのは、まったくネガティブな意味は成し得ないわけだ。

ひねくれ者バンザイ、と声を大にして言ってやろうじゃないか。

あるいは俺は、世界中の子どもたちに、世界一のひねくれ者になれ!と言うだろう。

愚民の言うことは気にするな。奴らは人の言ったことをオウム返しにして正義を気取ることしかできない。
そんな奴らの言うことに耳を傾ける必要などなにもない。

お前は、お前にしかできないことをみつけてそれを極めろ。それを邪魔するものは一切気にするな。

俺は、それを人類に対する愛、そして、尊敬、あるいは、尊厳だと思う。

改めて、言えば、この下らない狂騒の中で感じたのは、この国の国民の、あるいはそれを焚きつけて扇動するマスゴミの民意の低さである。

訳が判らないが、どういう訳か、なにか悪いことをしたようなこの可愛いか可愛くないか判らない理系のおんな、ええい、なんでもよい、取り敢えず囃し立ててやれ。

あのなあ、お前らのやってることはまったくその程度のことだ。

サル山でキャーキャー叫んでいるクソまみれの猿となにも変らない。

この狂騒は、民意が高いことを自称しながら、実はその程度の知能しか持ち得ないこの国の人々の、その想像力の欠如、というものを、これでもか、というぐらいに世界に露呈することになった、ということに、こいつらは気がついているのか?

改めて言えば、
つまりこの武田という人も言ってるように、

なにもないところから何かを生み出すことを宿命とする人と、

人のやったことを焼きなおすことしかできないもの、あるいは、あーだこうだいう人、つまりは、日本で量産されたあの人畜無害なロボトミー達=マニュアル人間とは根本的に違う。

違うのはなにかと言えば、その生きる姿勢、というか、つまりはポジティブさ、つまりはパワー、そう、元気!なのである。

新しいものを生み出す人にとって、なによりも必要なのはパワーである。

その創作者、あるいは、発見者のパワーの邪魔をしてはいけない。

あるいは、邪魔をする人などはなから無視してしまって構わない。

人のやったことを追いかけるしか能のないひとは、道なきところに道を作る人々の苦労や喜びなどはなにも判らなのだ。

一瞬先は闇の中を一人歩きで歩き続ける人々を、孤独とは言ってはいけない。それこそが孤高なのだ。
孤高は尊いものだ。俺はその孤高を、人の中でもっとも尊いもの、とかんがえる。
時として、道を極めるもの、つまりは、極道、と言い間違えてしまうこともあるが。

99%の闇の中にたった1%の灯りを求めて突き進む人。

その廻りでなんのかのと無駄口を騒ぐ奴は、ただの「やみくろ」。邪悪なゴキブリだ。

我々愚民は、そんな孤高の人々、あるいは道を極めようとするものを敬うべきなのだ。

あるいは、一刻も早くその次元に到達できるように、あんたの大好きなそのマニュアルとやらをすべてをコンプリートするべきだろう、と。

少なくともそれができるまでの間は、孤高の人々の足を引っ張るような真似だけはしてはいけない。

マスゴミもいい加減に自重しろ。お前らはこの国の人々のすべてを物笑いの種にして金を儲けているつもりだろうが、このグローバルな世の中、下手をすれば国際信用に関わるぞ。すべての記事を署名記事にしろ。つまり自分の仕事にきっちりと責任をとったらどうだ。

わたしは馬鹿で無能であるがために、いじめを煽って銭を儲ける国賊のなになにです、私達の子どもたちがどうなろうがてめえが小銭を儲けられれば知ったことではない、人間のクズのそのまたクズのなになにです、とそう書け。


「犬の自己認識について」

Posted by 高見鈴虫 on 15.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
我が家には沢山の鏡があるが、
果たして我が家の犬がそれに関心を持つことはない。

そこであらためて、犬の自己認識について考えてみる。

犬は自身をどう認識しているのだろう。

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「スモーキー・マウンテンの白い女」

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 大人の語る怖い話   0 comments   0 trackback
ご質問を頂いたのでお答えします。

これまで一番怖かったことは・・・


出張中、霧雨の夜のスモーキーマウンテンを走っていたところ峠道に白い女がひとりで立っていました。

状況からしてどう考えてもこの世のものとは思えず、そのまま通り過ぎようとしたところ、

こともあろうにその女の幽霊が車に乗ってきてしまいまして。

危うく憑り殺されかける、という体験をしたことがあります。

人類と犬との共存の始まりは

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
犬と人間との共存がどのようにして始まったか、という仮説を見る度に、
え?なんで?と首を傾げてしまう。



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犬の役割

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
嘗てヒマラヤの麓のにあるチベット人の村を訪ねた時のこと。

木立の中を続く細い山道を登りながら、
周囲にざわざわと草葉の揺れる音には気づいていた。

しばらくしてそれがなにかの動物であることに気づいた時、
まさか、狼?とちょっと不安になっている仲間もいた。

もしかして俺達、狼の群れに囲まれているのかな。。

確かに、気をつけてみると、俺達の一行はその動物たちに囲まれているようだ。

そしてそれがだんだんと狭まっていることも感じていた。

まさか巻狩りにあっている訳でもあるまい、とは思いながら、
確かにちょっと薄気味の悪い気もしていたのも確かだ。

そんな時、ふと背後を振り返ると、間抜けな顔をした山犬が一匹。

しまった、とばかりに俺と目があったまま凍りついている。

大丈夫、と俺は仲間にいった。

犬だ。それも誰かの飼い犬だろう。

ということは、そろそろ村が近いぞ。

という訳で、ようやく俺達一行が村に辿り着いた時、
なんと村中の人々がずっかり出揃って歓迎の挨拶。

別に電話した訳でも手紙を送った訳でもないのに。

いやあ、ほら、と頭を撫でられた犬たち。

この子たちがすべて教えてくれるから。

そう、この村は犬達によって守られている。

半径1KM以内で起こることの全てを犬達は完全に把握しているのである。

この子が誰かが来たよって言うんでね、だったらみんなで迎えに行っておいでって言ったんだ。

そういう側から、生まれたばかりの子犬が盛んにじゃれついて来て、
俺は胸の中に抱え上げて乳臭い舌で顔中を舐められている。

凄いな。犬と人間の完全な共存の姿だ。

そして俺達がこの村に滞在している間、
どこに行くにも、必ず俺達の周りには犬の姿があった。

犬たちは始終、影日向に俺達の周囲をいつも取り囲んでいて、
なにかがあると、すぐに伝令が走る、という見事な連携プレーを見せる。

この村では子供たちの周りにはいついかなる時にも必ず犬が控えている。

だから親たちも安心なのだそうだ。

ということは、つまりは俺達も子供扱いってことなのかな?

と誰かが呟いて皆が笑った。


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人生の失敗

Posted by 高見鈴虫 on 17.2014 今日の格言   0 comments   0 trackback
鏡を見るたびに、俺も歳を取ったな、と思う
妻の姿を見るたびに、俺の人生は茶番だったな、と思う
子供の姿を見るたびに、俺の人生は失敗だったな、と思う
周りを見回すたびに、まあ世の中そんなものか、とも思う

俺は果たしてどこに向かっているのだろう。
なにを求めて、なにを探して。

改めて、迷ったな、と思う。
そして出口は、みつからない。

まあみんなそんなものか、が唯一の慰めなのだが。

そういうものの答えって、どこを探せば出てくるのだろう。
まさか2チャンネル、あるいは、YAHOO 知恵袋でもないだろうに。

そして今日も生きていく。
身だしなみぐらいはきちっとせねば、それだけが唯一の世間との取っ掛かりだ。

おっ!おっ!おっ!あのおんな、なんだ?俺を見たぞ!
よしよし、俺もまだまだいけてるな。よしよし、良い一日になりそうだ。


死にたくなったらこれを読め 「百年の孤独」 ~ ガブリエル・ガルシア・マルケスの死に添えて

Posted by 高見鈴虫 on 18.2014 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
ガルシア・マルケスの名前を聞いたのは、
長い旅の途中に知り合った戦場カメラマンからだった。


セントラルパークに桜の便り

Posted by 高見鈴虫 on 20.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback


まだまだ肌寒いニューヨークですが、
セントラルパークにようやく桜が咲きました。

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花の頼りがそこかしこに届いています。


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仕事帰りのセントラルパーク

Posted by 高見鈴虫 on 21.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
ああ、今日も残業か、とメールの返答を書いていたら、

ボスからメッセージ。

こんなに良い天気なのに犬が待ってるよ。早く帰りろう。

という訳で、飛んで帰ってセントラルパーク。


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ぶーくんも超ごきげんです。

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桜もようやく本咲き間近でしょうか

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TRIBECA FILM FESTIVAL - CHEF

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
昨夜のドッグランでいきなり、
翌日のTRIBECA FILM FESTIVALのパスを貰った。

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毎年TRIBECAでFILM FESTIVALをやっている、というのは知っていたが、
これまで縁がなくて行ったことがなかった。

がしかし、とは思っていた。

どうせそのあたりの安いインディペンデント映画、
知恵足らずが天才を気取ってやっぱり失敗しましたという、
いつものあれだろう・・・そういう糞映画にはもうつくづく見飽きてるからな。

などと聞いたような口を利いていた俺ではあったが・・・

という訳で、なんの予備知識もなしに観た映画「CHEF」

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凄く面白かった!


主演・脚本・監督・プロデュースまで、すべて Jon Favreau という人らしい。

インディ映画界では有名な人らしいのだが、

まさに、脚本・演出・主演、すべてが完璧のアンサンブル、
まあ同一人物だから当然ではあるのだが、

その思い入れからなにから、まさに入魂の一作。


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オーナー・シェフのレストランの開店祝いで、
料理長から直々に特別料理をご馳走されたような、まさにそんな感じだった。

いやあ、美味しかった、じゃない、面白かった。

スクリーンの最後のクレジットが消えた後、
満場の喝采に迎えられて舞台に並んだ出演者たち。
その感動が会場中を包んで、まさに涙うるうるである。

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フィルム・フェスティバルってのは始めてだったんだが、
これぞビギナーズ・ラック、まさに大当たりだった。

「ROCKを葬り去る前に その41 ~ 春の訪れとともに」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記   0 comments   0 trackback
春の訪れとともに虫が疼きはじめるニューヨーカー。

金曜の夜、会社帰りにブルックリン。
なんだかんだで帰ったのが11時過ぎ。
で、慌てて犬の散歩して帰って、
残り物のピザやらパスタやらを食ったのが12時過ぎ。

翌朝7時に起きてセントラルパーク。
犬仲間たちのボートハウスのカフェで午前中を過ごし、
しまった歯医者だ、と慌ててミッドタウン。
その後、日系スーパーに出向いてお買い物。

これがまたまた、見るもの見るもの全てがおいしそうに見えて、
カレーパンからビーフ・コロッケから、焼きそばからお好み焼きから、と思わず買い込んでしまう。

大皿に盛り上げた揚げ物と炭水化物の山。
これにマヨネーズと青海苔をどばーっとかけて究極の大阪飯。

これがもう、うまいうまいうまい、と掻きこんでいたら、いきなり電話。

ねえ、今日さあ、サンちゃん行かない?ってなお誘い。

サンちゃんと言えば、コロンビア近くの日系居酒屋さん。

必殺・名古屋風手羽先から始まって、焼き鳥からカツどんからなんでもあり。

そして極めつけは「ひつまぶし」

この鰻釜飯にワサビと汁をぶっかけたあの絶品うなぎ茶漬け。


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おおおお!と思わず雄たけび。行く行く行く!と三つ返事。

と言う訳で、

夜半近くまで、寿司だ、焼き鳥だ、かつ丼親子丼天丼鰻丼、
鮭窯、はまち窯、カレイの唐揚から、まさにテーブル中を乱れ飛ぶ揚げ物と炭水化物の嵐。

うへえ、食った食った、と春の夜風に吹かれながら、深夜の公園を犬の散歩。

で、翌日の日曜日も大快晴。

そう言えばそろそろまじめに資格試験の勉強でもと参考書を背負って出かけるが、
公園の芝生の上についたとたんに大爆睡。

としたところ、おーい、今日は6時だったよな?とメール。

おお忘れていた、今日はハーレム仲間とメキシカンを食う予定であった、
とでかけて日も高いうちから大騒ぎ。

マルガリータにビノにセルベッサ。
タコスだケサディージャだ、ナッチョだブリトーだ。
カルネもマリスコスもケソスもこれでもかと山盛りの山盛り。

結局夜更けまで騒ぎに騒いで帰って来たときには失神寸前。

待ちぼうけのブーを連れて、いやあ悪い悪いと散歩にでかけるが、
なんかこのずぼん、凄くきつくなったんだが・・・

と帰って早々に体重計に乗ってみれば、いきなりその目を疑った。

なんと、133LB。

金曜日の朝には確か128LBであった筈。

ってことはつまりは5LB! 
たった二日で5LBのGAINである。

うへええ、この魔の週末。まったく侮れない。

と、それが理由という訳でもないのだが、
月曜日も火曜日もまったく食欲がない。

腹が減った減らないよりも、なんとなく、物を食うことにうんざりした、というところ。

と言う訳で、暴飲暴食の週末の後、二日とたたずに体重はまた128LBに戻っていたのでした。

まあそういうことだろ、と。

「我が家の駄犬の犬種に関して」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 犬の事情   1 comments   0 trackback

ありがとうございます。

ご質問頂いた件ですが、我が家のブッチの品種は、いまだ謎。わかりません(笑

典型的な雑種、という奴でしょうか。

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「間違えだらけの子犬の選び」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
某盲導犬のトレーナーのお話では、子犬を選ぶときには必ず一番おとなしい子、を選ぶそうである。

人の姿を見ていの一番に駆け寄って来ては、まわりの兄弟を踏み台にして真っ先に膝の上によじ登ってくる、というタイプはまさに「最悪」らしい。


(2009-01-01)NewYear with Butch042


そういう元気すぎる子を選ぶとね、その先、本当の本当に苦労するから。

と言う訳で・・・・思わず絶句である。

(2009-01-01)NewYear with Butch114




なぜならば我が家の犬こそまさにその「駄目子犬」の典型的な例。しかもドがいくつも並ぶぐらいの超ド級の駄目子犬であった。


(2009-01-01)NewYear with Butch040



兄弟の中ではダントツで元気があって、身体も大きく、俺の姿を見た途端、よじ登るどころかいきなり飛び込んで来て顔中を嘗め回し。

他の兄弟の事はただの遊び道具としか思っていなかった風で、蹴散らすは噛みつくは振り回すはで大変な騒ぎ。

レスキューシェルターでもこれだけエナジリックな子は見たことがない、っていうぐらいのまさに超ド級のやんちゃ小僧であった訳で、

つまり、そう、盲導犬には最も向かないタイプ、という奴であったらしい。


(2009-01-01)NewYear with Butch119


そして結果として、そう、確かに、これでもか、というぐらいに苦労させられた。

(2009-01-01)NewYear with Butch020



がしかし、と俺は改めて言う。

そんなやんちゃ者だったからここまで愛せたのだ。
苦労をさせられればさせられる程に愛が募るもので、
この犬によって、ありとあらゆるものが破壊された結果、
物という物にはいっさい執着がなくなった。

(2009-01-01)NewYear with Butch107



と言う訳で、子犬の選び方?

決まってるだろ、一番気の合うやつにすること、それに限る。

こいつとだったらどんな苦労も厭わない、と思える者を選ぶことじゃないのかな。

ちなみに、俺がこいつを選んだ本当の理由は、その「視線」であったかもしれない。

物怖じもせずにじっと見つめるその目。

まるで瞳の奥まで突き刺さるようなその直線的な視線を見て、
こいつは気が強くてそして頭が良い。こいつとならきっとうまくやっていける筈だ、と思った訳だ。

ちなみにそう言えば、うちのかみさんと出会った時にもそんなことを思っていたような気もするのだが・・


(2009-01-01)NewYear with Butch048


と言う訳で、我が家の駄犬との付き合いもかれこれ5年半になる。

いまだに苦労は絶えないが、後悔などはこれっぽっちもない。


仕事から帰ってドアを開けたとたんに元気な顔を見ると、それだけでもう胸が一杯。神様に感謝を捧げたくなる。

と言う訳で、目的があって労働犬・使役犬を育てて商売をしよう、という気がないのであれば、
とりあえず、自分の目でしっかりと見てみて、そして気の合う犬、を選ぶ、
というのが最も妥当なのではないのかな、と思うのですがどうでしょうか。


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「ピクチャー・ブライド・ドッグ」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback

日本ではね、WEBで子犬を買ったら宅配便で配達されてくるらしいぜ、
と言ったところ、ドッグランの人々が絶句していた。

まるで・・ピクチャー・ブライドね。


「絶対犬種・ラブラドゥードゥルの登場」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback

このニューヨークという極限的なコスモポリタンな場所に置いて、
もっとも適した犬種は、と考えうる限り、やはりもう、ラブラドゥードゥル以上のものはありえないのではないか、と思う。




「ラブラドゥードゥルの悲劇」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback

と言う訳で、このラブラドゥードゥル。

やはり、始めて犬を飼う人にはまさしくこの犬種を勧めたい。
この犬種ならまず間違いがない、と言い切れる。

とそんな飼い主たちにも、いやあ、ラッキーだったね、と言うわけなのだが、

しかし、である。

それだけ完璧なラブラドゥードゥルだからと言って、
だったらもう躾けもなにもいらないのか、と言えば、当然のことながらそんなことはぜんぜんない。

犬である以上、最低限のしつけは絶対に必要。

それを間違っている人が多いのがまさにラブラドゥードゥルの悲劇なのである。


  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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