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ニューヨークは連日の大雨

Posted by 高見鈴虫 on 01.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
ニューヨークは連日の大雨である。

四月も終わりだというのに、冬の底冷えを残したまま、
熱帯雨林のスコールを思わせるような豪雨が、
一日中絶え間なく降り続いている。

春の嵐、というにはちょっと酷すぎる。
桜も咲く前に散り切ってしまう、
どころか枝ごと折れそうな風が吹き荒れている。

この冬に大雪、大吹雪、はいくらでもあったのだが、
この大雨、というのも本当にたちが悪い。

雨はなによりも可愛げがない。

大吹雪はいくらうんざりした、と言っても、
そう言いながらいそいそと喜び勇んで公園に向っては、
凄い凄い!くそったれだ、やーい!と実は大はしゃぎ。
降り積もった雪の中に飛び込んで、
一番乗り!わーい、なんてのを楽しんでいたのだ。

あの時はあの時でこの糞雨よりはましだったのだな、
と今になって思い出すこの情け容赦ない土砂降りの雨。
つくづく生きていることにうんざりしてくるような、
そんな冷たい雨なのである。

「一日中音楽が聴きながら公園を散歩するだけの仕事」

Posted by 高見鈴虫 on 02.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
ジャズベーシストのウィリー。
その道ではそれなりにキワモノ的な人気と尊敬を集めていながら、
やはりキワモノである以上、その道のその世界はまさに限られたもの。
かつてはニューヨークのジャズシーンを震撼させた天才少年も
四十を過ぎてもいまだ暮らしは成り行かず、

昔はあれだけ回りを取り巻いていた女たちや友人たちも、
夢の匂いのするおいしい話も、
いつの間にか掌の砂が落ちるように消え初めて、
そんなこんなでアルバイトを始めることになった。

一日中音楽が聴きながら公園を散歩するだけの仕事。

そんな夢のような仕事が舞い込んで来たのだ。


There's No Business Like Dog Sitter

Posted by 高見鈴虫 on 03.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
絶世、とまではいかないが、アマンダはそれなり綺麗である。

実は三十を過ぎているのだが、見た目には二十歳そこそこ。
痩せ型のちょっと神経質そうな顔立ちだが、
青い瞳とブロンドの長い髪に180センチに近い長身。
HOTと表現されるには十分過ぎる見事なプロポーションである。

そんなアマンダはドッグシッターである。

子供の頃からこのドッグランを見下ろすアパートで育った。

ルンバの響き

Posted by 高見鈴虫 on 04.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
最後の望みであった面接が終わった翌朝。
妙にすっきりとした気分で目が覚めた。

さあもうこれで思い残すものはなにもない。

そう思ったとたん、どこかからルンバの響きが聞こえて来た。
春なんだな、そう、ニューヨークも春なのだ。


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退職を目前に控えて、
ここのところずっと続けていた職探しとそして面接の練習。

己の履歴を募集要項に合わせていじくり回し、
無理な紐付け、つまりはこじつけをひねり出しては
常套句のコピペに職歴の改竄を重ねいく。

おぶじぇくてぃぶ
すとれんぐす
えくすぺりえんす
じょぶ・でぃすくりぷしょん
わあく・いすとりい
えくすぱてぃいず
さあてぃふぃけいしょん

当然のことながらこれは実に気の滅入る作業である。
自分の人生を嘘と虚栄と喧伝に塗り固めているような気もしてくる。
実はそれぞれの質問には模範解答がある。
そんな苦労をしなくてもWEB上のサンプルレジメから
適当な部分をコピペしてしまえば良いわけなのだが、
そんな模範解答の切り貼りを腐るほど見てきている担当者は、
そんな常套句はすべて読み飛ばしてしまう。
結果、履歴書は読まれぬまま捨てられる。

という訳で、募集要項にもう一度目を通す。
それをひとつひとつ読み砕き、キーワードを見つけては、
そのキーワードごとに己の経験との紐付け、つまりはでっち上げを組み上げて行く。

じょぶたいとる
じょぶかてごりい
じょぶでぃすくりぷしょん
りくわいあめんと
ぷれふぁあど・えくすぺりえんす
えどゅけいしょん
でぃざいあぁど・さらりい

果たしてといつも思う。

この仕事ではいったいなにをやらされることになるのだろう。
そんな仕事が俺にできるのであろうか。
そして果たして、
俺はそんな仕事が本当にやりたいのだろうか。

余計なことは考えるな、と友人は言う。
とりあえずは仕事を得ること、それが先決。
その他のことは仕事を得てから考えたほうが良い。



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職種に合わせて履歴書を書き換える過程で、
更なる面接に備えて質問と回答の台本を書きながら、
俺はいつのまにかその訳の判らない仕事の最適者に祭り上げられていく。


あなた自身について説明してください。
なぜこの職に興味をもちましたか?
あなたの強みと弱みを教えてください。
これまで困難な仕事をどのように乗り切りましたか?
仕事で好きなことと嫌いなことは?
あなたの将来のゴールは?
成功をどう定義しますか?


それはまるでけちな脚本家がでっち上げるキャラクター設定。

凡庸で当たり障りがなくしかしツボは抑えている。
明瞭且つ的確で実に抜け目なくも筋が通っている。

まさか、と笑う。

筋の通った人生だって!?

調子に乗ったお調子者からそんなよくできた話を聞かされるたびに、
苦笑いをしていた俺だ。
随分と簡単な人生もあったものだな。

人間は矛盾の生き物だ。
そんな人間のやることに筋など通るものか。
あるいは、
そんな簡単に筋など通されてなるものか。

Don't take personal と友人は言う。
これは面接というひとつのプロジェクトなのだ。
目的は希望の職を希望額以上でGETすること。
お前の本来の姿とはなにも関係のないことなんだ。



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長い下積みの末にようやく役のついた俳優が、
しかしその役柄は己の人生とはまったくかけ離れた、
強いて言えばもっとも嫌いなタイプを演じることになってしまった。

そして役作りから脚本まで、任されているのは役者当人なのだ。

自分の一番嫌いなタイプの人間になりきること。

それが今回のプロジェクトの俺の役回り。

それはまさに矛盾。
悲しくなるぐらいに滑稽な自己矛盾だ。

いまさら甘えたことは言うな、と友人は言う。
まずは役に成りきれ。余計なことはプロジェクトを終えた後に考えれば良いのだ。

それがここ数ヶ月の俺のやって来たことだ。
そしてプロジェクトはつつがなく終了した。
結果は完敗であった。

全てのとっかかりを失った俺は、
久しぶりにゆっくりと風呂に浸かり、そして一晩ぐっすりと寝た。




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目が覚めるとニューヨークは春だった。

どこかからともなく聞こえてくるルンバの響きに合わせて、
隣を歩く犬の歩調さえもが軽々と聞こえてくる。

春なんだな、と思った。もう春なのだ。

ぽっかりと穴の開いた心に風が吹き込むのが判った。
少し肌寒かったが、心地よかった。

ふと、バーゲン・ハンター、という言葉が心に浮かんだ。

周りの狂騒に巻き込まれて、いつのまにか無我夢中。

欲しくも無い必要もないものを買い漁っては、
幾ら安い、どれだけ得だ、とそれを振り回す。

果たして今回のこの面接狂騒。

安売りしていたのは実に俺自身の、その人生。

そして得ようとしていたものといえば、

ちょっとでも有利なポジション。

ちょっとでも高い給料。

ちょっとでもちょっとでもちょっとでも。

そして悪夢から目覚めたいま、それが果たして本当に欲しいもの、
必要なものであったのだろうか、と考えなおしてみたとたん、

なんだかすべてが馬鹿馬鹿しくなってしまった。



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二年前の転職を機に、俺はそれまでの漠然とした希望であった、
ちょっとまともでかなりまともな給料のもらえる大会社でのポジションを得た。

創業百年以上の歴史を誇る業界屈指の世界企業である。

伝統と格式。

入社した決定した際、家族へようこそ、と言われた。

もう心配することはない。この家族においてあなたは既に安泰なのだ。
なに不自由なく、なにを恐れることもなく、焦らずたゆまず、
心置きなく与えられた仕事に専念して欲しい。



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そんな入社時の挨拶に隠されていたものとは、
既存の権益を脅かされたくないがために、
外部の変化に対して本能的に排他的且つ攻撃的、
古き良きアメリカの伝統、つまりは前世紀型の巨大資本形態の権化。

とは言うものの、そんな悪夢のような会社に一歩足を踏み入れてみれば、
二十年三十年を勤め上げた社員たちが、
まるで午後の陽だまりの中で遥かいにしえの流行歌を口ずさんでいるような、
そんなまさに平和な、つまりは巨大客船の一等船室で紅茶を啜るような
そんな世界であった。

これまで、生き馬の目を抜くような業界で酷使され続けていた俺は、
ひとたび手に入ったもはしかしすべていつかは失われていくもの、という刹那的人生感を持っていたのだが、
しかしそんな陽だまり的な世界が当たり前のように広がっているこの巨大客船の中にあって、
これまで培って来た処世術の全てが、脆くも崩れ去っていくのを感じたものだ。

つまりは持てる者と持たざる者。

俺はこれまで、持たざる者たちの世界において持たざる者同士の過酷なカニバケツ的世界に生きていた訳だが、
しかしそんな中、既に持っていた者たちは、雲の上からそんなコップの中の断末魔を涼しい顔で傍観していたのだ。





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もう心配することはない。この家族においてあなたは既に安泰なのだ。

俺は生まれて初めて「安心」という言葉の意味を知った。

生まれて初めて、持てる者の側に身を置き、そこから世の中を見下ろすことができた。

そしてそこから見下ろす持たざる者たちの世界の断末魔が、なんともおぞましくもあさましく、
しかしその縮図はあまりにもあからさまで冷酷。思わず目を逸らしたくなり、
一度逸らしたが最後、二度と目を向けたくない世界だった。

つまり上から眺めた世界とはこうだ。

持たざる者がそれを持てないのは、最初から持たされることが許されていないからなのだ。
持てるものとはそれを既に持っていた者であってそれを自力で手に入れた者のことではない。
持たざる者は一生持たざる者であり、持てる者は既に持てる者。
ただそれだけの話。持てる者の願っている世界とはそういう世界なのだ。
持たざる者の血と汗に塗れた養分が管を通り幹に集められ、そして持てる者手に収まった時にはじめてそれは花となる。
持たざる者はその花ばかりを眩しがっては、また我武者羅に汗水を垂らして悪戯に養分を吸い取られて生きる。

持てる者はより富み、持たざる者は一生持たざる者。

それを世の中の摂理という、と、持てるものは当然のように考えていた。



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改めて、なぜそんな絶対安泰な巨船が沈没を余儀なくされたのかを語る気はない。
そもそもこの動きの激しい世の中にあり、
そんな大時代的な貴族趣味がまかり通る筈のないことは誰の目にも明らかであった筈だ。
保守的な大所帯であるということはつまりは、何もかもが後ろ手に周り、
結果、もっとも安全パイを引くつもりが、貧乏くじばかりを引かされる結果となり、
伝統と格式にこだわり続けていたこの大時代的巨船は、
俺が乗船を許された時には既に沈み始めていたのだ。

つまりはやはり、悲しいことではあるが、持たざる者の世界で生きて来た俺の常識こそが
この現代の状況により則していたということなのだろう。



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午後の陽だまりの中で遥かいにしえの流行歌が流れていた一等船室の窓から、
突如白いカーテンを翻らせて、いっせいに突風が吹き込んできた。

テーブルクロスが宙を舞い、テーブルが傾き、床に落ちた皿が砕け散った。

慌てて救命胴衣を探し始める下級船員たちに、なあに、大丈夫、と葉巻を燻らす人々。

こんなことはいままでにもあったんだ。そして私たちはいつも生き抜いて来た。心配するな。大丈夫だ。

一見して、やはり持てる者は違うな、と関心したこの優雅さも、

蓋を開けてみればこうだ。

つまり

午後の陽だまりの中、時代遅れの流行歌に浸って過ごしてきた人々は、

黒雲の到来どころか、嵐そのものがなにを意味するかさえもすっかりと忘れてしまっていた。

そんな人々には、暴風雨の中を押し寄せる波間を泳ぎ渡る力などはなからないことは自身でも判りきっていた。

つまりそんな人々ができる唯一のことはと言えば、それが起こらないことを信じて待ち続けること、

つまりは追われるダチョウが穴の中に頭を突っ込んでいるのと同じ状態であったわけだ。



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そんな人々の中にあって、俺は常々、いやそんな筈はない、とは思っていた。

これまでの人生、俺はたびたびそんな目に会ってきた。

そしていつも、最初に出遅れた奴がすべての損を背負い込むのだ。

まずは救命胴衣をゲットすること。そして、海に飛び込む頃合を計り続けることだ。

がしかし、この持てる人々的な世界にあっては、もしかしたらそんな夢のような魔法が起こるのかもしれない、

俺はそんな周囲の人々の余裕の本質に気づかないまま、そんな魔法を待ち望んでいたのかもしれない。



「すべてを正直に語る男」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
金曜日の夜、また例によってブルックリンに行くことになったのだが、
34ST~HERALD SQで乗り換えたDラインがいつになく混みあっていた。

朝のクイーンズにおける脱線事故の影響だろう。
NもRもFもMもまともに走っていないらしい。

あみだくじのように地下鉄を乗り継いでは、
ブルックリンへの帰路を目指す人々でどの列車もすし詰め状態である。

一番空いているであろう最後尾の車両で電車を待っていたのだが、
ようやく乗り込んだ後ろから、こともあろうにベビーカーを押した夫婦が乗り込んで来て、
車内はまさに大混雑。

あらためてこのDラインである。

通常ブルックリンと言えば「黒人」を連想するのだろうが、
いやいや、ブルックリンこそはまさに人種の坩堝。

コニーアイランド地域には巨大なロシア人コミュニテーがあるし、
その近辺には古き良きイタリア人移民たちの街もある。
近年は中国系の人々が大挙としてDライン沿線に雪崩れ込んで来ているらしく、
耳障りな中国語の大声もそこかしこで聞こえて来る。

という訳でこのすし詰めのDライン。

終点近くで降りる予定の俺は、よいしょよいしょと人混みを掻き分けて
真ん中近くに場所をキープした訳だが、そのような人の中に一風変わった表情をした者があった。

小太りの少年。
年齢は判らない。人種も定かではない。
近頃ようやく春めいてきた陽気だというのに、冬用のスキージャケットを着ている。
この少年、見たところダウン症であるらしい。
重く垂れ下がった瞼と口元からはみ出した舌がそれ特有の顔つきをしている。

このダウン症の少年。
普段から通い慣れているであろうこのDラインが、ことの外の大混雑に見舞われている理由が、
どうも判然としないらしい。

手すりにしがみつきながら、いったいなんなんだよ、この人達は、と、大きな声で呟きを繰り返している。

がそんなダウン症の少年。

気立ては良いようで、ベビーカーでむずがる赤ん坊をちょくちょくと覗きこんでは、いないいないばあ、をしたり、
電車の揺れに覚束なく身体を揺らす夫婦に、大丈夫ですよ、次の駅でかなり空くはずですからね、とおせっかいな助言も忘れない。

地下鉄がWEST 4th WASHINGTON SQに停まり、どどどどっと人が降りた分、
再びどどどどっとまた新たな人々が乗り込んで来る。

とそのダウン症の少年、
乗る人と降りる人でごった返す中を、出口の脇に空いた一席を目指して猛ダッシュ。
その恥も外聞もない強引さに、なんだよこいつ、以外にあざといところがあるな、と思っていたところ、
一瞬の隙で、その空いた一席は、派手ななりをした若い娘に取られてしまった。

へへ、といまにも舌を出しそうな若い娘。
まさにラッキー、してやったり、と言った表情で、座ったとたんにしめしめと手元のIPHONEをいじり始める。

としたところ、いきなりそんな女の頭の上から、バカヤロウ、という怒声が響き渡った。

なにするんだよ、それはあんたの席じゃない!


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桜の木の下には

Posted by 高見鈴虫 on 07.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
ここセントラルパークでも、ようやく桜が満開である。

バタ臭い八重桜ではあるのだが、それでも十分にありがたい、
実に見事な咲きっぷりである。


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果たして、

この桜の樹の下には屍体が埋まっている、としたら、

と考えるに、あのでぶでぶと太ったアメリカ人の死体、その養分たるや相当なものだろう。

そういう訳でここセントラルパークの桜もこれほど見事な咲きっぷりを誇っているという訳か。


がしかし、もしも桜の樹の下に、本当に死体でも埋まっていようものなら、

犬が穿り返して大変なことになっただろうに、と思ってもいるのだが。。。



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この季節になるたびに、
桜の木の下には、とついつい思ってしまう。

確かにそれも頷けるような、そんな見事な咲きっぷりである。

桜の木の下に死体が埋まっているだって!?

机上ではいくら考えても判らないであろうその理屈が、
こうして妖しいほどに咲き乱れる桜並木を前にすると、
実にすんなりと理解できてしまう。

この判った、ということこそが、人生を生きる最大の喜び、とも思う。


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そんな桜に対する想いは、どうも能に起源を発する、
日本人として由緒正しき感慨であるらしい。

美しく咲き乱れる桜と、その下に埋まっている死体。

この生と死の共存と逆説を、ユダヤ人の人々にいったいどうやって説明すれば良いのか、

途方にくれてしまったりもするのだが。。。

という訳で、桜の木である。悩ましい限りである。


そして最後の自宅勤務

Posted by 高見鈴虫 on 07.2014 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
この週末、古くからの友人が訪ねてくることになっていて、
それまでにペンキが剥げてお化け屋敷のようになっていた浴室の壁を塗り替えてくれるように頼んでいたのだが、
ああまたこんどまたこんどと先延ばしにされた末に、実際にペンキ屋がやってきたのはこんなに差し迫ってから。

そんな事情から急遽ボスにお願いして、また自宅勤務とさせて貰った訳だ。


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という訳でまたまた自宅勤務である。

朝に散歩に出かけ、朝露に濡れたリバーサイドパークを一周。
朝食を取りながらメールのチェックをして、新聞を読みながら朝の定例会議を聞く。
そうこうするうちにペンキ屋がやってきて、
ルンバのリズムに合わせて、催促されていたレポートの下書きをちゃちゃっと仕上げる。
そうこうするうちに昼。
再び散歩に出てドッグラン。
春の日差しに当てられるなか、これでもかと集まった犬達がドッグラン中を飛び跳ねている。
そんな昼のドッグランに飼い主の姿はほとんどない。
犬のほとんどがドッグ・ウォかーに連れられている。
一時間20ドルなり30ドルなりを払って昼に散歩に出してもらっている幸せな犬達だ。
そんな顔見知りのドッグ・ウォーカーたちと挨拶をしながら、
調子はどうだい?こんど俺も失業することになったから仕事があったら回してくれよ、
なんて軽口を交わせながら、ひだまりの中で走り回る犬達にせがまれてはボールを投げる。


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そうこうするうちに午後。
電話会議を聴きながらカップラーメンを啜り、朝に届いたメールの返信を書いているうちに3時過ぎ。
カップラーメンのMSGのせいか、ちょっと眠くなってきたところ、ひょっこりと顔をだしたペンキ屋。

終わったよ。チップはけっこう。このあいだ奥さんに渡されているからね。では。

なんてダンディーな奴だ。

という訳で4時を過ぎてやることがなくなった。
どうせあと半月で辞める会社だ。そもそもそんなに深刻な案件を任されている訳もない。


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5時を待たずに再び散歩。

普段と一時間違うだけでドッグランの顔ぶれもまったく違う。

いい加減ボール遊びにも飽きたころ、夕暮れに近づいたリバーサイドパークの川沿いをそぞろ歩き。

ボートベイジンを見下ろすオープンカフェを突っ切って遊歩道の芝生を上がって下がって、
ハドソン川を見下ろす丘の上の戦勝記念碑のモニュメントで一休み。

一日中、ペンキ屋の物音に耳を澄ませていたのだろう、お昼寝不足なのか犬も眠そうだ。

そして帰り着いた我が家。かみさんはまだ帰っていない。

こうして自宅勤務の一日が終わった。



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この仕事を辞めたら、こうして犬の散歩に出てやることも早々とできなくなるな。

そう言えば昨日からブラッド・メルドーがヴィレッジバンガードでやっているな。
全日完売ということだが、犬の散歩も十分だろう。ちょっとダメ元で行ってみようか、とも思っている。

ああ、と改めて溜息をつく。

仕事そのものの面白さは差し置いて、この暮らし、本当に良かったな。

さらばミアキャットの島。

そんな幸せな毒に足腰を溶かされないうちに、そうそうと現実社会に戻っておいたほうが良さそうだ。


Brad Mehldau Trio in Village Vanguard

Posted by 高見鈴虫 on 08.2014 音楽ねた   0 comments   0 trackback
久々に本物のJAZZを観た。

Brad Mehldau Trio in Village Vanguard


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Village Vanguard に来るのは実に久しぶりだ。

NYCに来たばかりの頃に、ここでELVIN JONESを観た覚えがあるのだが、
それ以来。

Brad MehldauはJoshua Redmanとつるんだ奴を何度か観たが、
TRIOで観るのは始めて。

という訳で、このBrad Mehldau Trio

予定された火曜日から日曜日までの席はすべて売り切れ。

まさかこんな地味線のキワモノ系ピアニストがそれほど人気があるわけがない、
とは思っていたのだが甘かった。

改めて、今や観光客の土産物がわりになってしまったニューヨークのJAZZ。
わざわざ金を払うに値すると思えるのはJOSHUA REDMANとBRIAN BRADEぐらいのもの。
なによりここはNYCだ。
JAZZぐらいその辺のフリーコンサートでいくらでも観れるとたかをくくっている訳なのだが、
いざ、となると、どういう訳かやはりチケットが取れないことに唖然とする。

一体全体この時代、JAZZなんてものに誰がそれほど興味を示すのだろう。




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チャーリーホースは真夜中に疾る そのにじゅういち チャーリーホース再来

Posted by 高見鈴虫 on 08.2014 チャーリーホースは真夜中に疾る   0 comments   0 trackback
ようやく長い冬を乗り切ったのは良いのだが、
風が緩み始めてやっと日々の犬の散歩が楽になってきた、
と思った途端にまた性懲りもなくまた腰が痛くなり始め、
そして足が攣り始めた。


ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのいち

Posted by 高見鈴虫 on 09.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
で、そう言えば、子供の頃はあまり「肉」を食べなかった気がする。


ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのに

Posted by 高見鈴虫 on 10.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記

今更ながら、ガキの頃、なぜあれほど肉が喰いたかったのか、
それにも関わらずなぜあれほどまでに肉が食べれなかったのか、
という理由が見当たらない。


ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのさん

Posted by 高見鈴虫 on 11.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
青春期、つまりは高校の途中から二十代の半ばにかけて、俺は徹底的に飯が食えなかった。

なぜかと言えば、俺がROCKERであったからだ。


ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのよん

Posted by 高見鈴虫 on 12.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
という訳で、ROCKERであった俺達。
その志がどうあれ、現実的には俺達はまさにホームレスとどっこい、
あるいはそれ以下だった。


ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのご

Posted by 高見鈴虫 on 13.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記

何度かの飢え死にの危機をさ迷ううちに、
なんと仲間内でもっとも身分のしっかりしていた美大生のミツル。
そのミツルの故郷のお袋が、なんとなんと炊飯器を送ってきたのである。
炊飯器!
それはまさに、ゴミを食って生きていた俺達ROCKERのライフサイクルに、
まさに劇的な変化をもたらした。


摩天楼下の懲りない面々 ~ 離婚の功罪

Posted by 高見鈴虫 on 14.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
どもども。

なんか俺も完全燃え尽き状態で、頭がぼーっとしております。

風邪とか引いてないですか?
ニューヨークでがんばりすぎて、熱でも出しているじゃないか、とちょっと心配しておりました。

で、例の話、


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Hey No way day....

Posted by 高見鈴虫 on 16.2014 嘗て知った結末   0 comments   0 trackback
朝から雨。

友は行ってしまった。
また手の届かないところへ。

そして俺はまた途方に暮れている。

云十年前のあの朝に歌っていた曲が蘇ってきた。

塀の上で~はちみつぱい

云十年前もまったくこんな感じだったが、
まさか同じ思いをまたさせられることになるとは思っても見なかった。

そして今日も雨か。まったく出来過ぎてるな。

さらば魂の友よ

ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのろく

Posted by 高見鈴虫 on 17.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
がしかし、そんな俺たちがなにもキャベツが好きで好きで溜まらずにキャベツばかりをかじっていたわけではまったくない。

俺達がまさに夢に見るほどに切望していたのは、まさに肉。
キャベツの山の中に、たった一切れでも良い、その肉の欠片であった。

そんなまさに東京という街の底辺をうろいていた俺達にとって、もっとも身近な肉と言えばまさに吉野家。

つまりは牛丼であった。


ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのなな

Posted by 高見鈴虫 on 18.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記


という訳で、たまにたまに金が入った時には、
これまで借金の清算を済ませるべき、とは判っていながら、
それを始めるとすぐになくなってしまうのは判っているし、
あるいは多少の金が残ったとしても、
それもどうせ俺よりも貧乏な奴らにたかられて一瞬のうちに掻き消えてしまうのは眼に見えている。

宵越しの金は残さないではないが、あぶく銭はさっさと使ってしまうに限る。
という訳で、たまにたまにまとまった金が入った時には、まずは「肉」であった。

そして「肉」と言えば吉野家の牛丼である。

ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのはち

Posted by 高見鈴虫 on 19.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記

牛丼ばかりをありがたがりながら、日々の暮らしといえば相変わらず食うや食わず。
たまに金が入っても、金を貰ったそばから借金の清算に一瞬のうちに掻き消えてしまう。
頼む、頼むから千円だけでも、と頼み込んで、
その金でようやく牛丼にありつける、とまあそんな暮らしであった訳だが、
そんな暮らしの中でも、たまに、ごくたまに、
人に知られぬところでいきなりまとまった金が入ってしまうことがあったりもする。

ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのはち

Posted by 高見鈴虫 on 20.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
と言う訳で「トンカツ」である。

四谷駅前のトンカツ三金の蜆の味噌汁も魅力だったが、
いや、こういうときにこそ、日頃の恨みを晴らさなくてはいけない。



ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのきゅう

Posted by 高見鈴虫 on 21.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
そのバイトはまさに俺にはうってつけだった。


ROCKを葬り去る前に 番外編 ~ 「肉の思い出」~そのじゅう

Posted by 高見鈴虫 on 21.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
ちゅうわけでいきなり吉野家の牛丼どころか、「トンカツ」どころか、
フォルクスのビフテキだって好きな時に食べれるようになった。

ROCKを葬り去る前に 番外編 「肉の思い出~インド」

Posted by 高見鈴虫 on 22.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記

その後、俺はアジアへ旅立った。
所持金は20万弱だったと思う。
その金額だけでも俺にとってはまさに一世一代の大冒険だった訳だが、
実際に日本を出てアジアの地を踏んだ途端、その物価の安さに思わず、おおお、と万歳をしそうになった。

そしてインドである。



ROCKを葬り去る前に 番外編 「肉の思い出~そして肉天国アメリカへ」

Posted by 高見鈴虫 on 22.2014 ROCKを葬り去る前に ~ 大人のダイエット奮戦記
その後、アメリカに来てから、食うや食わずの貧乏暮らし、とは言いながら、
実は最初の3ヶ月はまさに肉ばかり食べていた。
このアメリカでの苦労をすべてその肉で倍返しだ、という訳だ。


風に吹かれる提灯気分

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
ととと、という訳で失業である。

今日ジャーマネと話し、正式にレイオフを通達された。

これまで、仕事を辞めたことはあるが、レイオフされるのは始めてである。

さすが米系だ。

米系と言えばすぐに思いつくのが「レイオフ」なわけだが、
いきなりそれを本ちゃんで食らうとは思ってもみなかった訳で、
まさに出来すぎという感じ。

噂には聞いたが、いやあ米系、なかなかやってくれるじゃねえか、
とまさにそんな感じで、文句を言うどころか思わず関心してしまった。


という訳で離職手続きである。

保険の移行から始まって、なかなかとやることが多い。

まあなにごとも新しい経験という奴なのだが、
いやはや、である。







BETWEEN JOB その心得 そのいち 節操を無くせ

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
という訳で、

失業先輩から、「失業の心得」についてご伝授仕っている。

いまは無く子も黙る超一流企業の女SEである某女史も、
この会社に入る前まで1年あまりのBJ 
つまり、Blow Job じゃない、Between Job の期間があったそうである。


BETWEEN JOB その心得 そのに ヒゲを剃れ

Posted by 高見鈴虫 on 23.2014 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
いいか、失業したらまずは髪を切るんだ。

思い切り短くしろ。で、次に髪を切る時までには仕事を見つけるぞ、って肝に命じる訳さ。

でな、失業したら、毎朝必ずヒゲを剃れ。


失業ハイパー ~ パピヨン魂

Posted by 高見鈴虫 on 25.2014 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
ぶっちゃけのぶっちゃけの話なのだが、

この、いま俺をレイオフにしようとしている会社、

これに拾われるまで、俺の給料がどれだけ低いか、
ということにさえにも気づかなかった訳なのだが、
そしてひょんなことからこの会社に拾われた途端、
いきなり給料が倍になった。

この会社は自他共認める一流企業である。
ニューヨーク中、どこに行っても誰の目にもその社名が目に飛び込んでくる。
そんな会社で人並み以上、の給料を貰う、という立場になって早二年。

世の中を上から見下ろす余裕とやらが身についてきて、
なあに、それが普通でしょ、俺なんかまだまだですよ、おっほっほ、
なんて言葉が自然と出るようになった

と思った途端にレイオフ、となった訳で、
いきなりの奈落の底。

まあいい面の皮といったらこれほどの面の皮もないぐらいの、
自分でも思わず大笑いしてしまうぐらいに見事なUP-DOWNであった。


失業ハイパー

Posted by 高見鈴虫 on 29.2014 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
どうでもいいことなのだが、
いざ離職を前にしてまるで罰当たりなぐらいにごぎげんなのである。

なにはともあれルーティーンから開放される、というのはいいことだ。

レイオフを通達されてからというもの、心に風が吹き込むようなそんな思い切りの爽快感に包まれている。

これまでなんどかそんな爽快感を感じて来たりもしたものだが、
いやあなんどやってもこれは気持ちの良いものだ。

そう言えば大学を出て新卒で入った会社は3ヶ月で辞めたんだよな。

どうせ辞めるなら、と社長の腹に蹴りをぶち込んだ後、その頭の上から痰唾を吐きかけ、
騒然とする社員を尻目に会社で一番行けていたEカップのバイリンギャルに顎をしゃくってそのままホテルに直行。

朝までこれでもかとヒーヒー言わせた後に転がり出た10時過ぎの新宿副都心。

黄色い太陽に顔をしかめながら、スーツのジャケットを肩に引っ掛けて、
しわくちゃになったワイシャツの胸をこれでもかと広げては、
肩で風切るってのはまさにこれのことだな、と見上げた超高層ビル街区。

ああ、もうカタギはコリゴリだ、と咥えたタバコを噛みながら、

またインドにでも行ってくるかな、と思ったとたんに思わず、ゲラゲラと笑い出してしまったのだ。

その後のすったもんだ人生はまさにそこから始まった訳なのだがな・・

そしてあれから云十年、

改めて見上げるニューヨーク。副都心どころかまさにホンマものの摩天楼の渓谷。

春の風に心のタガが緩んだのか、思わず、んだこの野郎、と
気に入らない上司の後ろ頭に回し蹴りでもくれてやりたいぐらいなほどに、
まさに罰当たりなパワーがみなぎって来てしまっている。

あーあ、やめたやめた、冗談はこれまでだぜ、カタギはもううんざりだ、と忘れていたセリフをもう一度繰り返して、

またバンドマンに戻るか、などとまた性懲りもないことを思ったりもして、思わず声にだして笑ってしまった。

ちゅうわけで、まあ振り出しに戻ったというか、まあ元の鞘に収まったってことなのか。

6ディジットの一流会社のリーマンが聞いて呆れるぜ。

所詮俺はチンピラ・バンドマン。
どんな服を着ていようがなにをしようがいくら稼ごうが、それ以上でも以下でもねえってさ。

さあ明日はなにをしよう、と、辞めたはずのタバコを咥えたら、もう後ろは振り返らねえ。

という訳で、よおやくまたチンピラ風情にもどってこれたことが、実はそれが一番嬉しかったりもするわけだ。

ちょっとばかしは退職金も出たことだし、しばらくブラブラしながら資格勉強でもして、
次にカタギに戻る時にはせめて愛想笑いをしなくてもいい立場にありたいものだな、と心の底から思っている。


  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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