Loading…

トニー・ヤン

Posted by 高見鈴虫 on 01.2015 ニューヨーク徒然
トニー・ヤンは中国生まれ米国育ちのチャイニーズ系アメリカ人であった。

学生時代バスケットで鍛えた身体と強気な態度は典型的なJOCKタイプで、
システム屋にありがちなゲーマ的な虚弱体質のみじんこ野郎どもばかりの中にあって、
俺的には珍しくも好感の持てるタイプであった。

その頑強な体つきと、物怖じをしない屈強な態度。
まさにアメリカのナイスボーイの中国人版。
時としてそのあまりに強気な態度が生意気、と誤解されることも多かったが、
傍から見れば、まさにアメリカの美意識を絵に書いたようなそんな爽やかな青年であった。

がしかし、そんなトニーにもしかしやはり屈折があった。



桜の園

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
暑い。
ニューヨークはまさに真夏日である。

梅雨のないニューヨークでは、
桜が散ったとたんにいきなり真夏日が到来するわけで、

ついこの間まで氷点下10度、
世界中が雪と氷でカチンコチンになっていた筈が、
ふと気がつけば色彩の乱舞。
緑の草原に花々が狂ったように咲き乱れている
という訳で、
この変り身の早さというか、そのあっけなさというか、
毎年のことながらここニューヨーク、なかなかやってくれる訳である。

ちゅうわけでなんだ、

信じられないことに失業生活も早一年。
資格試験に合格したのは良いのだが、
ほうほうとしているうちに
退職金どころか失業保険でさえも打ち切りが間近。

そろそろ本気で仕事を探すか、
あるいはドッグウォーカーにでもなるか、
ほんちゃんで選択が迫られている訳である。

ちゅうわけでブーくん、
君とこうして日がな一日べたべたとして過ごせる日々も
もうそろそろおしまいにしなくてはならないのだよ。

そう思えば、やけに花の色が目に染みる5月なのである。


(2015-05-11)_295.jpg


ジャパン・デイ ~ かっぱえびせんとサッポロ一番

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
週末にセントラルパークで「ジャパン・デー」ってな催しがあって、
春の陽射しの中、やれ和太鼓だ盆踊りだAKB48だってな
まあ毎年毎年相も変わらずさっぱり訳の判らないイベントな訳だが、
知人の何人かがボランディアに駆り出されている関係で、
犬の散歩ついでにご挨拶に顔を出して来た訳だ。


最近観てるテレビ番組をご紹介

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 ニューヨーク徒然
実はあのあべちゃんの議会演説の衝撃から日本に対する興味が徹底的になくなってしまって、
日本語のニュースもまったく見なくなってしまった。

という訳で、なにをしてるのか、と言うと、テレビを観ている。

うちは日本語放送、つまりは、TV-JAPAN も入れていないので、
我が家のテレビは必然的に英語しか喋らない。

それに加えて、かの9-11からの情報統制以来、
ニュースは嘘しか言わない、という先入観がついてしまった関係か、

うちのテレビに映るのはもう徹底して野山関係、あるいは、テニスばかりである。

ほうほう、失業者、優雅でいいねえ、一日中テレビばっかり観てる訳か、というとそうでもなく、
まあ日中は一応、まるで会社に向かうようにせっせと図書館に通ってお勉強を続けている訳で、
そんな間にDVRに撮りためた番組を、犬の散歩の終わった後にがーっと、まとめて見る、というのが楽しみな訳だ。

ちゅうわけで、DVRの録画予約しているシリーズをばご紹介


BOLLYWOOD 最近見始めたインド映画のお薦めをいくつか

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 読書・映画ねた
最近なぜか、BOLLYWOODの映画にはまっていて、
かの KING KHAN こと、Shah Rukh Khan から、AAMIR KHANからと、
訳もわからないままに片っ端から観まくっている。

かと言って俺がBOLLYWOODについて膨大な知識を持っているか、
というとぜんぜんそんなことはなくて、
WEBでお薦めBOLLYWOODのリストをちゃちゃっと調べては、
次々にNETFLIXのリクエストにぶちこんでいるのだが、
観ても観ても尽きること無く湧き出すような泉のような、
まさに膨大な作品数を誇るこのインド映画、
一度嵌ったが最後そこはまさに迷宮なのである。


で、このインド映画、
なによりもまずは長い(笑

短くて2時間半。3時間超えは普通である。
で、その中にはまさに定番のように、ストーリーとはあまり関係のない歌と踊りが唐突に登場しては、
ついでにインターミッション、なんてのまでもあって、
いやはや、な訳だが、そう、それがまあインド映画なんだよね、はいはい。

大抵においてそのあまりのプリミティブさ、というか、ぶっちゃけ編集が甘すぎて間延びし過ぎであったりする訳だが、
そのキッチュさがまたまた魅力と言えなくもない。

ただそう、インド人は早口である。普通に喋っててもやたらと早口のインド人。
それが字幕たるや、もう訳がわからないぐらいにすさまじい字幕の量になる訳で、
読んでいるだけでも疲れてくるのだが、
いやいや、これはこれで英語の速読がかなり鍛えられる、はずないな(笑



ちゅうわけで、星の数ほどあるインド映画、
まあその中でもいちおう普通に見れるレベルで面白かったのをいくつかご紹介。




なぜかヤギしかいないBBの夜

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 音楽ねた
犬の散歩をしながら、交差点のカーステから
妙に古めかしいブルースが聴こえてくる。

なんでいきなしこんなブルースなんて音楽を皆が聴き始めたのか、
と思っていたら、そっか、BBが死んだのか。

ブルースは嫌いな訳じゃないが最近はもうわざわざ聴かないなあ。

ロバジョンはたまに無性に聴きたくなるのだが、
BBやらマディ・ウォーターズから、昔あれほど聴きまくっていたブルースが、
最近になってますます遠ざかるばかりであるなあ、とはつねづね思っていた。








寿司屋のカウンターという場所

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
雨の土曜日、近所の寿司屋にランチを食べに出たら、
あいにく満席とのことで代わりにカウンターに座らされた。

カウンターに座ってランチ定食でも良い訳?
と俄にちょっと高級モードのカウンターランチ。
なんともちょっと特をした気分。

思ってみれば、寿司屋のカウンターに座るのは、
あのバブルの頃の接待飯以来、つまりは云十年ぶりであったか無かったか。

カウンターに並ぶ寿司ネタ越しに、
ずらりと並んだ板前さんたちの手さばきを見るとも無く眺めながら、
思わず、おおお、この人達、仕事やってんなあ、と思っていた。

海の向こうでプロレスが始まる

Posted by 高見鈴虫 on 18.2015 ニューヨーク徒然
近頃、ニューヨーカーの日系社会の人々の中にも
得意気に、あるいは、熱病にあてられたように、
「対中強硬論」なんてものを訴える輩が増えたな。

ニューヨークというこんな世界中の人々がひしめき合う
世界人種のサラダボールのような街に暮らしながら、
しかも、それなりに歳を経て来て、しかるべき分別のあって良さそうな人々がである。

つまりいい加減に爺になって、
もう自身が戦争に巻き込まれることがない、ことを前提にして、
海の向こうの危機的状況を悪戯に憂れているだけ、
ということなのだろうが、
本来ならば、血気に疾る若者たちを抑える立場にある人々さえもが、
猿のように顔を赤くしては、中国、もう許せん、とかなんとか、
まったく現実味の欠片もない強硬論を熱く語っていたりする訳だ。

改めて、おいおいおい、とまったく苦笑いである。










宮大工の時代の終焉

Posted by 高見鈴虫 on 20.2015 技術系
なんか最近、よく思うことは、
あいも変わらず「時代の変化」な訳だが、
そんな決まり文句というか、耳にタコどころか耳たぶがカリフラワーになりそうなぐらいに聞かされるこの言葉、

がしかし、その言葉の意味することが、次から次へと現実化している訳で、

つまりは、この大量失業やら、新しい技術力やら、ビッグブラザーやら、まあそういう様々なことが、

ついさっきまで夢物語の戯言のように思われていたそんなことが、
いまや怒涛のように俺たちの現実を押し流そうとしている、という訳なのだ。





NAKED AND AFRAID な職探し

Posted by 高見鈴虫 on 20.2015 とかいぐらし


仕事を探し始めた頃、
ああでもないこうでもない、とより好みしては思い悩んでばかりいた時に、
まるで生娘の女子高生になったような気分にさせられた。

その後、
まるで堰を切ったようにかかってくる人材派遣屋の電話に翻弄されながら、
あれもこれも、なんでもいいからアプライして、と言っている時、
まるでおつんでイケイケの実はやりまんお姉さんのような気分にさせられた。

そして、
いつの間にかそんな人派遣屋からの電話もすっかりと鳴りを潜め、
仕方なしにONLINEの求人サイトに自身のレジメをUPLOADしながら、
まるで下着から肌からがすっけすけの透明状態。
売れない娼婦がヤケクソになってこれみよがしに肌を晒しているような、
そんな気分にさせられた。

そんな訳で俺はすでに丸裸である。





恐ろしく晴れ渡った5月のニューヨーク

Posted by 高見鈴虫 on 21.2015 とかいぐらし
この恐ろしく晴れ渡った5月のニューヨーク、
朝も早くから面接である。
大企業のエグゼクティブたちを相手に、
駄目で元々とばかりに、
今後のビジネス戦略のぉ、俺の資格の経験のぉ~と、
歯の浮くような演説をぶち上げながら、
はいはい判った判った、あんたが割りと面白い人だってのはよーく判った。
んで、今日明日ではないが、それなりのポジションがあったらまた連絡するよ、
と追い払われて昼近く。

ああ、もうそろそろこの失業ぐらしもいい加減終わりにしなくてはな、
だったらどうやって終わらせるのか、具体的な手段は、選択肢はなにか、
と思えば思うほどに沈み込みながら、うーん、この5月の陽射しがまぶしすぎる。

とうつむきがちに歩いていたミッドタウンの雑踏の中に、ふと古い先輩の顔を見つけた。

おお、どうしてた?米系レイオフされたんだって?大変だな、で?なにやってんだよ。

とまあ、この一年、何度と無く話してきた自分史。

そう、こういう自分史をもう語りたくない、が為に俺は心の底から職を欲しているのである。

そっか、高給取りも色々大変だな、と皮肉まで言われながらも、

で、あれか、バンドはもうやってねえのか?
もったいねえなあ、あれだけのドラムだ。
あんなビート、世界中探したってお前しか叩けねえだろう。
ファンも多かったってのによ、無慈悲なことしやがるぜ。
でな、もしも、本当の本当に困ってんなら、
それこそ給料なんかいくらでもいいから、
ってなところまで追い込まれたら、俺のところに来い。
ヤクザな力仕事ぐらいなら、いくらでも回してやるからさ。

とまあ、相変わらず景気が良いんだか悪いんだかのお言葉を頂戴しながら、
やはりそのいなせな心遣い、なんだかんだいってとてもとても嬉しい。






犬の事情の、そのお値段

Posted by 高見鈴虫 on 22.2015 犬の事情
ちゅうわけで、失業保険もついに打ち止め。

そろそろまじめに仕事を初めなくてはいけない訳で、
このニワカ浪人暮らしもついに幕切れも近い。

確かに魅力的なポジションも幾つかあるにはあるが、
そのどれもが、やはり高度の技量を求められる訳で、
つまりぶっちゃけ、身を粉にして勤労に没頭することが必至とされる中、
ふと見ればソファーに寝転ぶ我がブッチである。

この一年、朝からセントラルパークで一時間二時間、
まさに夢の様に過ごしてきたこの犬との時間を
俺はついに諦めなくてはいけなくなってきている訳だ。

犬か、仕事か、なんていう選択は普通の社会人の間には存在しない。

つまり情け容赦ない競争社会の草も木もないジャングルの中で、
まさか、犬の事情、なんてものがどんな意味を持つと言うのか。





デビッド・レターマン・ショーが終わって、ニューヨーカーは安眠を失った

Posted by 高見鈴虫 on 22.2015 ニューヨーク徒然
デビッド・レターマン・ショーが終わった。

ニューヨークのアイコンがまたひとつ消えていった、という感じ。

思えばこのデビッド・レターマン・ショー、ニューヨークに来てからというもの、
なんだかんだで毎晩に近く観ていた。

TOP10リストを初め、
その毎度毎度のネタが大して面白いとも思えないのだが、
この大して面白くもないがつまらないわけでもなく腹も立たない、
という微妙なさじ加減が、まさにこの長寿番組の一番の魅力であったわけだ。

ああ、デビッド・レターマン終わった、さあ寝よ寝よ。

まさに、ニューヨーカーの睡眠導入剤がいままさに失われてしまった訳である。

そっか、デビッド・レターマン、もう居ないんだな。

そう思うと、寂しいどころか、ちょっと不安な気分にもなったりもする。

という訳で、そこまでニューヨーカーたちの生活に密接にリンクしていたこのデビッド・レターマン・ショー。

ああ、ニューヨークももう終わりか、などとちょっと不穏な気分になったりもしている。



笑顔のサムライ

Posted by 高見鈴虫 on 28.2015 ニューヨーク徒然
アメリカにやって来たばかりの移民の子どもたちが、
ESLのクラスに入って一番最初に学ぶことの中に、

歩き方、という項目があるそうだ。

アメリカ人のように歩くこと、それこそがアメリカ社会に順応する為の第一関門である。

言い得て妙なり、というよりもまさにその通り。

そう、
海外からやって来た人々が、自分自身ではまったく気がつかない、でいるにも関わらず、
傍から見ると、まさに一瞥、すぐにこいつはアメリカ社会に馴染んでいないな、と気づかれてしまうもの、
それこそがまさに、この歩き方、なのである。

ではそのアメリカ人の歩き方、というのがどういうものか、と改めて考えてみる。


NFL アメリカンフットボールこそがアメリカ人の「肝」なのである

Posted by 高見鈴虫 on 28.2015 ニューヨーク徒然
まあぶっちゃけ、
アメリカ人の、しかも白人の連中。

その中でも特に、世界的な広い視野も持つ機会のなかった田舎者の赤首、

つまりはあのバプティストたち、
ご都合主義的な独善性ばかりを叩きこまれてきた連中は、
ニガー、スピックは言うに及ばず、アジア人はすべて、グークな訳で、
世界を支配するダイナスティーであるアメリカ。
この帝国の威光を笠に着たつもりになって思い切りでかい態度でぶち当たってきたりもする。

がしかし、そんな田舎者のアホを相手に腹を立ててもしかたがない。


蛞蝓に塩 印度人に赤首

Posted by 高見鈴虫 on 28.2015 ニューヨーク徒然
先日ちょっとお話をさせていただく機会のあったマネージャーさんから、
ここだけの話、と声を潜めて、インド人の扱い方、について質問を受けた。

いやあ、実は困っててさ、だそうである。
インド人の方々、まあ有能であるのは判るんだけどね、それは判るんだが、
それが判れば判るほどに、ちょっとね・・・

という訳で、このインド人の扱い方。

それはなにも日本に限ったことではない。
ここアメリカでも、社会の隅々に浸透を始めたこのインド人という摩訶不思議な人々の扱いに
困り切っている人々が実に多い。

Riders on the Storm

Posted by 高見鈴虫 on 31.2015 今日の格言
ここ数日、夢の様な真夏日の続いたニューヨーク。
日曜の午後になって雷雲が立ち込めたかと思うと、
いきなり土砂降りの雨が降り始めた。

という訳で雨の日曜日の午後。
読むともなしにまたじじ臭くも歴史物の小説を読み散らしていると、
ふと思うと犬の姿が見えない。

近年になって雷を怖がるようになった犬。
いつの間にか窓から最も遠い、玄関のドアの前で身体を丸めている。
その珍しくも情けない様に思わず苦笑していると、
そろそろと近寄って来た犬が身体をすり寄せて来ては、
さかんにへらへらと照れ笑いをしては、浅い呼吸を繰り返している。

とそんな時、ちょっと気になる記述を見つけた。

通常人間は、空が晴れていることを前提として生きているらしく、
よって、
歴史上の大番狂わせ、
桶狭間の戦い、関ヶ原、鳥羽伏見の戦い、
ほとんどが雨の日に起こっていると言う。

織田信長はその勝負に雨の日を選んでいたようだ。
つまりは、劣勢の中で、雨を利用したのだろう。

雨を利用する男。まさに嵐の使者である。

そう言えば、ガキの頃は台風が来る度に海に向かっては、
轟く雷鳴と荒れ狂う海の姿をいつまでも恍惚として眺めていたものだ。
摩天楼の空に走る稲妻を見ながら、
いつまでも雷の好きな男であらねばな、と思ってみたりする。
  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム