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なでしこジャパンの活躍を素直に喜んでばかりはいられない、という・・

Posted by 高見鈴虫 on 02.2015 ニューヨーク徒然
FIFA W'S WORLDCUPの準決勝、
なでしこJAPANの活躍には思わず涙が滲んだ。

圧倒的な体力差をかさに来て攻めまくるイギリスチームに対し、
鉄壁の守備を固めながら、
後半になっていきなり岩渕の、
あのまさにメッシを彷彿とさせるような神業プレー。

途端にパニックに陥った英国チーム、
終了間際、重く伸し掛かる疲労感の中、
戻りきれないディフェンスの死に物狂いのクリアが
運悪くゴールポストを直撃し、
まさかのオウンゴールという形で決着がついた訳だが、
いやあ、面白い試合だった。

まさに、体力 VS 頭脳、
個人技 VS チームワーク
まさにこれ、日本人の美学そのものじゃねえか、と。

いやあ、なでしこ日本、やってくれるなあ。
思わず、涙がほろほろ。


ホワホワゆらゆら春樹ワールド

Posted by 高見鈴虫 on 03.2015 読書・映画ねた
どういうわけか、
かみさんの里帰りの間、ずっと村上春樹を読んでいる。

普段であれば、かみさんのいなくなったとたんにストーンズ。
あの荒々しくもハチャメチャな、まさに男の子的世界にどっぷりとなる筈が、
おいおい、いまさら男が一人寝をしながら村上春樹?

俺もヤキが回ったものだ、とは思いながら、
なかなかどうしてこれがとても気持ちが良い。

という訳で、改めてこの村上春樹。

まるでそう、平日の昼間からバスタブにお湯をためて、
窓から誰もいない中庭の芝生を見ている、
という気分であるのだが、
そのホワホワゆらゆらした春樹ワールド、
改めてこの気持ち良さとはいったいなんなのかね、
とうつらうつら思いを巡らせてみる。

人間、俯いているうちはまだいいんだよ

Posted by 高見鈴虫 on 09.2015 とかいぐらし
そうこうするうちにギリシャのデフォルト騒動だ、
中国株の暴落高騰だ、とまさにバブル爆発の前夜祭モード。

そんな中、信じられないことにいまだに職探しは大難航。

毎日毎日、山のように届く職安メールのひとつひとつをチェックしては、
そのポジションごとにレジメを書き換えてカバーレターをひねり出しては、
と日夜、身を粉にして職探しの日々なのだが、
しかし、結果は・・・・・ 無残な空振り続き。


すべての希望が潰え去った後にも

Posted by 高見鈴虫 on 10.2015 とかいぐらし
という訳で、
すべての希望が潰え去った後、
傷心の中にまんじりともせずに過ごした夜。

くそったれ、この努力が報われない社会、
とかなんとか、
思わず、胸の内をグーグって見たところ、
ふと転がりだしたこんな言葉。

子供が努力しないのは、努力が報われない社会だから。
子供が勝負しないのは、負けたら終わりの社会だから。
子供が信用しないのは、裏切るのが当然の社会だから。
子供が挑戦しないのは、夢を馬鹿にされる社会だから。
子供が成長しないのは、責任を押し付ける社会だから。

(無断転用ごめんなさい)

そう、まさにこれなんだろうな、と。










招かれざるお姉さん

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 犬の事情
夏の盛りを思わせる暑く長い一日の終わり。

夕暮れの風に誘われたリバーサイド・パーク。

ベンチの上に犬と並んで座って、そして夕日に染まったハドソン川を眺めながら、
さあて、これからどうするかな、と溜息をついていた。

とそんなとき、黄昏れる俺の横から鼻先を突き出して、
ねえ、お腹空いた、なんか頂戴、とおねだりを始める犬。

あのなあ、と思わず。
俺もいろいろ大変なんだよ。
これからまた職探し、そんで、またまた資格勉強を再開しなくちゃいけなくてさ。

とそんな俺の事情など知ったことじゃない風に、

ねえねえ、お腹空いた、なんか頂戴、と問答無用に顔を舐め始める。

まったくなあ、本当にお前はお前の事情だけで生きているんだよな、
まあそれは俺も同じことだけどさ。

という訳で、満面の笑みを浮かべたおねだり顔の犬と向き合えば、
ひょいと両肩に乗せられた手と、そして突き合わせる鼻と鼻。

ねえ、なんか頂戴、とペロリとその鼻先を舐めて、
そのたびにまったくなあ、と苦笑いをする俺。

とそんなとき、通りかかったちょっとナードの入った若いお姉さん。

そんな俺達の横でうろうろとIPHONEを向けているかと思えば、

あの、すみません、と愛想笑いを浮かべて話しかけてくる。

アッパーウエストの招かれざる客たち

Posted by 高見鈴虫 on 12.2015 アメリカ爺時事
週末のドッグラン。
いつもながら、はしゃぎ回ったウィークエンド・ドッグたちで一杯か、と思えば、
ふと見れば、あれ、誰もいない。

おかしいな、だったら、ちょっとボール遊びでもするかな、と思って入り口に向かえば、
なんとその中から、ぞろぞろと犬を引き連れた飼い主たちが出てくるところ。

あれ、皆さん、どうしたの?と聞く俺たちの脇をそそくさと逃げるように去っていく人々。

とそんな中に知った顔を見つけて、たとたん、やばい、入るな入るな、ほら、と振り返るドッグランには、
なんと、見るからにゲットーからやって来た風の、金物ジャラジャラ系の黒人男たちと、
そして釘付の太い鎖を巻きつけた巨大なロットワイラーが二頭。


夏の太陽の下、なぜかペストが読みたくなったのだが。。

Posted by 高見鈴虫 on 13.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)

これ以上なく晴れ上がった夏の朝、
失業貴族の面目躍如とばかりに、
緑の芝生の上に脱いだシャツを広げて日光浴をしていると、
かげろうに揺れる丘の向こうから、
いつもの様にこれ以上なく暑苦しい格好をした
ヤスオさんがゆらりゆらりとやって来た。


犬を飼って、生まれて初めて幸せを知った

Posted by 高見鈴虫 on 14.2015 犬の事情
アッパーウエスト73丁目の3ベッドルームに住む辣腕弁護士のピーターさん。
一見して、弁護士、というよりはまさに、ヤクザそのもの、な訳だが、
そんなピーターさん、今日も今日とて、
ラブラドードゥルの子犬を連れてのお散歩である。

朝いちばん、会社に出かける前と、
そして、残業もそぞろに飛んで帰っては、
シワだらけの仕事用のワイシャツからネクタイを毟り取ると、
革靴はそのままに、ズボンだけは短パンに履き替えて、というスタイルで、
夕暮れの広がるリバーサイドパークへの階段を駆け降りてゆく。

そんなピーターさんは実に幸せそうである。

身体中からこれでもかというぐらいにまで、
現代社会の汚濁やら苦渋やらがどろどろと染みだして来そうなその風体からすると、
白い子犬を連れて走るピーターさんの姿は、
ちょっと見、グロテスクなぐらいに似合わないのではあるが、
だがしかし、
そんなピーターさんは、実に実に、幸せそうなのである。


リーゼントで職探し

Posted by 高見鈴虫 on 15.2015 とかいぐらし
朝の犬の散歩から帰った途端、また見知らぬ番号からの電話である。

通常、見知らぬ番号の電話は取らない。
VMに吹き込まれたメッセージを聞いてから、
かけ直すに値するかどうかを判断するようにしているからだ。

最初から最後まで一体なにを言ってるのかさっぱり判らないインド人のヘッドハンター、
あるいは詐欺まがいのキャッチセールス、
あるいは、生きた番号を探しているだけに過ぎない機械発信の自動応答であったり。

EMAIL上のSPAMメールではないが、やはり自由なコミュニケーションの場には悪徳の類も多い。

がしかし、その見知らぬ番号はエリアコードを見る限りニューヨーク・ローカル。
という訳で、もしかしたらどこぞの企業の採用担当者が直接コンタクトを取ってきたのか、
と甘い期待からえいやあ、と電話を取ってみた。

改めて矢沢永吉という人について想いを巡らせてみる

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 音楽ねた

ここに来て、失業生活のどツボの中にあって、
なぜかどうしても、矢沢永吉が聴きたくてたまらなくなる。

矢沢永吉。
その名前を聴くだけで、あの時代のことがまさに走馬灯のように蘇ってくる。
校内暴力、暴走族。
土曜の夜の湘南の、
憂国烈士バリバリ全開である。

少年犯罪の花盛りであったあの荒みきった時代においては、
まさにその主役たる元気の良い少年たちの中にあって、
この矢沢永吉という人は、ただたんにカリスマ、というだけでは収まらない、
まさに神格化される程の象徴として存在していたのだ。

あの時代から数十年、
正直に言って、この人の歌声を聴くのがちょっと辛すぎる、
と思っていたものなのだが、
これまで固く封印されてきたそんな過去の記憶が、
いまここに来てようやく解き放たれるかのように、
改めて一人のミュージシャンとして、
この矢沢永吉という人を見つめ直せるようになった、
という気もする。

という訳で、矢沢永吉である。

惜逝したジョニー大倉さん、
あるいは、ゆーやさんやらしょーけんやら、
その他の日本のロックの偉人たちとは、
しかし改めて歴然としたその存在の違い。

果たして、矢沢永吉は何故にここまでビッグに成り得たのか。

不良少年達のカリスマとしての看板だけが、矢沢永吉という人であったのだろうか。



ドリーム・パピー ~ 頭の良い子犬の見分け方

Posted by 高見鈴虫 on 16.2015 犬の事情
朝のセントラルパーク、
9時のオフリーシュ時間を過ぎて、
パークポリスの目の届かない秘密の草原に忍び込んでボール遊び。
空に向けて高々と投げあげたボールを、
全力疾走で追いかけては見事なダイレクト・キャッチを繰り広げるブッチに、
他の犬の飼い主たちも拍手喝采のヤンヤヤンヤ。

とそんな時、ふと背後に視線。
誰だ、俺にメンチを切っている奴は、と見わたせば、
ぬぬぬ、誰も居ない、
と思いきや、なんと俺の背後の、その足元に、
黒い瞳をくりくりと輝かせた子犬が一匹。

なんだよお前、と声をかければ、
じっと俺の瞳を見据えたまま、小首を傾げてみせる。

そのいちずなほどに直線的な視線。
まさに心の底を覗きこむような熱い熱い眼差し。

なんかお前、子犬のころのブッチにそっくりだぞ。



貧困は肥満度

Posted by 高見鈴虫 on 18.2015 ニューヨーク徒然
混んだ地下鉄の中、
閉まりかけたドアをこじ開けて乗り込んできた、
風船、というよりはゴミ袋をパンパンに膨らましたように
化け物クラスに太った黒人のおばはん。

ドアが閉まると同時に、
ちょっとどいてどいて、と中に割り込んできては、
やにわに声を張り上げて、

皆さん聞いてください!

みなさん、
私は哀れなホームレスです。
住む場所も食べる物もなく
疲れ果ててお腹が空いて死にそうです、

とかなんとか。


芥川SHOW! やってくれるなあ!

Posted by 高見鈴虫 on 20.2015 読書・映画ねた
なんかテレビに出てるゲーニン、
つまりは、世の「バカ」を代表するような「漫才芸人」なんてものが、
芥川賞を取った、ってなニュースを読んだ。

で、まあ、
その作品など読みもしないでただただ、賛美、
つまりそのストーリー性だけで、すごーい、と手を叩いているハープー、
あるいは、
自称文学通(痛 なんてのが、
そんなもの、文学でもなんでもねー、と、やたらとトサカを立ててる、

ってな図式な訳で、あれまあ、またまた、このあくたがわしょー、
まったく、相変わらずやなあ、な訳である。


あろうことかこの失業者

Posted by 高見鈴虫 on 22.2015 とかいぐらし
この失業者、
あろうことか陽に焼けている。

つまりは朝に起きてセントラルパークを犬のお散歩。

そのついでに午前中いっぱいを、
シャツを脱いで芝生に寝転んでは、
人材派遣サイトの求人広告をつらつらと眺めて過ごしているのがその理由。

おかげで全身が真っ黒。
まるでバケーションから帰って来たばかりのように、
あるいは、日がな一日釣りとテニスばかりやって暮らしているような、
まさに浮世離れした風情。

そこには失業者の悲壮感など欠片もない訳で、
確かに、こんな溌剌とした失業者、
雇う方にしても、いったいこやつは何者?
と首を傾げてしまうのも頷ける。

がしかし、その失業者が、その見かけほどに、
それほどお気楽にしているか、と言えばまったくそんなことはない。

連日の面接続き。

そのたびに、金に詰まった焦燥も苛立ちも、
すべて満面の笑みにひた隠しながら、
あることないこと自己喧伝を繰り返しては、
危うい綱渡り的を続けている訳で、
そのプレッシャーと心労から、
ろくに飯を食う気にもなれない、というのが正直なところ。

ここ一ヶ月の間に中年腹がへこんだどころか
ここ久しく見ることのなかった腹筋のシックスパックが、
日焼けした肌の上にくっきりと浮かぶまでになっている訳で、
改めて、ダイエットに一番効果があるのは、
実は心労である、と気付かされる訳だ。

がしかし、そんな心労ダイエットの効果か、
まさにベストシェイプな体型を誇ってしまっているこの失業者。
改めて、ますますらしくない、風情であるわけで、
がしかし、それこそがまさに、この失業者の目指している姿でもある。

この失業者、ひねくれ者なのである。
失業者であろうがなんだろうが、
死んでもルーザーの面だけはしたくない、訳である。

例えどれだけ追い込まれようとも、
この男が生きている限り、
ルーザーの面だけは晒すことはできない、
と糞意地を張っている訳である。

という訳で、今日もこの失業者、
全身に日焼けた身体に腹筋の筋を浮かべながら、
灼熱の下をダークスーツを着込んで、
新たな綱渡りへと出かけていく訳である。

この夏の真っ最中に、
日がな一日、冷房の効きすぎたオフィスに缶詰にされた、
青白いぷよぷよ面の面接担当者の前で、
真っ黒に日焼けした痩身にバリっとしたスーツを着こみ、
満面に笑顔を浮かべては、
いやあ、人生楽しくて。元気ハツラツでごじゃります、
とこれ以上なくポジティブに振る舞う失業者。

まったくもって、こいついったいなんなんだよ、な訳なのである。




便所の落書きが一般庶民の声なのか?

Posted by 高見鈴虫 on 25.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ちょっとまあ最近いろいろと忙しい。
つまりは、ニュースなんてものに目を通す余裕もなかった訳だが、

改めて覗いたこのヤフーニュース。
相変わらずその金魚のフンのような投稿が目障りでならねえ。

結局こいつら、
ヒトの事、つまりは他人事=タニンゴト、
なんてものに、とやかく熱くなっている奴って、
この世で最も厄介な問題、つまりは自分事=ジブンゴト
から目を反らしていたいだけなのではないか
と思わず見切ってしまう。

特にさ、こんなWEBの匿名掲示板とかニュースのコメントとかさ。
ったくどうしようもねえクズのクズのクズだろうが、と。

問題はそんなどうしようもない便所の落書きに
良い大人が振り回されているってのが茶番なわけで
WEBでネタ拾っているだけの記者って
結局は便所の落書きを真に受けてるだけなんだろうな。
それがニュースとして新聞に載ってしまって、
世論やら一般市民の生の声なんて見出しがつけられるところに
そもそもの間違いがあるわけでよ。

実生活において、
てめえのことすら考えられねえ奴、
つまりはホームレスの戯言に耳を傾ける奴などいないだろう。

つまりそういうことだろ、と。

WILD 邦題:「わたしに会うまでの1600キロ」 を観る

Posted by 高見鈴虫 on 26.2015 読書・映画ねた
WILD 邦題:「わたしに会うまでの1600キロ」 を観た。

去年のアカデミー賞の時に、居並ぶ愚作の中で、
唯一、へえ、と思った作品ではあったのだが、
が実は、一月も前にNETFLIXで借りていながら、
まったく観る気になれなかった訳で、
封も開けられぬまま悪戯にテーブルの上に放置されたこのDVDの袋を観る度に、
つくづく、アメリカの映画、もう完全に終わってるんだよな、
と思わされてきた作品でもある。








ゲットー集団が罷り通る熱帯夜

Posted by 高見鈴虫 on 27.2015 ニューヨーク徒然

熱帯夜のニューヨーク
風一つそよがない茹だるような暑さ。

こんな夜でさえ、エアコンがんがんの部屋を這い出ては、
わざわざやぶ蚊の踊り狂う暗い公園に散歩に出なくてはならないのも
犬を飼う者の宿命。

ああ、やれやれ、と、アパートのビルを出た途端に、
むっと襲いかかるこの湿った空気の塊。
まるで下水道の中を歩いているような匂いである。

道行く人々もまるでゾンビのようにゆらゆらと歩いている訳だが、
その中を、不穏なほどに元気な集団。

ここら辺りではあまり見かけない
ゲットー色むんむんの若い黒人たち。

まさに猿そっくりの嬌声で騒ぎ立てながら
すれ違う人々を突き飛ばしては、
道行くデリの店先の網棚から
手当たり次第にフルーツからジュースから
花束から空のバケツからをかっぱらっては
一口食っては道端に、投げ捨て、放り投げ、を繰り返す。

このクソ金持ちどもが
格差社会の汚濁やろう
死ね!地獄へ落ちろ
と聞いたようなことを抜かしている。

そのあまりの暴虐武人ぶり。無法者ぶり。
金属バットを持って走りだしてきたコリアン・デリの店番でさえ、
あまりのことに唖然として見送るばかり。

いやあ、失うものがねえってのはそれだけでちょっと小気味が良いものだな、
と一昔前のおれたちの姿を重ねてしまって、
警察を呼ぶどころか、
なんとなく、よお、と声などかけてしまった。

兄ちゃん姉ちゃん、
そうやって不平不満を他人のせいにしてられるのもいまのうちなんだぜ。
ただ、それが許されるうちは、思い切り逃げまわっていればいいさ。

大丈夫、お前らの未来は、どうあがいてもどうせろくなものじゃねえが、
そうなったらそうなったで、まあなんとかなったりもするかもしれねえからな。

と言うわけで、まあ、がんばれよ、と笑いかけてやったりもした訳だが、

そういう判ったような態度、ってのが、
ガキどもにとっては実は一番残酷であったりもするのだろう。
が、そんなことは俺の知ったことでもねえ。

つまり、そう、
不良少年たちを妙に甘やかす判ったような言葉ってのは、
実はそういうことなわけだ。

ガキって良いよな、とつくづく思ったその途端・・

Posted by 高見鈴虫 on 27.2015 今日の格言
つまりはまあ
君たちがバカで貧乏でどうしようもない知恵足らずのクズ、
貧乏人の唯一の権利である筈の学校教育でさえ放棄して、
安いドラッグでらりっては
年端の行かないうちからおまんこばかりやってはガキを作り、
そして早々に人生をつんでしまう。
先にあるのは言わずと知れた生活保護のゲットー暮らし。
そこまで来ても、他人からの施しを宛てにするばかりで、
まさか自身に選挙権がある、なんてことさえ思いもよらないまま、

やれ、なにが悪いかにが悪い、と猿のように不平不満を叫ぶばかり。

そういうのが全て、他人のせいって訳なんだな。

世の不満を全て他人のせいにできるなんて、
ガキって良いよな、とつくづく思った。

という訳で不平不満を他人のせいにしているうちは
ガキなんだよね。

それは年齢に寄らず、事情に依らず。

社会のせい、やら、世の中のせい、やら、
親のせい、やら、家系のせい、やら、人種のやら、差別の区別の、
無能な政治家の、やら、格差社会の、やら、

てめえのことを人のせいにして、
被害者面をしていられるってだけで、
つまりそれこそが、ガキ、ってことなんだよ。

まじ、うらやましいぜ、と冷笑、と、そして深い溜息・・・

そうなんだよ、そういうガキどもの為に、働けど働けど俺らの給料は全て税金で吸い上げられてしまう。

まったく馬鹿馬鹿しいにも程がある、訳だが、
が、しかし、
もしもそんなガキの生き方が、本当にうやらましいのであれば、

ならばなぜ俺がそういう生き方をしてはいけない訳か、
と思ったところで、ふと我に帰った。


  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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