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難民天国? ただの嫉妬だろ、と。

Posted by 高見鈴虫 on 01.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ひょんなことからこんな画像を見つけた。


そうだ難民


楽して生きたい、他人の金で。そうだ難民しよう、とある。

思わずぶっこいてしまった。
なんだよこれ、まったくそのものだな、という訳だ。

ただ、まあ、普通人の感覚的には、
今更、そこに書かれているメッセージが、良いの悪いのと釣られるつもりもないのだが、
まあそう、これを本気にする奴がいるとすれば、
想像力のあまりの欠如というか、悲しいぐらいのバカ、ということになるわけで、
まあはなからそんな奴を人間扱いするつもりもないのだがな。

がしかし、そう、今や最もHOTな話題であるこの難民問題。

以前に上げたパレスチナ系移民が、援助金を横流して、南米で牧場主になっている、
なんて話も聞いていたし、俺にしたってあわよくばそんな難民の中に紛れ込んでは、
新天地で補助金貰ってぬくぬく暮らしたい、なんて気もなきにしもあらず。

あるいは、かのギリシャの借金貴族の人々のように、
はなから借金など返す気などさらさらなく、
まじめに働きたい奴はそうすれば良いさ。俺は仕事はほどほどで十分。
午後はのんびりワインでも飲みながら釣りをして暮らしたい。
なんて風に、完全にケツをまくってしまう、てのもやり方としてはある。

つまりそう、政治難民でも経済難民でも良いが、
なんとか、世界のスーパーリッチの5%の方々がかき集めた金のおこぼれに寄生して生きる、
あるいは、
どうせはなからろくでもねえ方法で稼いだ金だろうが。
てめえの悪事のお陰で損ぶっこいて困っている人がいるんだから、
その分を返済するのは当然じゃねえか、
という困った理論さえもまかり通ってしまうのも判るような気がする訳だ。

とそんな中、ふざけんじゃねえよ、という奴がいるのも判る。

あんなあ、俺は朝も早から、メール読んで会議に出て、夜も寝ないで働いて、
で、たったこれっぽっちの給料しかもらっていないのに、
それをどうして、お前みたいに朝からビール飲んでハッパ吸って酔っ払ってばかりいるアホに
尚更金をむしり取られないといけねえんだよ、そんなの不公平じゃねえか、という訳だ。

そう、それだって判る。朝のラッシュの地下鉄で朝まで遊んでは寝ぼけた面をした奴らの姿を見るたびに、
なんかこれ、世の中絶対におかしいし、とは毎日感じ続けていることだ。

という訳で、そう、ここにある、難民?知ったことじゃねえよ、という気持ちも判らないではないのが、

あらためて言う。

朝から晩まで、サー残を押し付けられて馬車馬のように働かされては、給料の殆どを税金に持っていかれる俺たち、
つまりは、
好き好んで騙されているだけ。
そうしていないと不安でしょうがないから、とただそれだけの理由。

そうしないでも良い生き方があるのなら、はなから好き好んで、
そんな馬鹿ばかみたいに仕事をし続けたい、なんて早々いるものじゃないだろ?

つまり、馬車馬的人生から開放される方法を知らないだけ、模索していないだけ、
というただそれだけの理由で、悪のスパイラルの中できりもみ状態になっている自分が腹立たしくて堪らず、
その腹いせに、こいつら、もしかして働かなくても良いとてもうらやましい人たちなんじゃねえのか、
と幼稚な猜疑心の中で、嫉妬しているだけの話なんだよね、つまりは。

そう、嫉妬なんだよ、嫉妬。

隣の芝生がすべて青く見えてしまうように、俺よか難民の方が楽して幸せなんじゃねえの?という、
そんなわけねーだろ、とちょっと考えればすぐに判りそうなものだが、
そんな馬鹿なところでぐるぐる回っている奴ってのが本当にいるのか、
と思うとそれはそれで楽しい気がするがどうだ?


という訳で、ああ明日も朝から仕事、昼飯も食えずにサー残を繰り返して、夜更けに帰った途端にまた電話で呼ばれる、
くっそお、俺が難民にでもなりてえぜ、と舌打ちしながら暮らす諸氏。

あんたがそんな愚痴愚痴を言っていられるのは、そんな馬鹿なあんたでも、
取り敢えずはこきつかってくれる仕事=社会があるから、という簡単な事実を忘れてはいけません。

判りやすく言えば、仕事があるだけましだろ、ってことだよ。

判ったらさっさと糞して寝ろ。

で、まあ難民問題な訳だが

Posted by 高見鈴虫 on 01.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
で、まあ難民問題な訳だが、

俺の意見としては、なんて当然だろ。

俺自身が難民たちと一緒にトラックの荷台に乗って空襲下を逃げ惑った経験がある。

俺のすぐとなりで、そんな難民の母親の抱えていた赤ん坊が冷たくなっていた、なんて様を見てもいる。

気の触れた母親から、この冷たくなった赤ん坊を、どうかあんたのそのダウンジャケットの中に入れて生き返らせてくれないか、
なんて本気で迫られて、辟易するどころか、全身に鳥肌がたつほどに恐ろしい思いもさせられた。

ちゅうわけで、改めて言う。
世界は一つの大きな輪なんだよ。

かの9-11の例を上げるまでもなく、
己の強欲に駆られて目の前の不幸をうっちゃればうっちゃるほど、
そうした不幸は巡り巡っていつの日にかあんたの背後から襲いかかってくることになる。

つまりはそう、死にかけた赤ん坊を自らダウンジャケットの中に入れてやらなかったばっかりに、
気の触れた母親から逆恨みを買っては、死んでしまった赤ん坊を押し付けられて死ぬほど往生する、
とまあ、そういう事態が実際に起こりうる、ということなんだよ。

つまり、今、難民を引き取らなければ、
それは巡り巡ってとんでもない災いを持ってあんたの暮らしの土台からを覆すことになるんだぞ、と。

情けは人の為ならず、は、情けなんてかけたって相手の為にはなんねえよ、だからやめとけ、って意味では勿論無い。

人の為に慈悲を行う訳ではなく、慈悲を行うことによって、自分が救われることになる、とただそれだけ、つまりは当然なことだ。

これはキレイ事でもなんでもねえんだよ。

現実としてそういうことが起こってしまった、誰かが起こしてしまった以上は、四の五の言うばかりでなにもしないってのはありえない。そして、難民たちがそんな地獄から逃れては新たな地獄を彷徨い続ける以上、俺達も知ってか知らずかそんな地獄の片棒を担いでいたことを自覚したうえで、ゆくゆくは己の身に振りかかるであろう不幸を軽減するための自衛策として、
いま出来る限りのことをしてやるに越したことはねえだろ、とそういうことだ。

それを、本当の現実策って言うんだよ。


顔のない男

Posted by 高見鈴虫 on 05.2015 ニューヨーク徒然
深夜過ぎの地下鉄に、
いつも乗り込んでくる顔の無い男。

どういった理由でか、顔の全面が綺麗にケロイド状態でずるりと溶け落ちたまま、
サングラスに隠された目は見えないものの、
鼻も口もただの穴。

これはこれは凄いものを見せて貰った、と思わず、見世物小屋の乗りで一ドルを恵んでやりたくもなる。

普段、俺は乞食なんぞに銭はやらない。

街頭ミュージシャンにはシンパシーの意味もあって、せいぜい頑張れよ、と小銭をばらまくこともあるが、

ホームレスのうるさい戯言は一切無視することにきめてはいるのだが、

この顔のない男。

いやはや、その化け物ぶり。
目も当てられないぐらいに見事な妖怪ぶりには、思わず大脱帽である。

という訳で、深夜残業のたびに見かけるこの顔のない男。

そのたびに1ドルを恵んでいた訳だが、

今日に限ってそんな小銭が見当たらない。

今度機会があったら肩を組んで一緒に写真を撮りたい、と思っていたところで、
あれあれ、小銭ねえかな、とカバンの中をかき回していたところ、

ふとその顔の無い男から、肩に手を置かれた。

いや、無いなら今日はいいよ。今日はほら、もうこんな金が集まってるしさ、だからまた今度でいいから。

と、なんとも優しいお言葉。

いやいや、申し訳ない。次は必ずな、と思わず握手などをしてしまって、

夜更けの地下鉄の中で、ちょっとやさしい気分にもさせられてしまった。

いきなり巨漢の黒人が殴りかかって来た訳だが

Posted by 高見鈴虫 on 08.2015 ニューヨーク徒然

またまた夜中に緊急電話に叩き起こされては、
寝不足でもうろうとしたままにラッシュ時を過ぎた地下鉄。

で、乗り換え駅のホームを出たところで、いきなり巨漢の黒人が因縁をつけてきた。

改札で押したの押さねえのと言う訳だが、
そんな馬鹿を相手にする気も更々なく、しかとでうっちゃろうとしたら、
いきなり殴りかかって来た。

その巨漢の黒人、まるで相撲取りのような、と言ったらなんだが、所詮はただのデブ。

ふと気がついた時には、大振りにぶん回したパンチを軽くかわして、
おまけにカウンターのローキックに向けて、既に身体が動いていた。

なんだよなんだよ、この俺。
こう見えてもなかなかやるじゃねえか、

と自分でも不思議になるぐらいにスムーズな身体の動き。

やっぱな、昔とった杵柄じゃねえが、
自転車やら楽器らやと一緒で、一度身体に染み込んだものってのは、
多少月日が経っても身体が覚えてるものなんだな。

という訳で、その一瞬に、この腐ったデブ、どうしてくれようか、などと考えている俺。

見てくれは虫も殺せないような、スーツにネクタイの七三分けのチャイニーズであるこの俺が、
実は、その足元だけは、レッドウイングの鋼鉄入りのブーツを手放していなかったりする訳で、

ああ、この限界まで太りきった糞デブのどうしようもなくこ汚い黒人。

俺がこのまま、ふっと膝を入れて横に足を払うだけで、
こいつの膝がへし折れて一生まともに歩けなくしてやれるんだがな、

とは思いながら、

実は俺の頭にあるのは、これから午後一番の会議でプレゼン打たねえといけないのだが、とそのことばかり。

という訳で、
こんなどうしようもねえゴミ以下のクズは鼻でせせら笑って、
あばよ、ゴミクズ野郎、とばかりに軽やかなステップで階段を駆け上った訳である。

が、
なんかちょっと朝からすっとさせて貰った。
ありがとよ、デブの黒人、
次に会った時には、きっちりとその両膝叩き折って、お望み通り一生ヨイヨイにしてやるぜ。

犬の散歩ができるかぎり

Posted by 高見鈴虫 on 08.2015 犬の事情
という訳で、今日も朝から犬の散歩でセントラルパーク。

がなにも、また失業者に戻ってしまった、という訳でもない。

つまりは、夜に働いたらその分、朝遅く来ていいよ、ってなことになったからな訳で、
夜中に緊急電話に叩き起こされるのは確かにむかっ腹が立ったが、
朝の散歩はそのご褒美、というのであれば、
こうして犬の喜ぶ顔を見る限り、夜中の呼び出しは早々と悪いものじゃねえな、
と思い始めた。

という訳で、紅葉はまだにしても、ちらほらのイチョウの葉が舞ったり、
あるいは、銀杏の実を集める中国人が出現し始めたり、と、まあそう、秋の風情なのである。

ちゅうわけでなんだな、
この間まで寝不足で月面歩行、このまま行くとマジで殺されてしまう、と思っていたのだが、
ふと気が付くとこの朝の公園に犬と二人。

秋の気配にどっぷりと浸った早朝の公園で、冷めた風にあたりながらボール投げなのである。

こんな暮らしがいつまで続くか判りもしないが、取り敢えずは犬の散歩だけは確保しているぞ、
と思うだけでもちょっとした安息さえも感じたりしている。

そうしている間に秋が過ぎ、ハロウィーンからサンクスギビング。クリスマスからニューイヤーと、
あっという間に坂道を転がり落ちていくのだろうな。

という訳で、何があったにしても、まずは犬の散歩である。
それだけは絶対に譲れない、譲ってはいけない、訳だが、
そう、
犬の散歩さえ確保できるのであれば、まあ殆ど大抵のことは良しとしよう、という所でもある。

10時までには散歩を終えて、昼前までに出社。
午後一の会議でプレゼンがあって、その後にまた会議が夜までびっしりである。
そして今日も帰宅は10時近く。その後に夜通しの緊急対応が待っている訳で、
まあ確かに楽な仕事ではないのだが、

こうして朝のセントラルパークを散歩している限り、それもまあ、どうでもいいや、と思えてきてしまう訳である。

犬を飼っているからこんな暮らしでも我慢ができるのか、
或いは、犬など飼っているからこんな暮らしになってしまったのか、とも思うが、
少なくとも、朝一番に、こんな安らかな時間が持てる、というだけでも、
もしかしたら犬の恩恵と言えなくも無い気もする。

まあどうにでも好きなようにすればいいさ。
俺はただ、犬の散歩がしたいだけなんだ。
犬の散歩ができるかぎり、ほとんど大抵のことには目を瞑ってやらあ、と思っているのである。

野球の終わりきってしまったアメリカ。こんなもの巡業プロレス以下じゃねえか、バカバカしい。

Posted by 高見鈴虫 on 10.2015 ニューヨーク徒然
ちゅうわけで、メッツ VS ドジャースのプレイオフ、その第二戦な訳だが、

これまでの息も詰まるような見事な投手戦から一転、
七回裏における併殺ランナーの二塁上における守備妨害、
いきなりドタバタ喜劇の茶番的展開。
そのなんとも醜悪なプレーに、
退場・出場停止、あるいは選手登録抹消だろ、
と思っていた矢先、
二転三転したアンパイアの判定が、
なんと一方的にドジャースにのみに有利な八百長判定。

んだよこれ、八百長どころか出来レース。
審判もグルなんじゃ、これじゃまるでプロレス以下じゃねえか。

思わずど白けに白けて試合の結果どころか、チャンネルを変えてしまった。

という訳で、大リーグ、腐りきり過ぎ、ってか、
ここアメリカでは、もう野球はつくづく終わり切ってるんだよな、と。

真剣勝負どころか、悪役の場外乱闘プレーから買収レフリーかよ。
まったく、落ち目を極めた場末の巡業プロレスそのものじゃねえか。

少なくともこんな馬鹿な話、NFLではありえない、というか、
NFLでこんなことがあったらまじで死人が出ただろうな、と思うのだが、
MLBにそれが許されてしまう、あるいは、そうでもしなければ客が集まらない、
あるいはそう、いまさらアメリカで野球見てる奴なんて、その程度の奴らなんだろうな、
と、つくづく、心底、ここアメリカにおける野球というスポーツの終焉ぶりに唖然とさせられた訳だ。

ってか、はっきりいってプレイオフにあんな試合観せられたんじゃなあ、ありゃ悲しすぎるぜ。

正直、腹が立つどころかつくづくやるせない気持ちにさせられたのは俺だけじゃないだろう。

悔しくね眠れなかった、なんていうメッツファンもいるには居るが、
正直なところ、野球終わったな、と心に一抹の寂しさを感じた米人は多かった筈だ。

と言うか、俺的には、これ、LAだからだろ、とも思ってたんだがな。
そう、こういうどうしようもない幼稚な出来レース、いかにもLAの知恵足らずが喜びそうだしな。

なんか、つくづく一緒にされたくねえなあ、と思って、誰にも言ってはいないんだが、
俺はこういうことがなんのてらいもなく起こってしまうLAってところの文化が心底嫌いな訳でさ。

まじ、MBL、もう二度と観たくねえ、という気にさせられた。
野球、死んでいいよ、まじで。

じゃな。

現代の成功者達に共通する展望とは

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
この連休中、ひょんなことからまたちょっとした集まりがあって、
その時代には世界中を震撼させたギタリストやら、
こないだまた世界的ミリオンセラーを当てたばかりの音楽プロデューサーやら、
ウォール街の悪辣弁護士やら、会社社長やら株屋やら、
ぶっちゃけフェラーリやらポルシェやらを普通に何台も持ってるような奴らとのBBQのに誘われた。

でいい加減酒が回って、昨日のメッツの試合、まったく酷かったよな、
あれがまあ、アメリカの現実だろうが、なんて話からいきなり自嘲的展開。

で、そう、現代の成功者に共通する意見。

明日の見えてる奴なんざ、どこにもいねえよ、ってことでさ、とのこと。

先がまったく予想できないっていうか、予想しようなんて気も更々ない。

ただただ、その日その日の細かい利幅で、
短期の金になりそうなものに飛びついてはすぐに売ってを繰り返すだけの、
まさにしろうとデイトレーダーのようなビジネススタイル。

ポリシーも、予想も理想もポリシーも展望も分析も好き嫌いさえもない。
金を右から左へ、動かしては利幅を稼ぐだけ、ただそれだけ。

しかもその売り買いがどんどん短期間になっている。
全てが全てその場しのぎの使い捨て、
あるいは、ボロい一発儲けばかりを狙うぼったくり商法に限りなく近くなっている。

それがアメリカという国の現実なのだそうだ。

音楽もそう、ビジネスもそう、金融もITも製造業も、
全てが全て、その日暮らし。

戦略も理想もないままに目先の小銭ばかりを追いかけた末に、
目の前に待ち受けているのが滝壺だったとしても誰にもなにも出来ないだろう、
ってのが当面の予想であって、その時?まあその時はその時だろ、と顔を合わせて苦笑い。

なんだよ、一見して業界の大物、
普段はブランド物のスーツにネクタイでこれ以上なく偉そうな面をしているであろうピラニアどもが、
実は一皮向けば、そのあたりの烏賊売りのテキ屋と大してかわらねえってのは、
まあいまに始まった話でもないんだろうがな。

ちゅうわけで、悪いことは言わねえよ。来年再来年のことを考えて、先を見ては、
今は苦労しても、将来の展望に賭ける、なんざ、やめとけやめとけ、とのこと。

今日掴める銭が全て。明日の夢なんて信じるだけ馬鹿を見るだけだぜ、と。

そんなもんかよ。

そう、そんなもんなんだよ、こそが現代を生きるキーワードであるらしい。

やれやれだなと。

ああやれやれ、食い過ぎたぜ。

こりゃもう、戦争だろうな、とニヤニヤ笑う人々

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 ニューヨーク徒然
ここんところ、派遣の犬ころとして、
24X7、徹底的にこき使われていた訳だが、
この降って湧いたような連休、思わずがっついて、
連日連夜、人と会って見る気になった。

で、まあ、なんだかなあ、と、まさにどこに行っても誰と会っても苦笑いばかりだ。

共和党のディベートも茶番なら、シリアの露助も茶番。
中国株の暴落も茶番なら、自爆テロも茶番。
毎週どこぞの田舎大学で乱射騒ぎがあって、
今日もどこかでうすのろの間抜けがそんな茶番劇のとばっちりを食う。

とそういってしまえば、茶番と言って日本に勝る茶番もない。

安全保障うんたらからTPPから、
全てが全て徹底的に不公平不平等、
理想もポリシーもまるでない、ただただ目先の利権を追いかけるだけ、
ただそれだけ、の人々の詭弁劇場、なのだが、
そのとばっちりを一番喰らうであろう奴らが、
よりによってそういう利権亡者たちの親衛隊機取りってのからして、
このあまりに茶番的な構図は、悲劇を通り越してまさにグロに近い。

が、まあ、んなこと俺の知ったことじゃねえし、と焼きたてスペアリブに食らいつきながら、

あ、そう言えば、この間のギリシャの旅行の、ってな話題にいきなり全員が目を輝かせる。

え?お前ら、みんな揃いも揃ってギリシャに行ってたの?

そうそう、と笑う金持ちたち。

ここ数ヶ月の間に、揃いも揃ってみんながみんな、ギリシャに旅行をしていたのだ。

ギリシャって、あのこないだまでのデフォルト騒ぎの、ギリシャだろ?
ATMが停まっちゃって、国民はみんなファックアップってきいたけどな、
と言えば、皆一様にニヤニヤ。

あのギリシャのデフォルト騒動、と聞いて、うわ大変だ、と騒いでいたのはアホばかり。

目先の聞く奴は、瞬時のうちに、うっし、暴落だ、このチャンスに利鞘を跳ねろ、とばかりに、
そんなギリシャに飛んでは、恐慌騒ぎの中で、これでもか、と豪遊してきたらしい。

つまりそう、現代の成功者に共通するのは、弱者食い、ということだろう、と。

とことん、他人の不幸を嵩に着て、利鞘を跳ねるってな公式が徹底されているらしい。

そんな乞食の毛布をむしり取っては、毛布もねえような奴らの足元を見て叩き売る、ような商法。

それこそが、現代のビジネス界の王道であるらしい。

そしてそんな中、これは、戦争になるな、とは誰もが気づいている。

戦争になったら、大変だ。罪もない人が戦火に焼かれて非業な死を遂げて、
やっぱり、戦争反対だろう、なんて思ってる奴は少なくともこの場には誰もいない。

他人の不幸に便乗して銭を儲ける奴らにとって、
戦争こそがまさに、一世一代の大チャンスな訳だろう、と。

つくづくやれやれだな。

まあそんな片棒担ぎするつもりなど更々ないが、
まあ、マヌケヅラしてばっちりを食わねえように、
ぐらいは考えておいた方が良いのだろうがな、とは思っていた。


最近の音楽がなぜつまらないか、の究極的な解答を得た

Posted by 高見鈴虫 on 11.2015 音楽ねた

かつてのイケイケ野郎どもの集まった週末のBBQ、

だから、TPPがどうの、安全保障うんたらがどうの、
シリアのドンパチがどうの、中国株の暴落がどうの、
次期大統領選がどうの、
なんてことよりは、

やっぱ、そう、最近の音楽業界、どうなってんの?なんてことの方がずっと興味があるのは当然のこと。

という訳で、名うての辣腕プロデューサー氏なるものに、思わず心の底を明かしてみた。

なあ、プロデューサーのおっさん、マジ言って、なんで最近のTOP40、こんなつまらねえ曲ばかりなんだ?

そんなこと当然だろ、と大物プロデューサー氏。

つまりだ、時代がどうの、テクノロジーがどうの、と言ってるのは下っ端のアホ。
ポップミュージックなんてのにうつつを抜かす知恵足らずのガキどもの理屈は、
俺たちの頃とはなにも変わってないんだよ。

それがなにかと言えば、親の好みの逆を打つってことだ、と。

親の好みの逆を打つ?

そっ、それが俺のポリシー、と辣腕プロデューサー。

俺らだってそうだっただろ?
ガキが親を疎ましく思ってるってのは、どこの国でもどんな世代でも同じなんだよ。

で、つまり、そんな知恵足らずの浅知恵のガキどもは、
音楽性が云々やら、テクニックが云々やら、将来性がどうの、なんてそんなことは二の次三の次。

まずは、親の一番嫌う物を、これ見よがしにぶちまけるってのがすべてに優先すんだよ。

つまり?

そう、だから、俺達の世代が一番胸糞の悪くなるものこそが奴らの求めているもの。

つまり、徹底的に俺達の美意識の逆を打てばそれはそれなりに当たるってことだ。はははは。

って訳で、俺たちの世代って一体何だったんだ、と考えて見るに、

友愛、自由、平等、解放、抵抗、自意識、オリジナリティ、アイデア、冒険主義、奇抜な発想、クリエイティビティ、そして反商業主義。

そんなものを片っ端から鼻で笑って後ろ足で泥をぶっかけたものってのが、
つまりは、現代の文化な訳だろう、と。

なああああああんだああああ、そういうこと?

そう、端的に言ってそういうこと。判った?とウインク。

つまり、友愛も自由も平等も屁ともせず、冒険も抵抗もせず解放を求めず、
徹底的にオリジナリティに欠け、悲しいぐらいにアイデアがなく、
ヘドが出るぐらいなまでにクリエイティビティさのまるでないまま、
ただただ金銭的成功のみを追い求めるチープな音楽。

な?TOP40、もろに当てはまるだろ?

思わず目からウロコがボロボロ。

音楽に限らず、ガキはみんなそうさ、と言う辣腕プロデューサー。

つまり、俺たちの世代を、最も居心地の悪くさせる、むかっ腹を立たせるものってのをわざとやってるんだよ、あいつらは。
それだけ、と言っても過言ではないどころか、所詮はただそれだけに過ぎない、と思うと非常に判りやすい訳でさ。

とそんな俺達の横で、

いやあ、やっぱり、キース・リチャーズの自伝が、やら、中国株の動向の、から、
来年の大統領選の、やら、ISISとトヨタのコラボの、やら、
そんな話題に熱くなっている親父たちが、とことん馬鹿に思えても来たわけでさ。

うっし、どうせなら俺も逆を売ってやろうか、と、そんな気にさえさせられたのだが、
で、そんな醜悪なオヤジどもの逆を打つ為の現代のキーワードってのがなにかと言えば、

ぶっちゃけ、つまりは、反知性主義のマゾヒズムってことだろ?

学校にも行かずにドラッグきめて乱交セックスばっかり、なんて少女たちはまだまだ健全な方で、
少年たちはひたすらに自閉しては密室の中でひたすらに朽ち果てるってのが王道。
閉めきった部屋の中に篭りきってはチップスとキャンティーバーでぶくぶく太りながら、
夜も寝ないでセンズリとオンラインゲームに没頭しては、
自爆テロの犠牲者の飛び散った肉片に、おっと、かっちいなあ、とほくそ笑んでは、やれやれもっとやれー、と掲示板に書きこんで、なんてのが現代の美学、ということなんだろうな、とつくづく近寄りたくねえな、と思っていた。

という訳で、そう、いつの時代でも、知恵足らずのガキどもってのは、
まったくもってどうしようもない、ということだけは共通するらしいが、
そんな腐りきった当代の糞ガキどもの好む音楽?
そんなもの知りたくもねえよ、と吐き捨ててしまう、
ってのがまあ正しいオヤジのあり方、という気もする訳だ。

全ての女はサザエさんに至る

Posted by 高見鈴虫 on 12.2015 嘗て知った結末
すでにどっぷりと中年期に差し掛かった俺たちである。

嘗ては、ニューヨークのナイトライフの花型であった筈のいけいけの女の子たちも、
今となってはただのおばさんである。

という訳で、今更ながら、

おしなべて女の子ってのは、その素養がどうであれ、

結局はサザエさんに至るってのが、その定番であるのかな、と思った。

とふと見れば、隣りのかみさん。

これがこれが、もう見事なぐらいのサザエさんぶりである。

バブル最盛期の六本木で、黒服の袖引きたちが群がるどころか、
避けて道ができた、ぐらいの女であった筈のかみさんが、である。

とは言う俺も、このかなり頼りなくなってきた頭髪から、
弛んだ筋肉から、そしてこの顔中を覆った小じわ。

そう、なにがどうあっても老化だけはどうすることもできない訳で、
まあどこかでケツをまくるしかねえんだろうな、とは思っていたが、

つまりそいうことって訳なのね。

という訳で、今となっては十把一からげではないが、

押しも押されもせぬ、普通のおじさんとおばさんの俺たちである。

東京一は世界一の時代の日本を泳ぎまわった末に、
世界の海を渡り歩き、究極のビーチを求めてアイランド・ホッピング。
その後に辿り着いた世界の中心たるニューヨークという街で、
夜も寝ずにマンハッタンのカレイドスコープの中を練り歩いていた俺たちが、
いつの間にか、そんなことをどう説明しても誰にも判ってもらえないような、
そんなありふれたただただ普通に糞みっともない中年に成り果てた、というのも、
なんとも小気味が良いぐらいの変貌ぶりである。

そして人生の春が過ぎ夏を経てしんしんと秋の深まりつつあるこのご時世。

かなりとうの経ったサザエさんとマスオさんが、肩を寄せ合うように今日もニューヨークの雑踏をさまよっている。

そんな世の中で、嘗て俺達が光り輝いていた、なんてことさえも、覚えているのはお互い同士、ただふたりだけ。

そんな残光の中で、死ぬまでこうして寄り添うことになるんだろうな、と思い始めている。

という訳で、まずは老後の為の資金作りだろう。

まだまだ老いぼれている訳にはいかない訳か。



ほらよ、くれてやるぜ、の意味するもの

Posted by 高見鈴虫 on 12.2015 ニューヨーク徒然
朝の公園の散歩で犬仲間たちと合流。
そのままカフェに流れてお茶がてらの朝食となる。

とした途端、テーブルの周りをぐるりと囲んだ犬たち。

ベーグル・クリームチーズから、かりかりベーコンから、
バターたっぷりのパンケーキからチーズオムレツから、
とどいつもこいつも垂涎だらだら。

テーブルの下、膝の間から頭をねじ込んで来ては、

ねえねえ、何食べてるの?ねえねえ頂戴、一口ちょうだい、とおねだりモード全開。

ブーくんに至っては人が食べているそばから両手をかけて、

くれくれ、それくれ、おい、寄越せったら、と半ば脅迫モード。

と、そんな飼い主たち、駄目ダメ、を連発。
止めなさい。卑しいことするんじゃない。おい恥ずかしいぞ。

とそのたびに犬たち、あまりの不条理さになっとく出来ません!
と抗議の表情ながら、くっそお、と諦めてテーブルの下にうっぷすか、
あるいはブーくんのように、隙を見ては強奪に図ろうとする。

まったくねえ、と苦笑いを浮かべる某氏。

こんなたかがベーグルやらバターやらチーズぐらいで、よくもこれだけ必死になれるよな。

まったく犬は幸せだね、とは言いながら、あからさまに馬鹿にした表情である。

で、思わずだったらさ、と言ってしまう。

もしもこれが、100ドル札だったり、金やダイヤモンド、大判小判であったりしたら、どうする?

それを気分次第で、あげようかな、やっぱあげるの止そううかな、とかやられたら。

そんな訳ないじゃないか、とせせら笑う某氏。
このベーグルが大判小判?言っている意味がぜんぜん判らない。頭おかしいんじゃないのか?

そう、この某氏はつまりはそういう人である。
彼のその想像力の欠如こそが彼のこの老後の惨状を招いた原因である、とはまだ気がついていないようだ。
ってことは多分一生その浅知恵のまま、つまり、ろくな本一冊も読み切ることもないままなんだろうな。
だがまあ、そういういう人生もあっていいじゃないか、と勝手に受け流して、

で、そう、改めて、この焼きたての大判小判。

それが、ちょっと手を伸ばせば届くようなテーブルの上に山積みになっていて、
お喋りの合間に気まぐれに、え?なに?あ?これ、はいはい、なら上げるよ、と投げ渡される、なんて状況があったら。

そう、それが人間であったとしても、そういう状況になれば、まさに死に物狂い。

必死であればあるほどに卑しくもなり、卑屈にもなる。

という訳で、この持てるもの持たざるものとの残酷な格差。

おめーら、ったくしょうがねえなあ、卑しい顔しやがってよ、
ほら、くれてやるよ、と床に投げ渡されて、夢中で駆け寄る者共に、

はっはっはっは、喧嘩はいけないよ、はっはっは、そうそうと必死になるなよ、たかがそれぐらいのもので。

勿論、夢中になって掴み合いを続ける者共にも、その高笑いは聞こえている。

その卑しくも卑屈なほどに残酷な笑いを聞きながら、無我夢中に掴み合いをしながら、
果たしで内心ではどう思っているのか、

と、ちょっと考えればすぐに察しがつくだろうと思うのだがな。

がしかし、この某氏の例を上げるまでもなく、そういうことにまったく無頓着な、悲しいほどに想像力の欠如した輩というのも居るには居る。


そんな想像力の欠如した連中から、
やれ、経済援助だ、難民救済だ、ODAだ、ボランティアだ、と
調子のよいことを抜かしていたりもするのかもしれないが、
いざそんな想像力の欠如した連中から、
頭の上からパンやらミルクやらをぶちまけられた時、
その善意の援助がいったいどういった結果をもたらすかについて、
よーく考えた方がいいぜ、と朝から眠たくなることを考えていた。

ちゅうわけで、いまだにテーブルの下から不穏な視線を向けているブーくん。

判った判った、こんなところでこんな不味いもの喰ってないで、
早く帰ってちゃんとご飯を食べようぜ。
オーガニック・チキンを煮詰めた特性のシチューを作ってあるからさ。

と言った途端、待ってました、と跳ね上がったブッチくん。

さっきまであれほどまでに得意げにベーグルを振舞っていた某氏のことなど一瞥さえもくれずに、
あばよ、とばかりにさっさと歩み去ってしまったのである。

我が犬ながら、天晴な去り際であった。


という訳で、改めて難民たち、持たざるものよ。
決してまつろうこと無かれ。
その小汚い成り、不穏な視線を武器に、
ありったけのプライドを持って、
他人様の懐から思う存分に毟り取ってやれ。




今更ながら、なぜか、Da-Do-Do-Do、と歌ってみる

Posted by 高見鈴虫 on 12.2015 音楽ねた
この週末、久しぶりにかみさんと二人で犬を連れて公園を散歩。

で、そんな時、かみさんが珍しく鼻歌を歌っている。


De-Do-Do-Do, De-Da-Da-Da
愛の言葉さ、

ねえ、これ何の曲だったっけ?というかみさんに、

ああ、確かポリスじゃなかったっけかな。

ポリス?そうそう、そうだったそうだった。

という訳で、家に帰ってからもなぜかその旋律が頭を離れず、

また週末恒例の床大掃除のBGMとして探してみた訳だが、

我が家には既にCDラックは存在しない。
全てのCDの音源はMP3化されてHDDの中に。

CDそのものはダンボールに詰められたままどこにしまったかさえも覚えていない。

で、このHDD上のMP3ライブラリーなのだだが、

果たしてこのDO-DO-DOが、いったいどのアルバムだったかな、と考えた末、

多分、ゴースト・インザ・マシーンだったか、
とかけ始めたところ、

おっと、Spirits In The Material World。



この出だしの裏と表、、未だにすっかりと騙されるな、と苦笑いしながら、
そう、そう言えば、この歌詞、

There is no political solution
To our troubled evolution
Have no faith in constitution
There is no bloody revolution

We are spirits in the material world


そう、まさにその通りなんだよな、と、
最近になってまたずっと考えていた事の解答をふっと得てしまった気がしたわけだが、
すぐに終わって次の曲。

Every Little Thing She Does Is Magic

思わず、おおおっと声を上げてしまった。

なんか最近ずっと頭に流れていた曲、そっか、この曲であったか。

やっぱ今更ながらポリスってのはキャッチーな曲が多かったよな、

ただそう、このスチュワート・コーポランド、
このドラム自体はあの時代えらく画期的であったわけだが、
その成り、見るからに性格の悪そうなあの馬面がどうしても好きにならなかった訳でさ。

で、退屈なB面を耐えに耐えた末に、なんだよ、
De-Do-Do-Do, De-Da-Da-Da 
結局最後までかからなかったな、と。

だとしたらSynChronicity?
いや、あのアルバムはたけ坊が持っててよく聴いたがDo-Do-DOは入ってない筈。

同じように一枚目でも二枚目でもない。

だとすると、なんだったっけ?

と思い悩むのも面倒くさく、
そうだ、最初からGOOGLE、あるいはYOUTUBE してれば良かった訳だ。

という訳で、解答はすぐに判明、銭やったもんだったか、と。

で、改めて、
俺そう言えば、この銭やったもんだった、
つまりはZENYATTA MONDATTAってアルバムを、
銭やったもんだった、として良く聴きこんだことが無かったな。

という訳で、

ねえ、Do-Do-DOまだ?と文句を言うかみさんを尻目に、

思わずアルバムの一曲目から。

えええ、Don't Stand So Close to Me ってこのアルバムだったっけ?



で、Driven to Tears、覚えてる覚えてる。

で、必殺のWhen the World Is Running Down。

このリフ、本当に凄いよな。三人でこれだけできる、三人であるからできる、
このアルバムの頭三曲こそはその頂点である訳だろ。

で、思わず掃除の途中に踊り出しながら、掃除が進む進む。

で、ついに飛び出たDe-Do-Do-Do, De-Da-Da-Da。



このシンプル過ぎる、がしかし、考えぬかれたスカスカな音。

この三人という成約の中で各自のその力を最大限に発揮する、
その姿勢こそがポリスであった訳だ。
つまり、互いが互いの音を邪魔することなく、
互いの音を最大限に活かす計算の中、
完璧なアンサンブルを構成する、

そう言えば、このバンドの前身って、
確かプログレ・バンドであったりしたんだよな。
つまりは元々理屈、というか理系の人たちであった訳だ。

だがしかし、お目当てのDe-Do-Do-Do, De-Da-Da-Daが出るまで優に一時間。

がしかし、この待ちの時間こそが音楽の醍醐味。
つまりは、そのストーリー性、
そこに至るまでの過程こそが音楽そのものであった訳なのだが、
そう、レコード盤に針を落としてから、お目当ての曲が出るまで待って待って待って、
で、その待ち続ける過程そのものが、
クライマックスを含めた上での一曲として統合されていった訳だ。

そう、それがあの時代の音楽の聞き方だった。
無駄な時間も多かったが、俺達はそうやって、
その黒いレコード盤の中に壮大なドラマを見い出していたのだ。

が、そんな俺の感慨を尻目に、

へえ、ポリスってでも知らない曲も多かったよね、というかみさん。

えええ?ポリスで知らない曲?そんなもの在るわけないだろう、と。
どんな退屈な曲だって一応ソラで歌える、つまりはドラムのコピーをした記憶がある。

そっか、あの時代を共に過ごしながら、
実はTOP40、つまりはシングル・カットしか知らない人ってのが殆どだったんだよな。

という訳で、そう、このYOUTUBERの時代、

そんなシングル・カットな人々達にとってはまだまだ発見が多い、ということなのだろう。
過去の遺物を掘り起こすだけでもそれなりにまだまだのりしろは残されているということか。

という訳で、ポリスか。

あの時代には断然クラッシュ派であった俺的には、
ポリスのこのキャッチーな曲調はまさに売れ線狙いの商業主義の局地と映って、
当時はちょっと目の敵にした部分もあるのだが、
確かにな、ハズレも多いが良い曲も多い。

今となっては、あの時代の愛憎劇さえもすべて懐かしい気がするな。

そう、時間はすべてを解決してくれるのだろう。

今更ながら、追悼・ジョー・ストラマーと言わせて頂く。

FUCKはブルックリンの方言であった訳か

Posted by 高見鈴虫 on 14.2015 ニューヨーク徒然
以前、ガキの頃からの横浜ヤンキー言葉を、方言、と勝手に解釈しては、
チンピラ言葉をしゃべり放題、なんて話を書いたと思うが、
それとまったく同じ事象をここブルックリンに発見した。

以前在籍した全米屈指の大企業で同僚だったジェームス。
ブルックリンのイタリア人コミュニティー出身のダイレクター。
推定給料は少なくとも300Kは下らない
まあ言ってみれば絵に描いたような勝ち組リーマンであるのジェームスが、
なにかにつけてはファックを連発するという意外な一面があった。

ファックというのは言うまでもなく、ここアメリカにおいては
最も言ってはいけない言葉の筆頭。
日本語で言うところのクソ、というよりはやはり直訳しておまむこ。

やあやあ、この糞おまむこ野郎、おはようおはよう、とか、
この糞おまむこ予算編成の糞おまむこ割当ての糞おまむこ案がまったくもって糞おまむこ、
あの糞おまむこ部長がよりによってあんな糞おまむこ時間に糞おまむこ電話なんかかけてきやがって、
そんでうちの糞おまむこワイフが糞おまむこ糞おまむこと糞おまむこ騒ぎまくりやがってまったく、
とか、まあそんな感じ。

で、あんまり何かにつけてこの糞おまむこ、じゃなかったファックを連発するジェームス。
余程にどこか頭のネジが緩んだ奴なんだろうと、まあそれが理由でやたらと仲良しになった訳だが、
がしかし、何かにつけてファックを連発する以外には、頭脳明晰、快活明瞭な普通に凄く良い人。
年齢も既に50を過ぎてそろそろ孫の誕生を心待ちにするような好々爺風情が、
何故にこれほどまでに柄の悪いファックを連発するのか。
で、なにかのついでに、
ジェームスさん、あんたはなんでそんなに親の仇みたいにファックファックを連発するわけですかい?
と聴いてみたところ、
おめえ、そりゃ俺が糞おまむこブルックリン育ちだからに糞おまむこ決まってるじゃねえか、と。
ブルックリン?
そうさ、糞おまむこブルックリンじゃあなあ、産まれたばかりの糞おまむこガキから死にかけた糞おまむこ爺いまで、
それこそファックをつけなかったらブルックリンじゃねえってぐらいにやたらめったらファックをつける、
ってのがまあ普通な訳だ。
ってな訳で糞おまむこ気にすんな、ファック!

そっか、ファックはブルックリンの地元言葉、つまりは方言、という訳なんだな、と勝手に納得したのだが、
でもそれ、本当かよ、とは思っていた。

とそんなことがあってから後、
いろいろあっていまの会社、つまりこの世で一番お固い風金融系ってなところに移ってから、
なんとなくこの会社においても、なにげにジェームスにちょっと似た雰囲気を感じていたケニーという人。

この人もまあ、この世で一番お固い金融系ってなところ上級管理職とかやってるぐらいだから、
余程に良い所のお坊ちゃま出身なのかと思っていたのだが、
普段見る上では絵に描いたような上級管理職でありながら、
二人きりになった途端に、いきなりファック!

やあやあ、どうもどうも。ファックファック、この糞おまむこ野郎さん、
糞おまむこによろしく糞おまむこでご活躍されてるようじゃないですか。
いやあ、よろしく糞おまむこにがんばってらっしゃるようで、
いやはや糞おまむこ糞おまむこに喜ばしい限りでです、とかなんとか。

で、このケニーさん。改めてきいてみれば、ええ、やっぱりブルックリン?

そうそう、俺もその糞おまむこブルックリン出身。 でも、なんで糞おまむこ判ったの?と不思議そうな顔。

だって、そのファック、まさにブルックリンというか、と言えば、

はっはっはっは、ファックファック、糞おまむこにファッキン・ファック。
そうそう、俺もそれそれ糞おまむこド腐れブルックリン言葉でそうそう、糞おまむこにその通りなんですよ、と。

でケニーさん言わせるところ、ブルックリン出身者のファックは、ファックにしてファックにあらず。
何故かと言うとその発音で、ブルックリンのファックは、ファ、というよりは、フォに近く、
フォックフォック、とちょっと訛って聞こえる特殊なファックの発音をする訳で、
つまり、ファックでありながらファックにあらず。
つまりはまあ、そうそう、糞おまむこぶっちゃけてまあ糞おまむこブルックリンだからなんですね、
はい、なので別に悪い意味ではございません、と。

という訳で、そっか、そういうことか、と苦笑いしながら、
うーん、この理屈、俺の横浜ヤンちゃん方言に凄く良く似ている訳で、
いきなり俺のチンピラ言葉にも太鼓判を押された気分。

んだてめえこの野郎馬鹿野郎、やるってのかよぶっ殺すぞコラ、が口癖の俺。
でもこれ、そんなブルックリンのファックを考えればぜんぜんオーケーじゃねえかよ、
という気にさせてくれる訳で。

そう、つまりはよ、方言なんだよ、方言。

ガタガタちっせえこと抜かしてんじゃねえってんだよ、この糞野郎ぶっ刺すぞこら、という訳である。

Anthony Bourdain 「OKINAWA」

Posted by 高見鈴虫 on 17.2015 アメリカ爺時事
CNNの番組で、アンソーニー・ボーダインのパーツ・アンノウン、ってのがある。

旅するセレブシェフが世界中を飛び回っては、
ミシュランで星がいくつなんていう高級料理から、
街角の屋台から、と食べて食べて食べまくる、
という話。
まあ良くある食べ歩き紀行もの、ではあるのだが、
元ヒッピーであり、元ロッカーであり、元バイカーであるという、
まさに絵に描いたような無頼漢であるこのアンソーニー・ボーダインという人。
で、その行く先が凄い。





俺は基地の街で産まれた

Posted by 高見鈴虫 on 17.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
という訳で、蛇足ながら心情吐露である。

俺は基地の街で産まれた。

常時頭の上を「米軍機」が飛び交い、その爆音の中に包まれて育った。

産まれた時から子守唄はFENだった。
フェンスの向こうのあのまばゆいばかりの緑の芝生の広がる風景と、
MPのヘルメットを被った赤い顔をした米軍たち。
そしてそれに隣接する芋畑とそしてバラックのようなうさぎ小屋。

酔っ払った兵隊の集う闇バーでマリファナをふかしながらグレートフルデッドを聴いたり、
あるいは、そんな米兵にぶら下がるクラスメートと、
おめえそんなことやってって明日の中間試験どうすんだよ、
なんて話をしていたり、
あるいはそんな俺自身が、
米軍キャンプまわりのバンドマンとしてドラムを叩いていた経験もあり、
果ては、ダチのねえちゃんが米兵に拉致られ、
警察が頼りにならない以上は俺達がやるしかねえとばかりに、
街の不良仲間総出で米兵狩りの街中が戦争状態。
そこにヤクザの顔役が調停役に引っぱり出されて、
なんてこともあったかなかったか。

そんなアメリカと日本のグレイゾーンに育った俺が、

やれ日本の民族自決やら、日本の兵隊さんは偉かったやら、
戦争には負けていない、終わっただけだ、やら、
そんなヨタ話を真に受ける、なんてことは到底ムリな話なのだ。

日本の誇り?笑わせる。

日本なんて国はねえんだよ。

ここはただたんに、米軍の占領地。

そんなものに、誇りも伝統もクソもあったものか。

と、文部省の教育を鼻で笑って育った俺たちである。

そしてそんな惨めな占領地に育った俺達が、

果たして日本のなにを守らなくてはいけないのか、

俺たちはずっとずっとそれを考えつづけながら生きてきたのだ。

そして俺はいまアメリカに居る。

敵地であり、そして、あれだけ憎み、そしてあれだけ羨ましかったこのアメリカという土地で、

そんなアメリカ人の奴らと膝を付き合わせて普通に暮らしている。

なぜか?

馬鹿野郎、アメリカにだけは負けたくなかったからだ。

あんな惨めな住宅街で、うじうじと戦争があったのなかったの、なんて愚痴を言い合いながら、
戦争に負けたおじいちゃんの、やら、日本って国は本当は実は凄い国で、やら、
うるせええ、黙ってろ、このクソの負け犬どもめ。

そんな惨めな言い訳だけは、もう金輪際聞きたくねえ!

それが日本を出た本当の理由だ。

日本がどうなろうが、俺は負けていない。俺は負けえねぞ。
アメ公全員を敵に回しても、おれは最後の最後までこの塹壕で戦い続けてやる、
俺はそんなハラキリ特攻兵の子孫、そして生き残りでもある。

そう思っていた俺が、いまはニューヨークの街角でピザを齧りながら、
おう、そこのホームレス、その臭えケツで俺の前をうろつくんじゃねえ。1ドルやるからさっさと失せろ、
とそういうことを平気で言ってしまっていたりもする。

という訳で、基地の街で産まれた俺は、ここアメリカで自由人になった。

惨めな敗戦国を飛び出して、世界でたった一人の日本人になった。

もう、戦争がどうのなんていう惨めな戯言には付き合わなくても良い。

俺は日本という国を離れ、世界でたったひとりの日本人として生きる。

それこそが、日本という国を飛び出た俺の勝ち得た唯一の安息なのだ。

基地の街のガキ

Posted by 高見鈴虫 on 17.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)

初めて米軍キャンプのバンドマンの仕事にありついた時、
案の定、そのギャラをちょろまかされた。

あれえ、トエンティ・ドルズの筈じゃなかったのか?

という俺に、はあ?何言ってんだよこの猿。
がたがた言うとMP呼んでおめえは塀の向こうで監獄行きだぜ。
このままキューバでもベトナムにでも連れてってやってもいいんだがよ、

なんて感じで軽くいなされては、
ポールモールを一箱渡されて追い払われた。

が、しかし、悲しいかな俺のまわりでまともな英語を喋れる奴は一人もいなかった。

思い余って学校の英語教師に相談してみようかと思ったが、

ねえ先生、いままで本場のアメリカ人と話したことある?
と聞いてみて、いや、ないよ、と軽く答えられて心底絶望。

そう、日本という国においては、
高校の英語教師がネイティブのアメリカ人と会話をしたことがない、
なんてことが、普通に起こっていたのである。

まあ今更ながら、俺はこの日本という国の不思議に心底呆気に取られた訳で、
だったら仕方がねえ、駅裏の米軍バーのバーテンをやってたケンさんに相談して、
GIVE ME MY SALARY $20 なんて紙に書いて持っていく、
なんて情けないことにもなった。

とそれが高校二年生の夏。

としたところ、米軍キャンプ内のディスコで、ひょんなことからクラスメートに遭遇。

あれえあんたこんなところで何やってんの?
おめえこそなにやってんだよ、と思わず大爆笑。

でその彼氏というかパトロン気取りの黒人の奴らとお友達になって、
単車の後ろに乗せてやっては族の集会に連れだして、
特攻服のガキどもの中に、いきなり正真正銘のニグロ頭の黒人が登場、
としたところで、全員が呆気に取られて、という訳で、
あれはなかなかおもしろい企画だった。

でまあ、そう、そんな基地の街のガキども。
俺的にはやはり、そんな米軍の奴らから流れてくる放出品のタバコ、
まあポールモールばかりであったが、
やら、やたらとばかでかいコカ・コーラ。
あるいは、ギャラの代わりに貰えるマリファナと、
それをだしにしてひっかけるサーファーのおねーさんたちとの乱パーとか、
とそして、
そんな本場のアメリカで流れている無茶苦茶に刺激的な音楽。
あのころに全盛であったニューヨークのグラブ59でかかっていたであろうDISCOミュージック、
本場のコテコテのSOULとそしてジャマイカ直輸入のレゲエ。
あの黒人専用ディスコで鳴り響いていた音楽が俺の骨の髄にまで染み込んでしまった。

がしかし、そんな俺達の日常は退屈の淀みの中でどんぶらこ。
授業中、見渡す限りの芋畑の広がる住宅地の風景に生あくびを噛み殺しては、
頭の上を飛び回る米軍機と、たけーやーさおだけ、の廃品回収の交錯する午後。
あああ?せんこー、なんだって??きーこーえーねえーよ、とやりながら、
ああ、昨日もジョニーのところから仕入れたハッパで朝まで乱パー、
いったい何発抜いたのか、ぜんぜん寝てねえよ、
とまだ指先に残ったオンナの臭いに思わず勃起してしまったり、
教壇の上でしたり顔で教科書を読む英語教師に、
あんなあ、あんたの言ってるのは英語ってより念仏、
ファッキン・サックスのトータリー・ブルシットだって自分でも知ってた?と嘯いていたり。

そう、基地のガキどもはそうやって、大人たちのまったく知らない世界を泳ぎまわっていたのである。

とまあそんなことをしているうちに、
ひょんなことから職質を受けた駐在のおまわりに持ち物検査をされた際に、
ポケットの中からひょっこりと顔をだした無刻印のポールモール。

なんだこれ?と聞かれて?あ?ああそれはベー軍の、と言ってしまったのが運の尽き。

進学校の高校生が、暴走族は愚か、
米軍と、そしてそこに群がるヤクザ組織との癒着、
強いては、国境不法侵入から、麻薬不法所持から、銃刀法違反、
下手をすれば米軍相手の高校生売春の実態から、と、
今の世であったら、新聞の一面に乗るようなスキャンダルなネタを、
これでもか、と抱え込んでいた訳なのだが、

幸運なことに、まあ所詮は地回りの駐在である。
暇つぶしにこってりとあることないこと根掘り葉掘り聞かれてはいたぶられた上で、
おめえ、良い高校行ってんだから馬鹿じゃねえんだろ?いい加減にしておけよ、
とタバコの没収だけで済まされた訳だが、ふと、一緒に取られそうになったZIPPOのライター、
あ、それ、俺のじゃないんで返してください、と言った途端に思い切りぶん殴られた。

ちゅうわけでなんだ、

あれだけ、退屈だ、馬鹿馬鹿しくてやってらんねえ、と文句ばかり言いながら、
それはそれで割りと忙しく暮らしていた基地の街のガキ。

そんなあの頃の俺は、この歳になっても、いまだにどっかりと俺の中に居座り続けている。

秋の夜長の妙な夢

Posted by 高見鈴虫 on 17.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
これ以上なくしみったれた田舎の山道を歩いていたら、
ふと気づけば後ろからついてきたうちの犬が、
マズル代わりのように口の周りに輪ゴムを嵌められている。

誰だこんなことをしやがった奴は、と、
ニヤついていた野郎をひっ捕まえて、
だったらてめえの口にもマズルをしてやらあ、
と顔中に自転車のチューブを巻きつけてやったところ、
いきなり後ろからショットガンをぶっ放される、

という夢を見た。

なにかのお告げ、あるいは訓示だろうか。

秋のサンマ狂騒曲 ~ サンマの小骨に日本人の精神風土の源泉を見る

Posted by 高見鈴虫 on 18.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
ニューヨークも秋である。
犬の散歩のセントラルパークが、日に日に色づいて行く。
という訳で、食欲の秋である。
せっかくの秋なんだからなんか美味いものでも食いたい訳である。
最近、歳のせいかなんなのか、無性に焼き魚が食いたくて仕方がない。
と思っていたところ、
大戸屋で、期間限定で秋のサンマ定食ってのやってるよ、との話。
なに?秋のサンマ?あの嫁に食わすなという、秋のサンマという奴か。

確かにここニューヨークにおいても別に魚が食べられない訳ではないのだが、
ここマンハッタンにおいてはほとんどのアパートに換気扇がなかったりする事情から、
家で魚を焼いたりすると、部屋中どころかアパート中が魚の臭いでむんむん。
下手をすれば「異臭がする」と警察を呼ばれた、なんて笑えない話もあって、
まあそれがマンハッタン暮らしの不便さ、と言ったら不便さでもある。
がしかし、食えないとなると無性にそれが食いたくなる、というのも人情。

たかがサンマ、されどサンマ。

とそんな事情から、
このニューヨークで、わざわざ地下鉄に乗って秋のサンマを食べに行く、
なんてなかなか粋じゃねえか、とも思った訳である。







秋の夜長の気味の悪い話

Posted by 高見鈴虫 on 18.2015 大人の語る怖い話
そう言えば、Anthony BourdainのOKINAWA。
いやあいい番組だったよな、という話をしていたら、
でもさあ、そう言えば、あのPARTS UNKNOWNって番組で評判取ると、
必ずそこでなにか起きるって、なんかそんな気がしない?と妙なこと言う輩。
なにかあったって、あのネムツォフのことだろ?
「イラン」に出てた反体制派の運動家も逮捕されそうになってアメリカ亡命したって言うし、
あの番組の「上海」で成金風ぶいぶい言わせてた人、破産したって言うしさ。
なにをお前、また都市伝説みたいなこと言ってんだよって。
だからあれってCNNだろ?つまりCNNなんだよ。俺はCNN信じないからさ。
信じるも信じないもただの旅行紀行じゃねえか。
だからそれがCNNだってところが味噌でさ。
そう言えば俺、昔ヒッピーやってた時、傭兵くずれみたいな奴から、NEWSWEEKの表紙にサダムの顔が乗ったら戦争のGOサインだって聞いたことがあって、で、いきなりそのサダムが表紙に載った時、ああこれだこれだ、つまりは戦争がGOサインか、と気づいたんだが、でもだからと言ってどうすればいいのか判らないうちにあれよあれよと日本のバブルが破裂した、なんてことがあったんだがよ。
つまりそうそう。そのGOサイン。CNNがそれなんじゃねえのかなってちょっと思ったんだよね。
それって何だよ。
つまりさ、何っていうか、やっぱり沖縄でまたなにかあるのかなって。
沖縄でなにかあるってなんだよ。
だから、なんていうの、もし今、極東でなにかあると、それはもう沖縄が最前線になるって話でさ。
沖縄が最前線?
そう、そういう話がずっとマコトしやかに。
どういう意味だよ。
だから、なんていうのか、俺も良くは判らないんだけどさ。
判らないこと聞いた様な顔して喋るなよ。2Chじゃあるまいし。
まあそう、その2CH程度の噂なんだけどな。
また都市伝説かよ。
そう言えば、その都市伝説でさ、ドイツ銀行の破綻の噂知ってる?
ドイツ銀行の破綻?そんなことあるわけ無いだろ。
いや、独銀がやばいって話はずっと噂はあったんだよ。ってかなんでまだ持ってるのか判らない。その方がミステリーって話がさ。
聞いたことないぜ。
まあそう、2CHの話なんだがね。
なにもかもが噂噂だよな。
そう、そうなんだけど、なんか信憑性が出てきてるっていうかさ。
ドイツ銀行の破綻?
つまりはそう、全てがバブルっていうかさ。全ては幻想なんだよ。この先世の中は良くなるっていう幻想をふくらませているだけなんだけど、そんな訳無いって誰でも判ってるん訳だろ?ギリシャの破綻から難民問題からグローバル企業の隠蔽工作からさ。、その幻想を支える為のハリボテがいつか雪崩を打って崩れ去るってのがそんなに遠くないって気がみんな持っていると思うんだよな。
つまり、地震がいつか起きるっていうかそういうの?
地震って言うよりダムの決壊だろうな。もう誰の目で見てもいつ決壊しても可笑しくないんだが、まあ今日は決壊しないみたいなんで普通に仕事行って普通に帰って普通に飯食って普通に寝とくか、ってことなんだが、でもその頭にはいつも決壊しそうなダムに水がひたひた言ってる訳でさ。それがいつ決壊してもおかしくない。そしてそれが今からもしれない。
そんなこと言ったら例の南海トラフ地震でも原発で、不安材料を上げたらきりがないだろ?
そう切りがないんだよな。確かに。ただ判っていることはダムはいつか必ず決壊するんだよ。それだけは誰もが判ってる。
決壊したらどうなるんだ?
それが判れば誰も苦労はないんだがな。
ゴムボートでも買っておくか。
問題は二次災害だろ。ダムが決壊して大洪水になってそれが原因で次から次へと大変なことが起こっては雪崩状態になる。
つまり地震が津波起こして原発の非常電源が壊れてそれが原因で原発が臨海。
ま、そう、例えは悪いけどそういうことだよな。
で、それと沖縄とどういう関係があるんだよ。
つまりそう、風が吹けば置屋が儲かるじゃないけど。
桶屋だろ?
そうそう桶屋だ。桶屋。でその逆だよ。
つまり風が吹いていろいろあってダムが決壊したら、またいろいろと巡り巡って沖縄が最前線になる、と。
そう、そんな気がしてたんだよな、あのCNNの沖縄観ながらさ。
昔はこういう夢の島がありましたって感じで。
そう、なんか、昔懐かしいアルバムを見ているようなそんな気がしてた。
つまり沖縄が終わることを前提としてあの番組を作ってたってこと?
そう、そんな気がした。
まさに都市伝説っていうか、2CHの見過ぎだよな。
まあそう、それであってくれたら良いんだがな。
そう言えばこないだ金持ちの奴らの飯食ってさ。
金持ち?まだそんな奴らがいたのかよ。おめでたいな。
そう、でその金持ちの奴らがまさにおめでたいんだよ。ポジティブってんじゃないんだが、なんか妙にお気楽風なんだよ。
なんだって言ってた?
先のことなんか誰にも判らねんだから今の世の中を存分に楽しむしかねえって。
つまり、そう、どうせいつかはダムが決壊して何もかもがおじゃんになるんだからそれまでのウツツヨってそんな感じなんだろ?
つまりそういうこと?
ああ、そういうことだと思うよ。もう誰にもなにもできねえって感じてケツまくってんだろ。
これはまあ、戦争になるよな、とか笑ってたぜ。
やっぱりなつまりはそういうことだろ。
なんかノストラダムスの大予言を真に受けてたことを思い出したぜ。どうせ世界は破滅すんだから、とかタカくくってたら、見ろよ、2015年なんてあるわけ無いってって筈だったのにな。
そう、まあちょっと遅れましたが、ってことなのかも、って気もするがさ。
どうしたんだよ、なんか今日はいつものはったりがねえな。
そう言えばメッツ勝ったな。
ああ、メッツ勝った。
メッツがワールドシリーズ?信じられないな。
ああ、何があるか判らねえよな。
秋だしな。
ああ、秋だな。そう秋なんだよな。
そう、秋なんだよな。ハロウィーンじゃねえが、ちょっと気味の悪いご時世なんだよな。
そう、なんか気味の悪いご時世だよな。
まあ秋だしな。
そう秋だしな。
まあそう、今日は大丈夫みたいなんで寝ておくかとかな。
そう、まあ寝れるうちに寝ておいた方がいいってことなんだよな。


今夜の月は妙に赤い

Posted by 高見鈴虫 on 18.2015 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
もしすっげえ文明の進んだ宇宙人がこの地球の惨状を見たら、
多分、なにか妙な病気でも流行らせるかなんかして、
で、人類を一挙に抹消した上で、
この青い惑星の自然を永久保存するべき、
なんて風に考えるだろうな、と思ったりもする。

つまり誰がどう考えても、人類という種は害獣でしかない、ってことなんだよね。

秋だからかな、風邪が長引いて咳がなかなか切れないんだが、
そう、そういう訳だからってことでもないが、なんかそんな風に思えてならない。

この地球上に、人類なんか要らない、と、実は誰もがそう思ってる訳だろ?

誰もいなくなった地球上に、風力発電とソーラー発電で灯された光だけが瞬いている、
なんて、ちょっと妙な気もするがな。

どうせろくな事にならないなら、妙なことに巻き込まれる前にさっさと消えちまった方が楽なのか、とも思うが、
なんとなくその地獄絵図を最後まで見届けたい、なんて妙な気もする訳で。

そう、そのゲテモノ趣味が俺のこの惨状を招いた原因でもあるとは重々承知している訳なのだがな。

今夜は月の色が妙に赤いな。
この紅葉も10日あまりで、
ニューヨークにもそろそろ冬が来ようとしている。

モンティ・パイソンなお国柄ってことな訳か

Posted by 高見鈴虫 on 24.2015 アメリカ爺時事
今更ながらちゅーごくのしゅーきんぺーの英国訪問の
この取ってつけたような大歓迎ぶりな訳だが、
そのいかにも英国的というかコケオドシ的大時代的仰々しさが
遅れてきた大国であるちゅーごくの優越感をこれでもか、とくすぐったのであろうが、
いやはや、この英国という国の二枚舌外交。
これには米国としても、あのなあ、と苦笑いどころか脱力も甚だしいというところなのだろうが、
いやはやこの英国の狐ぶりには呆れても物も言えないどころか、
思わず笑ってしまうぐらいに救いようもなく嫌な奴ら。
そんなことはいまに始まったことではないのだろうが、
つくづく食えない奴らというかなんというか。
まあつまりはすべてがそろばんづく。
ちゅーごくがちょっとでもコケればこないだの話なんてすっかり忘れて、
やーいやーい、とやりだすのが目に見えている訳なのだが、
いやはや、この国際政治の魑魅魍魎ぶりの真骨頂を見るようである。



ジャーマン・シェパードとジャンピーねえちゃん

Posted by 高見鈴虫 on 26.2015 犬の事情
アパートのエレベーターに、
白人のねえちゃんと巨大なジャーマン・シェパードが乗り込んできた。

いかにもやんちゃそうなそのジャーマン・シェパード、
そして見るからにジャンピー系なそのねえちゃん。

考えうる限り最悪のカップリングである。

案の定、そのジャーマン・シェパード、
俺の顔をじーっと見つめながら、
事あればすぐにでも飛びかかってやろうと、待ち構えているようだ。

やれやれだな。
犬のことを良く知りもしない飼い主に、
ろくな躾もされずに育ってしまったジャーマン・シェパード。
これはつまりは、何れは騒ぎ、
エレベーターの中で人にじゃれついたのを、
襲いかかった、と難癖をつけられてはシェルター行き、
というパターンか。

とそんな不幸な行く末を見越して、
今のうちに手は打っておこうと要らぬ気を回しては、

おい、お前、おすわり、とやって見る。

案の定である。
このやんちゃそうな犬。
おすわりさえも教わっていない。

もう一度、SIT、おすわりと命じる。
やはりだめだ。
悲しいほどに茶色い目を見開きながら、
きょとんとして俺を見つめるばかり。

この歳でお座りも教わっていないようでは、
この先が思いやられるどころか、
その展開はあまりにも明白。
こんなやんちゃそうなジャーマン・シェパードが、
それもこんなねえちゃんにハンドルできる訳もなく、

と思いきや、そんなジャーマン・シェパードが、
ふとねえちゃんを振り返る。

俺と犬とのことなど素知らぬ顔で、
IPHONEを覗き込んでいたねえちゃんが、
そんな犬の視線に気づき、

俺はそんなねえちゃんに見せつけるように、
SIT お座り、とやって見る。

なあねえちゃん、この歳でお座りも教えていない、
なんて、どういう了見だ、と非難の眼差し、

としたところ、
いかにも面倒くさそうに、ほれ、と顎をしゃくったねえちゃん。
それを見た犬が、いかにも渋々、という風に、
よいしょ、とお座り。
そして俺を見上げて、
ほらよ、気は済んだか?
といかにもな表情である。

つまりそれはあれか?
自分の飼い主以外のコマンドを聞かないように、と、
そういう躾がされている訳なのか?

呆気に取られる俺の前で、
ピーン、と空いたエレベーター。

ねえちゃんは相変わらずIPHONEを覗き込んだまま、
まるで犬に導かれる盲人のように、
廊下の奥へと消えて行ったのである。

いやはや、やられた。やられきってしまった。

WALKING ON THE MOON

Posted by 高見鈴虫 on 31.2015 とかいぐらし
プロジェクトもそろそろ大詰め。
予想はしていたのだが案の定、
ここに来て対日本向けに夜勤を言い渡されることになった。

これまで朝から晩まで会議会議に追い回され、
深夜になってようやく帰宅すると次は日本からの電話対応である。
こうして昼夜を問わずに徹底的に追い回されては、
もう一時間だけで良いから仕事から開放される時間を作らねば、
と思いながらもそうも行かず。
慢性的な過労と寝不足でまさにWALKING ON THE MOON、
月面を彷徨うかのようにして暮らしていたのだが、
そしてここに来て夜勤である。
夜7時から翌朝の5時まで。
夕餉の支度の香りの漂うアパートを出て、
一日を終えた人々が犇めく帰宅ラッシュの中を、
剃りたての髭にネクタイを締めて会社に向かう訳で、
このスレ違い感が半端ではない。
で、早々と帰宅する社員たちとすれ違うたびに、おはよー、さよならー、とやりながら、
残業中の日勤組と今日何があった、なんて話をしては、
そうこうするうちにお掃除おばさんたちが雪崩れ込んできて、
うなる掃除機の中ではおちおちと話もできず、
じゃあ、よろしくね、と肩を叩かれいつの間にか一人。










  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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