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さらばガンズ ~ ROCK IS NOT DEAD!WE ARE BABYMETAL!

Posted by 高見鈴虫 on 01.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
嘗て俺が、アメリカ南部なんていうところを彷徨いていた頃、
つまりは90年代の初頭、
またいつものように近所の巨大スーパーマーケットで暇つぶしのお買い物、
なんてのをしていた時、
いきなり地鳴りのような爆音が響き渡り始めた。

こんな時間にサンダーストーム:雷かしら、と首を傾げる女たち。

いや違う、と男どもはすぐに気がついた。

あれは、あれは・・ ハーレーの音だ。

そんな中を、一人の男、上下の黒革。
埃りに塗れた革のズボンに、そして、地肌の上に直接着たダブルの革ジャンと、
そして踵に鉄板の入った無骨なバイカーブーツ。

見るからに脂ぎった長い髪に馬鹿でかいキャッツアイ。

身の丈2メートルは悠にありそうな、そのプロレスラーのような巨体で、ノシノシと店の中に押し入るや、
商品棚の上の目についたものの一切合切を、その場で袋を空けては貪り食い始め、
そして食いかけの袋を、何の気もなしに無造作に床に投げ捨ててはまた次の袋。

と見るや、そんな革ジャン野郎が、いきなり次から次へと、10人50人100人、
いきなり店中がそんな革ジャン野郎ばかりになっては、
まさに店中がイナゴの大群、どころか、狼、いや、熊の集団に襲われたように、
店中の商品を片っ端から一口頬張っては放り投げ、と好き放題に食い散らかして行く。

なによ、あの人達、と訝る女たちの口を、見るな、と男が封じる。
目を合わせるな。なにをされるか判ったものじゃねえ。

それはまさに、バイカー、と言われる集団。
あのヘルス・エンジェルスに代表される、
まさに、無法者も無法者、
メキシコとの国境地帯を群れをなして彷徨う、
筋金入りのヤクザ集団、
現代のバンディードス、そのもの。






深夜食堂 その後 ~ 長い旅路の果てに

Posted by 高見鈴虫 on 04.2017 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
数ヶ月ぶりにニューヨークに帰り着いた妻を出迎えた。
元気だった?とはにかみながら笑う妻の身体が、
一回りもふた回りも小さく見えた。

家に着くなり、いきなり飛び出てくる筈の犬、
いまのうちにダウンジャケットは脱いでおいたほうがいいぜ、
何をされるか判ったものじゃない、
などと言いながら、
いざドアを開けてみれば
あれ、犬の姿がない。。

恐る恐る覗き込んだ暗い部屋の中、
ソファにうっぷしたままの我が駄犬。
その顔、
このところのいつもの顔。
まるで表情を失った、見るからに不貞腐れた、その顔。
そんな顔が、かみさんの姿を見た途端、一瞬に凍りついた。

ん? 僕は・・・、夢を見ているのかな?

まさに、そう、そんなかんじ。

この瞬間の夢を、何度も繰り返しては裏切られてきたであろうこの数ヶ月間。

ブー君、とかみさんの声を聞いた途端、弾かれたように飛び上がる犬。

ふと俺の顔を見る。

おい、なんだこれは?
これは、夢なのか現か、、なのか。。

ブー君、とかみさんが再び名前を呼ぶ。
差し出した手を恐る恐る匂いを嗅いで、
じっと見つめるその瞳。
その途端、全てが一瞬で弾け飛んだ。

飛びかかり抱きつき顔中を舐め回しては、
部屋中を走り回り、そして俺の背中に向けていきなりの飛び蹴り。
こんなことをやっていたらいつ床で滑って転んで、
かみさんの帰国早々に病院送りなんてことにもなりかねない。

と言う訳で、長い長い旅の末、荷物も解かぬうちから、
そのまま犬の散歩である。

二人の間、先頭を切っては、
尻尾の先をピンと天に向けておっ立てては、
見るからに意気揚々、そのもの。

なんだ、元気そうじゃないの。

近頃、ブー君が本格的に鬱病で、
なんて書いたものだから、しかし思った通り、
帰ってきた途端に、この豹変、この激変ぶり。

いつもの川沿いの公園を回り、
家に着いた途端にさあごはんだごはんだと大騒ぎ。

なんか最近、ご飯も食べずに、が聞いて呆れる。

一瞬で平らげたご飯、満面の笑顔。
そして、振り返ったその瞳に、幾万の星がキンキラリンである。

こいつのこんな顔を見るのは、本当の本当に久しぶりだな。

そして唐突に気がついた。

かみさんの不在中、一番辛かったこと。
朝の五時に起きて、やら、
食事洗濯掃除から、やら、
口ではそんなことばかり挙げ連ねていながら、
何が辛かったかって、まさしくこの犬の表情。
笑顔の消え失せた犬の顔を見るのが、どれだけ辛かったことか。

そしていま、この長い長いトンネルを抜けて、いきなり弾け散る犬の笑顔。

ただいま、とかみさんが呟く。
ブーくん、逢いたかったよ。

その言葉を聞いた途端、
全てが砕け散り、崩れ落ち、溶け出しては流れ出してしまった。

疲れた、とかみさん。
ああ、疲れた、と俺。

そのままベットに倒れ込んで、
一瞬の後には、二人同時に、気を失っていたのであった。

そして、ふと眼を覚ました夜更け。
口をぽっかりと開けたままぐっすりと眠り続けるかみさんの寝顔。
そして二人の間に無理矢理に割り込んだ犬。

窓を叩く冬の木枯らし、
どこからか吹き込んでくる隙間風に、
頭から毛布を被って過ごしていたこの寝室が、
いつの間にか、汗ばむほどに。

人の温もりって、本当に暖かい、心底それを思い知った冬の夜。






超猛犬ムスタング・サリーの受難

Posted by 高見鈴虫 on 04.2017 犬の事情   0 comments

いや、ちょっと、真面目に、深刻な話。

え?また、あのトランプねた?
いやいや、それどころじゃないんだよ。

実はさ、ムスタング・サリー、

我がブーくんの唯一絶対のガールフレンド、
というか、多分本人は、お姉さん、或いは、お母さん、
と思っているのではないか、という、
そう、我が家のブーくんの、唯一絶対のロングタイム・コンパニオン
であるところのムスタング・サリー。

今更ながらこのムスタング・サリー、
このご近所では知らぬ者はいない、猛犬の中の猛犬。

マスティフとピットブル・テリア、
考えうる限り、最低最悪、最強最凶の掛け合わせであるところのサリー、

つまりはこんな犬 ↓ 





このムスタング・サリー、
まさに狂犬の中の狂犬、猛犬の中の猛犬の誉れも高く、
このご近所においては鼻つまみも鼻つまみ、
と同時に、どういう訳か、我が家のブーくんが、
この世で唯一人、絶対的なまで心を通わせる、
まさにソウル・メイト、まさに魂の友、であるところのムスタング・サリーが、

なんと、いきなり、癌、を宣告されてしまったのである。


NO SNIVELING! BE A BABYMETAL!~ ぐだぐだ言うな、ベビーメタルだ!

Posted by 高見鈴虫 on 05.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
ちーす。

いやあ、なんかいろいろ忙しくてさ、
ってのは言い訳で、
今年は暖冬、とは言うもののなんだかんだ言って寒いしさ。
仕事もぱっとしないってか、だらだら達成感がない日々が続いていて、
んで、まあ、アメリカを分厚く包んだこのトランプ・ショックの不透明感、
すべてがすべて、このMIST 霧の中で、保留中、
というか、考え中、あるいは様子見、ってことなのかな。

あ、で、ご質問頂いた件、

NO SNIVELING

アクセル・ローズが投稿したあの楽屋写真の謎解き、という奴っすね。


No Sniveling




という訳で、いきなり英語学習笑

まあそう、この NO SNIVELING 
普段はあんまり使わない言葉なんで、
ちょっとドッグランで顔を合わせる犬仲間、
とかにも聞いてみたんだけど、

まあそう、不平を言うな、っていう意味よ。
昔、ベトナム反戦の学生運動とかやってた頃、
石頭の教授とかに良く言われたわよ、と。

で、改めて SNIVEL 洟垂れ、から、

NO 洟垂れ小僧、
つまりは、グズグズ言うな!とか、駄々をこねるな、とかの、叱り言葉。

で、最近このSNIVELINGという単語が使われた例としては、

共和党でドナルド・トランプと票を争っていたテッド・クルーズが、

Donald, you're a sniveling coward.

ドナルド坊や、テメエは、洟垂れの臆病者だ、

ってな、やんちゃ小僧的な謳い文句ではあったのですが、
その子供っぽさがなんとなくも、いかにもボーイスカウト的で、
あのマザコン顔のジーザスおたくテッド・クルーズらしいというかなんというか。

と、同時に、

当のトランプ・サポーター達が、今になってこのSNIVELINGって言葉を、
反トランプ運動の若者たちに対して使っていたり。

SNIVELING KIDS この洟垂れのクソガキどもが!

で、このSNIVELING って言葉、
このトランプ・ショックの中で、
なんとなくいかにも石頭のテキサス親父というか、
なんとなく、妙な市民権を得つつある、ちょっとHOTな言葉になりつつあるのか、と。


で、改めて、
このアクセルの飾った NO SNIVELING

俺的には、グズる子供たちに、ぐだぐだぬかすな、ってな頑固親父っぽくも、
なんとなく大時代的にユーモラスなこの NO SNIVELING

まさに現在のあの、見るからに頑固おやじ風なアクセルの風貌と重なって、
妙に、おかしみが込み上げてくる。

で、ふと思ったのは、これ、アクセルが、自分用に楽屋に飾っている、
つまりは、自分自身に対する戒め、だと仮定すると、

つまりは自分自身に対して、泣き言は言わないぜ、という意味にも取れる訳で、

で、BOX、つまりは、楽屋の鏡に飾られた お狐のお面。

弱音は吐かない、俺は強い子なんだぞ、という、やんちゃ賛美、

それに、FOX GODが重なって、

つまりは、弱音を吐くな、ベビーメタルを思いだせ!

ってな意味にも取れる、ってのは、あまりにも買いかぶりでしょうか、と・笑

ただ、これ、このNO SNIVELING と お狐のお面。
なんとも絶妙なカップリングで凄く格好良い、
できればTシャツにして着てみたい、
とも思った訳で、

NO SNIVELING  BE A BABYMETAL!

いじめられっ子、メソメソするな! ベビーメタルだ!

なんて、なんとなく、もろにベビメタっぽくない?

とかとも思ったりしていた。

で、以前にも、
例の、もっと謙虚に生きてください、ってなきついきつい御金言を頂いた際に、
-> もっと謙虚に生きてください ~ 耳痛杉のコメントを戴いた方へのご回答
に思わず、SNIVELINGしてしまった記憶があるのだが、

ロックが、駄々っ子たちの土壇場で、
そのワガママ放題の行き着いた先が、アクセル・ローズ、
であるとすれば、
そのワガママさがまったくない、
まさに、アイドル英才教育の賜物と、究極のハコバンたる神バンド、
この結実であるベビーメタル、

ベビーメタルは、わがままさ、ルードさのまるで無い、新しいカタチのロック・ヒーローで、

なんていう戯言と、

この、NO SNIVELINGに FOXGOD、

なんとなく言い得て妙なり、というか、もしかしていきなし確信を言い当てている。

で、改めて、老いたり太ったり、と言えども、
アクセルさん、その感性はいまだに確かだな、

というか、

もしかしたら、これ
あの、ジャパニメ系のコスプレ・モードのキーボーディスト・メリッサさん、





いかにも、こちらアメリカにおけるベビーメタルのサポーターのタイプの子だな、
とは思ってたんだけど、

もしかしたら、彼女のセンスなのかな、
と思ったりもしていた。



という訳で、ガンズのツアーが終わったときには、
やっと終わってくれた、とかとため息を漏らしてしまったが、

ライブがないとないで、なんとなく落ち着かないこのベビメタ・ロス状態。

で、そう言えば、ベビーメタルのアニメ、まだなのかな、と。

改めて、ここアメリカにおける、ジャパニメの影響力って凄いものがあって、

この空前のコスプレブーム、と、
そして、ジャパニメ旋風、

ベビーメタルがこれに乗らない手はない、と。

日本や英国とは、ひと味もふた味も違う、米国版のベビーメタル旋風ってのが、

ここアメリカにも着実に広がりつつあるな、と思っております。

以上、小ネタ、おそまつくんでした。

ニューヨークの凍りついた夜 ~ 悪夢のスーパーボウル・ウィークエンド

Posted by 高見鈴虫 on 07.2017 アメリカ爺時事   0 comments
なんかよお、この月曜日、
ニューヨーク中が真っ白だよ、真っ白。

誰もなんにもやる気しねえってか、燃え尽きってよりも、
ただただ、昨夜からの悪夢の中を漂っている、とそんな感じ。

なんのことかって?
言わずと知れたスーパーボウルだよ。

言わせてもらえれば今回のスーパーボウル、
よりによってペイトリオッツと、んで、なに?ファルコンズ?
んだよそれ、って感じでさ・笑

なによりもこのペイトリオッツ、
言わずとしれたボストンのチームで、
つまりそう、MLBのヤンキースとレッドソックスじゃないけど、
ニューヨーカー、ことにこの、ボストンのチームってのと仲が悪い、
ってのはまあ、フットボールも野球もおんなじ。

でこのペイトリオッツのクオーターバックたる、トム・ブレイディ、
賭けても良い、あなたがもし、このトム・ブレイディのユニフォームを着て、
ここニューヨークにやってきたら、はっきり言って、どこにいっても何をやっても、
徹底的にろくな目には合わない、筈。

タクシー、と手を上げたら乗車拒否、レストランでは入店拒否、
道ではぶつかられ、お釣りは誤魔化され、挙句の果てに、
よおよお、俺もボストン出身なんだよ、気が合うな、一緒に飲まない?
とか誘われては、身ぐるみ剥がれてコニーアイランドにポイされるのがオチである。

そう、ニューヨーカーはトム・ブレイディが嫌いだ。

モデルのように格好良く、頭も良さそうで、
NFL史上空前の名クオーターバックで、当然のことながら大金持ち。
女優の愛人と、スーパーモデルの奥さんとの、二人同時に子供ができて、
で、その二人の子供を一緒に認知、
とまあ、やることなすこと、ぐうの音も出ないほどの良い男。

つまりはそう、全米の男ども、
とくに、アメフトなんてスポーツが好きな、つまりは、男の子、
そんなアメリカの男の子たちが、嫉妬と敗北感にのたうち回る、
トム・ブレイディとはまさに、そんな男。







IDIOCRACY:イディオクラシーを観る ~ バカのバカによるバカしかいない未来世界的現実

Posted by 高見鈴虫 on 11.2017 読書・映画ねた   0 comments
先日のNO SNIVELINGと一緒に、
近日になって妙に耳につき始めた言葉、

IDIOCRACY  イディオクラシー。

IDIOT 愚か者 と、CRACY を掛け合わせて、
馬鹿社会 とでも言うのだろうが、

デモクラシーで民主主義、
ビューロクラシーで、官僚主義、
アリストクラシーで貴族政治、
カキストクラシーで、衆愚政治、
それに加えてこの、イディオクラシー、
つまりは、バカによるバカのためのバカの国、という意味か。

この原題となったのがマイク・ジャッジ、
言わずとしれたあの「ビーバス・アンド・バットヘッド」で一世を風靡した鬼才、
それが2006年に手掛けた、ブラック・ユーモア満載のSF映画、とのことだったのだが。
正直に言ってそれほど大ヒット、は愚か、話題になっていた、という記憶もない。

あらすじとしては、この映画の制作当時2005年、
つまりはいまからちょい10年あまり前、
軍部の極秘実験のモルモットとして冬眠させられた凡人男、
それがすっかり忘れられたまま500年後に目を覚ましてみれば、
その未来世界、人類の英知がの行き着いた超文明社会、と思いきや、
それはまさに、退化するだけ退化を極めた、馬鹿の馬鹿による馬鹿しかいない未来世界。

その理由は、と言えば、

高IQの出来の良い人間たちが、
やれ、計画出産だ、経済的余裕だ、仕事だ、キャリアだ、
となんだかんだで出産率は低下の一途。

それに引き換え、馬鹿たちは、
なにも考えずにポンポンと子供を作っては産み捨てて、
とやっているうちに、世界はすっかり、馬鹿ばかりが増えに増え続けたバカ社会。
その結果、500年後には、まさに、地球上には劣性遺伝子の人類しか生存していない、
地獄のような馬鹿社会になっていた、と。






呪われたグラミー賞 ~ 神々に見捨てられた祭典

Posted by 高見鈴虫 on 13.2017 音楽ねた   0 comments
雨の日曜日である。
朝からみぞれ混じりの激しい雨が降り続く中を
野暮用で外出せねばならず、
帰って来たときには全身がびっしょびしょ。
改めて、ニューヨーカーはなぜ傘をささないのだろう。
筋金入りのニューヨーカーであるこの俺も、ご多分に漏れず傘が嫌いだ。
どんな雨の中でも、よほどのことが無い限り、
頭からフードを被っては濡れるに任せていることが多い。
そして雨の中、思い切り不機嫌な思いで信号を待ちながら、
両隣に、そして、交差点の向いに、
似たようなずぶ濡れの連中をみやっては、
こいつら、いったいどこまでニューヨーカー、
と思わず苦笑をしてしまう訳だ。

という訳で、帰ったときにはすっかり風邪をひいてしまった。
ひっきりなしにくしゃみを繰り返しながら、
手元のIPHONEで見るともなく、
ロバート秋山、なんてひとの、シチュエーションコメディをつらつらと。
笑うに笑えぬそのあまりのブラックさに、
ここまでした者しか許すことができない、
そんな俺自身の偏狭を思い知るばかり。

とそんな中、Sup!? のメッセージである。
これからそっち行くぜ、と言われながら、
いや、あの、俺、風邪気味なんだけど、
と返す間もなく、だったらこっちに来るか?

アメリカの2月、
スーパーボウルも終わったこのあまりにも鬱々とした空白の中、
このアメリカで最も陰鬱な筈の季節、
それに加えてこの氷雨に濡れそぼった二月の日曜日こそは、
言わずと知れたグラミー・ナイト、なのであった、と。

という訳で、
だったら、あたしひとりで行ってくるね、と出かけてしまった妻に取り残されるまま、
ソファにひとり頭から毛布をかぶり、
くしゃみと鼻水にこれでもかとSNIVELING:スニーヴリングしながら、
第59回グラミー賞、この(自称)音楽界最大の祭典に付き合わされることになった。

いや、そう、実は、
嘗て、音楽バカ、というよりは、少なくとも人生の10分の9、ぐらいは、
この音楽というものに捧げてきたつもりであったこの俺が、
ここ数年、このグラミー賞、ぐらいしか、最近の音楽、というものを聴くことがなくなっていた、
のである。

そう、俺は音楽に興味を失った。
それは、つまらない、やら、好きではない、という程度の問題ではない。
ぶっちゃけ、最近の音楽、そのどれを聞いていても、虫酸が走る、どころか、吐き気、
それはもう、強烈な拒絶反応の中で、ともするとヒキツケを起こしてしまうほどに、
俺はことに、この近年のTOP40的な音楽に、半ば恐慌状態の中を逃げ回る、
そんな日常を送っているのである。

そんな俺が、一年に一度、唯一、近年の音楽的動向をキャッチアップする、
ともすると、苦行にも似たこのグラミー・ナイト。
普段であれば、友人たちとくだらない冗談を飛ばしながら、
まあそう、俺達が歳をとったってことだろ、なんていう慰め合いの中で終わる筈、
そんなグラミー・ナイト。

今回に限って、俺はたった一人の部屋に取り残されたまま、
手元のIPHONEに次から次へと送られてくるTWITTER的メッセージに苦笑い、
時として辟易を続けながらも、このただでさえ苦行にも近いその茶番的祭典とやらに、
よりによってこれ以上なく不機嫌の状態で、付き合わされることになったのである。



そして少女は海を越えた BABYMETAL LIVE AT WEMBLEY ~ ベビーメタルが世界のBABYMETALになった時

Posted by 高見鈴虫 on 18.2017 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments

今更ながら、日本という国は島国である。
四方を海に囲まれ、その立地条件は「孤島」と言っても過言ではない。
そこには明らかに海に隔たれた「内」と「外」が存在することにより、
ものの成り立ちの全てが、内と、そして、外、の概念に依存している。

外から来たものを尊び、それを貧欲に吸収した上で、
だがしかし、そこには確実に内と外が存在する関係から、
外から来たものに喜びながらも、
しかしそれを、内なるものに順応させる為、
徹底的な噛み砕いては改良を繰り返しては吸収しつくし、
いつしかそれを「内」、
つまりは血と肉と骨に還元していくのである。

この外から内への還元の過程、
リメイクの技術こそが、
世界を唸らせた日本の真髄であり、
そのリメイクの伝統は、
すなわちは四方を海に囲まれた孤島、
という立地条件の産んだ賜物なのである。

そう言ってみれば
日本とはまさにまがい物の天国。
すべてがすべて、どこかから拝借した原型の
その発展形 進化系なのである。

そんな日本人が、
外から来るものを、半ばお人好しなまでに、
そこまで手放しで受け入れることのできるのは、
そこに確固とした、内、という概念の礎があり、
その内なるものに対する揺るぎのない確信があって始めて、
その底なしの知識欲を思う存分に発揮させることができるのだ。

それと同時に、
その手放しの貧欲さの裏返しとして、
日本人は根本的に、
外と、そして、内は、本質的に違う、
という前提が貫かれている。

日本の人々ほどになにかにつけて
海外からの文化を手放しに受け入れる人々も珍しく、
それと同時に、日本の人々ほど、
その海外からの文化に、
情け容赦の無い改良を加え続ける、
まさに創意工夫が天性とも言えるこの不思議な民族。

全てのものを手放しに受け入れ、
受け入れながらしかし決してそれに盲従することをしない、
つまりは異質なものを異質なものとして抱え込みながら、
じっくりと熟成させ消化しながら、
ものの本質を見極めていく。

そう、日本人というのはそういう人々なのである。

そう言った意味で、
日本人にとって、外、とはつまりは、格好のおもちゃであった訳だ。

嘗てのは中国、
そして、オランダ、ポルトガルから、
明治維新からは、フランス、イギリス、ドイツ、
そして、アメリカへ、と、
その地球というおもちゃを取っ替え引っ替えしながら、
まるで、スポンジに水が染み込むように、
ありとあらゆるものに限りない好奇心で食らいつては、
その素材を、原料を、徹底的に噛み砕きしゃぶり尽くし、
消化し吸収しつくし、いつしかそれを肉に骨に還元しながら、
時として全く違うとんでもないものをものをも作り出していってしまう。

そう、嘗て例としてあげた、天津丼。
中華料理でありながら、中国には存在しない、
それでいて、中華料理のその魅力の粋を極めたような、あの逸品。

あるいは、カレーライス。
今となってはインドの本家とは似ても似つかないものに進化を遂げながら、
それは既に、本国のオリジナル・カリーと双璧をなすほどの、
世界のスタンダードとして躍進を続けている。

そして、言わずと知れたラーメン。
中国においては点心の一部でさえあったこの添え物的な逸品を、
ついには味の芸術までに昇華させてしまったこの日本という国のリメイク術。
いまや、ラーメンは、日本語、であり、
そして、そこから改良に改良を続けた結果のカップ・ヌードルこそは、
日本が世界に与えた影響の、その筆頭に挙げられる、
まさに人類規模の革命であった。

それら全てが、日本からのオリジナル、ではなく、
外からのアイデアを元に、内に向けて改良に改良を重ねては、
熟成に熟成を繰り返した後に、それを再び、
新たなる日本のオリジナル文化として、
世界に向けて浸透させていく、
この不思議なパワーステション的な創意工夫の試行錯誤。

日本人の天賦の才とは、つまりはこのリメイクのサイクル、

確固たる内なるものを秘めた上で、
外の文化をそのまま包み込み抱え込むその包容力、
その合体、ならぬ、融合ならぬ、
まさに、緩い緩い共存の中に、
互いの接点、そして、妥協点を探りながら、
いつしか不思議な融解の中で、
そのすべてを内なるもののなかに包括してしまっている。

一見、その虫も殺さないような微笑の中に隠された、
止むことなき頭の体操、
人知れずその頭脳の中で、これでもかと試行錯誤を続けながら、
いざという時になると、その知恵の限りを尽くしては、
内なるもののすべての力を結集しては敢然として立ち向かう、
それこそがまさに、日本の凄み、そのもの、なのである。

という訳でお待たせした。

言わずと知れた我らがベビーメタルである。




  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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