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すべての音楽はVOODOOに至る ~ サムルノリに観る6/8解釈につい

Posted by 高見鈴虫 on 01.2018 音楽ねた   0 comments
あけましておめでとうございます。
あの後、元日早々夜明け前より体感気温マイナス18度の中を犬の散歩に出かけては、
凍死寸前の犬のおっさんでございます。

昨夜のお話の中に上がった韓国映画「哭声/コクソン」の音楽シーン、
コリアン音楽のポリリズム的解釈の話、こちらとなります。





4分音符の3割りからの6/8が、
祈祷の高まりに乗じて8から16に移行する過程は、
ブラジルのビートを彷彿とさせるものがあるかと存じますが如何でしょうか。







昨夜の話にもありましたが、
6/8というこの素晴らしいリズムがなぜ日本に根付くことがなかったのか、
と、常々考えていることではありますが、
その理由は、6/8における魔力、
魔術:呪術に通じるほどの
その深い陶酔性にあるのでは、と考えておりました。







スーパーモデルの素顔

Posted by 高見鈴虫 on 03.2018 今日の格言   0 comments



一昔前まではスーパーモデルとして、
各種雑誌を飾った経歴のあるアマンダが、

正月早々風邪をひいて犬の散歩に出られない、
と泣きついてきた。

まあそういうことなら、と犬を引き取りにでかけたのだが、
ドア口に顔を出した元スーパーモデル、
熱にうかされて火照った顔に、
目がない、眉毛がない、口がない、鼻がない。

スーパーモデルは化粧をしなかったらのっぺらぼうの化け物であったか

そうか、あの世紀の美貌は化粧で描かれたものであったのだな。

あるいはこの犬に舐め取られてしまったのであろうか。



勇者は死なず、いまもベビーメタルと伴にあり! ~ ギターの聖人:藤岡幹大氏のご冥福を祈って

Posted by 高見鈴虫 on 09.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
2018年元日、ニューヨークの長文乙は
犬の散歩のセントラルパークにて、
敢え無く凍死を遂げました。

皆さんさようなら、御愛読ありがとう、
ワンワンワン @ 犬:ブッチ

などまたまたくだらない冗談で煙に巻いては、
次のツアーまで暫くバックレるつもりでいた、
その筈だったのだが・・

えええ!? なにそれ・・・
幹大さんが? なんで? どうして?

なにそれぇ、まさか、まさか、まさか・・・

朝の会議の途中を抜け出したトイレの中で、
思わず大驚愕の二乗三乗。

ただただ唖然呆然愕然とする中で、
涙さえ出ないほどに、
これこそが、開いた口が塞がらない、という状態であろう。

これでも一応は仕事中なので手短かに、ではあるのだが

取り急ぎ 心よりお悔やみ申し上げます、としながら、

いまだに信じられない、あまりにも信じられなすぎる・・・









ストロベリー・ハピネス BABYMEAL

Posted by 高見鈴虫 on 12.2018 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
今日は毎年恒例の新年会で久々の午前様、である。
今頃になって新年会?
そう、これもまあ毎年の恒例ではあるのだが、
ご存知のように、3-2-1 ハッピーニューイヤー!
で始まってしまうアメリカの新年、
正月明け二日の仕事初めから、
いきなり怒涛のような仕事が押し寄せて来るわけで、
それがようやく落ち着くのが今頃になってから、な訳だ。

でまあ、久々に顔を合わせた古き良き友人たち、
ニューヨーク流民歴十年二十年の猛者ども、
その見事なまでの奇人変人揃い。
そんな奴らと、
例によってとりとめのない話ばかりで
あっという間に深夜を過ぎているのもまあ恒例のうち。
何と言っても、来週月曜日はマーティン・ルサー・キングス・デイのお休みがある訳で、
木曜の朝帰りから寝ないままに明日の金曜日をやり過ごせば、
その後の三日間の連休の間、
そこでようやく、昨年11月のサンクス・ギビングから始まったホリデー・シーズンの轍から、
抜け出すことができる、と。
まあ、はい、これがここアメリカでの毎年のパターン。

でさ、今年のこの間の抜けた新年会、なんだが、
ちょっとした、不穏な幕開け、となった。

例によって、遅れて来る奴ほど、社会的に上、
なんていう、妙な価値観に捕らわれている昭和世代の忙しぶりっ子の連中。
よって、時間通り来た奴らは、その主役気取りたちが到着するまでの間、
なんとなく宙ぶらりんな、間延びした序章を続けることになるのだが、
で、そんな中で、ふと誰かが呟いた妙な言葉。

最近よく人が死ぬよね。

え!?… !

「騎士団長殺し」を読む ~ これは村上春樹のパノラマ現象か?

Posted by 高見鈴虫 on 12.2018 読書・映画ねた   0 comments
実は、と始めると仰々しいが、
実は昨年末、妻が旅立った、そのあたりから、
この長文乙は、すっかりと冬眠モード、なのであった。

そう、言わずと知れたこの大寒波の氷漬け、
と、実はそれを口実にでっち上げては、
そう、いまや妻が消えた途端に始まる、
その恒例となった、この読書癖。
つまりは、つかの間の妻の不在時、
このなんとも宙ぶらりんな、
あっけらかんとすっからかんになった部屋の中で、
半ば呆然としながらも、
そんな時になると、どういうわけか妙な具合に、
村上春樹、が読みたくなってしまう、
俺という人は、実は、そういうもの、であるらしい。

という訳で、妻が旅立ったその翌々日、
俺はまたまた、鬼の居ぬ間の洗濯、
ならぬ、ブックオフ。

そこで見つけた、村上春樹。

言うまでもなくそれこそが、去年の日本を騒がせた、
7年ぶりの長編であるところの「騎士団長殺し」

そう、実は俺は待っていた。
この時を、この妻の不在の、あっけらかんとしてすっからかんになった、
この瞬間に、この「騎士団長殺し」を読む、
そのことこそが、今回のこの妻の不在のクリぼっち、
犬とふたりで取り残された年末年始、
その間の、唯一の、愉しみ、あるいは、使命、だったのである。


「上を向いて歩こう」~ バンドマンの死に添えて

Posted by 高見鈴虫 on 15.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
そうか、ありがと。
式には出れたんだね。
それを知って、今更ながらちょっとほっとした。

ー> 

いや、実は、俺にも経験があってよ。
義理のあった、というよりは、まあ恩義のあった人。

少年、というよりは小僧だった俺を、
バンドマンの世界に引きずり込んだ、
その張本人、というか、まあそう、つまりはバンマス。

バンドマンのいろは、じゃねえが、
そう、バンドマン魂みたいなものを、
これでもか、と教え込まれた、
というか、見せつけてくれた、
そんな大先輩の訃報を聞いた時、
俺はもうその時にはすでにカタギの片割れ。

昼のオフィス仕事ではスーツを着ながら、
嘗てのバンドマンであった過去などはおくびにも出さず、
とは言うものの、
こんな恥ずかしい姿、バンド連中には見せられねえな、
と始終思って暮らしていた、そんな抜け殻の残骸状態にあった、
そんな時・・・

そうか、あの人、死んだのか。


男にとって解放とはなにか ~ そのいち「男にとって、馬鹿と自由は同義語、である」

Posted by 高見鈴虫 on 20.2018 ニューヨーク徒然   0 comments

この史上最悪と言われた極寒のニューヨークの巷を、
なにを血迷ったか、今日も今日とて自転車の人、である。

この何もかもが凍りついた極寒のニューヨーク。
IPHONEを見れば、気温1度、とある。
気温一度、つまりは、氷結温度の一歩手前、という奴か、
と思えば実はそれは大間違い。
ここが米国である以上、それは華氏であって摂氏にあらず。
ではその華氏一度という奴が、摂氏でいうところの何度かと言えば、
じぇじぇじぇ、それは、なんと、マイナス17度。
水が氷る、どころか、身体中の隅々まで、
血からリンパ腺から、
鼻水からよだれから涙から耳垂れから、
胃液から膀胱の小便から脳味噌さえも凍りつく、
これが本当の華氏状態、
そんな極寒の巷、なのである。
だがしかし、驚くのはまだ早い。
そう、本当の問題は、体感温度。
見たくない見たくないとは思いながらも、
そこにマイナスの記号を見た途端、
それってもしかして、
摂氏で言えば・・マイナス20度?・・・
それはまさに、あなたの知らあらない世界、である。
北海道、どころか、アラスカ、シベリア、
果ては北極だ、南極だ、なんてところにまで出掛けてなくては、体験できあらない筈のこの狂気じみた異常寒波。
ふと思って、
だったらアラスカはそれこそマイナス80度ってことなのかい、と見てみれば、
あり?なんとアラスカの方がニューヨークよりも温かい、ではあらないかかか。
おいおいおい、である。
これぞまさに、LIFE BELOW ZERO。
ドアを開けた途端、そこはなにもかもが白く氷ついた死の世界。
唸りを上げて吹き荒ぶ氷の突風に煽られながら、
融雪剤入りのダイヤモンド・ダストがもうもうと立ち上がっては渦を巻き、
残雪に凍りついた舗道は一面にガラスの破片をぶち撒けたようである。

このすべてがすべて完全に凍りついた朝、
外に出るな、死ぬぞ、とばかりに、
非常事態宣言の発令されるこのシベリア日和、どころか南極北極。
戸外に出ることが、苦痛どころか、
まじめのまじめに「死の恐怖」さえも感じるこの極寒の中を、
この自殺バイカー、ならぬ、神風チャリンカーは、
それこそ、まじの本気で生命を賭けて、
果敢にも自転車に跨っては、
狂気のチャリ通勤を続けているのでああある。





地獄でなぜ悪い ~ 平成末世の読書案内

Posted by 高見鈴虫 on 25.2018 読書・映画ねた   0 comments
このベビーメタルのロス期の間に、暇に任せて古本漁り。箸にも棒にもかからない、つまりはなにがどうあっても糞の役にも立ちそうもないものばかりを読み漁っている。

根っからのテレビ嫌いである俺にとって、読書こそは唯一絶対の娯楽。
場所を選ばず時を選ばず、少なくとも小一時間、あるいは三日から一週間はどっぷりとその妄想的世界に迷い込むことができる、まさに安上がりこの上ないコスパ最高の原初的娯楽なのである。

ただそんな暇つぶしを目的とした俺の読書癖。
当然のことながら、なにひとつとしてなんの節操もない。或いは敢えてそこに節操やら目的やらを求めない。つまりはその看板やら後ろ盾やら縦書から横書から古今東西右左。主義主張に囚われず、立ち位置に捉われず、それが活字である限りはとりあえず読み初めてみる、つまりは乱読の極み。
気が向いた時にブックオフに立ち寄っては、目についたバーゲン本を大人買い。
床に山積みにしたその上からなんの脈略も節操もなく読み捨てていくのであるが、
まあぶっちゃけた話、その大抵の本は、数ページを捲った時点で読む価値無しと秒殺刑。
時間の無駄、どころか、馬鹿な頭がますます馬鹿になる毒ガス扱い。
そんな糞本はえんがちょとばかりに腹立ちまぎれにズタ袋に叩き込んで、次回のブックオフ来訪時に小銭と交換して貰うことになるのだが。

そう、この時代、早々と最後まで読み切るに値する本には出会えるものではない。
それも、ブックオフのバーゲン本限定、となると尚更である。
改めて、ブックオフに行く度にそこに山積みにされた膨大な本を眺めては、いったいどこの誰がどんな目的で誰に向けてこんな本を著したのか、皆目まったく見当もつかない、
あるいはその下心、ステマが誘導が勧誘が洗脳が詐欺が無理強いが、そんな腐ったカラクリが丸見えの筒抜け、そんな毒本の山々ヤマ。
どれひとつとってみてもまったくなにひとつの興味も惹かないどころか、ともすれば人類の知性の底を見極めてしまったかのような、そんな絶望的な気分にも陥ってしまったりもするのだが。
しかしながらこの悲しき読書癖、
無駄は無駄と承知したうえで、まるで砂浜で金属探知機を転がす宝探しマニアのように、
あるいは、下手をすれば目をつむったまま、
どれにしようかな、天の神様の言うとおり、なんて調子で選び抜いたその駄本の数々。

まあそう、たかが暇つぶしじゃねえか。
糞のような連ドラ、あるいは、YOUTUBEの屑動画を漁るよりはなんぼかマシ、その程度に過ぎない、その以上でも以下でもあるべきではない。
ただそんな宝探し的な古本漁りの中からも、時としてちょっとした収穫というものも極稀ながら存在する。

とまあそんな具合で、この冬、またまた暇つぶしの娯楽として読み捨てた数々の本。
その中から、ちょっと、心に引っかかったものをいくつか。


男にとって解放とはなにか ~ そのに「解放とは振珍で聴くベビーメタルと心得たり」

Posted by 高見鈴虫 on 30.2018 ニューヨーク徒然   0 comments
かのブラピと同じくして生来の振珍主義者である俺は、
家に在る時には着衣を纏わあらない。
それは夏の開窓時も真冬の極寒、
効きすぎたセントラルヒーティングにドライサウナ状態の最中でも同じ事。
家に帰り着きドアを開けて厠に辿り着くまでの間に、
靴から上着からシャツからそしてズボンから猿股まで、
一切を脱ぎ捨てながら床の上に放り出し、
そして厠でフリーハンドで用をたした後は、
そのまま台所の冷蔵庫から缶麦酒などを取り出しては、
居間のソファに座ってぷはぁとやるまでの間に、
一缶がほとんど空になっていることが多いことから、
その時には必ず二缶を取り出すことにもなるのだが、
とそんな時、開けてない方の缶を振珍の金玉:きんぎょくの下などに充てがっては、
ひゃっこいひゃっこいとやるのを忘れあらないのも男の嗜みと心得て居る。
そんなとき兼ねてから思っているのは、
なぜ缶麦酒にはプルトップ式の小穴からちゅるちゅると啜る形式のものばかりで、
あのワンカップのように、上蓋ごとカポッと全開にする豪快なものがあらないのか。
もしそれがあれば、この開いた方の缶にそのまま振珍を収めては、
南国の土人の如くペニスケイスを気取ることも出来たであろうに。
どうも最近の珍カスどもは袋の開け方なんぞという細々としたところにばかり気を配っては、
そこに、豪快さ、という美意識が脱落していることが多いと思うのは俺だけだろうか。
ただブラピと並んで生来の振珍主義者である俺としても、
さっきの小水の残りが尿道から一滴と言わずとも半滴、あるいはその半分であろうとも、
そんな雫がソファの上に沁みてしまうのさすがにあまり良い気がしあらない。
であれば、そこにティッシュペーパー一枚をさらりとさりげなく被せるというのが粋な趣きであろう。
ただティッシュペーパー一枚を被せるぐらいであるなら、
なぜ猿股の一枚ぐらいを纏うことを厭うのか、という言われるだろうが、
そこはやはり、ブラピと並んで生来の振珍主義者である俺の拘りというものだ。
全裸であって全裸にあらずこの極々薄い紙一枚のたしなみこそは、
生来の振珍主義者のリスクであるとこの先っぽからの思わぬ一滴に対する、
さりげない気配りのなせる業。
そして我が城において完全なる振珍にティッシュ一枚という姿で完全に解放された俺は、
かみさんのいないのを見計らっては、そこでベビーメタルを聴くのである。
世界最高レベルのプロフェッショナルの中のプロフェッショナルであるところの神バンド、
醸し出す超絶なスラッシュメタルの中のドライブに煽られては、
思わず居ても立っても居られずにティッシュ一枚の嗜みさえをも金栗捨てては仁王立ち。
膝を曲げ踵を上げ、中腰の姿勢で開いた足をこれでもかと踏ん張っては、
握りしめた拳を前に向けては肘を直角に曲げて脇を引き絞り、
この凄まじいばかりの錐揉みビートの中、その激しい躍動の中で我を忘れては、
思わず掛け声もろとも、せいやそいや、せいやそいや、せいやそいや。
とそんな時、股間の間からたっぷん・ぴったん、たっぷん・ぴったん、たっぷん・ぴったん
とばかりに、調子外れな、だが妙に切なくも微笑ましい拍子が聞こえてくるではないか。
ニューヨークの摩天楼に散りばめられた星屑の中の一つを覗き込めば、
ベビーメタルの楽曲に合わせて小太りの男が一人、
恍惚として激しく躍動するその股間から、
たっぷん・ぴったん、たっぷん・ぴったん、たっぷん・ぴったん、
そんな姿の中に、この世界一の大都市に生きる男たち、
そのダイナミズムと同時に、ちょっとしたペーソス、あるいはリリシズム、
微笑ましくもほろ苦いおかしみ感じているのではないだろうか。

男にとって解放とはなにか。
男にとって解放とは、振珍で聴くベビーメタル、と心得たり。






  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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