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潮来の伊太郎を、イタコの鬼太郎 と思っていたのはきっと俺だけではない筈だ

Posted by 高見鈴虫 on 01.2018 今日の格言   0 comments


チリンチリン、チリンチリン、
深夜を疾うに過ぎた頃、
裏の林の井戸の底から、
チリンチリン、チリンチリン、
鈴の音が響く。

あれは誰が呼ぶ声か、
あれは誰を呼ぶ声か。

井戸の底に人が棲まう訳はなく、
閉ざされた地の底に風がそよぐ筈もなく。

海の彼方と空の果て、
水平線と地の底が繋がって、
そして降り注ぐ恵みの雨に溶けて、
死者の魂は再び地上へと舞い戻るのである。

つまりは時空を超えた概念とは「死者」の視点なんだよ、はいはい。
ただ死=無としてしまうと当然死者にも視点も概念も糞もない。
この在るはずもない死者の視点こそが東洋思想なのではないのかな。
終ったところから始まる。つまりは無常観だろ、ふむふむ

「存在アピール」

Posted by 高見鈴虫 on 04.2018 ニューヨーク徒然   0 comments


時間に追われる雑踏の中で、
でかい図体をしてはわざとダラダラと歩く太った黒人の連中は、
言っちゃなんだがとても迷惑である。
どうせ生活保護で暮らしていられるのだから、
生活保護で暮らせるゲトーからわざわざ出てきて欲しくはない、
そう思っている思われているのは百も承知のくせしやがって。

そんな黒人連中は、
つまりは通行人に迷惑をかけることでしか、
自身の存在を示せない。

同じように虫国人はがーがーとでかい声で話すことでしか、
インド人のタクシー運転手は自転車に幅寄せすることでしか、
それを言ったら赤首は首が赤いこと以外はなにも示すものがない。

婆はわがままをいうことでしか
おやじは説教をいうことでしか、
赤子は泣き、餓鬼は悪さをし、
犬は吠えて猫は引掻き豚は喰うことでしか、
存在を示せない、のだとすれば、

そんな存在アピールを前にした時、
こいつ、寂しいんだな、と思ってやるべきなのだ。

存在の希薄さに対する不安は、
なにも、インテリゲンチャだけに限ったことではないのだから。

その点、自ら存在そのもの消し去ってしまった草食系ゆとりの方々って、
実は凄く先を行っている人たちだったのだな、と思い知る。
敢えて存在を主張せず、ただ消え去るのみ、という奴か。
その深淵なるニヒリズムこそが現代のダンディズムであらう。

あやかりたいものである。

「窓辺のポトス」

Posted by 高見鈴虫 on 10.2018 今日の格言   0 comments


窓辺のポトスが、俺ってなんの為に生きているんだろうと、考えていたりしたら、
ちょっと気が滅入る。
が、窓辺のポトスのようにしか生きられない人々が、
窓辺のポトスのように無心のままに一生を終えられるのか、と言うと、
実はそれほどまでに潔くもなりきれず。、
ただ、窓辺のポトスぐらいの価値しかなくなってしまった人間が、
今更俺の人生ってなんだったのだろうと思い悩む姿は、
見ていてこれ以上気の滅入るものもないに違いない。

では救いとはなにかと、考えるに、

もしも、飼っている犬猫が、
私ってなんのために生まれてきたのかと日夜悩んでいたりしたら、とかとも思うが、
そう思わない、思わせないところにこそ犬猫の存在意義がある。
日頃からは嗚呼犬猫のように生きたいものだとは常々思いながらも、
そうはできないのが人間の業という奴で、
つまりは、愚痴愚痴と思い悩むことこそが、人間の特権と、考えたい。

人間とは考える葦である。

葦か。そうか、ポトスでは無かったんだね。

という訳で、窓辺の葦として生きようではないか、
それを新しいテーマとしよう。



前髪を失った俺たちに明日はない

Posted by 高見鈴虫 on 13.2018 今日の格言   0 comments

眼の前に長く垂れた前髪を、
さも邪魔くさそうに苛立たしげに搔き上げる少年たちよ、
思い上がるのもいい加減にしろ。

その邪魔臭くも苛立たしき前髪の意味するものを、
そのあまりに麗しき価値を、君たちはまだ知らないだけなのだ。

いつか君たちがその前髪を失なうことになる、
その時になって初めて、
その邪魔臭き前髪の象徴していたものがなんであったのか、
その価値に気づかされることにもなるのだが、
そんな当たり前の事実にさえ、
君たちはまだ、想像さえもできないに違いない。

そんな君達を日夜悩ませ苛立たせる
その邪魔臭き前髪の象徴するもの、
それはつまりは、日々君たちを脅かす不確実性という悪魔たち。
その不安から葛藤から、欲求から不満から、
怯えから恐れから、疑問から怒りから、
そんな苛立ちに今も身を引き絞り続けている少年たちよ、
ただ忘れてはならない、
君たちは日夜君たちを悩ますその不確実性という苛立ち、
その代償として君たちが日々当たり前のように享受しているもの。

少女たちの甘い髪の香りが、その不穏なほどの胸騒ぎが、
突如として突き落とされた失意のどん底から、
みるみると心に満ち満ちて行くメロディが、
時として唐突に湧き上がってくる意味不明なまでの熱情が、
身体の芯を震わせるそのビートが、
新たなる発見の喜びと、それを見失った落胆と、
その破壊と想像と、興奮と失意と、苛立ちと救済と、不満と充足と、
その七転八倒の限りなきアップ・アンド・ダウンの中で、
しかし日々当たり前に感じているであろう、その甘き季節の香り。
その全ての幻想が、儚い夢が、細やかなドラマが、
そんな君たちの邪魔くさくも麗しい前髪に象徴される
その不確実な未来に対する不安の、その大いなる見返りなのだ。

そして、そんな不確実性という悪夢からようやくと解放された時、
君たちはその解脱の、その心の平穏の代償として、
その麗しくも邪魔臭かった前髪を失ってしまった事実に気づく筈だ。

前髪を失ってしまった世界、
そうなった時になって初めて、
君たちにその邪魔臭い前髪の象徴していたもの、
そのあまりにも大きな価値に気づく。

そして少年たちよ、
その邪魔くさくも苛立たしい前髪の象徴する、
君たちを日々苛むその不確実性という不安こそが、
君たちの持ち得る、その全ての甘い幻想の、
儚い夢の、細やかなドラマの、その源泉なのだ。

その不安を恐れてはいけない。
その苛立ちを憎んではいけない。
その怒りを、失望を、悲しんではいけない。
その不安や、苛立ちや、怒りや、失望こそが、
君たちの持つ若さという財産のその全てであるのだから。

だがそれに気づいた時こそが、
君たちがその邪魔くさくも苛立たしい前髪を失ってしまった時、
でもあるのだが。

そして忘れないで欲しい、
前髪を失ってしまっても、朝はやはりやってくる。
シャワーからあがった濡れた髪をかき揚げ、
その哀れにもすだれ状になった前髪を前に、
前に流し後ろにか掻き揚げ、右に左に撫で分けながら、
そしてふと、そんな前髪との葛藤に心底うんざりしていた、
あの不確実性の季節を、思いやりながら。
前髪を失ってしまってもなお、春はやはりやってくる。
不安も葛藤も欲求も不満も
怯えから恐れから、疑問から怒りからも解放されたと同時に、
春の風に潜む、あの不穏な程に甘く切ない予感からも見放されたまま。

そうなった時になって初めて、
あの、邪魔くさくも苛立たしかった前髪の、
その真の価値に気づかされるのだ。

眼の前に長く垂れた前髪を、
さも邪魔くさそうに苛立たしげに搔き上げる少年たちよ、
思い上がるのもいい加減にしろ。

いつの日にか、そしてそれはそれほど遠くない将来に、
君たちは確実に、それを失うことになる、
その事実を、忘れてはいけない。

その日まで、君たちがなにをするべきなのか、
それを改めて、考えてみるべきなのだ。
その邪魔くさくも苛立たしい前髪の象徴する、
君たちを日々苛むその不確実性という不安こそが、
君たちの持ち得る、その全ての甘い幻想の、
儚い夢の、細やかなドラマの、その本当の価値を。

ただ、そう、いくらそんな事を言っても、
お前らにはそんなことさえ、気が付かないよな、
想像もつかないよな、そう、その通りだ。その調子だ。

という訳で、そんな迂闊なガキどもが、
その邪魔臭くも苛立たしい前髪の価値に気づかない以上は、

こんな前髪さえも失ってしまった俺にさえ、
まだまだ、チャンスはある、ということだ。

糞ガキども、せいぜいその邪魔くさきもうざったい前髪に、
無駄な舌打ちでも繰り返していろ。

例え前髪を失ったからと言って、
糞ガキども、まだまだお前らには負けてはいないぞ。
お前らがその前髪の本当の価値に気が付かないうちはな。


THE FOX FESTIVALS IN JAPAN 2017 海賊音源への雑感となります

Posted by 高見鈴虫 on 16.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
どもども、ご無沙汰です。
いやあ、別に喪に服している、という訳でもないのですが、
まあ、なんだかんだと、忙しくしておりました。

で、そう、あれからずっと、って、それがいつからなのか、と言えば、
つまりは、あの広島以来、
ずっとずっとずっと、そう、もう、ずぅうっと、
あの広島の海賊版ばかり聴いて過ごしておりました。

まあ確かに、それを挟んでかのWOWONの巨大キツネ大阪城、
なんてのもあったのですが、
俺的にはやはり、広島の二日目、これがまさに決定版。

ベビーメタルを知って以来、すべての音楽に興味が失せてしまった、
なんてことがいまも続いているのですが、
この広島公演を聴いてしまうと、
ともすればこれまでのベビーメタルの音源さえもが、
ちょっと、かなり色褪せて感じてしまう程に、
はい、俺的にはもう、この広島の二日目、
これこそが、史上最強。

ストーンズのゲット・ヤーヤーヤー・ズ・アウト、
THE WHOのライブ・アット・リーズ、
ガンズのリッツから、STPのハリウッドから、
オールマンのフィルモア・イーストから、
モンタレーからウッドストックに至るまで、
これまでのロック史上に輝いて来た、
そんな古典的なまでの伝説のライブ、
そのすべてを総じても、
このベビーメタルの広島の二日目に勝るものはなし、
そう断言できる、まさに神憑りも神憑り、
奇跡的な瞬間であったかと思います。

という訳で、いやはやこの広島の海賊版音源、
もう昼夜を問わず日常的に聴き続けていまして、
音楽が終わったら灯りを消すんだ、ではないですが、
この音が鳴り止んだ途端に、世の中との間にズレが生じてしまう、
つまりはこの広島の海賊版、すでにライフラインにも成りつつある、と。

とそんな中、会員限定として発売された
2017年夏の5大キツネ祭りと大阪城の巨大公演の実況ライブを収めた
豪華6枚組のBOXSET:THE FOX FEST 2017

赤坂BLITZでの三連戦、
7月18日男性限定の黒、
7月19日女性限定の赤
7月20日は10代限定の金
そして7月25日、ZEPP TOKYOでの、シルバーから、
7月26日、白塗り限定のコープス・パーティ。

この小箱連戦の集大成として、
10月15日、大阪城ホールでの巨大キツネと進化の過程が収められている、
とのことですが、

記憶によればその後、言わずとしれたサマーソニックへの出演から、
そして、名古屋、そして大阪の小箱公演、
そしてなにより、埼玉スーパーアリーナでの二日間が挟まっていたかと。

で、改めて、ベビーメタルはこのTHE FOX FEST 2017、
今となってはすでに遠い記憶の彼方とさえ感じられる
「観客限定」という企画を押し出したこの夏の連戦シリーズ、
何故にこのBOXSETという形で発売したのだろうか、と。



オリンピックと中元すず香 感動の本質とは、勇気、と見たり

Posted by 高見鈴虫 on 18.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
このところ、明けても暮れてもオリンピックである。
ここ米国においてはオリンピックはそれほどまでに話題にはならないながらも、
米国一の巨大ネットワークであるNBCのプライムタイム放映を中心に、
そのサブシダリーであるNBCSNにおいてはほぼ24時間ぶっ通しで、
米国選手たちの活躍を中心とした放送が続けられている。

普段からはテレビなどほとんど観ない暮らしをしていながらも、
この時ばかりは昼夜を問わずテレビに齧りつき、
日本頑張れ!世界の晴れ舞台に日の丸を!
近所迷惑も顧みず絶叫を響かせている。
多人種国家である米国においては、ともすれば疎んじられることの多いこの母国愛。
と同時に近年のグローバルなご時世においては、
最早ノスタルジックなまでにすっかりと時代遅れとなった感のあるこの愛国心という奴ではあるのだが、そう、オリンピックなんだぜ、と。
オリンピックぐらい思い切り素直に日本人をやらせて貰ってもいいじゃねえか。
こんな時ぐらいしか、自国愛、なんてものを、
ここまで思い切り大っぴらに振り回せる機会もないではないか。
そう、国家なんて、それぐらいのもの。
国、なんて、国家なんて、オリンピックを思い切り楽しむ為の一種の飾りに過ぎない、
それ以上でも以下でもあるべきではないのだから。
なんてことを思いつつも、
今更ながらオリンピック。
それぞれの旗印を背負った選手たちの決死の活躍の中で、
思わず、その潜在意識に秘めた好き嫌い、
このグローバル社会において、普段からは絶対の禁句の禁句である筈の、
この好き嫌いが、思わず、本音混じりに炸裂を繰り返しては、
くそったれ、なにがどうあっても、あの赤い旗にだけは勝たせたくねえ!
なんてことを、思わず、ポロリと、叫んでしまっては、やばいやばい。

という訳で、そう、オリンピックである。
熱烈なまでに、そして、悲しいぐらいにまで、
俺って、やっぱり、日本人。
何年異国に暮らしていても、例え日々をどんな人々に囲まれていようとも、
俺って、やっぱり、どうしても、日本人なんだよな、
そのあまりにも濃過ぎる、まさに宿命的なまでの土着性をこれでもかと思い知らされながらも、
一種遣る瀬無いまでの哀愁を込めながら、
日本、頑張れ! その魂の叫びを、押しとどめることが、できないのである。




あなたの知らないベビーメタル ~ BABYMETAL THE FOX FEST 2017 BOXSET 生搾り鑑賞メモ

Posted by 高見鈴虫 on 19.2018 BABYMETAL☆ベビーメタル   0 comments
オリンピック惚けの最中、いきなりだが、なんの唐突もなく、
THE FOX FEST 2017 の BOX SET
その前半戦の、鑑賞メモ、でござる。
え?なんだって? まあまあ、事情は聞かないでくれ。

ただ、凄いぜ、これ、まじで。

そう、
こんな糞ブログを漁っている酔狂なおさんたちの知る姫様とはまた一味違って、
赤キツネたちを前にしたベビーメタル、
そして、金キツネを前にした三姫たち、
その姿、ものの見事に、ドラマチックなまでの豹変ぶり。

これぞまさに、あなたの知らないベビーメタル。

つまりはこの秘密の姿こそが、
同時期に同様の会場で行われた公演を
わざわざボックスセットに詰め込んだ、
その理由なんだろう、と。

という訳で、
BABYMETAL THE FOX FEST 2017
あなたの知らないベビーメタル、

異なる客層を前にした秘密の密室で、
いったいなにが起こっていたのか、

以下、乱筆乱文御免の生搾りメモ、

ご参考までに・・



2018年平昌オリンピック雑感~世紀の頂上決戦の後に思うこと

Posted by 高見鈴虫 on 25.2018 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments
その日はどうにも朝からそわそわ落ち着かなかった。
言わずと知れた平昌オリンピックの一大クライマックス
女子フィギュアスケート・フリープログラム、
エフゲニア・メドベージェワとアリーナ・ザギトワの一騎打ち。

1980年のジョン・マッケンローとビヨン・ボルグのUSOPEN、
1996年のイベンダー・ホリーフィールドとマイク・タイソン、
2008年のロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルのウィンブルドン、
そんな歴史上の名勝負とも引けを取らない、
まさに、人類史上に残る頂上決戦の日!なのでああある。

この日ばかりは早々と仕事を切り上げては、
途中で邪魔をされないようにと早めに犬の散歩と夕食の支度を済ませておこうと思ったのだが、
家に着いた途端に、ドアの前までにも漂う不穏な、しかしあまりにも香ばしいおでんの匂い。
そうか、今夜はおでんか。
ドアを開けた途端、普段ならば息せき切って出迎える筈の犬の姿が、ない。
濃厚に漂うおでんの香りの中、不気味な沈黙に包まれた暗い部屋の中、
まさか、この部屋の中で人が死んでいるのか!?
大根の匂いに、嘗て知ったそんな不穏な記憶を呼び覚まされながらも、
なるべく遅い時間に犬の散歩に出ては、
普段なら夜の10時出る筈の犬の散歩のスケジュールを、
なんとかフィギュ放送の終わる12時以降まで引き延ばそうという妻の周到さを省みては、
そこに並々ならぬ気合を感じない訳にはいかない。









  

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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