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「下流社会」なんだとさ。笑わせてくれるな。

Posted by 高見鈴虫 on 28.2008 読書・映画ねた
実は先週末から「下流社会」って本を読んでいて、
日本でベストセラーになったらしいんだけど、
内容がひどい、というより厭らしくてさ。
内容としては、少し前まで、一億総中流、と言われていた人々が、
コレカラは上流と下流に分れて、と、いう、まあ予想通りのチャチな展開。
それを、どこから持ってきたか判らないような杜撰なデータから、
数字を上げて、表にして並べて、判りやすくグラフして、
なんて、そうそう、大学のプレゼンのクラスで笑ってただろ?
これ、上手い人の騙し方、じゃないか、とかさ。
まさにあれ、だよ、あれ。
つまりは、と、そうそう、すぐにぴんとくるでしょ?
いかさまプレゼンテーターのこけおどしの手口、そのもの、と。

そう、これ、まさに、そういう本。
いかさまプレゼンテーターが、
依頼者の要求をとりあえずそれらしくでっちあげて会議を煙に巻く時の、
それ特有の雄弁さと、胡散臭さに満ち満ちていると。

つまり、そういう人がそういう目的で書かれたその手の本。

ちょっとでも社会経験のある奴なら、
あるいは、アメリカ来たことある奴なら、
すぐに、これ、書いた奴、やばい、
読んでる奴もやばい、とすぐにぴぴん、として、
そして、ニヤニヤニヤ、としてしまう筈。

ただね、
そう、笑ってしまうのは簡単だけどさ、
ただ問題は、この本が売れているのは日本!なんだよ。
そう、A型国家・日本。
そう、それってまじ、わりとやばいというか。
つまり、本気で騙される奴が割りとたくさんいるんじゃないの、ってことでさ。

つまりね、下流社会、この凄いキャッチーなコピーから、
内容も良く考えずに、
上流だ、下流だ、と口走る輩が、割と増えるんだろうな、と。
つまり増えるのは、「そういう奴」、なんだよ、「そういうこと」じゃなくて。
そう、つまりそれが日本、と。
で、その、内容も良く判らないキャッチーなイメージが、
いつのまにか現実を凌駕したかのように幻想してしまう、と。

少し前の勝ち組・負け組み、の時だって、
勝ちだ負けだ、なんて、そんな幼稚な二元論的展開の内容が良いの悪いの、
なんて実は誰も考えてなくてさ。
ただ、勝ち組だ、負け組みだ、と喜んで言いたがる奴が増えます、
そういう単純な論理で社会をばっさり、と理解したつもりになっている、ノータリンが増えます、
つまり、ちょっと頭の回る人は、非常に不愉快な世の中になりますよ、
というそのコピー文、なのであって、でも増えたでしょ?そういう馬鹿。
そして、
予想通りに、不愉快な世の中になったわけでしょ?

という訳で、この下流社会の意味するもの、
つまりは、
俺は上流、君は下流、だって・・・・だから、
なんて顔をまじでしたがるアホが増えるぞ、ということを意味するのだな、と。

これはまあ、ネオ・勝ち組負け組みで、
つまり、負けても、努力をすれば、とか、次に勝てば、
というのではなく、
俺は、最初から*流だ、と勝手に宣言されてしまって取り付くしまも無い、
ような人々が増えてあとはまあ勝手にやってくれよ、
と、つまりますますの断絶、ますますの引きこもり、
そしてますますの孤立感から発狂する馬鹿が増えるぞ、と。

つまりそういうこと。

あああ、このタナボタで転がり込んできたネオ・バブルも
ジョーリュー・カリューなんて馬鹿な話のなかで終っちゃうんだろうな。
つくづく馬鹿だな、ニホンジンって、って思わない?

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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