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はあどぼいるど ~ 男の価値は、孤独の侘しさの中に美学を見いだす事ができるかどうかで決まる

Posted by 高見鈴虫 on 25.2010 日々之戯言(ヒビノタワゴト)
はあどぼいるど

一人暮らしの長い男の部屋はたいていにして妙に片付いている。

一人暮らしという事は
当然のことながら

出て行った時と全くおんなじ状態がそこにある、ということで、
この全く同じ状態というのが
堪らなく気が滅入る。
なぜ気が滅入るのかとすれば
それはそこにある永続性にではないか、
と思う。
昨日は今日も続きで明日は今日の続き。
散らかった部屋はその永続性が際立つ。
と言う訳で
何かのきっかけに部屋を徹底的に片付けた後は
しばらくはその状態が続くように気を付ける。
それは片付けながら暮らすと言うのではなく、
なるべく何にも触らないようにして生きようと言うただそれだけのこと。
その構成物にうっすらと埃が積もる頃になると
部屋は人が住んで居ながら
見捨てられた感が強くなり、
侘しさが増す。
そうなるとそんな部屋にはやはり徹底的に帰りたくなくなる。
これだったらもっと散らかって居た方がいい
とも思ったりもする。
という訳で見捨てられた部屋に暮らす一人暮らしの男が今日も深夜の部屋に帰り着き
何に触る事もなく
灯りさえも付けないままにどさりとソファに倒れこむとテレビのリモコンさえ手を伸ばす事もないままにそのまま朝を迎えるというわけだ。
はあどぼいるど
男の価値は、孤独の侘しさの中に、敢えて美学を見いだす事ができるか、で決まるのか。

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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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