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アメリカを聞きながらアメリカを思っていた頃

Posted by 高見鈴虫 on 22.2013 旅の言葉   0 comments   0 trackback
15の夏。
俺がまだ少し、ヤワな気持ちを残していた時代。

バイトの休み時間に、こっそりと溜まり場を抜けだして、
裏の廃船のデッキに壊れたラジカセを持ち込んで、
サイモントガーファンクルを聴きながらアメリカを思っていた頃。

旅に出たかった。
そしてそのつもりでこうして住み込みのアルバイトに出たのだが、
そこはピッツバーグでもニューヨークでもなく、
千葉の先っぽの小さなドライブイン。
ミセス・ワグナーのパイの代わりに、
銀杏入りの茶碗蒸しとサザエのつぼ焼きを毎日作ってすごしていた。

キャスィーの代わりにケーコとヒロエとユリコとエリがいた。
今から思うとどの娘もそれほど悪くはなかったのだろうが、
しかしあの頃の俺にとってはその誰もがKathyには徹底的に及ばなかった。

俺にとってキャスィーとは、
もちろん卒業のエレインことキャサリン・ロス。

西海岸と東海岸の違いも判らないまま、
早いところ旅に出てニュージャージー・ターンパイクで車の数を数えながら、
I am Lost... と呟かねば、と焦っていいたのだ。

が、しかし、
目の前の現実、
そしてこの娘たちとキャスィーとのあまりの落差に、
アメリカは遠い、と勝手に絶望していた。

そう思っていた頃のアメリカ。
素敵だったな。
まるで思い出の中のように。

という訳でニュージャージータウンパイクだ。
今日も渋滞だ。
車の数を数える気にもならない。
ジョージワシントンブリッジを越える時には7時を過ぎているだろ。
それまで暇つぶしにAMERICAの歌詞でも思い出してみようか。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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