Loading…

「姿勢の話 ニューヨークの雑踏で日本人がすぐに判る理由」

Posted by 高見鈴虫 on 04.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
どういう訳かやはり、
ニューヨークという人種の坩堝においても
日本人というとすぐに目に付いてしまうところがある。
さすがに女の子は化けるのが上手いので、
2-3日もすればすっかり無国籍なニューヨーカー面で
おすましを決め込んだりもしているのだが、
どういう訳か男、特におっさんにいちゃんは、
どうも生まれ持っての性がなかなか抜けないものらしい。

という訳で、ニューヨークの雑踏の中での日本人である。
集団でいらっしゃっている方は、
もうまとめてドーンとまるっきり農協さんの団体なので、
思わず微笑んでしまって、
ああ、どうも、
と手を振ってしまったりもするのだが、

ことにその、駐在員と言われている人々に関しては、
もうどうにもこうにも目について仕方がない。

なぜか、と言えばなぜだろう、
とは常々思っていたのだが、
つまりはそれ、日本の会社、というものが個人に要求する、
その主体性の無さ、なのではないだろうか。

とりあえずどうにもこうにも、
日本人駐在員というのはすでに圧倒的に影が薄い。
あまりにも影が薄すぎて逆に目立ってしまう訳である。

どこにいっても何をしていても、
どうもそのいかにも挙動不審げ、
というか、
言ってみればそのおろおろとした雰囲気。

見てくれからすれば、
生まれてこの方、一度もまともに走ったことがない、
という、未熟児的奇形体型の虚弱児童風から、
なにを間違えたかまるっきりただのおっさん、
そのままらくだのシャツに腹巻をすれば、
りっぱなくまさんはっさんのような小太りおじさん。
あるいは、
完全になにかを間違えているテレビの中のフリークス。

まあ言ってみれば、押しなべて影が薄い、
というよりは、まさに、生命力の脆弱さ、なのではないだろうか。

そんな日本人が、人種の坩堝といわれるニューヨークの雑踏を、
いかにも迷子の子供のように、頼りなく落ちつかなげにきょろきょろしている様を見ると、
思わず、この人ほんとうに大丈夫か?と思ってしまうわけである。

という訳で、いったいぜんたい何故なのかな?
と改めて考えてみて思い当たったのは、

まさに姿勢が悪さなのではないだろうか。

言うまでもなく日本人は姿勢が悪い。
そして歩き方はと言えば、いかにも「歩く」という動作自体に慣れていないような、
前かがみでひょろひょろとまるで道端の小銭でも探しているかのような有様。

がしかし、実際に日本人が歩きなれて居ないのか、と言えばそれは嘘である。
日本人ほどに健脚な民族を俺は知らない。
それが証拠に、先の東京出張の際には、
地下鉄の駅を降りる度に、
なんでこんなにエスカレーターが長いのだ!辟易していた筈だ。
がしかし、そこは日本人である。
あの長い長い長い地下鉄のエスカレーターを、
しかし黙って立って待っている、なんてことができる筈がない。
思わずちょっとすみません、と脇を登り初めてしまって、
が、しかし途中で息が切れても足がつっぱっても、
途中でやめた、あきらめた、と見られるのが癪で、
結局は最後まで登り切ってしまう。

日本人というのはそもそもそういう民族であった筈である。

では、それならばこそ、なぜなのか、
なぜ日本人はこうもニューヨークの風景になじまないのか。
と言えばやはり、その筋骨そのものなのかもしれない。

草食系だかなんだか知らないが、
ニューヨークで細身の身体に柳腰。折れそうな手足にアクセサリーをジャラジャラ、
というのはまさにしくゲイだけである。
がしかし、ゲイなるものの中でもやはり男性美を磨き上げているゲイは、
まさしくそれでいて筋骨隆々、あるいは、朝晩ジョギングで鍛え上げているために、
日本人の、あの、まさに奇形魚のように白々しくも弱々しいその歪んだ骨格は、
なんというか、まさに、フリークス以外のなにものでもない。

それはつまりは、つきつめて見ればその歪んだ社会構造、
敷いて言えばその教育制度にあるのではと見ている。

つまり駐在員なる人々は日本でもエリートコース。
つまりは学歴優秀ということは、
やはり血気盛んな青少年時代を、
ひたすら机にかじりついて受験勉強ばかりやっていた筈である。
よって、その身体が歪んでいても当然ということなのだが、
いやはやである。
見ていて哀れ、というか、それを通りこして気味が悪くもある。

改めて言えば、アメリカはマッチョの国である。

兵隊の行進ではないが、肩を張り背筋を伸ばし、
顎を上げて首筋を伸ばし視線は遠くを見ながら
いかにもさっそうとして歩くことが社会人のまず第一である。

出会い頭にはしっかりと目と目を合わせ、そして白い歯を見せて笑い合い、
ガッチリと握手をする。
その握手はあらためてガッチリである。
なよなよと力のない握手はそれこそゲイ。
暗にオカマ掘ってください、と言っているようなものだ。

ガッチリと握った手で、まさに相手の手を握りつぶさんがばかりに
思い切り握り締める。
これが、アメリカ流の挨拶なのである。

奇形魚、じゃなかった日本のエリートの方々、
ニューヨークに来る前に、
英会話の勉強と一緒に、
ジムで筋トレ、それも特に「背筋」を鍛えるトレーニングをしてきたほうがよくないか?
と思うわけである。


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://shumatsuwotohnisugit.blog.fc2.com/tb.php/1342-e9da0984

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム