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「クローンドッグ・ベア その四 最悪の一歩手前」

Posted by 高見鈴虫 on 28.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
金曜日の夜、夕飯から夜の散歩までの空き時間に、
慌てて洗濯を片付けていたところ、
いきなりハクション大魔王のテーマが鳴り響いた。
これはまさにサリーママことジェニーの着メロ。
おかしいな、夜の散歩にはちょっと早いが、
と電話を取ってみればやはりまさしくジェニー。

どうしたの?と言うが早いか、
ねえ、聞いてよ、あたしねえ、今日、ベアに噛まれたのよ。
ベアに噛まれた?
そう、エレベーターでいきなり飛び掛られて
サリーは?
もちろんサリーは一緒じゃなかった。一緒だったらそれこそ血の海よ。

さては、と。さてはジェニー。ベアがあまりにブッチに似ているものだから、
思わず手を出してしまって、それでベアが妙に勘違いをしてカプリ、という奴だろうか。

それはまさにキャトルドッグの警戒噛み。当たるか当たらないかとのことろでカチッと歯を鳴らして威嚇する訳だが、
まあいずれにしろ大したことはないだろう、と思っていたのだが、

で、どこを噛まれた?
お腹。もう大きな青痣ができて、ようやく血がとまったところ。
腹?腹を噛まれた?なんで?
だから、とジェニー。
エレベーターに乗ったらあいつが乗っていて、でいきなり飛び掛って来たのよ。
飼い主は?
あのバカ女。またリーシュをゆるく持ってたもので、飛びかかってきたベアを止めることもできずに。
で?
セーターの上から思い切りお腹を噛まれて。あんた、洗濯なんて早く終わらせてドッグランにいらっしゃいよ。見せてあげるから。

と言う訳で、とりあえず乾燥機から取り出したばかりの洗濯物をそのまま袋に詰め込んで、
取るものもとりあえずのドッグラン。

寒空の下、既に到着していたジェニー。
やあ、こんにちわ、と挨拶に来たブー君をじっと見下ろしているばかり。
あれ?と首を傾げるブッチ。どうかしたの?
とそうこするうちにボールを咥えたサリーがご挨拶。
やあやあサリー、元気だったか?と口のボールを受け取って、そら、走れ、と途端に二匹が並んで走り出して。

で?と言うが早いか、オーバーの前を開けるや、セーターをたくし上げるジェニー。
おいおい、こんなところでストリップ、と笑いながら、
ふと覗き込んだその白いお腹。
なんだこれ、と思わず口をあんぐり。

まさにそれは犬の歯の形。
上下に二つづつ4つ並んだ赤い穴はまさに牙の穴。
でその周りには一面に痛々しくも青黒い痣が広がっている。

これはこれは、と思わず。
随分と酷く噛まれたもんだね。

あのバカ女、リーシュをひっぱりもしないでただ悲鳴を上げるだけなんだから。
で、どうしたの?
エレベーターが下について飛び込んで来たドアマンが蹴散らしたのよ。殺されるかと思ったわ。

とは言いながら、ベアに比べたら二周りは大きいサリー。さしものキャトルドッグも、
マフティフとピットブルの合いの子であるサリーと比べればその破壊力はまるで比べ物にはならない訳で、
そんなサリーと暮らしているジェニー。いまさらキャトルドッグごときに驚くものか、とは思いながら、
そう言えばこんな猛犬サリーでさえ飼い主のジェニーにはまるで子猫のような甘えよう。
こうしてる今だって、めくりあげた傷口に顔をくっつけてはどうしたの?どうしたの?と心配げである。

医者には行った?
行ってないわよ、たかが犬に噛まれたぐらいで。
でもかなり酷いぜ。
まあね、ちょっとまた腫れてきたみたいだけど。
サリーの前でそんなことしたら、それこそあんな犬、一瞬で噛み殺されてたわよ。
まあ確かに、と顔を覗かせたサリーを捕まえて撫で撫で。この狂犬があ、と思わずヘッドロック。
途端に身体をくねらせて大喜びのサリー。したところを飛び込んで来たブッチが俺にもやって~と大騒ぎである。

まったくねえ、とサリー。
ブッチも随分といい子になったもんだけど、まさに犬は一皮めくれば野獣だから。
それは人間も同じことでしょ?
まあね。そう、ちゃんと愛に支えられていないと生き物はすぐに野獣に成り代わっちゃうのよね。

と言う訳で、ちょっとまた痛くなってきたから早めに帰るわ、とジェニー。
とりあえず寝る前に抗生物質をつけて。
ああ判ってるわ。
できれば、だけど、氷で冷やしておいた方がいい。
お腹をかい?こんなところ冷やしてたらそれこそ風邪引いちゃうわよ。
まあ確かにね。
あ、で、それからちょっと。
まだなにか?
ああ、凄く言いづらいんだけど、
なによ。
だから、あの、できれば告訴とか、しないでやって欲しいんだよね。
なんで?一応言うわよ、文句の一言二言ぐらい。
ああ、でも、ほら、飼い主はバカでも犬には罪はないから。
でも噛んだのはあのバカ犬だよ。
でも、あの飼い主のしつけしだいでは犬はどうにでもなる訳で。ほら、このサリーとブッチがいい例でさ。
確かに。それは判ってるわよ。犬には罪はないは。私が話をするのはその飼い主の方でね。
だから、飼い主を攻めれば攻めるほどに無実の犬に被害が及ぶわけで。
ああ判ってるよ。ブッチのそっくりさんだものね。
ああ、あいつ、最初に会ったときにはぜんぜんそんな犬じゃなかったんだ。
多分ね。飼い主が悪すぎたんだね。運命と言うか。
だから俺、なにかあったら連絡しろって電話番号も渡しておいたのに。
まあそれもこれも飼い主が悪すぎたんだよ。
犬には罪はない。
まあ確かにね。心配しなさんな。私だってそれぐらい判ってるって。

と言う訳でその翌日の夜。
ドッグランに着いてみるとまさに怒り狂ったジェニーがいた。

まったくバカにしてるったら無いわよ、と大変な剣幕。

一応ね、お互い犬の飼い主として事を荒立てるつもりもないから、
一応狂犬病やらの注射はしているか、だけでも教えてくれってメールをしたのよ。
したらね、
飼い主じゃないわけの判らない代理人から、
昨日あなたの会った犬は狂犬病の危険はありません、ってね、それだけ。
あなたの会った?会った訳じゃないわよ、飛び掛られて、嫌と言うほどに噛み付かれたのよ。
それをなによ、誰このステファニーって言う人は、ってさ、もうぶちきれたわよ。
で?
メールを返したわ。私は会った訳ではなく、飛び掛られて噛まれたんですよ、その違いを曖昧にしないでくれ、と。
したら?
知らないわ。次にはどんなバカがやってくるかちょっと楽しみよ。
あの飼い主、つくづく馬鹿なんだな。
それがね、あの人たち。実はとんでもないところに住んでるのよ。
とんでもないところ?
そう、うちのアパートのワンフロア、ぶち抜き。
ワンフロア?
そう、あたしの部屋、3ベッドツーバスの部屋の2倍。
2倍?6部屋に4バスルーム?そこに夫婦、と、犬が3匹?
そう。その通り。
まさか。
そう。だから、まあそういう人であることは確かなのよ。
とんでもない金持ちってこと?
あるいは。
あるいは?
だからそういう人よ。
想像がつかない。
そうでしょ?
でも、俺その御主人って人に会ったけどさ、ぜんぜん金持ち風には見えなかったよ。なんかその辺のデリのおやじみたいな。
本当のお金持ちってそういうもんなのよ。
そういうもんかな。
そうなんだとしたらなんでさっさとドッグウォーカーを雇わないんだ?
だから、それもお金持ちだからなのよ。お金持ちってそういう人たち。
なんかでも、あの飼い主たちちょっとおかしいぜ。
だから、それが金持ちなのよ。この御時世、普通の人は金持ちになんかならないでしょ。
と言う訳で私ムカついたわ。もうこうなったら徹底的にやってやろうかって思ってるのよ。
やれやれだな。
これはもう犬の問題なんかじゃないわよ。あのバカ女と私の問題。どんな奴が出てくるか楽しみだわ。

と言う訳でブッチである。
この可愛いブッチ。
お前があの時、あの雨の朝に俺なんかに出会わなければ、もしかしたらもっともっと金持ちの家に貰われて、
今頃専属ドッグウォーカーに連れられて専用ドッグランで好きなだけボール遊びをしていたかもしれない。
が、あるいは、あのリルビーのように、スラム街の路地裏をさ迷いながらゴミ箱を漁っていたかもしれず、
或いはチャンプのように素敵な姉妹に囲まれて徹底的に溺愛され続けたかも知れず、
或いはこのベアーのように、
金は持っているがやたらと頭の悪いけちん坊の家で、
徹底的に放って置かれたままケージの中に幽閉されていたかもしれない。
と言う訳でブッチ。
お前、うちなんかに貰われて幸せか?と思わず。
え、なにが?とブッチ君。
お前も自分専用の部屋欲しいか?
毎日たらふく旨い物食って、好き放題に噛み付きまくって生きていたかったか?

貰われていった飼い主によってまったく違う運命を生きるこのシェルタードッグ。
それはしかし人間だって同じこと。
つまりは、まあ、生まれたところ次第、という奴なんだよね。

と言う訳で幸か不幸かこんな家に貰われてきてしまったブッチ君。
金持ちでもなく飢え死にもせずのどこにでもいるニューヨーカー
そんな俺たちにできることはとりあえず最後の最後まで徹底的に愛してやるぐらいなものだが、
まあそれぐらいしかしてやれないが、まあそれだけは保障してやる、とだけは言わせて貰う。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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