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紐育で聴く「飛べない翼」

Posted by 高見鈴虫 on 26.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
なんの間違えか、
仕事中にふとした間違えで、サティのジムノペティの代わりに、
サリューの「飛べない翼」をかけてしまった。

と、その途端、
いきなり目の前には、あの高校時代のどうしようもなく鬱屈した、
あのドロドロと苛立った風景が広がったかと思うと、
まさしくあの頃の世界の中に持っていかれてしまった。

いやあ、やられたなあ、と思わず。
改めて凄い曲だな、と溜息をついてしまった。

これほど克明にあの時代のやるせなさを表現した曲があるだろうか。

例えば矢沢永吉にしたってカルチャー・クラブにしたって、松田聖子にしたって、
あの頃に巷に流れていた曲を何万回聴いたとしても、
これほどまでに克明にあの高校時代そのものを音として幻出せしめる曲を、
俺は他に見つけることができない。

その幻出した風景とはまさにこれだ。

月曜の朝、午前10時。

朝を過ぎた住宅街には、すでにカタギの人間は学校やら会社やらにすっかり出払ったあと。

鎮まり帰った街の中にぽつりと取り残された姿はどう考えても罰が悪い。

溜まり場のゴミ溜めの毛布の中でシケモクをくわえながら、
やれやれまた遅刻だ。今更のこのこ顔を出してまた要らぬ説教を聞かされるぐらいなら、
このままパチンコにでも出かけてしまおうか、と床に落ちた小銭を探していた時、
XJの爆音を響かせてひょっこりと顔を出したあいつ。

中卒で塗装工に就職したものの、入った途端にアンパン中毒になって敢え無くクビ。
街中をふらふらしながらそこかしこのチンピラといざこざを起こしては、
いざやばくなるとこの溜まり場に逃げ込んで来ていたあいつ。

おう、パチンコ行かねえか?カネ貸せや、と言うと、
馬鹿野郎、学校はどうしたよ、送ってやるから早く着替えろ、
などと心明なことを言う。

が、なんとなく、あいつのいつになく真剣な眼差しに促されて、
くちゃくちゃのズボンにくちゃくちゃのシャツを羽織って、
XJのけつにぶら下がったまま、
そんな爽快な気分のまま、
学校に着いた途端にこともあろうにあいつ、
授業中で静まり返った高校の校庭を、
爆音を轟かせながら2周3周。

なんだなんだ、と窓際に集まった生徒たちの真ん前で、
ほらよ、と降ろされて。

緑の半帽と引き換えに封を切ったばかりの峰を一箱渡されて、
にやりと笑ったあいつ。

大見得とばかりに派手にケツを振って走り去って行く後ろ姿を見送って、
今頃になってから走り出してきた教師たちの姿をぼんやりと眺めていたのだ。

辞めるなよって言ったってよ、これだもんな、と肩をつぼめながら、
まったく俺、いったいどうしたらいいのかな、と途方にくれていたのだ。

いきなり取り囲んだ教師たちの息のあがったザマをぼんやり眺めながら
ま、いいか、あいつに免じて機嫌直してやらあ、
と啖呵も切らずに玄関に向けて歩きはじめたの朝。

飛べない翼を聴いたとたんに、
あの月曜日の朝の校庭の風景が、まざまざとフラッシュバックしてしまった訳だ。

という訳で、飛べない翼に象徴される高校時代である。

あの頃の俺を包んでいたのは、身体がねじ切れそうなほどの苛立ちと、
胸が苦しくなるほどの焦燥感と、膝の砕けそうな無力感。

気晴らしに真夜中の湘南通りをぶっ飛ばしたり、
ライブハウスでドラムを叩いてはナンパした女を騙してすかして酷いことをしたり、
あるいは手に入る限りのドラッグを試してみたりもしたが、
そんなことをやればやるほどに焦燥はますます募るばかり。

馬鹿野郎、どいつもこいつもみんなぶっ壊れて死にくされ。

ただひどいことをすればするほど、
この周りを取り巻いたいけ好かない臆病なカタギどもの世界から
ほんのすこしだけ遊離できたような気がして、
その刹那の中に一瞬だけ打ち寄せるあの醒めた風の感覚を楽しんでいたのだ。

そんなショック療法は、ほとんどヤケクソなばかりにエスカレートさせた上に、
ふと気づくと、俺はすっかりあの時ひとり取り残された校庭の真ん中。

すっかりと行き場を無くして立ち止まってしまっていたのかもしれない。

そんなこんなで、俺は日本をあっさりと諦めた。

10万円だけ持って日本を飛び出た俺は、
その後、アジアのドブの底をこれでもかとドサ回りをしながら、
絶体絶命、抱腹絶倒、七転八倒の後に、
いつしかここニューヨークに落ちついて、
いつしかこの人種の坩堝の巷で、この街にはどこにでもいる
ただの謎の東洋人としてすっかりと紛れ込んで暮らしている訳だ。

という訳で、窓一面に広がるマンハッタンの摩天楼を眺めながら、
俺は日本の片田舎に密封された高校生たちの、
そんな鬱屈からは完全に開放された筈ではあるのだが。

だがしかし、いまになっても、飛べない翼を聴く度に、
あの時、絶望的な思いで見上げた校舎の風景をまざまざと思い出す訳だ。

もうどうにでもなれ、こんな俺に文句を言う奴はそのままナイフで切りつけてやろう、と思いながら、
一番傷つけてやりたかったのは実は他ならぬ俺自身だったのだろう。

そして今、そんな状況からはまったく隔絶されているというのに、
俺はなにも変わっちゃいないのか、とふと思う。

あるいは、そうやって経験してしまった想い、というのは、
その後いつまでもいつまでも残り続けるということなのだろうか。

という訳で、あの時の俺は、あのままの状態ですっかりと凍結されたまま、
くそ、やろう、遅えな、早く迎えに来やがらねえかな、バツが悪くてしょうがねえぜ、

と、勝手に途方にくれている、という訳だ。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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