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「犬の損得」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback

世にドッグラバーはたくさんいるのだが、
果たして、なにゆえに犬など飼っているのか、
と考えてみる。

人類が原始生活であった頃は、
たとえば、外敵から身を守る上で、
番犬としての犬の役割はまさに死活問題。
狩りのパートナーに、
その後は牧場では牛を追い、羊を束ね、
エスキモーでは橇を引っ張り、
雪山の遭難者に薬を届けたり、
瓦礫の山の中から瀕死の怪我人を救出したり、
と、まあ役にたつこともないではない。

が、しかし、この都市生活、という環境の中で、
果たして犬の役割とは、と考えると、
つくづく犬は肩身が狭い、というか、
そう、つまり役立たず、いなくても十分に済んでしまう存在、
になるわけだ。

が、しかし、それでも何故に犬など飼うか。



たとえば、かわいいから、やら、癒されるから、やら、
ヘタをすると、アクセサリー代わりに、
あるいは、イケメンのドッグラバーと出会えるかも、
なんて理由で、犬を道具、あるいは、餌、として利用しよう、
としている、ということになる。

が、しかし、犬が道具だとすれば、
しかし、道具である以上は、メンテナンスが必要な訳で、
たとえば、
雨の日も風の日も散歩に出たり、とか、
餌をやらねばならず、うんちも片付けねばならず、
病気になれば医者に行かなくてはいかず、しかも治療費がとても高い、
となるわけで、
ヘタをするとストレスばかり溜まってしまう。

という訳で、
なぜ、犬を飼うのか、
損得として考えるなら、まさしく、損、としか言いようがない。

が、みすみす損をすることがどうしても我慢のならない人々、

つまり、このメンテナンスの部分をすべてはしょって、
あるいは、人に任せて、つまり、金で買って、
となるわけで、
よって、損得勘定に長けた頭の良い人に限って、

散歩もせず、うんこも片付けず、
躾も、トレーニングも、すべてはしょって、

ただ、かわいい、かわいい、と生きたぬいぐるみ代わり。
あるいは、ファッションコーディネイトの一環としてそれを利用する訳で、

果たしてそういった犬たちが、なにを考えているかと言えば、
まあ、寝床があって飯が食えればそれでいっか、
みたいなところで満足してもらっているわけなので、
まあ、ギブアンドテイク、と言えばいえないこともない。

で、その損得勘定的な犬の飼い方、を推し進めれば、

まさに、手間がかかれば用無し、となるわけで、
汚れたぬいぐるみがゴミ箱に捨てられるように、
哀れシェルターのガス室で短い一生を終える、
という訳である。

まあ、それはそれで、犬としては幸せだったのか、
とも思わないでもないのだが、
果たしてそれだけか?というところに、
ある意味、ひっかかり、というか、
なんか違くない?という疑問が残る訳である。


という訳で、改めて考えるに、
果たして、犬、の存在。
別になくてもいいんだよ、とも思う。
事実、子供の頃に飼っていた犬が死んで以来、
20年以上もの間、犬なしでもやってこれた訳なのだから。
そのまま、犬のいない人生を全うすることも十分可能であった筈で、
それなのになぜ、と考えてしまう訳だ。

という訳で、
そう、損得ばかりで世の中を図れば、
犬、どころか、結婚、も、育児、さえもが無駄、となるわけで、
それを言ってしまえば、利用価値のない他人はすべて無駄、
ともなる訳で、確かにそういう生き方をしている人も増えている、
そして俺の周りにも割りとたくさん居るし、
果たして俺自身も、犬を飼うまではまさしくそういう人であった訳だ。


なんてことを考えながら、
残業ぶっちしてへいへいのていで帰り着いた我が家。

ドアを開けたとたん、顔を見たとたんに飛びついてきて、
だめだ、仕事用のスーツになにをする!
というのも聞かずにいきなり抱きつかれて顔中を舐められ、
いやはや、まったく、とため息をつきながら、
ああ、疲れた、このまま夕飯まで、いっぱいやりながらゆっくり新聞でも読みたい、
という気持ちをぐっとこらえ、重い身体を引きずるように犬の散歩。

あのなあ、と改めて。
俺は何ゆえに、お前、なんてもののためにここまで苦労を強いられなくてはならないのだ。

まさしくなぞ、まさに、損得で言えば完全に損。
赤の太文字、で、損!損だ損だ損だ、そんばかりだ。

と思いながら、
そんな気持ちを知ってか知らずか、
歩きながら振り返りながら、目が合うたびににかーっと笑って、へっへっへ。

でドッグランに着けば、うんこくさい砂の上をこれでもかと走り回って全身泥だらけ。
際限なくよだれでびちょびちょのボールを投げさせられ、
挙句にちょっと休憩、と目を離したとたんに、ほかの犬と大喧嘩。

おい!やめろ、お前ら、と駆け寄れば、
相手の犬の飼い主から、おまえ、この馬鹿犬、と怒鳴られ、
おい、あんた、なんだよ人の犬を馬鹿犬とは、あやまれ、
なんだと、お前の馬鹿犬が俺の犬を噛んだんだろう。
それはお前の犬が噛まれるようなことをしたからだろう。

なんてことをやりながら、果たして俺はなにをやっているのか、とは思いながら、
んだよばかやろう、やるのか?かかってこい、
なんてことにまで気持ちが高ぶってしまい、
ああ、こんなことをやっていたら本当にそのうち刑務所に入ることになるかも、
とは思いながら、そんなことになったらこの馬鹿犬の面倒を誰が見るのだ、
ともなる訳で。

果たして、こんなことをしてまで犬を飼う意味があるのか?
どうなんだ、言ってみろ、と振り返れば、
そんな気持ちを知ってか知らずか、
泥だらけのボールを膝の上に押し付けてきては、
にかーっと笑って、へっへっへと舌を出す。

あのなあ、お前のためにおれが、どれだけ、どれだけ、どれだけの苦労をだなあ、
と口に出す間もなく、はい判った判ったとボール投げ。

改めて言う。
俺はいったいこんなところで何をしているのだ。
こんな時間はまったくの無駄だ。この時間的、労力的な損失を考えてみろ。
こんなものにいったいなんの意味があるのか。まさしく損、損ばかりではないか!

という訳で好い加減に疲れ切った夕暮れ。
なに~?まだ帰らない?あのなあ。おい、俺はもう、疲れて会社から帰って来てから、
もう2時間も散歩してるわけなんだよ、お前のために・・
なら、そうそう、帰ってご飯食べよう。
どうだ?ご飯?おなか減ってない?減ってるでしょ?そ
うそう、なら帰ってご飯食べよう。はいはい良い子良い子。

という訳で、足を引きずるように辿る家路。

ああ、世の中の人々が、デートをしたりテレビを見たり、
あるいは、残業中でもそこで人類の将来を変える大発明をしているかもしれないこの時に、
俺は、なんだ。犬の散歩か?

くそったれ、こいつが来てからというもの、まさしく、損!損ばかりだ。

で?と思わず足元の馬鹿犬を省みる。

お前はそれについてどう思う?意見を言ってくれないか?

とそれに答えるように、前足を上げてちんちん、の姿勢。
身を屈めると、顔をべろべろ舐め始め、まあまあまあ、怒らない怒らない、とニカニカ笑い。

これか?これがお前の回答なのか?

と、ふと見れば夕暮れの交差点。

帰宅帰りの人々が、そんな俺たちを、
まさにそのまま溶け出してしまいそうな笑顔を浮かべて見つめている。

これか?これが回答なのか?

という訳で、改めて見上げる72丁目リバーサイド・ドライブの空。

俺はなあ、まじこんなことやってる場合じゃないと思うのだが・・・

と電信柱に片足を上げる馬鹿犬の後姿を見つめている訳だ。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

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