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日本からのデモテープ

Posted by 高見鈴虫 on 16.2013 音楽ねた   0 comments   0 trackback
ちゅうわけで、まるで晴天の霹靂のように日本からデモ曲が届いた。

2年ほど前まで、NYCでギグを回っていたバンドの奴からなのだが、まさに、いやはやである。
以前に送られて来たものと同系統、つまりはROCKな訳だが、
正直、まるで背後から水をぶっかけられたようで。。。まじぶっ飛んだ。

PROTOOLでの多重録音のデモな訳だが、
パワー、暴力性、スピード感、ドライブ感、そしてセンチメンタル。
ROCKの魅力とはまさにこれだ、というとんでもないテイクである。

あいつ、日本に帰ってからなにをやっているのか、と思えば。。。
ぜんぜん変わってなかったんだな。

思わずため息である。
そして、まさに、そこに執念を感じる。

このまま終わらせる訳にはいかねえんだよ。

という訳で、あらためてROCKである。
果たして、俺にできるだろうか。。。

あの最後のギグの後、俺はスティックを握ってはいない。

筋肉トレーニングどころか、次にやる時にはどうせJAZZ、
ドラムの音など誰も聞いてはいない薄暗いバーの三角ステージの隅で、
サエ箸のような細いスティックで、タラタラと控えめなロール回していればいいか、
などと考えていたのだ。

という訳でこのテイクである。

ドラムはもちろん打ち込みである訳なのだが、
これが生音になるとどうだろう、と考えはじめた途端に、
全思考がフリーズ状態である。

デジドラに比べて周波数のスパンの長い生ドラムは、
早い曲では特に細かい音を調節しなくては小ざかしく聞こえてしまう。
デジドラの絶対的な安定感に比べて、もたり走りのあらが目立つ。
それでもあえて生音を使う理由とは、
まさに、ワイルド感、つまりは音色、および、表現力である訳だ。

そのためには、つまりは・・・そう、筋トレなのである。

瞬発力に加えて、滑らかな持続力、ブレのない安定性は、
まさに、反復トレーニングに裏打ちされた筋力な訳だ。

それがJAZZとは決定的に違うところな訳である。

重くせねば、と思う。
が、もたってはいけない。
リズムそのもののスパンを大きくとって、
スネアに緊張感を持たせなくてはいけない。

そのためには、つまりはJAZZなのだ。

これは・・・まさに徹底的なリハビリが必要になる。

もしかすると、ツーバスの必要も出てくる。

いまさらながら、いやはやである。

が、そう・・ いまさらやめる訳にはいかないのである。

なぜならば、なぜならば?

俺がROCKERであるからな訳である。

黒ぶちのメガネに
こざっぱりとした短い髪。
ワイシャツに折り目のついたスラックス。
虫も殺さないような顔をしてこの一年を過ごして来たが、
逃げおうせたつもりになっていた今となって、
いきなりの召集命令である。

乗るか反るか、はまさに問題外だろう。

やるしかないのである。人間の業からはたとえ何があっても逃げ切れるものではない。

落とし前だな、とため息である。

ひとたびROCKを看板に上げてしまった以上、
いまさらそれを下げる訳にはいかないのである。

ROCKか。。
ROCKどころか、ここ2年、音楽そのものをまったく聴いてなかったのだが・・

無様な自己コピーにならないためには、
2年前の俺を凌駕することが必要な訳で、
そしてまたあの暗く閉ざされた地下室のスタジオで、
たった一人クリックを相手にする時間が始まる訳だ。

やれやれまた禅修行か・・・
いやはやまったく、とんでもないものに巻き込まれたものだ。

という訳で、正直がっくり来てしまったわけだ。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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