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「バックギャモン」

Posted by 高見鈴虫 on 13.2011 旅の言葉   0 comments   0 trackback


昔、アジアから欧州まで旅をしていた頃、
よくカフェのテーブルでバックギャモンをやって過ごしていた。
ポカラに居たときに、西からきたヒッピーに教わったのだが、
その後、ヨーロッパへ抜ける過程で、
このバックギャモンを通じてバスの出発時間待ちやら、
チャイハナのテーブルなどで、ちょっと一番ってな感じでお近づきになると、
情報集めやらなにやらになにかと役に立った。

という訳で、トルコに居た時などは、観光などをしている時間よりも、
このバックギャモンをしている時間のほうが長かったほどで、
いやあ、爺さん、強いな。
ははは、なんてったって、もう60年もこればっかりやってるからな、
と笑われたりもした。

という訳で、なんだかんだと旅を続けるうちに、
俺のバックギャモンの腕前も相当に上がりつづけ、
アテネにつく頃には、金を賭けてやっても負けることなし。
ワンショットを賭ければ勝ち続けてしまったが為に
ただ酒でへべれけになってしまったり、
あるいは、娼婦を相手に、倍額がただマンか、
の大勝負にも奇跡の大連勝。
その店の女はほとんどただで頂いたりもしたものである。

という訳で、
旅行中はまさに、「無敵のバックギャモン師」を名乗っていた訳で、
こんなことなら、もしかしたらプロのバックギャモン師として
世界を又に駆けて暮して行けるかも、
などと思っていたのだが、それは甘かった。

つまりこのバックギャモン。
つまるところ、賽の目次第、というか、そう、結局はすごろくの亜流。
どれだけ戦法を熟知していようがさいころの目が出ないことには
なにも出来ない訳で。
つまり、そう、これは博打かゲームか、と言われれば、
強くなればなるほど博打の要素が増える、つまりは、運次第という訳で、
ここぞ、というときにかなり手痛い負けを続けて、あわや帰りのチケット代もパー?
なんてところまで追い込まれたりもしたものだ。

という訳でこのバックギャモン。
日本では知っている人いないよな。
やはりヨーロッパが主流らしく、
アメリカでもそれほど盛んではないし、
南米に行くと、ドミノが主で、
バックギャモンをしている人は一度も見なかった。

ああ、次にバックギャモンができるのはいつの日か、
などと思っていたら、
そういえば、IPHONEアプリである。

で、思わず無料アプリをダウンロードして
はじめてみるとこれがなかなかである。

で、地下鉄の中でやらトイレの中で、やら、
下手をすると寝る前に、とやっていたのだが。。。

という訳でこの無料版IPHONEバックギャモン。

機械の癖になかなかやるじゃないか、とは思うものの、
やはり、この無敵のバックギャモン師の敵ではなく、
つまり、連戦連勝。
賽の目が狂って、思わずなんてこともあるにはあるが、
まあ十中八九は俺の勝ち。
そうこうするうちに面白くなくなって、
と思っていたら、なんだこれ、UPDATE?
とやってみたところ・・・

そのIPHONEアプリがいきなり強くなった訳である。

嘗てはプロさえも目指したこの天才児を相手に、
ほとんど5分5分、下手をすると連敗を喫する、
なんてことも出てきて、思わずかっとしてしまったりもした。

が、しかし、である。

待てよ、と。

そう、このアプリ、UPDATEして強くなって以来、
どういう訳か、賽の目が異様についていない、のである。

さしもの俺も、終わり直前になって6のぞろ目が5回も連続して出られたら
まさか勝ち目があるわけもない。

で、同じとき、俺はと言えば1・2を連発。
おいおい、と。

なんか、俺、最近、ついてないのかな、と思わず凹んでしまうことも多くなって、
やればやるほどに気の滅入るゲーム、となってしまった訳である。

が、だ。
そう、それにしても、だ。

この賽の目、あまりにも、ちょっと、不公平過ぎないか?
とやればやるほどに、
相手には徹底的に有利、
そして俺には徹底的に不利、な目しか出やがらない。

ここぞと言うときに、ああ、こんな時に1・5が出る、なんて、
いやいや、まさかそんなことはありえないだろう、
と言うときに、まるで狙い澄ましたようにその目が転げ出る。

で、逆に、まさかこんな時に、こんな目がでることはないだろう、
と言うと、まさに、そう、それなのである。

これ、なんか・・・まさに、賽の目をいじってるとしか思えないのですが・・・

つまりそう、このアプリ。
強くなったのは戦術的にということではなく、
つまりは、賽の目をいじっている、だけの話なのである。

あのなあ、と思わず。

まあ確かに、勝負は時の運、とは言うが、
そこで賽の目を操作してしまっては、元も子もないだろう、と。

ゲームの根本には、賽の目が運次第であること、を前提としている訳であって、
それに手を加えてしまっては、まさに神の特権を奪うことにもなりかねない。

で、思わず、ぶちきれて、
IPHONE BACKGYAMMON DICE UNFAIR
とぐぐったところ・・・出るわ、出るわ。

ぶちきれて、同じようなことをがなっている奴らが世界中にごまんといる訳だ。

これはゲームに対する冒涜。つまりは神に対する冒涜だ、という輩までいる。

なんだよ、と思わず苦笑い。つまりそういうことかよ、と。

という訳で、なんだ、俺が思い切りど壺っているって訳でもないんだな、
と判ったところで、えいやあ、とアプリごとアンインストールしてしまった。
つまり、厄払い、である。

なんだけどね、と実は。

そう、最近のカジノって全てがコンピューター管理。

スロットマシンにしたって、電光LEDでは、なんというか、つまり、そう、
これと同じことがまさにカジノで起こっている、ってことなんだよね。

それってつまり・・・

そう、つまり、博打って、つまりは、賽の目をいじってなんぼ、なんだよね。

それ以上でもそれ以下でもないわけでさ。

まあとどのつまり、そういうことなんだよ。

という訳で、この賽の目いじりのバックギャモン。

博打そのものが馬鹿馬鹿しくなってしまった、という訳なのである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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