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全英オープン2013 雑感 「鋼鉄の疫病神の時代、再び」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 テニスねた   0 comments   0 trackback
今年のウィンブルドン、

出だしからナダールが一回戦負け。
で、フェデラとシャラポが二回戦敗退、
とまさに波乱の幕開け。

なんだよ、いきなりつまらねえな、
とは思いながら、
その焦点は次第に、
アンディ・マレーがウィンブルドンを取れるか、
というところに集中して来たのだが。

という訳で、アンディ・マレー、
おめでとう、という奴だ。

できすぎ、と言ったらまさにでき過ぎ過ぎて、
なんだよ、ブラック魔王・ジョコビッチは、
まさか、全英テニス協会から金でも積まれて
わざと負けしたのではないか、
と思わせるほどの精彩を欠いたプレーで、
まさかのストレート負け。

まあ確かにな、
あのセミファイナル、
デル・ポトロとの壮絶な死闘の後では、
テニスやる気力も体力もほとほと潰えてしまったというのも頷ける。




という訳で、アンディ・マレー、

英国人としては実に77年ぶりのウィンブルドン制覇。
この77年間は場所貸しだけ。
海外からの選手たちに、
ただただ好き放題遊んでもらう状態に
に甘んじていたウィンブルドン。
ついについにユニオンジャックが翻ることになった訳で、
77年かあ。前回の優勝者を覚えているのは
もうエリザベス女王ぐらいではないのか、
というぐらいに、長い長い年月であった訳だな、はい。



という訳で、アンディ・マレーである。

いまや英国中の英雄となった彼。
俺はこの人を、別名、うなぎ王子、と呼んでいた。

まさに、うなぎのように捉えどころのない、
言ってみればただ打ち返すだけのプレスタイルで、
しかもその試合態度が、まさにダレダレ。
こんなところでテニスなんかさせられているのが
馬鹿馬鹿しくてたまらない、と言った風の、
身体いっぱいでふて腐れモード全開。

挙句についにほとほと面倒くさくなっては、
癇癪を起こして自滅、
なんてことを繰り返してきたこのおぼっちゃま。

デビュー当時から英国テニス協会からの肝いりで、
コーチから練習場所からツアー費用から、
すべて英国テニス協会持ち、という至れりつくせりの環境にありながら、
その優柔不断な性格が災いして、
まさにいつになっても優勝一歩手間で根性こけ、
を続けきたこのうなぎ王子。

ようやくフェデラとナダールという二大巨人に陰りが見えてきた、
というのに、そうなったとたん、たちまちおいしいところをすべて、
宿敵であり幼馴染でもある同い年のジョコビッチにかっさらわれ、
なんだよこいつ、たぶんもうこのまま沈没じゃないのかな、
の思われていたその矢先。。。

どういう風の吹き回しか、そのコートサイドに
まさに信じられないその人を見た訳である。

イワン・レンドル!

通称・鋼鉄の厄病神、あるいは、怒涛の馬車馬男。

その見るからに辛気臭そうな風袋に輪をかけて、
いついかなる時にもその馬面をこれでもか、
としかめたままニコリともせず。

まるで機械のように正確なヒットを繰り返しては、
しかしリスクの生じるプレーは決してせず、
つまりベースラインに張り付いては弾を返すだけ。

つまり、なんというか、そのプレーがつまらない、
あるいは決定的に精彩を欠いていたわけで、
ボルグ、コナーズ、そしてマッケンローと、
まさにスター揃いだったテニス界を、
その陰気な面構えと、なんとも精彩を欠くプレーで、
一挙に席巻してしまい、
それと同時にテニス人気そのものがた落ち。

まさに疫病神。つまり貧乏神。

が、そう、テニスファン、というか、
実際にテニスをやっていた人間であれば、
この人の偉大さ、まさに神に近いものがあって、
テニス史上、もっとも精彩を欠くチャンピオンでありながら、
知る人ぞ知る、つまりいまだにテニスプレーヤーたちの
熱い尊敬を失わないまさにテニスの鉄人。

そのイワン・レンドル。
母国のチェコからアメリカに亡命。
引退後にはUSOPENの会場である、
全米テニス協会のコーチ隊長、
とかをやっていると聞いていたのだが、
最近流行りの、シニア・トーナメント、
つまりは引退した名物選手同士の客寄せパンダ試合にも、
まったく姿を見せず、
とは思っていたのだが、

そうここにきて、いきなりアンディ・マレーのコーチとしてテニス界に蘇った訳だ。

確かに、近年のジョコビッチの躍進を見るにあたって、
ああ、こつはまさにレンドルだ、と思ったものだ。

リスクを排除し、ミスを最小限に抑え、
まさに機械のような正確さで、確実に勝利をものにする、
のではあるが、
ベースラインに張り付いたまま決してネットに出てこない。
つまり、見ていて面白くないプレーそのもの。

が、しかし、その徹底した減点法に基づくプレースタイルで、
確実にスタープレーヤーたちを退け、
そう、レンドルがその陰気な顔で、
ボルグとコナーズとマッケンローを葬り去ったように、
ジョコビッチも、なんだよこいつのテニスはまるっきりつまらねえな、
とブーイングを浴びながらも、
フェデラ、ナダール、そしてマレーさえもも、
そのまるでジトジトを蛇の生殺しをするような陰気な粘着プレーの中で、
絞め殺していった訳である。

という訳でいまや無敵のジョコビッチを前に、
一度も王冠を手にすることもなく、万年4位、あるいは5位、のうちに、
キャリアを退く先が見えていたアンディ・マレーが、
まさに、歯には歯を、蛇には蛇を、馬には馬を、とばかりに、
鉄人レンドルを選任コーチとして雇い入れた訳だ。

という訳でアンディ・マレー。

デビュー当時からまさに金の卵。
さっそく英国テニス界の肝いりで雇い入れたスター・コーチ、ブラット・ギルバート。
そのアメリカ人然、としたまさに短絡主義の権化のような男。
とりあえずサーブさえ取られなけりゃなんでも言い訳でさ、
というまったく判りやすいというか短絡的過ぎるテニス理論を元に、
アンディ・ロディックというどうしようもない凡才プレーヤーに、
武器であるロケット・サーブ一発、それのみで、
USOPENのチャンピオンの座を勝ち取らせた男。

そのブラット・ギルバートが、アンディ・マレーのコーチについた、
と聞いたとき、まさか、もしや、とは思ったのだが・・・
その練習風景を見て、一撃で、これはもうだめだ、と思わず笑いだしてしまった。

つまり、性格がまったく合わないのである。
ブラット・ギルバートの、あのコーチの分際で外面ばかり気にする
あの取ってつけたようなハリウッド・スマイルで、
自分からは決してコートに降りることもなく、
涼しいベンチで冷たい飲み物などを啜りながら、
アンディ・マレーがミスをするたびに、
皮肉なせせら笑いで肩をつぼめては、
ねえねえ、僕ちゃん、もうちょっとほら、頭使って考えられないのか、な~?
みたいな、まさに、見ているだけでむかついてくるその見え透いた態度。

それに対するうなぎ王子ことアンディ・マレー。
面と向かってうるせえ、とは言わないまでも、
肩でため息をつきながら、
ああああ、うざってえええなあ、このやろうおおお!!!
とばかりに無人の観客席にボールをぶち込み、
まさに身体中からふてくされモード。

やれやれ、こいつ本当の本当に、
心底テニスなんてものをやらされることが、
苦痛で苦痛でしかたがないんだろうな、
と見ているうちにつくづく可愛そうに思えてきたものだ。

そう、そんな意志薄弱なうなぎ王子。

泣かず飛ばずの紆余曲折七転八倒の後に、

まさに、鉄の男と言われた伝説の巨人、イワン・レンドルをコーチに雇った訳だ。


ちなみにこのイワン・レンドル、
現役時代から鋼鉄の人、つまりは、鉄でできた男、と言われた人である。

コートで決して表情を崩さないどころか、
優勝したって、笑顔なんて見せないんじゃないのか、
と本気で思われていた人物である。

一日中のほとんどをテニスコートで暮らし、
勝つためなら手段を選ばず、
勝つため、以外のことにはまったく眼も触れず、
と言った人物。

彼の強さの秘訣は?といえば、
どんな馬鹿だって判るだろう。

練習、練習、また練習。

人生のすべてがテニスの練習であり、
試合の後、どころか、グランドスラムに優勝したその夜からまた練習を始めていた、
というような人な訳だ。

というわけで、
引退後、ようやくその辛気臭い面をみなくても良くなってほっとしていたのだが、
その後、プロゴルファーに転向、という冗談のようなニュースを残したまま、
いきなり夢のようにテニス界から掻き消えてしまった訳だ。

あれだけの人物であった筈のイワン・レンドルが、
まさかここまで長きに渡って姿を隠されるとちょっとこちらも気になって、
いったいこの時代に、レンドルはなにをしているのか、
と始終気になってはいたのだ。

というわけで、再び姿を見せたレンドル。

その深く刻まれた顔つきも、真っ黒に日に焼けた肌も、
まさに、鉄の人、そのもの。
引退後もその信念にみじんの揺るぎもなかったことは、
その面構えをみただけで一目瞭然。

こいつがマレーのコーチか。
そう、さしものわがままいっぱいのうなぎ王子も、
まさか、イワン・レンドルを前にして、ふてくされた真似などできる筈もない。

まさに赤点を食らって卒業が絶体絶命のうだうだ小僧が、
世界で一番おっかない家庭教師に24時間の特訓をお願いしたようなもの。

がしかし、ここまで恐れられていたイワン・レンドル。
下手をすれば、本当に殺される、ということも十分に考えられる訳で。。。

つまりアンディ・マレーは、そこまでも自分自身を追い込んだ、
ということなのだろう。

まさにその点に、俺はアンディ・マレーの断末魔、
つまりは、一人の男が自身の生命をかけて挑んだ血の決心を垣間見たわけだ。

という訳で、アンディ・マレーとイワン・レンドル。

鉄の人とぬるぬるうねうね、馬車馬とウナギ
という、なんとも相容れない性格でありながら、
それが、まさに、奇跡のような結果を生み出した。

イワン・レンドルを雇い入れて以来、
レンドルはテニス以外のことは一切口を利かなかったそうだ。

私生活においてもアンディ・マレーを前にしては決して笑わず、
始終これ以上なく不機嫌な顔で、
試合があろうが無かろうが、日曜であろうが祭日であろうが、
決まったように朝一番から練習練習また練習。

がしかし、そう、あのイワン・レンドルの鉄の顔を前には、
さしものうなぎ王子もどんな文句だって不平だって言えないどころか、
気配さえも見せられなかったに違いない。

暑い?暑いからなんだ。おまえプロだろ?これで飯食ってんだろ?今更ふざけたこと言うな。

といった風に、ちとっ、と見られて終わり、であったろう。


ちなみにアンディ・マレー。

2005年のデビュー当時から英国テニス界の期待の星、という看板を背負って、
プロになって初めての海外遠征となるUSOPENのデビュー戦のその当日が、
実に40度を超える超酷暑の中。

陽炎の立ち昇るナンバーコートの上で、顔中を真っ赤に腫らせてもはや意識朦朧。

水をがぶ飲みするたびにゲロを吐いてしまい、ゲロを吐くとまた水が飲みたくなってまたゲロ。
それを繰り返しては、いちいちボールボーイが足元に駆け寄ってはそのゲロをタオルで拭き取って。
がしかし、その上からまたゲーッ、とゲロ。

なんでこんな暑い中でテニスをやらせるんだ。アメリカのテニス協会はなにを考えているんだ。
ばかげている。キチガイ沙汰だ、と暴言の限りを尽くしては
観客どころか相手選手の失笑さえ買っていたこのうなぎ小僧。

あれから8年。。。

そのウナギ小僧が、奇しくもあのUSOPENの初戦とまったく同じ、
まさに40度を越す酷暑の下、
新たなる鋼鉄のブラック魔王たるジョコビッチを相手に、
虫の這い出る隙もないほどにまったく完璧な、厳しい厳しいテニスを貫き通した末に、
勝ち得たこの栄冠。

長かった、と思わず。

この8年間、本当の本当に長かっただろうな、と、心の底からため息をついてしまった訳だ。

という訳で、誰がなんと言っても、俺はこの勝利の立役者は、
まさに、蘇った鉄の男、イワン・レンドルその人以外にはあり得ない、
と思っている。

イワン・レンドル、鋼鉄の疫病神、あるいは、怒涛の馬車馬練習男。

この人こそが、まさに、テニスの美学の集大成、そのものなのだろう、
という認識を新たにした訳だ。

という訳で、まさにレンドルに似たジョコビッチと、
そして、そのライバルたるうなぎ王子を支える男、レンドル。

フェデラ、ナダールという究極のスタープレーヤーの亡き後、
空洞化の始まるであろうテニス界を払拭するのは、
まさにこの、イワンレンドルを置いて他にはない。

ここにまた、イワン・レンドルの時代が新たに幕を開けた、と言わせて貰う。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
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