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なんちゃって系妖怪人間

Posted by 高見鈴虫 on 17.2013 ニューヨーク徒然   0 comments   0 trackback
今に始まったことでもないのだが、
紹介される日本人がことごとくなんちゃって系なのにはいまさらながらちょっとげんなりする。

なんちゃって系というのは、いわゆるなんちゃって系ジャパレス、
つまりいかがわしい日本食屋に由来する。
あらためてなんちゃって系ジャパレスとは、
つまりハラキリやらフジヤマやらゲイシャやら、
もっともらしくはありながら、
しかし絶対に日本人ではありえない看板を掲げた、
つまりはアジア系の方々の経営するエセ日本食屋のこと。

元より、料理をしっかりと学んだ上で日本食の看板を掲げているなら良いのだが、そもそもその客層が日本も韓国も中華もタイもなんの区別さえつかないような人々を相手にしていることから、はなから騙し、つまり、似て非なるもの、下手をすると、本物をくったことがあるのか、見たことさえもないのではないか、というとんでもないものを食わされることになるわけで、ははは、面白いじゃん、で済むのは最初の二口ぐらい。そのあとは口に運ぶごとに怒りが募り、そして最後には、てめえふざけるな、と始まってしまう訳で、店の人間もそれが良く判っているのだろう。
と言う訳で、そういう店に誤って足を踏み入れると、とたん必ずと言っていいぐらいの確率で、店中に緊張が走る。
つまり、しまった、本ちゃんのニホンジンが来ちまったよ、という不穏な空気が流れる訳で、そんな不穏な空気を感じ取った時点で、失礼しました、と引き返すのが無難な訳なのである。さもなくば絶対に、物凄く嫌な思いをすることになる。

と言う訳で、冒頭の話題。
つまりはなんちゃって系ニホンジン。
紹介されて顔を合わせたとたんに、何が目印になるわけでもないのだが、
ただあのなんちゃって系ジャパレスに足を踏み入れた時の
あの気まずい空気が流れるために、
すぐにピピンとくるわけだ。

がしかし、今更ながらそう、ここニューヨークの日系社会は、実は純日本人の率は異様に低い、というのは周知の事実。
つまり日系人と言えどもそのほとんどがなんとか系であったりもするわけだ。
つまり会う人々のほとんどが、もしやたぶんきっと実はなんとか系なんだろう、ということが前提としてあるわけで、そういう俺だって、全身これでもかとテニス焼け。日本人よりはネパール人、口ひげをはやせばただのアミーゴに成り代わってしまう訳で、そんな俺が、いまさら相手が何人であろうが何系であろうが知ったことではないし、ましてや日本にいる時から、見た目はただの黒人ながら英語は全然しゃべれない、なんていうなんちゃって外人とつるんでいた関係上、こと人種問題、つまり何人だろうが何系であろうが、俺の人の好き嫌いはそんな些細なことには左右されたりしねえ、という自負があった訳だ。

という俺が、はい日本人同士仲良くやって、と引き合わされたその気まずいなんちゃって系と、あ、どうも、こんちわ、と挨拶をかわしながら、実は正直なところ、いやあ参ったなあ、とは内心思っていたりする。

と言う訳で、このなんちゃって系である。

改めて言えば、俺は人種やら何々系などで人は判断しない。
そんなこと知りたくもないので、頼むから聞いてくれ、と言われるまではそんなこと聞きもしなければ、聞いたからと言って、何が変わるわけでもない。逆に、奴は何系だ、実はなんとかだ、なんてことを何のかんのとふかし腐るガキを、うるせえ、この野郎、だったらなんだってんだよこら、と焼きを入れたりもした関係で、あいつも多分、なんとか系、あるいは奥さんが?なんて陰口を叩くやつもいたらしいが、俺もかみさんも何とか系でないことは俺らが一番良く知っていて、俺らが知っていれば十分であるからして否定も肯定もしなかった。
とまあくどくなったが俺はまあそういう奴で、いまさらどこぞの百姓が、反なんたらだ、といくら聞いたようなことをいったからといって、俺はそんな俺を変えるつもりもまるでない。
改めていう。俺にとって大切なのは、いい奴か、嫌な奴か、だけであって、それがすべてに先行する。あるいはそれ以外のことで俺の心象を変えられることを極端に嫌う。
とまあそんなわけで、つまりなんちゃってであろうが実は何人であろうが、果ては親父やお袋が爺いや婆あがなんであろうが、俺は知ったことではない。俺の前でいい奴でさえいてくれればそれだけで十分。いただいた義理は友情という形でなんとか返したいとも思うし、俺が預けた義理は次に会うまでの証、返すなんて水臭いことは言わずに、大事にいつまでもとって置いてもらいたい、と思うわけだ。
が、しかし。。。

敢えて言わせてもらえば、この出会い頭に気まずい空気の流れたなんちゃって系。
露骨に、いやあしまった、こいつは本ちゃんじゃねえか、と思い切り後ろめたそうに、なにげに目を逸らしたり、そわそわと汗を拭いたり、とかしているのだが、こっちっから、まあいいじゃねえか、固いこと言いっこなし、まあ仲良くやろうぜ、と笑顔で握手を求めれば、いきなり、頭が高い、みたいなことを言い出すわけだ。
で話を聞いてみれば、なにからなにまで、違うね、それは俺の方が偉いのね、という論法の一点張り。
挙句に、あんた礼儀がなってないね、なんてことを言いだして、まさに目を白黒である。
握手を差し出した手に、いきなり痰を吐かれたようなもので、なんか俺、悪いことでもしたかな、とちょっと気を使ってやったりもするのだが、挙句に、よし俺がためになることを教えてやる、と能書きが始まるわけで、大人しく聞いていてやれば、そのうち本気で図に乗って先生気取り。で、話の途中でいきなり豹変してはヒステリックに激昂仮面。顔を真っ赤にして怒鳴り散らして、挙句に息を詰まらせて水だ氷だいや酒もってこい、と大騒ぎをする。

まあはたから見ているだけならいいのだが、見ているだけでもあまり気分の良いものでもなく、ましてや好きか嫌いか、となると、え?なにが?と鼻で笑って手鼻でもかみたくなったりするのが関の山。
と言う訳で、この日系社会でちょくちょく出くわすこんななんちゃって系日本人。
いろいろ努力はしてみたが。。。苦労の割りに得られるものがなさ過ぎる、というか、そう、なんちゃって系の方々のその特徴的な部分、おもわずノミかお前はと言ってしまいたくなる程の心の狭さ。
故に極端に利己的、かつ、まさに無様なぐらいにケチ。
てめえにはびた一文、これっぽっちもなにもやらない、といいながら、あれくれこれくれ、と纏わり付いてきて、うるせえとやるとヒステリーまたは泣き落としの恨み節。まったくこれはなんちゃって系の民族性というより、ただたんに子泣き爺、中二病のガキと何ら変わらない、とおもうわけなのだが、ことなんちゃって系はまさに判で押したようにこんな人ばかり。
で、あらためて、こいつら、どうしてここまで人格倒壊しているのか、と思えば、そう、つまりは彼らは、なにはなくともまず最初にくるのがなんちゃって系。すべてにおいてそれが先行し、それがために自身の規定するなんちゃって系の檻の中からは一歩も出れない出る気もない。
そしてなんちゃって系はなんちゃって系として、本ちゃん日本人に出くわすたびに、その後ろめたさと相成って敵愾心も増倍のその二乗三乗。このちょっぱり、いじめ殺してやる、とばかりにその細腕を振り回しては砂を蹴ったり、唾を吐いたり、あるいは猿のようにキーキー騒いでは檻を揺すったり、を続けるのであるが。。。
ぶっちゃけ彼らに出来るのはその程度。
白人が一人でも姿を見せただけで、まるで塩をかけられたナメクジのようにへなへなと溶け出してしまうわけだ。

と言う訳で、そう。
ニューヨークの日系社会。実はそんな困ったなんちゃって系の妖怪人間の巣窟であったりもする。
特に日系村で日系人を相手に商売をされてる人々、はほとんどすべてまさにそんなのばっかりである。
妙な具合に勘違いされて、変な宗教になど勧誘されぬうちに、まさに塩でも撒いて追い払っておいた方がよい。
つまり、そう、日本を離れたら、なんちゃって日系は頼るな、ということ。ほんとまじで、ろくなことないから。
と言う訳で、
頼らなくてもすむようにはまず、自身の日本力を鍛え続けることである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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