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「疵 キズ」

Posted by 高見鈴虫 on 05.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback

奴の頬には疵がある。
耳の下から顎にかけて、
綺麗に伸びる一筋の線である。

見るからにビジュアル系。
下手をすれば立派な女型で通用しそうな絵に美形、でありがら、
長く伸ばした髪の後ろに光るこの一筋のライン。
その軟派を絵に描いたような物腰からは、
ましてやヤクザ同士の切った貼ったなど、
まったく似合わない筈なのに。

あ、これか?と奴。
高校の時にな。

喧嘩か?似合わねえな、と笑えば、
いや、夜道でいきなり切りつけられた、
とのこと。

クラブから朝帰りした時、ダチの車を降りて、
マンションの玄関に向かって歩いていたところを、
いきなりすれ違いざまに、切りつけられたという。

で?と思わず。
犯人は捕まったのか?

まあな。警察は来る、救急車は来る、新聞からテレビから雑誌の取材から、
ひところは大変だったんだぜ。

犯人は知らねえ奴。
どこかの糞ダサいジャンキー野郎でさ。
シャブだかシンナーだかでらりぱっぱ。
俺に切りつけたことさえ覚えていなかったそうでよ。

ほう、と俺。思わずニヤニヤ。

あのさ、あんた、よくそんなこと聞けるよな。
デリカシーってものがねえんじゃねえのか?
と不貞腐れて見せるが、
まあな、と俺。

まあ俺にも似たような経験があるしよ。

つまり、そう、今まで負けた喧嘩。
それもいきなり後ろから石で殴られて、
そのまま5人10人でめった糞の袋叩きとかな。
いま生きているだけでもめっけもの、とかな。

なんだよそれ。

切った貼ったでタイマン張るならいざ知らず、
いきなり、だろ?
通り魔、というか、野良犬に噛まれた、というか。
穴に落ちたというか、
まあそう、犬のうんこ踏んづけたようなもんだろ。

その踏んづけたうんこが、一生このツラにべったりと張り付いてやがる気分でよ。

まあな、と俺。
そういうことに限って忘れられないんだよな、判る判る。

判ってたまるかよ、と奴。
そんなこと判ってたまるかよ。
顔だぜ。この顔に疵つけられたんだぜ。
うんこ踏んだ、じゃ済まねえよ。
馬鹿野郎、いい加減にしろよ。




と言う訳で、ひとりで臍を曲げてしまった奴。
気まずい沈黙の中でこの話も立ち消えになったのだが、
後日、再びこの話を持ち出したのは奴の方だった。

で、どうしたんだよ、と奴。

なにが?例の犬のウンコか?

そう。そのウンコ。どうしたんだよ。

どうしたもこうしたも、犬のウンコだろ?それぐらいなもんだ。

本当にか?

ああ、本当にだ。それ以上でも以下でもねえよ。

信じられねえな。

信じられるだろ?お前だってそれほど気にしてる風には見えないがな。

本気で言っているのか?といきなり詰め寄ってきた奴。

思わず気押しされて、まあそういうことなら仕方がねえ、と居住まいを正して。

正直な、あのときのことは今でも夢にみるぜ。
忘れた頃になると夢に出てきてな。
痛みはねえ。恐怖もねえ。
ただな、そう、ただ、もう身体がねじくれそうなぐらいの怒りだよな。
殴るだ、ぶっ刺すだ、撃ち殺すだ、なんてもんじゃねえな。
まさに、金属バットかなんかでさ、
滅茶苦茶にぐちゃぐちゃにしてやりてえってさ。
で、夜中に魘されて目が覚めるんだよ。
で、しみじみな、
俺も金玉の小さな男だな。
たかが犬のうんこ踏んだぐらいでよ、って、苦笑いさ。

悔しさだろ?

そう、悔しさだな。まさに。
悔しくてよ。ハンカチでも噛み切りたくなるぜ。
なによなによ、もとの身体に戻してよぉ、ってさ。

疵は残ってるのか?

いや、幸い殴られただけだったしな。
歯も折られなかったし、肋も腕も折られなかったし、
鼻も潰れてなかった。まあ不幸中の幸いというか。

でもな、と思わず苦笑い。
こう言っちゃなんだが、心に受けた疵は大きかったな。
あれから十年だぜ。まだ夢に見るよ。おかしいだろ?

やっぱりな、と奴。なんかそれを聞いて安心したぜ。

と言う訳で、問わず語り。

やられた時にはなにがあったかまったく判らなくてよ。
俺も酔っ払ってたし、なんか顔がぬるぬるすらあ、
ぐらいなもんでさ。
で、家に着いて、で改めて鏡を見たらぶっ飛んだんだよ。
顔って言うか、もう首から下が真っ黒でよ。
で、お袋を起こして、なんか切られた、って言ったんだよ。
で、大騒ぎさ。
救急車は来る。警察は来るでさ。
で、とりあえず病院に行って、そこでお警察りの事情聴取になって。
俺よりもお袋が大騒ぎでさ。犯人はどんな奴だ、同じ目に合わせてやる、ってさ。

まあ気持ちは判るわな。俺もうちの犬がやられたら倍返しじゃ済まねえしさ。

また犬かよ、おい。
まあそれでさ、とりあえず疵も浅いし縫う必要はないってことで、
なんか接着剤みたいのとガムテームみたいなのべったり貼り付けてさ。
暫くはご安静に、で家に帰れたんだがよ。

痛みはなかったのか?

正直言ってそれどころじゃなかったよな。

で、家に帰って暫くしたら、なんか外が騒がしくてよ。
犯人が捕まったのか、と思ったら、
なんとTV局とか新聞やら雑誌やらのマスゴミの奴らでさ。
近所中から、通行人から、佐川のデリバリから、もうなんでもかんでも、
ここで通り魔があったってご存知ですかぁぁぁ
っていちいちマイク片手に吹聴してやがってさ。
お袋も姉貴も家を出たとたんに取り囲まれてさ。
それこそ逃げ出すのに警察呼ぼうかと思ったって言ってたぜ。

でさ、暫くしてから、警察から連絡があって、
で、犯人が捕まったってさ。
まあ詳しくは教えて貰えなかったんだが、
どこか、川崎やらどこやらのガキでさ。
シャブやらシンナーやらでらりぱっぱ。
捕まったときにも覚えてねえっていいやがったらしくてさ。

で?

そう、また警察に呼ばれて、窓ガラスから、こいつか?ってやられて、
ああ、そうだって言ったらさ、
そのおまわり、ま、気にするな、と言いやがったんだ。

気にするな、だと、この野郎ってさ。
こっちはツラに疵付けられてんだぜ。
まあそのときは包帯も取れてなかったし、
どれだけの痕が残るかわからなかったしさ。
医者は大丈夫大丈夫、ぜんぜん判らない、とか調子のいいこといいやがってさ。

で?

ああだから、気にするな、って。

まあマッポにしたってそう言うしかねえよな。

俺は正直に気がすまねえ、って言ったんだよ。
気にするな、なんてよく言えるな、ってさ。
正直涙が出たね。
したらさ、
こいつはもうクズの中のクズ。
母子家庭で中卒で、もちろん仕事もしてないし。
ヤクザにもチンピラにさえなれずに、薬漬けの、まったくどうしようもないクズの中のクズで。
だから気にするだけ損だって。
野良犬以下のような奴だからってさ、気にするだけ損だろってさ。

まあ、そう言うしかねえだろうな。
つまり賠償金とかも払えねえってことなんだろうがな。

お袋がそれを聞いてまた怒り狂ってさ。野良犬だろうがクズだろうが、
同じ目に合わせてやらなくっちゃ気が収まらねえって。

お前はどうだったんだよ。

俺か?俺は、正直どうでもよかったな。
確かにクズみてえな奴だったしさ。
関わりあいになるだけごめんだったしな。

本当にか?

なにが?

本当にそう思ってるのかよ。

だから、だからそれを聞きたかったんじゃねえかよ。

まあな、と俺。思わずにやにや笑い。

何がおかしいんだよ、と再びむくれる奴。

マスゴミがうざくてよ。
どこに行くにも着いてきやがって待ち伏せまでしやがってさ。
切られた時の感想はどうですか、から始まってよ、
悔しくないんですか?犯人に言いたいことありますか?やら、
しまいには、やり返したいと思いませんか、とか言われてさ。
なにを言わせたいんだよ、って。
まじでそいつの顔を切り刻んでやろうかと思ったぜ。

やれやれだな、と俺。俺もまあ経験がない訳じゃないがな。

なんだよそれ。

だからさ。911の時に夜中に電話が来てよ。
生放送なんですが、人が落ちるところ見ましたか?やら、悲鳴は聞こえましたか?やら。
お知り合いで亡くなった方、いますか?やら、
犯人についてどう思いますか?やらやら。
いちいち人の神経逆撫でするようなことばかり言いやがってさ。
好い加減にしろバカヤロウ。他人の不幸がそんなに楽しいかよ、って言ってやったよ。

生放送で?

そう、生放送だったらしいが、知ったことじゃねえしな。

あんたも、聞いてみれば疵だらけなんだな。

疵の数だけは誰にも負けねえってさ。

で?

なにが?

で、その疵どうしてんだよ。

どうもこうも、疵は疵。
ついちまったものはしょうがねえしよ。
背負って生きるしかねえだろうが。

つまりはそういうことか。罪を憎んで人を憎まず。なんど言われたことか。

知り合いに女のボクサーが居てよ。強いんだよ。
で、なんで女のくせにボクシングなんか始めたんだ、って聞いたら、
レイプされたんだと。
で、あんまり悔しくて、気が狂いそうで、
犯人のツラを思い出しながらサンドバッグ叩いてたら、
もう恨みつらみはどうでもよくなったって、言ってたけどな。

そういう生き方もあるよな。

だがな、疵は消えねえよ。癒えたとしても消えはしねえ。

ああ、毎朝毎晩、歯を磨くたびに思い出すんだよな。

まあそんなもんだよ。そうやって心に刻むんだよ。罪を憎んで人を憎まず。

刻んでらあ、毎朝毎晩よ。

そんな奴、あんまりいねえだろ。

いるもんか。俺だってこんな話をしたの、あんたが始めてだぜ。

ああ、そうかと思ってたよ。気が済んだだろ。

ああ、確かにな。似たような奴がいるんだな、と思ったよ。

エンコ飛ばした奴は不自由するたびにてめえのちょんぼを思い出す。
墨入れた奴は肌を晒すたびにそれを思うんだよ。

つまり疵というか。

そう、印、というかな。
そうそれを背負って生きるしかねえわけだよ。

なんか判ったような判らないような。

でもな、こういっちゃなんだが、なかなか似合うぜ。
ただのビジュアル系と一味違うってよ。
それを逆に売りにしたらどうだ?
かなりインパクトあるんじゃねえかと思うがな。
飲み屋でちょっとふかしてみろや。
一人二人馬鹿なおんなが落ちるかもしれねえぜ。

そう、実はそう思っていたところさ。

疵を背負って生きなくちゃいけない以上、それを使わない手はねえぜ。
俺もそのつもりだ。女との戯言によく使わせてもらってるぜ。


「疵 キズ」


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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