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究極の処世術とは、つまりは、気配りなんだよね、実のところ。

Posted by 高見鈴虫 on 18.2013 今日の格言   0 comments   0 trackback
ぶっちゃけ、

究極の処世術とは、つまりは、気配りなんだよね、実のところ。

気配りとはつまり、
自分が相手の立場だったらどうするだろうか、
という観点から、物を見ていく、という視点を指す訳でさ。

どこぞのアホが知ったかぶりをして、
人の気持ちなど判るわけないじゃないか、
判らないからすべては俺の独断で話は進めさせてもらう、
なんていうやり方を、

アメリカっぽい、

と勘違いしている人がいるのだけれど、

ははは、と笑わせて貰う。
つまり、それは違う。

というか、そう、アメリカ人にもいろいろいて、
で、

なんとかこれまで生き延びて来た輩、
つまり、周りの人々から頼られ慕われ愛され、
そして敵を作らなかった人というのは、
実はしっかりと、この、気配り能力、
つまりは、
他人を思いやる=相手の立場になって物を考える、

という能力にずば抜けているタイプが多いのである。

ただ、そうでない人も確かにいる。
そういう奴に限って声がでかく、
そしていついかなる時にも、
周りから、すげええなあ、と思わせるためにはどうしたらいいか、
なんてことばかりを考えているタイプ。

で、そんな奴らの周りには、
実にそんなタイプの人ばかりが集まってブイブイ言わせているつもりになっているが、

そういうタイプが嫌われる、つまりは敵を作りやすいことも事実。
あの嫌なやろう、まあ利用できるうちは利用してやるが、
まあコケた時が楽しみだぜ、

と思われているわけで、
つまりはいつか、そう、いつか、必ず、奈落の底へと向かう時がやってくる。

という訳で、かつてお世話になった大親分の口癖をもう一度繰りかえさせていただく。

まあまあ、そう怒りなさんな。奴の気持ちだって判るじゃねえかよ、な?

ただ、これを早合点してはいけない。
ヤクザの大親分であった彼が、なにも慈善家ぶってそんなことを言っていたのではない。

奴の気持ちも判る、つまりは、
相手の気持ちを思いやる、能力があって初めて、
では相手がなにがほしいのか、なにを恐れ、なにを狙ってくるのか、
そして、相手の弱点はなんなのか、
を探り出す重要な手がかりになるのだ。

改めて言えば、この歳までなんとか生きさらばえて来た連中、
つまりは、この気配り能力を応用しての処世術に長けている奴ばかり。

気配りとは、つまりはシュミレーション能力なのである。

心されたし。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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