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「なぜ中国製品には毒が含まれているのか」

Posted by 高見鈴虫 on 23.2013 アメリカ爺時事   0 comments   0 trackback

実は中国には何度も行ったことがある。

中国は80年代半ばまで鉄のカーテンに閉ざされ、
公的招待を受けたVIP待遇者に個人ガイド=ガード付で
しか入国を許されなかった国だ。

80年代半ばになって、ようやく限定付で開放区域を設定したのだが、
俺が最初に中国に足を踏み入れたのは、ちょうどそのぐらいの時である。

それから数えて、何度あの怒涛の大陸に足を踏み入れただろう。

そして行くたびに思うのは、、正直、「汚い国」である、ということだ。

中国の街は汚い。

どこに行っても汚い。

どこに行ってもゴミだらけ埃りだらけ、そして掃除の後がない。

それは解放直後、つまり中国が世界最貧国であった頃からも、
そしていま、このバブル絶頂にある現代でも、実は変わってはいない。

なぜこれだけ金がありながら、この国はこうも汚いのだろう、
とつくづく考える。

考えた末に行き着くのは、つまりそれ人が汚いからなのだ。

なぜ人が汚いのか、と考えると、
行き着く先は、つまりは、ここが共産主義だから、といわざるを得ない。

俺はネトウヨではないので、共産主義=赤=悪、
などという低脳児的な発想は極力避けたいのだが、

改めて言わせて貰えば、
これまでなんどか訪れたそういった赤い国で感じたことといえば、
そのスローガンに反して、徹底的に人が人を憎む、
つまりは共同体憎悪の図式が染み込んでいる、
ということだろうか。

中国においても、共産国である以上、建前上はすべてが公共、
つまりは他人との共有財産であるべき、ということなのだろうが、
しかしながら、あるいは、だからこそ、
中国の人々は人となにか共有する、ということを極端に嫌う。

なぜならば、つまりは人と共有することの弊害を、
いやというほど思い知っているからだろう。

公共の基本は民意である。

民意の基本といえば、他人を思いやる心である。

人も使うのであるから、尚いっそうに気をつかって綺麗に使わなくては、
と考えるのが日本人である(と信じているが)、
が、しかし、共同生活をしていれば判るように、
早々とそんな良い人ばかりはしていられない状況というのが多々ある。

つまり、誰がやったか判らないのであれば、なにをしたっていいじゃないか、
という輩が必ず中に一人は含まれている訳で、
そしてそんな輩が一人でも存在すると、
夢と希望に彩られるはずの共同体は、
とたんにギクシャクとし始めるのである。

おい、これ汚したのお前だろ?
俺は知らねえよ、なんで俺に言うんだよ。
だったら誰だよ。
だから知らねえって。あ、そう言えば誰々じゃねえのか?
なんだよあいつか。
よし、今度会ったらみんなでとっちめてやろうぜ。

このちっぽけな言い争いこそが、中国全土を覆い尽くした憎悪の元凶である。

こんなことぐらい、誰でも経験がある筈だ。

そして、それが時としてとても厄介な状態を招くことも知っているはずだ。
そう、共同生活はとても難しい。
それは、自称民度の高い日本人でも同じことだろう。

それに加えて中国では、この共同思想に、
革命やら、反革命やら、共同体意識、やら、毛沢東信仰、やらが
尾びれ背びれでついてまわる。

そして民主的であろことをすべての信条とするこの赤い国において、
話し合いで問題を決着せなばならない、となると、
たどり着くのはつまりは泥仕合である。

そんな共同体の本質として、

声のでかい奴、態度のでかい奴、ずるい奴、がめつい奴、
嘘の上手い奴、根性の汚い奴、ばかりが幅をきかせ、

結果、誹謗中傷、ねたみ、ひがみ、嫉妬、悪口、密告、裏切り、虐め、
がたちどころに共同体を包みはじめ、

渦巻く猜疑心、つもり積もった憎悪が見る見ると積もり始める。

そしてしまいには、
立ち回りの悪い奴は悪人取り締まり大衆運動に突き出されて銃殺刑。
おまけに銃殺の弾代が遺族の元に回される。

そんなことをもう半世紀以上にも渡って繰り返してきたのだ。

つまりこれは、個人の民意、なんてもので云々できる問題ではない。

国の構造からして、共同体憎悪、に凝り固まった結果なのだ。

と言う訳で、この理屈が現代の中国に対する謎にすべて回答してくれる筈である。

なぜひと前で痰を吐くのか。手鼻を噛むのか。
ゴミを捨てるのか。トイレが汚いのか。

すべては共同体に対する嫌悪、
そして人間憎悪の結果なのである。

と言う訳で、
なぜ中国製品には毒が含まれているのか。

答えは自然と見えてくる。

それを作っている人々が、
はなから他人がどうなろうと知ったことか、
と思っているからに他ならない。

この投げやりな考えは、そのまま、
先のことなどどうなろうと知ったことか、
という危険な考えに直結し、
自分さえ儲かれば、いまさえよければ、
人のこと、後先のことなど知ったことか。

あるいは、自分以外のすべての人間が、
苦しんでのたうって死に腐ればいい。

そしてこの人間憎悪の姿勢が、
社会の上から下まで、隅々にまで徹底的に浸透しつくしている社会。

作る人も売る人も検査する人も、
上から下まで人という人が徹底的にそんな感じなのである。

そう思えば、
中国人のあの投げやりさ、無茶苦茶さ、
全土を包む公害、毒入り食品等、
そして、世界中に病原菌をばらまきながら、
なにひとつとして反省する姿勢を見せないあの
まさに現代の七不思議のような低脳ぶりに、
明らかな回答が出るはずである。

中国中を埋め尽くすこの人間憎悪。
これはもはや規制や法律や、そんなものでどうにかできる問題ではない、
というのは自明の事実。

と言う訳で、そんなねじくれきってしまった
まさに人間の出がらしのような人々に、
いかにして共同体意識の改善を求めるべきなのか。

やはり人間が憎くてたまらない共産党幹部たちが考えたのは、
まさにこの憎悪の挿げ替えである。

今なお繰り返され続けるあの反日運動の理由がまさにこれだ。

自身の共同体に対する憎しみを、
仮想的に作り上げたスケープゴートに挿げ替えよう、というのである。

と言う訳でなんだ、ここまで書いただけでも本気でうんざりしてくる。

あれほど嫌な国、あれほど嫌な奴らを見たことが無い。
つくづく人間が嫌いになる。
あれが中国人だから、ということであって欲しい。
つくづく日本人だけはああなって欲しくない、

と俺の周りの中国経験者は口を揃える。

つまり、中国とはそういう国なのだ。
嘘だと言うなら自分で行って見てみろ、と言いたい。

こういった人々といったいどうやって付き合えば良いのか。

その答えをもっとも欲しているのは、まさに中国人自身なのではと思う。

という訳でそう、アメリカに勝ち逃げした中国人たちが口をそろえること。

なあに、あんな国、そのうち勝手に自滅するさ、なのである。
まさにそれを待ち望んでいるような口調なのである。

まったくもって・・・やれやれである


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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