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赤い世界での生きる糧

Posted by 高見鈴虫 on 23.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
ロシア人の友人と話していたら、
旧ソビエト時代には休日の夜にはアパートの面々で集まっては、
ウォッカばかりをばかばかと飲み続け、
そしてその後は決まって泥酔して雑魚寝、
などをしているうちにいつのまにか
隣の奥さんが誰の奥さんか判らなくなって、
と言う週末ごとの夫婦交換、
あるいは乱パがごく普通に行われていたそうだ。

コミュニストだからな。なんでも共有が美徳とされたんだ、がはははは、
となる訳で、
誰のかみさんになろうがもらえる給料は同じ。
職場も同じ。住む場所も同じ集合住宅。
つまり誰もが似たようなもん、だった訳さ。
相方を間違えたって誰が責められる?
まあ冗談めかしているとは思うのだがしかし、
夫婦の貞操観念という意味ではとてもとても緩かった、
というのは事実らしい。

あるいは、金も宗教も言論の自由も徹底的にむしりとられた結果、
もう生きていることを実感できるのは、まさにおまんこだけ、
というところだったのだろう。

そうでもなかったらやってられなかった、そうなのであるが、
しかし、それがあったらからこそ、なんとかあそこまで持った、
のだそうである。

とそう言えばクーバ人も同じようなこといっていたな、と思い出す。

ラムとサルサ、とそして多分、乱パこそが、生きる糧なのである。

それはそれで楽しそうだ、とも思ったりもするのだが。。

がしかし、
そうそういえば、もうひとつの赤い帝国。
中国ではそういう話はあまり聞かないな。
と思ったところ、そっか、と思わず。

つまり中国のかたがた、
踊りよりも酒よりも愛や性欲よりも、
なによりも苛めが好きだったわけだ。

うーん、あまりに悲しすぎるな。あまり付き合いたい人々でないのは確かである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾歳月
世界放浪の果てにいまは紐育在住
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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