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「文明の軋轢」

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 とかいぐらし   0 comments   0 trackback
そう言えば、たまにトイレの便座に靴の足跡、がついていることには気づいていた。
普通のアメリカ人であれば、それが靴の足跡であるということさえも気づかなかっただろう。
あるいはたまにではあるが、尋常を逸するレベルでトイレの便座そのものに壮大にうんこがぶっ掛けられている、という事態を何度か目撃した。
普通のアメリカ人であれば、この状態。ああたぶん、とんでもない下痢で、座るのも間に合わなかったに違いない、あるいは、そう、それがどうも緊急時の下痢便ではなかったりした場合には、まさにそんな状況はまったく予想だにできない。つまりはかなり精神状態の逸脱した輩によるところの、と考えるところであるが、世界を旅した俺にはなにが起こったかは完全に把握している。

つまりは、そう、この洋式トイレにおいて、ウンコ座りを強行した結果、の出来事である。

アジア圏、あるいは、インフラの行き届かない非文明諸国では、
トイレと言えばまさに地面に穴ぼこ、形式。

ぽったんトイレ!どころか、しゃがみこんだとたんにいきなり、壊れたウォシュレットのごとき、
わっと、蝿のシャワーの中に身体中が包まれて、なんて経験を何度もしている俺としては、
つまりそう、そのような状況を習慣としてきたもの。
そしてここ文明国の筆頭に上げられるアメリカの、しかもニューヨークというまさに看板都市の、
まさに社員10万人規模の超一流グローバル企業においてでも、
その、地べたにぽったん形式の習慣を強行しよう、という輩。
そんなものが、この会社の中に生息しているということなのだ。

しかも、その靴痕を見る限り、向きは逆さま。
つまりは、ドアに背、というか、尻を向けて用を足している、その理由は、
ひとえに、右手に持った水瓶から、尻の線に沿って水をちょろちょろ。
で、左手の指で、お尻の穴のむりむりと洗う、という、
インドから西の中近東方面で用いられているその方法を、
まさにこの西洋文明の中心地であるアメリカにおいても頑なに守り続けている輩、
が存在するということな訳である。


IMG_2426.jpg




果たして20代の中盤期にそんなインド・中東方面を長くさすらった経験のある俺は、
その水で流して左手でむにゅむにゅ方式が実はトイレットペーパーという紙でふき取るよりも、
ケツの穴的には清潔、そして効果的であることも熟知しているつもりだ。
が、しかし、そうここに盲点がある。
文明国においてそれをやると、むむむ、そう、そのペーパー代わりにつかった左手が、
なんとなく、匂うのである。

はてなはてな、彼の地ではまったく気にすることの無かったこの左手の不穏な匂い。
いったいどこから来るものか、と首を捻っては、もう一度石鹸でよく洗ってはみたのだが、
やはりその匂いがどうしても取れない。

果たしでどういう訳か、と首をかしげてみるまでもなく、
そう、つまりは、彼の地。
あの、香辛料とお香と排気ガスと道端に放置された生ゴミから牛の肥やしから、
犬から猿から牛からヤギからが、まさにどこに行ってもこれでもか、
とぶちまかれた彼の地の混沌の中においては、
いまさら左手がちょっと匂ったところでさっぱりと気がつかないぐらいに、
つまりは世界そのものが有機体的芳香の坩堝であった、という訳なのだ。

という訳でこの文明地。
なにもかもがピカピカに磨き上げられ、朝シャンのシャンプーの匂いから、微かに漂うコロンの香りから、
加齢臭避けのなんたら、なんてものを多用するこの21世紀型文明社会において、
その左手に染み込んだ匂いは、たとえ石鹸で何度洗ってみても拭い去れるものでもないのである。

そこに、経済格差の悲しい現実があるわけである。

が、そう。
つまりは、この文明社会のコアにあたる部分のそのトイレという個室の中で、
いまだにそんな彼の地の風習をこっそり守り続けている輩がいる、ということなのだ。

うんこ座りか、といまさらながら。。。

と言う訳で、あの思い切りしかめ面をしたインド人たちが、
トイレの奥でこっそりとウンコ座りをしている様。
なんともなんとも、である。

が、あらためて言わせて貰う。

君達の嗜好や風習や伝統がどうであれ、君達の習慣は、この地ではあまりウェルカムではない。
あるいは、どうしてもそれがやりたいのであれば、自分専用のマイ・トイレを使用して欲しいものだ。
あの狭いトイレの中で、チューリップの隣りにわざわざ白鳥型のおまるをおいて・・
なんてなかなか可愛いぞ。







「文明の軋轢 余談」

とそんなことを書いていたら。。

おいおい、これでもしもあの中国人がやってきたら・・・
もはやこれは・・・

会社のトイレのドアを開けたらいきなりその足元にうんこ。。。
トイレは見渡す限りウンコ。
足の踏み場もないぐらいにウンコ。
それをまったく気にする風もなく踏みしだく靴。
でその靴で会社中を闊歩されては、
所構わずあいやー、あいやー、と
まるで難聴の老人のような馬鹿でかい声を上げ、
社員食堂では、椅子の上にうんこ座りして、
食いちぎった鳥の骨から野菜の芯からを肩越しにぽいぽいと床に投げ捨て、
廊下からエレベーターの中からあるいは自身の机の周りでものべつ幕なし痰を吐きちらし、
あるいは人がいようがいまいが、問答無用に手鼻を噛み、
公共物、となるオフィスの備品は一瞬のうちに掻き消えて、
お前のものは俺のもの、俺のものはなにがあっても絶対に俺のもの、
となにかにつけてその理屈ばかりを押し通し。。。

果たしてそんな同僚と、
あるいは、下手をするとそんな上司と、
いったいどうやって対峙していけば良いのか。

うーん、この文明の軋轢。まだまだ続きそうである。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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