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「乞食の死体を写真に撮るということ」

Posted by 高見鈴虫 on 01.2013 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback

石井光太を読むがなんとなく後味が悪い。

いかにも貧民九歳、なんてことをやりながら、
実は死体やら乞食やらライ病患者やらを思いきりガン写するひとであるらしい。

まあそれはそれでやる気であろうし、強さでもあるのだろうが、
似たようなことをやっていた俺としては、よくもここまでできるなあ、
と思わず首を傾げてしまいたくもなる。

まあ藤原新也もデビュー当時は死体写真家、と言われて居た訳で、
この人もそのうち化けるのかな、とも思うが・・・

が、なんとなくそのあまりにもあっけらかんと割り切りすぎた姿勢には、
あのダルバール前に打ち捨てられた乞食少女の死体を、
写真にとっていた大学生旅行者の姿を思い出してしまった。

ジャーナリズムって本質的に「晒し」なんだよな、と思うのだが、
そうすっぱりと割り切られてしまうとそれはそれで後味が悪い訳だ。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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