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アッパーウエストサイド・ストーリー ~ 犬の事情で引越し

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 日々之戯言(ヒビノタワゴト)   0 comments   0 trackback
そういう我が家も、実はこのエリアに引っ越してきたのは犬を迎え入れてから。
つまり、犬の事情によってこの地域に移ってきたわけだ。

それまで10年以上にも渡って住み慣れたミッドタウンのマレーヒル。
各国の大使館が並ぶ簡素な住宅街。
アジア系の人口も多く、安くておいしい世界各国のレストランも多く、
交通の要たるグランドセントラル駅にも徒歩5分。
勤務先のウォール街には電車一本で15分。
セクシーな女の子たちが群れるバーからクラブが軒を連ねるパーティエリアも目と鼻の先。
と言う訳で、このニューヨークで都会暮らしを楽しむ上ではまさに最高の場所であった訳なのだが、

しかしながら、なにを間違えたか「犬」なんてものを貰い受けてしまった途端、
このマレーヒルがこと「犬」にとってはそれほど住みやすい場所ではないという事実に愕然とした訳だ。

つまり、近所にドッグランがない。
犬を放せる場所まで最低でも30分。
夜中まで酔っ払いたちが騒ぎまわるストリートでは、
はしゃぎ回る女の子のハイヒールに足を踏まれそうになったことも一度や二度ではない。
窓の外から流れてくるシティーノイズ。
仄かにハッパやクラックの香りの漂って来たり、
宵っ張りの住人たちは深夜どころか明け方まで鳴り響く大音響の音楽を気に止めもせず。

そのどれもこれもがニューヨークという都市生活を送るパーティフリークスには最高の場所、
であたはずなのだが・・

犬を迎え入れて一年を迎えようとしていた秋の午後。
いきなりかみさんから、あたし明日引っ越すから、と言われた。

あたし?引っ越す?どこへ?俺は?

と目を丸くする俺に、かみさんは断固として言い放つ。

あなたは好きにすればいいわ。ここに居たいなら居ればいい。
でもあたしたちは引っ越す。わたしとブー君。あんたのような人たちは知らないけど、
とにかく犬にとってはこのエリアは最悪だわ。

でよくよく聞いてみれば、夜な夜な近所のドッグラバーが寄り添っていた裏の公園のバスケットボールコート。
はしゃぎまわっていた犬達が、またいつもの奴でちょっと羽目を外してしまったらしい。
ドアのない公園の入り口からいきなり走り出てしまった犬達。そこには大通りの3車線をびっしりと埋め尽くしたタクシーの群れ。

もうねえ、飼い主達みんな死に物狂いでタクシーの前に立ちはだかって大騒ぎ。
いっせいにクラクション鳴らされて、その音にまた犬達が驚いて走り回って。
犬どころか人間まで轢かれかけて、まさに地獄の沙汰よ。もう沢山。もうこんなところ沢山よ。

で、よくよく聞いてみたところ、その羽目を外した犬達のその筆頭がブッチ。
ブー君がまたいつものやつで手当たり次第に喧嘩をふっかけては走り回って。
で、逃げ出したブー君をおっかけて犬たちがみんな外に走ってちゃったのよ。
それももうこれが始めてじゃないんだから。これまで何度もやってるのよ。
そのうちきっと車に撥ねられて死ぬことになるわよ。絶対よ。
それが判ってるから、レキシーとか、ルーカスとか、ブレイザーとか、
もう私たちが行くとすごく迷惑そうで。もうここには来ないほうがいいんじゃない?って。
あそこにいかなかったらもう犬の行ける公園なんてないし。
運動不足で欲求不満になったらますますこの子おかしくなっちゃうし。
もう沢山。

でも・・と俺。
ほら、この辺り、知り合いも多いし。テニスコートも近いし、便利だし、おいしいレストランも多いし。

だったらあなたはここに居ればいいわよ。わたしはブッチにみすみす死んで欲しくないから引っ越すだけ。

で、どこに?と聞けば、もう決めてある、とのことで、ほら、と差し出されたWEBページのコピー。

ニューヨークで一番犬にやさしいアパート そのTOP10とある。

アパートにドッグラン?犬用のスパ?獣医が24時間待機?なんだこれ。犬用の高級ホテルじゃねえか。

そんなところ値段が全然手が出ないから、しょうがないからその番外編に載ってたところにしたの。
レンタルのボロアパートだけど、そこの住人の半分以上が犬を飼ってるんだって。
地方から出てくるひとも犬と一緒の人はみんなここにするそうよ。
値段的にもそこだったらなんとかやっていけると思う。

ええ、でもそれにしたって、家賃・・・ここよりかなり高いぜ。

倍よ。とかみさん。ここの倍。しかも広さは半分。

じぇじぇじぇじぇ、なんでいまさらそんなところに。

こんなところにいてブー君の身になにかあったらどうするの?ブー君の命はお金じゃ換えられないでしょ。

そんなバカな・・・

と言う訳で、一度言い出したら梃子でも動かないかみさん。そしていたいけな顔をして見上げるブッチ。

やれやれ、と頭をかいたとたん、で、あなたはどうするの?とかみさん。

まあそう言われたらしかたがないじゃないか、と返事を下途端、だったら引越しの準備。
まずは要らないものは一切合切、全部捨てて行って。もうこんなゴミの中で暮すのは沢山。
次に行くところここよりもずっと狭いんだから、こんなもの全て持っていったらそれこそゴミ屋敷になっちゃうわよ。

と言う訳で、あまりに突然の引越し宣言から、一週間寝ずの苦労の末にようやく辿り付いた新居。

引越し用のトラックから、さあ着いた着いた、とアパートに入ったとたん、
ドアマンから、はい、よくいらっしゃいました、名前は?と聞かれながらトリートを差し出され、
いや、こうしておくとね、たとえ迷子になったときに必ずここに帰って来ることになるから、という話。

まさにアパート中がドッグラバーのためのドッグアパート。

そうしているそばから、開いたエレベーターの扉の中から、さあ散歩だ散歩だ、と綱をひっぱる犬たちが走り出てきて、
お、新入り、誰だお前は、よしよし、はいはい、判った判った、今後ともよろしくね、ちゅっちゅ、とご挨拶。

で飼い主同士も、いやあ、はいはい、ここはいいところですよ、特に犬にとってはね。人間にとっては、と悪戯げにウインク。
まあ家賃は高いけど、まあ犬が元気なんでね、と苦笑い。

そう、つまりは、そういうところであった訳だ。

と言う訳で、辿り付いたアッパーウエストサイド。
まさに、犬のための街。

家賃は高いが、まあ犬が元気でいてくれるんだから、という訳なのだが、
果たしてこの高すぎる家賃、いったいどうして暮していけるやら、と引っ越したそばからたちまち頭を抱えてしまった訳である。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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