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アッパーウエストサイド・ストーリー ~ アッパーサイドのドッグ・ウィスパラー

Posted by 高見鈴虫 on 07.2013 犬の事情   0 comments   0 trackback
72丁目のドッグラン。
リバーサイドドライブの公園の入り口を入っただけで、
響いてくるその吠え声から誰が来ているのかたいていは察しがつく。
生垣の間から目を凝らすと、ラリーにローリーにディディーにダーダー。
いつもの面子が顔をあわせては、
おっ、誰か来るぞ、と首を伸ばしてこちらの見ている。

そんな犬たちが、ドッグランに足を踏み入れたとたん、待ってましたと駆け寄って来て、

やあやあやあ、元気だったか、とやりながら、
尻尾だけでは足りないとばかりに腰そのものをくねらせては、絡み付いてくる。

そんな犬たちを前に腰を下ろして犬の目線にあわせると、
どいつもこいつもこれ以上なく甘えた顔で、耳を伏せて瞳を輝かせては、
これでもかとばかりに顔中を舐め始める。

そうか、そうか、元気だっか、よしよし、良い子良い子。
そういう時の俺は、普段の仏頂面も不機嫌そうな苦笑いも、
ましてやかつてアフガニスタンの禿山を駆け回ったなどという面影はいっさいない。

ただの犬好きの中年のおっさん、それだけ、そのものである。

囲まれた犬たちにもみくちゃにされながら、そうそうに挨拶を終えて立ち上がると、
さあ待ってました、と身構える犬たち。
かばんの中からボールを取り出した途端、
もう我慢ならない、と言った風に、ぴょんぴょんと飛び跳ねるもの
くるくると回り始めるもの、興奮を抑えきれずにワンワンと吠え始めるもの、
あるいはすでにドッグランの彼方まで走り去っているもの、
とまさに大騒ぎである。

がしかし、そこでひとつの流儀がある。

全員、お座り、と号令をかける。

はい、あんたもあんたも、君も君も、そこの奴、そうお前、気が早すぎる、早く戻って来い。

という訳で居並ぶ犬たちを一同にお座りさせて、ひとりひとりの顔を見渡す。
まあまあ、どいつもこいつもまるで弾けるようなその笑顔。
たまにちょっと落ち着きのない奴、気の強そうな奴弱そうな奴、
あるいはお座り、を知らない奴、なんてのがいると、
お前、そう、お前、お座りしないとみんな待ってるよ、とやれば、
たいていの犬はそれで、え?ぼく?と周りを見渡して、
そして、うれしそうにみんなに合わせてお座り、をしたりするのだ。

はい、お座り。そう、これがお座り、と裏返した手を前に添えるSITのジェスチャー。
判った。これがSIT。いいね。

という訳で、みなさん、そおおおら、取って来い、と投げ上げたボール。
まるで弾かれたように一目散に走り去る犬たち。
立ち上る砂埃と唸り声と吠え声が響き渡り、まさにスクラムになっての争奪戦。
そんな中から、ボールを咥えて得意そうに肩をゆする輩の周りを、
ちぇっと舌打ちをしながら、あるいは、よーし、次だ次だ、と走り回りながら、
あるいは、端からボールをゲットしようなどとは考えてもいないくせに、
みんなと一緒に走り回っているだけで満足、という小型犬まで、
とりあえずは、みんなはしゃぎまわっている。

戻ってきた犬たちに、ふたたびお座り。
と言ったとたん、たいていの犬はそれでボールをぽろり、と落とす。
あるいは、俺の膝に押し付けて、そして撫で撫でを催促する。

そんな犬たちの頭を身体を十分に撫で回して、
さああ、次、行くぞ、と言った時にはすでに犬たちは一目散に走り去っている。

という訳で、少し遅れて、やあ、どうもどうも、とやってくる飼い主達。

まさにウエストサイドのドッグウィスパラーですね、と褒めているのかけなしているのか。
うちの子はもうここに来るとあなたが来るのを待ちわびているんですよ。
うちの犬はあなたにボール遊びを教わったようなものだ。
これだけ遊んでもらえれば家に帰って素直に寝てくれるはず、いやあ大助かり。

いやいや、僕はたた犬たちに喧嘩をしてほしくないだけの話なんですよ、と俺。

みんなで仲良く遊ぶことを学んでもらえば、このドッグランでの悶着も少しは減るかと思って。

とそうこうするうちに、こぼれたボールをかっさらったが最後、ドッグラン中を逃げ回る黒いラブラドル。

おい、それ寄越せ、と追いかける犬たち。
返せ返せ、反則だ、と吠え立てるビーグル。
わけもわからず回りではしゃぎまわっている奴ら。

おい、デキシー、またお前か、と大笑いする飼い主たち。
ああ、ごめんなさい、またうちのが、と駆け出す飼い主のジャネットさん。
いやいや、大丈夫、追いかけちゃダメですよ。それが楽しくなっちゃいますんで。

という訳で、やんちゃなデキシーは放っておいて、

みんなおいで、と声をかけながら、バッグの中からまた新たなボール。

おおお、まだあった、と驚いて駆け戻ってくる犬たち。

さあおいで、はいお座り。はいお手。よしよし、みんないいか、そら行け。

そうこうするうちに、すごすごと戻ってきたデキシー。

なんだよお前、ボールどうした?とやれば、いきなり駆け戻ってダメ、それはわたしのボール、とがんばっている。
判ったよ。でもそんなことやってるとみんなと遊べないよ。
へーん、いいよ。わたしはわたしのボールで一人で遊ぶから。

そんなデキシーは放っておいて、また別のボールで取って来い。

長いボール、短いボール。右に左に投げ分けて。
慌て者がずるをしないように、のんきな奴や小さい犬にもボールが取れるように、
と公平にボールを取らせてやっていると、不思議と犬たちはいつか自分の番が回ってくる、
と悟って、素直にボールを返すようになる。

ほら、デキシー、お前にだって投げてやったのに。

それが判ると、そんなデキシーのようなへそ曲がりもいつしかみんなの仲間。

そらデキシー、行け、と走り始めたデキシーのちょうど鼻先に落ちるぐらいにボールを投げてやれば、
待ってました、と飛びついたデキシー。
まさに得意満面になって帰ってきて、はいお座り、とやったとたんにぽろりとボールを落とす。

フェアであること。どの犬も分け隔てなくかわいがること。
ボールを投げる前にお座りを必ずやってもらうこと。
さあボールです、とやりながら必ず視線を合わせること。

これだけでも犬の人間とのコミュニケーション能力は飛躍的に伸びる。

そんなみんなのパーティに、ひとりで入れないでいる内気な子供たちにも、
そら、とフェイントでボールを投げてやったとたん、いきなりに慌てふためいて、
くるくる回って大騒ぎしながら、いままでの寂しげな表情が一挙に花開いて大爆発。
喜び勇んで駆け回って、そしていつしかみんなの仲間入り。

普段から飼い主に出来合いされているわがままなスポイルド・ドッグも、
これまで幾たびもの辛い思いを重ねてきたシェルタードッグたちも、
どうにも他の犬となじめない臆病さんも、子犬も老犬も、大きいのも小さいのも、
血統証尽きから雑種から、問題児から自閉児から乱暴者からひょうきん者から、

さまざまな犬たちがまさに一同となってボールを追いかけるうちに、
いつしかみんながお友達。

こうして一緒にボールを追いかけた犬たちの中には、しっかりと仲間意識が目覚め、
ひとつのボールを分け合って遊ぶための社会性を学んでいく。

我が犬のそんな姿にまさに目を輝かせる飼い主達。

いままで一度として笑ったことのなかった我が犬が、はしゃぎまわって泥だらけ。
まるでまぶしいぐらいの溌剌さで走り回る様に、夢中になって写真を撮りまくる飼い主たち。
あるいは、そんな姿に思わず、嬉し涙を流すひともいる。

がしかし、俺は別に犬をトレーニングしている訳でも、なんでもない。
俺はただ、犬たちに喧嘩をしてほしくないだけ。傷ついてほしくないだけ。
他人の犬も自分の犬も、みんなみんなで幸せになってほしいだけ、なのだ。

パピーミルの檻の中で、来る日も来る日も子供を産まされ続けてきたココ。
やせ細った足腰で走るどころか立つことさえもままならず、
腹から長く垂れた乳房が地面にこすれそうで、みるからに痛い痛たしかった。

スタンダード・プードルのトビーはそのでかい図体に似合わない臆病者で、
子犬の頃にひどく噛まれてしまって以来、他の犬が近くに寄るだけパニックを起こして逃げ回るか、
あるいは時としてアグレッシブに、あるいは、腰を抜かして震え始めてしまっていた。

長年をシェルターの檻の中で過ごしてきたバクシーは、ドッグランの入り口で怯えきったまま立つことさえできなかった。

前の飼い主に苛め抜かれて瀕死の状態でレスキューされた過去のあるピットブルのローザ。
フリーウエイの真ん中をさ迷っていたドロシー。野良犬だったバクシー。片足のラッキー、片目のトート。

さまざまな過去を抱えた犬たちが、いまこの72丁目のドッグランで、今にも弾けそうな笑顔とともに夢中になってボールを追いかけている。

そんな飼い主たちに、ありがとう、本当にありがとう、とたびたびに礼を言われる。

うちの子が、あんなに惨めだったうちの子が、こんなに幸せそう子になれたなんて。
まさに奇跡を見るようだわ。それもすべてあなたがトレーニングしてくれたお陰。どれだけお礼を言っても言い切れないわ。

いや、お礼ならこちらの方からすべきです。

あんなにひどいことになっていたこの子をよくぞ勇気を持って引き取ってくれました。
本当だったら今頃殺処分にされて灰になっていたところを、
あなたの勇気によってこの子が救われたんですよ。お礼はこちらから言うべきだ。
この子を救ってくれて本当にありがとう。

俺にとっては他人の犬も自分の犬もない。
血統証付も雑種もない。
すべての犬は俺の友達。
そいつが犬である以上、俺は分け隔てなく愛し尽くす。

なんてことを言っているのだが、実はその理由は他にある。

つまりはなんといっても我が家のブー君である。

このまったく手のつけられない乱暴者であったブー君。

一時はドッグラン中の端つまみで、犬と観れば見境なく喧嘩を仕掛けて大騒ぎをやらかしていたこの超問題児。

この極道者の親としては、俺自身がそうやって他の犬と仲良くすることこそが、
この超問題児を新たなトラブルに巻き込まれることを防ぐ最良の方法なのだ。

という訳で、全身砂まみれ涎まみれのブー君。

さあこっちおいで、とベンチの隣に座らせて、頭を撫で身体を撫でお腹を撫で鼻先にちゅっちゅっちゅ。

そんな様をうらやましそうに見つめる他の犬たち。

そう、ブッチは俺の犬。だから頼むからこの子とだけはトラブルを起こさないでね、と暗黙の宣言な訳で。

という訳で、72丁目のドッグラン。

ウエストサイドのドッグ・ウィスパラーは今日も顔中が涎まみれな訳である。



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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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