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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 ねたばれそのいち

Posted by 高見鈴虫 on 09.2013 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
へええ、と思った。
で、わりと面白かった、というのが正直な感想。

で、これまでの村上春樹作品の自己パロディ、
あるいは、LITTLE BIT OF EVERYTHING ってとこなんじゃないのかな、と思った。

大筋的には「羊をめぐる冒険」のパロディ。

で、登場人物にまあ色々な作品からの脇役さんたちを茶目っ気まじりに登場させてみました、
という奴で、
映画の中に、その監督やらスタッフやら、あるいは過去の作品からのキャラがちゃっかり紛れ込んでいる、
なんていう悪戯を思い浮かべてしまった。

ただ、羊はそれこそもろにチャンドラーのぱくり、というよりパロディーで、
ロバート・ミッチャムやらエリオット・グールドの代わりに
村上春樹をおいてみたらこんなになっちゃいました、的なところなのだが、
今回のこの「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」において、
主人公は死なない。あるいは、またニヒルに「喪失」の中に戻っていく、ということもない。

つまり、和解、ハッピーエンドな訳だ。

うへえ、っていうか、なんか村上春樹、ついについに、ひよったか、というところなのだが、
まあそう、その程度の軽い作品、ってことにしたかったんじゃないのかな、と。

なので、なんとなく、総集編というよりは、パズル。
あるいは、これまでの作品の種明かし、としてとても面白かった訳だ。

で、もしかして俺とおんなじこと言ってるひといるのかな、
とWEB上で書評なんてのを見てみれば・・・・

なんと、なんと、酷評と、こけおろしの嵐・・・(笑

主人公に感情移入できない
こんなのが売れてるなんて信じられない、
やら。
まあいつもの奴なのだが、ぶっちゃけそれって、
つまりは本がバカ売れで儲けまくっている村上春樹の成功に対する妬み嫉み嫉妬、に過ぎないんじゃない?
という気もする。

で、あらためて、だから違うって、と思わず。

そしてそんな酷評・こけおろしをしている人々に声を大にして言いたい。

あんたら村上春樹なんてひとにいったいなにを期待しているんだよ、と。

少なくとも村上春樹は「先生」でも「教祖」でも「政治家」でも、
「父」でも「友達」でも「恋人」でもない。

彼にとってものを書く、ということは仕事、つまりお金を得るための手段なのである。

商業手段として物を書いているプロに対して、
それ以上のことを求めても無駄だし、
そんな的外れな要求やら期待に応えなくてはいけない義理も責任もない。

ちゅうわけで、

これまで、そのデビュー当時から一貫して「反村上春樹派」でありながら、
不覚にもやはり全ての作品を読まされてきてしまったこの俺が、
なにを血迷ったかこの後に及んで「村上春樹」の援護なんてことを試みてしまったりもする。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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