Loading…

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 ねたばれそのに

Posted by 高見鈴虫 on 09.2013 読書・映画ねた   0 comments   0 trackback
とりいそぎ、この「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。

主人公のつくるはまあ相変わらず、というか、
つまり、社長の息子で何不自由ない主人公、ってこの設定。

これだけで現在の自分の設定に不満のある人々、
つまり、親が社長でなかったり、勉強ができなかったり、
専門技術を選択することができなかった人たち、
そんな不満分子の方々のコンプレックスを逆撫でするわけで、

そんな人々はもうこの設定を見ただけで、駄目だこりゃ、
つまり、「主人公に感情移入できない」となってしまうわけで、
つまりは反村上春樹派のほとんどがこれ、
「裕福な主人公」に対する感情的な嫌悪、つまり妬み嫉みなんじゃないの?
と思っている。

が、しかし、そう、この世界には色々な人々がいてしかるべきもの。

つまり、普通の人間である自分らとなんら関係の無いところで暮す人々、
つまりは日々家賃の支払いやら食事代やらローンの払いとかに四苦八苦する人々が、
なぬ?この主人公、金に一度も困ったことの無いんだって?ありえね~、
と思ってしまうわけなのだが、
事実そういう人もこの世にはしっかりと存在している。

で、そういう人々がいったい何を考えて生きてるのかな?
なんてのをちょっと覗き見てみたくないかね、
という、つまりはお話、というか、寓話というか、
御伽噺を御伽噺として楽しむための心の余裕がまずは必要なわけだ。

と言う訳で村上春樹の御伽噺。
村上春樹の原点は、フィッツジェラルドのギャツビーと
チャンドラーのLONG GOODBY。

それに日本的なアメリカ文化のパロディー版である、
アメカジというか、バブル時代のハマトラやらなんちゃってクリスタルに通じる、
銀座の「みゆき族」じゃないが、俗に言う「アイビー」的なおぼっちゃま文化的美意識が加わるわけで、
それが村上春樹の「色」である訳なので、その色=設定に、良いの悪いの言ってもしかたがない。

ちなみに「反村上春樹派」であったこの俺は何を隠そうその対極である裏ドキュン文化の人。
つまりは根っからの反体制気質。
不良の枠に嵌められることにさえもむかついた、まったくどうしようもない天邪鬼のひねくれもので、
周りを囲んでいたダチといえばご多分に漏れず暴走族やらヤクザ半分のチンピラやら、
行動派右翼やら過激派崩れやらとまったくろくなもんじゃない。
おまけに自身はパンカー気取りで革ジャンの襟立てて鋼鉄入りの安全靴。
ライブハウスで夜な夜な下手なドラムを叩いては
それがなにか特別なことであるような勘違いをしていた。

そんな俺のようなどきゅん系のアイドルはと言えば、
ストーンズとルーリードと矢沢と萩健とゲバラにウイリアム・バローズ。

セックスドラッグスロックンロールがこの世の至上という、
まったくどうしようもない溝鼠のような連中。

がしかし、誰になんと言われようがそういう美意識が変えられないのと同じで、
いまさらそのあたりのねとうよだ引きこもりだなんて奴らにどきゅん中年だ人間の屑だ、
と謗られようがまったく気にしない。

ましてやあの丘サーファーやなんちゃってクリスタルな糞がきども。
かつあげの餌にもならないお坊ちゃま系などはこの世に存在しないも同じ。
便所虫か、あるいはクラゲのような程度の人々であった訳だ。

なので、いまさらそんな相容れない美意識の持ち主に対して良いの悪いの言うのはもうそれだけでナンセンス。

だってさあ、とここで思わず拳を握り締める。

いいか、良く聞け。
村上春樹は少年ジャンプを読んでいなかったんだぞ。
男一匹ガキ大将どころか、明日のジョーだって読んでいたか知れたもんじゃねえ。
ってことは、だ。
缶蹴りだ銀玉鉄砲戦争だ、バスの窓から爆竹放り込んだり気にいらねえ餓鬼のちゃんりこ溝に落としたり、
どころか、ことによるとサッカーだって野球だって、やっていなかったに違いない。

ほら、クラスに一人はそう言うのいたろ?

いつも教室の片隅で皮肉な面をしてそんな俺たちをニヤニヤしてみていたやつ。
で、話しかけるとどもったり、とかする奴。

で、いたずらの相談なんてのを盗み聞きして先公にちくったりとかする奴。

こいつはつまりはそういう奴だったわけさ。

なのでそう、普通のがきども、つまり俺らのような健康優良悪餓鬼軍団にとっては、
本当の本当に嫌な奴だったと思うわけさ。

で、そんな嫌な奴に、隣の学校のやつらが攻めて来るがどうやって立ち向かうか、
なんてことを相談したって始まらないのと同じように、

いまさら、社会的問題に対するご意見だ、やら、シンパシーだ、責任だ、
やらいっても、なにひとつとしてなにも始まらない。

ああ、でも、ほら、僕はお坊ちゃまの秀才だから、つまりチミタチとはそもそも出来が違うわけよ、
と鼻で笑われるのがおち。

んだよあいつ、と男どもに舌打ちされながら、
そしてそんな俺達取り巻きの女の子たちからだって当然つまはじき。
クラス中から、なにこいつ、と眉を潜められていたそんな嫌な奴が、
が実はその女版、つまりはまたまたクラスの片隅で、誰からも省みられず、
化粧けもなく、まったく女として諦めきっているとしか思えない
地味系ダサ系のみるからに処女のようなおかっぱ頭の毛糸のパンツ、
みたいのと、ふふふ、と目配せしあってたな、なんてまさにげーもんである。

そんなどうしよもない究極的なダサ坊だった村上春樹に、
なにを問いかけたってまともな答えなど返って来るはずがないし、
そんなダサ坊のでっちあげるストーリーに、
クラスのアイドル、健康優良不良少年だった俺達が共感できなくても当然のこと。

そこをぜったいに間違えてはいけないのである。

ましてや、
そんな、嫌な奴に対して、
なにを間違えたか、人生相談を持ちかける、などまったくもってナンセンス。

あるいは、文学作品などに人生のマニュアルを探すように、

ねえ先生、で、俺はどうすればいいわけ?
やら、
あにき、俺に生き方を教えてくれないか、やら、
ましてや、
こうしてああして、って事細かに判りやすく教えてくれないか?
なんていう人々にとって、
この村上春樹本はもはやグロテスクなほどに徹底的に的外れ。
挙句に、
こいつの言ってることぜんぜん判らない。
意地悪すんなよ、もっと簡単に答えをくれよ、
ということになって、ますます欲求不満を募らせる、となるんだろうな、と。

と、そのように、今現在実際に不満や疑問の答え探している人々にとって、
この本は最悪だ。

なぜなら、この作者は誰も話しかけてこない教室の片隅で、
「喪失」なんていう自分のつくったイメージに勝手に酔いながら、
草原の真ん中の誰も知らない井戸の底で真上の青い空を眺めていた、
なんて風に思っちゃってた困ったちゃんなんだから。

そんな村上春樹に、
で、井戸の底に住んでいる人って、ご飯はどしているわけ?
トイレは?風呂は?寝るときは?雨降ったときは?

と現実的なことを言い始めるときりがない訳だが、
つまり、そう、その現実的なことを言い始めるきりがない設定の「謎」、
その謎を、まあまあ、そういうことはおいておいて、とやってしまうところが、
まさにこの人の持ち味な訳だ。

つまり、そう、繰り返すが、今、現在実際に切羽詰った不満や疑問を抱えてその答えを探している人々、
その答えは少なくとも村上春樹の中にはない(笑

もし今現在、そうした悩みを抱えているのであれば、
迷わず村上龍を読むべき。

全ての男は消耗品やら、55歳のハローワークではないが、
村上龍はそういった悩める子羊の人たちに対して、
それがまるっきり的外れであったとしても、
とりあえずはなんらかの答えを提示をしようと努力してくれている。
その答えに対して、同調したり、反発したり、と色々あるだろうが、
少なくともそういった直接的なリアクションがなんらかの原動力となる筈。

そんな親切丁寧な村上龍を人生の説教士、とするならば、

村上春樹作品はなんとなくコンピューターゲームに似ている、と思っている。

コンピューターゲームをやる人が、
そこに己の進路選択や、明日の食い扶持や、
あるいは、津波の被災者や、原発問題の答えを求めないように、
村上春樹の作品にそんなものを求めることからして間違いなのである。

すごくよくできたゲーム、
あるいは、愉快なパズル、
まあ頭の体操という奴で、というのが妥当なところ。

政治からも経済からも解き放たれた井戸の底の住人。
まあ坊主の孫の考えそうなところである、という訳で、

よって結論から言えば、この人の作品に腹を立ててはいけない、
ということなのである。

だって、僕はお金持ちの人々のためにお金持ちの人々の話を書いているんだよ。
お金持ちは怒らないものでしょ?で終わってしまうわけだ。

そうだよねえ。人間は不平等にできているんだからさ(笑

そんな作家に、少なくとも「責任」なんて求めることからしてナンセンス。

と言う訳で、改めてそういうスタンスから村上春樹の作品を読んでみる。

つまり、純粋にゲームを楽しむ感覚で、ということで。

そう割り切ったとたん、へへへ、この人の本は実はとてもおもしろいんだよーん、
ということに気づかされる訳だ。


  • password
  • 管理者にだけ表示を許可する

trackbackURL:http://shumatsuwotohnisugit.blog.fc2.com/tb.php/1804-9d6bb3b5

プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

©終末を疾うに過ぎて...
無断丸々転載・そのまま転写はご勘弁ちょんまげ

月別アーカイブ

検索フォーム