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「愛犬家の墓標」

Posted by 高見鈴虫 on 30.2014 犬の事情   0 comments   0 trackback
いい加減に夜も更けて、ああ、早く犬の散歩に連れて行かねば、
とは思いながらも、この寒さ。
固く閉じられた窓には、吹きすさぶ風の立てる轟音が部屋の中にまで響いてくる。

とそんな時、鳴り響くIPHONE の着メロのはくしょん大魔王のテーマ。

ああ、ジェニーだ、と思わずうんざりしながら、やあ、と出てみれば、

ねえ・・・今晩、行くの?・・・といつになくおじおじとした声。

だって・・・寒すぎない? とまさにその通り。

あらためて天気アイコンを叩けば気温は15度。つまり-10度。

え、あ、そう、と思わず拍子抜け。

だとすればこの間までの南極より寒いようなキチガイじみた寒さに比べればまだましじゃないか。

がしかし、それに騙されてはいけない。
あらためて見直す体感温度、なんと、5度...つまり-15度?

なんだよこれじゃあ立派に南極北極じゃないか。

ジェニーの話では公園中をとんでもない風が吹き荒れているってな話で、
そう、雪や寒さはまだしも、夜の散歩の何が辛いってこの風。
風こそが諸悪の根源なのである。

がしかし、例えそんな凍えた風が吹き荒れようが、
雨霰が降り注ごうがそしてこの南極北極どころか白熊もぶっ飛ぶような寒さであっても、
犬を飼っている以上はお散歩に行かなくてはいけないのである。

と言う訳で、覚悟を決める。
我愛犬にもカシミアセーターと黄色いレインコートの山の神ルック。
そして俺はと言えば、
ヒートテックを2枚3枚と重ねた上から愛用のパーカー。
そして必殺グースダウンのロングコート。
この膝下まであるロングコートのお陰でどれだけ救われたことか。
頭にはMERINO WOOLの帽子。そしてその上から鳥撃帽をかぶり、
足にはシベリア開発のプラットフォーム労働者ご用達のBAFFINのハーフブーツ。

これで準備万端と気合を入れて、そして一歩、表に踏み出してみれば・・・・
いきなり顔に向けて真正面から吹き付けてい来る凍りの突風。
とたんに息がつまり睫が凍り、鼻から唇から頬っぺたから、
つまり直接風にさらされている部分は問答無用にガリガリと氷のガラスでこすられまくり、
たちまち赤くひび割れてはビリビリと痺れ始める。
これまさに、寒い、というよりは物理的に痛い!
がしかしそんな感覚もじきに消えせてまさに痛感そのものを失っていく。

これってもしかして・・立派な凍傷の症状なのでは?
ってことは、散歩から帰ってきたら鼻が取れちゃってたり?
なんてことが、まさに実際に起こりそうなこの南極日和。

そう言えば、聞くところによるうと今年の南半球は大熱波、
南極のペンギンが熱死しているってな話で、
つまり、そう、このニューヨーク。
南極日和どころか南極なんかよりずっと寒い!

なんだよそれは!難局よりも寒いところで俺は犬の散歩をしている訳か。

あらためてこの世の中。まったくもってなにかが徹底的におかしい!
と思わず地団駄を踏みたくもなってくる。

と言う訳で辿り着いたのは凍りついた木枯らし吹き荒ぶドッグラン。

はろー!!!
はろー!!!
元気だった!!!????
あああ???なんてった??
だから元気だったって!!???
聞こえないよ!!!なんていった???

つまりこの風と、そして二重三重に被っている帽子とフードのために互いの声がまったく聞こえないのである。

とそうこうするうちにとたんに手袋の中の手がかじかみ始め、
さしものシベリア仕様のブーツの中の足の指先さえもが痺れ始めているではないか。

やばいなこれ・・まじで人間の生息できる限界を超えている。
このマンハッタンのど真ん中でまじめに遭難モードなわけである。

がしかし、そんなひ弱な人間ども、
まるで八甲田山の凍死者そのものに
すでに氷の彫像と化してしまっている人間たちのその足元では、
うっしゃあ、ボールだ!プロレスだ!おいかけっこだ!とばかりに、
問答無用に暴れまわる犬たちの姿。

なんかよりによって今日はいつになく元気な犬ども。

そう、どうやらこの犬たちのはしゃぎようには理由があって、
つまりは新参者のサイベリアンハスキー君、
こいつがもう、神をも恐れぬ糞元気。
問答無用に超ハイパー状態な訳である。

そんなハスキー野郎に乗せられて、思わずブッチもサリーも大ハッスル。

やれや、と思わず顔を見合わせるジェニーと俺。

とそんな時、ドッグランの隅の暗がりの中に
まるで亡霊のように立ち尽くす飼い主さんの姿。

どうもどうも、と挨拶をするも、まさに脳停止状態というよりも、凍えてしまって声にならず。。。

いやあさすがにサイベリアン・ハスキー、この寒さで絶好調ですね、と言えば、
はははは、と肩をすくめて苦笑い。

そうこうするうちにジェニー。ものの15分も経たないうちから早々に音を上げて、
あああ、もういやだ。もう沢山だ、と怒鳴り始める。
こんな寒さ、やってられない!とぶち切れまくり。

そういう俺もすでに手足が引きつり始めてて、
これ幸いとばかりに賛同して、そそくさと帰り支度。

がしかし、当のハスキー君。
サリーから掠め取ったボールを咥えたまま、うひょひょ~とばかりに走り回っている訳で、
呼べど叫べど一向に構う気もなし。

もういい、とジェニー。
そんなものくれてやる。あたしはもう限界。いますぐに帰らないとマジに家に着く前に凍え死んでしまう。

という訳で、ボールを咥えたままのハスキーを残して俺たちは退却モード。

吹き荒ぶ風に追われるように早々と家路を辿り、じゃね、明日ね、と挨拶もそぞろに右と左に分かれれば、
そんな俺たちをドッグランの中から見守るハスキー君と、そしてその飼い主。

としたところ、いきなりの遠吠えである。

吹き荒ぶ風の中、喉を震わせるその調子っぱずれな遠吠えに思わずやけくそを通り越してヘラヘラと笑ってしまう。

やれやれあの飼い主も大変だな、と思いながら、さあブッチ、俺たちはもう帰ろう。お前も風邪引くぞ、
と帰り道を急いでいたところ、いきなり交差点の赤信号の向こうを見つめて躍り上がるブッチ。
なんだなんだ、と足を取られた隙に、まるで橇犬のごとく俺を引きずったまま走り始める。

なんだよなんだよ、どこへ行くつもりだ、と言ったところ、なんとその向かう先には親友のボーダーコリーのチェシー君の姿。

うひゃあ、よりによってなんだよこんな時に!!と焦る俺に、やあやあやあ、と妙に陽気な飼い主のエレンさん。

あんまり寒いから一杯引っかけてと思ったら飲みすぎちゃってさあ、悪い悪い、ちょっと遅れたわ、とゲラゲラ笑い。

でも、ほら、あの、俺たちもう十分走ったから、今日はもうおしまい。じゃね、と言おうとしたところを、
なんとブッチはチェシーと二人並んで、わーいわーい、とはしゃぎながらそのままドッグランに逆戻り。

おい!おい!おい!と唖然とする俺の腕をすかさずう引っ張るエレン。

大丈夫よ、そんな立派なコート着てるんだからさあ、ちょっと付き合いなさいよ、とそのまま引きずられるようにドッグランに逆戻り。

ってか、俺もう既に全身凍傷寸前、凍死寸前なのですが。。。

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

という訳で、なにが悲しいかな再び舞い戻ったドッグラン。

いきなりお出迎えにきた先ほどのハスキー君。

わーい、わーい、帰ってきた!!!とまたはしゃぎ始めて今度はチェシーを相手に猛然と追いかけっこのぷろれすごっこ。

と言う訳であらためてまさにペンギンどころか立派な彫像と化しているハスキーの飼い主さん。
全身緊縛どころか、すでに口髭は凍りついて真っ白。頬っぺたもあかぎれに覆われ、まさにエベレスト登頂から帰っていたばかりと言った風情。

改めて聞いてみれば、もう2時間以上もこうしてこのドッグランに立ち尽くしているという話。

いやあ家を出る前に手袋の中とブーツの中にホカロンを入れてきたんだけど・・・
もう疾うの昔に固まっちゃって温もりどころか冷蔵庫のノンスメル。活性炭の塊り状態。

これがねえ、もう毎晩毎晩、2時間でも3時間でも。。いつになっても帰ろうとしないで。。。

そう、このサイベリアン・ハスキー。まさに北極の犬。つまり、この限界気温こそが彼らの正念場。

雪なんか降るともう大変で、夜明け前から枕元で遠吠えを始める始末で。
仕方なしに外に出た途端。。もう半日たっても一向に帰る気配さえ見せてくれない。
という訳で。。いやあ、ご苦労お察しします。

でよくよく聞けば、この飼い主さん。

唯一の家に帰れるチャンスはと言えば、このドッグランで一緒に遊んでいた犬が帰るときに、
さあ一緒に行こう!と騙して賺して連れ戻す、これ以外に方法がないのだそうだ。

もう既に夜も11時近く。このチャンスを逃すと、もう今晩中に家に帰れる見込みもなくなるわけで・・
なので帰るときには必ず声をかけてくださいね、と割りと必死の表情。

とそうこうするうちにワインの酔いも一瞬で冷めてしまったエレン。

吹き荒ぶ風に向けていきなり、リデュキラス!ばかばかしいと大絶叫。
ねえ、あんまりばかばかしくない?この寒さの中にこの時間に犬の散歩?
ねえ、あたしたちの人生っていったいなんなの?
この寒さ、いったいなんなの?ねえ地球はどうしちゃったの?
わたしこのニューヨークにもう50年も暮してるけど、こんなキチガイじみた寒さ、
いままで経験したことないわよ。ねえ、教えてよ、どうしちゃったのよ!

とは言っても、もう誰にも返す言葉もなく、既に亡霊のように表情を失くしたハスキー君の飼い主と肩を竦めては苦笑い。

という訳で、ひとり地団駄を踏むエレン。
がしかし、そう、こんなところで自棄を起こしていても身体が温まるどころか氷りついた残雪に足を取られて転ぶのが落ち。

という訳で、大事にならないうちに、おーい、犬ども帰るぞ!と一声。

たとたん、いきなり勢いを増した突風が、びゅうびゅうと吹き荒れ始め、
あまりの寒さに思わず、ぐえええ、と怒声を上げる飼い主たち。

がしかし、そんな声もどこ吹く風の犬どもは勝手に走り回っているばかり。
おい、だからもう帰るぞ、死んでしまう!お前ら俺を殺す気か!
が、聞こえない。つまり知ったことじゃないのだろう。
という訳で、
もうほとんど死にもの狂いの必死の形相で、風の中に身体を押しつぶされるような前のめりの姿勢のまま、
おい、帰るぞ、ばかやろう、もう知るか、一生そこで遊んでろ、とドアを開けたまま帰り始める。

そんななか、ふと見ればドッグランのベンチの上。
吹き荒ぶ風の中に、悠然とした表情で鼻先を晒したサイベリアン・ハスキーの姿。
まさに冬の王者。まさに氷の使者かお前は。

と言う訳で、そんな飼い主たちの断末魔を面白がってはしゃぎまわる犬たち。
わーいわーい、とそのまま飼い主の足元をすり抜けて公園の奥へ。

くそ、もう知ったことか、と思わず舌打ち。

ねえ、これが毎晩なの?と改めてハスキーの飼い主さん。

ははは、今日なんかまだ良い方だよ。あんたらが来てくれたからね、とまじめに辛辣な表情。
こないだなんか、こうして逃げ回って、帰ったのは夜中の一時過ぎ。。。

えええ、マジで。。

これがハスキーなんて犬を飼ってしまった宿命なのか。
運命とは言え、あまりに壮絶すぎるこの人生。

まあね、でもほら、犬が元気なことはいいことだからさ、という自分の言葉に、思わず自分でひっひっひっひ、と笑っている始末。

あのなあ、犬が良くたって人間が殺されてしまうじゃないの、という俺たちに、
そうなったらそうなったでまた他の誰かが世話をしてくれるだろ、というまさに達観したお言葉。

とそんなハスキーの飼い主、いきなりその毛糸の帽子をかなぐり捨てて、
ああ、もう嫌だ、俺はもう限界だ、今年のこの冬。もう沢山だ、いい加減にしてくれ!
スーパーボールもタックスリターンも知ったことか。もう死んでやる。この場で死んでやる!もうどうにでも好きなようにしてくれ!!
ともうやけくそを通り越して自暴自棄の自殺宣言である。

がしかし、そんな罵声も終わらぬうちから、いきなり吹き荒れる突風に思わず、おおおおお寒い~と慌てて毛糸の帽子を被りなおしてぶるぶると身震い。

忍耐だ、忍耐。人間忍耐だ、と既に黒ずみ始めた顔のままで呪いの言葉を繰り返すばかり。

と言う訳で、ようやく公園の入り口にたどり着いた俺たち。

おーい、帰るぞ!クッキー食べるかあ!?と呼んだとたんに弾かれたように帰って来るブッチとチェス。
はいご褒美のクッキーと言えども、すでに指がかじかみ切ってまったくバカになっていて、そのまま指ごと噛みちぎられてもまったく気づかなかったに違いない。

がしかし、当のハスキー君、いまだに夜の闇に消え失せたまま影も形も見えず。

どこ行っちゃったのかな、と聞けども、いや、もういいんだ、とハスキーの飼い主さん。

あんたらまで俺につきあって凍死することもないだろう。もういい。好きにさせてやってくれ。俺はもういい。覚悟が決まった。
俺は今日ここで死ぬ。だから良かった俺のこのジャケットもリーシュもトリートも、すべて持っていってくれ。
もしできることならあのバカ犬の姿を見かけたら、俺は精一杯やったんだ、とそう伝えてくれ。じゃ、さらば。
ああ、天にまします我等が神よ、とお祈りを始める始末。。

やれやれまったく、と思わず顔を見合わせるエレンと俺。どうする?

がしかし、さしもの犬仲間同士の固い絆とは言えども、まさにこの寒さ。まさにこの突風。
こんな極限状態では、そんな理性は一瞬のうちに吹き飛ばされてしまって、
ふと見ればブー君もチェス君もすっかり身体が冷えて凍えはじめている。

うーん、やっぱり、我が身と我が子がかわいい。

と言う訳で、では、まあ、グッドラック、と握手をして、そして今日の友を極限地のビバーグの中に見捨てて来たのであった。

愛犬家バクスター。愛犬のハスキーを待ってここに死す。レストインピース。合掌。

まさに愛犬家の鑑。

春になったら墓標ぐらいは立ててやろう。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
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