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アメリカはスポーツマンのお国柄

Posted by 高見鈴虫 on 26.2014 アメリカ爺時事   0 comments   0 trackback
いまさらながらだが、アメリカはスポーツマンのお国柄である。

優等生も不良も、どんながり勉でもゲットーの馬鹿でも、
なんだかんだ言いながらなんらかのスポーツをやっている。

いまさらながらだが、スポーツの基本とはスポーツマンシップである。
スポーツマンシップとは、ルールに則り正々堂々と力の限りに戦います、
という例の高校野球の宣誓、のその通りである。

スポーツである限り勝ち負けがあって、
強い奴が徹底的に勝ち、弱い奴は負ける。
勝者がトロフィーを手にし、敗者は肩を落とすが、
しかし両者はそのスポーツマンシップに則って、
さわやかに握手をする。

このスポーツマンシップ。

イスラム圏において、アラーに誓うか?という伝家の宝刀の一言がある。
どんな極道も人間の屑のようなうそつきも、一言、アラーに誓うか?
と言ったところで表情が氷つく。

このイスラム圏における最低限の倫理であるアラーに誓うか、
と同じことが、ここアメリカにおけるスポーツマンシップにも言えるのではないだろうか。

確かにスポーツにもずるはある。
トリックプレーもあればフェイクや八百長もつきものである。
インをアウトと言い張ったり、いや俺は負けてない、と駄々をこねる奴もいる。
がしかし、そこはやはりスポーツマンである以上、
スポーツマンシップという最後のよりどころがある。
なにより、ルールに則ってゲームをしなくては、やっている方だってつまらないではないか。

あるいはそんな方法を使って勝ったとしても、誰からも尊敬を勝ち得ない。

アメリカにおけるパワーエリートはつまりはそういう人々である。
スポーツマンシップに則り、スポーツを介して作った仲間の輪を大切にし、
ライバルたちと正々堂々と殴り合って出世の階段を登ってきた人々である。

出会った人には精一杯胸を張り、そしてがっちりと、相手の手を握りつぶすような握手をし、
そしてがははは、と豪快に笑い、そしてよくしゃべり、よく笑い、そしてよく食べる。

がしかし、そんなスポーツマンであるアメリカ人は、しかしスポーツを通じてあることを知っている。

それはつまり、人には人のそれぞれの限界がある、ということだ。

フィットネスクラブにおいても、デリバリルームで年収三万ドル以下で働く黒人のおっさんが
150KGなんていうバーベルをひょいと持ち上げる横で、
自称パワーエリートの俺たちは、たかが50KGの鉄アレイにひーひーいっている。

がそこで、へん、やっぱり給料の安い肉体労働者のニグロは脳みそも筋肉か、
などとうがった気持ちはまるでない。
ただ素直に、凄い、と褒める。凄いな、さすがだ。
そこには年収差も職種も地位も人種もない。
自身よりもすぐれている人間をただ褒める。称える。
そして、よし、俺もがんばるぞ、と50KGの重りを60KGに増やしてみる。
俺もいつか150KGを上げてやるぞ!
つまりスポーツマンシップだ。

あるいは、自身がスポーツをやらない、できない代わりに、
徹底的にスポーツを観戦しまくっている人々もいる。
テレビの前でご贔屓チームのユニフォームを着ては、
勝った負けたと一喜一憂してそれだけが楽しみに生きているような人々である。

確かにそうでない奴らもいる。
アメリカでスポーツマンでない人々。
特に日本人の女の子のまわりでひらひらしているあの頼りなくもずるがしこそうな連中である。
そんなジャパ専と言われる自称すけこまし気取りのおかま連中は、
実はこのスポーツマンシップを基本とするアメリカ文化から振り落とされたルーザーである場合が多い。

アメリカでスポーツマンでない人々は、日本においては自転車に乗れないガキ、のように、
つまりは徹底的に誰からも相手にされない少年時代をすごしてきたマザコンのガキが多い。
つまり、まったくもって橋にも棒にもひっかからないどうしようもない奴、ということで、
つまり、日本人のまわりでちゃらちゃらしているあのジャパ専どもが嫌われるのは、
そういう理由からなのだが。


という訳で本題である。

オバマ大統領もバイデン副大統領も、スポーツマンである。

多忙の合間を縫ってジョギングをし、ジムで汗を流し、機会を見つけてはバスケットやフットボールに高じる。

引き締まった身体。さわやかな笑顔にのぞく白い歯。

彼らこそは、アメリカの美学を象徴する人々である。

つまりはスポーツマンシップの塊り。その伝道者、と言ったところなのである。

で、そのオバマ大統領に、あるいは、その相棒であるバイデン副大統領を前に、

かの安部首相、やら、麻生なんたら、やらは、いったいどんな態度で接しているのだろうか。

あのスポーツマンシップのみじんもなさそうなよれよれのにわとりのような連中が、

ああ言えばこう言う、ならまだしも、言ったことを言わない、言われたことを聞いていない、を繰り返しては、
ネトウヨのようなほとんどまったくどうしようもないクズどもを相手に、タカ派を気取っている訳である。

そんなどうしようもない人々を前に、顔では笑顔をつくろいながら、その内心では・・・
こいつら・・と思っていたに違いない。こいつらまったく腐りきった人間のクズだな。

つまりその通りなのである。

あの永田町の妖怪どもを見るたびに、まったく心の底から暗澹とした気分になるのは、
つまり、そう、彼らにそんなスポーツマンシップがみじんも感じられないからであろう。

アメリカを舐めないほうがよい。

この人たちはやるときにはやる。

ルールを犯したもの、つまりは、反則をしながら態度を改めない輩には容赦はしない。

日本でまかり通る卑怯かつ愚劣な妖怪の魔法は、この国の人々には通じない。
なんてったって、スポーツマンなのだから。


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プロフィール

Author:高見鈴虫
日本を出でること幾年月。
世界放浪の果てにいまは紐育在住。
人種の坩堝で鬩ぎ合う
紐育流民たちの日常を徒然なく綴る
戯言満載のキレギレ散文集

*お断り 
このブログ記事はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません藁

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